僕の書いた物語を君が食べて、惨く吐き出す

成瀬なる

――――

 どこの家庭にでもある四角い箱から過剰なほど愛想のいい笑みを浮かべながら、女性アナウンサーが酷暑を伝える。なんだか毎年同じような夏を迎えている気がする。地球温暖化を謳われているけれど、結局、夏が暑いことには変わりはない。せめてもの償いとして1分ほど二酸化炭素を吐き出すことをやめてみるけれど、馬鹿々々しくて30秒でやめてしまう。蝉は煩いし、海は嫌いだ。

 そんな夏を僕は20回迎えて、何度目になるか分からない目覚めを迎える。


 だいぶ前から目は覚めていた。カーテンの隙間から差し込む日差しと埃が舞う室内の空気感から午前8時くらいかなと予測する。体を起こす気にはなれない……というより、最近は毎日が堪らなく退屈で、人でごった返した駅のホームに飛び降りてやろうかと思うけれど、そんなものは幼い威勢でしかなくて飲み込んだ。

 体をうつ伏せいにして枕に顔を埋める。呼吸がしにくい。このまま死んでしまおうか……こんなことで死ねるわけがない。


 くだらないな。


 そう思いながら、二度目の眠りにつく。また目は覚めるだろう。


   *


 目を覚ましたのは午前11時を少し回った頃の時間だ。うつ伏せで枕に埋めた顔は、目が覚めた時には仰向けになっていて、随分と気持ちのいい呼吸が出来ていた。なんだか、今日は、どこにも行きたくない気分だ。運動会の徒競走で負けてしまった時のような幼い我儘な感情が、僕の中で一人体育座りをしている。

「どうしたんだ、僕」

 そう声を掛けてみても、座ったままの僕はそっぽを向いて何も答えない。答えないのならこれ以上声を掛ける気にもなれない。そもそも、この感情の僕を慰めてやろうとも、懲らしめてやろうとも思わない。ただ、無理やり這い出てこようとするのなら、無理やり押し殺すだけだ。

 腹が減った。もう一度眠りたい。でも、眠れない。甘いお菓子が食べたい。やっぱり、ケーキがいい。あぁ、どうしてやろうか。

 意味のない浮遊感ともいえるような思考を繰り返し、その都度、時計に目をやるが規則正しい秒針の動きよりも怠惰に動く長針の遅さに囚われ、時間感覚がうまく掴めない。

 その時、狭い部屋のワンルームに枯れたチャイムが鳴り響いた。それを言い訳にして体を起こし、玄関の扉を開ける。

「おはよう」

「もう昼過ぎだよ」

 そう彼女は言って、僕にマクドナルドの紙袋を2つ手渡して遠慮なく部屋へ上がり込む。

「それお昼、どうせ食べてないでしょ。 てか、部屋汚すぎ」

 お昼ご飯を持ってきてくれた彼女は、台所が汚いとか洗濯物を片付けろとか愚痴を溢しながら部屋のゴミを集めて「マック食べよ」と腰を降ろす。

 埃の待っていた無機質な部屋に、彼女が来ただけで1輪の花が生けられたようだ。彼女の今どきの女性らしいメイクがそうさせているのかもしれない。それとも、黒字に花柄のワンピースがそう思わせるのかもしれない。それとも、柔らかく甘い香水がそう思わせるのかもしれない。

 僕は、美しい彼女の隣に腰を下ろしてハンバーガーを頬張る。そして、氷で薄まったコーラを飲んで、ポテトを食べながら美しい彼女と他愛もない会話をする。

「来週からまた寒くなるらしいよ」

 ――そうなんだ。

「前にこの部屋で飲んだココア……あれって、駅前のコーヒーショップのやつだっけ?」

 ――どうだろう、忘れちゃった。

「えー、あれだよ、小さいマシュマロが入ってるやつ。 私が、ココア飲みたいって言ったら君が探してくれたやつだよ」

 ――あ、そんなこともあったね。

「あれ好きなんだよね。 また買っておいてよ」

 ――わかった。

「ありがとう」

 君は、酷く醜くて可愛げもなく汚らしい笑みを浮かべた。

 だから、僕は、君よりも酷く汚く体育座りをする自分を押し殺した笑みを浮かべて言った。

「おかしいね」

 君は、意地悪く口元だけ浮かべ、スマホをいじりながら答えた。

「おかしいなんて、君が一番わかってるじゃん。 そういうもんなんだよ。 私は、気が向いたらマックをもって君の家に来る。 君は、そんな私をココアを持って待っている。 君が望んだんだ。 私は、望んでいない」

 彼女は、饒舌にそう言った。

 僕の描いていた美しく可憐に咲く1輪の花のような女性の物語を食べて、惨く吐き出すんだ。

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僕の書いた物語を君が食べて、惨く吐き出す 成瀬なる @naruse

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