2.優しさ
無意識のうちに手をお腹の下の方に当てていた。ちょうど子宮のあるあたりだ。
ここに緋影のものがある。緋影がいる。そう思うと胸の奥の方が温かくなっていくような感じがした。
隣では緋影が両目を腕で隠し、ぐったりとしている。まだ頬も赤く、少し息が上がっていてちょっと可愛い。
私のために頑張ってくれたんだよね。
緋影の少し長い髪を指に通してゆっくりと頭の上を撫でていく。
「ごめん……」
片目だけ姿を見せたが、こちらに向けてくれなかった。
少し体を寄せて、耳元に向けて問いかける。
「どうして謝るの?」
「だって……」
緋影の目線が私の下半身に落ちる。
なんだ、そんなことを気にしていたのか。
「大丈夫だよ、今あれの2日前だから」
緋影は訝しげな表情を見せる。
まあ、周期も知識もわからないだろうから、仕方ないけれど。
実際のところ嘘はついていない。それにこの時期なら、できる確率はほとんど無いはずだ。
「それ、大丈夫なの?」
「大丈夫だから、私を信じなさい」
緋影はしばらく眉をひそめていたが、やがてこくりと首を落として、うん、と言った。
それにしても隣に横たわる体は、私のそれよりだいぶ大きい。
昔は何もかも私より小さかったし、私より可愛かった。
それが今ではこんなに大きく逞しくなっている。それでも可愛いのは相変わらずだ。
「いきなりなんだよっ」
「なにって、抱き締めてるの」
暴れる緋影を抑え込むように腰に腕を回し、胸に耳を当てる。
胸の奥のほうからとくとく、と心臓の音が聞こえてくる。緋影は振りほどくことを諦めたのか大人しく私を受け入れて、そっと頭を撫でてくれた。
どこでそんなこと覚えたんだ。緋影のくせに……。
「どうかした?」
「ん……」
頭を撫でてもらうのがこんなに幸せだとは知らなかった。
私の髪を柔らかく触って、通り過ぎていく。ただそれだけなのにとても気持ちいい。
今まで気づかなかった心の隙間が埋められていくような気がした。
「……本当は寂しかったの」
「そっか」
「寂しくて怖かった。だから緋影が来てくれて助かった」
「うん」
「……私のわがままに付き合わせてごめんね」
「いいよ」
私は緋影の顔を見ることが出来ない。実の弟をこんなことに巻き込んでしまった罪悪感とそんな私を認めてくれる優しさに何も言えない。
緋影はずっと私の頭を撫でて、大きな身体で私を包んでくれている。
なぜか涙が出そうになった。
「俺も、ごめん」
「なんで謝るの?」
緋影が私の肩を掴んで、私との距離を置こうとする。
意外に力が強く、あっけなく身体を離されてしまった。
「……俺も緋菜多のことを利用した」
「そっか」
緋影の手首を掴んで、今度は自分のほうに引き寄せる。
少し恥ずかしいけれど、緋影の頭を抱えるように抱きしめた。
緋影が罪悪感を感じる必要は全くない。
落ち着くように、これ以上自分を責めないように、今度は私が緋影を受け入れる番だ。
「緋影」
「……なに」
「大好きだよ」
緋影の息が止まった。
そんなに驚くことだろうか? 何も変なことは言っていないのだが。
私の背中に回された緋影の手が、私の身体を苦しいくらいに抱き締めた。
「おかしいよ……」
「そうかもね。でも私は緋影のことが好きなの。緋影と一緒にいたい」
「……」
「だから、私のことは利用して。いらなくなったら捨ててくれて構わないから」
緋影が焦ったように私の腕を払って、ベッドに横になったまま顔を見合わせる。
「な、に……っ」
言い終われないうちに口を塞がれる。
しびれるような感覚にまた身体が上気していく。
さっきまでより激しく、荒く、しつこく私を蝕んでいく。その感覚に少しずつ沈み込んでいく。
「そんなこと言わないで」
「……なんで?」
「だって、俺の大事な人だから」
緋影は顔を背けて口を噤んでしまった。その頬に少し赤みがさしている。
息が上がったからではないだろう。
相変わらず、私には隠し事が下手だ。
「……ばか」
「ごめん」
私は緋影の頭に手を伸ばして、頭をゆっくり撫でる。反対の手で頬をなぞって顔をこっちに向ける。
やっと私の目を見てくれた。
不安げな唇にキスしてもう一度顔を見合わせて、笑いかける。
「じゃあ、少し傍にいてもいい?」
「……いいよ」
ありがとう。どうして君はそんなに優しいんだろう。どうして私なんかに優しくするのだろう。
私はその優しさを知っていい人間じゃないのに。それを奪っていい人間じゃないのに。
ねえ、どうして?
緋影、私なんかでいいの?
堕ちていく、ふたりの秘め事 赤崎シアン @shian_altosax
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