第3話

「スバルさん。」

スバルがいつものように出かけようとすると母親が声をかけてきた。

「何。」

スバルは静かに答えた。

静かで冷静であることがスバルに求められていることだったから。

「どこに行くのですか。」

母は尋ね、にっこりと微笑んだ。

まるで敵意がないことを強調するように。

母からキラキラとした粉がこぼれ落ちる。

「もしかしてオトネちゃんのところですか。」母が一歩踏み出してくる。

母でありながらスバルをリュアと畏れ、敬語を使ってくる女がなぜ、自分のことを急にかまうのか。

不審に思ったスバルはこぼれ落ちる粉に意識を集中させた。

スバルはこうすることでその人の記憶や感情をたどることができるのだ。


「オトネに何をした。」

スバルは低い声で言った。

「大丈夫ですよ。」女はそれには答えずまた微笑んで言った。

キラキラとした粉がふわりと浮きあがって何もなかった空間にオトネの姿がうかびあがる。同時に何人かの男が現れ、オトネを縛ろうとする。

「オトネに何をした。」

再度スバルは尋ねた。

「大丈夫ですよ。スバルさんは知らなくてよいことですから。」

キラキラとした粉はさらに壁にくくりつけられたオトネを描く。

「どこに連れていった。」

スバルの声が険悪になっていくことに気づかないのか、女は笑顔のまま話し続ける。

「オトネちゃんはスバルさんにはふさわしくありません。スバルさんはリュア様の生まれ変わりなのですから、相応の相手を探さなければ。オトネちゃんについてスバルさんが知る必要はありません。」


「ふざけるな。」

スバルはキラキラとした粉が糸のようになって自分の方へ向かってくるのを見た。

思わず先を掴み引っ張ったそのとき、女が崩れ落ちるのが見えた。

目の前で何が起きているのかわからず、スバルは糸から手を離した。

糸がキラキラと光を振りまきながら女の体に巻きつく。

すると女は目を開けた。

きょとんとして周りを見渡す女を見て、スバルの中で何かがはじけた。


もう一度意識を集中させる。

キラキラとした粉はまた糸のようにまとまりはじめ、やがてスバルのもとへ漂ってきた。

スバルはその糸をしっかりと掴んだ。

女の身体が砂となって崩れていく。


「オトネをどこに連れていった。」

スバルは一言ずつはっきりと発音した。

崩れていく自分の身体を見て悲鳴をあげていた女は必死に許しを請うた。

「すみませんすみませんすみませんすみません、」

「オトネはどこだ。」

「二軒先の居酒屋の地下です。すみません。助けてください。」


スバルは糸を投げ捨て全速力で駆けだした。

居酒屋のドアを開け、制止しようとする大人たちを突きとばすと地下への扉を開ける。

「オトネ。」

壁に縛られ、ぐったりとするオトネに向かってスバルは叫び、近寄ろうとした。

「来てしまったのですか、スバルさん。」

スバルが後ろを振り向くと町長の姿があった。

「あなたに見せないようにするために、わざわざここまで用意したのに。」

ねっとりと喋るこの町長がスバルは苦手であった。普段なら会話をしようとすることさえないが、そんなことは言っていられない。


「オトネを解放しろ。」

スバルは唸るように言った。

「スバルさん、あなたは何か勘違いをしているのではありませんか。あなたはまだ子どもです。リュア様の生まれ変わりとしてしなければならないこと、してはならないこと、その多くを知りません。ですから、私らが教えてあげているのではありませんか。」

「黙れ。」スバルが言うや否や町長の身体は砂となって消え失せた。周りに控えていた大人たちがぎょっとしたように後ろに下がった。

「今すぐにオトネを解放しろ。邪魔する者は全てこのようになる。」

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生きてみたかった 松江 三世 @matsue_sayo

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