第4話
気づくと主人の骸は他の戦死者と共に丁重に陣営の前に並べられていた。
敵の大将の爺さんは怒りの表情で俺の主人の躯を見ている。周りを見ると他に八人の遺骸が横たわっていた。俺はまた主人の胸に抜き身で置かれていた。勇者にはそれなりの礼を尽くすのは良いことだ。だが、刃が欠け、血糊がべっとりついていて落人狩りの百姓も持っていかないと思われる姿になっている。
俺の人生も・・・いや刀の命もここで終わるのか。野ざらしになって錆付き、雨露で腐食して朽ちて行く・・・原子に戻るのだ。これも俺の定めか・・・
爺さんが忌々しそうに言った。
「この者達、誠にあっぱれじゃ!儂にここまでと思わせたのは生涯忘れぬ!・・・幸村殿の首が取れたら一緒に荼毘にふせ!」
お、焼いてくれるらしい。すると元のケラに戻れるのか!また刀匠に拾われればやり直せるかな・・・
その夜、俺の主人たちが横たわっている幔幕の内側に忍んで入ってくる者がいる!総大将の爺さんの陣営は他の場所に移ってしまったので、ここは衛兵は一人もいない。気味悪がって近づく輩もいない。篝火もない。夏の草の臭いに噎せ返る様だ。
月が丁度、雲の合間から出てきた。
見ると、おう!あのべっぴんさんじゃないか!
「政海・・・」
べっぴんさんは黒い忍び装束を着ていた。懐には細い鎖帷子が見えた。
俺の主人にすがって泣き出した。
「政海・・・幸村様は見事な最期を遂げられたよ。俺は首を隠してここに来た・・・」
えっ!すると荼毘に付されるのはないかもな・・・このまま埋められてしまうのか!
「お館様は最期の時に・・・俺にお館さまと政海の分も生きろって・・・!」
佐助って言ったっけ。このべっぴんさん。
「お前と一緒に死ぬと決めたよね・・・お前、あの世に一緒に行ったら連理の枝、比翼の鳥になれるって言ったよね」
ふうむ。玄宗皇帝と楊貴妃みたいにか?学あるね、俺は!
「今はお館さまのご遺言に従うよ。・・・でも、死んだらあの世でお前を探す!だから・・・待ってて!」
何と、べっぴんさんは骨が見えるほど切り刻まれたご主人の口にその唇を合わせ、俺を拾い上げて布に包(くる)んだ。以前、何番目かの主人は武人の僧だった。興福寺の西金堂の衛兵だ。そこで見た仏像の中に少年の姿の像があった。阿修羅像と言われていた。佐助の顔はそのお顔によく似ていた。
血を拭わない唇のなんと妖艶なことよ。
そして俺を懐に抱いて闇夜に消えていった。
俺は宇多、銘はない 泊瀬光延(はつせ こうえん) @hatsusekouen
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。俺は宇多、銘はないの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます