3.サセンとフドウ、ついでにジョッシュ
「何って……たくさんいたから……」
「例えば?」
「……子供とか女性とか男性とか」
「全部はっきりと分かるのかい? どうやって亡くなったとか?」
「強い想いの塊ですから亡くなり方までは……見た目で分かる方も中にはいらっしゃいますけど」
「なるほどな。そんなにはっきり見えるのかい?」
「ええ、まあ……」
霊が見えて、除霊ができる。
その事実にボーズは心の中でガッツポーズをした。
これで曰く付きを受け入れ、除霊をして金儲けできる、と。
神主としての威厳も保てるとも考えた。
それからふと名案も思い付いた。
だがその前に一応警察と話をしておこうと考えた。
何かトラブルを抱え込んでいないか。
それくらいは知っておかねばと思ったからだ。
「ま、掃除が終わったならとりあえず中で茶でも飲むか」
そう言ってボーズはホストを居間に座らせ、台所で茶の用意をしながら電話をかけた。
かけた先は近所の交番だ。
そこには左遷されて来た男がいる。
馴染みの者は皆彼を『サセン』と呼ぶ。
この辺りの人間は人を名前で呼ぶことをしない。
どれも親しみを込めた呼び名であり、決して揶揄するものではない。
が、中にはサセンのように疑問を持つ呼び名もある。
二煎目の茶を淹れたところで、直接縁側からやって来たサセンは、ホストを見るなり「君には双子の兄弟がいたりするか?」と訊ねた。
いきなり制服警官が来てそう訊ねられたホストは困惑した様子で分かりません、と答えた。
「いきなりなんだい? 彼には記憶がないんだ。そのことについてお前と話したくて呼んだんだよ」
「記憶がない?」
「昨日、ここに行き倒れててな。ヤブにも一応診せたが、記憶がない以外は大丈夫そうだとさ。身元が分かるものを一切持ってなくてな。捜索願とか出てないか?」
「出てるのは小学生くらいの少年だけだな。その子を親戚中で探してるらしいが、見つからなくて今それで手いっぱいなんだよ」
「小学生が行方不明ってそりゃ心配だなぁ」
「だが、それがなんか妙なんだよなぁ」
「妙? というと?」
「昨日父親と祖父だって二人組が来てな、今朝は大学生が探しに来た。大学生は少年と親戚だって言ってたが、顔がこいつとそっくりなんだ。それで双子かってさっき聞いたんだよ」
「じゃ、その大学生と連絡取れよ。こいつの身元が分かるじゃないか」
「連絡先を知らん」
「はぁ? 調書とかってのを取ってないのかい?」
「小学生くらいの少年を探してるって言うから、さっきも父親と祖父が来たから探してるよって教えたらそうですかって帰ってったんだよ」
「チッ、なんだい、やっぱサセンは使えないねぇ」
ボーズの一言にサセンはムッとした表情を見せながら、スマホを取り出して画面を見せた。
「大学生のは分からんが、父親の調書は取ってるからそこから連絡先が分かるだろ。親戚なんだからさ」
スマホの画面には調書を取った紙の写真があった。
そんなことしていいのか? とボーズはチラリと思ったが、とりあえずそこに記されている連絡先に電話をしてみることにした。
子機を持って来てスマホの画面を目を細めながら番号を押し、サセンではなくボーズが連絡する。
が、受話器の向こうから聞こえて来たのは『おかけになった電話番号は現在使われておりません』というアナウンスだった。
気が動転していて電話番号を間違えた可能性もあるが、記されていた住所をスマホで検索するもそういった住所は見つからなかった。
となると、父親と祖父だという人物も怪しくなる。
「そいつら誘拐犯で誘拐した少年に逃げられた、とか?」
そうボーズが思いつきで口にすると、サセンもホストに視線をやり、
「仲間割れのいざこざで頭打って記憶を失くしてる、とか?」
などと適当な推理を披露した。
二人から犯人扱いされ、ホストは俯いた。
「……僕は犯罪者なんでしょうか」
記憶がない為、否定することも肯定することもできない。
自分が何者かも分からないという恐怖を想像して、二人は迂闊に口を滑らせたことを反省した。
「ま、まだそうと決まった訳じゃないし、勝手な想像だから。ほら、警察だからちゃんと捜査とかして調べるから、な?」
サセンが慌てて取り繕うとボーズもホストの背中をぽんぽん、と叩いて大丈夫だ、と無責任に励ました。
そんな三人のところに不動産屋の『フドウ』が助手の『ジョッシュ』を伴って息を切らせてやって来た。
ジョッシュはイギリス人でフドウの娘婿だ。
本当はジョシュアというらしいが助手だからジョッシュだ、と勝手にあだ名をつけられ、それが定着している。
「お、記憶喪失のホストってこの人? サセンまで来てえらい大ごとなっとるなぁ?」
「なんだい、見世物じゃないよ。ヤブか? ヤブが言いふらしとるんか?」
「いやいや。たまたまヤブの息子に会って、ボーズがホスト拾ったって聞いて。家、困ってるんだったら紹介したろ、思っただけだよ。安くて良い物件がちょうど一件だけあるんだよ」
「そんな調子のいいこと言って、事故物件じゃ……」
言いかけてボーズはふとさっき思いついた名案を思い出し、ニヤリと笑んだ。
その笑みにサセンとフドウが同時に「気持ち悪いな」とツッコミを入れると、ボーズは満面の笑顔になってフドウを指差した。
「事故物件、キレイにしたくないか?」
ボーズの唐突な申し出にフドウは怪訝な表情を浮かべながらも「そりゃあ……」と頷いた。
その返事に満足そうに「だろう?」と大きく頷いてから、ボーズは声を潜めた。
「いい商売があるんだ」
「なんだよ、悪代官みたいな顔して。嫌な予感しかせんぞ?」
フドウが若干引くと、サセンが「俺がいること忘れて悪いことする気か?」と仁王立ちになる。
「悪いことじゃないさ。事故物件がキレイになれば皆ハッピーだろうが」
「そうだが、キレイってのはどういう意味だよ?」
フドウがそう問うと、待ってましたとばかりにボーズは「フッフッフ」と芝居がかった笑いを漏らし、勢いよくホストを指差した。
「こいつがやるっ。こいつにはその
どうだ、と言わんばかりにボーズが威張るとフドウは大きく溜息を吐いた。
「ボーズ、見えるだけじゃダメだ。そんな奴は五万といる。ジョッシュだって見えやしないが、事故物件に行くと寒いとか何か感じるんだぞ?」
「ジョッシュと一緒にするなよ。そいつはただの怖がりなだけじゃないか。どこ行ったって勝手に鳥肌立てて怯えてるじゃないか」
「私、そんな怖がりじゃないですよっ」
ジョッシュが抗議したが、ボーズはそれを聞き流し、仁王立ちになる。
「勿論、見えるだけじゃないさ。除霊もできる。現に宝物庫が静かになった。見てみるか?」
「見たって俺達に霊感ないんだから分かる訳ないだろ? それにボーズさんだって見えないんだから何を根拠に……」
「見えなくたってアレは分かる。お前ンとこの最強の事故物件あるだろ? アレ、こいつにやらせてみ。そしたら分かるって」
そう言ってボーズは「なあ?」とホストを振り返ったが、ホストは困惑した表情で溜息を吐いた。
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