2.禁断の扉の向こうで

 ボーズに半ば強引に丸め込まれる形で青年は神社に住み込みで働くことになった。

 ホストの身元については近所の馴染みの交番に相談することにした。

 記憶が戻るまで、もしくは身元が分かるまでという条件付きではあったが、ボーズにはちょっとした下心があった。


 記憶が戻るのにも身元が判明するのにも時間がかかると踏んだボーズは、年末年始の人手不足をホストで補おうと考えたのだ。

 この際、巫女さんがいなくてもこのルックスの若い男性が袴履いて立ってりゃ、世の女性は世代問わずきゃあきゃあ騒いでくれるだろう、とも思った。

 今の世の中、男性受けより女性受けで成功するものだ。

 若くてかわいい巫女さんよりも若くてかっこいい神主だ。


 それにボーズは子供がおらず、妻には先立たれて一人暮らしだ。

 神社から徒歩五分のところに平屋の日本家屋があるが、社務所内で寝泊まりすることもある。

 小さいとはいえ一人で神社を切り盛りするのは少々骨が折れることも多い。

 それに日頃の家事も得意ではない。

 これでホストが家事を手伝ってくれれば日々の負担も軽くなる。

 特に寒い日の境内などの掃除が苦痛でもあったので、それを代わってやってくれるなら有難いとも思った。


 そんな訳で早速、翌日からボーズはホストに境内の掃除を任せることにした。


 名前が分からないので『兄ちゃん』とか『ホスト』と呼んでいるが、その呼び名に彼は不満を言うこともなければ、表情も口数も乏しい。

 淡々としている様子にボーズは彼がホストではない、と早くも思い始めていた。

 となればやはりヤクザなのではと疑念が生じ、ともすれば境内で刃傷沙汰でもなれば……とあらぬ想像がよぎる。

 嫌な予感がして境内に出たボーズは慌てて走り出した。


「お、おい。そこはっ」

 息を切らせてボーズが駆け寄った先はくだんの宝物庫だった。

 そこからホストが出て来たのでボーズは焦ったのだ。


「……何か……見たか?」

 思わずゴクリと唾を飲み込み、ボーズはホストにそうたずねた。

「いえ? 掃除をしておきましたが……いけませんでしたか?」

「掃除?」

 ひょい、とボーズが宝物庫の中を覗くと、曰く付きの物が雑然と並んでいる様子は相変わらずで特に綺麗になった気はしなかった。

 埃や蜘蛛の巣もそのままで、何を掃除したのかと思ったが、それでもスッキリした印象を受けた。

 なんというか空気が変わったというか、重苦しい圧迫感がなくなったというか。


「掃除……ねぇ?」

 小首を傾げながらも宝物庫を出て、扉にしっかりと南京錠を掛けた。

 掛けたところでその行為に「あれ?」と気づいてホストを振り返る。

「おい、鍵はどうした?」

「外れていました」

「外れてたぁ?」

 ここに入るのは曰く付きの物を入れる時だけで、それ以外で入ることは全くない。

 なぜならここに入るのが怖いからだ。

 だから、しっかりと鍵を掛けるし、しかも何度も掛かっていることを確認する。

 それなのに外れてたとはあり得ない。

 断じてあり得ない。


 だからホストが嘘を吐いているか、もしくは何者かが開けて中に入ったか。

 そのどちらかしか考えられないが、ボーズは前者だと考えた。

 なぜなら掃除をしたと言ったが、中は埃だらけでとても掃除をしたとは思えなかったからだ。


「ここは神社だ。神様の前で嘘を吐くのは感心せんな」


 ボーズがそう両腕を組んで睨みつけると、ホストはチラと宝物庫を振り返り、観念した様子で口を開いた。

「あまりにうるさかったので、まとめて片付けてしまいました」

「うるさい?」

「染みとか……良くないモノがひしめいていたので、浄化したんです」

「浄化って……除霊とかそういったことか?」

「除霊というか、まあ、そういったことを」

「できるのかい?」

「ええ、まあ」

「同業か? それとも霊能者とかそういう系かい?」

「分かりません。記憶がないので」

 言われてボーズはそうだった、と頭を掻いた。

「でも除霊ってどうやったんだ?」

「どうって……柏手を叩いて息を吐くだけです」

「は? それだけで除霊できるのかい?」

「ええ、まあ……ただの染みですし」


 その『染み』という言葉にボーズは眉をひそめた。

 確か昨日、最初に会った時にも宝物庫を見てそんなことを口にしていた。


「染みって?」

 だから気になって問うと、ホストは少し驚いた顔をしてそれから顎に手を当てて俯いた。

 言葉を選ぶように何か考え込む様子を見せ、少しして顔を上げ、「強い想い、ですかね?」と小首を傾げた。


「人は死んだら一番強い想いだけを残すでしょう? その残像のようなものが染みです。一つの妄執に囚われているので、その場に定着しやすく離れにくいという性質を帯びています。きちんと成仏すれば、自然と離れるんですが、成仏できなかったり何かの手違いで残ることがあるんですよね。だからそれを……」

 言いかけてホストはまた小首を傾げた。

「どうした?」

「……僕は生きていますよね?」

 そう言って確かめるように両手で頬を触ってホストは俯いた。

「幽霊には見えんがな。それにわしは神主だが霊感なんぞ毛ほどもないぞ?」

「……幽霊、見たことないんですか?」

 ホストは心底驚いた表情を見せ、その顔にボーズは些かカチンと来た。

「神職に就く条件にそんなもんないわいっ。神聖な場所で神聖な生活しとっても霊験なんてもんが簡単に身につくかいっ」


「そういうんじゃなくて……皆、誰もが見えるものじゃないんですか?」


 ホストのその言葉にボーズの怒りは一瞬にして収まった。

 頭の中に「?」が躍ったからだ。


「お前は神様やサンタも見えるのかい?」

 皮肉だったが、ホストは真顔で「見たことはありません」と答えた。


 もしかしてヤバイ奴を拾ってしまったか。


 ボーズは急に後悔し始めていた。

 全身黒いスーツという風貌にホストかヤクザだと思った。

 境内で倒れていたという点でいずれにしろ何かしらのトラブルの渦中にいると考えられる。

 ヤブにも物好きだな、と言われた。


 結局、大きな病院で精密検査もしていない。

 本人が嫌がったからだ。

 特に怪我もしていないし、記憶を失ったこと以外は健康そのものだと言ったからだ。

 スーツのポケットというポケットを探したが、財布や家の鍵すらも持っていなかった。

 だから身元が全く分からないのである。

 保険証も当然持ち合わせていないので、そんな状態で病院へ行けば診察代は当然ボーズが支払うことになる。

 精密検査なんてしようものなら一体いくらかかるのか。

 記憶が戻ったとしても本当に保険証を持っていない可能性だってあるし、支払いを拒否される可能性だってある。

 詰まるところ、ボーズもそんな危ない橋を渡ることは避けたかった為、病院には強引に連れて行かなかった。


 どんな人間かも知らないのに、見ず知らずの人間を家の中に招き入れ、世話までしてやるのはいくら何でもお人よしすぎたか。

 見た目は良いが記憶を失ってもどうやら変わった人間のようだ。


 まずはそれを見極めねば。


「で? 何を除霊したって?」

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