52.救出


「ここだな。」


情報を元にたどり着いたのはこの国で一番の監獄だった。

犯罪者の中でも特に凶悪な者が収容されている場所で、王都から少し離れた街にある。


和也はそっと、家の陰から覗く。


鋼鉄の高い門に、正方形に囲まれた煉瓦造りの壁。

当然のように幾人もの騎士が警備している。

四隅には看守塔のようなものが建っており、まるで要塞のような厳重さになっていた。


……流石に正面突破は無理だよな。


洞窟でのレベリングのお陰で和也のレベルは58になっていた。

前回の更新より30以上も上がり、スキルレベルもいくつか上がっていた。

王都の騎士の平均レベルが40代なので出来ないことはないと思うが、かなり厳しいだろう。

ぐるりと1周回ってみたが、隙が特に見つからなかった。

しかも、今夜は月も明るく『隠密』をしても近づくのは難しいだろう。


何か使える道具はないかと、アイテムボックスを漁る。


そこには───



────────────────────



「そういえば、死刑って明日だっけ?」


正門の反対側の見張り台の上。

俺は隣に立つ同僚に声を掛ける。

何か話しておかないと、見張りなんて暇で暇で眠ってしまいそうになるのだ。


「あー、確かそうだったな。反逆罪だろ?」

「ああ、そうだよ。…そういえば、反逆罪なんて久しぶりだよな。」

「いったいこの国に何の不満があったのやら。」


同僚はやれやれとため息をついた。


「…その捕まった子って16歳の女の子なんだろ?」

「らしいな。俺は見てないけど、そう聞いたぜ。」

「しかも、結構美人らしいな。」

「らしいな。どうせ、上の奴らはさぞお楽しみだったんだろうぜ。…まあ、とはいっても俺たち下っ端には関係ないけどな。」

「あー、早く出世したいよなぁ。」


いつものようにそうボヤきながら、男は空を見上げる。


雲ひとつない快晴で、星が綺麗に輝いていた。


「ん、なんだあれ。」


空にキラっと光る何かを見つけ、声を上げる。

初めは星かと思ったが、段々と近付いてくる。


そしてそれが、監獄を囲う壁にぶつかり────爆発を起こした。



────────────────────



「て、敵襲っ!!」


騎士の慌てふためく警告の後、正門から騎士が溢れ出てくる。


和也は、その混乱に乗じて正門から監獄の中へと滑り込む。


爆発ポーションを監獄の裏側に投げたのはもちろん和也だ。

『投擲』のレベルアップとともに使えるようになった『遠投』で監獄の表から裏側へとポーションを投げたのだ。


無事に侵入出来たことに安堵の息をつく。

しかし、ただの時間稼ぎに過ぎない。

すぐに侵入に気付かれるだろう。


…その前にエリナを見つけないと。


──和也は監獄内を駆ける。



────────────────────



「やっと始まりましたね。」


和也が監獄に侵入した時、アリシアは部屋で水晶玉を見ていた。

それに映るのは監獄の中。

コソコソと監獄内をうろつく少年を映していた。


「あの子を呼ばないとですね。」


メイドを呼び、あることを言いつけた。


「…嗚呼、楽しみです。」


定位置に戻り、うっとりとした表情で少年を見つめていた。



────────────────────



『隠密』を発動させながら監獄内を駆け回る。

普段からよく使っているスキルだけあって、スキルレベルは高い。

騎士とすれ違ってもバレることは無かった。

バレた時も騎士を昏倒させて隠したので今のところは大丈夫だった。


「よし、開いた。」


牢屋へと続く扉を『鍵開け』で解錠する。

ガチャりと小さな音を立てて扉が開いた。


「臭っ。」


牢屋から発せられるすえた臭いに鼻を曲げる。

牢屋の中ではボロボロの服を着た者がイビキをかいて寝ていた。

ハエもたかっていて、かなり不衛生なようだ。


並んで設置された牢屋の中を一つ一つ確認しながら、石畳の廊下を進む。

しかし、端まで行ってもエリナは見つからなかった。


「くそっ。」


時間のロスに舌打ちしながら急いで扉まで引き返す。

しかし、隣の廊下もその隣もエリナの姿は無かった。


もしかして、他の場所に移ったのか?


1階をくまなく探したのだが、エリナの姿は無い。

室内を探す騎士が増えたことに冷や汗を流しながらも和也は2階へと続く階段を登った。



────────────────────



どうして、こんなことになったのだろう。


少女は震える体を抱え、壁にもたれ掛かる。


痛い、寒い、辛い。

ここに入れられた時からの日々を思い出すだけで泣きそうになる。

魔力を封じる手枷のせいで逃げられなかったのだ。


潤む瞳で檻の先の扉を睨む。

あの扉から、毎日数人の男が入ってくるのだ。

そして、私を───


「………カズ。」


たとえどんなに苦しくても、彼のことを思い出すと耐えられた。


しかし、今日は違う。

明日が処刑の日だからか、心が摩耗し、弱音が溢れていく。


死にたくない。

ここから出たい。

家族に会いたい。

彼に会いたい。


溢れ出る欲求を自分でも止めることが出来なかった。


ガチャりと、牢屋の先の扉が震える。

また、あの男達が来たのかと体が縮こまった。


嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。

……カズ。


「──助けて。」


そして、扉がスローモーションのようにゆっくりと開き────



────────────────────



「ここで、最後だな。」


和也が最上階5階の扉の前でポツリと呟く。

他の部屋は全部探していて、この部屋が最後だ。

和也は、扉のピッキングを始めた。


すぐそこにエリナが居る。

そう思うと焦り、手が震えて何度もピックを取り落としそうになる。

そして、やっとのことで解錠に成功した。

逸る気持ちを抑え、ゆっくりと扉を開いた。


「…エリナ。」

「…か、カズ?」


和也は全力で牢屋に駆け寄る。

そして、短剣で牢屋の格子を切り落とす。

今までは侵入が出来るだけバレないようにと丁寧にピッキングしていたが、エリナを見つけた以上、もう意味は無い。


「…ごめん、遅くなった。」


エリナを優しく抱き締める。

体はびっくりするほど冷えていて、擦り傷や痣まみれだった。

エリナがやられたであろうことを想像するだけでここの奴らに殺意が湧くが、それをなんとか抑える。

今は脱出が優先だ。

そんなことをしている時間が惜しい。


「…怖かった。」


彼女の頬を涙が伝う。


「…もう、大丈夫だから。」


彼女の髪を優しく撫でる。

美しかった髪も、今は泥に汚れている。


「…来てくれてありがとう。」

「僕こそ、遅くなってごめん。」

「ううん。」


和也の心を愛おしさが埋めつくしていく。



「…立てる?」


このままずっと抱きしめていたいが、そうはいかない。

手枷を外し、和也はエリナに手を差し出した。


「ありがと。」


エリナが和也の手を取り、立ち上がるが、ふらふらとしている。


和也は彼女を背負い、監獄の外へと向かう。



────────────────────



特に何事もなく監獄から出る。

その頃にはエリナも自分で動けるようになっていた。


あの門を出たら外だ!


彼女の手を取り急いで走り出す。

監獄から門までは20メートルほど。


あと、もう少しで!


その時───


「…和也。」


ぬるりと、門の影から人影が出てきた。

突然のことに、足を止めて顔を確認する。

そこに居たのは─────




「…け、剣崎?」



完全武装した剣崎誠の姿だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

モブ勇者の成り上がり バリウム @barium

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ