小さな旅立ちの話

 最果てまで行きたい。

 ふと、そんな事を思い付いた。

 俺の家は所謂『大金持ち』というやつだ。だだっ広い家。何人もの召使い。屈強なボディーガードや口煩い教育係。

 俺が恵まれている事は分かっていた。必死になって勉強してきたから。世の中には勉強をするどころか、その日食べる物さえままならない人間が沢山いるんだ、って。

 だけど、俺は親の後継として分刻みの勉強や習い事をこなす生活よりも、たとえ貧乏でも、腹をすかす毎日でも、毎日もっと自由に生きたかった。

 昔読んだ児童書に、大冒険を繰り広げる旅人の話があった。

 本の中の彼は、時に悪党と闘い、時に狩りをして己の力のみで食料を得て、時に様々な人達と酒を酌み交わし、時に月を見上げながら故郷を想う唄を歌った。

 辛く苦しい物語も沢山あった。だけれど、それ以上に広大で素晴らしく美しい世界が彼を待ちうけていた。

 そんな物語の中の彼の背中に憧れて、大きなリュックサック一つにありったけの高価な私物を詰めて、家を飛び出した。置き手紙を一枚、そっと机に残して。

 街に出ると、旅に使えそうな私物を残して、いらない物は全て金に換えた。それが品物と釣り合った金額かどうかはよく分からなかったが、まとまった金は手に入った。その金で足りない道具と日持ちのする食料を買う。

 そして、街の外に出る電車に飛び乗った。

 行くあてなんて、ない。ただ、遠くへ。そうしたらいつか、最果てまでだって行けるはずだ。

 電車の最終駅で降り立った町は小さな町だった。町外れには大きな花畑があり、とても美しい場所だと町の人から聞いた。見渡す限り、一面が花畑という光景はきっと素晴らしいだろう。そう思った俺は、早速花畑へと歩を進めた。

 辿り着いた花畑は、色とりどりの可憐な花が咲き乱れ、とても見事な光景だった。

 ふと、花畑から誰かが起き上がる姿を見た。ふわりとした肩にかかるほどの長さの黒緑の綺麗な髪。

 女の子、だろうか。近付いて、声をかけようとすると、いち早く俺に気がついて振り向いたその人は、花の綻ぶような笑みを浮かべてこう言ったのだ。

「ようこそ、旅人さん」

 これは俺がサイトさんと出会い、己の人生が一変した日の出来事。

 そんな昔話。

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