笑顔の友
「ねえねえ、『朝飯前だよ』って言葉、あるじゃん?」
「…………」
「でもさぁ、『朝飯前』って要するに早朝のことじゃん、朝ご飯の前のことだよ、超朝早くってことじゃん?」
「…………」
「そこまで考えたときにね、私は思ったわけよ。『いつ使えばいいの、この言葉?!』ってさ」
シスターレアの弟子、修道女のアンは恐ろしいほど愉快なひとだった。痛快なほど口がまわるまわる。対面してさほど時間も経っていないのにも関わらず、まるで私が昔ながらの旧友かのように喋り続けている。
「きっと、この言葉をつくったひとは朝ご飯を食べない感じのひとだったんだよねー」
シスターレアは、私が京師へ行く方法をひとつ、提案した。それは、私が一時的にシスターレアの助手、言い換えれば遣えのような存在になり、シスターレアの巡礼にお供する、といったものだった。もちろん、私にも仕事があったのだけれども、そこはそれ、シスターレアが言いくるめるように、私の職場の人々を説得してしまった。
「あ、でも朝ご飯食べないなら、そもそも『朝飯前』って呼べる時間帯がないじゃない!」
そして今、饒舌に、嵐の如く話すアンは、言ってみれば私の先輩、私に教会のいろはを教えてくれる役だった。
「じゃあどうしよう!?
ユーモアあふれる、というか、とても楽しそうな人だった。
京師までは、歩いて十日以上かかる。その間、いくつかの山を抜け、いくつかの川を渡る。決して易しくない道のりに、シスターレアはその歳ゆえ、京師には長い間足を運んでいなかった。だから今回の巡礼は、明らかに私のためだけといえる。何人かの牧師や、修道女がシスターレアを説得しようと試みたが、結局、シスターレアを止められる人間はいなかった。
「食料、寝袋、衣服、救急医療箱、聖書……」
シスターレアの弟子のうち、五人と、そして私の、七人で京師へ向かう。荷物の量は侮れない。
「あーっ! 私の寝袋だけない!」
アンの声が響く。よく見ると彼女の足下に茶色い袋が転がっていた。
「それじゃないですか」
アンは慌ててそれをしまった。
「…………、こっほん。じゃあ荷造りをつづけようかな」
私とアンの荷造りがつづく。
アンはしばらく黙ってから、それにしても、と呟いた。
「………それにしても、きみも物好きだよねぇ……」
私が首を傾げると、アンは、
「いくらあのシスターレアだっていっても、修道女でもないきみが、手伝う義務もないのにさ」
といった。私とシスターレアは、私が京師に赴く、本当の理由を誰にも話していない。端からみれば、よっぽどの信仰者にでも見えるのも無理はないのだろうなと思う。
私は本当のことをいうわけにもいかないので、苦笑いでやり過ごす。幸いと言うべきかさすがと言うべきが、アンはすぐに話題を変えて、ぺらぺらと喋った。口達者なぶん、一つの話題にかける時間が極端に短いのだ。
「京師ってどんなところかなぁ」
アンは夢見るように目を宙に泳がせる。
「私も行ったことないからなぁ……いろいろ想像するんだけどさ、やっぱりわかんないねぇ……」
同意して、私も想像してみる。
何度も思いを馳せたことはあるけれど、アン同様、どうしてもわからないものはわからない。伝聞から想像するにも、いまひとつぱっとしないものがある。
「まあ、明後日には出発だしね。楽しみにしておかないと」
アンはそう私に笑いかけて、私も彼女に笑顔を返した。
それは懐かしいような、初めてのような、素敵だと思える、瞬間だった。
才能のある妹をもった姉の話。 芹意堂 糸由 @taroshin
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