第71話 納涼!ホラージャンルじゃないけれど怖い短編小説


 残暑見舞い申し上げます。

 今年の夏は、どこもかしこも暑いので、また納涼企画で何かホラー特集しようかなぁと思っていた。そして、紹介するなら、「ホラージャンルじゃないけれど怖い短編小説」を、特にあまり知られていないようなマイナーなお話を紹介していきたいなぁと思いながら、色々考えていた。


 どれを紹介しようかと考え始めると、「あれもいいな」「これもあったな」とたくさんの案が出てくる。何とか八作品に絞ったので、それらを簡潔にご紹介しよう。




・向田邦子「ダウト」(『思い出トランプ』収録)

 脳出血で倒れ、意識不明のまま亡くなった父の葬儀を、長男として執り行うこととなった塩沢。妻と葬儀の準備をする途中、従弟の乃武夫を呼ぶかどうかを相談される。仕事や女性をとっかえひっかえして、ふらふらとしている乃武夫を、塩沢は苦手だった。

 サイコパスとか権力者とか行き過ぎた正義とかとは違う、「一般市民の小ずるいところ」に「人間の怖さ」が現れている。「ダウト」でも、誰にでも心当たりがありそうな、「楽をしたい」「あの人が憎い」「後ろめたい」という気持ちが、ボタンを掛け違えたかのように上手く行かず、底なし沼に陥ってしまう。誰にでも起こりえそうな出来事、の手触りがたまらなく怖かった。




・川上弘美「漂泊」(『大きな鳥にさらわれないように』収録)

 人類の数が激減した遠い未来。語り手の男は、新人類を探して大自然の中を当てもなく放浪し続けていた。そしてとうとう、彼は湖のほとりに集落を築いた新人類を発見した……。

 ホラーにはヒトコワというジャンルがあるけれど、こちらは人類という種そのものの業に怖くなる一編。読み手としては、「やめてやめて!」と思いながら読んでいるが、果たして、「人間」の私は、彼を非難できるかどうか······。ちなみに、『大きな鳥にさらわれないように』は世界観を共有した連作短編集なので、この前作「みずうみ」を読んでおくとダメージ倍増なのでおすすめ。




・川上未映子「お花畑自身」(『愛の夢とか』収録)

 夫が大企業の経営者のため、自宅のインテリアに凝ったり、ガーデニングに精を出したりと、悠々自適な専業主婦生活を送っていた「私」。しかし、知らない内に夫の会社は借金を抱えたまま倒産し、豪邸を中の家具もそのままで売りに出すことに。そこを買ったのは、新進気鋭の作詞家で独身という、「私」とは全く異なる境遇の女性だった。

 川上さんの作品には、正反対の意見を持った人物が、議論するシーンがたびたび出てくる。この「お花畑自身」も、専業主婦とキャリアウーマンという、水と油な二人が出てきて、お互いのことを滅茶苦茶酷く言っている。呼んでいる側としては、どちらの主張にも「分かるなぁ」「言いすぎじゃないの?」と思いながら眺めているのだが、かみ合わない二人のやり取りはどんどんおかしな方向に流れていき、「え? ここで終わるの?」という結末に至る。だからこそ、余計に恐ろしく感じた。




・村田喜代子「水中の声」(『鍋の中』収録)

 勝子の幼い娘は、誰も見ていないうちに、貯水池に落ちてしまい、亡くなってしまった。そのショックから立ち直れないだった勝子が、「全国子供を守る会」という子供を亡くした親たちによる団体からスカウトを受け、入会する。そこで、子供の事故死を未然に防ぐための活動に、どんどんのめり込んでいき……。

 一つの不幸から、ドミノ倒しのように、悪いことが次々に起きていく。「こうならないで!」と思ってしまった通りになっていくので、心に灰がたまっていくような、重たい気持ちになった。勝子の言動も、それに対する周囲の反応も、一理あるように見えるので、余計に「誰も悪くないのに」と感じてしまう。そしてとどめのラストシーン……あの瞬間の感情は、同じものを読んだ人じゃないと分かち合えないだろう。




・小林泰三「母と子と渦をめぐる冒険」(『海を見る人』収録)

 母の「行っておいで!」という一言をきっかけに、宇宙空間に飛び出した子供たちのひとり、純一郎君。あちこちを飛び回り、集めた情報を母に伝えるのが旅の目的だが、純一郎君は小さな星に落ちてしまう。何もない星から脱出しようとするのだが、空と海にある三つの渦により、純一郎君は元の位置に戻ってしまう。

 がっつりSFで、根っからの文系人間の私には、理論とかを完全に理解したわけではないけれど、「どうなるんだ!」とハラハラしながら読んでいた。あと、あらすじで省略したけれど、純一郎君とその母親のビジュアルがなかなかのものである。それゆえに、起きてしまう残酷すぎるラスト。ショッキングすぎて、読後数日間は引きずった。




・吉田修一「flowers」(『パーク・ライフ』収録)

 妻が劇団にスカウトされたことをきっかけに、長崎から夫婦で上京してきた「僕」は、自動販売機の補充の仕事をしていた。彼に直接仕事を教えてくれた先輩は、軽薄な性格で「僕」は苦手意識を持っていたが、生け花という共通の趣味で親近感を覚える。しかし、妻との外食中に、先輩の秘密を見てしまい……。

 同じ一冊に収録されている「パーク・ライフ」は、平坦で何もない道を平和に進んでいくような短編だとしたら、「flowers」は、崖に向かって猛スピードで走っていくチキンレースのような短編。「僕」を含めた登場人物たちは、どこか可笑しいけれど、それが身近な人だったり、たぶん自分の中にもある「可笑しさ」だと思う。本編をずっと覆っている不穏さ、そして直接的なシーンも出てくるのに、「flowers」というタイトルなのも、すごく好きなところでもある。




・星新一「窓」(『宇宙のあいさつ』収録)

 小さな町から東京に上京してきた十八歳の女の子は、テレビに強いあこがれを持ち、夜中の砂嵐を眺めながら、ここに出れたら……と夢想するのが日課になっていた。だが、その砂嵐が晴れていき、とある部屋の中で一人踊る女性の姿が映し出される。彼女はそれを見て、思ったことを口にする。その翌日、外出中の彼女の前に、テレビ局のスカウトマンの男が現れた。

 ショートショートの神様と呼ばれた星新一は、様々な形の恐怖を描いているのだが、こちらはSFとも怪奇現象とも異なる、人間の欲望にスポットを当てた短編。おそらく、「自己顕示欲」という言葉がまだなかった当時に、「人ってこんなところがあるよね」と提示したのではないかと思う。これまで読んだ星新一作品で、一番好きな一作であり、時折思い出しては、自戒にしている一作でもある。




・芥川龍之介「母」(筑摩書房版『芥川龍之介全集 4』にも収録)

 夫の付き添いで、上海にやってきた女性・敏子。洋風な旅館で滞在中の夫婦だが、すぐ隣の部屋から聞こえてくる赤ん坊の泣き声が敏子を憂鬱な気持ちにさせていた。

 「杜子春」のような、親が子を思う気持ちを描いたのとは正反対なことをテーマにしたような一編。短い分、すっぱいものが口の中に広がるような後味が、ずっと残っているような読後感がする。神格化されがちな母性だが、それも突き詰めればエゴイズムではないかと、芥川から問われているような気持がした。




 以上。読んでいるときの恐怖の臨場感というよりも、後味の悪い作品が中心となった。あと、「人の怖さ」を押し出している作品が多いような気がする。

 この後も暑い日々が続くかもしれないが、こちらで納涼出来れば幸いである。

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ペンギン自由帳 夢月七海 @yumetuki-773

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