まずい選択の話

「兄弟になろう、サイト・ブリオニア」

 ブリオニア邸の正面玄関にて。邸の主に出会い頭にそう言い放ったのは、美しい白髪を緩く二つ括りにし、ふんわりとした三つ編みをした機械人形だった。

 その唐突な一声を受けたサイトは、戸惑いから思わず身体を強ばらせた。

「馬鹿、いきなりじゃびっくりさせるだろ」

 白髪の機械人形の隣に立つ、黒髪を一つに纏めてきっちりと三つ編みにした機械人形が呆れたようにそう言って、白髪の機械人形の頭を小突く。サイトから視線を逸らし、向き合ったふたりの機械人形の顔は瓜二つだった。

「そうか。いきなりは駄目だったか、ガマズミ」

「普通に考えたらそうでしょ。初めて会う機械人形だからってわくわくしすぎないで、ガウラ」

 ガマズミと呼ばれた黒髪の機械人形は、小さくため息をついて、もう一度、自身がガウラと呼んだ機械人形の頭を小突いてから、サイトへと向き直る。

「驚かせてごめんなさい。そして、はじめまして、サイト・ブリオニアさん。俺はガマズミといいます。よろしくお願いします」

 ガマズミはにっこりと綺麗に笑って会釈をする。それに続いてガウラも会釈をした。

「驚かせてすまなかった。俺はガウラ。ガマズミとは『兄弟』だ」

「いえ、気にしないでください。……おふたりは兄弟、というのは同一の製品、という事で合っているのかな?」

「そういう事になる」

 サイトの言葉に、ガウラは何故か自信満々な、しっかりとした仕草でひとつ頷く。そんなガウラを、ガマズミは暖かな眼差しで見守っていた。その様子がなんだか微笑ましく感じ、サイトは自然と口元が綻ぶ。

「こんなところで立ち話もなんですから。どうぞ、中へお入りください」





 サイトによって応接室へと通されたふたりは、二人掛けのソファーに仲良く並んで腰掛けると、そのソファーの座り心地に感心したのかひそひそと、ふかふかだ、と言い合っていた。

 サイトはその向かい側の一人掛けの椅子に腰掛けると小さく苦笑した。

 来客はサイトと同じ機械人形。お茶で客人をもてなす事を得意とするサイトにとっては、飲食の出来ない機械人形は、おもてなしに困る客人である。

「ごめんなさいね。本当はお茶をお出ししたいところなんだけれど。おふたりとも、私とおんなじ機械人形だから、おもてなしが出来なくて」

 その言葉に、ガウラは首を横に振るとはっきりとした口調で言う。

「茶は出してくれても構わない」

「……え」

「サイト・ブリオニアが、人間を茶でもてなすのを好む事は聞き及んでいる。だから、茶を出してくれても構わない。俺はその茶の香りを楽しむとする」

「香り……ですか」

「馬鹿。ガウラが香りを楽しんだとして、その後に淹れたお茶は誰が飲んでくれるの? 飲食物を無駄にするのは駄目」

「……そうか。駄目だったか、ガマズミ」

ガマズミに叱られたガウラはしょんぼりと肩を落として俯いた。

「でしたら、茶香炉をお持ちしましょう。それなら出がらしで大丈夫ですし、とても良い香りが楽しめるから」

「茶香炉? アロマポットみたいなものですか?」

「ええ」

 ガマズミの言葉にサイトが頷くと、俯いていたガウラが顔を上げる。その眼はどことなくきらきら輝いているように見えた。

「代替案を出してくれるとは。有難う、サイト・ブリオニア。……やっぱり兄弟になろう」

「なんでそこでそうなるんだよ……」

 先程ぶりのガウラの唐突な『兄弟になろう発言』に、ガマズミが呆れたようにため息を吐く。

「ええと……?」

「さっきからすみません……。ガウラは、『兄弟愛』に憧れているみたいで、機械人形ならほぼ誰でも兄弟姉妹になりたがっていて。ブリオニアさんにも、兄弟分になってほしいって此処に来る前からずっと言ってるんです」

「そうだったんですか……」

「嫌なら断ってくれても構わない。実際に断った奴も居る。けれど、お前が嫌じゃなければ、ぜひ俺と、――兄弟になってくれ」

 頼む。そう言って差し出された手を、サイトには拒む理由は無かった。

 ――『きょうだい』に興味がないわけでは、無かったからだ。

 以前からサイトを訪ねてくれる友人が、楽しそうに自身の『きょうだい』の話をしてくれる事がよく有った。彼の語る、サイトにとっては未知の物語の数々は、とても暖かく素敵な話だった。

 サイトは、ガウラの手をそっと両手で包むと柔らかな笑顔を浮かべる。そして。

「良いですよ」

 そう、ガウラに優しく告げるのだった。

「本当か?! 有難う、サイト・ブリオニア、……いや、サイト!」

 花が綻ぶような笑顔を見せると、ガウラは嬉しそうにガマズミを見る。

「やったぞ、ガマズミ! 新しい兄弟だ……!」

「……良かったね、ガウラ」

 対するガマズミは複雑そうな顔をして、ちらりとサイトを見た。その眼差しは先程のような優しげな様子は掻き消え、無そのものだった。

(……私は何やら、まずい選択をしてしまったのだろうか?)

 心なしか、空気が重くなった気がする。そんな様子に気付かずに、はしゃぐガウラがサイトは少し羨ましくなった。


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bryonia 朱路ユキマ @calamintha_ykm

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