エピローグ
「いやああああああああ!!!!!」
「うううううんんんんん!!!!」
阿鼻叫喚だった。悲鳴が響いていた。船内はパニック状態だった。ここは高度2万mの成層圏ギリギリで、ここは空艇の中だった。そして叫んでいるのはショウ・タキタ。そして、今回の依頼人アイシャ・スラマーンだった。二人は座席にすさまじいGで押し付けられながら恐怖に呑まれに呑まれていた。
「オスカーさん。オスカーさん!! 速すぎますよ! 速すぎます!!! 機体がもう保ちませんよ!!」
「なんとかして!! 死ぬのは嫌よ!!」
タキタとアイシャは運転席に座っている男に言う。
「心配は要らないよ。いつものことだ」
男は至って冷静に言った。ハンドル横のドリンクホルダーから優雅に高級茶葉で淹れられた紅茶の入ったティーカップを取り、口に入れる。彼はオスカー・キーディス。この船の持ち主であり空艇乗りとしてタキタたちを運んでいる。彼は『スピードスター』を名乗る自称名うての空挺乗りだ。『スピードスター』を名乗るだけあって彼は速さを命としている。今もこの船はとんでもない速度ですっ飛んでいる。速度メーターはマッハ5の最高値を完全に振り切れ今この船が何キロで飛んでいるのかもはやまったく分からなかった。
「な、なんか鳴ってるわよさっきから!!」
「お、オスカーさん。オスカーさん!! 見て下さい!! アラートが鳴ってますよ!! もう、限界なんです!! 速度を緩めて下さい!!」
運転席の前にある計器、そこにある安全装置のアラートがけたたましく鳴り響いていた。それは、機体の耐久値が限界近いことを示すアラートだ。しかし、オスカーは言う。
「心配ないさ。まだ、限界じゃない。アラートは限界の少し手前で鳴るからね。つまり、もう少し大丈夫ってことだ」
そう言ってオスカーはさらにアクセルを踏み込む。
「いやぁあああああ!!!」
「おかしいです!!! おかしいですよオスカーさん!! そんなわけありませんって!!! おかしいですって!!!」
タキタは半泣きになりながら後ろを見る。
「ケイさんも何か言って下さい!!」
後ろにはケイが座っている。ケイも激しいGで体がシートに沈み込んでいる。
「いや、もう遅いんだよタキタ。この船に乗った時点でもう終わりなんだよ。こうなるしかなかったんだ。そして、この船に乗るのを選んだのはあんただ。責任はあんたにある」
「なんてこと言うんですか!! それにこれに乗るしか無かったでしょう? 他に船なんてなかったんですから!!!」
そうだった。選択の余地などなかったのだ。
アイシャ・スラマーンは砂漠の国イスマルダの人間だった。アイシャは一般人だが反政府組織の一員と関わり国家に追われる身となった。そのために亡命をしようと運び屋ギルドに仕事を依頼したのだ。しかし、国家に追われる身のアイシャを連れイスマルダの空港に入った時、そこに船はまったくなかった。政権の根回しにより閉め出されたのである。
しかし、そのすっからかんの発着場に燦然と停泊する一艇の船があった。タキタとケイはすがりつくようにその船の元に行き、仕事を頼んだ。しかし、その持ち主こそがなんの因果か偶然イスマルダに来ていたオスカーであり、そして二人はその顔を見た途端に青ざめたのだった。しかし、追っては迫っていた。二人に選択の余地などなかったのである。嫌がるケイをタキタが説得しそして、現在に至るのである。
「あー。ひどいことになった。まさかこうなるとは」
ケイはもう完全にブルーだった。
「オスカーさん!! お願いですから速度を緩めて下さいよ!! お願いだから!!!」
「ふふふ。タキタ。悪いけど僕みたいな人種は『速度を落とせ、危険だ』って言われれば言われるほど上げたくなってしまうんだよ。どこまでいけるのか試したくなってしまうんだ」
そう言ってオスカーはさらにアクセルを踏み込んだ。速度がさらに上がる。船体はガタガタ震えていた。
「きゃあああああ!!!」
「ぎええええぇえ!!! なんてイカれてるんですか!! なんてぶっ飛んでるんですかあなたは!!! こんなことがあって良いのか!! どうなってるんですかぁ!!!」
「ふふふ。客が盛り上がってくれるとこっちも飛ばしがいがあるってもんだ」
「ダメです。ダメですケイさん。同じ言語を話してるはずなのに言葉が通じません。この人は異星人です!!!」
「諦めようタキタ。もはや私達にできるのは祈ることだけだ」
「うわぁああああん!! どうしてこうなったんですか!!!」
と、その時だった。オスカーの船、その左の外壁のそば。そこで爆発が起きた。機体が大きく揺れる。アラートが鳴り響く。
「きゃああああああああ!!」
アイシャが叫ぶ。その頭に巻いたスカーフを下ろして目を覆った。
「何事ですか!!!」
「ははは、連中追いついてきたみたいだ」
オスカーの前のモニターには後方の映像が映し出されていた。そこには白い尾を引いたたくさんのミサイルがこの船を目掛けて飛んできている様子が映されていた。
「うわあああああああ。ミサイルじゃないですか!!!」
「良いねぇ。仕事してるって感じだ」
オスカーは柔らかな微笑みを浮かべる。完全にイカれている。
「い、いやあああああああ。......う....ぐ....」
唐突に今まで叫び続けていたアイシャが静かになった。見れば泡を吹いてぐったりしている。
「あ、あああ!! アイシャさんが気絶しましたよ!! 見て下さいオスカーさん!! うら若い乙女を泡吹いて気絶させたんですよあなたは!!」
「そんなこと言ってもさタキタ。今速度を緩めたらミサイルの雨だ。このまま行くしか無い」
「そ、それはそうですけど。ていうか、ミサイルでもすぐには追いつけないような速度で飛んでるんですかこの船は!!」
「ははは」
タキタの問いにオスカーは楽しそうに笑うだけだった。
もはやここは地獄の死のジェットコースターだった。逃げ出すすべはなく、助かる保証はなかった。出来るのはただ必死に座席にしがみつき、万事が上手くいくように願うことだけだ。
「うううううう。死にたくない。死にたくないですよ.....」
タキタは心の声を吐露する。ケイはもはや何も考えず真顔で前方を見るだけだった。
と、そんな船内にピロりん☆、と場に似つかわしくない抜けた音が響いた。ケイの端末だった。通知が入った音だ。
「こんな時になんですかケイさん」
タキタは目の前で腕を組んだ祈りの姿勢のまま言った。
ケイはもうすることはないので端末を取り出し通知を見た。
「あ、ニールからだ」
「ええ? ニール君? こんな時になんて癒やしを届けてくれるんでしょうか」
ケイは端末の画面を開く。宙にホログラムでモニターが浮かび上がった。そこには写真とちょっとした文章が書かれていた。
「お久しぶりですだってさ。ふーん。元気にやってるみたいだね」
ケイは嬉しそうにピースをして写るニールを見て微笑んだ。周りには友人らしき子供も写っていた。あれからもう半年が経過している。その間お互いに連絡らしい連絡もしていなかった。なので、ニールの様子を知るのは久々だった。ニールの後ろには巨大な骨格標本。ワイバーンのものだ。どうやら魔獣の博物館で撮影したものらしい。
「ははっ」
ケイは嬉しそうに笑った。
「どうしました。なんて書いてあります?」
「あいつ今、オルトガの科学学校に入ってるんだってさ。魔獣の研究者を目指してるらしいよ」
「へぇえ。そうか、オルトガは自分で学びたい分野を早くから専攻出来るんでしたね。入試も無しだとか」
「あいつ勉強苦手だって言ってたのに大丈夫かね」
「うーん。でも魔獣のことになるとすごい情熱でしたし、その間はすごく頭も回ってましたから。何よりニール君は本人で思っている以上に魔獣が好きみたいでしたからね。何とかなるでしょう。好き、も才能の一つです」
「ふーん。なら、陰ながら応援するとしようか」
ケイはポトポチと返信を打ち送った。
「なんて返したんですか」
「こっちも元気だよ、勉強頑張りな。みたいな内容」
「ケイさん。なんてあっさりしてるんですか。久々に恩人に連絡を入れたニール君。その心中がどれほどの決意に満ちていることか」
「ええ。そんなかしこまるのも妙じゃないかな」
「なんて心構えのなってない恩人でしょうかね。それにニール君はケイさんのこと.....」
「何?」
「.....いえ、言うが野暮というものでしょうね。それに、思春期の思いなんてのは気づいたら消えてるものですしねぇ」
「何の話ししてんのさ。なんかムカつくね」
ケイは不機嫌そうに表情を歪めた。しかし、すぐに表情を戻した。
「まぁ、あいつが元気そうで本当に良かったよ」
「ええ、本当ですね」
二人は顔を合わせて微笑んだ。
と、また船の横で爆発だ。機体が大きく揺れる。
「ふふふ。シールドも限界が近いか。やつらももう近づいて来てるね」
「ええ」
船の後部モニターの映像を見れば、もうすぐ側までミサイルの群れは迫っていた。このままでは次々と着弾してしまう。
「ど、どうするんですか!? このままじゃ空の藻屑ですよ!!!」
「ふふふ。良いね、良い感じにヒリヒリする。死が後ろ襟を掴んでるこの感じ」
「イカれてんのは分かりましたから!!! 私達は一般人ですから!!! どうにかこの状況を打破して下さい!!!」
「分かった分かったよタキタ。なんとかする。そうだな。よし、あれを利用しよう」
オスカーが言った時だった。前方の雲が晴れる。そこに現れたのは山脈だった。いや、山脈ではなかった。それは浮いている。空を浮いているのだ。山脈のように巨大な物体が空を飛んでいるのだ。
「ぐ、グラナ・バーラエナですか!?」
「すっごい。初めて見た」
それは『空飛ぶ山脈』、地球最大の魔獣グラナ・バーラエナだった。全長だけで5km、高さも1000m近くある。視界にその体は収まりきらなかった。大きすぎた。ケイとタキタは圧倒された。
「あ、あれをどうするんですか!?」
「知らないかい? あいつは空飛ぶ大地だ。しかも、重霊地並のね。簡単に言えばあいつの周りには巨大な魔力の渦が常に荒れ狂ってる。だから、空艇乗りはあいつには絶対に近づかないんだ。落ちるからね」
「はぁ!? じゃあ、どうしてそんなものを利用しようとするんですか!?」
「分からないかタキタ。空艇が落ちるってことはミサイルも落ちるってことなんだ。感知センサーから姿勢制御の術式から全部がイカれるからね。それを利用して後ろの連中を一掃しようってわけだよ」
「そ、そんな。でも、この船も落ちるんでしょう!?」
「落ちないよ。僕の腕と、あとは船体表面で魔力流を一定に直すフィールドさえ発動させればね」
「そ、そんな便利なものこの船に付いてたんですか」
「僕はあの怪物の懐に飛び込むのが大好きでね。特注で付けてあるんだ」
「うはは、やっぱりイカれてますね。じゃあ、とっととそのフィールド発動させましょう!!!」
「ああ、でも残念だよ。さっきの爆発で回路がやられたみたいでさ。外に行って手動で動かすしかないんだ」
「ええー、そんなアクション映画みたいなことあります?」
オスカーはまた楽しそうに笑った。実に狂った景色だった。
「じゃ、じゃあ。誰かがこのぶっ飛んでる船の外に出て、その装置とやらを動かさなくちゃならないってことですか?」
「装置には手動スイッチがあるからね。見れば分かるよ」
「ははは、そんな軽く言わないでくださいね」
言い合うタキタとオスカー。そして、ケイが立ち上がった。
「要するに、私にやれって言いたいんだろオスカー」
「そうそう。君にしか出来ないからね」
「ああー、腹立つ。分かったよ行けば良いんだろ行けば」
「ヨロシク」
オスカーはひらひらと手を振った。ケイはこめかみに青筋を浮かべるが仕方がない。生き残るためにはやるしかない。ケイはシートから立ち上がり激しい揺れに抗いながらハッチへと向かった。エアロックに入る。オスカーの船は大気圏外までぶっ飛べる仕様になっており一応エアロックが付いていた。
「黒翼展開」
ケイの背中から無機質な片翼の黒い羽が伸びた。それはケイの肉体を魔導機関への変換し、ケイの肉体を強化する。
そして、ケイは扉を開き外へ出た。すさまじい風がケイを襲った。
「ヴァジュラの暴風並じゃんか、クソ」
ケイはぶつくさ言いながら外壁の取っ手に捕まる。下は見なかった。見たら動けなくなると思われたからだ。代わりに前を見た。そこには巨大なグラナ・バーラエナが視界一杯に存在していた。
「やれやれ、ニールが見たら大喜びだっただろうね」
言いながらケイは船の上に上がった。黒翼が動かす術式でなんとか船体に取り付いた。後方にはミサイルの群れ、もう目と鼻の先だ。
「はぁ。めんどくさ」
ケイは言った。そして、フィールド発生装置とやらを探す。すぐ見つかると言った割にはまったくそれらしいものが見当たらない。
「あああ!!! イラつく!!」
ケイは忌々しすぎて叫んだ。大空にその声は響き渡った。
黒翼の運び屋と解放錠【ディザスター】 鴎 @kamome008
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