エピローグ 失っても想いは一つ
「“20××年の11月30日を持ちまして、当店は閉店致します。ご愛顧いただきありがとうございました”…か。本当に、移転が決まってしまったんですね…」
“タルタロス”の公式ホームページに記載されている内容を読んだ百合君が、ため息交じりに呟く。
十王との謁見が終わってから、10日後の事だった。
時計の針は19時を回っているが、この日は月曜日ではないため、ライブビューイングは実施していない。そのため、従業員は全員出勤していても時間的には忙しさが落ち着いている時間帯だった。
「移転って事は…。都内の別の場所で、また営業開始するという事ですか?」
すると、パソコンを横から覗き込んでいた櫻間さんが、わたしに問いかける。
「えぇ。
そんな彼女に対し、わたしは普段の口調で答える。
因みに今現在、末若さんがスタジオの受付に立っていて、アルバイトの二人が休憩を取っている時間帯にあたる。そのため、ここには4人中3人の従業員がスタッフルームにいる状態だ。
十王から出た沙汰としては、“一度日本の”タルタロス“を閉鎖し、時間を置いた後に別の地で営業を再開させよ”という内容だった。わたしや末若さんは営業が再開される際に引っ張り出されるため、勤務地が変わるという感覚だが、百合君や櫻間さんはそういう訳にはいかない。彼らは、学業を両立させている学生であり、
最も、鬼たるわたしに“寂しい”や“哀しい”なる感情はないので、彼らと会えなくなっても別段問題はないですが…
パソコンの画面を眺める百合君と櫻間さんを見守りながら、わたしはふと考える。
自分自身に“他人との別れを惜しむ”感情はないが、“新たなる地で営業を再開した際に、信用できそうなアルバイトと巡り合えるか”という不安がある事に気が付く。
入ってすぐの頃から知っていた事だが、百合君と櫻間さんが幽世に来ても問題ない体質である事は、この“タルタロス”の従業員をやる上では貴重なスキルともいえる。そんなベストな人材を今度のスタジオで雇えるかわからない事を考えると、そういった“物理的な意味”では、惜しく感じる自分がいたのである。
「零崎さん」
「何でしょう?」
気が付くと、パソコンの画面に見入っていた百合君が、わたしに真っ直ぐな視線を向けていた。
「今が10月下旬だから、来月…ですね。この“タルタロス”が閉店しても、東京都内の何処かで“必ず”営業再開する…と、信じてもいいって事ですよね?」
わたしに問いかける彼の表情は、真剣だった。
それは、“東京都内で営業するならば、また顔を出したい”と言いたそうにしていたのを、わたしは薄々気が付いていたのである。その表情を見たわたしは、心の内で何処か安心しているようだった。
「…はい。交通の便といった
わたしは、自嘲気味に哂いながら、百合君に対して答える。
“感情”なるものは未だによくわからないですが…。彼らとの交流で、わたしも少しは理解を深めたのかもしれない…
普段の穏やかな表情を浮かべる百合君や櫻間さんを見た途端、わたしは“人間と共に過ごした時間は無駄ではなかった”と考えていたのである。そうして、自分のような“鬼”にですら何らかの変化をもたらす人間と、その人間が作りだした音楽に関われたことを、少しだけ誇りに感じられた。
この想いはおそらく、今は受付にいる末若さんも少なからず感じているだろう。
こうして、20××年の11月末日を以って、日本の東京にある音楽スタジオ“タルタロス”は閉店した。無論、ただ閉店して終わるだけではなく、移転して都内の別の場所で再度OPENする旨は公式ホームページに載せてあるため、
日本のスタジオが営業していない期間中のライブビューイングは、イギリス・アメリカ・香港の3スタジオで代わる代わる行われるようになる。
観客となる死者達からしてみれば、「別に死んだのだから、音楽なんて聴かなくても良いだろう」と思うだろう。
無論、我ら従業員側からしても、ライブビューイングで聴いていく事を強制はしない。しかし、人間が作りだした音楽で、少しでも死者の
かといって、高級レストランに入るように気負いする必要もなく、観客となる死者達には気軽に立ち寄ってほしいと願うばかりだ。
自分の性格上、音楽を快く思わない人間がいても“そのような行動”はとらないが、もしも自分が“死者に対して前向きに接している人物”であれば、そんな人間にはこう言ってあげたい。
「死後の旅路は、とてつもなく永い。そんな永き旅路へ逝く前に、少しだけ聴いて行きませんか?」
少しでも悪霊が減るようにという目論見が地獄側にあった訳だが、これから先の未来において、少しでも悪しき
<完>
逝く前に聴いてみますか? 皆麻 兎 @mima16xasf
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