2-10 記述『本当の声で』
「おぉ……平日なのに混んでるな……」
ランドよりシーのが空いてる、という理由で結局シーに来た一行。一行……男子五人。
「こんなの混んでるうちに入らないよ、柊。休日はこの3倍は人がいると思った方がいいよ。」
「3倍……!?」
柊は思わず圧倒される。今この場に集まる人数ですら柊にとっては大人数だ。身動きは取れるものの、自分を中心に半径1mの円を作ることはできないだろう。
ここはシーの門の前。
時間は開園時間の10分前。
既にチケットの購入を済ませて見上げる空は雲一つない晴天だ。
「そういえば水城はやっぱり来ないって?」
ふと疑問に思った天野が木戸に問うた。
クラスの席が比較的近い人同士で集まって来ているので、近くにいる水城がいないことが気になったのだろう。
「うん誘ってはみたんだけどダメ。話しかけるなって感じの圧を感じたよ。」
やれやれと木戸は首を振り、さらに言葉を続けた。
「それにほら、なんか普通の人間とは思えない。なんか怖いしさ。」
「あーあれね。あの野球の時はビビったわぁ……キャッチャーしてたらとんでもないもん見ちゃったよ。夢じゃないんだよねアレ。」
「なんだ、辞書の恨みで金属バットで殴ってやろうか?」
木戸と天野は顔を見合わせてアハハと笑う。その傍、柊は横から静かに木戸を見ていた。
(普通の人間じゃない……お前が言うか?)
あの夜、教室で、能力を使って柊を攻撃してきた木戸が。
なぜそう笑っていられるんだ。
いやーー。柊は首を振る。
違う。今日はそのことはいいんだ。せっかく遊びに来たんだ、楽しまないでどうする!
* * *
「うっわ天野の顔やべぇwww」
「そういう木戸のだって相当じゃないかよ!」
「それはそうと柊少しは驚こうよ。」
「いやこれでも驚いてたぞかなり。叫びそうになった。」
インディージョーンズを乗り終え、一行は盛り上がっていた。アトラクション中に驚かすギミックがあり、その瞬間に撮られる写真を後から確認出来るようになっている。人が驚いている顔というのは大抵の場合面白いものだ。
「じゃ、次行こうか!」
「次何行く?」
「タワテラ行こうぜ?」
「マジかー俺どうしよ」
「どうしよって何が?田村?」
「絶叫ムリなんだよー」
「タワテラ乗らずにディズニー語れないぞ?」
「語るつもりないし!」
「いや隣で漏らされてもいいならいいけど」
「え……いやそれは」
* * *
「あー面白かった!」
「面白かった!じゃねぇ!木戸!」
「なにさ?」
「お前落ちてる瞬間俺に抱きついて来ただろ!気持ち悪い!」
「仕方ないだろ落ちるのは苦手なんだ。」
「清々しい顔で何言ってんだよ……」
* * *
「そろそろ閉園だね。」
辺りはもうとっくの前に暗くなり、美麗なイルミネーションが魔法の国を彩る。鳴り響くミュージックがどこか悲しげで、名残惜しさを倍増させる。
「さっきは面白かったな……」
「さっきって?」
「ほら、男子グループとすれ違った時。」
「あれは笑ったわ。」
序盤はバカ騒ぎして単純に楽しかったのだが、夕方頃になると周りのカップルが目についてきてだんだん悲しいムードになっていったのだ。男子五人、全員彼女なし。悲しくなるのも当然だ。
(なにしてんだ、俺たち)
誰しもが心の中でそう思ったその時、偶然にもすれ違ったのだ。
別の男子五人のグループに。
なんだか自分らとよく似た雰囲気のグループ。
(同類……!!)
何事も無かったようにすれ違いーーすれ違った後に皆で思わずガッツポーズしたのはなんかこう、心が繋がったような感じだった。
「そろそろ帰るか。」
楽しい時間はいつまでも続かない。
この平和でバカみたいに笑える日常だって、いつかは終わってしまうのだ。
柊はなんだか少し寂しいような気持ちになった。
もっとみんなと普通に過ごしたい。よくわからない力を手に入れて、よくわからない戦いに巻き込まれて。そんなことを望んだことなんてーーもっと、みんなと……。
ふいに、水城の姿が頭に浮かんだ。
弾けるような笑顔の可愛い、そんな水城の姿が。
違う、彼女は監視役だ。彼女ともっと普通になどと、そんなことを考えていたんじゃない。
しかし、否定しようとしても浮かんでしまった考えは消えてはくれない。そういえば今日ずっとどこにいたのだろう。園内で見かけることはなかった。どこから俺を見ていたんだろう。
早く会いたい。
猛烈にそんなことを思った。
学校にいても家にいても、常に水城は柊の近くにいた。これだけ長い間彼女の姿を認めなかったのは出会ってから今日で初めてだ。
どこにいるんだ。
いつの間にか、彼女のそばにいることに安らぎを得ていた。
そんな関係じゃない。それはわかっている。
それでも……長い時間一緒にいただけに、ほんの1日見なかっただけで喪失感を抱いてしまっている。
彼女が一度だね見せた寂しげな笑顔が、消えて離れない。
お前だって本当は、みんなと仲良くしたいんじゃなかったのか。
そういえば初めて会った時に、同年代の人と関わったことがないと言っていた。
本当はもっと関わりたかったんじゃないのか。
本当はもっとーー!
柊は気づけば立ち止まっていた。あと10歩歩けば、出口という所で。
「どうした?」
不審に思った皆が振り返る。
「ごめん、忘れものした。先に帰っててくれ。」
「え……?マジ?じゃあゆっくり歩いてるから。」
「いや、気にしないでくれ。待たせるのは嫌いだし。先に電車乗ってていいから。」
「……わかった。じゃあ先に行くね。また明日、学校で。」
「あぁ、またな。」
再び歩き出す皆を見届け、柊は振り返った。
満足した顔、寂しそうな顔。
いろんな顔が出口へと吸い込まれてゆく。
柊は流れに逆らって歩いた。出口が遠ざかる。目指すはパークの中……!
柊は走り出した。
水城がパークの中にいる保証などない。
でも、もし、彼女が柊を監視していたとしたら、先に帰るということはないはずだ。きっとまだ、中に。
柊は走り続けた。
どこにいる。水城。水城。水城。
もう二度と、あんな悲しい顔をさせない。
俺が助けになれるのか、それはわからない。
余計なお世話だと、呆れられるかもしれない。
それでも、そのままにしておくなんて柊自身が嫌だった。
柊は走った。走った。走ったーー。
* * *
「……おい。ちゃんと見張ってなくていいのか?」
ベンチに一人座っていた水城は驚いてパッと顔を上げ、そしてゆっくりと声がした方に顔を向けた。その目は驚きと、不安と、涙で、いつもの輝きを失っていた。
「なんでここに……」
「なんでここに、って…そんなこと聞くのは全く監視できてない証拠だな。」
柊は水城の横に腰掛ける。目の前を手を繋いだカップルが通り過ぎて行く。
閉園を告げるもの悲しげなメロディーが柊の胸に刺さる。
でもそれ以上に今は、心臓の音がうるさい。
「なあ水城…」
「…なに?」
唾を飲み込む。おかしいな。もっと言いずらいものだと思っていたのに。
「俺、お前のことが好きだ。」
意外とすんなり言葉が出る。ただただ、思ったことを口にする。なんて楽なのだろう。
そして直後、沈黙が訪れる。急な、急すぎる告白だ。柊だって最初はこんなつもりではなかった、そのはずなのに。
「好きになっちまったもんはしょうがないだろ…」
柊は立ち上がり、水城の前に立った。こういうことは、まっすぐ相手に向き合って言いたかった。
「水城…俺はお前が好きだ。これからもずっと、お前と一緒にいたい。お前の声が聞きたい。温もりを感じていたい。だから」
水城は目を見開いたまま柊を見ている。
その瞳に自身が映るのを見るのはなんとも不思議な気持ちだなと心の片隅で思いながら。
「俺と、付き合ってくれないか。」
告白の仕方はこれでいいのだろうか。柊にはわからない。
ただ思うことを、望むことを、そのまま声にすればいい。
「あ、ありがと。でも、でも、あたしは…」
水城の目から涙が溢れる。
「あたしは…」
「ーーお前は!どうしたいんだよ!」
突然大きな声を出した柊に、水城は肩を震わせる。
柊はそんな水城をしかと見つめると言葉を続けた。
「立場とか生い立ちとか、色々あるんだろうよ。でもな、俺はお前のそのままを知りたいんだよ。」
何を言っているんだ。柊はだんだんわからなくなってきた。
自分は何を語っているのか。何を偉そうに説いているのか。
ただ心から発せられる声は脳を通していないかの如く、直接口から次から次へと溢れ行く。
「ーー本当の声で、お前を、聞かせてくれよ。」
水城は涙を拭って立ち上がった。
そしてその大きな目に再び浮かぶ涙を隠すように、柊の身体に抱きついた。
やっぱり、女の子だな。
あれだけ強くても、こんなにも細くて、少し力を入れれば崩れそうなほどだ。
そんな彼女が、今はとんでもなく愛おしい。
自分の胸に抱かれる彼女が、今はーー。
「ありがと。ごめんね。あたし、こんなんじゃ監視役失格だ。」
柊は何も言わない。ただ、その細い身体をほんの少し強く抱きしめる。
「こんなの、秘密だよ?組織にバレたらあたし、怒られちゃう…」
二人の鼓動が時を刻む。
最高に幸せだった。
大好きな人が、大好きな人と、大好きな人で、大好きな人を、大好き大好き大好き大好き大好きーー。
「ね。翔。」
「なんだ、姫香。」
「もう一度、言ってよ。」
「ああ。」
柊は水城を身体から引き離し、彼女の耳に顔を寄せた。
そして愛を囁いたその唇を
微笑む彼女の唇に
重ねた。
二人を祝福するメロディーが、二人の身体に染み渡った。
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