天国か、地獄か
植木鉢たかはし
天国か、地獄か
君の目の前に、分かれ道があるね。
行く先はわからない。長い長い、道が続いている。
……そう、例えば、この道のどちらか一方が天国に、どちらか一方が地獄に繋がっているとして、君は、どっちに行きたい?
やはり天国か? 天国は……そうだな、楽園のような場所だ。毎日遊んで暮らせるし、おいしい食べ物もある。辺りにいる人々も皆友好的だろう。
気候もちょうどいい。お金の心配はこれっぽっちもない。自由な世界だ。
でも、あえて地獄を選ぶやつもいるな。自分は悪人だから、天国に行ったら罪悪感に苛まれそうだとね。
地獄は文字通り地獄さ。血の池地獄に針山地獄。何日もなんにも食べられないで過ごすなんてざらだし、まわりにいるといったら鬼やら罪人やらでいっぱいだ。お金は必要ないが、代わりに魂を取られて、二度と転生できない……と、ペナルティがつくこともあるな。
……さて、どちらを選ぶ?
私か? 私はもちろん天国を望んだ。結果として望んだ方へ行けて、今は楽して過ごしているんだ。
ただ、なにやらボーッとして突っ立って、どこにも行こうとしない不思議なやつを見たものでな。ちょっと手助けでもしようかと思ったんだ。
ちなみにだが、天国と地獄と、どちらに行きたい?
…………。
…………ほう? 地獄か。
理由を聞いてもいいか? ……なるほどな。後悔があると。
ならば言うが、分かれ道がある、と、私は言った。だが、それしかないとは言っていないぞ?
どういうことか? ……お前はどうやってここに来たんだ?
長い道を歩いてきたんだろう? 歩いて歩いて、岐路にたどり着いたんだ。人生最大の岐路にな。
人間はおかしなものでな。分かっているはずなのにそれを認識できないときがある。
山道を歩いてきて、分かれ道があった。そうしたらどうする? 選択肢はいくつかあるな? 例えば、どちらかの道に進んでみる。人に話を聞く。二人以上なら分かれていく。
……どうして、「引き返す」という選択肢がお前にはないんだ?
まるで、その後ろに道がないと思い込んで、諦めいるようじゃないか。
誰が、後ろに道がないなんて言った? 引き返しちゃいけないなんて言った?
誘導尋問みたいだった? はっは、それは悪かったな。でもな、
……天国か地獄かなんて、引き返して調べ直してからでもいいんじゃないか?
私が、何を言いたいか分かるな?
…………。
…………いい子だ。そのまま走れ。
◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈
一人の女性が、デスクに向かってパソコンのキーを叩いている。その目には、早く終わらせてしまいたいという焦りが感じられた。
その様子を見かねたのか、彼女の上司が「もう帰っていいよ」と声をかける。
沈んだ様子でわずかに微笑むとその女性は少し頭を下げ、会社をあとにした。
しかし、彼女にはこれといって用事はないのだ。逆にいうと、用事がないことが彼女をこんな風にさせているわけだが。
駅の改札をくぐり、いつもは必ず取り出すスマートフォンも、今日は鞄の中だ。ぼうっとしたままその人は電車を待つ。
と、突然、彼女の鞄からバイブレーション音が響く。仕事の電話だろうか? 急いでスマートフォンを取り出し着信元を見た彼女は、目を大きくした。
『棗ヶ崎病院』
彼女の弟が、昨日から入院している病院だ。まだ高校生だというのに友達付き合いが悪く、夜中にバイクを乗り回していたことによる事故だった。父親も母親も事故で亡くしている彼女にとって「またか」と思うような出来事だった。
……話を戻す。その病院から、電話が来たのだ。弟は今朝の段階で意識不明。どうなるか分からない状態だった。
彼女は震える手で応答ボタンを押す。
「……も、もしもし」
すると、受話器の奥から聞きなれた声がした。
「…………ねぇちゃん」
「…………ぇ……」
女性のほほを、一筋の涙が飾った。
天国か、地獄か 植木鉢たかはし @Uekibachi
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