ごめんなさい、お母さん
あの時の事は今でも鮮明に覚えている。
昼ご飯の最中に食べるのに飽きたのかテレビをつけようと席を立った、その瞬間、自分の周りがいきなり明るくなった。そう思ったと同時に衝撃が身体を襲い、気が付いたら眩しかった光はなくなって、自分は床に転がり、さっきまで一緒にご飯を食べていたお母さんが消えていた。
それからのことはおぼろげにしか覚えていない。父が言うには尋常でなく泣き喚いていた私に隣のおばさんが気付き、様子を見に来てくれたお蔭で早急に父まで連絡がついたらしい。父が帰ってきた時のことは少し覚えている。父が来た安心からまた泣き出した私を抱きかかえて、母の名前を呼びながら家中を探し、何回も何回も電話をかけていた。
あと覚えているのは、私は自宅で近所に住む母方の祖母に抱かれながら、父が警察官数人と話している場面だ。私は祖母から降り、必死に警察官の腕を引っ張ってダイニングテーブルの場所まで行き、床を叩いて叫んだ。
ここ! ここ! お母さん、ここで消えちゃったの!! ここなの、ここ! もう一回、ピカッてして!
警察官をはじめ、父や祖母がなんとも言えない表情で私を見ていた。上着や携帯、靴など出掛けるのに必要な物が全て残って、食べかけの昼食がそのままのダイニングテーブル、私が叩く床の近くには母が履いていたスリッパが片方だけ裏返しに落ちている。ぽつりと警察官が言葉をこぼした。
まるで、……神隠し。
当時は意味が分からなかったが、成長とともに意味を理解して私が思ったのは、あれは隠されたんじゃなく奪われた、直感的にそう思った。
それからのことは覚えていない。きちんと物心がついた時には自宅と学校、祖母の家を行き来する生活をしていた。小学校の登校範囲に祖母の家があったのが私には救いだった。ただいまを言える人が居る、それが私が生まれてからずっと可愛がってくれている母方の祖母なら尚更だ。
その生活が崩れたのは大学入学を控えた寒い日。父が会って欲しい人がいると言い出した。正直、父はよく頑張った方だと思う。私が小学生になった頃からよく再婚を周りから勧められていたのを知ってはいた。それを全て断り続けていたのも。父も年をとった、自分の幸せに目を向けてもいい。私は初めて父に再婚を勧め。
そして大学入学と同時に家を出た。
当初は家から通うつもりだったが、父が再婚と同時に家を売却しようと言い出し、私はそれだけはやめてくれと懇願した。父が新しく居を構えればいいと提案しても、家ごと母との過去を清算したいのか頭を縦には振らず、私と父の意見は平行線を辿っていた。そこに父の新しい妻が見かねたのか提案する。
二人が良ければ、この家で私も暮らしていいですか、と。
よく父がそれを受け入れたと、今でも思う。私は到底、受け入れられなかった。嫌だった。とてつもない拒絶感に襲われた。それでも私がそれを認めるに至ったのは父の、家を残したいなら受け入れろという脅し文句に他ならない。だから、家を出る。私の記憶の中でお母さんが居た場所が、あの人に塗り替えられるのがたまらなく恐ろしかった。
だから、家を出ると同時にお母さんの事を私は忘れた、ことにした。
堪えられなかった。父と母と私、三人の家だったのにと、今更父が裏切り者の様に、お母さんが居なくなったからと、全てが憎らしくて、そう思う事が止めれなくて。ならばこの想いに蓋をして家に置いていき、忘れたふりをしよう。当時の私にはそれしか選択肢が思いつかなかった。
それから時が過ぎ、就職し結婚して伴侶を得、子供が生まれても、私はあれから一度も実家に帰らなかった。時折、妻の物言いたげな視線を感じてはいたが、私の中ではまだソレに決着がつかないでいた。
息子の学が幼稚園に通うようになったある日、滅多にかかってこない番号から着信があり、父が倒れたと知らされた。
幸い大事には至らず、検査入院最終日に妻に引きずられて見舞いに行けば、数年ぶりに私の名前を呼び、同居してくれとあの父が言い出した事に心底驚いた。
鼻で笑って拒否を叩きつけようとする私より早く、父は言葉を続ける。同居を受け入れるなら家の土地建物の権利をお前に遺す、と。意味を理解した瞬間、この男を殺したくなった。また家を盾に私を脅すのか。
断れば、良くて父の妻の物に、最悪は父が生きている内に処分。
父ならば確実に後者を選ぶだろう。いつの間にか握りしめていた右手が動く前に、場にそぐわない明るい声が私の横から上がった。妻が息子を抱きながら素敵な提案ね、と私に笑いかけて言い、きちんと話し合ってからお受けしますねと父に声をかけた妻は私の右手を引き、病室から出た。
私を説得するつもりだろう妻を牽制する為、無言を貫き帰路へ向けて車を走らせる。高速道路にのっても妻は何も言わず、いつの間にか学の寝息が車内に満ちた。寝た学を優しい顔で見つめていた妻がその顔のままルームミラー越しに私に振り向く。
大丈夫、消えないわ。
そう言いきる妻の顔は……どこか懐かしい思いがした。
お義父さんの奥さんが台所に、あの家に居てもあなたのお母さんは消えない。でも、とそこで妻の優しい顔が陰った。私は丁度あったパーキングエリアに入り、車を停車させルームミラー越しに妻に続きを促す。妻を直視するのがなぜか怖かった。私のその行為に妻はなにも言わないまま、何度か口を開け閉めした後、言葉を紡いだ。
私があのお家の台所に立っても大丈夫? あなたの中のお母さんは消えない? それが心配なの。
自分の目が見開いたのが、自覚できた。掠れる声で、知っていたのかと呟く私に妻はただ優しく微笑んだ。私の妻が、あの家の台所に立つ。その姿を想像してみても拒絶感はない。拒絶感は、ない、が……。
堪えられない感情をせめて隠そうと、俯き、右手で両目を覆う。きっと微笑んだままの妻に、私は震える声でこたえた。
それは、大丈夫だ。大丈夫なんだ、ただ、ただ、台所に立つお前の横に、母が居ないのが……、……ひどく……寂しい。
妻は後部座席から、そうあえぐ様に言う私をそっと抱きしめた。その温もりを感じながら、永遠に叶うことがない映像に想いを馳せた。
私は想像してしまったんだ。それはとても平和で、いたって日常的で、それでいて楽しい日々だろう。孫を可愛がり、私達に何だかんだ口を挟みながら学の成長を一緒に喜び、食事の献立をあーでもないこーでもないと妻と母は他愛もないお喋りをしながら相談する。そんなありふれた普通の家庭。そう、普通の家族そのものだ。
お母さん、貴方の歳を重ねた姿を、私は見たかったんです。
それからはあっという間だった。同居は学の卒園を待とうと言う私の意見は妻に即刻却下された。小学校からでは遅い、もの心が付かない幼稚園のうちでも早ければ早いほどいい、と鬼気迫る母親の顔で言われては、父親としては二の句が継げなかった。同居を言いだした張本人の父でさえ驚く位のスピード同居生活が始まった。
あれほど嫌悪し恐れていた父の妻が私の家に居る状況は、拍子抜けするほど何も感じなかった。
学が父達と一緒にお散歩という名のおもちゃねだりで出掛け、久々に妻と二人きりの状況。私は同居後から感じていたこの疑問を妻にどう思うかと聞いてみた。すぐ返ってきたのは優しい笑顔だった。
もう今じゃ、あなたの知っているお義母さんと後妻さんの年齢が違いすぎるじゃない。それに、あなたはもう父親でしょ?
分かったようで、少し分かりたくない、妻はそんな言葉をくれた。深く意味を理解したくなくて誤魔化す様に手元の残り少ない珈琲を飲み干せばすぐに妻の手によってカップは攫われ、まだ残ってるから飲んじゃってと妻は台所に向かった。こちらに背を向け、残っている珈琲をつぎながら妻は会話を続ける。
逆に私がこの台所に立って苦しむのは、お義父さんよ。だってあなたのお母さんが消えた状況、そのままでしょ?
そう言って振り返った妻に私は何もこたえられないまま、ただその姿を凝視した。そんな私に困った様に妻は笑い、席につくと、視線を誰もいない台所に向け、目を伏せながらぽつりとこぼす。
それでもお義父さんは、みたかったのね。お義父さんが叶えられなかった、この日常を。
そう言い終わると妻はいつの間にか下がっていた私の頭を優しい手つきで撫でる。笑いながらやっぱり親子ね、あなたとお義父さん、よく似てるわ。と私は断固認めたくない事を言いながらも、私が頭を上げるまで撫で続けた。
父も、いや、父こそが、この日々を望んでいたのか。
今の私の立場を、夫として、親として。
そして、本当だったら迎えられる筈だった、孫の成長を楽しむ老夫婦と言う夢を、他の女を代役にしてまで。
そこまで、そこまでして、渇望していたのか。
私は止まらぬ涙のまま、届くはずのない想いを心の中で叫ぶ。
お母さん、お母さん! 貴女が居ないだけで私もお父さんもどうしようもない男になっちゃったよ!
もうどうすればいいのか分からないんだっ、教えてよお母さん! ねえ、お母さん!!
父の心の内が解ったところで、私と父の関係はすでに歪みすぎた。父も最初から代役として彼女を妻にした訳ではないのは、最初に家を売却すると言い出した事から分かる。忘れようと、必死だったのだろう。だが息子の私からしたらそれは迷惑以外の何物でもない。私を巻き込むな。忘れたかったら勝手に一人で忘れればいい。あの時、新居を構えてお母さんも私も、苦しいもの全て忘れればよかったんだ。 それが出来なかったから、ここまで歪んでしまった。
新しい妻でも、父の中から母の影を消せなかったんだろう。それどころか新しい妻に母を重ねる様になったんだろ? お父さん。貴方は再出発をしたかったのは分かる。紹介された貴方の妻は母と容姿が一切重ならない人だった。だけどね、私は一目で分かったよ。だって私は母の子だ。
その人の纏う雰囲気が母と似ていると、気付かないと思ったのか?
そんな人を選び、あまつさえあの家で住む?
再出発? 忘れる? 冗談にもならない出来の悪すぎる戯言だ。
こう思う私は父に対して相当歪んでいると自覚はしている。そう、今更だ。解ったところで今更すぎる。だから父に対する態度は同居前からそのままに、なにも変わっていない。ああ、一つだけ変わった事がある。妻に協力してもらい、父が居る時に限り私が珈琲をブラックで飲もうとしたら、とある台詞を言ってくれるよう頼んだ。
胃に悪いから牛乳だけでも入れない?
その会話を初めてした時の父の表情は見ものだった。私は珈琲を飲むようになってから、かならず牛乳だけは入れていた。覚えてるから、入れている。ブラック派の父が珈琲を入れる度に、何度も何度も母にこう言われていたのを。協力してもらうに至って妻にこの事を話せば遅すぎる反抗期と言われたので、それは即否定した。最初はなんだかんだ文句を言っていた妻だが無関心よりはましかしらと勝手に納得してからは至って協力的だ。こんな些細な嫌がらせくらい、しても許されるだろう。
そんな極々当り前な平凡な日々を過ごし、縁がなかったのか二人目には恵まれなかったがあの小さかった学が社会に出るようになって数年、あの一夜の出来事が起きた。
訳がわけがわからなかった、夢かと思った。もう写真に写ってる母の顔しか思い浮かばなくなっていたのに、それでも分かった、分かったのだ。優しい表情で涙を流し続けながら私を見つめ、頭を撫でるこの女性が、当時の母と同じままと言うあり得ない年齢だろうと、私の、お母さん、だと。
目で見て、手の優しさを感じいるのに、私は信じられなくて呆然とし、ようやく声にならない声でお母さんと言った瞬間。
母は掻き消えた。
気が狂うかと思った。いや、あの時の私は狂っていたんだろう。居たのだ、母が。目の前に。さっきまで横になっていたソファーや私の顔に残る、自分のものじゃない涙がその証拠だ。
その後のことは正直うろ覚えだ。学と長く話していたと思うが、私は上手くその会話を捉えられなかった。どこにでもある、ありふれた夢物語の様なストーリー。かと思えば、なぜ? と疑問だらけで不完全な御伽噺。現実味がない。到底信じられない。だが、私は確かに会ったのだ。
勇者召喚?
異世界だと?
なんだそれは、どこの使い古された物語だ。まったくもって馬鹿馬鹿しい。
それがなぜ母なんだ。私のお母さんなんだ。
なぜなんだ、なぜなんだ。
最近そんな事ばかり考えているせいか夢見が悪い。寝てる時にうなされていると妻が心配した目で私を気遣う。そんな会話を聞いていた学は何か堪えるような目で私を見るだけで、口を開くことは無かったがその学の表情で、あの夜に交わした、あやふやな言葉の羅列に埋もれた答えを、私は思い出した。
(ああ、そうか。原因は……)
今夜の夢でも、母はあの時と同じ酷く焦った声音で私の名を呼ぶ。
『 たかしっ!! 』
嗚呼、お母さんの叫び声が今も聞こえる。
(原因は、私、だったのか)
──────
秋花様リクエストで息子その後。
中原ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロングに息子の名前を変えようか本気で悩まされた位、素晴らしい答えをありがとうございました。
おまいら助けてくれないか?ってスレ立ててみた 日暮 千疾 @koguretihaya
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