第8話 灰色の巨人

「お前は、『神』を知っているか?」

 灰色の巨人を見据えながら、ノゾムが問う。

「オロロロロロロッロロロォ!」

 返ってきたのは予想通り、期待したものではなかった。


 特に気にするでもなく、静かに重心を落とす。

 『右腕』や『左腕』のような幹部級でないと回答は得られないと、ノゾムも薄々分かってきている。こんな魔物ならば尚更だ。

 それでも念のために問うのは、一種の戦闘前の儀式のようなものだった。


 弾かれるようにして、ノゾムが駆ける。

 途中、一瞬だけ視線を地に落ちた影へ。だいぶ長くなってきている。


 日暮れが近い。


 牽制に石を放ち、剣を両手に持ち替える。


「っせい、やっ!」


 裂帛の気合と共に歪んだ直剣を振り下ろす。

 灰色の巨人はボロ屋の前から微動だにしない。


 四足の姿勢のまま、左腕を顔を庇うように上げた。


 耳をつんざく金切り音が響き、火花が散る。


(くそ、やっぱり、硬いっ!!)


 歯を食いしばりつつ刃を返して、上からもう一太刀。

 だが、灰の肌に僅かに滲んだ腕でこれも留められる。


「お、お、お、お、ぉ……っ!!」


 が、構わず、そのまま押し込む。重心を右足に移しながら、背中から肩へ、腕へと力を集める。

 ミチミチと筋繊維が悲鳴を上げ、ギリギリとかち合った剣と硬質の肌が歪な音を上げる。

 顔が近い。井戸の底のような虚がすぐそこにある。


 と、ノゾムは顔にかかる生暖かい風を感じた。

 巨人の顔が明確にこちらへと向けられている。


 同時に、感じる悪寒。


 ノゾムは己の勘に従い、まろぶようにして巨人の左側面へと体を流した。

 急に支えを失った巨人の左腕が頭上スレスレを弾かれた勢いそのままに掠める。

 それに一拍遅れて、巨人の虚から何か黒灰色の物が放射された。

 勢いよく広がり、巨人の前方に黒灰色の霞がかかる。


(なんだ、あれは?)


 黒灰色の霞に触れた地面や植物には、特に何かの影響は見られない。

 だが、遅効性の毒の可能性もあるし、もっと別の何かの可能性もある。

 正体はつかめない。が、ノゾムを攻撃するために放射されたものであるのは間違いない。


 腕を振った勢いを利用して巨人がノゾムへと向き直る。


 横へ飛ぶ。


 再び、黒灰色の噴霧。


 先程にも増した、強烈な悪寒。


 身を投げだしたノゾムは視た。


 巨人の虚の中で青白い火花が散るのを。


 火花は黒い靄へと吸い込まれていき――――。




 轟音と真っ赤な光が辺りを包む。


 衝撃に弾かれ、ノゾムの体が面白いように地面を転がっていく。


 木の幹へ強かに背中を打ち付け、肺の空気が全て逃げていく。


「ぐ……ぁ…………っ」


 全身の痛みに呻く。耳鳴りが高く響き、他の音が何も聞こえない。

 それでもノゾムは歯を食いしばり、一瞬で炎に包まれた広場へと視線を向けた。

 広場の中央付近、揺らめく彼方に自身も爆風に吹き飛ばされたらしき巨人の姿が見えた。

 ただ、体勢を崩してはいるが、ダメージを受けているようには見えない。


「ふ……っ! くっ……!!」


 追撃が来る前に、ノゾムは痛む体を無理矢理に引き起こす。

 体中が打ち身、擦り傷だらけだが、地に逃れていたお陰か、爆発による直接的なダメージは想定よりも軽い。

 癒やしの魔法で応急処置的な手当を施す。戦闘に意識を裂きながら行うには、それが限界なのだ。


 巨人が四足の姿勢を取り、虚の空いた顔をノゾムへと向ける。


「くそっ!!」


 悪態をつき、その場を逃れる。

 黒灰の何かが放射され、それは薄く広がる前に広場の残り火に熱せられて赤く燃え上がった。

 さながら火炎放射器の如く、ノゾムの駆ける軌跡を追う。


(爆発しない……? 燃えやすいだけで、火薬じゃないのか?)


 走りながら、ノゾムは冷静に状況を分析する。


(そうと分かればっ!)


 牽制のために投石紐に手を伸ばす。続いて石を装填しようとして、そこで投げやすい石を入れておいたズタ袋が無くなっているのに気付く。爆発の時に無くしたらしい。

 だが、考えてみれば、それは珍しく幸運なことだったのだろう。何故なら、腰に吊ったまま転がっていたのなら、大怪我は免れなかったはずだからだ。


(行けるか……? いや、違う。行くしか無いんだ、覚悟を決めろ!)


 爆風の中でも手放すことのなかった歪んだ直剣を握りしめた。


 次の火炎放射が放たれる。

 そのタイミングに合わせて、ノゾムは巨人へと駆ける。

 すぐ横を熱の塊が走り抜ける。

 肌をチリチリと炙られるのを感じながら、直剣を炎の中へ。


 放射が途切れる。


 刀身には熾火が残り、灰の巨人は目前。


 巨人は腕を振り上げてノゾムを打ち払おうとして、




 そこで、ガクンと動きが止まった。


 見れば、巨人に絡みつくように無数の青白い手が群がっている。

 狙い通りの展開に、ノゾムはほくそ笑む。

 そう、夜が来たのだ。


「おおおおぁぁぁぁぁぁっ!!」


 歪な直剣を両手で握り込み、走る勢いそのまま、全体重を載せて突きこむ。

 果たして、今度は狙い過たず、巨人の顔の虚へと剣先が吸い込まれていった。


「~っ~~~~っ~~っっっ!?!?」


 確かに、何かを貫いた感触。

 巨人が音にもならない悲鳴を上げて、身を捩る。

 剣を突き立てたノゾムを振り払おうと、右に左に激しく体全体を振り乱し、しかしそれも長くは続かなかった。


 ぼう、と虚の中に炎が上がる。

 直ぐ様剣を引き抜きノゾムが飛び退れば、やがて炎は全身へと巡り、宵闇に侵されつつあった広場を赤く照らした。


 巨人がよろめく。


 随分と鈍くなった動作で一度だけ這いずった。力無く伸ばした腕の先には、奇跡的に被害を免れていたあのボロ屋。

 しかし、それも長くは続かず、僅かに衰えた火勢につけ入って青白い腕が殺到する。

 巨人の体がまたたく間に無数の腕の中へと溺れていき、すぐに何事もなかったかの如く静かになった。


 その一切を、ノゾムはじっと視ていた。

 剣も収めず、言葉も発さず、まばたきさえすること無く。


 ただじっと、見つめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

呪いの転生者は神殺しを望む 穂波じん @jin_honami

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ