戒翼のジークリンデ

加賀崎 美咲

プロローグ オランハルト発、『望遠鏡』着、1221便

 飛行機が南の明るい空を飛んでいる。オランハルト発、『望遠鏡テレスコープ』着、1221便。

 オランハルトが製造する、エーテルエンジンが持つ、独特な燃焼と風切りの音が響き、窓が閉め切られてぼんやりとした間接照明が照らす薄暗い客席内、座席に備え付けられたモニターが映像を映し出す。


 南極大陸の空にいくつもの色があった。その中で最も数が多く、下地となっている色は黒だ。天上の星にも見劣らないほどに空を埋め尽くす軍団がいる。

 それは『ヴィジター』と呼ばれていた。45年前、南極大陸に突如として発生した亀裂から生まれ落ちるようにしてやってきた異次元からの訪問者たち。

 理由は不明だが彼らは人間に対し攻撃的であり、異次元の向こうから際限なくやってくるヴィジターは数百年続いていた人類の戦争へ参戦した新たな勢力となった。


 そしてその黒に立ち向かう白い衣をまとった者たちがいた。

 白い軍団を構成する者たちは黒一色のヴィジターとは正反対に、豊かな個性を持っていた。航空する機動戦艦、魔女の編隊飛行、神の残り香ともいうべき聖術の光、機械の肉体を持った動物、限界まで強化処置を施された人間の兵士たち、そこに混ざる異種族の混成部隊、それぞれの国の威信を背負った戦士たちの活躍があった。


昨日まで彼らが向かい合い、敵対していたのは今、肩を並べるお互いだった。規模の大小はあれど、国同士は敵対し合い、わかり合えないと思っていた。

 星に満ちていた神々の息吹が失われ、人の時代が始まり幾星霜。人々の持てる技術は発展の一途をたどっていた。

 世界の中心であった魔法に科学が追いつき共存し、さらなる文明の発展を生み出し、そして戦火を生み出した。

 理由は様々。人種の違い、宗教の違い、思想の違い、利権の奪い合い。ただ共通していたのは争ったという事実だけ。根本は同じ技術でありながら国が違えば魔法マギカ魔女術ウィッチクラフト聖術サンクト呪術じゅじゅつと呼び方すら統一されず、敵は同じであるはずの人間だった。


 しかし皮肉にも異次元からの第三勢力が変化のきっかけとなった。

 魔女と神官が肩を並べ、空に浮かぶ戦艦から強化兵士が飛び立ち、他にも昨日まで奪い、奪われる関係だった者たちがこのときは確かに、誰もが同じ方向へ視線を定め、共に前進していた。

 そしてこの大躍進の最終盤で惨劇は起こってしまった。


 ――映像が変わる。

 黒く染まっていた空に光の柱が昇っていく。

 熱量をともなう光の柱は火にくべられる木粉のように無数の黒い訪問者たちを飲み込んでいく。

 光がおおよそ空の三割を埋め尽くした。敵に大打撃を与えられたように見える。しかし光の柱はまだ昇っていく。

 異常を察知した空中戦艦が避難指示を出し、陸上に残った兵士たちを回収していく。大急ぎで戦線から離脱する兵士たちが振り返る中、伸び続けていた光がようやく止まる。

 けいれんするように一度大きく脈打ち、光の柱は南極大陸に向かってその形を崩壊させながら倒れていく。

 逃げ遅れた戦艦が飲み込まれる。滅ぼすべき敵であるヴィジターとともに南極大陸の都市や自然も一緒に焼かれていく。

 そして何よりも目立つ『望遠鏡』の保有する第二研究島である全長10キロの『観測所オブザーバー』もまた光に消えていった。

これがのちに『大崩壊』と呼ばれる事件の経緯だ。


 ――また映像が変わった。

 映し出されたのはどこかの会議場。紛糾した会合ではあの光の柱の正体とそれを放った下手人の追及が行われた。

 当時最大の大陸であった南極大陸の大部分が失われたのだ。それとともに失われた資源や人民の責任を誰がとるのか。終わりの見えない議論が続いた。

 半年後、爆心地から回収された『観測所』の資料と当時の『望遠鏡』の学長の証言により、あれが当時の『観測所』で研究されていたオモイカネという鉱石を用いた兵器であることが分かった。


 しかしそのオモイカネを用いた兵器が『観測所』から強奪された上で使われたことが分かると事態は更に二転三転する。共同戦線のために生まれた結束は、何処の誰がやったのかという他国への牽制と疑惑に変わり、あんなものが自分たちにも使われることを恐れた世論は大量破壊兵器の存在を許さないものへと移行した。その結果、政治家たちは大量破壊兵器の製造、所持を禁止する条約を締結することを強いられたことで各国はこの答えの見えない論争に終止符を打った。

 

 

 モニターが飛行機の到着が間もないことを伝えるものに切り替わった。

 ずいぶん、中途半端なところで終わってしまったと、座席に座ったユーリはモニターに映る飛行機の3Dモデルによる現在位置の案内と到着予定時間を見ながら思う。

 本来であればあそこから半ばオカルトの入った自称研究者たちの予想とも、妄想とも区別できない持論のぶつけ合いという名の討論が始まるのだ。

 いわく、本当はあれが仕組まれたものであるとか、実は国家に属さない勢力の仕業であるとか。


 事実、似たようなドキュメンタリー番組は子供の頃から何度も見てきた。小等部から、中等部、高等部に至るまで社会科目の授業では必ず目にしてきた映像であり事件なのだ。先日卒業した大学部の授業でも見たことを考えれば、この『大崩壊』は知らない者がいるはずもない事件である。


 着陸が近いからかエンジンの出力が落とされ、それが音の高低の変化となって耳に入る。気になって窓に備え付けられた遮光機能を消す。ぼんやりと薄紫だった窓の色が変わっていき、外の光が正常に入ってくる。

 視界に入るのはどこまでも広がって見える美しい海と雲一つない空に浮かんだ太陽の日が黒い大きな島を囲っていた。

 視界に入るのは世界最大の人工島。九つの小島が橋によって繋がり、空からはAの形にも見える。しかし目に見えているのは表面的な部分であり、その正体は巨大な船。地盤である部分は船体であり、巨大な船に島が乗っているような形がこの『望遠鏡』の全体図だ。


 もともとは星座を追って観測できる、移動可能な望遠鏡として運営が計画されていたが移動する島であるためにどこの国にも属しないことが功を奏し、本国では研究費が下りない研究者たちを広く受け入れたことでこの島は学術の聖地と言われるまでに規模を拡大した。

 以降は他国の研究者を受け入れ、先進的な技術を研究、開発をする傍ら、一大貿易拠点としても利益を生み出していた。


 ぼんやりと外を眺めていると飛行機に近づいてくる影があった。鳥よりも明らかに早いそれは、機械化された箒にまたがる魔女だった。魔女はエーテル燃焼による飛行機雲で空に線を描きながら近寄ってくる。彼女はその手に誘導灯を持ち、飛行機の操縦士が他の飛行機や魔女、航空竜にぶつからず滑走路に入れるように誘導する。

 時折、飛行機の中から手を振る子供たちに手を振り替えし、空を飛んでいる魔女を間近で見た子供たちは大いにはしゃいでいた。


 10分もすると飛行場に空きが生まれ、飛行機は高度を下げながら着陸のコースに入る。タイヤが地面と接触するあの独特の衝撃とともに着地に成功、熟練の操縦士は慣性を用いた惰性走行で機体を発着場に運ぶ。

 飛行機の到着を確認した魔女は首元の通信機に誘導の完了を報告すると、一度飛行機の方へ会釈し、まだ手を振っている子供たちに名残惜しそうにしながらも次の現場に向かって飛び去っていった。

 空港勤務において、客室乗務員に次に華やかで脚光を浴びる航空魔女に、やってきた観光客にかまっていられる時間など多くはないのだ。


 飛行機から降りる階段が設置されるまでの間、他の乗客に気を遣って頭上の荷物置きから荷物を取り出さず座っているユーリは窓から見える景色に視線をやる。

 自分が乗ってきたものと同じような飛行機が何機も着陸と離陸を行い、遠くでは『望遠鏡』の学生服の集団が新型航空竜の整備に勤しんでいた。しかしそれ以外、特段めぼしいものはない。故郷であるオランハルトとそれほど大差ないように見える設備、これが世界最高峰、学術の聖地なのだろうか。


「……思ったより、なんだか普通だ。でも、まぁ、こんなものなのかな?」

 つまらなさそうにつぶやくユーリ。独り言であった言葉にクツクツと小さく笑う声が応えた。声の方へ振り向くと口に手を当て、こらえるように笑う老人がいた。

 上物のスーツを見事に着こなした老人。視線はサングラスによって隠され、視線は読み取れないがこちらを見て笑っているのは明らかだった。


 ひとしきり笑った老人は一度せきばらいをすると、ユーリの顔をのぞき込み、笑い、

「なるほど。この程度は君にとって、凡庸なものに映るかね? 流石はオランハルトの中央大学を優秀な成績で卒業したことはある。なぁ、ユーリ・ピエリス君?」

「――俺の名前? 一体、どこで。……っ!」


 初めて会った老人に名を当てられ、一瞬動揺する。どうして名前を知られているのか分からず、老人を良く見たことで胸元のバッジを見つけ、思わず声を出す。そこにあったのは白と黒の組み合わさった『望遠鏡』のシンボルマーク。

 ――それを胸元につけることが許される身分は世界でただ一つ。


「『望遠鏡』の教授とは知らず、失礼しました」

 簡略ではあるものの、座席に座ったままユーリは頭を下げ、謝罪の意を示す。それを見た老人は特に態度を変えることなく、楽しげな様子でサングラスを外す。顔が露わになったことで、左目をえぐるようにして残った深い傷跡が主張する。

「いやいや、若いのがそう、やすやすと頭を下げることはない。わしの若い頃はもっと年寄り連中の教授どもをこき下ろしたものだ」

「よりによって、あなたがそんなことをおっしゃいますか、『望遠鏡』学長殿」


教授職を表すバッジ、何よりも特徴的な左目の傷跡。それだけあれば間違えるはずがない。目の前にいる老人は学術の聖地の管理者にして、聖王歴きっての天才ともてはやされる『望遠鏡』学長クリストファー・ワイズマン、その人であった。彼が学生時代に築いた伝説の数は星の数ほどある。


 思わぬ大人物の登場に顔を引きつらせたユーリを見て、老人は満足そうにした。

「今更、殊勝な態度をとって、それがどれほどの価値があるか、無知な老人には皆目つかんが、まぁ、なんだ。楽にしたまえよ若者。この空港に置かれているものが凡庸だという君の意見は実に的を射ている」

 先ほどの独り言がよりにもよって、その土地の最高責任者に聞かれていたことに渋い顔をするユーリだったが、ワイズマンの言葉に眉をひそめる。

「この空港に置いてあるものは全て、どの国に見られてもいいもの、いわば型落ち品の技術しか使っておらん。本物を見たければ入国審査を通過することだが、一目見て理解する知識はすばらしい、実に感心する。

 アランのやつは実に良い息子を育てた。この『望遠鏡』では知識を学ぶ者、とりわけ学んだ物を活かす者を尊ぶ。その点では君は『望遠鏡』では歓迎される人種だとも」

「父さん……、いえ、養父を、アラン・ピエリスを知っていたから、俺の名前を知っていたのですね」

「これこれ、血の縁だけが家族の縁というわけでもなかろうに。アランのことは実に残念だった。生きていれば今月中に新論文の講演をここでやることになっていたのだがな。実に悔やまれる」

養父であったアラン・ピエリスを引き合いに出され、ユーリは顔に影を落とす。


 思い起こすは血に染まった研究室、冷たくなっていく養父と何もしてやれなかった自分。無意識に拳を握りしめていた。

「養父は優れた人だったのでしょうか?」

「もちろんだとも。生体工学の分野で彼は権威になるべき逸材だった。惜しくは彼がいたオランハルトは、機械工学が尊ばれる場所だったこと。何度もこちらで研究をしないかと持ちかけたが君の進学を理由に断れ続けた。ようやく承諾したかと思えば、君の『望遠鏡』への推薦入学を了承しろと言う」

「俺の推薦入学が決まったのはそういう経緯ですか?」


 問われたワイズマンは伸びたひげに手を当て、少し考えるそぶりを見せた。

「決め手はそうだとも。君は成績は良かったが、それ以外にめぼしいものがない。特筆すべき記録や成果がなくては、推薦することは難しい。

 高等部での陸上競技、水泳競技での記録は目覚ましいが、それは学問とは縁のないものだ。どちらかというと君、勉強や研究が好きではないのだろう? 一心にスポーツに取り組んでいる方が無心になれて、性に合っていると思っている。違うかね?」


 老人の推理にユーリは息を飲む。確かに成績は良かった。しかし、いざ何かの大会や選手権に出ても成果は出ず、くすぶっていた。結果の残せない人間なのだと己をなじったこともあった。だからこそ一人で没頭できるスポーツは好ましかった。体を動かしている間だけは何も考えず、無心でいられた。

 誰にも言ったことがなかった己の内心を一字一句当てられ、急に目の前の老人が恐ろしくなる。行き過ぎた知恵とは時に理解不能な怪物と変わりない。ただ怪物と異なるのはそこに理性があるか否か。むしろいっそのこと、その理性的な知性こそ人の恐ろしさの本質であれば、この老人こそ最も怪物と形容すべき人間なのだろう。


 だがね、と言葉を切ってワイズマンは不思議そうにしてユーリを見た。先ほどとは違う真と虚ろを見通す目、学者の目であった。

「そんな君がどうして『望遠鏡』にわざわざ入学志願したのか不思議でね。はっきり言ってここは学問をする以外、価値がない場所だ。君の性格や気質をある程度推測したが、君がここに来るのは実に不可解だ、興味深いとも。謎とは解き明かしたくなるものだ。であれば、だ若者よ、その理由をこの老人に教えてはくれまいか? 言いにくいのであれば、これを入学の最終試験、口頭試問に当てようかとも思っている。それほどまでに知りたいのだよ私は」

 暗に、理由を言わないのであれば、即時入学を取り消すという老人の言葉が断頭台の刃のようにのしかかる。向けられる視線が恐ろしくなってうつむき、ユーリは押し黙る。

 ワイズマンは急かすこともせず、黙って変化が訪れる時を、試験管の中身が反応するのを待つ科学者のような面持ちでいた。


 長いようで短い、沈黙があって。ゆっくりと、しかし深く長く息を吐き。顔を上げて、ユーリは堂々とワイズマンを視界に定める。

 左手の手袋をワイズマンに見せ、ゆっくりと外していく。少しずつ見えていく素肌。しかしそれは肌などではなかった。

 ユーリ・ピエリスという少年は典型的なオランハルト人の特徴を持ち、肌は雪のように色白で、目は黒真珠のように黒々としている。

 だからこそ、手袋の下にあるはずの肌も雪のように白いはずである。しかしワイズマンが見たものはその正逆。黒い肌であった。

 正しく記述するならば黒いわけではない。紫がかった黒の肌、良く見れば表面はハニカム構造の特徴を持ち、人の肌どころかむしろ機械製品の印象を持たせる。


 おぉ、とワイズマンは感心と興味を意味するため息を吐く。

「触っても良いかね?」

 ユーリが頷くと、ワイズマンはそっと撫でるように、一度だけ触れた。

 一言で言えば初めての感触であった。人肌の温度を持ちながらも金属特有の冷たさを持ち、硬度を持ったまま柔軟性を表す。既存のいかなる生物にも、鉱物にも、これに類似したものをワイズマンは見たことがなかった。

「これは一体?」

 分からないこそ、問いかける。学問の第一歩とは得てしてそういうものだ。しかし問われたユーリは首を力なく横に振ってみせる。


「発見されているどの元素にも一致しないのです。うちの大学部で調べ上げても、結局分かったのはこれが炭素とケイ素の化合物に近いということだけ」

「ならば、『望遠鏡』に来ても分かることは少ないとわしは思うがね」

 機械工学、特に物質の操作という面でオランハルトは先進的な技術を持つ。単に調べるというだけでは『望遠鏡』ができることは少ないようにワイズマンは思う。

 そしてユーリはもう一度首を振ってみせ、

「父さんが……」

 一度言葉に詰まって、

「死ぬ直前に父さんが言ったんです。『望遠鏡』に行けと、そこに行けば俺の腕のことも、俺の生まれた場所と本当の両親のことが分かるって……」

 冷たくなった養父の手と最後の言葉を思い出し、声は小さくなっていく。


 ユーリの言葉を受け、ワイズマンは目を閉じ、「そうか」と納得を得たように頷く。

「ならばここに君の探しているものがあるのかもしれん。

 数週間前、確かにアランから論文発表のためと、何やら解析不能なブラックボックスが送られてきて、我々はそれを預かったままでいる」

「もしかして、それが……!」

「――しかしだ」

 ワイズマンの言葉がユーリの期待を閉ざす。

「『望遠鏡』に預けられている研究成果は全て、著作の保護のため、本人の認証、若しくは上位権限による情報開示請求が必要であり、これには血縁者の嘆願も一切考慮されない規則になっている」

「……それは、つまり」

 『望遠鏡』は最新の学術研究を行う場であり、そこには世界各国からやってきた学者がいる。だからこそ、研究を守るために情報が厳しく統制、管理されるのは当然であり、血縁は開示の理由にはならない。つまり、どれだけユーリが嘆願しようと情報が開かれることがないことを意味する。


 せっかく希望が見えたところで阻まれ、気落ちする。

 しかしワイズマンは、「だが」と続ける。

「だが、同等の権限による情報開示請求、つまり同格の役職者が己の研究を進めるための参考文献としての共同研究の形でなら、『望遠鏡』内に限り、その情報を取り扱うことが学長の、つまり私の許可の下、許される。

 分かるかね? つまりもし君が真にその情報への足がかりが欲しいのなら、この『望遠鏡』で実績を残し、アランと同等、教授の地位にまで上り詰めることが唯一の手段なのだ」 

手段を提示され、ユーリは顔を上げる。


 実に楽しそうなワイズマンが映る。知識欲の老人はユーリに道筋を示す。

「そしてここに一つ、わしの方から君に提案がある。近々、わしの肝いりで一つのチームを結成することが決定していてな? その一席に君を加えたいと思っておる。本来であればアランのやつを誘うつもりではあったが、君を招き入れた方が面白そうなのでな。そういうことにする。

 チームの名前はプリスーダ。わしの母国の言葉で探求を意味する。これはわしの直属の部隊であり、学部を超えた調査を目的とし、様々な調査を任命することになる。多少の命の危機はあるが、普通にやるよりも遥かに早く高い地位への期待が持てる。どうだろうか、受けてはくれないだろうか?」

「――俺は」


 これまでの話を聞き、自分が何をなすべきなのか分かった。むしろ、分かりすぎている。この老人の掌の上で思い通りに動かされている予感もある。

 あまりにも渡りに船なのだ。まるで全ての流れがユーリをこのチームに入れることを宿命づけているかのようで、この状況に目の前の老人が何もしていないとは到底、思うことができない。

 しかし現状でこれ以外、ユーリが己の出自に関する手掛かりを得る手段がないこともまた事実。であるならば、答えはただ一つ。


「分かりました。その話、喜んで受けさせてもらいます」

「ふふふ、良い返事だ。では明日、より詳細な説明を行おう。今日のところは一先ず、この『望遠鏡』に慣れるところから始めようではないか。確か、君の迎えが来ているはずだ。ここのことは彼女に聞くといい。では忙しい老人はこれにておいとまさせて貰おうかな。

 ――あぁ、そうそう。これで入学試験を終わりとする。では良い学生生活を送れることを祈っておるよ。あぁ、もちろん。これは本心だとも」


 そう言ってワイズマンは小さな旅行かばんを持って、飛行機から去って行った。気づけば周りにいたはずの乗客は誰もいない。

 どこまでがあの老人に仕組まれていたのかユーリには分からない。あの老人の思うように動かされているのも分かっている

 だが己のやらねばならないことは明確となった。


 用意された部隊で実績を残し、養父が残した手掛かりを手に入れる。知りたいことは自分がどこからやってきたのか。この腕は一体何なのか。

 今まで何も成せなかった己が進むべき道を見つけた。自然と体は前を向き、荷物を持ったユーリは前へ進み、階段を降り、『望遠鏡』での第一歩を踏みしめた。

 

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