恋に生きる。

ジャンル:恋愛

 お題:「おもちゃ」「おねショタ」「スライム」




 缶コーヒーを飲みながら、小さく息をつく。ベランダに吹き付ける風が汗ばんだ髪の毛に纏わりつく。昼下がりの貴重な休憩時間を過ごしているところに、どたばたと忙しない足音がやってくる。同僚の高崎である。


「おっす。最近どうよ」


「……何が?」


「何って……お前、とぼけたふりしても無駄だぜ。泉さんと付き合い始めたの、バレバレだし」


「……そんなんじゃねぇよ」


 泉さんとは、まあ有体にいえば、うちの課のアイドル的存在というやつである。


 初めに言っておくと、俺と彼女は恋愛関係にはない。そんな甘い話ではないのだ。

 コーヒーコーナーでちょっと話をする程度の関係性に見えるよう振舞っていたが、その手の話題に乏しいうちの課では勝手に妄想話が膨らんでいってしまったらしい。高校生のようなノリでからかってくる高崎が面倒くさい。けど、他人の恋路に興味惹かれるってのは、まぁ一理ある。現に俺だって、他人の恋愛模様が気になって、仕事が手につかないのだ。


 それは全くの偶然の出会いだったのだが……。あの日は電車が事故で遅れた以外には代わり映えのない普通の日だった。


 曲がり角を曲がるときに、誰かとぶつかって恋に落ちるってのは、少女漫画における古風でベタな展開の一つだが、俺がその日、近所の曲がり角でぶつかったのはそんじょそこらのヒロインではなかった。ぶつかる――そう思った瞬間、そいつの体がぐにゃりとひしゃげて、液体の水に触れるみたいに俺の体をすり抜けていった。不可解な出来事に動転した俺が声を出せずにいたところ、そいつ――泉は魔王のように不敵に笑うと、短く一言つぶやいた。


「見ました?」


 瞬間、玉のような冷や汗がどっと噴き出して、俺は一時、呼吸を忘れた。


 そんな俺の様子を見て、何がおかしいのか、泉は両手を液状に変化させて見せる。


「ははは、ビビりすぎだよ。何も取って食いやしないって」


「泉さん……ですよね? さっきのって……え? 何?」


「河西さんも宇宙人って言葉、聞いたことあるでしょ? まあ私のことはそんなようなもんだと思ってくれていい」


「泉さんが、宇宙人……?」


 荒唐無稽な話にも程があるが、現に先ほど彼女の腕が人間にあるまじき変化を見せたのを目の当たりにしている。


「別に珍しくもないだろ。私からすれば、河西さんの方がよっぽど珍生物ですし。まぁけどこうして正体がバレたわけだけど、なるべく黙っててほしいんだよね。宇宙人が珍しくない時代だけど、表向きにはまだこの星は地球人が支配してるってことになってるから。もし、秘密を誰かに漏らしたその時は……」


 不意に泉が腕の形状を変化させ、糸のような細さにした腕を俺の耳の穴に侵入させた。


 何をされたのかもわからず、俺はその場にがくりと膝をつく。


「もしバラしたら、君が誰にも話したくない秘密をバラしちゃうよ。秘密主義の君にとって、それは死ぬより辛いはずだ。……その顔、信じていないね?

 さっき、私の触手を君の脳髄に侵食させ、君の深層心理を覗かせてもらった。なるほど品行方正な普段の行動からは考えられないくらい×××で×××! ×××××××××なんて、とても言えたものじゃないね」


 心臓を鷲掴みにされた気分だ。この瞬間、俺は泉の『玩具(おもちゃ)』として生きるより他なくなったのだ。


「……わかった。君の言うことを聞こう。だから俺が×××で×××! ×××××××××なことは秘密にしておいてくれ。頼む」


「OK。スライム人にも仁義アリ、ってね。じゃあ早速お願い事。私に恋愛を教えてほしい」


「は?」


「言ったとおりの意味さ。君も知っての通り、今や全宇宙からあらゆる種族がこの地球に根を張ろうと暗躍している。私たちスライム人も例に漏れず、というわけで、手始めに地球人の生殖活動、すなわち恋愛について学びたい」


 すべてを握られた俺に、断るという選択肢は残されていない。


 こうして俺は恋愛漫画やネット上のSSを読み漁り、あらゆるカップリングについて泉に伝授することになった。幼馴染ものから学び始めた彼女はすでにおねショタやケモナーに目覚めようとしている。泉によると地球人の作りだしたものの中で最高傑作が日本の二次創作文化、要するにコミケなのだそうだ。コミケが開かれる限り、地球人を根絶やしにするつもりはないらしい。


 俺は地球を守るため、そして己の×××を死守するため、泉が飽きないようジャンルをとっかえひっかえしつつ、彼女の興味を繋ぎとめなければならない。興味の矛先を見据え、常に予想の上を行くジャンル・作品を提供するのは並大抵のことではないが、やらなくていけない。彼女が恋愛に飽きた時、世界は終焉を迎えかねないのだ。


 缶コーヒーを飲み終えると、まだくっちゃべっている高崎を無視し、俺はネットサーフィンを再開する。今日の獲物はまだ見つかっていない。


  おしまい

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おきらく三題噺シリーズ 秀田ごんぞう @syuta_gonzo

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