2-11 記述『前準備』

「だがしかしこうして幸福は簡単に脅かされるものなのだ…と」


柊はベッドの上でスマホの画面を見ながら盛大にため息をついた。




「朝からひどいニュースだな」




隣で眠る姫香を起こさないように床に降り立ち、思い切り伸びをする。


姫香が家に来てから同じベッドで寝ているわけだが恋人になった今でも緊張は抜けない。いや、以前より緊張していると言っても過言ではないだろう。当然、することは済ましているわけだがーー。






今日は9月25日、日曜日。


11月1日まであと一週間という節目で神からメッセージが届いたのだ。






柊はもう一度画面に目を落としその内容を吟味する。


「選ばれし七人の勇者よ、そろそろ力の使い方は慣れただろうか。バトルロワイアルは来週に迫った。時間になったら”神庭”に招待する。また敗北者は力を失うことになるからそのつもりでーー神」




あと一週間ーー。


「そろそろ話さないとだよな」


柊は右手の腕輪に視線を落としてボソリと呟いた。






  *  *  *






「なぁ…姫香」


朝飯の後自室に戻った柊はおずおずとそう切り出した。


いつまでも隠し通せることではない。わかっていたつもりだ。


それでもいざ話すとなると迷ってしまう。それほどまでに柊は今の生活に満足していたし、彼女を失いたくもなかったのだ。




「もし、もしもの話だが」


しかしずっと話さずにその日を迎えてしまったら。


それはそれで恐ろしい。神庭とやらに招待されて今の自分はどうなるのか。もしそこで負けて死ぬなどしたらーー。




「もし、俺が超能力者だと言ったら、どうする?」


柊は極力平静を保ってなんでもないことのように問いかける。本当は怖くて仕方がないのに。


「あたしはそれを見極めるためにここにいるわけだし…やっぱり組織に報告かなぁ」


姫香はベッドに腰かけ足をぶらぶらさせながら答えた。当然すぎる返答に柊は一瞬言葉に詰まるが、すぐに口を開いた。




「この腕輪外したらどうなるんだっけか」


「あれ?言わなかったっけ?んーと、まずその腕輪って常に翔の位置を本部に伝えてるの。で、もし外したらすぐわかるようになってて…。外したら沢山の人が翔を探すことになるよ?そもそもあたしたちじゃ外せないんだけどねー」






回り道をしてどうする。


とりあえず話してみると決めたんじゃないのか。


柊は自らを鞭打って一呼吸。






「お前に隠し事をするのも何だから話す。聞いてくれるか?」






柊の眼は真剣だ。姫香もそれを感じ取って真正面から受け止める。


「うん、もちろん」






こうして柊の語りが始まった。未来の柊が来たこと。孤独の世界で過ごしたこと。時が止まっていたこと。皆が一度死んでいたこと。能力のこと。バトルロワイアルのこと。木戸のこと。すべて。




姫香は黙って話を聞いていたがその目はとても動揺しているように見えた。


「えっと…その大会って出なきゃダメなの?」


「多分な。強制的に移動させられるんじゃないかと思う。多分こことは根本的に違うどこかでーーそう、天界みたいな所だと思う。だからこの腕輪も効果がない、位置を知らせられないと思うんだ」




彼女はしばらく黙り込んだ。


彼女の返答で柊の運命が決まる。


結果、彼女が選んだのは答えではなく質問だった。




「その大会、あたしも行けるの?」


「と言うと?」


「あたしの役目は翔の監視。でも翔はこれまで取寄?とかいう力を使ってないよね。少なくともあたしは見てない。だから報告もしたくてもできないかなーって」


「屁理屈だな」


「どうかな?それで、監視なんだから一緒に行かなきゃ。でもその神庭からじゃあたしも連絡手段がない。じゃあ翔が能力使ってるのをあたしも見逃すしかないかなーって。一緒にいて監視してるんだから職務放棄ではないでしょ?それにほら、あたし、戦力になるよ?」




姫香はそう言ってウィンクをする。


確かに姫香の運動能力は知っている。言っていることもわかる。


でもそれでは姫香の責任を問われかねないわけでーー。




「ねぇ、翔」




釈然としない面をする柊の額に姫香は人差し指を突き付ける。


そしてあきれ顔でこう言った。






「この生活を終わらせたくないのは、あたしも同じなんだからね?」






気づく。


幸せなのは柊だけではない。少なくともずっと孤独感を抱えていた姫香が幸せになれるよう、柊は努力してきたつもりだ。ならーー。






「で?一緒に行ける?」


美しい笑顔で問いかける彼女の手を取って柊は頷いた。


「ああ!連れを連れてきてはいけないなんて書いてなかった!俺と接触している服も俺と一緒に移動するんだとしたら、きっと、俺の肌と接触していれば行けるはずだ!」






話してみるもんだな。


そんなことを思った。






  *  *  *






それから一週間、準備を進めた。


まずはフード付きのロングコートを購入。知り合いがいる可能性が高い以上、顔は隠せた方がいいとの判断だ。




次に作戦を立てた。それぞれがどんな能力か定かではないが、敵の能力名はわかっている。


降臨・治癒・読取・変革・強化そしてーー超人




降臨。神との会話と一時的な憑依。強力そうだが強力すぎる。きっとペナルティも大きいはず。特に憑依なんてそう何度も行えないだろう。それに神との会話が直接的な敗因となるとも思えない。降臨の持ち主は後回しでいいだろう。




治癒。生物の治療や物体の修理。一体どう戦うのだろう。自身の傷を癒しながら戦うのだろうか。これも後回しだ。




読取。他人の思考や記憶を読み取る。正直これは厄介だしやられて気分のよいものではない。早めに叩く必要がありそうだ。




変革。言葉にした内容を現実化。実際柊自身も苦しめられた苦い思い出のある能力。ペナルティまで熟知しているが敵に回したら最悪な力なことは変わらない。こいつも早めに叩くべきだろう。




強化。自身の身体能力の調整。これは敵としてカウントしなくていいと柊は考えている。もし姫香を連れていければ恐らく相手にならない。それほどまで姫香はすさまじい。ぶっちゃけ柊が物理的に戦えない分、戦闘は姫香任せな節がある。そう考えると姫香抜きでどう戦えというのか。




最後に超人。物体を自由に動かせる。こいつは木戸の可能性が高い。うまく協力できればいいのだがーー。






戦闘開始の合図があるとして、そこから10秒、いや5秒の行動が大事だーー。


これは姫香からのアドバイスだ。


幸い柊の持つ取寄には瞬間移動の力がある。能力名からは決して推察できない分、敵からすれば大きな脅威となろう。


取寄とはいうものの、もはやチェンジだ。想像したモノと体の位置を入れ替えるなんて取り寄せていないじゃないか。いや確かに取り寄せてはいるが…自分が移動しては仕方ないじゃないか。


とはいえ戦闘となればこのペナルティもプラスに変わる。


相手の情報は少ないが決して不利な戦いではないーー柊は拳を固める。






あ。肉弾戦にならなければ。


拳を見て柊はふとそれを思い出したのだった。

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