51.ボス戦


時は少し遡り、和也が王城に忍び込んだ次の日の朝。


コンコンと、アリシアの部屋がノックされる。


「アリシア様、ケンザキ様がお見えです。」

「……通して。」


そして、アリシアは「はぁ。」とため息をつく。

サトウが死んでからというものの飽きもせずに毎日来るのだ。


……魅了できるなら別にいいんですけどね。


サトウへの想いが抜けきれないのか、魅了が掛かる様子は無かった。


ガチャッ、と扉が開きケンザキが入って来る。


「アリシアさん、あの魔族が洞窟に来たのは誰かの手引きがあるはずだ。普通に考えて何も情報無しで待ち伏せ出来るはずがない。だから早く犯人を探してくれ。」


アリシア心底面倒なのを隠し、ケンザキの目を見る。

そこには復讐の炎が宿っていた。


犯人って言われても。

あれ、私ですしね。


「申し訳ございません。騎士全員で探っているのですが、まだ……見つかりましたら直ぐにお伝えしますので。」

「……そうですか。また来ます。」


ケンザキが部屋から出る。

毎日、毎日、毎日これだ。

しかも、話す内容も同じ。

ショックで何処かおかしくなったのだろうか。


アリシアは鏡を見る。

寝ずに考え事をしていたせいか、目元には薄らクマが出ていた。


とにかく、このままでは私の精神衛生上悪い。

早くどうにかしなければ。


ぼんやりした頭で情報を整理する。


ケンザキは、サトウの仇討ちがしたい。

そのために魔族に情報を流した者を探している。

これは、そもそも犯人がアリシアなので教える訳にはいかない。

魅了するにもサトウへの想いの残滓が邪魔をする。

仇討ちをするまで収まらないだろう。


いっそ、適当に見繕って犯人に仕立てあげましょうか。


しかし、勇者とあまりにも関わりのない人ではケンザキが納得しないかもしれない。


さらに、アリシアには昨晩から悩まされていることがある。


サエグサに再びあの顔をさせたいのだ。

エリナ・フィールを殺せば話は早いのだが、まだ国民全員を魅了している訳では無い。

もしかすると反感を買うかもしれない。

そうなると面倒だ。


何か、理由があれば───


そこで、ハット息を呑む。

あるではないか。

その二つを同時に解決する方法が。



アリシアは口を三日月のように歪めて嗤った。



────────────────────



次の日の早朝。


和也は馬車に揺られ、ベナン山脈を目指していた。

アイテムボックスには数日間泊まれる準備をしてある。


和也は昨日のことを思い出す。

アリシアに問いただそうと、王城に行って面会を求めたのだが、残念ながら会うことは出来なかった。

そして、その日にエリナの処遇が発表された。


罪状は反逆罪で、処刑は7日後。


それまでに出来るだけレベルを上げないといけない。


「着きましたよ。」


馬車が止まり、運転手が和也を呼ぶ。

一言礼を言い、代金を払って馬車から降りる。


そして、町には目もくれず、一目散に山脈を駆け始めた。

加速のポーションを飲んだお陰でものの数分で洞窟まで辿り着く。


あまり来たい場所ではないのだが、ここが一番効率がいいので仕方がない。


和也が洞窟に入ろうとすると、中から人影が現れる。


もしかして魔族か…!?


和也は剣を構える。

しかし、予想に反しその正体は剣崎だった。

和也は肩の力を抜き、剣を下ろす。


洞窟から出てきた剣崎は頬がやけコケていて、目の下には薄らクマが出ていた。

顎には無精髭が伸びていた。


「あの、剣崎君。大丈夫?」


声を掛けられてやっと和也の存在に気が付いたのか、剣崎が目を向ける。

不健康そうな見た目に反して、目だけは爛々と強い光が灯っていた。


「…ああ、なんだ、和也か。レベル上げでもするのか?」

「う、うん。剣崎君は大丈夫なの?…その、見た感じずっとここに篭ってたみたいだけど。」

「ははは、ずっとじゃないよ。毎日この時間には王都に帰ってる。」

「あ、そうなんだ。…ええと、体調には気を付けた方がいいと思うよ。じゃあ、また。」

「ああ、分かってる。…和也も気を付けろよ。」


早々に話を切り上げ、和也は洞窟内へと向かって行った。



────────────────────



「アリシア様、ケンザキ様がお見えです。」

「通して。」


昨日とは違い、アリシアの声には少し覇気が宿っていた。

それもそのはず、悩みの種がこれから2つも解消されるのだ。


「アリシアさん、あのま───」

「見つかりましたよ。」


剣崎の定型文を遮り、アリシアが伝える。


「ほんとですかっ!?」

「ええ。」


身を乗り出し、剣崎が目を剥く。

アリシアはそれに内心引きつつも、朗らかに答えた。


「そいつは、誰ですかっ!?」


剣崎の目は今まで以上に輝いていた。


…これは、あの娘をケンザキに殺させた方が効果的ですかね。

カズヤさんにも見せたいですよね。

お膳立てはどうしましょう。

……そうだ。


画期的な方法を思い出し、アリシアは内心ほくそ笑んだ。


「ケンザキさんと同じクラスのエリナ・フィールという者です。あの娘がカズヤさんを誑かし、情報を得たみたいです。」

「……なるほどな。……和也も可哀想に。」


得心がいったのか、ケンザキが同調する。


「今、何処に?」

「監獄で、審問を行っています。」

「そこには行けますか?」


今ケンザキを連れていくとエリナを殺すかもしれませんね。


「…すみません、それは出来ないのです。」

「分かりました。…その後どうなりますか?」


あら意外。

駄々こねると思ったのですが。


「7日後に処刑となります。」

「分かりました。…また来ます。ありがとうございました。」


…来なくてもいいんですけど。



────────────────────



「……やっと見つけた。」


洞窟でレベリングを始めてから5日が経った。

洞窟内で寝泊まりしたお陰でかなりのモンスターを狩ることが出来た。

やはり、エクス系モンスターのダンジョンだったようで、それしか出なかった。

そこで、和也はダンジョンのボスもエクス系のモンスターなのではと思い、ボス部屋を探していたのだ。

不思議なことに、前回来た時は一本道だったのに、今は複雑に枝分かれしていた。


和也は目の前の巨大な扉を見据える。


今まで天然の洞窟みたいな風貌だったのに、突然人工物みたいな鋼鉄の扉が出てきた。


息を整えてから扉に触れる。

それだけで勝手に音もなく開き始めた。

人ひとり入れる隙間になった途端、滑り込む。

今は、少しでも時間が惜しい。

扉が全部開くのなんて待ってられない。




大きな円形の部屋の中央に居たのは、金属光沢のある巨大なエクススライムだった。

頭にはこれまた巨大な王冠を被っている。


「はっ!」


和也は剣を抜き、モンスターに向かって走り出す。

そして、体の一部を漆黒の剣で切り裂いた。

しかし、まるで水を切ったかのように手応えがない。

切った部分を見ると、再生して元通りになっていた。


どうやって倒そうか。


目を凝らしてモンスターを見る。

すると、ユニークスキルの『弱点感知』が反応して、弱点が解った。


反応したのはモンスターの身体の中。

つまり、核のようなものがあるのだろう。


モンスターが体から触手を伸ばす。

大きく右に跳び、触手を避ける。

それはドゴッ!という音とともに地面を大きく抉った。


その一撃必殺の威力に戦慄しながらも、和也はアイテムボックスから準備したポーションを取り出し、モンスターに投げる。

それがモンスターに着弾した途端、轟っという音が洞窟内に響き、爆発した。


びちゃびちゃとモンスターの欠片が辺りに飛び散る。

モンスターが甲高い悲鳴を上げた。

飛び散った破片も再生しようとしているのか、もぞもぞと元の体に近づいていく。


和也は再生させまいと、再びポーションを投げる。

しかし、モンスターも学習するのか、それは空中で破壊された。

だが、触手で破壊したため、触手もバラバラになり飛び散る。


「熱っ!?」


突然、腕に焼けるような鋭い痛みを感じた。

見ると、腕に銀色の液体が付着して、皮膚は焼け爛れたようになっている。

どうやらモンスターの体は、強力な酸で出来ているようだ。


慌てて振り落とし、治癒のポーションを掛ける。


「キァ───ッ!」


モンスターが怒り狂ったように触手を何本も伸ばしてくる。


「くっ!」


触れないよう気を付けながら避ける。

和也の退路を断つように左右からどんどん触手が迫ってきた。


酸を浴びる覚悟で爆発ポーションを投げる。

何本もの触手を巻き込み、爆発した。


「いっ!」


当然、和也の体にも破片が飛び散る。

痛みに地面を転がり、岩にモンスターの破片を擦り付けた。


「はあ、はあ。」


しかし、和也には治癒のポーションがある。

むくりと起き上がり、震える手でガラス瓶をひっくり返し、浴びる。


かなり高いが爆発ポーションも、治癒ポーションもこの為に沢山用意してきた。

まだ、戦える。

ポーションの在庫が切れるのが先か、モンスターの核を破壊するのが先か。



和也はのたうち回るモンスターに向けて、再び爆発ポーションを投げつけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る