2-9 記述『隔たりと温もり』

ーーっ!




柊は授業中、突然大事なことを思い出し身体を跳ねさせた。


そうだ。


水城が来たことで考えが及んでなかったがーー。




一ヶ月後にバトルロワイヤルがあるんだった。


能力を与えられた七人がバトるっていう、アレだ。




アレだ、じゃない。神は一体何を考えてるんだ。


俺が手にした"取寄"の力で戦うのか……?






何の為に。






理由もなく人を害するのは柊には御免だった。傷つけられるのもまた、言い様もなく不快だ。せっかく手にした平和平穏を悠々と壊しにかかる神の意向を問いただしたい所である。




しかし、神との対話手段を持たない柊は恨み言を言うのが関の山。起こるものは起こるのだろう。それなら、それを踏まえた上で最善の選択を。




木戸は本当に能力者なのか。


もしそうなら一ヶ月後、戦うことになるのだろうか。




水城はどうする。


バトルがどこで行われるかはわからないが、監視役で異常な身体能力を持つ水城から抜け出すことはできるのか。




答えのない問いに溺れて、案の定いい考えも浮かばぬままその日の授業が終わった。




いつものようにさっさと支度をして帰宅しようとする柊の右隣から声がかかった。




「ねぇ柊」




どこか無意識に、意識しないようにしていた右側。


思えば必死に目を背けていたのだろう。


身近に敵が、自分を攻撃してきた能力者が、友達だと思ってた男がいる。


期待や信頼を裏切られるのは恐ろしいことだ。




ならーー最初からなかったことにしてしまえ。




そう柊が考えるのも無理はない。無論、柊はそのことに無自覚だったわけだが。




「来週の月曜、創立記念日で休みだよね?」




10/10は創立記念日だ。創立記念日は学校が休みになる。






「その日、みんなでディズニーにでも行かないかい?」






柊は固まった。


一瞬木戸が何を言っているのかわからなかった。


みんな……?


みんなって誰だよ。


木戸は色んな人に人気があって、認められて、いつだってクラスの中心だ。対する柊は積極的に人と話そうとせず、基本的に気持ちでは一人だ。馴れ合いなど下らないと一蹴に付してる節もある。




しかし柊はこうも思っていた。


いつか変わりたい……と。




いつまでも自分の中に引きこもっててはいけない。柊は木戸が羨ましかったのだ。木戸の生き方に少なからず憧れていた。




今高二の10月、もうすぐ受験一年前だ。


この先遊ぶ機会もないだろう。それなら今のうちに遊んでおくのも悪くないかもしれないな。




「いいぞ」


「まじ?てっきり断られるかと思ったよ!後でlimeグル作るね!」


木戸は本当に嬉しそうに頬を綻ばせるとクルリと後ろを向いて天野に声をかけていた。




天野の斜め後ろ、教室の角の席の水城は静かにスマホを弄っていた。スマホを弄ることに意味は無いが、ただじっと柊が帰るのを待つのは不自然だし、また話しかけるなオーラを発するのにも一役買っていた。




「ねぇ、水城もどうだい?ディズニー!」


無鉄砲に声をかける木戸を天野が止めようとするも効かず。突然声をかけてきた木戸に水城は冷ややかな目線を向けた。


「オレはいい。」


取り付く島もない、を具現化したような態度だった。




そんな会話を見届けて柊は教室を後にした。






* * *






「お前も行くんだろ、ディズニー。」


「うん、そうだね……ごめんね?あたしのことは気にせずに楽しんでよ。」


そう言って笑う水城はどこか寂しそうに見えた。やはり水城自身も監視役というのは気が重いのだろう。


「普通に一緒に来ればいいじゃないか。」


断るとわかっていて、柊は呼びかける。


そんなこと言われずともわかっているだろう。それでも、自分のせいで心を痛める女の子が目の前にいるというのは、いささか気分が悪い。


「ううん、大丈夫!あたしは遠くからしっから見ててあげるから!」


元気よくサムズアップしてから、ありがとねっ、と微笑む。


水城はいい子だ。いい子すぎる。


どんな教育を受けてきたのだろう。




いやーーこれをいい子と呼んでいいものか。


いつだって、人ばっかりじゃないか。


お前はどう思ってんだよ。


いつも元気なわけないだろう。


落ち込むことだってあるだろうに、この子は多分、それを見せない。それはいい子なのか。




柊は何も言わない。


言って仕方の無いことは言わない。


いつか、もっと。




心の距離が近くなれば。




そんなことを思ってしまう。


彼女の気遣いに、優しさに、明るさに、共に過ごすうちに惹かれてゆく。




監視される生活もあまり負担になっていないのは彼女のおかげだ。柊が一人でいたい時、静かでいたい時、何も言わなくてもそれを悟ってくれたのは彼女だった。




監視、されど干渉せず。




柊の生活を壊すまいと細心の注意を払ってくれている。


そして自分の存在を無駄に割り込ませまいと、心の枷になるまいと、そんな風に過ごす彼女を数日間、間近で見てきた柊は。




「柊くん?」


「あぁ、ごめん。お前も大変だよなぁ。」


「大変?あたしが?」


「あぁ、とにかく…その、ありがとな。色々。」


「えぇっ……!なんで!?むしろこっちが謝りたいくらいなのに。」


「まぁ、よろしくな。これから。」




あと一ヶ月後、バトルロワイヤルが始まる。


これからどうしたものか……まだ答えは出ていない。

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