銀の弾丸

白湯

銀の弾丸

吸血鬼は銀の弾丸で倒せるの――


彼女は最期の日、そう僕に言い残した。


――そして彼女は校舎から飛び降りた。



 彼女と出会ったのは高校二年の時、一緒のクラスになった事がきっかけだった。第一印象は暗そうというモノで、決して今持つ感情のそれでは無かった。でも、なんとなく彼女から目が離せなくなっていた。


 そんな日々が数週間続き、ある日、彼女が学校を休んだ。その時は風邪でも引いたのだろうと思っていたけれど、次の日になってそれが違う事に気付いた。


 彼女の目が、僕が追いかけていた彼女のモノとは違った。それは気のせいや勘違いかも知れないけど、確かに違った。何と言うか、光が無かった。輝くような艶やかな瞳が吸い込まれるような深淵のような闇で覆われていた。


 その理由は明確だった。彼女はいじめられていた。いじめの主犯格は三田さよこという女だった。三田は容姿が良く、頭も良かったため、教師からもクラスメイトからもちやほやされるような女だった。でも、そういう女が一番信用出来ない。実際、彼女は裏でいじめに加担していたわけだ。彼女は手下の女を数人引っ提げて一人を標的に決め、徹底的に叩くのである。


 そして今回の標的が彼女であった。そのことに気付いた人間は僕しかいなかった。なぜなら皆は知っていたからだ。知っていれば気付くことは無い。そして彼らはいじめに加担するわけでもなく、口を出すわけでは無い、サイレントマジョリティーである。


 僕は正義なんて仰々しい物を携えてはいないけれど、この行いが間違えであることは分かる。席替えでたまたま彼女と隣になった時、直接彼女に聞いた。


「君はいじめられているだろう」


 彼女は俯きもせず、真っ暗い目で僕の目を見据えながら、そんなことは無いと言った。


「どうしてあなたはそう思うの」


 そう問われた。そうか、いじめは周知の事実だが、彼女の体には傷一つもなく証拠がない。最低でも見えるところには。


「君が辛そうな顔をしているから」


 そんな気取った事を言ってみた。助けてほしいという顔はしていなかったのに。


「そうかな…」


 あの時にした彼女の悲しい顔は、もう二度と見たくないと思った。



 それから、僕たちは二人で居ることが多くなった。と言っても、僕が一方的に絡んでいただけだったけど。彼女は良い顔をしていなかったけれど、嫌な顔もしていなかった。



 もう少しで夏休みという頃、彼女へのいじめが過激化した。もう三田たちも隠す気はなく、言うならば、最後の追い込みをかけるようだった。その頃にはもう仲良くなっていたので、僕もただ傍観しているだけでは無かった。


「大丈夫か」


 彼女にそう聞くと、相変わらず


「うん、大丈夫だよ」と答えた。


 彼女は笑っていった。でも、いつも通り目に光は無い。


「無理しなくてもいいんだぞ」


「無理はしてないよ」


 会話は堂々巡りをし続ける。


そして思った。僕が彼女を助けなくてはいけないと。


夏休み二日前、僕は三田さよこを呼び出した。


「さよこ、彼女をいじめるのは止めろ」


 直球で、そう言った。


「そんなことはしてないわ、証拠はあるの?」


「クラスを見ればわかるだろう、教師の目は逃れても、僕の目からは逃れられないぞ」


「そう…そんなのどうでもいいわ。ねぇ、どうしてそんなことを言うの?彼女はあなたの何?」


「彼女は、友達だよ」


 一瞬、止まった。少し考えてしまった。彼女にとって僕とは何なのだろう。


 とりあえずは説得出来た、止めると言質は取れなかったけど、明日さえ乗り切れば、夏休みだ。明日、一日中彼女といればいいだけの話だ。


 次の日、彼女は教室にやって来なかった。


 最初は、彼女が僕と同じ考えで、今日休めばいじめられずに済むと思っているのだろうと考えた。でもすぐに、彼女の性格からして、それは無いと思い始めた。だんだんと嫌な予感がしてきた。僕は居ても立っても居られなくなり、教室を飛び出した。


 行きついた先は屋上だった。ここは、彼女が身を潜めるために使っていた場所だ。本来は封鎖されているのだが、建付けが悪くなっていて、ドアが開くようになっていた。


 彼女はここが好きだった。何をするわけでもなく、彼女はここに立ち尽くすのが好きだった。


 そして今もそうだ。彼女はフェンスもない屋上に立ち尽くしていた。


 何をしているんだ、僕はそう問いかけて彼女の腕を掴もうとした。


「触らないで!」


 しかし、彼女の聞いたことのない怒声で僕の動きは止まった。


「吸血鬼は銀の弾丸で倒せるの――」


 彼女は後ろ姿のままでそう言った。


「――撃つのはあなた」


 彼女が振り返り、手紙を渡してきた。慌てて中身を確認するとそこには遺書と書いていて、いじめの概要とそれに対する自分の気持ち、そして両親への謝罪の言葉が綺麗な字で綴られていた。


「あなたと過ごした日々はほんの少しだったけど楽しかったよ」


 彼女は最期に笑顔を見せ、後者から飛び降りた。目には光が戻っていた。



 彼女の葬式にクラスメイトは全員参加した。意外だったのは三田さよこが泣き喚いていた事だ。僕は彼女は自分の評価を守るためにわざと大袈裟に悲しんでいる事をアピールしているのだろうと思った。けれど、彼女が本当に悲しんでいる事に気付いたのは墓参りに行った時だった。彼女は同じように泣きながら、墓の前に立っていた。


「誰にアピールしているんだ、誰も見ていないぞ」


 僕はポケットの中にある、渡せていない遺書を掴んだ。


「そんなのじゃない」


 泣きじゃくっていて何を言っているかはイマイチよく分からなかったが多分そう言った。そして、彼女は走って僕の前から消えた。



 次の日、今度は三田に学校の屋上へ呼び出された。


「ダメだった」


 開口一番に彼女はそう言った。


「私、死のうと思って、ここに来たの。でもダメだった、足がすくんで動けなくなるの」


 言葉を少しずつ零すのと同時に、涙が溢れ出ている。


「私、あなたが好きだったの、ずっと前から」


 彼女の言葉に驚愕した。何を言っているか分からない、なぜ僕が出てくる。彼女との思い出を思い出してみた。


 そうか、彼女は僕の幼馴染なのだ。昔は遊んでいたけれど、最近は全く関わることが無かったから、忘れていた。だから知っていた彼女のいじめの歴史を。そしてその対象はいつも僕にかかわりのある人物だった。


「羨ましいの、あなたに興味を持たれる人が…。だから私はあの子をいじめて。でも、本当に死んでしまうなんて思ってなかった。彼女をあなたから遠ざけたかっただけで…。だから飛ぶの、今日は飛ぶ、絶対に」


 許されない。彼女の言葉が正当化されることなんて絶対にない。ただの言い訳に過ぎない。彼女は人を殺した。その事実が変わることも絶対にない。でも。


 僕は遺書を取り出して、彼女に見せた。彼女の顔はどんどん暗くなっていく。


 そして彼女が読み終わった後、僕はその手紙を跡形もなく破り捨てた。三田は愕然としていたが、関係ない。


「お前は死ななくていい」


 銀の弾丸で狙う場所は――


 彼女の横を通り過ぎて、屋上から飛んだ。


最期に思い出したのは、二度と思い出したくないと思っていた、悲しんだ彼女の顔だった。

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