第37話

「でかいねこれは」

「ええ、それはそうです。壁の高さが200mですからね。門もそれと同等です」

「良くもこんなもん作ったもんだ」

 ケイとタキタは門を見上げていた。それは今開いている。2つの巨大な扉は横に引かれ巨大な壁の中に格納されている。ちょうど壁に大きな切れ目が出来たような形になっていた。

「ケイさん。タキタさん。通行許可が出ました」

 そんな二人にニールが駆け寄ってきた。手にはオルトガに入るための通行許可証、リストバンドがはめられていた。これで、ニールはオルトガの中に入れるのだ。

「そうか。良かったよ。これであんたは無事に入れるわけだね」

「ええ、良かったですよ。これで本当に旅は終わりです。お疲れ様でした。ニール君」

「え、ええと」

 ケイとタキタはニールに笑いかけた。ニールは少し固まる。

「お二人はここまでですか?」

「ああ、そうだね。壁の向こうへは行けないからね」

「え、ええと...」

「ここでお別れってことだニール。私達の仕事はここでお終いだからね」

「そ、それは。もう、お二人と一緒に行けないってことですか」

「ええ、ニール君。ゴールにたどり着いたんですよ。ハッピーエンドです」

 その言葉を、二人の言葉を聞いた途端にニールの目からボロボロと涙が溢れ出した。

「本当に、もうお別れなんですか?」

「ああ、そうだ。私らも寂しいよニール。今回の仕事は大変だったけどあんたと居るのは楽しかったからね」

「ニール君。向こうに行ってもお元気で」

 二人の言葉を聞くたびにニールの目からは涙が流れた。ニールはここに来てようやく理解したのだ。今までは何もかも実感が無くてよく分からなかったのだ。だから、テントの中でも何を言えば良いのか分からなかったのだ。だが、ここに来てようやく分かったのだ。もう、旅は終わるのだと。もう、ケイとタキタとはお別れなのだと。

「そ、そんな。まだ、お二人と一緒に居たかったのに......。まだ、話したいことがあったのに.....」

 ニールは服の袖で涙をぬぐった。

「おいおいニール。泣きすぎだよ。これは悲しいことじゃないんだ。あんたはあんたの力で行きたい場所にたどり着いたんだよ」

「で、でも。お二人と居るのが楽しくて....。本当に楽しかったんです。あんなに色んなことがあって、一緒に乗り越えてきたのに.....」

 そこでケイはニールの頭に手を置いてぐしゃぐしゃと撫でた。

「だからこそだろ。ここへ来るために全部乗り越えて来たんじゃないか。それに向こうに行ったら二度と会えない訳じゃない。連絡だって取り合えるんだよ」

「そ、そんなこと....」

 ニールはそんなこと言っても簡単に会えるわけがないことを知っていた。二人も仕事があるし、自分はオルトガだ。気軽に会うことは出来ない。きっと、もうしばらく会えないのだ。

「なら、ほら。これ私のアドレスだよ。寂しかったらいつでも連絡しな」

 そう言ってケイは端末の連絡用アドレスをニールに見せた。

「う...。ありがとうございます」

 ニールはそれをメモした。しかし、寂しさは消えなかった。本当に悲しかった。もう、明日からは二人に会えないと思うと胸が苦しくて仕方がなかった。ニールの涙は止まらない。そのニールの肩をタキタが叩く。

「しっかりしてくださいニール君。明日からは新しい生活が待ってるんですよ? 大変なこともあるでしょうが同じくらい楽しいこともあるはずです。きっと良い毎日がやってくる。ここで足踏みしてちゃダメですよ」

「は、はい」

 言われながらニールはこの3日のことがグルグルと頭の中に蘇っていた。色んなことがあって、色んなことを乗り越えてそしてここまでやって来た。たくさんの大変なことに打ち勝ってひたすらここを目指してきた。前までの自分じゃ考えられないことだった。なんだか自分は少し変われたのだろうか、と思った。そして、その変化の手助けをしてくれたのは時に力強く、時にバカバカしくニールに付き合ってくれた二人のおかげだったとニールは思った。

 ニールはまた涙をぬぐう。そして、もう流れなかった。腹は決まったのだ。もう、二人とはお別れだ。だから、言わなくてはならないことがあると思った。

「お二人とも本当にありがとうございました。お二人のおかげでここまで来られました。この御恩はずっと忘れません」

「なんだいかしこまっちゃって。そんな、きっちりしたこと言わなくて良いのに」

「本当ですね。なんだかこそばゆいですよ。こんなしっかりお礼言う依頼人も久しぶりです」

「殺し屋だの政治家だの、お礼を言うどころか恩を仇で返すやつも居たもんねぇ」

「みんな金を払ってるといえ命がけで運んでる私達への敬意が足りないんですよ。みんなニール君のようになるべきです」

「まったくだ」

「え、は、はい」

 ニールはとりあえず相槌を打っておいた。こんなやりとりもここまでだ。

「色々あったよ本当に。あんたはよく頑張ったニール。心なし初めて会った時より表情がしっかりしたように見えるよ」

「そうですね。始めはずっとオロオロしてましたもんねぇ」

「い、言わないで下さい」

 ニールは苦笑いした。

「まったく、とりあえずこちらこそありがとうニール。あんたと旅ができて良かったよ」

「お元気で」

「はい! お二人もお元気で。さようなら。本当にありがとうございました!」

 ニールは握手をするために手を出した。それにケイとタキタは答えて代わる代わる握手をした。

「それじゃあ。あ、あとスミスさん。スミスさんに会ったらお礼を伝えて貰えませんか。スミスさんにも本当にお世話になったから」

「はいはい。言っとくよ」

「それでは。さようなら」

「ああ、じゃあね」

「またいつか。ニール君」

 3人はそう言って手を握り合った。そうして、ニールは行ってしまった。巨大な門の中に入っていく人の流れ、その中へと入って行った。ケイとタキタはそれをしばらく眺めていた。そうして3人の旅は終わった。

「よう、お前ら」

 と、そんな二人に声を掛ける者があった。その声を聞いた途端二人は凍りついた。いや、むしろ怒りを覚えるところだったが凍りついた。染み付いた反応というのは簡単には取れないらしい。二人はやれやれと後ろを振り返った。やはり、スミスが立っていた。

「なんだ。居たんならニールに顔くらい見せれば良かったのに。あいつ、あんたに礼を言ってたよ」

「こっちも今着いたところだ。それにそんなに世話したってわけじゃねぇしな」

「相変わらずキザなやつだね」

 ケイは面倒そうに表情を歪めた。

「まぁ、ともかく上手くいって良かった。今回は本当に感謝してるぜ。助かった。ありがとうよ」

「何か気持ち悪いですね感謝してるスミスさん」

「まったくだね」

「まぁ、いつもがいつもだから仕方ねぇよな。とにかく終わって良かったって話だ」

「ああ、それに関しては同感だよ。本当にニールを送り届けられて良かった」

「途中さらわれた時もありましたけどね」

「あれは俺のミスだった。本当に悪かったと思ってる」

「まぁ、ちゃんと見てなかった私達も悪いからね。それより、私達はこれからどうなるの。管理局のお尋ね者? 裏で消されんのかな」

 ケイは言った。忌々しそうに。タキタはその言葉を聞いて冷や汗を浮かべた。

「さて、はっきりしたことはわからねぇ。だが、管理局に潜り込ませてるやつからの情報じゃ、お前らに対して目立った動きは無いみたいだ。むしろ俺のほうがヤバイんだけどな。正面切って管理局に戦争ふっかけたわけだからな」

「あー。なるほど」

「まぁ、それでも今すぐにどうこうって話じゃねぇだろう。俺やお前らを管理局が消したら今向けられてる管理局への疑念がさらに深まるからな」

「あー、そうですね。なら、とりあえず今は大丈夫なんですかね」

「ああ、そう思ってもらって構わないだろ」

「そう、それは良かったよ」

 ケイはため息をついた。もしや、これから自分は世界規模のお尋ね者になって、この先ずっと管理局と戦い続けなくてはならないのかとも思っていたからだ。それはそれで面白そうな人生だとも思ったが、やはり疲れそうだともケイは思った。それに、この旅で、誰かのために管理局と戦ってケイは自分の復讐心が昔ほど濃くなくなっているのを感じた。きっとこのまま生きていったら本当にいつかどうでも良くなる日もあるのかもしれない、と思うのだった。

「なら、これにて一件落着というわけですか」

「ああ、そのとおりだ。ご苦労さん。依頼は完了だ」

 その言葉で二人はようやく肩の荷が全部を降りたのを感じた。そしてすぐに頭を切り替えた。ここから新たな戦いだからだ。

「ああ、終わったねタキタ」

「ええ、終わりましたねケイさん」

 二人はスミスを睨む。

「あん?」

「依頼が終わったってことはしかるべき手続きがあるということですねスミスさん」

「あ? ああ。報酬のことか。心配すんな。さっききっちり8000万振り込んどいた」

「.....8000万、8000万だってさタキタ」

「あー。8000万ですかー。なるほどなぁ」

「なんだ。何が言いてぇ」

「いえ、スミスさん。8000万じゃあ安すぎますよ」

「こっちは世界の命運背負って3日間死にもの狂いで働いたんだよ。もっと出してもらわなくちゃ割に合わないんだよ」

「い、いや。待て。流石にこれ以上は出せねぇ」

「ええ? スミスさんマジで言ってんですか? 僕らへの感謝と労いは嘘っぱちだったってことなんですか?」

「いや、ホントにご苦労さんと思ってるし、ホントに感謝してる。だが、これ以上は出せねぇ。今回の報酬は俺のポケットマネーだ。これ以上出したら破産しちまう」

「本当に本当ですか? まだ、出せるんじゃないんですか? 誠意を見せて下さい。こっちは何度も死にかけた上に私達3人は世界を救ったんですからね」

「ああー。ちょっと待て。話し合おう」

 スミスは手を前に出してストップのポーズ。そのスミスに二人は食って掛かる。働いた分の報酬をなんとか取り立てるために。そうして、3人は報酬の話で揉めに揉めたのだった。そうして、スミスのポケットマネーだという話は本当で、スミスが泣く泣くあと500万ずつ払うことで合意したのはそれから1時間半の後のことだった。


 そうして、旅は本当に終わったのだった。

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