エピローグ
西山青葉:夏が終わる前に
人はいつ大人になるんだろう。
夏はいつ終わってしまうんだろう。
* * *
「もしもし、西山です」
僕は、テレビの前に座ってスピーカーホンにして電話に出る。
僕の隣には日和さんがいた。
……というと
『いよいよだな、西山君』
阿賀さんが電話の向こうで不敵に笑う。
花火大会から3週間後の今日。
間違いなく僕にとって忘れられない日になるだろう。
* * *
約3週間前。
圭吾と話した後帰宅し、玄関で靴を脱いでいるちょうどその時、家の電話が鳴った。
電話の主は意外なことに、阿賀さんだった。
『もしもし? 西山君……じゃなくて、青葉君、いらっしゃいますか? 阿賀と申します』
「西山青葉は、僕ですけど......」
なんでこの人から電話をもらわないといけないんだろう。
『ああ、西山君か! いきなりの電話ですまん。西山君の撮った映像を見せてもらったんだ。あの映像の撮影したデータをもらえないか?』
「はい……?」
意味がよく分からなかった。いきなり電話してきてなんなんだろうこの人は。
阿賀さんは、なにやら興奮した様子で話を続ける。
『西山君の撮った映像が、あまりにも良くて。ああ、ごめん、意味わかんないよな』
もう大人なはずなのに、少年みたいにわたわたと思ったことを口走る阿賀さんになんとなく呆れながらも、
「はあ……」
となんとか返事をする。
どっちの方が大人だか分からない。
大人でいるってことが良いことなのか、悪いことなのか、分からなくなってしまう。
『俺な、CM制作会社で働いてるんだけど、あの映像をCMの企画会議に出したいんだ』
「企画会議……?」
『あのさ、映像の中で日和が飲んでる炭酸あるだろ。あの商品のCMの企画会議が今進んでて。こんな感じのCMが作りたいんです、っていうのを30秒の映像にしてみんなに見せたいんだ』
「はあ……」
よくわからないままだけど、
『まじで、最高だよ、あの映像』
と褒められて、簡単に
「とりあえず、映像を送ればいいんですね?」
そう話して、撮影した動画を送ったのが、約三週間前のこと。
* * *
「こんなことになるとは思わなかったです……」
阿賀さんは、その日には荷造りをしてすぐに東京に戻っていったそうだ。
翌日に復帰してあの動画を企画会議に出したところ、元々はサンプルとして見せていたその動画自体を飲料メーカーの広告担当の人が気に入り、それをそのまま流すことが決定。
夏が終わる前に流したいからということで、急ピッチで作業を進め、3週間後の今日、これから、そのCMが流れるということだ。
「……ていうか、こんなことってありうるんですか?」
『異例中の異例中の異例だけど、物理的にはギリギリ不可能じゃない、くらいかな』
そうなんだ……。
『まあ、出来上がってた映像使うし、制作費ほぼゼロだからな。それもデカい』
なるほど、僕はお金とかはもらえないんですね?
ということで、撮影・監督の僕と、主演女優の日和さんと、僕の大事な友達3人で、テレビの前でスタンバっているというわけだ。
企画・プロデュースの阿賀さんは東京の仕事場の会議室で見ているらしい。
「うー、緊張するなあ……私なんかで良いのかな本当に……」
日和さんが両手を胸にあてて呼吸を整える。
「お姉ちゃん、大丈夫……?」
日和さんの背中をそっとさするひなた。
「ていうか、水沢、この映像見るの辛くないか? 大丈夫か?」
圭吾がひなたに声をかける。なんの心配だろう。
「え、奈良くん、わたしは? わたしの心配は?」
吉野さんが圭吾につっかかっている。
『ははは、なんかそっちも色々複雑なんだな』
スピーカーホンの向こうで阿賀さんが笑ってる。
なに笑ってんだこの人。と、汚い言葉が出そうになる。
その時、CMが始まった。
【先輩】が、テトラポットに登ったり、一緒にバス停に並んだり、夕暮れの駅で泣きそうな顔で微笑む。
僕はめまぐるしく過ぎていったこの夏のことを思い出していた。
『人はいつから大人になるんだろう』
この夏の始まりに日和さんと話してから、僕は頭のどこかでずっとそのことを考えていた。
誰も悪くないのに、誰もが苦しい、一方通行まみれのこの夏を越えて、僕は、一つの答えを知った気がする。
多分。
夏が特別な季節ではなくなってしまう時、僕らは大人になってしまうんだろう。
そして、その瞬間は、もしかしたら明日にでも来るかも知れない。
だから、今のうち、想いの限り、わめいて、叫んで、走って、揺さぶるんだ。
思い切り転んで。
思い切り遠回りして。
思い切り恥ずかしいこと言って。
思い切り情けなくて。
思い切り下らなくて。
思い切り傷つけて。
思い切り傷ついて。
思い切り泣いて。
思い切り笑う。
もしかしたら、本当の本当は大人も子供もなくて。
それだけが、「生きている」ってことなのかも知れない。
CMの最後、
『ぷはー!』
と豪快に炭酸の飲み物を飲むシーン。
画面を見ながら、いつの間にか、僕はつぶやいていた。
「だってそれだけが、僕にしか出来ないことだから」
画面には大きく、手書き文字でキャッチコピーが書かれている。
『夏が終わる前に、大人になる前に、やらなきゃいけないことがあるんだ』
一夏町物語・完
一夏町物語 石田灯葉 @corkuroki
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