番外短編
摩天楼、ある日の神崎透
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現状身内向け色の強い番外編です。
本編がある程度進んだ後、再編します。
本編の内容とは関連があまりありません。
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『不安とは己の内から出でる可能性に対する感情だ』
高い空、高いビルに遮られない蒼天を見上げる。屋上庭園には休日を過ごす人々が雑踏を成し、組み上げられた鉄塔へ登る順番を待っている。
屋上庭園の縁近くのベンチに座れば、その摩天楼を見ることは容易だった。何を思案するでもなく、10分ほどそれを眺めていた。
特に何も感じなかった。
それにも飽き、ポケットから煙草の箱を取り出し、1本口にくわえる。
「禁煙ですよ」
巡回していた警備に止められた。自然と口角が上がった。
半ば取り出しかけていたライターをポケットに突っ込み、煙草を口から離す。火をつけていないことを見せ、警備を見上げる。
「喫煙所、どこ?」
受動喫煙は不快だった。
ただ、その不快感を上書きするように、うまいと思ったこともない煙草の煙を肺に流し込んでいく。
――このまま窒息できればどんなに幸せなことか。
意味のない思考をする。
俺はこの世界で人が死んだ後、どうなるかを知っている。あの世というものはあるが、おそらくこの『あの世』を、正しく理解している人間はいないのだ。この現象界に、肉体的に死を経験した人間はいない。
『人は経験した事象に対してのみ、記憶を理由に恐怖する。故に、死を経験したことのない人間が死を恐怖することはない』
壁に貼られた、展示広告ポスターを見る。
(『ガラスがないから風が気持ちいい』か)
あそこは地上から何メートルあるんだ?
ただわかることは、人はあそこから落ちたら死ぬだろうなということだけだった。
人間は高い想像力を持つが故に、恐怖する。だからこそ、様々な物事に事前に策を張り巡らせ、危機への対応をすることが出来る。
それは当に生物としての感情、未観測事象に対する『不安』を利用し、それを理性でカバーする知性によるものだ。
『不安』をコントロールすることは、人の力の一つだと俺は考える。
(死んだことがないのに死に恐怖するのも、一種の不安からなのだ。人が恐怖しているのは死そのものではなく、もっと近い……「失いたくない」とか、「欠けたくない」とか、そういうところが大きいはずだ。
経験したことのないものに恐怖することはない、その論を否定するわけじゃあないが、人の感情も、原子論のように分割できるのだ。一つの事象に対し、小さな単純感情がいくつも結びついて結果複雑なものに見えている。いや、実際複雑なんだろうがね)
ただ人間は、高いところから落ちれば死ぬということを想像できるはずなのに、まあまあそういうところへ行きたがる。もちろん全ての人間がそう言うわけではない。
ふと思い出す。
――「私ここまで高いと逆に距離感がわからなくなるわ」
ここよりも低い電波塔の展望台から下を覗き込んだ高所恐怖症の女の言葉だ。その「ここまで」の閾値がどこにあるのかはわからないが、どうやらある程度以上不安負荷がかかるとそれを感じなくなるらしかった。
そう言いつつも、彼女はガラス張りの床を踏むことはできなかった。
もはや用のなくなった吸い殻を雑に灰皿に放り込むと、喫煙所を出る。吹き抜ける冷たい風、都市部の風とはいえ喫煙所の空気に比べるべくもなく心地が良かった。
当日券の購入列は凄まじいものだった。案内が待ち時間を告げる。二時間?待ってられるか。
先日、無理矢理握らされた時間指定券をポケットから引っ張り出す。皺が寄っていた。
気持ち皺を伸ばすように手で整え、受付を抜ける。エレベーターはすぐだった。
己の意思で来たわけではない。ただ、券が余ったからという理由。それさえどこまで本当かわからない。
折角だから行っておこう、その程度の気持ちだった。
券を押し付けてきた男――那智は、先に登っているらしかった。狭い箱、人、人、そして俺。息苦しくはあるも、特に嫌な気持ちはしなかった。
円形の展望台で、白髪の知り合いは待っていた。
「高雄は?」
「遅れてきて第一声がそれか。今日はいないよ、なんでも新しい武器の実験をしてるとかなんとかで」
ふーん、と返す。ニコイチでヒーローやってる癖に、お前はここにいるのか。
「本当は別のやつと来るはずだったんだが、急用でね。暇そうなのがお前しかいなかった。非常に残念なことに」
「物好きだなあ」
くく、と笑ってみせる。那智は仏頂面のままだった。「誰が好き好んでわざわざ男とこんな所に」などと漏らしていた。
人混みの隙間に身を滑らせ、窓際に行く。鼠返しのような形の展望台は、下を見るのに非常に楽だった。
極東で最も高い展望台、流石の俺も見たことのない景色に、しばらく、意識を吸い込まれた。その間、那智は何も言わなかった。
その内、人の塊が少しずつ入れ替わり始める。俺は下を見る人々の隙間から、空を見ていた。
身を捩りそこから離れる。那智に声をかけ、展望台内を歩くことにした。
「お前、そこよく歩けるな」
那智の言葉に、足を止める。何のことかと足下を見れば、気付かない内にガラス張りの床を歩いていた。
足の下は、真っ直ぐに下が見られた。特に何も感じなかった。那智の方を見て、つま先でそこを叩いて見せた。
「ここが、何?」
「よせよせよせ、そういうのがダメな奴もいるんだ」
「へえ」
わはは、笑ってみせる。
「いいんじゃない、別に」
那智は眉間に皺を寄せた。
「かっこ悪いと思ってるんだろう」
「いや」
首を振って否定する。
「君が人間ってことだ」
人間の反応は見なかった。背を向け、歩き出す。
背を向けていたので、那智がその床をどうやって超えてきたのか、俺には知る由もない。
-Scrapper- after the defective ideal 山下和真 @kzmzm
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