After32 唯花の三つ編みをあみあみしたい

 はてさて、今日も今日とて俺の部屋。

 俺と唯花ゆいかはいつもの小テーブルで宿題の真っ最中だ。


 だが。

 だが、しかし。


「……集中できん」


 俺はシャーペンを高速でペン回ししながら、ひっそりとつぶやいた。唯花が気づいて「んー?」とノートから顔を上げる。


奏太そうた、なんか言った?」

「……なんも」

「そ?」


 軽く小首をかしげ、唯花は視線をノートに戻す。

 その瞬間である。

 右側の三つ編みが振り子時計のように左右に揺れた。


 く……っ!


「やっぱ集中できん……っ」

「んー? やっぱりなんか言った?」

「……なんもなんも」

「そう?」


 不思議そうに唯花は首をかしげる。

 すると今度は左側の三つ編みも左右に触れた。


 あー……っ!


 俺、心の中で悶絶。

 そうなのだ。

 何を思ったか、今日の唯花は三つ編みスタイルなのである。


 無論、大変にかわゆい。


 きれいな黒髪を左右に分け、右側と左側に一本ずつ、三つ編みが伸びている。三つ編みのおかげでいつもより微妙に幼い印象になっていて、かわゆさ3倍。そんな唯花から俺は目が離せない。


 しかも唯花が動く度、三つ編みが左右に揺れる。

 こんなの集中しろっていうのが無理な話だ。


 学校にいる時はまだどうにか我慢できたが、こうして部屋で2人っきりになると、もうどうしても目が三つ編みの方にいってしまう。おかげで宿題がぜんぜん進まなかった。


「ねー、奏太」


 俺が悶絶していると、唯花がまたまた首をかしげる。


「どったの? なんかぜんぜん宿題してなくない?」

「あー……まあな」

「ポンポン痛い?」

「ポンポンは痛くない」


「じゃあ、なんかお悩み?」

「んー、悩みと言えば悩み……か?」

「えっちなやつ?」

「違う違う違う」


 普通に聞かれ、俺は慌てて手を振った。

 逆にエロい悩みなら、一緒に解決してくれるのか?


 ……してくれそうだな。唯花だもんな。

 しかし俺が集中できない理由はそっちじゃない。


 微妙に目を逸らし、俺は咳払いをして白状する。


「……三つ編み」

「ほえ?」

「今日、三つ編みなんだな」

「あー、にゃるほど」


 すべて理解した顔で唯花は左側の三つ編みに触れる。

 もちろん、これでもかというニヤニヤ顔だ。


「唯花ちゃんのかわゆい三つ編みが気になって集中できない、ということなのね? そうなのね?」

「……むう」


 その通りなので言い返す言葉がない。

 唯花は三つ編みをふりふりしながら上から目線。


「くくく、い奴め、なのです。でも宿題はちゃんとしなくちゃだからね? なので、しっかりやるよーに」

「……わかってる。それはわかってはいるけれども」

「わかって出来るならポリスはいらない?」

「いやそんな『謝って済むなら警察はいらない』みたいな話じゃないからな?」


 だいたいだな、と俺は頭をかく。


「なんで今日は三つ編みなんだ?」

「んー、なんとなく?」

「なんとなくで男子の心をかき乱さないで頂きたい……」

「女子の髪型は気分次第で変わるのです。かき乱される男子の修行が足らんのです」


「くっ、言い返せん」

「ほらほら、ちゃんと宿題できたら三つ編み唯花ちゃんが良い子良い子してあげるから頑張りなさい。奏太はやればできる子でしょー?」


 唯花が微妙にお姉ちゃんモードに入り始めている。

 このままだらだらしゃべっていたら、弟扱いが始まって彼氏の沽券に関わる事態に発展してしまうかもしれない。


 これはもう是非もないな。

 腹を決めて集中しよう。


「わかった。ちゃんと宿題する。俺の全集中を見ているがいい」

「よろしい。きちんとできたら、三つ編み柱の称号をあげましょう」

「それは勘弁してくれ、御館様……」


 とりあえず口を引き結んでノートに向かう。

 さあ、全集中だ。


 ……と思ったのだが。


 視界の端でゆらゆらしている三つ編みがやっぱり気になってしまう。

 唯花は前屈みでノートを見下ろしていて、ペンを走らせる度、細い肩の前で三つ編みが楽しそうにゆらゆらしている。


 ひょっとすると、猫がネコジャラシに手を出してしまうのは、こういう気持ちなのかもしれない。


 俺の手が無意識にすー……っと伸びていく。

 そしてシャーペンのノック部分で三つ編みをつついた。


「おー」

 

 思わず小声でつぶやいてしまった。

 つつかれた三つ編みが揺れる。

 ノック部分で左に弾くと左に揺れ、右に弾くと右に揺れる。


 ……楽しいな、これ。


 まさしく猫&ネコジャラシの気持ち。

 無心で延々と続けられそうだ。


 と、俺が三つ編みで遊んでいることに唯花が気づいた。


「ほえ?」


 目をパチクリしてノートから顔を上げる。

 その瞬間だ。

 あろうことか、シャーペンのノック部分が唯花のFカップ超えの胸に当たってしまった。



 ――ふにゅっ!



「ひゃんっ!?」


 シャーペン越しに感じる、めちゃくちゃ柔らかい感触。

 唯花が真っ赤になって仰け反った。

 直後にしゅばっと自分の胸を両手で守り、俺へジト目を向けてくる。


「奏太~っ?」

「や、違っ!? すまん、わざとじゃない! 不可抗力っ、これは不可抗力なんだ!」


 唯花は耳まで赤くし、ジト目を続行中。もちろんこっちは大慌てで言い訳をしようとするが、当然ながら聞いてはもらえない。


「なーにが不可抗力なの! やっぱりえっちなお悩みだったんじゃないっ。わかってるんだからね? 奏太ってば、三つ編み唯花ちゃんに変なイタズラしたかったんでしょー!」

「待て待て!? 待ってくれ、御館様! 柱たる俺がそんな不埒なこと考えるわけがないじゃろう!?」


「圧倒的にNO! ネコちゃんがネコジャラシに手を出すようにペンで三つ編み触って、そのままおっぱいに触っちゃうのは奏太の無意識がわざとやってるの! カノジョなあたしにはわかるのです!」

「なん、だと!? 俺の無意識がわざとやってたのか……! き、気づかなかった……。この御館様、俺への解像度が高過ぎる……!」

「へへん! 御館様こと、この『うみゅ屋敷ゆい』さまにはすべてお見通しなのです!」


 胸を隠したまま胸を張る、産屋敷うぶやしき……じゃなかった、うみゅ屋敷の御館様。


 しかし得意げなところから一転、「というわけで」とジト目に戻る。


「このままじゃ奏太が宿題しないので、三つ編みモードは解除します」

「えっ!? ちょ、待っ……!」

「待ちません。宿題しない奏太が悪いの。えっちなのはいけないと思います」


 きっぱり言って、毛先の先端のヘアゴムが外された。

 あっと言う間に三つ編みはほぐされ、通常モードの黒髪に戻ってしまう。


「なんてこった……」

「はいはい、ちゃんと宿題したらまた三つ編みにしてあげるから」

「むう……」


 今度こそ是非もない。

 俺は肩を落とし、諦めて宿題に取り掛かった。


 ………………。

 …………。

 ……。


 で、約三十分後。

 

「よし、全部終わったぞ」

「はい、よくできましたー」


 俺がパンッとノートを閉じると、先に宿題を終えていた唯花は向かいで頬杖をつき、ニコニコ顔でうなづいた。


「ではでは、ご褒美に三つ編み唯花ちゃんが再臨してあげましょう」

「や、別にそこまで三つ編みにこだわってるわけじゃないぞ、俺も」

「じゃあ、しなくていいのー?」


 頬杖をついたまま、ニヤニヤ顔で言われ、俺は「……ぐっ」と言葉に詰まってしまう。


「……しなくていいとは言ってない」

「素直でよろしい♪」


 満足そうに笑い、唯花は右側の髪束を手に取った。

 そして器用に髪を編み込んでいく。


「ほー……」


 つい魅入ってしまった。

 よくそんな素早く器用に編めるもんだな。


「ん? どったの?」

「やー……唯花も女子なんだなぁ、と思って」

「ほほー? それが宿題中におっぱい触ってきた人のセリフ?」


 唯花が小テーブルに身を乗り出してきて、頬っぺたを甘く引っ張られた。


「ごめんなひゃい」

「まったくなのです」


 うん、まあこれは俺が悪いな。


 ……と頬っぺたを引っ張られつつ、まだ三つ編みにされていない左側の髪が気になった。


「なあ、こっちは俺がやってみてもいいか?」

「うみゅ? 奏太があみあみしたいってこと?」

「うむ。唯花の髪を編んでみたい」

「いいけど……できるー?」


 小テーブルをまわり込み、唯花がこっちにやってきた。

 俺の足の間にそのままストンッと座り込む。こっちに背中を向けた状態だ。


 オペを始める外科医のように、俺は両手を掲げてみせる。 


「舐めてもらっては困るな。すでに右側を編み込むところを見せてもらった。あとは左側でもそれを再現すればいいだけだろう?」


 自慢じゃないが、俺はそれほど不器用な方ではない。

 むしろそこそこ器用な方だと自負している。


「はいはい、じゃあ頑張ってみて?」


 唯花にうながされ、その髪に触れる。

 絹糸のような黒髪がさらりと手のひらをこぼれていった。最高の手触りだ。思わずそのまま髪を撫でてしまいたくなるが、今はその時じゃない。


 三つ編みにするために髪束を指先で三つに分けていく。

 そうして意気揚々と編み始めたのだが……。


「あ、あれ? ここがこうで……ん? んん!?」

「できたー?」

「や、ちょっと待ってくれ! こっちがこうで……ああっ、ばらけた!」

「はい、時間切れでーす。さてさて、奏太のお手並み拝見」


 唯花は小テーブルに置いてあったスマホを手に取り、カメラを起動。自撮りモードにして自分の髪を見ると、途端に笑いだした。


「あはっ、奏太、下手っぴー!」

「く、くそう! こんなはずじゃ……っ」


 成否は一目瞭然。

 唯花がやった右側がきっちり編み込まれているのに対し、俺のやった左側はきちんと編めずになんというか、ぐしゃあ……としていた。


「ちくしょう、なぜだ、なぜなんだ……っ」

「まあまあ、落ち込まないの。お母さんが言ってたけど、あたしの髪って普通より細いみたいだから、慣れないとやりづらいのかもだし」


 確かに唯花は超絶美少女なので、髪も一般的な女子よりさらさらできめ細かい。しかし、悔しいものは悔しい。


「もっかい! もっかいお手本見せてくれ!」

「んー? だから、こうやってー」


 唯花は指をチョキの形にし、髪束をすんなり三等分にしていく。


「こうして、こうやって、こう」


 三等分の髪がリズミカルに編まれていく。さっきの俺はこの時点で髪が指から逃げてしまい、上手く編めなくなっていた。


「なるほど、最初にちゃんと三等分にするのがコツなんだな?」

「そうだね。で、あとはしっかり押さえてあげながら、丁寧にあみあみするの」

「ふむふむ、丁寧にあみあみか」

「あみあみ……」

「あみあみ……」


 唯花の指先を観察しながら、思わず一緒に「あみあみ」と呪文のように唱えてしまう。


「……で、最後にヘアゴムで止めてあげて、はい、完成」


 毛先まで編み込むと、三つ編みの最後の方がヘアゴムで結ばれた。見事な三つ編みが誕生している。


「よし、掴めた気がする! 今度こそ上手くいくぞ!」

「本当かにゃー」


 苦笑しながら唯花が三つ編みをほどき、俺の再チャレンジが始まった。


「丁寧にあみあみするんだよー?」

「任せろ。あみあみだな?」

「そ。あみあみ」

「あみあみ……」

「あみあみー。あみあみー」

「あみあみ……」

「あっみあみー! あーみあみー! あみん、あみん!」


 楽しくなってきたのか、唯花がちょっとリズムに乗り始めた。放っておいたら、そのままご機嫌で歌いだしそうだ。しかし、そうはいかん。唯花に動かれると、こっちの手元が狂ってしまう。


 俺は両足を使い、カニバサミの要領で唯花の体を固定する。


「フリーズだ、お嬢さんフロイライン

「はにゃ!?」


 がっちり固定され、唯花は封印状態になった。


「う、動けない~!」

「動くな、動くな。こっちはあみあみしてるんだ」

「も~! 唯花ちゃんの髪なのに、なんたる理不尽~!」


 抗議の声が聞こえるが、今は受付けてやることはできない。俺の精神は今や職人の域に達している。


「……あみ……あみ……あみあみ……あみ……」

「まったくもう……」


 意識の外側で唯花のため息が聞こえる。

 一応、ちゃんと聞こえてはいるが、目下、俺の意識はあみあみに全集中だ。


 あみあみ……。

 あみあみ……。

 あみあみ……。


「夢中であみあみしちゃって、そんなにあたしの三つ編みが好き?」

「……ああ、好きだ……」


 あみあみ……。

 あみあみ……。


「じゃあ、普段のあたしと三つ編みのあたし、どっちが好き?」

「……どっちも好きだ。どっちの唯花も世界一だ……」


 あみあみ……。

 あみあみ……。


「……ふ、ふーん。……じゃ、じゃあ、あたしのこと……どれくらい好き?」

「……世界一好きだ……唯花のためならどんな不可能だって可能にしてみせる……お前が望むなら、夜空の星だって掴んでプレゼントしてやる……唯花に出逢えたことが俺の人生最大の幸福だ……」


 あみあみ……。

 あみあみ……。

 あみあ……ん?


 あれ? なんか今、会話が変な方向に行ってなかったか?


 俺は眉をひそめ、すぐ横の唯花の顔を見る。

 すると――。


「~~っ」


 ――木苺のように真っ赤になっていた。

 胸を触ってしまった時なんて比じゃないくらい、頬が紅潮している。

 細い肩はぷるぷる震え、桜色の唇は今にも『にゃーにゃー!』と騒ぎ出しそうだ。


 その表情を見て、こっちもハッと気づいた。


 俺、ひょっとして今、すげえ恥ずかしいこと口走ってなかったか!?

 

 冷や汗が噴き出した。

 ギギギと錆びた人形のように首をかたむけ、ぎこちなく口を開く。


「……い、今のはナシな?」

「ナシになんてできますかーっ!」


 どっかーんっと唯花が爆発した。

 真っ赤な顔でぶんぶんと首を振る。


「なになに、なんなの!? 奏太はなんでそんな恥ずかしいこと言っちゃうの!? 聞かされるこっちは照れておかしくなっちゃうでしょーっ!」

「いや、っていうか、言わせたのは唯花だろ!? 完全な誘導尋問だったじゃろうが!?」


「だってだって奏太、あみあみに没頭しちゃってるし! ちょっとイタズラ心で聞いてみただけだもん! なのに無意識で真っ直ぐ火の玉ストレート投げてくるなんてズルいーっ!」

「そんなこと言われましても!?」


「しかもあたし、がっちり足でホールドされちゃって逃げられなかったし! なんなの!? 唯花ちゃんを恥ずか死させる気なの!?」

「恥ずか死ってなんぞ!?」


「知らない知らない! もうっ、奏太のばかーっ! あたしの方が奏太に出逢えて幸せだもん! ばかばかっ、大好きーっ!」


 俺の胸に飛び込んできて、唯花は超絶じたばたする。

 慌てて「落ち着け、落ち着けっ」とあやすが、まったく効き目なし。


 結局、この日はもう三つ編みをあみあみ出来なかった。


 くそー、またそのうち隙を見て練習するかー……。


 そんなことを思いつつ、唯花の頭を撫でてなだめる俺なのでした。

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幼馴染が引きこもり美少女なので、放課後は彼女の部屋で過ごしている(が、恋人ではない!) 永菜葉一 @titoku

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