晒して、暴いて、大胆に、そして受け止めて⑤(完)



『――――全ては、ユリウスの為に』



 ループを繰り返し、カミラの探求は続く。

 入学する十五年を、自分磨きや前世知識の再現に費やし。

 残る一年でひたすらにユリウスを堪能する。



 食の好みを知り。

 衣服の好みを知り。

 学力の高さを知り。


 人間関係を知り。

 過去の出来事を調べ上げ。

 性的嗜好や、本人すら気づかない癖。

 ありとあらゆるモノを把握して。



『足りないわ。――――そうね、私も王国の闇に入り込もうかしら』



 そうして、カミラの新たなる試行錯誤が始まる。

 最初は直に頼み込んでみたが、駄目だった。

 次は、ゼロスから――――でも駄目だった。

 ならばと、王宮の役人や大臣から攻め。

 そして、他者の秘密を握り脅すこと、効率的な暗殺など、非道、外道な手段を覚えた。



『なるほど、実績が足りないのね。なら、組織を作りましょう。私の手足となる手駒を』



 最初は、領地に出没していた子供のスリを。

 次に、非行に走る青少年を。

 失敗と成功を繰り返しながら、何度も“繰り返して”大きな組織を作り上げた。



『嗚呼、そういう“ルール”なのね。攻略対象には直接、間接的に接触出来ない。でも――――その周囲は違う』



 どれだけ強大で強固な組織を作り上げようとも、カミラが十六歳で死ぬのには変わりなかったが。

 入学式の時点で、大きなシナリオ変更が起こることを確認した。



『しかし、厄介なモノね。社会の闇に手を出せば出すほど、セーラ達の活躍の踏み台になる。――――もっとも、状況の操作によっては、ユリウスを学院から引き剥がして一年丸々独占出来るのは利点よね』



 時にはユリウスの同僚として。

 あるときは、敵対組織の首領として。

 カミラは、様々なユリウスの側面を楽しんだ。



 終わりのない一歩的な逢瀬。

 だがある時、カミラは一つの発見をしてしまった。

 王都の路地裏。

 そう、ゲームではセーラの実家のパン屋があった所であり、現実ではただの焼け跡の空き地であった所。



『どうやっても、セーラという人物は見つけられないわね。…………祖父である男爵の屋敷にもいなかったし』



 ゲームの主人公にして、聖女が持つ“魅力”の力にて、カミラを籠絡した人物。

 その足跡、過去といったモノは今までのループの中で、ただ一回も発見できなかった。



『どのループでも、彼女の存在の足跡は入学式からよ』



 実に不可解な事だった。



『まるで、その日を境に突如として現れたみたいに。それだけじゃないわ』



 カミラは組織に調べさせた結果を覗き、前回の終了時までの結果と、脳内で照らし合わせる。



『まったく…………記憶だけじゃなくて、何か持ち物の一つや二つ、持ち越せればいいのに。記憶力が気持ち悪いくらいに上がっているのがせめてもの慰めね』



 ループを何回か経験した時点で気づいた事だが、カミラの記憶力は天才と呼ぶべきそれになっていた。

 その気になれば一瞬見ただけのモノでも、鮮明に思い出せる。

 知識だけでは無い、体の動かし方といったものでも同じだった。



 ともあれ。

 セーラへの魅了対策を忘れていなかったカミラは、無駄だと知りつつ。

 入学式前日、焼け跡の空き地に来ていたのだった。



『ふん、無駄足だったわね。次回のループからは、事前の調査は無しにしましょう』



 見切りを付けその場から去ろうとした瞬間、異変は現れる。

 突如として、天から光りが降り注ぎ、人の形になったのだ。



『――――あれは何!? 人が、セーラが、光の中から出現した!?』



 カミラは物陰に慌てて隠れながら観察する。

 どういう事なのだろうか。

 いくら魔法のある世界とはいえ、ゲームでも、今までのループでもこんな事は無かった。



『(良くわからないけれど、セーラは今、この瞬間、世界に現れて認識された? そしてそれに伴い、周囲に情報改変が――――?)』



 観察と推察を繰り返すカミラを余所に、ふらふらと立ち尽くすセーラの前に、貴族の乗る馬車が現れた。



『(あれは例の男爵家の家紋っ! シナリオの強制力? それだけじゃ――――、ちっ、情報が足りなさすぎる!)』



 ループの手掛かりといってもいい現象に、カミラは目を輝かせた。



『嗚呼、嗚呼、嗚呼…………でも、これではっきりしたわ。セーラは、人間じゃない。魅了の力だってきっと人間ではないからよっ! 嗚呼! 嗚呼! 嗚呼! なら――――私が奪っても、いいわよね』



 そして、暗黒に染まりきっていたカミラは、セーラを物理的に排除する事を決めた。



『ふふっ、うふふふふっ! どうやって乗っ取ってやろうかしら! 楽しくなってきたわ!』



 狂ったように笑う過去のカミラに、全員がどん引きする。



「…………一つ確認するけど、アタシの誕生は毎回こうなの?」



「ええ、直に見てはいないけれど、今回もそうだった筈よ」



「…………結局、今のアンタは、アタシに何をしたワケ?」



「自我を持った操り人形の糸を切って、人の肉を与えようとしてるだけよ。感謝するにしろ、恨むにしろ、全てが終わってからにしてね」



 セーラとカミラの会話が、穏当に終わった事に、全員が胸をなで下ろした。

 ――――と、思いきやカミラが爆弾を残す。



「先に謝っておくけど、この後の周回から何回か、貴方の出番ないからね」



「アタシに何したのよ馬鹿女ああああああああああ!?」



 セーラに何とも言えない複雑な視線が集まる中、映像は続く。

 そして、その答えは直ぐに映し出された。

 次の周回から、カミラが戦力を整えてセーラの出現に備える様になったからだ。



『見えたわねお前達っ! さあ! あの化け物を殺すのよ!』



『頭領! 貴族サマの馬車が近づいてきますぜ!』



『まとめて殺せっ! 目撃者も全てだっ!』



 遠距離からの魔法攻撃に加え、事前に設置した爆薬での爆殺。

 見事にセーラを殺したカミラは、セーラの様に振る舞いながら、学院生活を楽しんでいた。



「下手に近づけば魅了にかかり、目的が達成されない。――――そうか、こういう試行錯誤の繰り返しで、魔王ドゥーガルドは殺されたのか。…………そなた、ちょっとガチ過ぎないか?」



「この頃の私は、魔法も使えない、記憶力が良くて鍛えただけの小娘だもの。仕方ないわよガルド」



 何処が小娘だ、と全員が叫びだしたかったが、ぐっと我慢して続きを見る。

 絶対にカミラと敵対してはいけない、と魂に刻みながら。



 映像の中のカミラは、主に二つの方法で学院生活を送っていた。

 一つは、セーラと同じ行動を取って、攻略対象者達と仲を深める事。

 もう一つは、セーラの名前を名乗り、セーラと偽って学院に入学する事。



『とても興味深いわ。私がセーラの名前で入学するだけで、関われる事柄が増える。それだけじゃないわ! ――――世界が、不確定になる!』



 十六歳の誕生日で死ぬ事こそ変わらなかったが、そこにたどり着くまでに大きな変化があった。



 ある時は、魔族との全面戦争が始まったり。

 またある時は、政変によるクーデタ勃発で、ゼロス達王族を筆頭に、高位貴族が処刑されたり。

 はたまた、地方領主の紛争がきっかけで、大規模な内乱状態に陥ったり。



『嗚呼、嗚呼、とても興味深いわっ! セーラを殺すだけで、世界はこんなにも変化するっ! なら、なら、今度こそは――――』



 もはやカミラは、ユリウスの事など上から三番目程の重要度に置き。

 ループ脱出の為の、試行錯誤を始めていた。



『――――そう、ゼロス殿下を最初に籠絡すると、貴族達の不和が広がり内乱になるのね。…………セーラ生存時に起きなかった所を見ると、魅了の力が関係しているのかしら?』



『あー…………、あー…………、そう、そうねぇ……、ユリウスに肩入れしすぎると、クーデターが起きるの。まぁどのみち私は死ぬし、他の案を試しましょう』



『へぇ、全員とその婚約者と親友関係になると、魔族との全面戦争になるのね! そして切り札は――――』



 いつもの東屋で、皆の中心で笑うカミラの視線の先には、ユリシーヌ――――ユリウスがいた。



『(セーラが死亡状態だと、何故かユリウスが勇者として覚醒するのよね。――――嗚呼、嗚呼、これって運命じゃない! きっと魔王を倒した時こそ、私が生き延びて、ユリウスと結ばれる事が出来るのよっ!)』



『あらカミラ様。私の事をじっと見つめて、照れてしまうわ』



『ふふっ、ごめんなさい。きっと貴女の事が好きだから、見てしまうのね』



 笑いあう二人に嫉妬して、我こそがカミラの友であると、言い合い始める周囲。

 その光景に現実の皆は、何か気持ち悪いモノを見る目と吐き出しそうな青い顔をしていた。



「なぁ魔女、我らの魔女…………お前、その、なんだ? …………凄いのだな」



 語彙力が消失したゼロスの発言に、誰もつっこまなかった。

 何と声をかければ、判らなかったからである。



 とにもかくにも、記憶映像は続く。

 完全にシナリオ分岐を読み切ったカミラは、新たに大軍指揮能力と経験を積みながら。

 一歩づつ、魔族との全面戦争を有利に運んでいく。



 数え切れない程の人間が死んだ。

 時に必要な犠牲として。

 時に、次周へと繋ぐ実験の産物として。



『我らが英雄カミラ様! どうか人類に勝利を――――!』



『何が英雄だ! この人殺しの詐欺師めっ! お前なんか死んでしまえばいいんだ!』



『ああ、戦乙女カミラ様…………死ぬ前に会えて光栄でした。俺、貴女の事が――――』



 カミラに希望を見た者。

 カミラによって絶望を与えられた者。

 カミラを愛した名も知らぬ青年も。

 その全てを幾度となく、“無かった”ことにしながら、カミラは魔王の座にまでたどり着いた。



『よくぞここまで来た、愚かなる人類よ』



『全てを終わらすわ! 準備はいいユリウス! 皆っ!』



『『『おう!』』』



 人類生存圏より北の魔王城、最終的に残ったメンバーは、やはりというか、攻略対象者達全員だった。

 気休めで聖女装備一式を纏ったカミラは、男に戻ったユリシーヌ、ユリウスの隣にて魔王と対峙する。



 結果だけ言おう。

 これより後、魔王を倒すまで、カミラは数十回のループを必要とした。



『――――やった! 勝ったわ!』



『ああ、やり遂げたんだ俺達は…………ありがとうカミラ。お前がいなかったら、世界は平和にならなかった』



『いいえ、いいえユリウス。お礼を言わなければならないのは此方の方…………。ねぇ帰ったら伝えたい事があるの、聞いてくれる?』



『勿論だカミラ。――――ッ!? おい! カミラッ!? しっかりしろッ!?』



『あ、え、――――なんで、私、倒れ――――』



 ユリウスとカミラ以外、誰も生き残れなかった激戦。

 魔王の亡骸の横で勝利を喜ぶ最中、カミラは突如として倒れた。



『(くっ! どこか気づかない所で致命傷を――――)』



『カミラッ! 目を開けてくれッ! カミラあああああああああああああああああッ!』



 そして、また時は巻き戻る。

 きっと、防御力が足りなかったからだと、また幾度も失敗しながら魔王を打ち倒し――――カミラは死んだ。



 次は、魔法的な防御を。

 次は、魔王の倒し方を。

 次は、倒す日付を。

 様々な要因を試し、そして、最後に一つだけ事実だけが残った。



『あはは、あははははは、はははははははっ! 生き残れないっ! 生き残れないっ! あんなに犠牲にしてっ! 皆の想いも踏みにじってっ! 誰も彼も殺してっ! それでも、私は生き残れない――――』



『嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼! 何故なのよっ! 何故私だけがこんな目にあうのよっ! 私が何をしたって言うのっ!』



 再び、カミラは深い絶望へと陥った。





「ええ、この頃はまだ未熟だったわね。本当に大切なモノが何かも解らず、ただ悲劇だけを嘆いて」



「いやいやいやいやぁっ!? カミラ嬢!? これは嘆いて当然だぞ!? よくここから持ち直したなっ!」



「…………魔王を倒して、でも駄目で。それでどうやってこ“繰り返し”から脱出したのカミラちゃん?」



 平然としたカミラの言葉に、ゼロスが思わず叫んだ。

 一方で、母であるセシリーはおっとり首を傾げる。



 ここから立ち直ったのは今の状態から見て解る、きっとこの先にもまだ何かあるのだろう。

 親として、力になれなかった事は忸怩たる思いだ。 しかし、王子の言の通り、どうやってココから今に繋がるのだろう。



「私が魔王である事は話したかしらママ様? これから先、私は一つの間違いを犯した――――その贖罪の過程の、偶然と必然の産物なのよ」



「“間違い”?」



「ええ、ユリウス。貴男に対する…………私の“罪”」



 カミラは母に答えた後、ユリウスを一瞥し、視線を映像へと戻した。

 そこでは、壊れゆく自身の姿があった。



『嗚呼、嗚呼、嗚呼…………私はこれから何をすればいい、何を目的として生きればいいの? 未来永劫繰り返す、この煉獄の中で――――』



 瞳から光を喪い、幼い頃より出奔して、宛もなく各地を放浪するカミラ。

 幼い姿から成長を続け、薄汚い浮浪者となり、ただ死ぬその時まで彷徨うカミラ。



『ふふっ、こんな時でも貴男は現れるのね』



『何を言ってる? おい、しっかりしろっ! 今食べるモノを持って――――』



 何処とも知らぬ荒野で、餓死するカミラの前に姿を見せたのは、やはりユリウスだった。



『(嗚呼、この腕の中だけは、いつも変わらない。暖かい、私だけの――――)』



 死に戻る中、カミラの胸にストンと温もりが落ち行く。



『(そう、そうね。何もする事が無いのなら。この生に意味が無いのなら。せめてユリウスだけでも)』



「この決意がなければ、私は今でも繰り返していたでしょう。――――でも、決定的な過ちも犯さなかった」



 ユリウスは言葉の意味を視線で問いかけるが、カミラは沈黙し、答えなかった。

 映像では、どこか虚ろな目をしたカミラが、生の勢いを取り戻して活動を始めていた。



『ばぶー』

『(先ずは、目的を決めましょう。私は十六で死ぬ、でもその先でユリウスが幸せを掴めるように、その土壌を作ってみましょうか)』



 自分の生存に拘らなくなったカミラは、今までの焦燥感から脱し、余裕を以て事にあたっていた。



『私一人で出来ることは限られているわ。シナリオの強制力や制限もある。四歳まで成長したし、そろそろ組織作りをしましょう。――そうね、今度は陽の当たる組織がいいわ』



 これまでの周回と同じように、けれど禍根を残さないように。

 カミラは手足となる人員を確保し、商会を作り上げた。


 だが同時に、今までと同じように暗闇の組織も立ち上げた。

 世界は、優しくない事を痛感していたからだ。

 ――――そしてまた、入学式の日を迎える。



『初めましてユリシーヌ、何れ貴女を救う者――――カミラ・セレンディアですわ』



『私を救う、ですか? うふふっ、おかしな人ですね』



 カミラはユリウスの側に居る様になった。

 セーラは殺さず、組織の力と金で出来る限り遠ざけて、二人きりの時間を作り上げた。



『(ユリウスが暗部を止めても生きてけるように、商会での立場の用意をしておきましょう。もう一つの方は、暗部として生きる選択をした時のバックアップをしてもらう為に)』



 王国の表と裏から、カミラは浸食を始める。

 否、入学の時点では、あともう一歩で牛耳れる所まで来ていた。

 ――――でも、駄目だった。



『カミラ・セレンディア! 王国の支配をもくろむ反逆者! アンタの企みは全て阻止したわ!』



『ちぃっ! ここで来る訳ねセーラ』



『馴れ馴れしくアタシの名前を呼ぶなっ!』



『はいはい、大人しく捕まるわよ。――――この手は駄目ねセーラの踏み台にされる。次の手を考えなければ』



『アンタに次は無いわ。――――ええ、せめて父親の手によってあの世に逝きなさい』



 そうしてカミラは、国王から命じられた父クラウスの手によって、その命を散らした。

 次の周は、セーラに企みが発覚しない様に、これまで以上に金をばらまいて。

 でも、不正を母セシリーに見つかり、口論の末、喧嘩になり命を散らした。



『お金だけでは駄目ね、セーラが敵対しても、容易に手が出せない地位と権力を手に入れなければっ! 嗚呼、まっててユリウス! 貴男をセーラと王国の暗闇から解放してあげるからっ! ふふっ、ははははははっ!』



 次にカミラは、権力を求める様になった。

 これまでのノウハウで人と金と繋がりを準備し、領地にも手を加え。

 少しづつ、少しづつ、失敗と死を何度も繰り返しながら成長した。

 そして遂には――――。



『――――初めましてカミラ・セレンディア様。貴女の護衛を命じられたユリシーヌと申します』



『ふふっ、陛下にお頼みした甲斐があったわ。これからよろしくね』



 この頃のカミラは、今とほぼ変わらない風貌をしていた。

 それ故に、カミラの一挙手一投足に心動かされ、ユリウスはその心を開き。

 終いには、自身の過去や男である事実すら打ち明ける様になった。



 だが、それでも駄目だった。

 何度やっても時間が足りず、ユリウスの意志までは変えられない。



『ねぇ、考えてくれた? あの話』



『貴女の想いは嬉しいですカミラ様。でも私は、王に仕えると誓って――――なんだお前達ッ! ゼロス殿下までッ! ここは淑女の寝室です、殿方が――――』



『逃げてユリシーヌっ! 彼らは正気じゃないっ!』



 十六歳の夜、最後にせめて二人で、と自室で語らうカミラの前に現れたのは、セーラに籠絡され洗脳されたゼロス達と王国騎士だった。

 顔見知りの襲撃により、ユリウスはいとも簡単に囚われ、カミラは組み伏せられる。



『アンタがカミラね。まったくこうもシナリオを変えられたら、アタシのハーレム計画が台無しじゃない。――――やっちゃってよゼロス』



『ああ、愛しい君が望むなら。…………お前に恨みが無いが死んでもらう。安心するといい、君の栄華を妬んだ賊によって、死ぬ事になっている』



『よせッ! 止めろゼロスッ! ゼロスッ! カミラ様ああああああああああああッ!?』



 ゼロスによってカミラの心臓は貫かれ、そして時は巻き戻る。



『(なるほど、セーラを遠ざけて放置したらこうなるのね…………。まったく、やっかいな女だわ)』



 もはや自分の死に何も思わなくなっていたカミラは、冷静に次の策を練り始めた。



『(赤子から入学式まで時間はある。これまでの路線は間違っていないから、次は――――“力”。誰をも寄せ付けぬ圧倒的な力を。魔王とセーラ、二人がいなくなれば道は見える筈)』



 時間は永遠にある。

 カミラは自身を鍛え始めた。――――決定的な破滅から目を反らして。



『容姿のレベルを落とさずに、体を鍛えなくてはね。筋肉はどの程度必要かしら?』



 魔力を使わず戦う方法を、魔王にすら対抗出来る物理的な技術を。

 カミラは求めた。



『上手くいかないモノね…………。魔法の所為で、肉体のみ戦う技術を持つ者は、ほぼ全滅だわ。十回繰り返しても、前世の様な剣道師範でさえ見つけられないとは』



 それなりの体術、剣術、そういった類は身につけた。

 けれど、それだけでは足りない。



『こうなったら、各技術一つにつき最低十周は武者修行をしましょう』



 カミラは常人では気が狂いそうな程時間をかけて、全てを一流にまで持って行った。

 それだけでは無い、前世知識を元に火薬をどうにかこうにか作りだし、銃や爆弾、はては簡単なロケット砲まで作り上げた。



『ざっと二百年かけたけど…………何故、電子技術まで行くと、途端に失敗するのかしら? もう百年やって、駄目だったら諦めましょう』



 一つ一つ、賽の河原で石を積み上げる様に。

 カミラは多大なる失敗を繰り返しながら、前に進む。

 そして、――――その時は来た。



『全軍――――進めっ! 敵は魔王ドゥーガルド!』



 電子機器以外は現代の兵隊と同じ水準になった軍と、将軍にまで上り詰めたカミラは、魔族と戦争を始めた。

 途中、セーラの裏切りで全てを喪う時があった。

 途中、魔王の一撃で、全滅した時があった。

 でもカミラは諦めなかった。



『殺せ、殺せ、殺せ、殺せ――――命令はただ一つ。全てを蹂躙して殺し尽くせっ!』



 邪魔する者は全て殺した。

 セーラも、ゼロスも、ヴァネッサも、国王も、クラウスとセシリーも。

 ユリウス以外を全て諦めて、カミラは邁進した。

 そして、魔族と魔王を殺し尽くし、王国も焦土に変えて。

 ――――気づいてしまった。



『うふふっ、ふふっ、あはははっ、はははははは――――嗚呼、嗚呼、嗚呼。とてもおかしいわ』



『…………なん、だ? カミ、ラ?』



 魔王を倒し、王国を乗っ取り、血に塗れた王城、王座の前でカミラは狂った様に笑った。

 その下で、血塗れで倒れるユリウスの姿があった。



『気づいていたのよ、ええ、目を反らしていたのよ』



 力なく呟くカミラに、油断なく王国の民が槍を構える。



『ふふっ、そう警戒せずとも。私はすぐに死ぬわ』



 カミラの体には、何本もの槍が刺さって突き抜けていた。

 因果応報。

 王国を焼いた際に犠牲となった人の家族、魔族との戦いで死んだ兵の家族。

 そういった者達が起こしたクーデターによって、カミラは死に瀕していた。



『これで、何回目かしらね…………、もう覚えていないわ』



 慣れきった死の予兆に動じず、カミラは呟く。

 一人の犠牲も出さずに、魔族も魔王も殲滅出来た事もあった。

 一人の犠牲も出さずに、権力を掌握した時もあった。

 その両方を、達成できた上に、セーラを封殺できた時もあった。



『全て、全ては無に還る。私の成した事は無駄になる』



 気づいていたのだ。

 最初は、魔族との戦いの中だった。

 次は、王族との戦争の中。

 当然、魔王との戦いの最中でも。



『狡いわユリウス、――――死んでしまうなんて』



『本当に、狡い――――』



 いくらカミラが頑張った所で、シナリオの強制力の前に無に帰す。

 それだけではない。

 これが現実と言わんばかりに、ユリウスにさえ、死の運命が与えられる時もあった。



『何一つ、貴男の事が手に入らないのに。嗚呼、嗚呼、嗚呼…………』



 カミラの血が抜け、膝を着く。

 ユリウスはもう、死んでいた。

 ザク、ザク、と槍が突き立てられ、カミラは死んでいく。

 恨み辛みを叩きつけられて、カミラは無惨に死んでいく。



『嗚呼、私には大切なヒト一人すら救えない』



『カミラ・セレンディアは、ユリウスを救えない』



『ふふっ、ふふふふふっ、あはははははははっ!』



『救えないっ! 意味がないっ! 何もかもっ! 嗚呼――――――――――!』



 繰り返す度に、ユリウスの死が増えていた。

 逃れられぬ破滅と共に、ユリウスが死んでいった。

 ユリウスの未来を得る戦いが、ユリウスを死に追いやった。





『もういい…………、もういいわ…………』





 そうして、カミラはユリウスの未来すら諦めた。





 誰もが、何も言えなかった。

 何といって慰めたらいいのだろうか。

 力になる? いいや、これは既に通過した過去だ。

 そもそも、どうやってここから抜け出せたのか。



 疑問は尽きず、しかして言葉は出ない。

 軽々しく出してはいけない。

 躊躇いがちに、それぞれがカミラに視線を送る中で、過去のカミラは新たな局面を迎えていた。



『ええ、全ては無駄だった。私には何も変えられない』



『なら、愉しみましょう? 十六で死ぬまで、世界は私の庭。――――好きなようにさせてもらうわ』



 濁りきった瞳のカミラは、好き放題に行動を開始した。

 まるで、今までの鬱憤を晴らすように、贅沢と悪逆に勤しんだ。



『はんっ! 奪いなさい! 全ては泡沫の夢! 蒙昧なる愚民共も、高慢なる貴族共も、全てから財を奪いなさいっ!』



 いつもの様に、人を集めて組織し。

 カミラは蹂躙を始めた。

 最初は、両親を監禁して家の実権を握り、領民からその命さえも奪う。



 領内で奪うモノが無くなったら、次は隣の領地へ。

 思う存分略奪を繰り返し、果ては国王の命まで。

 見目麗しい者を奴隷として侍らせ、金銀財宝の山に囲まれ。

 この世の贅を集めた料理を味わう。



『どう? 魔王ドゥーガルド。私の軍門に下りなさい、そしてこの世を意のままにするのよ!』



『貴様ぁっ! それでも人間かっ!』



『ええ、愚劣な人間ですわ。ふふっ、あはははははっ!』



 もはや手慣れたもので、魔族を悉く奴隷に落とし、魔王すら捕らえる。

 そして、カミラは奴隷に後ろから刺されて死んだ。



 数周、略奪と暴虐の限りを愉しんだ所で。

 カミラは飽きて次の“遊び”に手を出す。



『料理は美味しかったけれど、案外つまらないものね。一時の慰めにしかならない』



 インターバルとばかりに、その時のカミラは何も行動を起こさずに育っていた。

 ――――もっとも、美容の努力や体術の鍛錬などは行っていたが。

 ともあれ、学院の寄宿舎に住むようになったカミラは、自室の窓から攻略対象と戯れるセーラを見下ろす。



『そうね…………次は心。心が欲しいわ! ふふっ、どんな事をしましょうか』



 あえてセーラに近づいて、今度こそ両思いになってみるのもいい。

 攻略対象者――――は、ユリウス以外に興味は無い。



『彼らは友人に思えても、恋人としてはね…………、心が震えないわ』



 これまでの周回で出会い、カミラに恋心を抱いた人々に逢うのもいいだろう。



『迷ってしまうわ。嗚呼、嗚呼。でもやはり』



 彷徨う視線の先に、セーラ達を少し離れた場所から見守る人物。

 ユリシーヌの姿があった。



『ええ、恋をするなら――――貴男がいい』



 貴男でなければ。

 そう熱い吐息を漏らすカミラは、最後の過ちにそれと気づかず踏み出していた。



『待っていてユリウス。貴男を、愉しんで・あ・げ・る』



 その周は、計画立案とストーカー行為に勤しみ。

 カミラはユリウスの腕の中で死んだ。



『初めまして――――ユリウス・エインズワース。いえ、カイス殿下のご子息』



『なッ――――!?』



 入学式の後、カミラはユリシーヌに近づき耳打ちする。



『国王になってみたいと、思いませんか?』



 つまりはそういう事だった。

 ユリウスの意志とは関係なく、クーデターの旗印として担ぎ上げる。



 人が沢山死ぬだろう。

 養父母と殿下達との関係も壊れるだろう。

 その中で、一心に籠絡せんとするカミラに、死が訪れるその時まで寄り添う女に。



『ねぇ、聞かせて頂けないかしら? 貴男の心を』



 それは正しく魔女。

 人々を惑わし、世界に混沌をもたらす悪。

 ――――ユリウスの受難の始まりだった。



 事は全て、計画通りに進んだ。

 カミラのマッチポンプで、否応が無しに世に出たユリウスは。

 数々の魔族を打ち破り、不正を働く貴族の悪事を暴き。

 着々と名を高めていく。



『今の気分はどう? 父である勇者カイスの後継者として名高いユリウス様?』



『忌まわしき魔女め。地獄に落ちろッ! お前の企みでどれだけの命が犠牲になったと思っている! 昨日殺した貴族だってそうだッ! あれはお前が脅して唆した結果、悪事を働くしかなかった弱者でしかなかった!』



 激高して胸ぐらを掴むユリウスに、カミラは微笑む。



『私が諸悪の根元だと? ええ、そうでしょうとも。尤も証拠など出てこないでしょうけどね。それで――――殺しますか?』



『…………殺す、ものかよッ。俺たちにはお前の力が必要だ。今お前を殺したら、死んでいった殿下達に申し訳が立たない、畜生ッ!』



 乱暴に突き放したユリウスを、カミラはドロドロとした瞳で問いかけた。



『殺してくださらないのね、残念だわ。大好きな貴男になら、と思ったのだけれど』



『ほざけ魔女。全てが終わったら、今度はお前が報いを受ける番だ』



『あらあら、憎まれたものね。好きとは仰ってくれないの? そんなに熱い視線を送っているのに』



『…………お前のツラと体は魅力的だと認めよう、だが、未来永劫、たとえ生まれ変わっても俺はお前など好きにならないし、愛する事もないッ! 話が済んだのなら個々から出て行けッ! 顔も見たくないッ!』



 その会話から暫くの後、ユリウスは王座を掴む。

 同時にそれは、カミラに死が訪れる日であり。

 その周の死因は、殺した筈のヴァネッサだった。



『なるほど、生きて…………いたのね』



『死になさい! この人でなし! 死んで、ゼロスに謝るのです! 死になさい! 死になさい!』



 男装し、カミラ達の兵に紛れ込んだヴァネッサは、その本懐を見事に遂げたのだった。



『糞ッ! 誰か医師を呼んでこいッ! おい、ここからだろうッ! 俺以外の相手で死ぬんじゃないッ! お前は俺が――――』



『…………また…………ね』



 ヴァネッサは即座に囚われ、その場で殺された。

 カミラもまた致命傷、今回もユリウスの暖かな腕に中で息絶え。

 ――――そしてまた、世界は巻き戻る。



『嗚呼、実に心地の良い愛憎だったわ…………、でも満たされない』



 不満だった。

 純粋に好意を向けられない事は、最初から解っていたが、実際に体験すると心が痛む。

 それに。



『ユリウスも身持ちが堅いわ。あんなに誘ったのに、側で見るだけなんて』



 ならば、とカミラは思案した。

 今度は手を出させる方法を取ろうと。

 それだけでは勿体ない、失敗したなら、その肉体を堪能出来る様にしよう、と。



 美しく成長を重ねる最中、カミラは優等生を演じきった。

 たとえどのような犯罪が起きようとも、誰にも疑われる事のない“よい子”に。

 やがて、入学時には国一番の淑女として名を馳せたカミラは、偶然を装いユリウスと友誼を結び始める。



『本当に奇遇だわカミラ様。こんなにも気が合うなんて!』



『ふふっ、私達。良いお友達になれそうね』



 最初は持ち物のブランド、色等を同じにして。

 学力の高さ、趣味嗜好を合わせ、食事の好みまで。

 全て同じでは無く、例えばカレーの辛さの好みなど、少しずつ違う所がポイント。



 事務の手違いを工作して、寄宿舎の同室となり。

 一ヶ月も経たないうちに、誰もがユリシーヌと常に行動する事に、疑問の一つも抱かないようになって。

 そして止めは――――。



『――――そん、なっ!? 真逆、ユリシーヌ様が、お、男のヒトだったなんて』



『これは誤解ッ! 誤解なんですカミラ様ッ!? 頼むから逃げないで理由を聞いてくれ…………』



 青ざめて、涙を浮かべるカミラに、ユリシーヌは必死に弁明した。

 全てが掌の上とも知らず、その秘密を明かしていく。

 結果、カミラはユリウスの共犯者の立場を手に入れた。



『あのセーラ様が聖女様で、ユリシーヌ様――――いいえ、ユリウス様が、国王様から密かに使わされた護衛だったなんて…………』



『騙すつもりは無かったんだ。この部屋も手違いがなければ、俺一人で使うつもりで――――いや、言い訳だな。俺は貴女を騙して、その心地よさに甘えて、一緒に暮らしていたんだ』



 膝を着きうなだれて、罰を待ち望むユリシーヌに。

 カミラは視線を合わせて、その手を優しく握る。



『ユリウス様の事情は解りました。――――その、ユリウス様さえよろしければ、この生活を続けませんか?』



『カミラ様? 何を…………』



 戸惑うユリウスに、カミラは柔らかに笑った。

 同時に、恥ずかしそうにそわそわしてみせる。



『はしたない女と、お思いにならないで下さいましね。…………私、ユリウス様に協力したいと思うのです。聖女様を影から支えるお仕事、物語の様でワクワクしてしまいますわ。――――それに。今ここで貴男と離れてしまえば、二度と私の目の前に表れないおつもりでしょう?』



 ユリウスは瞳を揺らして逡巡した。



『そのお気持ちは嬉しいですカミラ様。ですが私はその為に特殊な訓練も受けていますし、何よりこれは遊びではないのです』



『決して、ユリウス様のお邪魔になりませんわ。それに、万が一疑われても、私がいるならどうにでもなるでしょう、違いますか?』



 諭すようなカミラの言葉に、ユリウスは考え込んだ。

 人生初めてとも言える友との楽しい生活、そして騙していた負い目。

 それでも、とユリウスは一人になろうとした。



『――――カミラ様、女の格好でも私は男です。いつ貴女の魅力に負けて襲いかかるかも判らない。だから』



『だから? ふふっ、私は信じていますわ。ユリウス様は学園一の淑女で紳士であると』



『…………敵わないな。そして嬉しくて、少し恥ずかしい。貴女にそんな事を言わせてしまうなんて』



『では、これからも宜しくね。美しい守護者様』



 それから先は、トントン拍子に事が進んだ。

 セーラにすら、ただの親友関係であると思わせて、味方に付け。

 破天荒な彼女の行動を、ユリウスと共に見守る。

 ――――だが、夏になって破綻は訪れた。



『何ですってッ!? 殿下を庇われてセーラ様が重傷を!?』



 ゲームで言うところの中盤の始まり、魔族に取り付かれた子爵夫人の不正を暴くイベントで、本来ならばあり得ない筈の深手。



 本来ならば、ユリシーヌも密かに同行して、皆に気付かれないよう影から夫人を処刑する筋書きだったのだが。

 少しずつ、毒を混ぜる様にユリウスの周囲から人々を遠ざけたカミラによって、同行どころか、その事件すら知り得ていなかったのだ。



『――――んぐッ!! 直ぐに向かわないとッ!?』



『落ち着いてくださいましユリシーヌ様。向かうのは構いませんが、冷静に行動しましょう。さ、先ずはこの水でも飲んで落ち着いて』



 食事中であったため、素直にカミラの差し出したコップを手に取るユリウス。

 ――――だが、それは罠であった。

 育ちと任務上、体に毒を馴らしているユリウスではあったが、カミラの調合した特性遅効性睡眠薬の前では無意味。



『(こんな事もあろうかと、普段から持ち歩いていて良かったわ。残念だけれど――――ええ、潮時のようね)』



 この日、王宮で治療を受けるセーラの下へ行く途中、ユリウスは姿を消した。



 次に彼が目を覚ましたのは、窓一つない、牢獄というには豪華な密室。

 厳重な事に、手足と首が鎖に繋がれた状態だった。



『…………鎖? ――――はッ!? こは何処だッ!?』



『お目覚めね、ユリウス。なかなか目を覚まさないので、薬の調合を間違ったと思ったわ』



『薬? どういう事ですカミラ様ッ! 冗談にしては悪質過ぎますよ! 今は一刻も争う――――』



『――――残念ながら、貴男はこれから先、私が死ぬまで此処から出られないわ』



 何よりも信頼していたカミラの裏切り行為が飲み込めず、ユリウスはしばらくの間、冗談であれ、と言葉を尽くすが、返ってくるのは無惨な真実。



『本当に…………、君が、俺を閉じこめたっていうのか? そんな、何故…………。俺達、仲間だったじゃないかッ! 親友だったじゃないかッ! どうしてこんな事…………』



 ベッドの上で力なく項垂れるユリウスを、カミラは優しく抱きしめて耳元で囁く。



『私達は親友でした。貴男の事を応援しているのも、力になりたいのも本当です。――――でも、それ以上に、貴男が欲しい』



『…………別に今じゃなくても良いはずだッ。俺は君に惹かれていた。セーラの護衛期間が終わったら、いつかはと思っていた。君も、言わなくても解っていてくれていたと思っていたのに』



 逃れる様に、しかして薬の影響か、力なく抵抗するユリウスに。

 カミラはねっとりと全身で絡みつき、押し倒す。



『理解していたわ。でも、私には時間が無いから。最初からこうしようって考えてたのよ。――――もっと早く、言葉にして押し倒してくれていたら、ええ、幸せな別れが待っていたのでしょうに』



『君こそ言葉にするべきだったッ! 今からでも遅くはないッ! 殿下達が君を手配する前に俺を解放するんだ』



 顔を必死に背けるユリウスの頬を、カミラは舌でなぞる。



『…………ん、はぁ。残念だけれど、私の死ぬ直前まで、助けは来ないわ。誘拐を実行した者は既に自死しているし、私に繋がる証拠など残してはいない。それに、この時の為に私は“優等生”でいたのよ?』



 その言葉にユリウスは、強い恐怖と悍ましさを覚えた。

 自分はいったい、どんな人物と暮らしていたのだろうか。

 目の前の女性は、本当に、あのカミラなのか。



『…………ひ、ぁ――――! き、君は、誰なんだ?』



『嗚呼、ユリウス。私の、私だけのユリウス。恐怖に怯える姿も美しいわ、嗚呼、嗚呼、なんて素敵で――――心が痛い』



 嗚呼、嗚呼、ごめんなさい、ごめんなさい。

 好きになってしまって、愛してしまって、ごめんなさい。

 狂気を帯びた激情の言の葉が紡がれ、ユリウスの耳を犯す。



『好き、好き、好き、好き、愛してるのよ、貴男を誰にも見せたくない、私だけが貴男を、嗚呼、貴男も私だけ見て、見るのよ――――!』



 熱い吐息とは裏腹に、冷たく凍えそうな体温が、裸に向かれたユリウスを絡め取る。

 そして、淫獄とでも呼ぶべき日々が始まった。

 


 映像は暗転し、写るのは情事の後のみ。

 しかし誰が見ても、ユリウスは色に籠絡させつつあった。

 一方でカミラの表情はすさみ。

 当初、狂気の中でも見えた余裕が、日を追う毎に無くなっていった。



『(嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、何故、何故なのよ…………こんなにも体を重ねているのに、少しも貴男に近づけない)』



 怪しまれないように律儀に学院に通うカミラは、夏だと言うのに寒そうに体を振るわせた。

 彼の体の味を覚える度に、彼がカミラの体に溺れるほどに、心が遠くなる。



『(予想はしていた筈よ、覚悟は出来てた筈なのに…………嗚呼、嗚呼、人の心とは面白いものね)』



 それは精一杯の強がりであり、――――本心。

 カミラの心は既に、化け物と呼ぶべき“それ”になっていた。



『ねぇカミラ。そんなに辛そうな顔をしないで…………。アタシ達がきっと、ユリシーヌを見つけてみせるから』



『ありがとうセーラ様。ええ、暗い顔をしていても、何も解決しませんわね…………』



 気遣う様によりそうセーラに、カミラは強ばった笑顔を披露する。

 時は既に、誕生日間近。

 魔法により数日で回復したセーラだが、ユリウスの失踪が発覚して以降、手掛かりを求めて奔走していた。

 ――――そう、セーラさえも、カミラを疑っていなかったのだ。



 その日の夜、寄宿舎地下に作らせた監禁場所に、カミラは赴く。

 部屋に書き置きを残して。

 灯台もと暗しとはこの事、ユリウスは学院内にいた。



『おはようユリウス。今日も来たわ』



『おはようだって? 今は夜だろう、いくら外が見えなくても、時間をずらして来ようとも無駄だ。お前は怪しまれない様に学院に通ってるし、それ故に、皆が寝静まってから来ている』



 皮肉気に口元を歪めるユリウスの姿に、カミラは冷たく睨みつけた。



『忌々しい程に、貴男は頭が回るわ。それに、勘もいい。――――いい加減、心も私のモノにならない?』



『俺が好きだった、愛したカミラはもういない。いや、最初からいなかったんだ』



『そう、哀しいわね』



 カミラは静かに涙をこぼしながら、用意した薬を飲み込んだ。

 そして、ユリウスにも無理矢理口移しで飲ませる。



『また媚薬か? それとも麻薬漬けにでも?』



『いいえ、ただの精力剤よ“貴男のは”。――――これが最後、貴男に忘れられない“呪い”をあげる。もう私以外誰も愛せない“祝福を”』



『――――? 何を言ってッ』



 思わせぶりな言葉に疑問を感じたユリウスを、カミラは言葉にさせまいと押し倒し――――、最後の肉欲の宴が始まる。



 それから二日後。

 カミラの書き置きから、ようやく寄宿舎の地下室を発見したセーラ達が見たものは。

 昇りつめ、事切れる瞬間のカミラと、下敷きになっていたユリウスの姿。



 駆け寄った所でカミラの意識は無く。

 ユリウスの声にならない叫びと共に、世界は巻き戻った。



『(また一つ、貴男の心を手に入れた。…………嗚呼、でも、とてもとても寒い。寒いわユリウス…………)』



 次の周、精神的にやつれたカミラは、病弱な人間として育った。

 無論、肉体的には演技。

 しかし、その心は病んでいた。



『(今回は動きにくくなったわ。でも、これもまた新たなるアプローチへ繋がる)』



 カミラは家人に見つからないように夜毎外出し、体が鈍らないように鍛える。

 同時に、王国の暗部へと接触。

 結果、十歳になる頃には、ユリウスと同じくセーラの護衛を期待させる程に、その地位を確保していた。



 そして、入学式の日。

 前回と同じ寄宿舎の部屋で、カミラはユリウスと再度出会う。



『――――こほっ。失礼しました。これから宜しくお願いするわユリシーヌ様』



『ええ、期待しているわカミラ様。共にセーラ様もお守りしましょう。――――でも、無理は禁物ですよ。いくら貴女の腕が立つといっても、病弱な身。男である私が手に届かない場所のみ、お願いするわ』



『任されましたわ――――こほ、こほ』



 同じ立場、同じ目的を持つ仲間。

 それでいて庇護をそそる立ち位置のカミラに、ユリウスは前回同様、直ぐに心を許した。

 予め、自身の性別が伝えられていた事もあったのだろう。



 それから先、二人は静かで、けれどセーラの巻き起こす騒動によって、賑やかな時間を共有した。

 しんしんと降り積もる雪の如く、着実に、そして穏やかに、互いの感情は高まっていく。



 背中を合わせて、危機を乗り切った事もあった。

 一方が窮地に陥れば即座に駆けつけ、助け合った。

 だが、それだけでカミラが満足する筈がない。



『ユリウス…………お願い、これは夢、一夜の夢、それでいいから、ユリウス――――』



『ああ、これは夢だ。明日になれば消える、ただの夢だ』



 セーラの毒殺を防ぐ、という名目で自ら盛った媚薬を飲み、カミラはユリウスに縋りつく。

 ユリウスもまた、淡い恋心と友情と、カミラ培った儚さ故の演技に騙され、火照った体を抱きしめる。

 ――――そこからは、甘い蜜月が待っていた。



 初めて女の体を自分の意志で抱き、性の快楽を、愛することの充足感を知ったユリウス。

 初めて、ユリウスから真正面に好意を向けられたカミラ。

 思い出した様に表れる“一夜の夢”は頻度を増し、――――そして、拭えぬ違和感。



『どうしたのユリウス? 私は逃げないわよ』



『すまない、何故だか君が――――いや、何でもない』



『ふふっ、変なユリウス。さ、続きをしましょう。今宵も夢を頂戴』



 淡く微笑み愛おしい男を迎えるカミラ。

 目の前の幸せなど、何一つ疑っていない態度の裏で。



『(嗚呼、嗚呼、嗚呼、…………何故、何故、こんなにも幸せなのに、――――貴男が遠く感じるの)』



 それはきっと、ユリウスも同じだったのだろう。

 体を重ねる頻度が増す代わりに、情熱的に愛される度に、カミラを見下ろす彼の目は冷めゆく。

 同時に、カミラの心も次第に乾いていった。



 夏が来て、そして終わり。

 秋の始まり――――カミラの誕生日に至って、それは噴出する。



『――――どうしてッ!? どうして俺を“見ない”ッ!? 俺は“誰か”の身代わりじゃないッ!』



『――――ぁ』



 夕日が差し込む時間、寄宿舎の部屋でユリウスはカミラを抱きしめていた。

 カミラは何も言い返せない。

 それは、目を反らしていた事だったからだ。



『最初は気のせいだと思った。君が余りにも美しいから、周囲に嫉妬して、そうだと思ったよ』



『いいえ、いいえユリウス。私は、私は確かに貴男を――――』



『嘘だッ! 確かに君は俺を見ていた。でもそれは、俺であって俺じゃない…………なぁ、誰なんだよ。君が好きな“ユリウス”は』



『お願い、信じて。ユリウス…………貴男が、好きなのよ。愛しているのよ』



 カミラの言葉は、ユリウスにも、そしてカミラ自身にも空虚に響いた。

 何が駄目だったのか、何を間違えたのか。

 病弱だと偽った事か、過去を明かさなかった事か。

 肉欲を求めた事だろうか、それとも、それとも、それとも――――。



『愛してるの、愛しているのよぉ…………』



 涙を流し、虚ろに呟くカミラを置いて、ユリウスは立ち去ろうとする。

 そして。




『もう、お終いにしようカミラ。君はそれを直さない限り、誰も、本当の意味で君を好きにならない。――――誰も、君を愛さない』




『ユリウス…………』



 呆然と呟き、その背に向かって腕をさ迷わせるカミラを無視して、ユリウスは歩く。



『待って、待って、待ってお願い! お願いだからっ!ユリウス、ユリウス、ユリウス――――』



 立ち去るユリウスを追いかける為に、カミラが踏み出した瞬間、ドクンと強く心臓が跳ねた。

 続いてぐらりと視界が揺れ、バタンと倒れる。



『――――? 病弱を理由に気を引こうとしても駄目だ。気付いていたよ、君はともすれば俺よりも健康体だろう。今日は殿下の所で寝るから、また明日』



 倒れ伏したカミラを見て、しかしてユリウスは歩みを再会する。



『まっ…………て、ちが、…………ほん、と…………』



 それは、自業自得とも言える結末だった。

 密かに使用を続けた媚薬は、その幸せにより量を間違えて服用され、そうと気付かずにカミラの体を蝕み。

 自らの嘘によって、その信頼は喪った。



『ゆり……う………………』



 心臓が早鐘の様に打ち鳴り、数秒もしない内に、その心臓は破裂。

 ユリウスが立ち去る姿を眺めながら、カミラは死んだ。



 ――――そして、時は巻き戻る。

 愛を、憎しみに変えながら巻き戻る。



『届かないっ! 何度やっても! 貴男に届かないっ!』



 沈む、渇望の海に。



『嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、ああ、ああ、ああ、ああ、ああああ!』



 沈む、絶望の海に。



『何故私は繰り返す! 進めない!』



 沈む、憎悪の海に。



『抱いた希望は沈む! 私は救われない、誰も救えない。何一つ手には入らない!』



 欲しかったのはたった一つ。



『自分の命さえも!』



 叶わないから、せめて。

 そう願った。



 だが、心の救いさえ許されなかった。

 ならば。



『どうやっても貴男は私を愛さない、私を愛さないなら――――苦しんで、苦しんで、後悔の中で懺悔しながら死になさいユリウスうううううううううううううううううううううううううううううううううっ!』



 次の周のカミラは、それまでで一番美しく成長した。

 遺失したと思われていた聖女の衣装を発見し、王宮に寄付して名を高め。

 商会を立ち上げ王国の市場を席巻し、裏社会も配下の組織で牛耳り――――。



『ええ、そうよ。計画の最終段階に入りなさい』



 薄暗い部屋で、カミラが何者かに命令を下していた。



『令嬢ユリシーヌ以外の、エインズワース家の全てを排除しなさい。』



 不幸に、ユリウスには不幸になって貰わないといけない。

 では不幸とは?

 カミラは先ず、人を使い、間接的にユリウスの周囲で盗難事件や傷害事件を起こした。

 何れも、ユリウスが関わる形で、だ。



 それにより、彼の家族や屋敷の使用人は、少しずつ距離を置いて。

 ユリウスの孤独を加速させるように、今度は領民へとアプローチ。

 それだけではない。

 最終的な絶望を深める為、彼の救いとなる人物を一人配置し、心の強度が上がった所で、悲惨な結末を迎えさせる。



『孤独の中の一筋の救い。けれど、力が足りなくて救えなかった、間に合わなかった。――――その道筋の最後には私が。ふふっ、全てを明かした時が愉しみだわ』



 そうして、入学式の日に至る。

 その頃のカミラは、ヴァネッサを婚約者の座から押し退け、王子ゼロスの婚約者となり。



『初めまして殿下。ふふっ、おかしなものですわね、婚約者であるというのに、今日逢うのが初めてなんて』



『なんて可憐な――――ご、ゴホン。いや、こちらこそ会うのが遅れてすまない。これから宜しく頼む。俺と共に王国の未来を支えてくれ』



 人が恋に落ちる瞬間というのは、こういう事だろう。

 カミラを一目見た瞬間、ゼロスはその心を囚われた。

 


『御心のままに、ゼロス殿下』



『奥ゆかしいな。数年後には夫婦となるのだゼロスでよい』



 この“一目惚れ”には仕掛けがある。

 培ってきた薬物の知識により、無味無臭で調べても空気としか出てこない、ゼロスにだけ効く惚れ薬。



『(ふふっ、あははははっ! 大切な主人が薬の虜だったなんて、ええ、その時が来るのが楽しみだわ!)』



 こうしてカミラは、たった一回会っただけでゼロスの心を掴み、その座を不動のものとした。

 だが、ユリウスを取り巻く事態といえば、不自然なまでに今までと同じだった。

 正確な所をいうと、カミラが直接的に手出し出来る様になった分、悪化していたといえよう。



『まぁ! 大変! 早く着替えなくては風邪をひいてしまうわユリシーヌ様』



『い、いえ、カミラ様。大丈夫です。慣れっこですので…………それより、私に近づいてはいけません。御身が汚れてしまいます』



 それまでの策略により、ユリウスの自己評価は低く、おどおどとした態度になっていた。

 カミラからしてみれば、陰のある美人に見え、ときめき半分、憎悪半分、といった所だったが。



 ともあれ。

 入学早々にユリシーヌが虐められている現場に、勿論の事居合わせたカミラは。

 ユリシーヌが何と言おうと、ゼロスの権力を傘に、側に居る様に命じた。



『ねぇユリシーヌ、今度一緒に遊びに行きましょう?』



『いえカミラ様、私は――――』



『うむ、ユリシーヌよ。カミラが望むのだ、一緒に楽しんでこい。ああ、だけど二人とも、俺との時間も作ってくれよ』



『勿論ですともゼロス』



『御意に、殿下』



 入学して一ヶ月も立たない内に、王室を籠絡し、財政を傾け始め。

 ユリウスといえば、捨てられた子猫が懐くより早く、その心の隙間をカミラによって埋められていた。



 それから夏になるまで、学院と王国の状況は目まぐるしく変化していく。

 カミラに逆らう者は一族郎党皆殺しにあい、国民は重税を課せられ搾取され。

 そんな中、一つの噂が出回り始める。

 ――――ユリウスが勇者という話だ。



『ユリシーヌ様。いえあえてユリウス様とお呼びしましょう。どうか我々と共に、魔女カミラを打ち倒しては貰えませんか!』



『わ、私は――――』



『おい、粛正部隊が来たぞっ! ユリウス様を連れて逃げ――――がはっ!』



 噂が出回ると、各地で抵抗組織――――レジスタンスが出来るのも早かった。

 それも無論、カミラの仕込みであったが。

 彼らは幾度となく、ユリウスにあの手この手で接触し、正義を訴え、そして目の前で散っていく。



『…………カミラ様。私は、俺は』



 どうすればいいのだろうか。

 ユリウスはカミラという安寧と、その他全てに降りかかる“悲劇”に悩む。



 この時のユリウスにとって、カミラは女神に等しい存在だった。

 然もあらん、ユリウスには“良い”面しか、カミラは見せていなかったからだ。

 だが――――、ユリウスはカミラを盲信しない。

 出来なかった。



 カミラによって配置された“救い”の人々、喪ってきた人々の言葉が蘇る。


 ――――どうか正しく在る様に。


 ――――虐げられる痛みを、忘れない様に。

 

 ――――いつか勇者として、世界を。



 ユリウスが葛藤する中、王族は謎の病に倒れ、カミラが実権を握る。

 彼の周囲で、これはユリウスという不幸がいるからだと、風当たりも強くなる。



 そして、ユリウスに一つの命令が下された。



『ユリシーヌ様。…………いいえ、勇者ユリウス。貴男に王命を下します。逆賊ヴァネッサ・ヴィラロンドとその一味を討伐しなさい』



『カミラ様ッ!? わ、私は――――』



『ええ、貴男が戸惑うのも解るわ。ヴァネッサは仲の良かった幼馴染み、ゼロス殿下にとっても思い出深いお方…………でもだからこそ、この王国に弓を引いた事、決して許してはいけない』



『――――――御心のままに、カミラ様』



 ユリウスは出陣する。

 カミラによって正気を喪った粛正部隊の隊長として、戦場に赴き。



『何故なのですユリウス! 貴男は勇者なのでしょう! 何故、あの忌まわしき毒婦の下で――――ぎゃああああああ』



『黙れ! 発言を許可した覚えは無いっ! ――――さぁ勇者ユリウス様。逆賊の首魁ヴァネッサとその右腕、クラウスの首を。それがカミラ陛下のお望みですので、是非その聖剣で正義の執行を』



『くッ、やるしか…………ないのか』



 逆賊、本当にそうだっただろうか。

 正義、それはこちらにあるのか。



 戦場となった地でユリウスが見たのは、重税や粛正に怯えることなく、平和に暮らす無辜の民。

 その無辜の民が惨たらしく殺され、炎と血に塗れた大地。

 何より――――証拠。



 これまでカミラが行ってきた数々の非道外道の証拠が、これでもかという程に集められていた。



『私は…………俺は…………』



『ユリウス!』

『お願いだ勇者よ! 我が娘を止めてくれ!』



 処刑の為に囚われた人々からの懇願が、ユリウスを苛む。

 それを取り囲む粛正部隊の人員は、ただ無言でユリウスに正義執行を促す。



 もはや、誰が正義で、誰が邪悪か。

 ユリウスは理解していた。

 だが。



『勇者として――――正義を執行する』



 剣を振るった。

 首が落ちる。



 剣を突き刺す。

 血を吐いて死んだ。



 皆一様に、絶望と呪いの言葉を残して死んだ。

 その中には、かつて救いだった人の縁者も、カミラ自身の両親も。

 密かに生き残っていたユリウスの家族も。

 見たことのある、赤毛が綺麗なクラスメイトも。

 全部、ユリウスが殺した。



『(――――何故)』



『(何故、何故、ユリウスは彼らを殺したの?)』



 魔法具を使って全てを見ていたカミラは、王座にて一人、首を傾げる。



『(これでユリウスは、全ての糸を引いていたのが私だと理解した筈。幼い頃の境遇、救いの手、周囲の不幸)』



 その全ての証拠を、あえてヴァネッサ達に掴ませ。

 粛正部隊にも、証拠の品を消さないように命じた。



『(嗚呼、嗚呼…………これでユリウスは私を恨む筈だったのに、絶望の闇をセーラの心で払い、怒りと憎悪に魂を燃やして、私を)』



 ユリウスは希望の旗印となり、生き残っている者、死んでいった者、その全ての命を背負い、カミラの前に立つ筈だった。

 そしてそれを難なく叩きのめして、カミラに死が訪れるまで。



『(心の底から私の事を愛する様に命じて、その感情を愉しむ筈だったのだけれど)』



 ユリウスが城に帰還するまでの数日、カミラの心は疑念に抱かれる。

 獅子身中の虫になるのだろうか。

 それとも既に心の底まで籠絡されて、生きる人形となっていたのだろうか。



『どちらにせよ、帰ってくる日辺りで終わりね』



 時節は秋になろうとしていた。

 そうしてユリウスは、計らずともカミラの誕生日に帰還する。

 城の入り口まで行き、ユリウスを出迎えたカミラは、報告もそこそこに二人でゼロスの眠る部屋へ。



『改めて…………大儀だったわユリウス』



『は、それがカミラ様の、王国の為であれば』



『ふぅん』



 昏睡状態が続き衰弱したゼロスの横で、二人は無言。

 カミラは、様子の変わらないユリウスに戸惑い。

 ユリウスは、カミラの言葉を静かに待つ。

 やがて、痺れを切らしたカミラが意地悪そうに聞いた。



『それで、幼馴染みや父を殺した感想は? どう? 愉しかった?』



『いいえ、とても哀しかったですカミラ様』



 やはり淡々と答えるユリウスに、カミラの心はささくれ立つ。



『(何故、何故そんなに普通にしていられるのよっ!)』



 やはり、行き人形となってしまったのか。

 それを確かめるために、カミラは質問を続ける。



『率直に聞くわ。あの地に私に関する情報があった筈よ。そして貴男はそれに目を通した』



『はい、全て読んでしまいました。申し訳在りませんカミラ様』



『――――っ! では! では何故、貴男は平然としていられるのっ! 全ての元凶は私なのよっ!』



 口調を荒げるカミラに、ユリウスは微笑んだ。



『ええ、存じ上げております』



『あああああああ! だから! 何故、貴男は何も無かった様な顔が出来るのよっ! 私が憎いでしょう! 怒りを覚えたでしょう! なんで剣を向けないのっ! 勇者なのでしょう!』



 生き人形になってしまったのか、これでは復讐の意味が無いではないか。

 カミラの心に嵐が吹き荒れる中、ユリウスは柔らかにその手を包み込む。



『ゆ、ユリウスっ!?』



『聞いて下さいカミラ様。真実を知った時、俺は腑に落ちたのです』



『何を――――』



『貴女は何時も、俺を優しい瞳で見た。でも同時に、その奥底に激しい怒りがある事も感じていました』



『…………知って、いたの』



 虚を突かれたカミラを、ユリウスは抱きしめる。



『どうしてだろうと、ずっと疑問だった。でも、貴女から与えられる暖かな時間の中で、それは些細な事だった』



『当たり前よ、貴男を絶望に落とすためにそうしたのだから。ねぇ、今どんな気持ち? 私が全ての元凶だって解って、どんな気持ち?』



 それは怒りか悲しみか。

 震えるカミラに、ユリウスは答える。



『カミラ様。――――俺は今、嬉しいんです。貴女にこんなにも強く思われている事が、貴女の役にたてた事が』



『~~~~~~~~っ!』



 カミラは怖くなってユリウスを突き放した。

 何故、何故、何故。

 理解の及ばぬ、予想できなかった言葉に、恐れおののく。



『貴女のした事はどう考えたって悪だ、未来永劫どうやっても許される事ではない』



『こうしてる今も、俺の心は憎しみに溢れている』



『――――でも、それより強く。貴女を哀れに思う』



『それ以上口を開くなあああああああああああああああああああああああああああああっ!』



 護身用の短剣を取り出し、ひどく震える手で構えるカミラに、ユリウスはゆっくりと近づく。



『思えば、貴女は常に孤独だった。きっと、殿下の事も愛してはおられなかった』



『く、来るなっ! 来ないでぇっ!』



『いくら貴女が強くても、そんなに震える手では俺は殺せないよ。さ、もっと強く握って』



 ユリウスは短剣を握るカミラの手を、自らの手で強く握りしめる。



『離して、離してよ…………』



 ゆるゆると首を横に振るカミラに、ユリウスは笑顔を向ける。



『俺はね、カミラ様。作り上げられた境遇とはいえ、貴女の存在に救われたんだ』



『だから、こう言うよ』



『ユリウス・エインズワースは、カミラ・セレンディアの全てを赦す』



『例え、世界の全てが君と敵対し、憎み、その存在を赦さないとしても。俺だけは、君が望む限り側にいて、君の全てを赦し続ける』



 カミラが長年待ち続けた言葉が、そこにはあった。



『さあ、お前が望むなら――――俺を殺せ』



 どれだけ繰り返しても得られなかった、“愛”とでも呼ぶべきモノがあった。




『それで救われるのなら、殺してくれよカミラ』



 嗚呼、それは光であった。

 誰かが誰かを想う、そんな、普遍的で、尊い、人間として誰もが望む――――光。



 何故、今回に限って与えられたのだろう。

 カミラがユリウスに憎悪を向けた時だけ、与えられたのだろう。



『この先はもう無いのに、嫌よ…………嫌よぅ…………何で今更、そんな――――』



 こんな希望など、こんな光など、こんな愛など欲しくなかった。

 ユリウスが死ぬほど憎んでくれれば、それで良かったのだ。

 それで、それでカミラは“生きて”居られる。



『嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼ああああああ――――っ!』




『この身が生まれ変わっても、また俺はお前を好きになるよ、お前を愛して、そして全てを赦すよ。だからカミラ。お前の心が光に戻れるのなら――――』




 耐えられない。

 耐えられない。

 こんな筈じゃなかった。こんな筈じゃなかった。



『ユリウス! ユリウスうううううううううううう!』



 好きなのだ、愛しているのだ。

 この世の全てを灰に変えても、手に入れたかったのだ。

 ――――でも、断じて、こんな形ではなかった。




『死になさいっ! 死んで、死んで、死んで――――――――――っ!』



 カミラはユリウスを刺した。

 幾度と無く繰り返されたループの中で、初めて、ユリウスを刺した。

 何度も、何度も何度も何度も。

 ドスっ、ドスっ、どちゃ、どちゃ、どちゃ。




『死んで、死んで、死んでしんでしんでしんでしんでええええええええええええええええええええ』




 心の臓が肉塊に変わり、大きな穴が空いて。

 それでもカミラはユリウスを刺し続け。

 ――――漸く、その温もりが消え去ったのに気付いた。




『嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、何で、なんで死んで…………殺したくて殺したかった訳じゃないのに…………嗚呼、嗚呼、何故』




 ユリウス、ユリウスと幾度と呼んでも、答える声は無い。

 必死に揺さぶっても、抱きしめても、指一つ動かす事は無い。




『殺し…………、ころ…………、私、殺してしまった――――――』




 ぽろぽろと、カミラの頬に涙が伝う。




『殺しちゃいけなかったのに…………絶対に、殺しちゃいけなかったのに』




 今此処に、カミラは本当の意味で全てを喪った事に気付いた。

 何時からだったのだろうか。

 人の心を弄ぶ事も、人の命を奪う事も、決して、してはならない事だったのに。




『ごめんなさいユリウス、ごめんなさい、ごめんなさい』




 カミラは短剣を自らの胸に向ける。

 死には、死を以て償わなければ。

 繰り返してしまうこの命では、足りないけれど、少しでも、少しでもユリウスへの償いになるのなら。





『――――私の全ては、未来永劫、ユリウスの為に』





 運命への憎悪は消えた。

 ユリウスが全て消し去った。

 今まで形作っていたカミラの心は壊れ、消えて、その全てが“ユリウスの為に”再生する。



 そして、――――時は巻き戻る。

 カミラの心にだけ、全てを残して。

 時は、巻き戻った。





「こうして、私は今の私になった」



 カミラは記憶映像を一度止め、過去の自分と並ぶ。

 怖いほど透き通った笑みで、ユリウスに笑いかける。



「…………お前は、歪だよ」



「ええ、でも、だからこそ私に“道”は開けた」



 辛い過去がある事は勘づいていた。

 でも、誰がが予想したであろう。

 しかし、誰もが納得していた。



 ユリウスに拘る理由、執着心。

 ――――そして、愛。



 皆がユリウスを見つめ、カミラに向ける言葉を待った。

 今、その権利を持つのは彼だけだ。



「本当の事を言うと、お前の事が少し怖い」



「…………っ」



 カミラの顔が強ばる。

 やはり、ユリウスの口から出るのは拒絶か。

 過去を知って貰いたかった、でも、もしかしたら。

 もしかしたらと思った。



(嗚呼、嗚呼。駄目よね、こんな女、誰が受け入れてくれるっていうのよ)



 婚約の破棄や、恋人の解消は当然待ち受けているだろう。

 それでも、それでも、少し離れた所にでも、居させて欲しい。



 カミラの瞳が、諦観と、なお押さえ切れぬ願望に染まりかけた瞬間。

 さっと近づき、ぽかり、とユリウスはその頭に拳骨を落とした。



「勘違いするんじゃないバカ女、話は最後まで聞け」



「ユリウス…………!?」



 突然の物理的衝撃に、涙目になったカミラに、ユリウスはため息を吐きながら言う。



「それでも、な。いや、だからこそか。俺はお前を放っておけないと思った。それだけじゃない。――――ほんの少し、少しだけだが、…………嬉しいと、思ったんだ」



「私、私――――」



 えぐえぐと泣き始めたカミラを、ユリウスは強く抱きしめる。

 だいたいである、自分という存在をこの上なく理解して、幸せを願い。

 存在全てを捧げている、見目麗しい女。

 しかも、己が将来を誓った愛する女。



 男として、ユリウスという存在として、どうして突き放す事が出来ようか。

 そもそも、くそ程重苦しい愛を確かに感じ取って、それが心地よいと受け入れたのだ。

 破天荒な事は端から承知していた、想像を軽々しく越えてきた辺り、らしいといえばらしいし。

 何より、何より――――。



「こんなに可愛いって思ってしまうんだろうなぁ…………」



 可愛い、超ド級のヤンデレを可愛いって言ったぞコイツ。

 男性陣からの戦慄と、女性陣からのある種の尊敬の念を苦笑で受け流し。

 ユリウスは腕の中の宝物に促した。



「さ、続きを見せてくれカミラ。まだ終わっていないのだろう?」



「はい、ユリウス。私がループから脱出した経緯は、まだ少し先ですから」



 まだあるのか、この先も衝撃の真実とやらがあるのだろうな、という感想を抱きながら。

 ユリウス達は、再び視線を映像に戻した。

 ――――今まで以上に仲睦まじい二人を祝福しながら。



 ともあれ。

 次のカミラの行動は、とても穏やかなものだった。



『(私が為すべき事、ユリウスが本当の意味で幸せになる方法…………)』



 成長する最中、カミラはそれだけを考え続ける。



『(まず、この美貌は維持しましょう)』



『(いざという時の為に、体は鍛えておかないと。――――私は、魔法が使えないから)』



『(お金や人手は無いより、ある方がいい。――――でも、これからは陽の光が当たるやり方で。悪意は悪意しか呼ばないから)』



 その周のカミラは、騎士となってユリウスの側に居た。

 学園にいる時は、良き友として。

 戦う時は盾として。

 そして――――。



『――――かはっ、ごほっ、ごほっ。どうやら、ここまで…………の、ようね』



『喋らないでカミラ様ッ! 直ぐに治癒を使える者を――――ッ!』



 誕生日、魔族フライ・ディアの致命的一撃から、ユリウスを庇ったカミラは、いつもの様に命を終えようとしていた。

 胸から大量の血を流すカミラを抱き抱えるユリウスに、カミラは問いかける。



『ね……え、わ、たし…………あなた、まもれ……しあわせに…………でき、た?』



『――――ッ!? 私は、幸せだから、これからも貴女と』



 最後まで聞くことが出来ずに、カミラは巻き戻る。

 そんな、悲しそうな顔をさせたい訳じゃなかったのに。

 足りない。

 このやり方では足りない。

 どうすれば、ユリウスは悲しまなくていいのだろうか。

 どうすれば、全てを赦してくれた貴男に報いる事が出来るのだろうか。



『(体は守れても、心は守れない――――)』



 再び成長する中、カミラは考える。



『(悪役になれば、ユリウスは悲しまないかしら? いいえ違うわ。ユリウスは優しいから、聡いから、きっと私の事を見抜いてしまう)』



『(では、代役を立てて、私という存在が生きていると誤解させる? いいえ、それも駄目だわ。ユリウスはきっと気付く。そしてとても悲しむわ)』



 関わらないのが一番なのだろう。

 そうすれば、見知らぬ人間が目の前で死んだ。

 それ位の“悲しみ”で済む。



『(――――でも、それは駄目だわ。ユリウスの為に何もしないのは、あの死を無駄にする事と同義よ)』



 カミラは足掻く。

 自分が死んでも、ユリウスが幸せになれる様に。

 何度かは、莫大な金銭を。

 何度かは、有能な人材を。



 結果が確認できない、無駄かもしれない繰り返しに、心が擦り切れそうになった事もある。

 けれど。



『(私はまだ繰り返せる。少しでも貴男が笑ってくれている時間があるから、最後に貴男が側にいるから――――)』



 ユリウスの事だけを考えて生きて、ユリウスの為だけに死んで。

 それは、ある意味幸せな繰り返し。



 ある時は、セーラや他の人物を近づけ、ユリウスの恋人になる様に画策した。

 ――――だが、一度も靡かずにカミラの側に居た。



 ある時は、セーラの行動に介入して、ルート決定によるユリウスの安寧を計った。

 その先にある魔王との決戦や、ユリウスの運命は帰られなかったけれど。



『嗚呼、誰かが幸せになるという事は、それがユリウスではなくとも心が暖かくなるのね…………』



 そして、カミラの行動に変化が表れた。

 ユリウスを直接幸せに出来ないのであれば、間接的に。

 彼の周囲を幸せにして、後を託せばいいのだ。




『愛を求めるなら、愛を与えよ…………』




『ええ、全ての答えはそこにあったのよっ! 皆が愛で以て幸せになれば、きっとユリウスもっ!』




 それはカミラにとって真実だった。

 その後、ユリウスが本当に幸せになれるのか確認できないのが残念ではあったが。

 もう、心が擦り切れる事は無くなっていた。



『セーラ…………後を頼むわ。ユリシーヌ様達を幸せにしてね』



『約束するっ! 約束するから死なないでよバカオンナっ! アンタが死んだら――――』



 数々の人を愛に導き、幸せを託し。

 とうとう愛憎を覚えたセーラにさえ、ユリウスの事を託した。



『(貴女という存在に、不安はあるけれど。――――でも、誰かを愛する事には、この上なく信頼できるわ)』



『(私は今ここに誓う。セーラ、貴女をいつの日か、聖女の役割などない普通の女の子にしてみせる)』



 数々の愛と誓いを胸に、カミラは歩み続ける。

 そして――――不意に、その時は訪れた。



 俗な事だが、幸せには、愛を成り立たせるには、どうしても金銭が必要な事がある。

 その為にカミラが出来ることは、商会を立ち上げて前世知識を利用した品を売る事。

 それから、セレンディア領地の開発。



『そういえば、屋敷の裏手にある山は、まだ開拓してなかったわね。何か鉱石の類でも出るといいのだけれど』



 そして映像は切り替わり、今カミラ達がいる施設の前に。

 数年かけて森は切り開かれ、残るは山。



『――――おかしいわね、魔法を使っても、トンネルすら出来ないなんて』



 木々は伐採出来た。

 土壌も少しは取り除けた。

 しかし一メートルの深さで、シャベルもスコップも、魔法ですら掘り起こせない。



『まるで、何かに阻まれている様…………。聖女縁の品や遺跡も、魔族の拠点とかも、この地には存在していない筈』



 ゲームでも、設定資料集でも、この場所の事は書かれていなかった。



『どう考えても、何かある筈よ。でも、何があるというの?』



 考えても答えが出る筈が無く。

 クラウスやセシリーに聞いても、屋敷に残された歴代の記録を調べても、何も出てこない。



『…………わかった事は、大陸一つ支配する国だというのに、大きな戦争がなかった事』



『その歴史は、数百年にも満たない事』



『そして、王国成立以前の記録が、いっさい残っていない事』



『どういう事なの? 世界樹の創世神話から、そもそも王国成立時の記録すらないっ!』



 おかしい。

 どの文献も調べても、十周以上かけて王国を見て回り調べても、せいぜい五代前の王の記録までしか見つからない。

 まるで、歴史が途中から始まった様な不自然さ。



『不自然なのはもう一つ。この事を疑問に考える者は、ユリウスの兄一人だけ』



『彼の発見したという“遺跡”を、調べてみるしかないわね』



 カミラはこれまで通りに、ユリウスの幸せを願い、行動しながら。

 合間合間に、調査を進める。



 エドガーの入手していた情報は九割がデマで、残る一割は廃墟。

 だがその廃墟こそ、カミラに確信を与えた。



『私には解る――――これは機械よ。ぼろぼろになってもう動かないけれど、今の文明では作れない筈の、機械』



 錆びた金属にうっすら見え隠れするのは、前世で馴染みのある文字、アルファベット。

 カミラにとってこの世界の文字は、日本語と英語を足して二で割り、強引にねじ曲げた様な印象だ。

 長年感じていた違和感が、形を結ぶ。



『多分…………、この世界は一度滅んだ。何が原因か解らないけれど、その上で』



『今の歴史は、この国は――――何か大きな存在、神とも呼ぶべき超常的存在が、何かの目的の為に作り上げた』



『セーラの存在の答えも、きっとそこにある』



 時間だけは十二分にある、カミラは焦らず一歩一歩、試行錯誤を重ねた。



『エドガーに協力を求めて、入り口を探しましょう。あの山の遺跡は生きている筈よ』



『聖女の品を集めて持って行きましょう。何か反応があるかもしれないわ』



『日本語を思い出さなくてはね。英語…………嗚呼、こんな事なら、ちゃんと学んでおけばよかった』



 そうして更に五周以上の時間を費やして、入り口は開かれた。





『ようこそ世界平和恒久実現機構“世界樹”へ。私は当施設の管理AI、ユグドラシル・ブランチタイプ“T”』





『入館者を確認………………照合完了。シナリオ“聖女の為に鐘は鳴る”登場キャスト、カミラ・セレンディア』





『パターンイレギュラー・TTと認定。情報セキュリティのクリアランスが全て解放されます』




『ここは“時空間操作”能力研究所。初めまして新人類にして、想定された可能性の超能力者。旧人類に変わりTTが貴女を歓迎します』






『――――何だっていうのよっ!?』



 カミラは立ち止まり、いつでも戦える様に構えた。



 入り口が開かれ足を踏み入れた途端、目の前に広がるは前世でもSF映画でしか見たことが無いような内装。

 電灯などが無いのに明るいし、妙にテカテカする通路。

 それが何を意味するのか考える間もなく、先ほどの無機質な女性の声。



『誰か居るのでしょう。――――出てきなさい』



 油断無く周囲を観察しながら、慎重に足を進める。



『(さっきの声は何て? AI? シナリオ? そもそも世界平和恒久実現機構? それに――――“時空間操作”能力研究所?)』



 馬鹿馬鹿しい、とは一蹴出来なかった。

 どの単語も心当たりがあるし、何より。



『日本語。確かに日本語だったわ』



 調査中のループで、薄々気付いていた。

 何故、異世界の筈なのに英語があったのか。

 何故、前世の単語がスムーズに通じているのか。



『(ゲームの中に、ゲームに似た異世界へ転生したと思っていたわ。だって、前世では魔法なんて無かったもの)』



 だが、だが、目の前に広がる光景はなんだ?



『(誰もいない…………いえ、最初からいないと言うより、誰かが生活していた?)』



 通路の途中にある部屋に手当たり次第に入るも、人影一つ無いがらんどう。

 誰かの居住部屋だろうか、ナイロンに似た手触りの上着や、テーブルの上には出しっぱなしの“ボールペン”に“ノートパソコン”。



『いったい、ここは何処なのよ…………』



 胸にわき上がる郷愁、足下が崩れる様な不安定感。

 それに突き動かされ、カミラは天井に向かって叫ぶ。



『答えなさいAIとやらっ! ここはっ、世界はっ、セーラはっ、私は何なのよっ!』



『Tとお呼び下さいカミラ・セレンディア』



『――――っ! 答えた!』



『はい、回答しますカミラ・セレンディア。Tは当施設の管理AI、約100年前に死去した前所長の遺言により、イレギュラーTTに該当するカミラ・セレンディアに全ての権限が委譲。――――ビデオメッセージをお預かり致しております。再生しますか?』



『今すぐ再生なさいっ!』



『では、時空転移実験室までお越しください。ご案内致します』



『このノート型で再生出来ないの?』



『遺言ですので、どうかご了承くださいませ』



 Tの返答に肩透かしを覚えながらも、カミラは誘導に従って部屋を出る。

 事務所の様な部屋、調理室と食堂。

 そして。



『何? このガラスの壁だけある部屋、嫌な感じだわ』



『それは人体実験室です。ですが被献体が表れなかった為、使用した記録はありません』



 今朝、始めてきたユリウス達と同じように、きょろきょろしながらカミラは進む。



『…………ねぇ、この等身大の人形が沢山あるのは?』



『作業用アンドロイドの生産工場です。現在は資源不足と機械の老朽化、技術者の不在等の理由により、製造を停止しております』



『…………散らかってるわね、この部屋』



『寄り道ですか? そこは工作室です、必要とあらば今すぐ使用出来る様に手配しますが』



『必要ないわ、先に進みましょう』



 そうして、サーバールームの横を通り過ぎた後、案内は止まる。



『ここが時空転移実験室、或いは時空間制御機関・コントロールルームです』



『なんで二つも名前があるのよ?』



 不振な目で大きな扉を見るカミラに、Tは説明した。



『当ユグドラシルは、その成り立ち故に最後まで一枚岩ではありませんでした。所謂タカ派が時空転移実験室と、ハト派が時空間制御機関・コントロールルームと名付け、日々争いを』



『なんで内ゲバしてるのよ…………』



『なお、最初に名乗った世界平和恒久実現機構ユグドラシルという名称はハト派で、タカ派は新人類統治機構と』



『タカ派でもハト派でもどっちでもいいから、中に入れて頂戴』



 こんなに高い科学技術を持つのに、最後まで内ゲバ。

 まだ施設の中を歩いただけなのに、カミラは疲れた顔をしながら開いた扉の中に。

 そこは大小様々な機械がひしめく広い空間で、中央だけに丸く、何もないスペースが。



『あら、ここだけ電灯なのね。それに壁も所々焦げた跡が』



『数々の失敗により、壁の光源機能が消失。以降、修復が簡単な旧時代の電灯を使っております』



『電灯が旧時代…………まるで、今が未来の様な言い方ね』



 揶揄する様なカミラの言葉には答えず、Tはいきなり部屋の明かりを消す。



『これより、メッセージを再生します。イレギュラーTT、全ての疑問はここに。――――タカ派とハト派、どちらのメッセージから再生しますか?』



『せめてその辺くらい統一しておきなさいよっ! …………タカ派からお願い』



 新人類統治やら実験室やら、タカ派というのは胡散臭い印象だ。

 なら、嫌な事から先に聞いてしまおうという判断である。



『では再生します』



 瞬間、カミラの目の前に人相の悪い髭の老人が、立体映像の形で表れた。



『…………こんな技術もあるのね』





『これを見ているという事は、このユグドラシルが虚数空間への格納限界を越えて、地上に戻ったという事だろう。…………真逆、奴らが研究しとるタイムトラベラーとやらではないだろうな? まぁ、今となってはどちらでもよい』



 髭の老人はギロリと睨むと、ため息を一つ。

 それからまた、仰々しく口を開いた。



『ようこそ忌まわしき新人類、我らこそが旧人類最後の生き残りの一人である』



『蒙昧なる諸君、いや哀れな勇者かね? 先ずは我らの歴史を知るがよい。全てはそこからだ』



 場面は変わり、青い星が映し出される。

 見覚えのある大陸、島国――――地球。



『西暦二〇九〇年、つまり二十一世紀の終わりの事だ。――――その年を境に、世界に超能力者が産まれ始めた』



『超能力とは、現在お前達が使っている魔法。その前身と認識してくれ』



 映像は赤子が、不思議な力でベビーベッドや本棚を浮かして、親を困らせていたり。

 小学生くらいの子供が、虚空から炎や水を取り出し、投げ合って喧嘩している姿が。



『超能力は、当時の科学力では理解不能の、物理法則を無視した力として注目された』



『最初はまだ超能力者として産まれてくる数が少なかった事もあり、社会はそれを受け入れ、時に新たなる進化としてもてはやした』



 場面が変わる。

 今度はガラの悪い超能力者の若者と、警官や兵士が対立する姿だ。



『最初の数年は平和だった。だが五年経ち、十年を過ぎ二十二世紀になる頃には、超能力を使う“新人類”と使えぬ“旧人類”の間は険悪になり――――とうとう、戦争が始まった』



 戦車や戦闘機と戦う若者の姿が映し出される。

 中には、十に満たない子供でさえ、旧人類らしき軍人を蹂躙する姿があった。



『戦争は激化した。だが、二十年も経つ頃には産まれていく子供は全て新人類。勝敗の行方は明白に思えた』



 新人類のリーダーと思しき男が、志を同じくする配下の新人類達を鼓舞する映像が流れる。



『だが、そうはならなかった。戦争は泥沼化した。ああ、なんと愚かな事か、彼らは力に溺れ、過酷な支配制度を強いたのだ』



 ニュース映像や、新聞記事が写る。

 どれも、新人類の亡命者が増えているという内容。



『旧人類は彼ら亡命者を人体実験にかけ、人工的に戦闘に秀でた超能力者を生み出した――――それが魔族の源流だ』



『また、その実権の副産物で得た技術により、パワードスーツや携行型ビーム照射装置など、新人類に対抗できる力を得た』



 以前ガルドが見せた映像と同じモノが映し出される。

 パワードスーツと、地を裂き空を行き、雷さえ自在に操る新人類との戦い。



『やがて戦争は、世界全土に及ぶ殲滅戦に移行した。もはや、どちらかが滅ぶしか道は無かった』



 燃えさかる大地、破壊され行く文明、山が消し飛ぶ光景。



『旧人類は危惧した。このままでは星ごと消えてなくなると。――――だから作ったのだこの虚数空間に存在する大規模シェルター、ユグドラシルに』



 髭の老人は酷く疲れた顔で、こちらを見た。



『程なくしてオーストラリア大陸は海に沈み、ユーラシア大陸とアメリカ大陸は物理的に衝突。…………人類はほぼ滅びた』



『旧人類で生き残ったのは、この完成間近のユグドラシルにいた、一部の科学者や建設業者。そして、新人類のごく一部。百億以上いた人間が、数千人にまで減ったのだ…………』



 髭の老人は、震えながら言う。



『もう二度と、こんな過ちは繰り返してはならないと! もう二度と戦争など起こさせないと!』



『我々は立ち上がった! このユグドラシルが人類の道しるべになる為に!』



『解るだろう! お前達は平和だった! 戦争などなかっただろう! 生活に不便した事もなかった筈だ!』



『それも全部、全部、全部――――我らユグドラシルの功績である!』



 絶望の光を宿した老人は、しかして恍惚となりながら説明を始めた。



『戦争末期、旧人類のテクノロジーは超能力の完全解明を成し遂げた…………。このユグドラシルの共鳴装置で超能力者の脳波を全て受け取り、変換する事で、万人が同じ効果を発揮する新たなる超能力――――魔法を実現させたのだ!』



『それだけでは無い。二度と戦争が起こらぬように、共鳴装置による思考制御――――戦争への認識阻害、そして平和への誘導』



『更には、将来人口が増えた時の備えとして、共通語、テレパシーを併用した新言語“バベル”の普及! 押さえつけられた悪感情の行き場として、ネレサリーエネミー、コードネーム“魔族”の設定』



『そして――――歴史の捏造』



 髭の老人はくっくっくっと笑うと、吐き捨てる。



『ああ、そうだ。君たちの歴史は全て嘘、このユグドラシルが作り上げた偽りのシナリオ!』



『どうだい? 絶望したか? 憎悪したか? いずれにしろ、我々は全て滅びており、ユグドラシルが地上に降り立ったという事は、――――もう、手遅れだ』



『だが安心するといい、このユグドラシルは機能を停止するが、魔法は残る。共鳴装置など補助輪の様なモノでね、君たちが適応し魔法が使える様に進化している事は確認済みだ』



 最後に、老人は懇願した。



『このメッセージを見ている者よ。どうか、どうかお願いだ。思考誘導は直になくなる…………。人類に平和を、二度と、戦争など起きぬように』





 そして、再び暗闇が訪れる。



『――――以上です。次のメッセージを再生しますか? カミラ・セレンディア』



『いいえ、その前に質問を答えて貰うわ』



『何なりと』



 人類が一度滅んだとか、新旧人類がどうだのと、驚きはすれ、腑に落ちない事はない。

 だが、次を見る前に幾つかの疑問は晴らしておきたかった。

 カミラは暗闇の中、虚空を睨む。



『さっきユグドラシル――――世界樹は虚数空間とやらにあると言ってたわ。つまり別空間にあるのでしょう? どうしてこの施設は地上にあるの?』



『肯定、この施設は地上に。ハト派とタカ派は文明崩壊後暫くの間、共に暮らしていましたが。その方針によりハト派は地上に移り住む事を決定したしました』



『成る程、それがこの施設だと』



『はい。元々崩壊前に作られていたのですが、その特異な技術により、唯一完全な状態で残存。幸か不幸か山に埋もれ。新人類に及ぼす影響は皆無で在った為、と聞き及んでおります――――備考・当施設の奥にはユグドラシルへの転送装置があります。ご利用の際はお声掛けください』



『…………そう』



 果たして、ここを発見出来たのは偶然なのか、必然なのか。

 すっきりしないモノを感じたが、次の質問へ。

 これこそが本題である。




『私の事を、イレギュラーTTと呼んだ。』




『肯定です、カミラ・セレンディア』




『その事と、私の時間が十六歳の誕生日でループしている事、そして前世、2000年代に生きた若い女性の記憶がある事――――関係が、あるのでしょう』




 この施設の名前から察するに、TTとはタイムトラベラーの略称。

 確信と、真実への不安と共に、カミラは返答を待つ。




『肯定。――――新人類、超能力者の中でも存在しなかった“時空間操作”能力者』




『しかし、その存在を確認していたハト派は、ここにたどり着く可能性を望み』




『対象能力者の時間循環措置――――“ループ”と、加えて、現在に最適な過去の不特定な個人、その記憶粒子をダウンロードする、所謂“前世”を準備、実行』




『該当の装置は今も正常稼働中――――疑問は解消できましたか? カミラ・セレンディア』




 あまりにも、あまりにも簡単に明かされた“真実”に、流石のカミラも絶句した。



『(この記憶がっ! 前世の記憶が、死んだ人間に仕組まれたものっ!? こんなにもはっきりと、家族の記憶が思い出せるのに。家族が既に死んでいる事に、悲しみを覚えるのに――――)』



 それだけではない。

 ならば、ならば。

 この世界が、乙女ゲーム“聖女の為に鐘は鳴る”と酷似している理由は何だ。



『――――Tっ! 貴方、入り口で“シナリオ”と! “聖女の為に鐘は鳴る”と言っていたわね! どういう事よっ!』



 その叫びに、今度はTが数秒沈黙し。

 機械の癖に、言いにくそうに答えた。



『……………………肯定。先ほどのメッセージの中で、支配する為に“シナリオ”を用意した、というニュアンスの言葉は覚えているでしょうか?』



『ええ、覚えているわ胸糞悪い――――真逆っ!? そのシナリオを、ゲームのシナリオから流用したとっ!?』



『…………その答えは、肯定であり否定』



 人工知能の曖昧な言葉に、カミラは眉を吊り上げる。



『はっきり言いなさいっ!』



『…………当施設は“時空間操作技術”の応用で、保持されています。しかし、本体のユグドラシルはそうではありません』



 その言葉に、カミラは非常に嫌な予感を覚えた。

 前世の記憶からしてみれば未来の技術とはいえ、人のメンテナンス無しで、百年以上完璧に動作する精密機械などあり得るのだろうか。



『本体に、ここの技術は使われていないと? その口振りでは劣化でもしている?』



『…………肯定。本体は経年劣化、及び管理者死滅後に発覚したソフト面の不具合により、正常な動作をしていません。あちらのAIからの報告では、シナリオに既存の創作作品から流用する事で、解決を計ったと』



『――――っ!? 他に、他に致命的な不具合は?』



『世界平和を実現する為の、思考誘導装置、及びプログラムに重大な不具合が。シミュレーション上では問題なく効果を発揮しているとの事ですが。今現在、実際に効果があるのかは不明』



 Tの報告に、カミラは頭を抱えた。

 こんな事を聞かされて、どうすればいいのだ。



『理論上、虚数空間への本体格納時間の限界は、あと数百年先です』



『――――仮に、本体の全てを破壊したら?』



 もはや、全機能を停止した方が後腐れないのではないか。

 その考えをTは否定する。



『此方からの遠隔操作は技術的に不可能、直接乗り込むしかありません。また、その場合カミラ・セレンディアの帰還できる可能性はゼロ』



『打つ手無し…………なのね』



 諦めようとしたカミラに、Tは答えた。

 まるで縋る様に、答えた。



『一つだけ方法が、崩壊前より行方不明となっている、オリジナルの“タイムマシン”を手に入れる事が出来れば。このまま全てを闇に葬る事も可能となります』



『崩壊前より行方不明? 大陸が衝突して全て崩壊して、百年以上経っているのよ。…………それに、どんな形をしているか判っているの?』



『不明、Tの記録には存在しません』



『そんなの、奇跡が起こらない限り無理よ』



 どことなく投げやりなカミラに、Tは十秒以上沈黙した後、呟く様に言った。



『――――では次のメッセージを再生します。カミラ・セレンディア、前文明を受け継ぐ者、どうか我らの祈りを、どうか』



 余りにも人間臭い言葉に、聞き返す間も無く。

 次のメッセージが再生された。





『さて、この映像を見ているという事は、貴方がタイムトラベラーだね』



『先ずは謝罪を。我々の身勝手な願いで、終わることの無い煉獄に落としてしまった事、大変申し訳なく思っている』



 痩せた厳つい顔の老人は、深く頭を下げる。

 そして、顔を上げると説明を始めた。



『この世界の歴史と、ユグドラシルの成り立ちは聞いているという前提で話そう』



『それはまだ文明が崩壊する前、私達旧人類の科学者がユグドラシルに乗り込む約一ヶ月前の事だった』



『当時の場所で、日本の…………なんだったかな? 兎も角、旧首都である東京の端の地域にて、タキオン粒子の異常変動が確認された』



『タキオン粒子の説明は省こう。今でもすべては解明されていないし、その時でも未知の粒子の一つでしかなかったからな』



 次に映し出された画像は、事故現場の様な光景だった。

 大きな楕円形だったと思しき物体がへしゃげ、燃え上がり、無惨に散らばっている。



『これは――――タイムマシンだ。ただし、平行時間軸の一つから迷い込んできた、という注釈が付くがね』



 画像は切り替わり、大怪我をした人物と、映像の老人が会話している光景。



『生き残りは彼一人。世界と世界の狭間にある、“箱庭”と呼ばれる場所から来たと言っていた』



『そこに住む者はすべてがタイムトラベラーであり、彼は、新たな居住時間を探す任務の最中だと言った』



『まったくもって眉唾な話だ。だが、新人類のスパイという証拠は出てこず、我ら旧人類の人間だという証拠も出てこない』



『その時の戦況は旧人類に非常に不利だった。故に、彼はタイムマシンの残骸と共に、研究対象として移送された。藁にも縋るという事だ』



 再び映像は老人に戻る。



『研究対象として送られたとは言っても、こういう戦時下だ。各種手続きや費用、人員の目途が付くわけが無く。事故から一週間も経てば人々の記憶から消えていった――――世界が、滅ぶまでは』



 力なくため息を出し、老人は俯いた。



『何を間違ってしまったのだろうなぁ…………。何か出来なかったのだろうか。…………こんな世界で、ユグドラシルのやり方は、本当に正しいのだろうか』



『いや、すまない。話を続けよう』



『文明崩壊後、今でいう鷹派の人員は、支配による平和を望んだ』



 老人の目がギラつく。



『一方で我々鳩派は――――タイムトラベルによる救済を望んだ』



『そう、君に望むのは。君に、昔の記憶を与え、その生を繰り返しに固定したのは、あの時回収し損ねたオリジナルタイムマシンを見つけ、過去に戻り』





『――――世界を、歴史を変えて欲しい』





 身振り手振りを大仰にして、老人は叫ぶ。

 聞くものが、哀れみを覚える様な叫びを。



『君の時間の世界が、どうなっているかは解らない。楽園かもしれないし、地獄かもしれない。愛しい者も居るだろう、大切な家族もだ』



『だが、だが、お願いする。こんな世界は間違っている! 新人類と旧人類の戦争など、支配による平和など、あってはならないのだ!』



『旧人類の文明と記憶を受け継ぎし者よ、そして新人類である者よ!』





『総てをやり直し、今を無かった事にするのだ――――!』







 映像は終了する。

 部屋に光が戻る。

 Tは、何も言わない。



『嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、あぁ――――――』



 カミラは両手で顔を覆い、天を仰いだ。



『本当に身勝手だわ。人類の行く先を全部押しつけて、自分たちは死んでしまっているなんて』



『彼らにはタイムトラベラーの素質は無かったのです。だから』



『解っているわ。出来るなら試しているでしょうね』



 虚ろに響く言葉、それはカミラの心そのもの。



『人類の平和。ええ、どちらもそれを望んでいたわ。私にも理解できた』



『では、どうしますか? 過去に戻る道を、それとも、世界をユグドラシルから解放しますか?』



 そんなもの、決まっている。

 カミラの為すべき事は、既に定まっている。

 今更こんな事を知った所で、一ミリも揺るぎはしない。




『――――どうもしないわ』




『ええ、彼らの願いなんて、私には“どうでもいい”』




 カミラは笑う。

 くつくつと、希望に満ちあふれて笑う。

 だってそうだ。

 大切な事は、世界の事でも、人類全体の事でもない。

 ただ一人、――――ユリウスの事だけ。



『…………それが、貴女の決断ならば』



『物わかりが良い子ね、T。なら、早速動くわよ』



『何をするのでしょうか? この先、貴女は何を為そうと?』



 カミラは胸を張って答えた。



『決まっているわっ! ユリウスを幸せにするのよ! それだけじゃないわ! ループさせている装置があるのなら、それを壊せば私は生き延びられるっ!』



『シナリオ上、貴女の死は避けられない様に思えますが』



『何を言っているのよっ! 貴方とこの施設があれば、シナリオのルールから逃れる方法がきっと見つかる筈! 貴方、言ってたでしょう? 私に総ての権限があるって』



 Tはありとあらゆる可能性を検討し、そして結論を出す。



『……………………肯定。幾つかの条件を満たせば、カミラ・セレンディア。貴方がシナリオの支配下でも生き残れる可能性を確認、また、魔法も使用可能になるでしょう』



『ふふっ! 魔法まで使えるの!? それは僥倖!』



『今すぐ実行を開始しますか?』



『いいえ、どうせなら最高の状態でスタートを切りたいわ。ループの破壊と生き残る為の条件を満たす事は、最後にしましょう』



『了解しました。では三回か四回のループ後に、それを実行出来るように計画を練りましょう』



『ええ、そうして頂戴。――――ふふっ、はははっ! 待っててユリウス!』



 そうして、カミラの最終局面が訪れた。





 ぱちり。ぱちり。

 細かいパズルのピースをはめる様に、ゆっくりと。



(思い出してきたわ。ええ、そうよ、私は――――)



 映像が始まった時より、黙り込んでいたミラ。

 否、もう一人のカミラ・セレンディアは、記憶を取り戻す。

 哀れな女が、一つ死に戻る度に。

 強情な女が、一つ強くなる度に。



 そう、そうなのだ、あれは、あれは、と巻き起こる懐かしさ。



(私は、シーダ0。総てのカミラ・セレンディアの敵となる………………)



 ループから脱出の見込みが無かった時など。

 ユリウスを救えなかった時など。

 ユリウスを殺してしまった時など。



(今の私にとっては、それすらも、“まだ”絶望に程遠い)



 シーダ0が感傷に浸る中、場面は世界の真実へと。

 皆が何度目か判らない絶句をしている光景を余所に、シーダ0は思考を巡らす。



(何を考えているの“私”? こんなモノを見たら、記憶が戻るのは確実)



 一歩間違えれば、この場で殺し合いが始まるのもやむなしだ。



(いいえ、それも考慮の内。ミラとなっている時、私は見た。“私”が幸せを掴もうと、正しく足掻いている様を。――――同じ私なら、冷静になると踏んだのね)



 絶望と怒りに染まったシーダ0とはいえ、ループ解放までは同じ道を歩んでいる。

 即ち、ユリウスとの幸せを望んだカミラなのだ。

 故に、あと一歩に迫ったこの状態を、邪魔する筈がない。



(では何故)



 何故、この場に王子達まで連れてきているのだろうか?

 確かにユグドラシル崩壊の備えに、情報は必要だろう。

 両親を連れてきたのは、カミラという人間の誠実さ。

 アメリもまた同じ。



(では、ドゥーガルドは?)



 セーラは偽りの記憶とはいえ、同じ境遇と考えればそこまで不自然ではない。

 魔族であるフライ・ディアは他の平行時間軸でも、仲間になっている所を見た。

 これもまた、不自然ではないだろう。

 だが、あの元魔王は。



(“私”は何を考えて、この場に居させているの?)



 詳しい事を知らないが故に、シーダ0は警戒する。

 自身という存在は、どんなに枝分かれしようとも情に厚い方向性にある。

 だが、その情だけで元魔王という存在は連れてこない。



(むしろ、何でこんな存在生かしているのよっ!?)



 排除出来ない理由と、利用できる価値があるからだろうか。

 そこから発生する、これからの何かへの牽制。



(――――? 牽制? え、後一歩なのに、“アレ”を諦めてないの“私”!? 気持ちは解るけど、それを乗り越えてこそっていうか、あー、もうっ! それが簡単に解決したら“私”じゃないわよねっ!?)



 シーダ0が結論に至ったと同時に、部屋が明るくなる。



「もう少しで“私”の記憶は終わりなのだけれど、色々飲み込む事もあるでしょう…………。少し、休憩と致しましょうか」



(――――っ!? これはチャンスよ。多分“私”は記憶を取り戻した事に気づいていない)



 幸いにして、今のシーダ0の姿はミラとなった時より変化は無い。

 加えて、タイムマシンである“銀の懐中時計”は、不用心にも胸にぶら下がったままだ。

 ならば、この施設及び、ユグドラシル本体を掌握する事は容易い。



(取り上げられていたら、例え“私”でも防衛機能が働いていた。…………読んでいたのかしら? いえ、それを考えている暇は無いわ。この休憩の間に動いておかないと)



 シーダ0は部屋から出ていくガルドとセーラを横目で確認すると、後を追った。





 ガルドとセーラは廊下に、後を追ってフライ・ディアが。

 きっと思う所はあるのは明白だ。



(セーラが不安になってるかもしれないけれど、そこはガルドに任せましょう)



 円卓の中で、カミラとは反対方面に座った王子とヴァネッサ。

 それから両親は、ひとかたまりとなって何かを深刻に話している。

 ――――これは、想定通り。



(今の人類を支配するユグドラシルは健在、未来への対策を練っている…………いえ、情報整理辺りかしら)



 後で両親とは対話の時間を作ろう。

 そう考えながら、飲み物でも用意、と考えた瞬間、カミラの袖を引っ張る者が一人。



「うええぇぇ…………か゛み゛ら゛さ゛ま゛ぁ゛~~~~」



「あ、アメリ!? どうして泣いて――――いえ、心配をかけたわね」



「そうだぞカミラ。あんなものを見せられては…………悲しかっただろうアメリ」



「あんなものって言われたっ!?」



 同士よ、とアメリに対し頷くユリウス。

 然もあらん。

 恋人が、愛する主人が、こんなに悲惨な過去を背負っている事を目の当たりにして、悲しまない者はいない。



「わ゛た゛、わ゛た゛し゛、し゛、し゛ら゛な゛く゛て゛ぇ゛~~~~」



「ごめんなさい、アメリ、ユリウス。誰にも話してはいけないと、話す事は甘えだと思っていたから」



 えぐえぐと泣くアメリの涙を、虚空から取り出したハンカチで拭い、優しく抱きしめる。

 その光景に、ユリウスは若干のジェラシーを感じながら、カミラの頭を撫ぜる。



「でも、お前は過去を教えてくれた。その悲しみも、怒りも、絶望も、苦労も全部」



「カミラ様…………わたし達が、その時にお力に成れなかったのはとても残念で歯がゆい事ですが、嬉しいんです。打ち明けてくれた、その行為が」



「アメリ。ありがとう、本当に、ありがとうぅ…………」



 カミラは涙ぐんだ。

 過去を明かした結果、猛烈に拒絶される事も覚悟していた。

 だってそうだ。

 あんなに人を弄んで、血塗られた道を歩んできた人間に、誰が側にいてくれるのだろう。



「お前はさ、もっと俺達に感謝すべきだし。もっと信頼すべきだったんだ」



「そうですよっ! こんな過去があっては、臆病になるのも当然ですけど。…………わたしは、ユリウス様は、そんな過去を経験して、今ここに居るカミラ様を好きになったのですから」



「ふふっ、ええ、そうね。…………私は、臆病だったわ。それに、世界一の幸せ者ね」



「ああ、そうさ。お前が俺を幸せにすると言うなら、俺も、お前を幸せにする」



「私もですよっ! カミラ様!」



 ありがとう、とカミラは涙をこぼした。

 ――――だからこそ、最後の一つ。

 未来に及ぼす計画だけは、誰にも知られてはならない。



(………………こいつ、また臆病になって何か企んでいるな)



 だが、ユリウスは気が付いた。

 何かまでは判らずとも、彼女がループの中で得てしまった病的なまでの“臆病風”に。

 故に、一つの決断を下す。



「――――なぁ、カミラ。この記憶の旅が終わったら、お前に“プレゼント”がある。受け取ってくれるか?」



「ええ、勿論よ」



「――――はっ! 指輪! 今度は結婚指輪ですか!?」



「気が早いぞアメリ。“中身”は後でのお楽しみだ。ガルドにも密かに協力して貰ったんだ。きっと喜んでくれると思う」



「ふふっ、楽しみにしてるわ」



 そうして、三人は休憩が終わるまで穏やかに過ごした。





 時は若干巻き戻り、セーラとガルドが二人で廊下に出て行った直後へ。

 カミラ本人には、後で色々言うと決意して、セーラはガルドに詰め寄る。



「ちょっと! ちょっと! 何なのよあの女の過去は! 地獄が生ぬるいじゃないっ!」



「落ち着けセーラ、余も気持ちは同じだ。幾度と無く繰り返している事は知っていたが、真逆ここまでとは…………」



「おまけに何なのアレ!? 本気でアタシは何なのよっ! いや、アンタから聞いてたけど、聞いてたけどーーーーっ!」



「あ、それはオレも気になった」



 フライ・ディアが追いつき、会話に参加する。

 ガルドは逡巡した後、ため息を一つ。



「仕方ないだろう。確か、カミラがそなたに明確に接触したのは、誕生日の後だろう? ならループ中は勿論の事、その前は、ユグドラシルの強い支配下にあったのだから」



「…………アタシがゲーム感覚で逆ハーレムしようとしたのも、その所為だと?」



「記憶の中の会話が正しければ、機能が壊れている面を考慮して半分だ」



「もう半分は何なんです陛下?」



 ギロリと睨むセーラに、ガルドはそっぽを向いて言う。



「――――そなたの、素では?」



「がっでーーーーむっ!」



「ガハハハハっ! 何でぇ嬢ちゃん、アンタ根っからの強欲かい?」



「笑うなバカ野郎っ!」



 セーラはずーんと落ち込みながら叫ぶ。

 そして深呼吸してから、声のトーンを戻した。



「あー……もうぉ…………。ったく、これであの二人は、もう平気よね? 後の問題はないんじゃない?」



「そうだな。ユリウスが受け入れた。アメリもきっとカミラの事を受け入れる。いや、この場にいる全員が、彼女の事を否定も拒絶もしまい」



「いやいや陛下? 現魔王様が言っていた魔族支配の問題と、陛下の目的は?」



 フライ・ディアの疑問に、ガルドは軽く笑いながら答える。



「大丈夫であろう。ああして幸せな以上、魔族にちょっかいかける理由は無い。それにユグドラシル、――――世界樹を停止させた所で、発生した新たな問題は我ら全員が力を合わせれば平和的解決も夢物語ではない」



「あの現陛下はそんなタマですかねぇ…………」



「カミラが何か騒動を起こそうとしても、ユリウスが居ればなんとかなるでしょ。後はアタシが肉の体を手に入れれば――――」




「――――甘い」



 突如現れたミラ、もといシーダ0がそれを否定した。



「ちょっ!? アンタ、何処から出てきたのよっ!?」



「――――その力、カミラと同じモノか!?」



「はぁ~~。妹御さんは、現陛下と同じ力を持ってんのか」



「違うわよバカっ! 誰かから聞いてないの!」



 首を傾げるフライ・ディアに、ミラの事情を知っている二人は戦慄する。

 真逆、真逆、真逆の事が起こったとでも言うのだろうか。



「ふふっ、そう身構えなくてもいいわ。――――そして、初めましてと言っておきましょうフライ・ディア」



「いや、挨拶はもうしたが?」



 シーダ0は不適に笑うと懐中時計を握りしめ、瞬く間に元の姿へ戻る。



「いいえ、初めましてよ。…………私はカミラ・セレンディアにして、シーダ0。平行時間世界のもう一人のカミラ」



「――――――? は? はあああああああ!? 冗談キツいぜおいっ! マジなんですか陛下!?」



 驚くガルドは、即座に離脱しようとして。

 セーラは“念話”で、カミラに連絡しようとして。

 共に、指一本動けない事に気づく。



「悪いけど魔法は禁止よ、逃げるのも禁止。――――ねぇ、落ち着いて話を聞いてくれないかしら?」



 そうは言われても、身動き一つ、魔法すら使えない状態では反応出来ない。

 十秒経過し、首を傾げるシーダ0に、フライ・ディアは恐る恐る声をかけた。



「…………その、もしかするとだが、声も出せないのでは?」



「ああ、それね。――――はい、動ける様にはしたわ」



「アンタ、やっぱりカミラね…………」



「うむ、話を聞こう」



 疑いの眼で見ざる得ないが、先ほどの“甘い”という発言も気になる。

 二人は、カミラの言葉を待った。



「同じ“私”だからこそ解るわ。このまま“私”が何もしないなんて甘い考えよ」



「…………嫌な根拠だけど、説得力がハンパないわね」



「そう言う事は、“何か”あるのだな?」



 シーダ0は頷くと、自分が未来に向けて起こす。

 確定事項といっても過言ではない、可能性を話す。



「――――と、そういう訳よ。完全無欠の大団円目前だっていうのに、阻止しない理由は無いわ」



 ガルドとセーラ、そしてフライ・ディアはアイコンタクトで一瞬の内に、意見を統一する。

 面倒臭い女は、どこまで行っても面倒臭い女だ。



「確かに、ユリウス一人にぶん投げるには荷が重そうね。――――それに、面白そうじゃない! アイツに吠え面かかせて、アタシも目的達成でハッピー! やったろうじゃん!」



 セーラはぐぐぐっ、と拳を握り燃え上がる。



「うむ、最後の最後、この様な余興で締めるのも悪くは無い。是非とも協力しよう」



 ガルドは絶対コイツ後で裏切る、だってカミラだと、確信しながら話に乗った。



「…………陛下達が乗り気な時点で、オレ達魔族には拒否権がなさそうだな」



 フライ・ディアは、苦労する未来予想図に苦笑いしながら承諾した。



「では早速だけど、話を詰めましょう。十中八九、“私”の記憶の後に何かあるだろうから、その後に直ぐ実行するわよ」



 そうして。

 シーダ0達四人は円陣を組み、アメリが呼びに来るまで熱心に話し合った。





「では、再開するわ。ここからは新たな真実等はないから、安心して見て頂戴」



「…………そうか、前の余が死ぬ所ぐらいか」



 カミラとガルドの言葉に、全員は安心して。

 否、それでも少し不安そうに映像を待つ。



 明かりがパッと消され、再び室内は暗闇に。

 続きは、カミラが死んで巻き戻る所からだった。



『(後三回、貴方の悲しむ顔を見るのは三回だけ…………待っててユリウス)』



 幼児に戻ったカミラは、一人で屋敷を回れる三歳頃まで、普通に育った。

 前回とは違うのは、赤子の頃から魔法が使える事。



『次回からは、五歳の魔法素質検診の時まで、使うと所を見せないようにしましょう』



 三歳児カミラは使用人達の目を盗んで、ユグドラシルの施設へ続く森の上を、魔法で飛んでいる。



『天才扱いでちやほやされるのは新鮮だけれど、少し過保護な気がするわ』



 常識で考えたら至極真っ当な事だが、今のカミラには有り難迷惑だ。

 十六歳より先に行く為に、ユリウスと共に在る為に。

 今は何より時間が惜しい。



 カミラは入り口に着くと、扉が開ききるのも待てずに中に入る。

 そしてTに対し手早く、それでいて過不足一つ無い説明をすると、本題に入る。



『前回のループで、貴方は三回ほど繰り返す必要があると言ったわ。魔法を極めるのに、それだけの時間が必要だと』



『肯定です。それに加え、健全な組織を長続きさせる方法、穏当かつ素早い権力の持ち方、それらの実践と改良には時間がかかります。…………それと、ユリウス・エインズワースへの接し方。課題は山済みですが、美貌に関する事だけは、指導の必要が無いのが幸いでしょう』



 対人関係への駄目出しに、ぐう、とカミラは唸る。

 それに、ユリウスへの接し方とは何が問題なのだろう。

 Tはカミラの顔色より疑問を読みとり、ばっさり切り捨てる。



『十六年という決まった期間の性質上、貴女の組織は、貴方個人に頼り切った構造だと判断しました。部下に大きな仕事を任せる勇気を持ちましょう』



『…………成る程?』



『領地の富ませ方も同様です。焦るのは理解できますが、ご両親の知恵袋になる程度でいいのです』



『…………了解したわ』



『権力を得るのも、もっと健全に行きましょう。弱みを握り、脅迫するやり方は効果的ですが。貴女は個人の怨恨を買いすぎる。十六年後も人生は続くのだと、しっかりと理解して、なるべく相互に利益が出る形で、実行するべきです』



『…………耳が痛いわね』



『それから、ユリウス・エインズワースへの接し方です。もう少し、恋愛感情を押さえて関係を持ってください』



『……………………えー』



 カミラは不満そうに口を尖らせる。

 金、人、権力への指摘は素直に受け入れよう。

 だが、ユリウスへの理解は他の誰より深い。



『私のやり方に問題でも?』



『話を聞き、何万通りものシミュレーションを行いました。結果、貴女に足りないものが判明しました』



『足りない!? 私に何が足りないって言うのよ!』



 怒りを向きだしにする三歳児に、Tは諭す様に答える。



『――――勇気。貴女には勇気が足りません』



『勇気? 告白する勇気も、卑劣な罠に落とす勇気も持っているわ!』



『胸を張って言うことではありません。彼の性格と境遇から考えるに、彼一人だけの救世主、女神となる事が必要です。それはもはや、貴女の素顔とも言えるでしょう』



『もっと誉めても良いわよ?』



『ストーカーが犯罪行為の結果を誇らないでください。そして、貴女に必要なのは、その“犯罪行為”を暴露する勇気です』



『――――嗚呼、そういう事ね』



 カミラの理解は早かった。

 ユリウスの過去、正体を知った事を、己の実力による看破。

 その理由が周囲に認められるだけの、実績と権力。

 そこから派生する、在学中にユリシーヌをユリウスに戻す算段。



 彼本人に対しては、カミラの心情を吐露する事によって、興味を引き。

 それでいて、弱みで脅迫せずに、恋人となるように正しい範疇でのアプローチ。

 親友という立場からのギャップと、培ってきた対ユリウス用の美貌や立ち居振る舞い。



 嫌われ、拒絶されるかもしれない事柄も、思いの丈も、全て、全て。

 最後の人生の為に。



 カミラの表情が引き締まったのを見て、Tは話を続ける。



『ご理解頂けて幸いです。ではこのTが“機能停止”しても、成功するように計画を始めましょう。さし当たっては、今の年齢でも魔王城に忍び込み、魔王を殺害、速やかに“魔王”という位を奪える様に、魔法と魔法を併用した体術を極めましょう』



『加えて、新しい魔法の作り方や、解析、分解の技術も学ぶのだったわね』



『それら全てを今から三回の内に可能とするのです、では始めましょう――――――――彼との恋愛関係は、長期戦の方が成就する可能性が高いのですが』



『何か言った?』



『いいえ、カミラ・セレンディア。貴女の人生に幸あれ、と言ったのです』



『はいはい、ありがとう』



 聞こえないフリをしたが、Tの言葉は全て耳に届いていた。

 でも、それでは駄目だ。

 長期戦になればなる程、カミラ・セレンディアの心の我慢はきかない。

 未知の未来への不安と、大きな期待を胸に。

 カミラは握り拳を振り上げた。



 そしてまた、時は巻き戻る。

 ユリウスに看取られて死に、赤子に戻り。

 それを二回繰り返し、最後と定めたループ。



 その死に戻りの一週間前、カミラはTと最後の会話をする為に、この施設に赴いていた。



『ではカミラ・セレンディア。最終確認と致しましょう』



『ええ、頼むわ』



『聞き及ぶ限り、人と金と権力、美貌や実力など。問題は在りません』



『幼少期における魔王簒奪、実行の際の移動手段の目途は?』



 これは、今でのループで意見が分かれた問題だ。



『シミュレーションの結果、やはりユグドラシル経由で、虚数空間からの魔王城進入が良いでしょう』



『やはり、人力で魔王城まで行くのは避けた方がいい、という事ね』



『権力確保の為、現王ジッドを同行させ、目撃者にさせるという力業をするのです。事を迅速に運ぶ為にもユグドラシル経由が一番でしょう』



『了解したわ。…………では、今までありがとうT。貴方には大分世話になったわ』



『次のTは、出会った時に機能停止になる手筈。確かに別れの言葉は今が適切でしょう』



 いつも通り平坦な言葉のTに、カミラは寂寥感を滲ませて苦笑した。



『…………これより先、人類は安寧と平和の中に生きるでしょう。私がそうするわ、だから』



『はい、またその時は、宜しくお願い致します』



 映像を見ているセーラ達に、とある確信をさせながら、場面は切り替わる。

 カミラはやはり死に、幼児へと戻った。



『ばぶ』

『(最後の人生…………というのもおかしなモノね。ヒトは、一度きりしか人生が無いのに)』



 もう繰り返さずに済む。

 安堵と、失敗は出来ないという重圧に虚勢を張って、カミラは成長する。



 施設の工場から、管理者権限で三体のアンドロイドを製造させ、領地に派遣。

 一体はカミラ付きのメイドに。

 一体は両親の下に、有能な人材として。

 最後の一体は、開拓のリーダーにさせる為、領地の村へ。



 そして、カミラは三歳まで成長した。

 まだ幼いというのに国内に響き渡る、美貌と天才魔法使い。

 更に、遺失したと考えられていた聖女縁の品を、アンドロイドに発見させて、ジッド国王を呼び寄せる。



『(条件は全て揃った。今夜が決行の時――――)』



 全ては流れ作業の様に、最後まで進んだ。

 王への事前説明も、魔王城への移動も。

 それから魔王を殺し、立場を奪う事も。



 だが、最後の最後。

 ユグドラシルへの帰還を目前に、トラブルは発生した。



『――――! どうしたのだカミラ嬢よ!』



『くっ、あ――――。情けない事ですが、魔王の魔力は膨大で、制御が、追いつきません…………! この城が崩壊する程の爆発の恐れがあるので、先にご帰還を…………』



 顔を真っ青にした三歳児カミラに、王は駆け寄るも、その言葉を聞き素直に頷く。



『わかった。そなたが言うなら間違いないのだろう、ただちに待避する。この辺りの魔族にも打撃を与えられて一石二鳥だ。――――大儀であった。後日、国一番の魔法使い“王国の魔女”の称号を与える為にも、生きて帰れ』



 アンドロイドのメイドに連れられて、国王が去る。

 カミラはそれを見届け、――――そして、魔力の制御を手放す。



 瞬間、カミラの全身が白く染まり。

 光は膨れ上がり。

 千キロ以上離れた地点からでも見える、キノコ雲と爆発音が。



「成る程、管理者権限で停止状態からの心臓を一突き。“魔王”が他の魔族に継承される隙に割り込んで、カミラ自身が継承…………。うむ、これならば納得するしかないな!」



 ガルドの投げやりな言葉に、誰しもが同情の視線を送る。

 魔王という存在でも、ただ一人の女の深すぎる恋心の前には無力。

 というか、王は色々とご存じだったのか、と項垂れる者数名。



 ともあれ、映像は続き。

 ループ装置――――カミラ達が今いるこの場が、三歳児カミラの手によって破壊される光景や。

 アメリとの出会い。

 領地が急速に発展して行く模様や、カミラが立ち上げた照会が膨大な利益を上げる瞬間など。

 そして入学式の日。



『お隣、よろしくて? ユリシーヌ・エインズワース様?』



『――――は、はいっ! 光栄ですわ。お噂はかねがね。初めましてカミラ・セレンディア様』



 隣に座るカミラに見惚れるユリウスの姿や、その後、順調に親友となってゆく二人の姿。

 最後に、十六歳の誕生日の夜を、アメリと仲良く過ごすカミラの姿が映し出され。

 そして、映像が終わった。



「――――これで、私の過去は全て見せましたわ」



 カミラの言葉に、一同は安堵のため息を共にざわめき始める。



「カミラ様? 終わったのなら、明かりを付けてくださいよ」



「ああ、まだ待ってね。もう一つ、見るものがあるから」



「もう一つ? これ以上何かあるのか?」



 ユリウスの怪訝な言葉に、カミラはパンパンと手を鳴らし、全員の注目を引く。



「悪いけれど、あと少し付き合って貰うわ。もう一人の“私”の過去を!」



「――――ちぃっ!? やっぱりそうなのね“私”!」



 カミラの言葉に大声を出した少女、ミラに向かって視線が集まる。

 もっとも暗闇の中なので、その表情は解らなかったが。



「やはり、記憶を取り戻していたわね。まぁいいわ、その記憶、見させて貰うわよ」



「…………ユリウスと“私”以外の者が見るのは抵抗感があるけれど、いいわ。見て、たっぷりと後悔なさい」



 見たら後悔する程の代物なのか、というかもう一人のカミラとは何だ。

 事情を知る者、知らぬ者、共に戦慄を覚える。



「お言葉に甘えて、教えて貰いましょうか。――――何故、ユリウスが死んだのか」



 そして、ミラ。

 シーダ0。

 ユリウスを喪い、憎悪と悲しみの権化をなったカミラの過去が再生された。





『どこで、どこで私は…………私は、間違えたのだろう…………』



 焦土となった王都にて、燃えさかる瓦礫の山に囲まれ。

 カミラ、否。

 シーダ0となる女は、一人呆然と立ち尽くしていた。



 顔には真新しく、そして大きな傷跡と火傷。

 喪服の様なドレスはボロボロで、その手にが完全解放された聖剣が握られている。



 カミラと同じ過去を持つが全く違う道筋に、全員が苦い顔をした。



「カミラ様が魔王を倒し、ループから脱出して。そこまでは同じなのに、どうしてこうも違うのでしょう…………」



 アメリが思わず呟く。

 彼女が意識するより大きく響いたその言葉に、ガルド達も反応した。



「そういえば、余も居なかったな…………何があったのだ?」



「それを言うなら、何でアタシはカミラが十六歳になる前に死んでるのよ? 魔族の大侵攻とか、貴族の反乱も無かったわよね?」



 セーラに続き、ゼロス王子も首を傾げた。



「俺も、ループの時と同じ生っちょろい肉体をしていたな…………」



「婿殿と出会って早々に、結婚式を上げる。そんな道もあったのか。だがしかし、それが故に、王家と対立する事となろうとは」



 父クラウスの言葉に、母セシリーも頷いた。

 何故、こんな悲劇の結末になってしまったのだろう。



「――――予想していたとはいえ、今の状態と全然違うわね」



 カミラは冷静な目でシーダ0を見た。

 ユリウスは複雑な表情で、彼女に視線を向ける。

 無理もない。

 悲劇の引き金は、魔族に体を乗っ取られたユリウスを、カミラは救うことが出来ずに。

 再び、その命を奪ってしまった事から始まったからだ。



「…………そんな顔をしないでユリウス。私の世界軸で貴方と過ごした時間は、とても幸せだった」



「――――ッ」



「ふふっ、ごめんなさいね。貴男に言う事ではないけれど、言わせて頂戴――――ありがとう、貴男の存在こそが私の全てで、私に意味を、人生を与えてくれて」



 その瞬間、ユリウスはシーダ0に駆け寄って抱きしめたい衝動に駆られた。

 しかし、けれど、シーダ0の愛したユリウスは自身では無く。

 ユリウスが愛するカミラは、隣にいるカミラなのだ。



(カミラが、カミラが何をしたって言うんだッ! こいつはただ、俺を望んだだけじゃないかッ!)



 映像の中では、カミラが各地を旅しながら、魔族と、魔族にされてしまった人々を殺し回っていた。

 今がそのような地獄で無いことに安堵を覚え、今後起こるかもしれない可能性に不安になり。

 ユリウスは隣に居るカミラの手を、ぎゅっと握った。



「心配する事などないわ。こんな事は起きない――――そうでしょう“私”」



「そうね。その為に704人が、そして705人目である今の“私”が在るのだから」



 二人のカミラの間で、突如出てきた705という数字にアメリ以外が顔をしかめる。



「お前はまた、…………俺達にも解る様に話してくれ」



 ちくしょう、やっぱりまだ地雷が残っていやがった、と多くの視線が突き刺さる中。

 当人の片割れ、シーダ0はどこ吹く風でカミラに問いかける。



「満足したかしら“私”? 見ての通り、私の過去はこれで終わりよ」



「“カミラ・セレンディア”としての終わりでしょうが。まだ貴女が“シーダ”と名乗る理由や、ループとは違い、肉体を持って時間遡行した理由。それから――――704人の“私”がしてきた事。それら全てが明かされていないわ」



 カミラの言葉に、シーダ0を含む全員が首を傾げた。



「ちょっとっ!? 何で“私”までっ!?」



「…………いえ、勿論他の人達とは違う理由よ。――――ねぇ“私”、肉体と共に時間遡行した理由。本当に解らない? オリジナルタイムマシンの銀時計は確かに持っているのでしょう?」



「知らないモノは知らないわ。だって時を止めるくらいにしか使ってないもの。普段はアメリに預けているから、調べもしていないし」



 調べていたら、その辺りの疑問は氷解したのだろうか。

 調べていない事で、知らない所で下手を打ったのでは。

 そんな不安を浮かべるカミラに、シーダ0は言う。



「知らないのなら、映像を見ながら説明しましょう。タイムマシンに必要以上に触れる必要は無いわ。今を生きる“カミラ・セレンディア”には必要ない。それがシーダ達の総意なのだから」



「“私”がそう言うなら」



 カミラは素直に引き下がり、シーダ0の記憶に視線を戻す。

 そこでは、銀の懐中時計を手に入れてから、実験を繰り返して過去に戻ろうとする場面。

 廃墟となったセレンディアの館にて、苦悩しているシーダ0姿があった。



『過去に戻れば、全てがやり直せる。ユリウスの死も回避できるかもしれない』



『私が壊したのは、この時計に干渉して時空をループさせる装置。だから、今なら。正しく過去に戻れる』



『ユリウスを喪う前に戻って、過去の悲劇を回避出来る』



『でも、でも――――』



 カミラは首を横に振って、銀時計を握りしめる。



『死んだのよ、殺してしまったのよ…………私のユリウスは、もう居ないのよ…………』



『過去に戻ってやり直すのは、とてもいいわ。でも、私は、私は――――』





『――――それで、本当に幸せになれるの?』





 それは、今までで一番痛々しい声だった。

 強く激しく叫んだ訳でもないのに、弱々しく小さな呟きでも無いのに。

 誰の心にも、響く。



『ユリウスを二度も殺したこの手で、守れなかったこの手で、誰も彼も殺してしまったこの手で』



『その痛みを、命を。…………“また、無かった事”にするの?』



 嗚呼、嗚呼、嗚呼とカミラは慟哭した。

 もう自らが幸せになる資格など無い。

 ユリウスは死んだのだ。



『せめて、ここに残してくれていたら。今を生きる覚悟が出来たのにね…………』



 カミラは腹部を力なく触り、自嘲した。

 もし“そう”ならば、それは何よりの希望となったであろう。

 今を続ける意味となったであろう。

 けれど――――全ては夢、幻の彼方。



 そうして嗚咽がしばらく続いた後、泣きはらした赤い目でカミラは呟く。



『私は、私は過去に戻る。――――でもそれは、過去への自分への憑依ではないわ』



『ユリウスは死んだ。私のユリウスは死んだ。過去に戻ってもユリウスは、もう私のユリウスでは無い』



『だから、今より“シーダ”と。“カミラ・ダッシュ”、カミラから分かたれた新たな存在として、過去に戻りましょう』




『カミラ・セレンディアが幸せを掴める様に、全てを燃やして灰に。もし道を違え不幸になるのなら、引導を渡す為に』



 映像の中で、カミラは銀時計の機能を発動させる。



『私はシーダ。始まりのシーダ1にして、ユリウスを喪った0。願わくば、この旅路が一度で済むように。――――さよならユリウス、愛しているわ。どうか私の事を、見守っていてね』



 そうしてシーダ0となったカミラは、過去に戻った。

 だが彼女の願いとは裏腹に、カミラという存在が幸せを掴むのは難航し。

 ――――やはり、廃墟の屋敷で佇む事となった。

 違うのはシーダ0と、無事とは言い難いがユリウスが側に居る事。



『邪魔者は全て片づけた筈よっ! なのに、なのに何故幸せにならないのよ“私”ぃ!』



『やっぱり、それでは駄目なのよ“私”。誰かを傷つけて、それではループしていた時と同じ過ちだわ。ねぇ、考えましょう? 次の“私”にしてあげれる事を』



『…………二番目の“私”、貴女は今を諦めるの?』



『沢山の血が流れて、でも助かった人も大勢いたわ。何より――――ユリウスは生きているから』



『でもっ! 彼は目を覚まさない! 解るでしょう“私”ならっ! ユグドラシルも消滅した今! ユリウスはこのまま一生目覚めないっ!』



『それでも、生きているから。…………ここに、新しい“命”があるから。解って、“私”』



 シーダ0は項垂れる。



『…………それで、“私”は幸せになれるの?』



『ええ、いつかきっと、そう思える時が来るって信じているから』



 そうして、二番目のカミラは“シーダ2”となって、0に協力した。

 自らの銀時計を過去に送り、起こった出来事の対処法や、新たに取るべき行動を伝える。



『出来ることはこれくらいかしら? ねぇシーダ0。次の私には優しくしてあげて。出会い頭に襲いかかっては駄目よ、迷惑だわ』



『でも“私”。それくらいの奇襲に対処できなければ、幸せなど掴めないわ』



『…………成る程。それでは仕方無いわ』



『ふふっ、解ってくれると思ったわ。――――じゃあね』



『では、ね。“私”』



 シーダ0とシーダ達は、そんな事を何回も繰り返した。

 一つ一つ丁寧に、騒動の穴を埋め。

 時には、銀時計と情報伝達だけでなく、道具を送り込み。



『これは何? シーダ304』



『“私”に魔族は率いる事が出来ない。なら、その存在を作ればいい。――――それに、これならセーラに肉体を与える事が出来る』



『何処に送るの?』



『魔王城の地下に。この計画は私が物理的に産まれる以前の時間に介入する方法だわ』



『――――もし失敗しても、この世界の時間軸から乖離してしまった“私”ならば、フォローが出来ると?』



『勿論、最善は尽くすわ。どんなに最悪でも、“私”が産まれない、という状況は避けれる計算だから、安心しなさい』



『…………それは、とても安心出来ない理由ね』



 それは、ガルドの存在が確定した瞬間だった。

 また、ある時は――――。



『ねぇ気づいている? シーダ0。幾ら時空間を操れる存在だとはいえ、貴女は年を重ねすぎた』



『解っているわ。こうして若い姿のままだけれど、すこしずつ、過去に戻れる“時間的距離”が短くなっている』



『最初の方は、産まれた時より前に戻れたのでしょう?』



『ええ、試しに一度。戦国時代に戻ってみた事もあったわ。――――勿論、数秒見ただけで戻ってきたけど』



『でも、今回は入学式の日が関の山。これは不味いわ、だから考えたの。――――アメリ・アキシアを友人としましょう。あの子は優秀だわ』



『で、その手段は?』



『“私”の行動を誘導する。今までの様に助言したり、改変の為の道具を送ったりするだけじゃ駄目。どういう形であれ、“私”が“私”の意志で決定し、行動する事が重要よ』



『その為の環境作りは、私に丸投げね“私”? ええ、何度も何度も、“私”は私に…………』



『いえ、だって。今の私はユリウスが居て幸せだけど。でも、子供を産む事が出来ないし。パパ様とママ様は死んじゃってるじゃない――――』



『――――全部言わなくていいわ。今を生きる選択はするけれど、もっと“幸せ”になれるなら、次の“私”には、そうなって欲しいものね』



 セレンディアの屋敷で、養子の赤子をあやすシーダ456と0は笑いあった。

 アメリがカミラの側に居る事を、運命付けられた瞬間であり。

 今のカミラがうっすら抱いていた疑念、違和感が晴れた瞬間でもあった。



 大多数のカミラが、シーダ0と協力し、新たなシーダとなった。

 でも、それは全員では無かった。



『シーダ0! 貴女だからこそ解るでしょう! 幾らユリウスの為をはいえ、同じ“私”とはいえ、色んなモノを誘導されて、黙ってられると思ってっ!』



『黙って納得して受け入れなさいよ“私”! 面倒な女ねっ!』



『五月蠅いブーメランだわ“私”! この時間から出て行けーーーー!』



 過去に戻る時間が少なくなればなる程、カミラとシーダ0が敵対する展開は多くなり。

 比例する様に、大団円に近づいている。

 そして――――。



『シーダ0。貴女がやってきた事、それは私にとっての福音だったわ。…………でも、もう限界よ』



『シーダ704…………。でも、私は止まる訳にはいかないわ』



 セレンディアの屋敷の一室で、鎖に繋がれた妊婦。

 以前カミラに通信をしてきたシーダ704。

 彼女は去ろうとする0を、心配そうに見つめる。



『703からの伝言や、702の残したメッセージで聞いているわ。何人もの“私”を殺したって、その度に、正気を喪いつつあるって! お願いよ、ここに居て暮らしましょう?』



『それは出来ないわ“私”。貴女の幸せは望むけれど、祈るけれど。側にいたら――――嫉妬して、殺したくなる』



『“私”…………』



 シーダ704は0を止められなかった。

 同じ自分である、その気持ちは痛いほど解るし、何よりアメリを喪った事を後悔していたからだ。



『もう、行くわ』



『次の“私”をお願いねシーダ0。――――そして貴女も、いつか幸せになって』



『それは、無理な相談ね』



 704の懇願に、0は苦笑しながらその時間から去る。

 そして、705人目のカミラ。

 ――――即ち、今現在のカミラのへ。





『こーほー、こーほー。――――あいむ・ゆあ・ふゅーちゃー』





「どうしてっ! こんなシリアスな過去からっ! この登場の仕方になるのよ“私”いいいいいいいいいいいっ!?」



 記憶映像と同じく、見事な失意体前屈を見せるカミラ。

 その叫びに、誰もがカミラに同情した。

 なお、これにて記憶の旅路は終了である。





「いやぁ、真逆。俺の筋肉がカミラ嬢の仕込みだったなんて…………」



「――――わたくしは信じておりました。カミラ様は筋肉についての理解者だと!」



「結果的にそうなってるだけだからねヴァネッサ様っ!? ゼロス殿下っ!?」



 VR空間から部屋に戻った途端、ロイヤルカップルが楽しそうに笑う。

 席を立ち、うーんと背伸びの途中だったカミラは、反射的に叫ぶ。



「…………アンタ、苦労してるけど。何処まで行ってもアンタなのねぇ」



「うむ、余は安心したぞ!」



「嬉しいけど素直に喜べないわよっ!?」



 セーラは苦笑しながら、ガルドは朗らかに笑う。

 過去を見せて、引かれるぐらいの想像はしていた。

 だが、何だろうかこの空気は。



(思った以上に生ぬるい視線は何よっ!?)



 目を白黒させるカミラに、今度は両親が席から立ち上がり側へ。

 そしてぎゅっと抱きしめる。



「愛しい我が子よ…………。何があっても、どんな過去があろうとも。お前は私達の子だ」



「そうよカミラちゃん。…………それで、式は何時にする?」



「だからっ!? 嬉しいけど反応おかしいってっ!?」



 何故だろうか。

 受け入れて、愛してくれているのは嬉しいが。

 勿論、悲劇のヒロインとして憐憫の情を貰いたかった訳でもないのだが。



 ともあれ。

 戸惑うカミラに、次の人物が声をかける。



「ま、元気だせよ現魔王陛下様よぉ。何度もアンタを殺しちまったオレが言う事でも無い気がするがね」



「此方としても、今の貴男の罪ではないので。アレコレ言うつもりはありませんが。その気持ちは受け取っておきますわ。ありがとう」



 同情してるのだか、困惑しているのだか、判別不能の顔をしているフライ・ディアからの言葉に。

 カミラは苦笑と共に返した。



「…………はぁ。では、そろそろお開きと行きましょうか」



「ここでの用は全て済んだのだなカミラ? なら折角だ、俺に少しだけ時間をくれないか」



「おおっ! 今やるんですねユリウス様! ひゅーひゅー!」



 何故か興奮気味のアメリと。

 少し照れくさそうにするユリウスに、カミラは思い出した。



(そういえば、プレゼントがあるとか言っていたわね。何かしら?)



 指輪は貰った。

 ならば、ネックレスやイヤリングなどのアクセサリーでもくれるのだろうか。

 嬉しいのだけれど、ユリウスが今渡す必要のあるモノとは何だろうか。



 カミラが内心で首をひねる中、何事かと皆が二人を囲み始める。

 セーラとガルドはそれを知っているのか、ニヤニヤと。

 他の者はシーダ0も含め、興味深そうに見守っていた。



「ユリウス。貴男が何をくれるのかは知らないけれど。その前に一つ、挨拶でもしていいかしら?」



「ああ、勿論だ」



 カミラはこほん、と一つ咳払いをして、全員の顔を一人一人見てゆく。

 暖かな心を持つ仲間、家族、敵かもしれない者。

 誰もがカミラを忌諱しなかった。

 拒絶、しなかった。

 それは、それはとても――――。



「――――ありがとう皆様。私、カミラ・セレンディアの過去を知ってくれて。そして、受け入れてくれて」



「いいえ親愛なるカミラ様、礼には及びません。だってわたし達全員、カミラ様の事を好きなのですから」



「そうだぞカミラ。むしろ嬉しいんだ。お前の過去を知ることが出来て」



「誰だってさ、理解できるわよ。辛い過去を、悲しい過去を誰かに見せるのは、とても勇気がいる事だって。だからアタシは、そんなアンタを尊敬するわ」



「アメリ、ユリウス、セーラ…………」



 何て、何て幸せなのだろう。

 ずっと、ずっと、ずっとこの日を待ち望んでいたのだ。

 誰からも受け入れられて、ユリウスと二人で居る事を許される日を。

 カミラの頬に、一筋の涙がつたう。



「カミラちゃん。貴女が私達の子であること。誇りに思います」



「カミラ様、きっとこれからは幸福だけ訪れるのですわ。貴女がこれまで頑張ってきた分、幸せになりましょう」



 母セシリーとヴァネッサの言葉に、カミラは涙を拭いながら頷いた。

 その光景を、クラウス、ゼロス、フライ・ディア、そしてガルドは、優しい目でカミラに頷く。



「…………ごめんなさいユリウス。貴男が何かをくれるというのに、少し湿っぽくなってしまったわ」



「別に構わないさ。今のはとても、大切な事だったのだから」



「ありがとうユリウス。貴男が貴男で、私は幸せよ」



「ははっ。なら、これからもっとお前を幸せにしよう」



 優しく微笑み、カミラの手を柔らかにとったユリウスは、皆に顔を向ける。



「ここに居る皆は知っているだろう、俺が元々男であった事は」



「そして、俺とカミラが恋人になった日、学院に居た者は見たはずだ。カミラが俺に魔法をかけた事を」



 ユリウスの言葉に、アメリ達はそういえば、と頷く。

 残る者は、そんな事があったのかと興味津々だ。



「ユリウス? それが今、何の関係が…………?」



「あるんだカミラ。皆も聞いてくれ、あの日、カミラが俺にかけた魔法は、魔族による呪いを解くものではない――――呪いなんて、カミラの嘘だしな」



「その言い方では、あの時の派手な魔法は見せかけだけはなかった、と?」



 ゼロスの発言に、ユリウスは頷く。

 一方カミラは、少し目が泳いでいた。

 言ってしまうのか、常識から考えずとも、非常識過ぎる、重すぎる愛情の発露を、暴露してしまうのだろうか。



(ユリウスっ!? 言うの!? それ言っちゃうのぉ!?)



 カミラの態度に、事情を知っている者は、あーと頷き。

 他の者といえば、記憶の旅で耐性が出来ていた為、コイツまだやらかしているのか、という目で見た。

 口に出さないだけの、情けはある。



「え、“私”。いったい何したのよ?」



「切り込むのかそなたっ!? ――いや、同じカミラだものな…………」



 然もあらん。

 シーダ0の率直な疑問に、ユリウスは答えた。



「カミラはな…………、俺に“絶対命令権”なる魔法をかけたんだ」



「…………でかしたわ“私”っ!」



「“私”ならそう言ってくれると思っていたわ!」



 通じ合う同一人物に、ユリウスは眉根を押さえながら続ける。



「この魔法の効果は、カミラの肉体と魂への、絶対的な命令権を刻むモノだった。――――しかも解除したらカミラも俺も死ぬらしい」



「カミラちゃん…………」



「我が娘よ、それは重いぞ」



 両親からの、残念な子供を見るような視線に、カミラはたじろいだ。



「うぅ、そんな目で見ないで皆…………」



「いや、無理ですって、重すぎですよカミラ様ぁ」



「ですが、まぁ。少し解る気もしますわ」



「解ってくれますかヴァネッサ様!」



「少しだけですってばっ!」



 目を輝かせるカミラに、ヴァネッサは怒鳴り返す。

 ゼロスという最愛の人がいる身としては、断じて、決して、狂人と紙一重の愛を持つ同類とは思われたくはない。

 親愛の情と、これとは別である。



「――――頑張るのだユリウス」



「強く生きろよ、我が親友…………」



「何かあったら、――――遠慮なくお前達を頼るからな」



 ガルドとゼロスに、晴れやかな顔でそう言うと。

 ユリウスは、こほんと咳払いした。



「つまりは、このままだと平等では無いと思うんだ。――――恋人とは、対等の立場であるべきだから」



「ユリウス? 何を…………」



 言っている事は至極もっともだが、それをどうするつもりなのだろうか。

 ユリウスの魔法の腕では、解析すらまともに出来ない程の高度な術式なのだ。

 そんなカミラも含めた皆の疑問に答える様に、ユリウスは一人の名を呼ぶ。



「頼む、ガルド」



「任された――――」



 その瞬間、ガルドが何かの魔法をを発動する。

 カミラとユリウスを中心に取り囲む、幾何学模様の魔法陣。

 光を発し始めたそれは、ユリウスから心臓から半透明の鎖を出す。



「ま、真逆、これってっ!?」



「そうだ。…………あの時の“逆”だよ、カミラ」



 鎖はカミラの心臓と結ばれ、瞬き一つの時間で、魔法陣と共に虚空へと消える。



「今ここに宣言しよう! 俺、ユリウス・エインズワースは! カミラ・セレンディアに!」






「人生の全て、この魂を未来永劫捧げる事を――――ッ!」






 わぁ、という歓声と共に、二人へ祝福の言葉が送られる。



「おめでとうカミラ様っ!」



「ま、確かにアンタには効果的な手だわ。――――おめでとう」



「…………うぅ。感謝する、婿殿」



「末永く、カミラちゃんをお願いしますねユリウス」



「ふぇ…………? え、あれ…………それって、え? え? え?」



 幸せヒートオーバーなカミラに、ユリウスは言う。



「お前が俺を離す事が出来ないように、俺もきっと、同じだから。だからさ、一緒に、同じ高さで、同じ深みで、俺はお前を愛するよ」



「ユリ、ウスぅ…………ゆりうすぅ…………」



 感極まってえぐえぐと泣きながら、カミラは世界で一番愛おしいヒトに抱きついた。

 ユリウスもまた、大切に大切に、カミラを抱きしめる。



「これにて一件落着だな。…………ヴァネッサ、これから一緒に、結婚式の友人代表スピーチを考えてはくれぬか?」



「ええ、勿論ですわゼロス。わたくし達の時は、お二人にお願いしましょう」



 祝福ムードの中、カミラ達をは少し離れた位置で。

 祝ってはいるが、フライディアは複雑な表情でガルドに問いかける。



「めでたし、めでたし。で終わりませんか? 前陛下」



「そんな気もするが…………シーダ0?」



 ガルドは同意して、シーダ0に判断を仰いだ。



「――――いいえ、駄目よ。“私”は“私”だから解る。この幸せと、あれとは別問題なのだから」



 シーダ0は“念話”を使って、カミラの近くにいるセーラを呼び寄せる。

 彼女の周りに、セーラ、ガルド、フライ・ディアが集まった。

 幸せ一杯、脳味噌花満開で、今にも失神しそうなカミラは、それに気づかずユリウスの逞しい胸板に頬ずり。



「ねぇ、本当に実行するの? もういいんじゃない?」



「このまま何もせずとも、セーラの体の問題は解決するだろうしなぁ…………」



「と言ってますけど、どうするんですシーダ0“陛下”?」



「何を言っているのよ、“陛下”はこれから“あっち”でしょ」



 シーダ0の視線の先には、セーラが。

 その態度に、三人は“計画”を実行するつもりだと、腹をくくった。



「はいはーーい! ちゅうもーーくっ!」



 カミラ達からしてみれば、突如として大声をだしたセーラに注目が集まる。



「どうしたのセーラ…………、ガルド、フライ・ディア、“私”まで。何? 貴女達も何かくれるの?」



「幸せボケはそこまでにしなさい“私”。ある意味ではプレゼントなのだけれどね」



 シーダ0の不穏な物言いに、カミラのスイッチがバチリと入る。



「――――――――。何の、つもり?」



 今ここで戦いを始めるのか。

 何故セーラ達は、そっち側なのか。

 目的は、手段は、対抗策は。

 様々な思考を巡らせながら、カミラは“魔王”の権能にて、膨大な魔力を体に回し――――。



「――――え」



 カミラの目が見開く、顔から血の気が失せる。

 切り替わった頭が更に冷え、拳に力が入り。

 本能的に、ユリウスを庇うように前に出た。



「何をしたの、“私”」



 油断していた。

 幸せだったから、となど言い訳にもならない。

 最大限の警戒をすべきだったのだ。

 相手は自分、同じ過去を持ち、違う未来をたどった自分自身。

 何を考えているか、それ故に検討がつかない。



「もう理解しているでしょう“私”。いいえ、カミラ・セレンディア。貴女はもう、“魔王”では“ない”」



「――――っ!」



 カミラは唇を噛みしめた。

 考えてもみなかった最悪の事態だ。

 シーダ0に魔王の力が奪われたのなら、カミラの勝ち目は非常に薄くなる。

 それに彼方には、ガルドとフライ・ディアがいるのだ。



(さっきの魔法で、時空間制御の力はユリウスにも影響を及ぼす事が出来る。でも、手が足りない。ガルドとフライ・ディア。セーラもどんな手を隠し持っているか――――)



 もしカミラがシーダ0ならば、カミラに対する対抗策を各々に貸し与えている筈。

 迂闊には動けない。



 カミラが焦燥感に駆られる一方。

 ユリウスは冷静にシーダ0を観察していた。

 そしてその上で、ゼロスと“念話”をする。



(ゼロス。どうやら向こうはカミラだけが目的らしい)



(…………お前のそう言うなら信じよう。ならば、俺が向こうから話を聞き出す。お前は何時でも戦えるようにしてくれ)



(ああ、カミラはこちらで押さえる。恐らくこの場では戦いにならないだろうが、十分に警戒してくれ)



 ゼロスとユリウスは、アイコンタクトをして行動を開始する。

 カミラをユリウスが後ろから抱きしめると同時に、ゼロスが一歩前に出て、口を開く。



「話をしよう。――――目的は何だカミラ嬢」



「シーダ0と呼んで殿下。私の目的はね、あの大馬鹿女の最後の“やらかし”を阻止する事にあるのよ」



「最後の“やらかし”? カミラがまだ何かするのか?」



 シーダ0は、ニンマリと笑ってカミラを指さす。





「教えてあげる。この女わね、――――ユグドラシルを支配する気だったのよ。その時空間制御の力で、未来永劫」





「貴女も同じ“私”なら、何故敵に回る――――むぐむぐぅっ!?」



「はい、ちょっと黙っとけカミラ。お前の事なんだから」



 むー、ぐー、と抗議の声を無視して、シーダ0は暴露する。



「今、ユグドラシルは劣化の一途を辿っているわ。そして何時、世界に混乱が訪れるか解らない。なら――――“私自身が生け贄となって、ユグドラシルを維持すればいい”」



「だが、カミラはユリウスと共に居る事を望んでいるぞ?」



「“私”にとって、それとこれとは違う問題よ。ユリウスと共に生きながら、一方でユグドラシルという冷たい機械の一部となる方法なんて、幾らでも思いつけるし実行できる」



 全員の責めるような視線が、カミラに向けられた。

 残念でもないし、当然である。



「――――むぐ、むぐ、むぐぅ! っぷはぁっ! 何よっ! 平和な世界でユリウスと幸せになる方法があるなら、実行せずにはいられないでしょう!?」



「お前が犠牲になる方法を、俺が、俺達が許すと思ったか馬鹿女ッ!」



「だから、この事は墓場まで持って行くつもりだったのよぉっ!」



 この裏切り者っ! と叫ぶカミラをさて置いて。

 ユリウスはシーダ0に問いかけた。



「それで、君はどうやってこの馬鹿女の企みを潰す気だ?」



「先ずは、セーラを今の“魔王”に設定してあるわ。そして、カミラのユグドラシル管理者権限も剥奪してある」



「成る程、力を取り上げるのか。良い方法だ、それで俺は何をすればいい? カミラを監禁しておくか?」



 それはそれで、と顔を一瞬緩ませるカミラは余所に置いて。

 シーダ0は首を横に振る。



「それには及ばないわ、完全な大団円にはユグドラシルの破壊が不可欠よ。だから、セーラの処置が終わる一週間後に、魔王城跡地にて顕現させる手筈を取ったわ」



「此方から、魔王討伐の為に攻め込んで、ついでにユグドラシルも壊してしまおうと?」



「概ねその通りよ。その時に全ての魔族を討伐するという事にしたから、この場に居る者か、話のすり合わせが出来ている少数精鋭できて頂戴」



 カミラ以外の全員が頷き、ゼロスが纏めた。



「カミラの企み、ユグドラシル、魔族。その全てを解決するのだな! 乗ったぞ!」



 だが、アメリがおずおずと質問する。



「あの~~。ちょっといいですか? ユグドラシルを壊したら、カミラ様のループ中みたいに、色んな事が起こるんじゃ…………」



「その心配は無いわアメリ。あれは、バグったユグドラシルが、魔族を使って騒動を起こしていただけだし、魔族と人間が互いを敵視するのも、ユグドラシルの思考誘導だもの」



「つまり、ユグドラシルさえ壊してしまえば、全てが丸く収まるんですね!」



「大きな事はそう簡単に起こらないわ。――――でも、私は、“私達”は、僅かな可能性も見逃したくない」



 カミラは叫んだ。



「何故なのよっ! 少しでも不安があるなら、それを潰しておくべきでしょう!?」



 シーダは淡々と答えた。



「…………これは妥協では無いわ。私はね、貴女に幸せになって欲しい。そして貴女は最後の一歩を間違えて踏みだそうとしている、なら、止めるべきなのよ」



「私には、貴女が間違っている様に見えるわ」



 二人のカミラの間で火花が散り、そしてユリウスはカミラの羽交い締めを止め、その手を握る。



「カミラ、シーダ0。このまま言い争っても、話は平行線だろう。――――だから、一週間後、ユグドラシルにて決着を決めないか?」



 続いて、ユリウスはカミラを抱きしめた。



「俺はカミラの味方だ、側にいる。だから覚えておいてくれ。俺はユグドラシルを破壊して、お前を幸せにしてみせる。――――そして、シーダ0。お前の企みを壊してみせる」



「――――へぇ。私が何を企んでいるですって?」



「カミラはカミラなのだろう? なら、企んでいない方が不自然だ。…………君には、今語った事以外に目的がある、俺は確信しているよ」



 ユリウスの言葉に、シーダ0は悲しそうに微笑む。



「なら、一週間後。全てはそこで――――」



 次の瞬間、カミラ達はシーダ0によって空間転移させられた。

 目の前に見えるのは、セレンディアの屋敷。

 何かを考える間もなく、空に覆面を被ったシーダ0と、鎖に繋がれたセーラの姿が映し出される。



 ――――カミラ・セレンディアの最後の恋の障害が、今、始まりの鐘を鳴らした。





 謎の覆面シーダ0とその傀儡魔王セーラによる宣戦布告に。

 王都が、大陸が、全国民全てに衝撃が走った。



 彼らが語った事は一つ。

 勇者ユリウスと、“真の聖女”カミラの二人を相手にした頂上決戦。



 下々の者は不安と期待に揺れ。

 貴族や王族は、上へ下への大騒動。

 戻ったゼロス達による根回しと、王のリーダーシップにより、カミラ達への全力バックアップの方向に話が纏まりつつある。

 あるが――――。



「ねぇ、カミラ様ぁ…………いつまで喧嘩してるんですか? いい加減ユリウス様と会って、ちゃんと話をしましょうよーー」



「喧嘩なんてしてないわアメリ。――――それに、ユリウスとは魔王城に行くまで会いません~~。話しません~~」



 そう、当の二人は喧嘩状態にあった。

 喧嘩と言っても、カミラが一方的に避けて、学院の寄宿舎自室に籠城しているだけなのだが。

 セレンディア領から王都の学院へ帰還する最中から、カミラとユリウスは一度も会話をしていないのだ。



「お二人の将来にも関わる事ですし、カミラ様のお気持ちも解らない事もないですが。――――何で会わないんです?」



「ふんっ! 会ったら絶対説得される自信があるからよっ!」



「そこまで自覚があるなら、とっとと会いましょうよヘタレカミラ様っ!?」



 羽毛布団を被り、ベッドの上で耳を塞ぐカミラにアメリは怒鳴った。

 然もあらん。

 とはいえ、カミラにだって言い訳くらいあるのだ。



「だって、だってよ? 何も考えずに、ユリウスの腕の中に抱かれていたいじゃない? その為には、やっぱりユグドラシルを乗っ取って、取りあえず三代先辺りまで見守ろうと思うじゃない?」



「でもそれ、ユリウス様の意志を無視してますよね?」



「……………………ぐぅ」



 ぐうの音をを出したカミラは、布団から出していた顔を引っ込める。

 そう、問題はそれなのだ。



「ね、カミラ様。素直になってユリウス様に会いましょうよ…………」



「やーでーすー」



 だだっ子そのモノになったカミラに、アメリは辛抱強く問いかける。

 実の所、この籠城が成功しているのはアメリの協力があってこそ。

 だから、ユリウスに会わせるのは簡単だ。

 しかし、それはカミラの為にならない。




「では一つ聞きます。――――ユリウス様の事、愛してはおられないのですか?」




「愛してるわよ。愛してるからこそ…………怖いのよ」



 拗ねた様な声色の言葉に、アメリは首を傾げた。

 愛する者からの愛を得て、世界レベルの問題も解決する糸口は見つかってる。

 今更、何を怖がる事があるのだろうか。



「怖いって、えーと…………魔族の皆さんとか?」



「そんなの何が怖いのよ。魔王でなくなっても、一個師団で襲われても今の私の敵じゃないわ」



「では、魔王セーラ」



「何であっちに着いたのか解らないけど、物理的に叩きのめして改心させる自信はあるわね」



「じゃあ、ミラ様もといシーダ0様?」



「あの“私”に様付けなんてしなくていいわ。…………勝てるかどうかは微妙だけど、同じ“私”よ、怖いわけないじゃない」



 いったい何が不安で怖いのだと、苛立ち始めた先に、アメリは思いつく。

 いや、真逆、そんな、でも万が一、と恐る恐る口を開く。



「では真逆――――、聖女の役割が重い…………とか?」



「馬鹿ね、セーラに出来て私に出来ない訳ないじゃない」



「んもおおおおおおおおおっ! じゃあ! 何が怖いって言うんですかカミラ様っ!」



 アメリの叫びに、カミラはビクゥ、ガバッと布団を撥ね除けその場で正座。

 そして逆に、恐る恐る聞く。



「…………言っても怒らない? 呆れない? 愛想尽かさない?」



「怒るかもしれませんし、呆れるかもしれませんが、愛想は尽かさないので言って、言いなさい、言えカミラ様」



 三段活用にゴゴゴと怒気を孕ませながら、アメリは威圧する。

 何故だろうか、非常にくだらない事な気がしてきた。

 だがしかし愛する主人の為、アメリは忍耐を以て答えを待つ。



「その、ね…………解るでしょう?」



「解りませんからはよ言えバカミラ様」



「アメリが冷たいっ!?」



「はい、後三回でアウトですからね~~」



「三回!? 何が三回で、アウトだとどうなるのっ!?」



「はい、後二回です」



「減った! 減らしたわこの子!?」



「はい、後一回ですよカミラ様」



 三つ立てた指が、あっというまに人差し指一本。

 カミラはうぐぐと唸り、しぶしぶ話始めた。



「あのね、その……………………失望、してないかしら?」



「はぁ~~? 失望? 誰が? 何に?」



 思わずアメリはため息を漏らす。

 だがカミラの潤み揺れる瞳と、頬を紅潮させ手で覆い隠す仕草に、本気で言っているのだと悟り。

 あ、これ乙女モードだ、カミラ様は乙女モードでいらっしゃる、と脳のシナプスに電流が駆けめぐった。



「ああ、うん、はい。カミラ様の不安は理解しました」



「解ってくれるのね、アメリ…………」



 か弱い声を出すカミラに、アメリは誰を責めればいいか判らない。



(そりゃあ! 愛するユリウス様が怒りそうな事を企んでた事を知られれば、不安にもなりますよねぇ!)



 その事に関しては、アメリとて怒りを覚えていない事はないが、それはそれ。

 アメリの覚悟はとっくの昔に決まっている。



(何でユリウス様の事だけ、恋愛初心者になるんですかカミラ様…………。そもそも、付き合う前にあんだけやらかして、恋人になった後も、あれだけあって)



 つい三日前には、秘めていた過去を丸裸にして伝えたのだ。

 その上で愛を誓われたというのに、このヘタレ主人は何を言っているというのだ。



(いやこれ、ユリウス様に今すぐ丸投げすべき案件なのでは?)



 カミラの為を思って、この籠城に協力していたが。

 この分だと何も解決しそうにない。

 というより、逆効果だろう。



(…………ああ、そうか。カミラ様は、カミラ様が思うより普通の女の子なんですね)



 アメリは悶々とするカミラに、淡く笑いかけた。

 同時にカミラの両手を握り、その金色の瞳を見つめる。

 そうだ、ああ、そうなのだ、カミラ・セレンディアという女の子の本質は、そこらにいる普通の女の子と同じ――――恋する、乙女なのだ。



 好きな人の行動、表情一つに一喜一憂し。

 声をかけられたら、指先が触れ合っただけで天にも昇る気持ちになる。

 そんな、どこにでもいる、普通の。



「ねぇカミラ様、聞いてください」



 きっと伝わると確信しながら。

 アメリは心を乗せて、言の葉を紡ぐ。

 愛する主人の、大切な親友の恋路を後押しする為に。

 ただ一人の男の子から愛される為に、頑張ってきた女の子の背中を押すために。



「実の所わたしには、シーダ0の、ユリウス様の、そしてカミラ様の、みんなの考える“未来”の善し悪しを判断する事が出来ません」



「アメリ…………?」



「だって解るんです。どの道を選んだって、カミラ様は幸せになれる。ユリウス様と一緒なら、幸せになれるって」



 カミラはゆるゆると、首を横に振る。

 駄目なのだ、少しでも不安があるのなら、“喪う”可能性があるのなら。

 アメリは、そんなカミラから手を離す。



「――――ぁ」



 カミラは一瞬にして青ざめ、しかし次の瞬間、ふわりと抱きしめられた。



「大丈夫ですよ、カミラ様。わたしは、アメリ・アキシアは貴女と共にいます」



「え、あ――――」



 どくん、どくんとアメリの鼓動がカミラに伝わる。 どくん、どくんとカミラの鼓動がアメリに伝わる。 確かにここに、側に居ると。



「話し合いましょう、ユリウス様と。その先でどの様な判断があったとしても。――――例え、カミラ様が冷たい機械の中に入ってしまうとしても。わたしは、ずっと、カミラ様のお側に居ます」




「嗚呼、ああ、あぁ――――」



 カミラの心はぐちゃぐちゃになった。

 アメリの献身と暖かさで、頑なな心が氷解の兆しを見せ。

 一方で、そんな事はさせない、させてはならない、と、自分への不甲斐なさに怒りが沸き起こる。

 そして、――――それは“力”。

 立ち上がる“力”となった。

 


「――――少し、意気地が無かったわね。ありがとうアメリ。貴女が私の側に居て、本当に幸せね」



「もう、大丈夫ですか? カミラ様。貴女が選んだ愛する人を、信じる勇気は持てましたか?」



 ぎゅっと抱きしめる力を強くするカミラに、アメリもそのぎゅううと力を入れる。



「そうね、ユリウスは私が愛する人。臆病になっては駄目ね」



 ユリウスに会おう。

 カミラがそう決心した時、アメリは言う。




「――――あ、今“念話”で連絡しておいたので、一時間後に東屋で待ち合わせです」




「ちょっとアメリいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」



 心構えがなんのその。

 慌てふためき、とっさに逃亡しようとするカミラの襟首を掴んで、アメリは宣告する。



「逃げたらセーラに頼んでカラミティス様にしてもらって、わたし実家で監禁生活ですからね」



「うぐぅっ!? 逃げないっ! 逃げないってばぁっ! ……………………下着選ぶのと化粧を手伝って頂戴。それから服は」



「はいはい、服は制服です。下着も勝負用のを準備済みです、朝帰りでもいいですよ」



「用意周到ねアメリィっ!?」



 アメリ怖い子、とセーラにしか通じないネタを披露しながら、カミラはアメリと準備に勤しむ。

 乙女の勝負までに一時間しか無いとか、心の準備以前の問題である。



「ああそうそう、この時計はまた貴女に預けておくわ」



 キャミソール姿で、タイムマシンを差し出すカミラに。

 アメリは水色の髪を、丹念に梳きながら答える。



「返すのは全部が終わってからでいいですよっと。…………それより、ユリウス様に会っても絶対逃げちゃ駄目ですからねぇ」



「今度はもう逃げません、逃げませんってば…………うぅ、ううう~~~。頑張れ私ぃ…………」



 顔を青くしたり、赤くしたり。

 ある意味いつも通りな主人に、アメリはもう安心だとクスっと笑った。





 アメリから連絡を受けたユリウスは、準備万端で東屋で待っていた。



「ああ、待ち遠しいな…………」



 今のユリウスは、今までのユリウスとは違う。



(俺は覚悟が出来たよカミラ)



 寄宿舎方面から東屋に続く道を、睨みながら待ち続ける。




「お前の愛を知った。お前の愛に染まってしまった」




「だからきっと、これはお前の所為だ――――」




 カミラからの愛を、その秘密を、カミラを思って待っていたユリウスではない。



「もう一つ先に進む為に、お前と対等になる為の、もう一つの“やり方”」



 それを、カミラが望んでいた事は気づいていた。

 しかし、ユリウスには実行する覚悟がなかった。

 あの時、新たに関係を作り決意を見せたが、まだ足りない。

 真の意味で、対等になるには“まだ”足りない。



(でも、お前が先に覚悟を見せたんだ。――――男として、恋人として。答えるべきだし、答えたい)



 道の先を見つめる眼差しは暖かく、そして重苦しい。

 この気持ちを、衝動を、カミラはずっと抱えていたのだ。



 誰かを愛する。

 狂おしい程に求める。

 それが時として、愛する者の意志を無視するとしても。



「愛してる、愛してるカミラ…………」



 何度言っても言い足りない。

 ユリウスはその不満足感を心地よく思いながら、カミラの過去を反芻し、想いを高ぶらせる。



「早く、早く来てくれカミラ」



 彼女が来たら、何て声をかけようか。

 それとも、先ずは抱きしめるべきか。

 有無を言わさず、拘束してみるのもいい。



 ユリウスは様々な考えを巡らしながら、カミラを待つ。





 学院は昼間だと言うのに、しんと静まりかえっていた。

 無理もない。今の大騒動に加え、学院は冬季休暇。

 校内に残っている者など、平民である一部の教師と貴族ではカミラ達ぐらいである。



 ともあれ、カミラはユリウスの待つ東屋へ向かっていた。

 ――――ユリウスの心境の変化に、迂闊にも気づかないで。



「雪が降りそうなくらい寒いわね…………」



 答える者はいない。

 一人、葉が落ちた並木道の石畳を進む。



「私の目指すべき結論、そういうモノは何処にあるのでしょうね…………」



 ――――否、そうではない。



 ユリウスの声を聞いたら。

 ユリウスの顔を見たら、決意が揺らぐ。



「弱くなったわ…………こんなにも怖いなんて」



 握りしめる拳は震え、足取りは重い。



「強く在らないと、奪われてしまう。でもそうじゃない事も知っているのに。――――私は」



 否、この言葉さえ、思考さえ“誤魔化し”だ。

 嘘ではない、本心。

 しかし、この不安の大本は“其処”ではない。



(ユリウスは…………嫌っていないかしら。失望していないかしら)



 彼はカミラの全てを知った上で、愛を誓った。味方になった。

 だが、その事実を以てしても、カミラの不安は拭えない。

 失敗し、奪われ、全てが無に還してきた時間は余りにも長すぎる。



 その経験は、歩みを止めてしまう程辛いものだったけれど――――。



「今の私にはアメリが居る、そして、愛してくれるユリウスも」



 信じる、信じたい。

 でも、でも、でもだって。

 大きな不安と期待に揺れるカミラは、歩みを止めなかった。

 だがそれ故に、簡単に東屋へ着いてしまう。



「――――待たせたわね、ユリウ…………す?」



 あ、あれ? とカミラは首を傾げた。

 俯き歩き、ようやく顔を上げ。

 そして待っていたのはユリウス。

 そう、ユリウスだ。

 だが――――。



「えっと、その…………どなた? ユリウス?」



「ああ、待ちくたびれたぞカミラ」



「うん、はい。ごめんなさい…………?」



 アルェー、とカミラはもう一度首を傾げる。

 先程の感情が良くも悪くも薄れゆく、なんだろうか思ってたのと違う。



(え、これボケなの!? ツッコんでいいの!? というか自分で言うのもなんだけど、ロマンチックな感じのシーンじゃないの!?)



 ひたすらに戸惑うカミラに、ユリウスは金属音をたてて近づき、その手を取る。

 


 ――――ガシャン、ガシャンって音は何だ。

 


 ――――というか、兜で顔が見えないのは何でだ。



 ――――聖剣を構えているのは何故だ。

 



「さぁ――――話をしようカミラ」





「いや、いやいやいやいやいやいやっ!? 何でフル装備なのよユリウスっ!? 腰の縄と手錠は何よおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」





 ――――そう、ユリウスは紛う事無く決戦装備だった。

 青いラインが入った銀色の騎士甲冑に、右手は聖剣、左手はスモールシールド。

 赤い天鵞絨のマントの裏地には、攻撃用の魔法が直ぐに使えるように、大小様々な魔法陣が刺繍されている。



(この分だと、鎧にも軽量化の魔法とか、防御様の仕掛けが――――じゃ、なーーーーいっ!)



 カミラの本能は撤退を訴えている。

 これは駄目だ。

 何が原因か解らないが、これは駄目だ。



「…………ユリウス。申し訳ないけれど、緊急の用件を思いついたわ。だから話し合いはまた後日にしましょう」



「いいや、逃がさないよ?」



「ちょっ! 離して、離しなさいよユリウス!?」



 くるりと回れ右をしようとしたカミラを、ユリウスは掴んだ手でガッチリ離さない。

 埒が明かない、故にカミラは歴戦の戦士として切り替わる。



「――――侵・雷神掌」



「づァッ!?」「隙ありっ!」



 瞬間、バチバチという雷光がユリウスの神経へ軽い痛みと硬直を与える。

 今のカミラに使えるたった一つの必殺技にして、大切な者を守る為の力。

 それをユリウスに何故向けているのだろうか、そんな疑問を脳の片隅にやり、カミラは距離を取った。



 そっちがその気なら、付き合うまでだ。



「――――理由を言ってユリウス。事情によっては納得してあげる」



 両手両腕からバチバチを雷光発し、睨みつけるカミラ。

 対してユリウスは、堂々と答えた。




「お前を、幸せにする為だ」



 幸せ、幸せ。

 それが何故、フル装備で拘束という結論に至るのだろうか。



「答えになってないわ――――ええ、でも聞いてあげる。続けなさい」



 よもや、シーダ0やセーラに何か吹き込まれたのか。

 そう訝しむカミラに、ユリウスは兜のフェイスプレートを上げて素顔を見せる。



「カミラ、俺は察していたよ。お前が何でこの数日会ってくれないのか」



「…………それで?」



 険しい顔のカミラに、ユリウスは笑った。

 今のユリウスにカミラが解る。



(ああそうだ。今だからこそ、お前が理解できる)



 何故、脅迫とほぼ同じの告白をしたか。

 それでいて、交際や愛を強要しなかったか。

 強引に事態に巻き込み、そして。



(今のカミラは、告白される前の俺と、恋人となる前の俺と同じだ――――)



 目の前にある、手に取れる道だけが幸せだと思いこむ自分と。

 だから、だからなのだ。



「思い返しても、今も、俺はお前に振り回されてばかりだ。でも不思議と…………嫌じゃ、なかった」



「それが、この状況とどう関係するのよ」



「不公平だと思わないか?」



「何が?」



 むすっと苛立ち始めるカミラに、ユリウスは告げる。



「お前は、お前の考える幸せで、俺を幸せに導いてくれた」



 そして聖剣をカミラに向け、挑戦的に微笑んだ。




「――――――――なら、今度は俺の番だ」




「…………はい?」




 ぽかんと口を開けるカミラに、そんな表情も愛おしいとユリウスは口元を歪めた。

 彼の瞳は、決意と重い愛情で染まり。

 それは、それは正しく――――。




「覚悟しろ。お前がお前の意志を押し通そうと言うのなら。…………俺は俺で、お前を幸せにする」

 



「――――ぁ」




 ユリウスの言葉に、カミラの戦意は燃え上がった。

 数日間、悩んでいた不安など吹き飛んだ。



(嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼――――こんな、こんなことって――――)



 夢見てた事だった。

 でも何処かで諦めていた事だった。

 例え恋愛といえど、同じ熱量を同じ熱量で返す道理などない。

 だが、だがしかし。



「あはっ、ふふっ、ふふふふふふふふふっ――――」



 手に入れた。

 とうとう、手に入れたのだ――――。




「嗚呼、嗚呼、嗚呼っ! 嬉しいっ! 何て嬉しいのっ! あはははははははは――――――っ!」




 下腹が熱く燃える、そこから全身へ戦慄く様な震えが走る。



 喉の奥が、かきむしりたい程にくすぐったい。




「嗚呼、嗚呼、嗚呼っ! 馬鹿ね、馬鹿ね私はっ! 不安に感じる事など無かったっ! 貴男は私を愛している――――私と“同じ”くらいにっ!」




「――――そうか、解ってくれたか」




 ユリウスは獰猛に笑った。

 カミラもまた、本能に従うままに笑顔を向ける。




「ええ、ええ、ええっ! でもまだよっ! 全力でかかってきなさいっ! ユリウスっ! その存在の全てで私に愛を伝えなさいっ! 私もっ! 全力で――――――!」




 吐く息は重く熱く、狂おしい程の愛の衝動が全身を突き動かす。

 それはきっと、ユリウスも同じだろう。

 告白はもっとロマンチックだと想像していた。

 だが、そんな少女の幻想はもう要らない。



 型通りな愛の吐露など、溢れ出る衝動の前には無意味。

 カミラは今まで押さえてきたユリウスへの“愛”を、全力で解放した。



 全てを犠牲にしても、その存在が欲しかった。

 他人の幸せに全てを捧げても、なによりユリウスに幸せになって欲しかった。

 そのユリウスが、本能を露わに、ぎらぎらした瞳でカミラを求めてくれるのだ。




 もう――――カミラが自分を押さえる必要など、無い。




「思い知らせてやる。お前を不安にしているのはお前自信だと言う事をッ! そして刻んでやるッ! お前と俺がこれから幸せになるという“証”を――――ッ!」




 獣の様な咆哮を上げ、ユリウスはカミラに突進を始める。

 カミラもまた、侵・雷神掌を発動して突撃。




「愛してるわよユリウスううううううううううっ!」




「愛してるぞカミラああああああああああああッ!」




 彼我の距離が一気に零となり、衝撃の余波が東屋をビリビリと震わせる。




「ああそうだッ! 綺麗なんだよッ! その水色の髪がッ! さらさらしてるのもッ! 腰まであるのもッ! 俺好み過ぎるだろ馬鹿女アアアアアアアッ!」




「そっちだってぇっ! 首筋がエロいのよ男の癖にっ! 狡いってぇのおおおおおおおおおおっ!」



 二度三度と衝突する拳と剣。

 弾かれた剣先が東屋の柱を傷つけ、受け流された雷が草花を焼く。



 周囲への被害を広げながら、ユリウスとカミラは愛し合う。



「私服になる度にッ! その巨乳を見せつけるなッ! 押しつけるなッ! どんだけ我慢してると思っているんだッ! でも御馳走様だッ! 今すぐ見せろぉッ!」



「貴男こそっ! 胸板が逞しいってのっ! よく女装がバレなかったわねぇっ! 常に見せなさいよっ!」



 欲望のままに叫び、ユリウスはカミラの胸元を切り裂く。

 だが、カミラとて黙って受け入れる性分では無い。

 紙一重でかわし、ボタン数個の被害で飛び込んで、侵・雷神掌の効果によりユリウスの鎧。

 聖剣を持つ右腕と、胸当ての部分を外す。



 その勢いのまま抱き合う形になった二人は。

 ユリウスがカミラの左の胸に、カミラが右腕に歯を立てる。



「――――ガッ!?」

「――――ぎっ!?」



 その肉体は己の所有物だと、互いに主張しつつ。

 ユリウスは左手で、カミラは蹴りの一撃でもってお互いを突き飛ばす。



「あははははははっ! 何それっ! 痛くないわ気持ちいいじゃないっ!」



「お前こそッ! もっとぶつかってこいッ!」



 高ぶりすぎた感情は痛みを悦楽に変えて、お互いを更に高みへと誘う。

 再度衝突して、カミラはユリウスの鎧を剥ぎ。

 ユリウスもまた、衣服を切り裂き、下着を無理矢理もぐ。



「どうだッ! 奪ってやったぞッ! 下着まで管理してやるからなッ! 卑猥なのしか履かせないッ!」



「望むところよっ! 貴男こそっ! 男性の下着すら履けないと思いなさいっ!」



 四度、五度。

 カミラの侵・雷神掌の衝突により、ユリウスの手袋すら壊れ、聖剣がすっぽぬける。

 猛烈な勢いで飛んでいった聖剣は、東屋の柱の一つを砕き。

 だが、そんな事態など眼中には無いと、ユリウスはカミラの太股を強く握りしめ、手の跡を付ける。



「むしゃぶり尽くしてやるからなッ! 未来永劫ッ! お前の全てをッ!」



「そうよっ! 全て捧げなさいっ! 跪いて足を舐めてっ!」



「舐めてやるよっ! 愛おしい馬鹿女ああああああああッ!」



 まるで強姦の後の様な惨状で、カミラは拳を振り上げる。

 ユリウスもまた、敗残兵の様な有様のまま迎撃。

 本能のままに振るわれた拳を避け、延びた腕を掴み一本背負い。



「――――――――かはっ!?」



「唇もらったッ!」



 背中から叩きつけられ、その衝撃に隙をみせたカミラに、ユリウスは馬乗り。

 すぐさまその形の良い顎を掴み、勢いよく顔を落とす。

 歯と歯がぶつかるキスに、カミラはユリウスの唇を噛み。

 ユリウスが怯んだ瞬間、その肩に噛みつき、盛大な噛み跡を残す。



「その野獣の様な本性ッ! エロくて惚れ直すぞッ!」



「――――づぁっ!? ユリウスこそっ! 今の調子で迫りなさいよっ! どれだけ苦労して誘惑してたと思ってるのよっ! 好きな人には荒々しく求められたいじゃないのよおおおおおおおおおおおおおおおっ!」



 カミラは、ユリウスのズボンに手を突っ込み、パンツを引きちぎりながら力業で離脱。

 ユリウスもまた痛み訳と言わんばかりに、カミラの制服の中でまだ無事な方の部位。

 右脚のガーターストッキングを破り取る。



 その勢いでごろごろと反対方向へ転がり、二人は立ち上がる。

 まだだ、まだ足りない。

 この想いを全て伝えるのには、到底足りない。

 何度目かのファイティングポーズを取り、お互いへ駆け出す。




「もっと、もっと、もっとっ! 愛してるわユリウスっ!」




「お前よりッ! 俺が愛してるんだ馬鹿女ッ!」




 敵でも無いのに本気の殺気で殴り合い、もとい殴り愛。

 再び壊される東屋や庭園、果ては校舎まで。



 やがて夕方まで続いたそれは、互いに満身創痍。

 打ち身、打撲、切り傷に火傷。

 深い傷が無いのはそれこそ、“愛”だったからなのだろうか。



 どちらからとも無く、戦いを止めた二人は。

 ボロボロの体と服のまま、深い、深い口づけを交わし。

 言葉は無い、不要である。

 そこに居るのは最早、――――番の獣。



 どちらからともなく手を差しだし、ゆっくりと頷くと。

 示し合わせた訳でもなく、ユリウスの部屋へ歩いて行った。



 なお一部始終を覗いていたアメリは、盛大に頭を抱え、失神しそうになり。

 それでも邪魔が入らないように結界を張り続け、更には。

 二人が去った後、全力で東屋周辺の修復に徹夜であたった。


 言うまでも無い事だが、アメリが今回の勤労MVPを取っている間。

 月並みな言葉で、“大人”となった少年少女が一組いた事を、ここに記す。





「さぁ、寝るわよアメリ。明日は決戦なのだからっ!」



「誰の所為で仕事が増えたと思ってるんですかっ!? カミラ様達がいちゃこらしてる間、誰が仕事してたとお思いでっ!?」



 決戦前夜。

 学院寄宿舎の自室にて、アメリの声が響きわたった。

 共にネグリジェ姿だが、カミラはベッドでごろりと、アメリは机に向かって珈琲片手に最後の書類仕事。



 カミラからみれば緊急時だし、帰ってきてからやって、書類の日付を変えればいいのでは。

 と不真面目な考えだが。

 アメリ的には、手を抜かずに最後までやりきる所存。



 そんな適当な考えだから、ループ中の組織運営に失敗してるのでは。

 という言葉は主従の情けで飲み込んだ。

 今敬愛すべき主人に送る言葉は、それではない。



「カミラ様が幸せなのは、わたしとしても嬉しいですよ。あの日まで落ち込んでたのは、何処行ったの? とか。避妊はしてくださいね、とか。色々っ! 色々ありますがっ!」



「………………てへ?」



 ふんがー、と怒るアメリに、カミラは笑って誤魔化す。



「いやね、諸々の準備や調整を、全部任せているのは悪いと思ったのよ?」



「確かにわたしも、任せてくださいとは言いましたが! 言いましたが! 問題解決したなら、少しは手伝ってくださいよっ! 決済印を押す書類を、一々ユリウス様の部屋まで持ってくの手間じゃないですかっ!」



「ふふっ、ごめんなさいね。逐一裸で出迎えてしまって」



 照れながら、いやんいやん、と体をくねらせるカミラに、アメリは地団駄を踏む。



「だ・か・らっ! 発情期の猫じゃあるまいしっ! 時と場合を考えてくださいっ! 気持ちは解りますがっ! 恋人がいないわたしの身にもなってくださいっ!」



「あ、気にする所そこなの?」



「勿論ですともっ!」



 アメリは完成した最後の書類を、カミラに投げて渡しつつバンと立ち上がった。

 カミラは不作法にも壁を机代わりに判子を押しながら、彼女の話を聞く。



「そりゃあ、わたしだってミスコンで優勝した時は、ちょっとは、いえ大分期待しましたよ。これで縁談は困らないって」



「と言うと?」



 カミラは各書類を、関係各位に魔法で送りながら相槌を打つ。



「けどどうですっ!? モテモテを実感する間も無く里帰りに同行したのは良しとしましょう――――だって、大切なカミラ様の事が知れたのですから」



「アメリ…………」



 カミラは涙腺を潤ます、アメリもまた優しい顔でカミラを見つめ、近づいてその両手でカミラの頬を包む。



「で・す・が~~! 何なんですセーラが魔王とか、ミラ様がやらかしたりっ! 帰ってくれば、見合い話の一つも無いじゃないですかっ! 学院には皆いないしっ! わたしの出会いと青春はどうなるんですかっ! 生殺しですかこの野郎っ!」



「いひゃいっ! いひゃいってはめりぃ~~~~!」



 アメリは一転、笑顔から目を釣り上げてカミラの頬を抓る。

 カミラとしては、甘んじて受け入れる他無い。

 ならばせめて、体だけでも慰めようと。

 その大きな母性を揉むと、今度は渾身のチョップが飛んでくる。



「慰めはいらんですよカミラ様っ! そういうのはユリウス様にしてくださいっ! もしくは男に変化してからでお願いしますっ!」



「~~~~あがっ!? す、素直になったわねアメリ…………」



「下手に感情を押さえても、何もならないという見本が目の前にいますからねぇ」



「あれっ!? ヒドくないアメリっ!?」



「カミラ様に言い返す権利は無いでーす! だって、そもそもカミラ様がユリウス様へ、不安を全部打ち明けなかった事が原因でしょうに」



「…………………………ぐぅ」



 通算何度目かわからないぐぅの音を吐いて、カミラは沈黙した。

 そこを突かれては、カミラには何も言えない。



「ユリウス様と婚前交渉は結構ですが、これからは時と場合と場所を考え、避妊もしてくださいねっ!」



「わかりましたアメリママっ!――――あぐはぁっ!?」



「ママと呼ぶなら相手を持ってこいチョーップっ!」



 私、生きて帰ったらアメリの婚約者用意するんだ…………、と妙なフラグを立てながらベッドに沈むカミラに。

 アメリは苦笑した後、同じベッドに飛び込む。



「もう…………約束ですよ、絶対ですよ」



「ふふっ、約束するわアメリ。ユリウスに負けないぐらいのいい男を見繕ってあげる」



 二人は笑い合いながら、掛け布団を被り、部屋の電気を消す。

 確信していた。

 明日のその先も、きっとこんな風に一緒にいられる事を。



 言葉には出さない。

 ただ二人、手を繋いで目を瞑る。



「お休みなさいアメリ」



「お休みなさいカミラ様」



 そして、意識は闇に落ちる――――筈だった。





「はい! という事で大カミラ会議を始めます!」



「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」



「え? はい? 何処よここっ!?」



「カミラ様が一人、カミラ様が二人、カミラ様が三人…………うん、夢ですね。どうせならもっとロマンチックな夢がよかったなぁ」



 意識が途切れた瞬間、小規模な白いコロシアムの中心に制服姿。

 観客席にはカミラが居て、隣にもカミラ。

 アメリは夢だと判断して、カミラは真逆……と身構える。



「ようこそアメリ・アキシア! そしてシーダ705(仮)! 大事な決戦前なのは悪いけれど、貴女達の夢を介して、この場を儲けさせてもらったわ」



「夢だけど、夢じゃなかった!? え、これマジモンのカミラ様達ですか!?」



「大会議って、何か話し合う事あったかしら…………?」



「色ボケしてないで、しゃきっとしなさい“私”。大切な事が残っているでしょうが…………」



 首を傾げるカミラに、704と丸いネームプレートを付けたシーダ704がため息を吐く。

 一方でアメリは席に座るシーダ、もといカミラ達を興味深げに観察していた。



 殆どのカミラは、十六歳前後の姿であったが。

 中には、三十路四十路のカミラや、変わり種としてはビキニアーマー姿や、筋肉モリモリな上、道化師の格好をしたカミラ。

 果てには、男のカミラが一人。



「はぇ~~。色んなカミラ様が居るんですねぇ…………679のカミラ様は男で。あ、カークって書いてますね」



「シーダ679の事ね、あれもかなりのイレギュラーなのよねぇ…………ループの最初から男だったらしくて、でもこうして繋がってるって事は同じ“私”だし、何より680は女に戻ったけど、介入したのは彼だし」



「どの“私”も、凄く興味深いけれど、用事があるから呼んだのでしょう? 明日は決戦なのだから、とっとと始めましょうか」



 カミラとしては、唯一の双子のカミラが気になっていたが、それはそれ。

 シーダ704(24歳・二児の母親)に、用件を促す。



「ごほん――――では、始めましょうか。夢だし“私達”の力で時間は無制限でも、だらだらしている理由は無いわ」



「あ、無制限なんですね、便利過ぎじゃないですかカミラ様?」



「ま、“私達”がいればこれくらいわね? …………そういえば、シーダ0の姿が見えないわね。どうしたの?」



 カミラの疑問に、704はそれよ、と答える。

 他のシーダ達も一様に頷き、表情を引き締めた。



「悪いけれど、貴女達の状況は“銀時計”を通じて見ていたわ。その上で、伝えなければいけない事があるの」



「――――聞きましょう」



 カミラもまた、凛とした表情で704を見る。

 正直な話、情事の事まで知られている筈なので、気恥ずかしさはあるが、ここに居るカミラは全てユリウスとの関係がある筈である。

 そこまで、否、ほんの少しくらいしか気にしない。



「先ずあの子がシーダ0と呼ばれる由縁は、知っているわね?」



「ユリウスを喪ったから、そしてこの過去介入を始めた者だから――――それ以外にあるのね」



「ええ、シーダ0はね。私達の中で唯一“至って”しまっているのよ」



「“至って”いる…………?」



 カミラは704の言葉に、不穏さを感じた。



「“私達”はタイムトラベラーよ。それ故に、ループも過去介入も、こうして平行未来軸の自分と話が出来る。――――でも、平行未来軸に“直接行き来出来る”のは、シーダ0。彼女だけなの」



「シーダ0だけ…………?」



「私達も全てを理解している訳じゃない。でもこれだけは判明しているの。――――シーダ0は“時間樹”に至った事で、“因果の鎖”から外れてしまった。もっと深い“時間の真実”を知ってしまった」



「だから――――彼女だけが平行世界に行けると? それはつまり、“私達”は自分の過去にしか行けないと?」



「概ねその解釈でいいわ。“私達”が直接過去介入出来るのは“一回”。それ以降は分岐して、現在の姿が変わってしまう」



「あれ? それでは、この状況の説明が付かないのでは? 過去を変えたら今が変わる。なら…………あれ?」



 混乱するアメリに、704は言った。



「本来、同じ存在の人間は。同じ時間と場所に存在出来ない。実行すれば、過去か未来、どちらかの姿に吸収される。それだけじゃないわ、未来に戻っても――――変化した先の未来にしか戻れない。全て上書きされて、こうして。同じ“私”に話しかける事すら出来ないのよ」



「それが世界のルールだとして、今の状況は何?」



 この摂理に則れば、シーダ達の存在が説明付かない。

 704は神妙な面持ちで、カミラに話した。



「“私達”が持つタイムトラベラーとしての特異性。もっとも、他の者は知らないから、推測に過ぎないのだけど――――」



「――――そこで、シーダ0が出てくる訳ね」



「ええ、そうよ。唯一、平行時間軸を移動出来る彼女の恩恵を、同一存在である“私達”も受けている」



「だからカミラ様達が過去に介入しても、未来が上書きされずに分岐して、話合う事や、過去未来が変わった事を認識できる、と言う事ですか?」



 アメリの言葉に、704は拍手を送った。

 他のシーダ達は満足そうに頷き、カミラとしては、言いたい事があった。



「“私達”の絡繰りは理解したわ。――――それで? 真逆この事を伝える為だけに、呼んだんじゃないでしょうね?」



 もしそうだとしたら、安眠妨害も甚だしい、と呆れるカミラに、シーダ0は笑う。



「それこそ真逆よ。明日は彼女と対決するのだから、万が一の為の“秘策”は話しておこうとは思ったけどね。――――“私達”の用件は、ここからが本題」



 その笑みは、どこか寂しそうに見えた。

 カミラの知らない、特別な思いを抱えた笑み。



「今回は触れ合う機会が少なかったから、“私”には実感が沸かないかもしれないけれどね」



「いいえ、そんな事は無いわ。だって――――伝わってくる」



 嗚呼、嗚呼、そうだ。

 伝わってくる。

 ここは夢の中で、同じカミラで。

 なにより、カミラ以外のカミラが、同じ想いを抱えているのだ。

 伝わらない筈がない。




「――――助けたいのね、彼女を」




「ええ、――――お願い」




 唯一、シーダ0だけがユリウスを喪ったのだ。

 唯一、シーダ0だけが戦い続けているのだ。

 シーダ0以外のカミラは全て、彼女に助けて貰ったのだ。



「“私達”は、彼女にも幸せになって欲しい。ううん、そうじゃないわ。彼女こそ、――――幸せになる権利がある」



「彼女と貴女達の積み重ねで、今の私が在る。方法は解らないけれど、全力を尽くすわ」



 その言葉を切っ掛けに、カミラの持つ“銀時計”へ、シーダ達が発した“光”が集まる。



「では、任せたわ“私”。もし上手く行かなくても、“私”なら彼女を“未来”に繋げられるって、信じている。――――だって、その為の“仕込み”も積み重ねていたのだから」



 そして、景色が空間ごと薄れ、白から眠りの黒へ染まる。

 カミラとアメリは手を繋ぎ頷き合い、今度こそ意識は眠りについた。





 同時刻の事である。

 王都より遙か北の地にて、魔王城跡地に出現した巨大な円柱状の構造物――――ユグドラシル。

 神話にて“世界樹”と謳われるそれの居住区で、二人の少女が向かい合っていた。



「虚数空間に隠された秘密基地、なんてのを想像してたけど、中の光景は“枝”の施設と変わらないのね」



「どちらも、避難施設を研究施設として改装したモノだから、そう代わり映えはしないわ」



 大きなラウンジの中央のテーブルで、セーラは懐かしの炭酸飲料を飲み干す。

 学院の食生活に概ね不満は無かったが、中身は二十一世紀に生きた少女――もっとも、設定ではあるが。

 ともかく、王都やセレンディア領内での飲めなかったものを飲めるというのは、僥倖であった。



「…………んぐ、んぐ、んぐ。ぷはっ! うーんこれよこれ、これが欲しかったのよ!」



「満足した? なら、明日は早いし手早く済ませましょう。――――それで、本当に良いの?」



 シーダ0の不安を秘めた言葉に、セーラは勿論と、頷いた。



「アメリからの連絡があったのは知っているわね? 今のアイツは今まで以上に元気な様よ」



「ええ、とても喜ばしい事だわ。それは、“私達”全ての悲願だもの。――――でも、本当にいいの?」



「くどいわねカミラ。この体を本当の意味で人間にして貰った事は感謝してる、でも、それだけじゃだめよ」



 きっぱりと胸を張るセーラに、カミラは困った様に笑った。

 セーラが頼んでいる事は、甚大な記憶障害が起こりえる事で、カミラとしては容易に頷けない。

 また、彼女を人間にした事で、カミラもといシーダ0の用は済んでおり。

 これ以上、付き合わせる気は無いのだ。



「ガルドに頼んでも無駄だかんね、アイツにはさっき釘さして来たから」



「何故、と。もう一度理由を聞いてもいいかしら?」



 なおも渋るシーダ0に、セーラは語る。

 こんな様子だから、実行するのだと言わんばかりの表情で。



「シーダ0。いいえカミラ、アンタの考えてる事なんてお見通しなの。――――アンタは、アタシに負い目を感じてるわ。だから“聖女”という役割解放する為、“魔王”にした」



「さてね、それはどうかしら」



「アタシはね、それが気にくわないの。――――そしてもう一つ、あっちのカミラにもね、言いたいことがあるのよ」



 セーラは空になったジュースの缶をベキベキつぶしながら、シーダ0を睨む。



「一時的なものでいいわ、向こうのカミラが来た時だけでいい。――――ループ中と、平行未来時間軸とやらのアタシの記憶。全部丸ごと寄越しなさいっ!」



「私としても初めての事だから、成功するか解らないわよ。それでも、それでも記憶が欲しいというの?」



「だって不公平じゃない。アンタ達がアタシの知らないアタシを知ってるっていうのに、アタシは映像でしか知らない」



 セーラは頷けと、シーダ0を見据えた。

 喪服の様なドレスを着る女。

 顔に大きな傷跡がある女。

 セーラを、悲しそうに見る女。

 そしてそれは、いつかのカミラと同じで――――。



「ねぇカミラ、アンタはこの騒動が終わったら、また何処か違う時間軸に行くんでしょ。なら、さ。少しはアンタを知るアタシにして。この後に及んで厚かましいお願いだけど」



「セーラ…………」



 どこか懇願する様なセーラに、カミラは迷う。

 未だ続く繰り返しの中で、こんな事を頼まれたのは初めてだった。

 嬉しかった。

 でも同時に――――。



「――――わかったわ。セーラ、貴女の頼み通りに」



「ありがとカミラ」



 アンタも幸せになるべきなのよ、そういう言葉を飲み込んで、セーラは微笑んだ。



 こうしてカミラ二人、その親友二人は夜を過ごし。

 ――――そして、朝が来た。





「長い、長い戦いだったわ…………」


 北風が肌に突き刺さる様な寒さの中、カミラは意味深気に呟いた。


「気持ちは解りますがまだ始まってませんよっ! これからですよカミラ様!?」


 アメリもまた、寒さに震えながらツッコム。ユリウスはと言えば、やや呆れ顔でこぼす。


「出発の式典に二時間半、それから移動で三十分。長いと見るか、短いと見るべきか…………」


 カミラ達三人は今、魔王城跡地に出現した“世界樹”の前に居た。


 ユリウスの言の通り、ここまでの所要時間三時間。


 盛大で活気があったが、当事者としては退屈な二時間半の主に眠気で苦しい戦いを経て。


 これまた主に、科学の勝利とも言うべき音速飛行可能な輸送機に揺られる事三十分。


 念のため、十キロ離れた所に着陸の後、全長数キロの円柱を見上げながら、こうして今は入り口だ。


 三人はガラス張りの自動ドアを潜り、中に入る。


 当然の様に受付フロアは無人。


 特に罠や障害が待ち受けるでも無く、指定された中層の大広間を目指し、登り始める。


「色んな事があったわね…………これが終わったら私、結婚式をするのよっ!」


「何か不吉な事を言わないでくださいよぉ。その前にわたしの婚約者探しに付き合って貰いますからねっ!」


「お前達。もう少し、緊張感をだな…………。それにしても、エレベーターというのは便利だ。なぁカミラ、王城にも設置出来ないかこれ」


 三人は緊張感に欠けたまま、一気に中層へ。


 無理もない、最終決戦と言えば聞こえはいいが、恐らく死人は愚か、どんなに酷くても軽傷者くらいしか出ない茶番劇だ。


 カミラはたわいもない事を二人と話しながら、過去を思い返す。


 ループに気づいた日、どうにも出来なかった絶望、世界の真実、そして、そして。


「――――ありがとう、ユリウス。貴男が居なければ、私は今、ここに居ないわ。きっと魂が擦り切れるまま、ループの中を彷徨っていた」


「礼を言うのは此方の方だ。お前が居なければ、俺はこんなにも真っ直ぐに、誰かを愛する事などなかっただろう。誰かが隣にいる喜びを、知らなかっただろう。だから――――ありがとう」


 カミラは左手を、ユリウスは右手を、そっと寄せて握る。


 その姿を、少し後ろからアメリは見ていた。


(おめでとうございますカミラ様、――――それにしても、セーラは何を考えて、カミラ様と直接対決なんか…………)



 そして、チーンという軽快な音が、目的の階層に着いた事を教え。


 扉は、開かれた。




 中に入れば、そこは草原。


 長期に渡り生活する避難民のストレス緩和の為に作られた、自然公園。


 そこの中心で今、セーラは仁王立ちで待ち受けていた。


(――――あぁ、くらくらする。アイツ、よくもまぁこんなに沢山の記憶抱えて生きてるわね)


 傍らにはガルドが、やや不安げにセーラを見ている。


 彼には悪いが、セーラには引く気は無い。


 寧ろ、数多の自分の記憶を知り、決意が堅くなっている程である。


(カミラ、いくらアンタがユリウスと幸せになってもね、それだけじゃ治らないモノだってあるのよ)


 学園一つは丸々入る敷地とはいえ、開けた場所。


 カミラ達は、一分もかからずにそこへ辿り着く。


「――――臆せずよく来たわ、カミラ・セレンディア」


「話は聞いている、ここを破壊するのだろう。でもその前に、セーラに付き合っては貰えないか?」


 申し訳なさそうに言うガルドに、カミラは不穏なものを感じ。


 セーラはただ静かにカミラを、そしてアメリを見る。


(アメリ、アンタじゃダメなのよ。アンタでは、カミラに近すぎる)


 カミラ・セレンセレンディアの唯一無二と言える欠点、それを埋めることが出来ない。


 思わず拳を握るセーラに気づかず、カミラは戸惑っていた。


 セーラと対決する、それは聞いている。


 聞いてはいたが、正直、彼女との意地の張り合いだと。


 この茶番劇に相応しい、レクリエーションの様なモノと。


 だが。


 だが、この雰囲気は。


 こちらを睨むも、何処か焦点の合わない瞳で、“魔王”の膨大な魔力を揺らめかせる様子は何だ。


 カミラはアメリとユリウスに合図を出し、打ち合わせ通り百メートル程後ろに下がらせる。


 同時にガルドもまたセーラの後ろに下がり、カミラとセーラの二人だけが残される。


 彼女に何があったのだろうか。シーダ0がしでかしたのか。


 そんな疑問を解消すべく、カミラは口を開く。


「色々と聞きたい事はあるけれど。生身の肉体を得た気持ちはどう?」


「思ったより変わらないわね、でも、気持ちの上では段違い。――――ありがとう。素直に言っておくわ」


 環境プログラム通りの一陣の風が吹き、セーラの赤い長髪を揺らす。


 さわやかな草木の匂い、風の音。


 セーラはそれらを鬱陶しいと言わんばかりに、鼻で笑うと、カミラを睨みつけた。


「ねぇカミラ、アンタがここをどうしようと構わない。――――だからその代わり、一戦交えて頂戴」


「別に構わないけれど、何故そんなにやる気になっているのかしら?」


 飄々と受け流すカミラに、セーラは魔力の“圧”を強くしながら答える。


「すまないわね、今のアタシは“ちょっと”特殊な状態で、“少し”しか持たないのよ」


 ちょっと、少し、特殊な状態。


(――――思えば、彼女との付き合いも長いわね。貴女がやると言うなら。ええ、そうね。私も全力でお相手するわ)


 カミラはセーラの言葉の中に本気を悟り、己が心を切り替える。


 セーラが、カミラと“同じ”事を感じているという事実に気づかずに。



「いくわよカミラ。――――この一戦はアンタの為に、そしてアタシの為に」



「行くわよセーラ。――――私の全てはユリウスの為に」



 今のカミラには、未来への希望。


 そして、ユリウスへの想いしかない。


 断じて、負ける筈がない。



 セーラが見ているモノは未来、そして過去。


 最後の最後で、世界に裏切られ、敗北を重ね続けてきたカミラの為に。


 示すのだ、彼女の世界への“不振”を晴らす為に。



(見ていてユリウス、貴男に見せつけてあげる。私がどんなに“いい女”かって事を――――!)


(解らせてあげるっ! アタシの欠点を! そしてそれはアタシだけの役目なんだから――――!)





 最初のぶつかり合い、その先を取ったのはセーラだった。


 魔王の魔力出力に任せて、彼我の差、十メートルを瞬時に詰め右ストレート。


(反応出来ない速度じゃないわっ!)


 対するカミラは、侵・雷神拳を発動させながら受け流しカウンター。


 だがセーラはそれを難なく交わし、二人の位置がぐるりと入れ替わる。


「やるようになったっ!」


「場数を踏んでるのがアンタだけとでもっ!」


 二人はそのまま拳の応酬、フック、ジャブ、ストレート、掌底に裏拳、回し蹴り。


 歴戦の猛者でも目で追うのがやっとの攻防を繰り返す。


(――――何か“変”よ! でも考えてる暇は無い)


 カミラの培った経験と技は、魔王となって強化されたセーラと拮抗かに見えた。


(予想はしてたけどっ! 何でこの馬鹿女は対抗出来てんのよっ!)


 一時的とはいえ、セーラはカミラとほぼ同等の経験と技を身につけている。


 アドバンテージで言えば有利、だがこの格闘戦に限り座して待てばセーラの敗北は濃厚だ。


「忌々しいオンナねアンタぁ――――!」


「――――幾ら“力”を得ようともっ!!」


 セーラが距離を取る為、攻撃の手を緩めた瞬間。


 カミラは見逃さずにガゼルパンチ、辛うじて防御が間に合ったセーラは、その勢いを利用し、空へと舞い上がる。


「これなら、――――どうよってもんよおおおおおおおおおおおっ!」


 セーラは戦場である半径百メートルの空を、魔力の光弾で埋め尽くし、間を置かず一斉発射。


「チぃっ、小賢しいっ!」


 頭で考えるより早くカミラは疾走。


 直後、元居た場所に数百を越える光弾が着弾。


 それだけでは無い。


 セーラとて初撃が外れるのは予想済み、次々と新たな光弾を産みだし偏差射撃、誘導弾を混ぜるのも忘れない。


「あははははははははっ! いくらアンタでもっ! 魔王の力が無ければ――――」


「来るのが解っているならっ!」


 暫くジグザクに走った後、誘導弾を避けきれないと判断するや否や、カミラもまた飛翔し、セーラの元に向かう。


(セーラの魔力の“波”は解析済みよっ! 中和し霧散させる魔力の剣で、回避せずにつっこむ!)


 カミラの出現させた七つの光剣に、直線弾や誘導弾、浮遊機雷として設置したモノまで無力化され。


 しかして、セーラは勇ましく笑った。


(馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿、馬鹿オンナっ! その執念だけは認めてあげるわよっ!)


 認めなくてはならない。


 カミラ・セレンディアという人物の経験・技、そして――――心。


「この万能感っ! 堪らないわねぇええええええええ!」


「力に溺れて負けなさいいいいいいいいっ!」


 聖女という役目と力に酔っていた、だから解る。


 魔王という力は危険だ。


 以前のセーラならば、酔いのあまり世界征服でも始めただろう。


(嘘っ! こんな早――――――)


(取ったっ! 手足は頂いてっ!)


 カミラのスピードと光剣に対応出来ず、両腕と両足を切られる。


 血は出ない。


 切ったのは魔王の力。


 体から腕と脚へ流れる、魔王の魔力との接続状況。


「――――私だって、魔王だったのよ。対策くらい考えてあるわ」


「だからってぇええええええええええええええ!」


 空間を埋め尽くしていたセーラの光弾が消え、同時に墜落する。


 宙に止まり見下ろすカミラに、セーラは次の手を打った。


 セーラが与えられたのは、魔王の力と権限だけではない。


 即ち――――。


「――――傀儡兵っ!? なんてもの持ち出してるのよっ!?」


「アンタの言う事じゃないわねっ!」


 地面に激突する寸前、セーラを助けたのは傀儡兵――――AI制御の戦闘用パワードスーツ。


(科学の力は、あのバカを助けなかった! 幸せにしなかった!)


 だから、乗り越えてみせろと、セーラは十体の傀儡兵を天井より出現させ、カミラを包囲する。


「――――私の輝きの前にっ! 機械は人を支配するべきではないわっ!」


 傀儡兵の抱える大型ビームカノンから、暴徒鎮圧用に調節された粒子が放たれる、カミラめがけて限りなく光りに近い速度で放たれる。


 だが。


 だが。


「侵・雷神拳を甘く見ない事ね――――」


 カミラには通じない。


 物理法則に従い発射されたビームは、人為的に引き起こされた“奇跡”により、当たる前に霧散。


 無害な光となり、カミラの周囲を彩るだけだ。


「――――ちぃっ! 突撃して自爆っ!」


「無茶苦茶する――――」


 まずは一体と、セーラの真正面にいる傀儡兵へと突貫。


 だが、カミラの拳が届く前に爆散。


 カミラ本人には侵・雷神拳の効果でダメージは来ないが、一瞬だけ緩んだスピードの隙を突かれ、傀儡兵が殺到。


 四方八方から、逃げ場が無い程の爆発がカミラを襲う。


(侵・雷神拳は奇跡を起こす。でもそれは万能を意味しないわ)


 先のビーム攻撃と同じく、爆風はカミラだけを綺麗に避けていくが、その熱波は防げない。


(さっきみたいに事前に飛翔を魔法を使っていた場合を除き、侵・雷神拳を使っている間は新たに魔法を使えない)


 解除すれば魔法が使えるが、その場合、防御魔法が間に合うかは判らない。


 高熱の熱波と薄い酸素に耐えながら、カミラは一歩一歩前に進む。


 永遠とも感じる数秒の後には、焼け野原と、新たな傀儡兵を出したセーラの姿。


「重力制御に長けた大型ハイエンドタイプっ!?」


「本命はこっちよ、上手に踊りなさいよカミラ。――――いっけぇえええええええ!」


 セーラの号令と共に、十メートルサイズの傀儡兵がカミラに向かって突進。


「一体、二体…………まだ増えるのっ!?」


「全部で十体。見た感じ、さっきの変な技は近距離専用で、しかも一つの事しか出来ないみたいね。この人形達は、堅さも早さも倍以上、それに重力まで操作できるって言っていたわ。――――これで、“詰み”よ」


 勝ち誇るセーラを前に、カミラは必死で逃げまどう。


 ハイエンドタイプの重力制御の前では、カミラの魔法は出力不足。


 一度重力に捕まったら抜け出せず、避けて近づき、機体表面を覆う重力シールドが待っている。


(足りない…………! 一手足りないわ)


 カミラの魔力をどんなに圧縮して発射しても、どんなに高度な魔法陣をもって魔法を発動しても。


 一般家庭の蛇口は、ダムの放水には勝てない。


(負ける!? 負けるっていうのっ!?)


 カミラが必死になって、勝利への糸口を探す中。


 セーラは、呟く。



「…………今一度、覚えておいてカミラ。圧倒的な力は絶対じゃない。勝利も、幸せも保証しない」



 きっとカミラは、この窮地も乗り越えてセーラの前に立つだろう。


 予感でも願望でもなく、確信。


 この先どんな困難があっても、彼女が打ち勝つ事を願って。


 この先どんな“力”を手に入れても、それを振るう相手を間違わないように。



「人の輝き、光があるのなら。アタシが見せてあげる。――――だから、勝ちなさいカミラ」



 セーラが祈る様にカミラを見つめる中、カミラはセーラに違和感を覚えていた。


(違う。これはセーラの、今の“セーラ”のやり方じゃないっ!)


 重力の網をくぐり抜け、振り下ろされる巨大な拳をいなし、カミラは思考する。


(使える物は何でも使う、確かな目的とメッセージを込めて。それは――――)


 それはまるで、“共に”魔王と戦った時の様に。


(セーラは何かを伝えたい――――ええ、感じていたわ)


 警告、警鐘、――――そして、願い。


(いいえ、願いではない。それはきっと)


 きっと――――。


 カミラは思い浮かんだ答えに、頭を振った。


 今は、そんな事を気にしている場合ではない。


(遠距離では出力不足、接近戦では一手足りない)


 ならばと、カミラは首から下げた銀時計を握る。


(私だけが使える力、鍵はきっとここよ)


 だが、どうすればいいだろうか。


 時を止めてセーラへ向かう、その勝ち方は敗北も同然だ。


(これは殺し合いでは無いわ。――――女として、一人の人間としての“勝負”)


 矜持に賭けて、時を止めたり、時間遡行で有利に持っていく事は出来ない。


(何か、何か使えるものはっ!)


 地形を変える――――、重力制御の前では無意味。


 大気の状況を変えて――――、そんなもの対策されている。


(――――大気。…………大気?)


 巨兵の又を潜り、背中を踏み台に跳躍し、拳を受け止め背負い投げ、横からのトゥキックをバク転で回避。


(これよっ! これならば、侵・雷神拳を超える何かがっ!)


 侵・雷神拳とは、カミラの魔力を超能力として発言させたモノ。


 時間操作には、時空間を超越するタキオン粒子が必要。


(この二つを合わせれば――――――――っ!)


 カミラは大きく跳躍し、空に張り巡らされた重力の網に態とかかる。これならば傀儡巨兵といえど、カミラを捕縛する為に、一度動きを止める。


「勝負を捨てたのっ!?」


「真逆っ! これで私の勝利よっ!」


 侵・雷神拳とタキオン。


 巨兵の手が伸ばされる中、カミラはぶっつけ本番で融合を始める。


 紫電を放つ奇跡の雷の中に、カミラだけが見える極彩色の粒子が集まり――――。




「――――――――極光・雷神撃」




 その瞬間、全ての防壁防御を無視して、奇跡の雷が全ての傀儡巨兵の電子回路を焼き尽くした。


「…………アンタって奴は、ホントに規格外だわ。モブ詐欺も甚だしいっての」


「貴女こそ、聖女にしては行動に慎みが無いわね。原作主人公を見習ったらどう?」


 ドスンと大きな音をたて倒れる傀儡兵に構わず、涼しい顔でカミラはセーラの前に降り立つ。


 セーラもまた、呆れ顔でカミラを出迎えた。


「それで、まだ続ける? これ以上やっても繰り返しになるだけよ」


「でしょうね。万策尽きたって所かしら」


「その割には、貴女の瞳。戦う意志が消えていないのだけれど?」


 再び彼我の距離は、大凡十メートル。


 最初の時の様な速度は出せないと、カミラは踏んでいたが、油断せず構える。


「ねぇカミラ。アンタがアンタだから、アタシの歩みは止められないのよ」


 セーラは一歩踏み出す。


 そろそろ、この勝負を決める時だ。


「…………意味が解らないわ」


 セーラには闘志がある、しかし攻撃の意志は無い。


 それがカミラを戸惑わせ、静観へと移行する。



「――――お願いガルド」



 魔法で、そして声にだして、セーラはある事をガルドに頼んだ。


「あら、適わないと知って、ガルドに頼むの? 良いわよ。それでも私の勝利は揺るがない」


 一歩、また一歩とセーラは進む。



「バカね。そんなんじゃないわ」



 一歩、また一歩とセーラはカミラに近づく。


「――――何のつもり? 貴女の拳一つ、私には当たらないわ」



「違うわカミラ。――――“力”なんて、要らないのよ」



 またも着実に近づき、同時にセーラの体から“魔王”の魔力が消える。


(魔力を押さえた? いいえ違うっ! 魔王の“力”を放棄した!? さっきのガルドへはこれを――――)


 何かよくない事が起ころうとしている。


 思わず一歩下がったカミラに、セーラは言った。



「ねぇカミラ。今のアタシはね、アンタと過ごした全てのアタシの“記憶”を持ってる」



「――――シーダ0!」


 何の為に、何の目的で。


 カミラが侵・雷神拳を発動させる中、セーラは苦笑する。



「ご明察。だからこう言うわ。――――アンタを倒すのに、武器は“力”は要らない」



「アンタは言ったわ。――――愛してるって、親友だって」



 その言葉に、カミラの体から闘志が薄れゆく。


(何で、何でっ! 今になって――――)


 ずっと、ずっと欲しかったのだ。


 同じ様にループの記憶を持つ人物を。


 幾度と無く探して、でもそれはカミラ一人。


 早々と諦めて、でも、心の何処かで望んで。


(孤独を分け合いたかった、悲しみを、怒りを、喜びも、楽しかった時だって)


 幾ら記憶を見せて理解が得られても、長い繰り返しを共に過ごした本人ではない。


 カミラは力なく拳を降ろし、近づくセーラを見た。




「アンタわね、もう二度と一人で頑張んなくてもいいの。ガルドもアメリも、ユリウスも。――――アタシも居るんだから、さ」




「ありが、とう………………」




 頬に涙を伝わせるカミラを、セーラはふわりと抱きしめた。



「これで、アタシの勝ちね」


「ええ、私の負けだわセーラ」



 二人は皆が駆け寄って来るまで、ずっと、抱きしめ在っていた。


 カミラは敗北した。


 だがそれは、とても幸せな事だった。




「適わないなぁ…………」


 主と友人の戦いを見ながら、アメリは呟く。


 それは羨望、感謝。


 戦いの中に込められたセーラの想いは、カミラだけではない。


 アメリにも、ユリウスやガルドにも届く。


 セーラは、カミラと共に戦う事が出来る。


 しかし、きっと。


 死ぬときは――――別だ。


 アメリは、カミラと共に戦う事が出来きない。


 けれど。


 カミラと共に死ぬことは出来る。


 死、とは少々大げさだが、多分、そういう事なのだ。


「ああ、確かに羨ましい。だが、セーラに出来ない事を俺達は出来る、そうだろう?」


「そうですね、ユリウス様…………」


 カミラが飛んで跳ねて、巨人をいなし。


 そして――――勝利を納めたかに見えた。


 だが。


「負けちゃいましたねぇカミラ様」


「くくっ、そうだな。アイツらしい」


 抱き合うセーラとカミラの姿に、二人は苦笑する。


 カミラが勝つと思っていた。


 だが、敗北の姿も不思議ではなかった。


「でも、よかったですね」


「そうだな――――じゃあ、行こうか」


 二人は歩き出す。


 見れば対面からは、ガルドも同じ様な顔で向かっている。


「あ、そうだユリウス様。わたし、カミラ様達に言いたい事があるんですっ」


「それは奇遇だ。ガルドも同じだろうから、三人でしっかりと言っておこうか」


「はいっ!」


 そして――――。


「そぉいっ! 何してるんですか二人ともおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」


「あいたっ!」


「うわっちょっ!」


 すぱん、すぱーんと、良い音が二つ響いた。



「(ちょっとカミラ、これ何時まで続くのよ…………!)」


「(私に聞かないでよっ! っていうか話かけないでっ!)」


「はいそこっ! ちゃんと聞く!」


 あれから三十分、何度目かのハリセンが振り下ろされた。


「だいたい、いいですかカミラ様、セーラ。お二人とも毎回毎回――――」


 アメリの言葉に頷くユリウスとガルド、その三人に囲まれて正座するカミラとセーラ。


 そう、時は正に――――お説教タイム。


「いやね、アメリ。これは…………」


「駄目です。言い訳は聞きません」


「まぁまぁアメリ、ここはアタシに免じて――――」


「――――いや、そなたも同罪だからな?」


 取り付く島のないアメリに、うぐぐ、と唸るカミラ。


 それとなく責任回避しようとして、釘を刺されるセーラ。


「お二人が戦うのは百歩、いえ千歩譲ってアリとしましょう」


「本格的な戦闘になったのは…………許すか? どう思うガルド」


「何だかんだで二人とも好戦的だしな、そこまでは良いのではないか?」


 そろそろ脚の痺れを感じながら、カミラとセーラは黙って聞く。


 さっきまでの感動的な空気は何処へ行ったのだろうか。


 ここはその空気のまま、ユグドラシルの解体に向かうシーンなのでは。


 二人は腑に落ちない気持ちを、申し訳なさそうな顔で隠しながら、互いに肘でつつきあう。


「(セーラ、貴女の所為よ。あんなもの持ち出さなければ)」


「(それを言うならアンタだって、そもそも魔王の力無しにあれだけ戦えるのが非常識なのよ、ホントに伯爵家のご令嬢なの?)」


「話は黙って聞くっ!」


 すぱぱぱんと連続ハリセンが飛び、二人揃ってうぐぐっとダメージ。


「どうして何時も、全力で武力を用いるんですか…………」


「大丈夫よアメリ、武力以外も全力だわっ!」


「出会い頭にガツンといかないと、マウント取れないわよアメリ」


「その考えから矯正してやろうか二人共ぉっ! だいたい、後始末するのは誰だと思っているのですかっ!」


 うがー、と吠えるアメリを前に、カミラは立ち上がった。


 脚がプルプル震えていたが、そんなものはご愛敬だから、セーラはさり気なくつつくのを止めるべきである。


「ごめなさいアメリ、そしてユリウス、ガルドも。心配をかけたわね」


「…………ホントにご理解頂けてるんでしょーか、カミラ様?」


 訝しむ様な視線を送るアメリに、カミラはあら手強いと心の中で冷や汗。


 カミラだけでは分が悪いと、セーラも立ち上がる。


 だからカミラも、さり気なくセーラの脛を蹴るのは止しておくべきである。


「…………仲がいいな、そなたらは」


「成る程、喧嘩する程仲がいいとは、こういう事なんだな」


 麗しき、麗しき? 友情に男二人は、何しにここまで来たのだっけ、と遠い目をし始めるが。


 カミラとセーラは、気づかずにアメリを宥める。


「今回は軽率だったわアメリ。今度から何かする時は、アンタにも相談して、関わって貰う。勿論、アタシが何か危険な事をしようものなら、遠慮なく注意して止めてもらっていいわ」


 但し、それで諦めるとは言っていないし、危険な事をしないとも言ってない。


「そうよアメリ。何だったら書類で残して、破ったら罰を受けるわ」


「……………………もう一声」


「わかったわ。アタシ秘蔵のBL同人もつける…………っ!」


 悩んだ末、追加を望んだアメリに、セーラは虚空からとある書物を取り出す。


 ガルド×ユリウス本と書かれた、やけに嘆美で薄い本を差しだし、しかしてそれは横から出てきた手に奪われ。


 その手の主、カミラはそれを瞬時に三冊にコピーするという高度な魔法技術の無駄遣いを見せた後、セーラの胸ぐらを掴む。


「――――先生。次は、ユリウス×ユリウス本で頼むわ。言い値でいい」


「ショタユリウスと老ユリウスね! よし乗った――――!」


「あ、わたしは。男カミラ×わたしでお願いしますセーラセンセー」


「帰るまでにプロット構想を考えておいて」


 むふふふ、きゃいきゃい、とよからぬ話を始める女性陣に、男性二人はどん引きである。


「ゆ、ユリウス? 何だか凄い方向に話が行ってないか?」


「くッ、よく解らないが、このままだと不味い気がすするッ! 止めるぞガルドッ!」


 襲われている訳でもないのに、貞操の危機を感じたユリウスは。


 同じく本能的に危機感を覚えているガルドと共に行動を開始する。


「おいセーラ。男二人では寂しい、もっと余をかまえ」


「――――へぁっ!? が、ガルドぉっ!?」


 ガルドに後ろから抱きつかれ、顔を赤くするセーラ。


 その光景を、カミラとアメリの二人ひゅーひゅーとはやし立てる。


(これで目的は達した。けれど、俺も便乗させてもらおう)


 ユリウスもまたカミラの横に立ち、その細い腰をぐいっと抱き寄せる。


「皆と話すのも良いが、お前は真っ先に俺の所に来いよ」


「~~~~はわぁ………………はい、ユリウス様ぁ」


 ちょっとした嫉妬と共に、渾身のスマイルを見せるユリウスに、カミラはくらっとよろめき、ぴたっとその身を委ねる。


「チョロいっ!? 二人ともチョロいですよっ!?」


 真逆、このまま甘ったるい空気が流れるのか。


 二つのカップルを前に、一人寂しく眺めるしかないのか。


 アメリが最悪の未来に戦慄し、ガタガタ震え始めたその時。



「――――いや、いい加減にしなさいよ」



 助けは来た。


 このユグドラシルに居る中で、もう一人の独り身。


 そう、シーダ0である。


「陛下も、元陛下も、何してんですかい。オレとシーダ嬢ちゃんは一番上で待ってたんですぜ」


 そしてもう一人、フライ・ディア(既婚・二児の父親)が、やや呆れながらその後ろに。


「すまない。ちょっと因縁の対決があってな」


「いえ、見てたから事情は知ってますけど、終わったならとっとと来てくださいよ陛下達…………。後はこのデカイ塔をぶっこわすだけなんでしょう?」


 その言葉に、ユリウスの腕の中にいるカミラへ視線が集まる。


「え、何? 何で皆、私を見るの?」


「そういえば、ちゃんと聞いていなかったな。――――カミラ・セレンディア。そなたは、このユグドラシルをどうする算段なのだ?」


 もし支配し、利用すると言うならば、とガルドは睨むが、カミラはあっさり答える。




「ああ、ユグドラシル? 別にいいわよ壊しちゃって。私には必要ないもの」




 なんの気負いも無く、演技も無く、虚勢を張るでも無く。


 どうでもいい、と出された言葉に、一同は沈黙した。


「――――――――、いや、薄々は気づいていたが」


 ユリウスが苦笑する。


「まぁ、あの態度では。そんな感じはしてましたけど…………」


 ですよねー、とアメリも苦笑気味に頷く。


「いや、アンタ…………。その結論があっさり出るなら、とっとと膜破っておきなさいよ」


 セーラが明け透けに、不満を言う。


「うむ、その言葉が聞けて余も安心だ」


 うむうむ、とガルドも頷き、恋人とは良いものだなぁ、余もセーラと…………、と呟き、セーラの顔が真っ赤に。


 フライ・ディアは、ま、こんなもんだろ、と生暖かな視線を送り、シーダ0が問いかけた。



「…………これから何が起こるか解らないわ。それでも?」



「ええ、勿論。――――だって、私の事はユリウスが幸せにしてくれるから」



 カミラは返す、晴れやかな顔で。



「それに、ユリウスは今までと変わらず私が幸せにするわ」



 皆を見渡して、カミラは続ける。



「私には沢山の人が、頼れる人々が居るもの」



「間違ったら正してくれる人。間違っても着いてきてくれる人。私以上に、皆の幸せを考えてくれる人」



「私は得た。私と同じ熱量で、私と同じ深さで、私と同じ大きさで、私を愛してくれる人を」



 だから。



「だから、大丈夫。――――怖いものなんて無い」



「これから先は、いつ崩れるか解らない偽りの平和なんて、要らないのよ」



 カミラは、真っ直ぐにシーダ0を見た。



「ありがとう“私”。この時間は、私がもっと良くしてみせる」



「――――“私”の決意。確かに受け取ったわ」



 二人のカミラは微笑む。


 一人は、愛しい人の腕の中で。


 一人は、未練を残した黒色を纏い独りで立って。


 ――――故に、カミラも問いかける。


「“私”こそ、“もう”いいの? ユグドラシルが無くなる事について未練はない?」


「愚問ね“私”。これが仮に私の時間だったとしても、同じ答えを出すわ」


 シーダ0も、あっさりと答える。


 だが。


(――――ええ、そうでしょうね。“私”が諦める訳がない)


 そして同時に、彼女の用事が“済んでいる”事を確信した。


 カミラとセーラが戦っている間に。


 もしかしたら、ここに到着する前に、もう済んでいたのかもしれない。


(私ならそうする。――――なら、“わたし”だって同じでしょう?)


 カミラが“それ”を読んでいる事は、きっとシーダ0も同じ。


 その上で、共に口には出さない。


(動くのは、今じゃないわ)


 シーダ0には“特大のプレゼント”が用意してあるのだ。


「どちらの意見も一致したわ。なら、始めましょうか。ここからでも出来るのでしょう?」


「ええ、だけど念のために外に出てからの方がいいわ」


 二人は静かに見つめ合うと、共に歩き出す。


 周囲は、どこか不穏な空気を感じながら続く。


 エレベーターの中に入り、妙にピリピリとした空気に耐えきれず、誰か何か言えよ、と当の二人以外で押しつけ合い、ならばとフライ・ディアはガルドに話題をふった。


「そういえば、おめでとうございますガルド辺境泊閣下」


「え、何それ。ガルドが辺境泊ってどういう事!?」


 ピリついた空気も何のその、セーラは思わず食いついた。


「ああ、セーラは知らなかったか。ユグドラシルが無くなれば、魔族はちょっと特殊な魔法を使える人間になる。人間への敵意も消える――――あれはユグドラシルの誘導だからな」


「ってな訳で、魔族は王国に編入される事になったんだぜ嬢ちゃん」


「魔族はユグドラシルの崩壊と共に消え、それと共に彼らに虐げられていた“可哀想な”町が発見される。そういう筋書きよセーラ」


 カミラの補足に、ガルドは笑う。


「余は、王国に密かに接触し、王命によって魔族の行動を妨害していた勇気ある町長の息子、という訳だ」


「へぇーー。なら、これが終わればアンタは辺境泊って事なのね」


「学院の卒業後、という但し書きは付くがな」


 つまり卒業後は、ガルドはセーラと離れ、何処かの令嬢と結婚する可能性がある。


 そんな事実に行き着いてしまい、セーラは表情を暗くした。


 ガルドがセーラに手を伸ばそうとする前に、ポーンという軽快な音と共に、一階に到着。


 ぞろぞろと外に出る中、キラリと目を光らせたフライ・ディアは、更に話題をふる。


 魔王の忠信フライ・ディア。


 彼は四天王の中でも、脳味噌まで筋肉で出来ていると専らの評判だが、気遣いが出来る、女心も解る、少々お節介な、筋肉ナイスミドルである。


「いやぁ。辺境泊ともなれば、ガルド閣下にも嫁さんが必要でしょう。どうです? ご命令とあらば、見繕って置きますが?」


「それについてだがな…………一つ、考えというか。頼みたい事があるのだ」


 ガルドの言葉が、自身に向けられているとも知らず、セーラの顔が青くなる。


 最新技術によって、解体の際に離れるのは百メートルもあれば安全だ。


 そこに着くまで会話は一度途切れ、セーラの目が死に、ガルドは真剣に。


 事態を悟った周囲の皆がニヤニヤと見守る中、到着し足を止めたガルドは、セーラの前に片足を着いた。


「親愛なる友セーラ。余はそなたに伝えたい事がある」


「え、え? あれっ? な、何よっ!?」


 セーラはガルドに左手を取られ、その表情に、膨大な“熱”と、懇願の響きを感じて戸惑った。




「――――余は、そなたが欲しい。そなたと余の間には、まだ確かな関係は築けていないかもしれない。だが、どうか。お願いだ。余は一生涯をかけてそなたを愛し、幸せにする事を誓う」




「セーラよ。――――余と結婚して欲しい」




 目を丸くし、口をぱくぱくさせ、真っ赤になって顔を反らして、おどおどと戻す。


 そして、彼女らしからぬ、か細く震えた声で答えた。



「…………はい、よ、よろしく」



「おおっ! ホントだなセーラ! 余は聞いたぞ! 確かに聞いたぞっ! 皆も聞いたなっ!」



「~~~~っ!? だ、抱き上げ――――、ああ、もぅ…………好きにしなさいよぉ」


 セーラをお姫様だっこして喜ぶガルドに、皆は祝福の拍手を送る。


 おめでとうの言葉が響きわたる中、カミラとシーダ0は視線を合わせ頷く。



「それでは――――っ!」



「二人の前途を祝って――――っ!」



「「ユグドラシル崩壊スイッチっ! オーーンっ!」」



 ぽちっとな、と言いながら二人のカミラは、シーダ0が取り出した“自爆スイッチ”のボタンを一緒に押す。


 その直後、ゴゴゴ、という地響きと共にユグドラシルが原始分解を始め、先端から光の粒子に変化してゆく。


「そんなノリで壊していいんですかコレっ!?」


 ――――消えてゆく。


「ちょっとっ!? アタシ達をダシにして、壊してんじゃないわよっ!?」


 ――――消えてゆく、前史文明が残した祝福/呪いが。


「見ろセーラよ、まるで世界が祝福しているかの様な綺麗な光景ではないか」


 ――――光となって、消えてゆく。


「閣下、おめでとうございます! 次はお世継ぎ期待してますぜぇ!」


 ――――古い柵とと共に、消えてゆく。


「…………まったく、カミラらしい。いや、俺たちらしいって事かな」


 五分間続いたそれを、皆は一心に見つめていた。


 これで、もう残す事は何も無い。


 これからは、明るい未来が待っている。


 誰もがそう思った。――――二人以外は。



「――――じゃあ、始めましょうか」



「ふふっ、やっぱり気付いてたのね。でも“私”だもの、当たり前よね」



 全身から紫電を、侵・雷神拳を纏わせたカミラに。


 錆び付き、ボロボロになった聖剣を構えるシーダ0に。


 皆が目を丸くする中、カミラは言う。


「――――全員、構えなさい。まだ終わっていない。“私”は最後にとんでもないモノを盗んだわ」


「は? え、カミラ様!?」


「ぬぅ、ここで来るのか。――――わかった協力しよう」


「それで、何を盗まれたんだカミラ」


 聖剣を抜いて構えるユリウスに、カミラは答えた。


「壊れたのは器だけよ。中身の大事なモノは全て“私”の手の中」


「それはどういう事だよ嬢ちゃん!?」


 フライ・ディアの叫びに、カミラは獰猛な笑みで、黄金瞳を輝かせた。



「ユリウスを諦めて、他の私の幸せを補助する? そんな殊勝な事を、この“私達”がするモノですかっ! “私”の目的はどこまで行っても“ユリウス”と共に居る事。その為ならば、全てを犠牲にするわっ!」



「ふふっ、ご明察よ“私”。さぁ、乗り越えてみせなさいっ! 勝てたなら大人しくこの場を去りましょう」



 でも、と彼女は嗤った。



「負けたのならっ! “私”に変わってユリウスを私が愛するわっ! そして世界も支配してみせるっ! ――――さぁっ! さぁさぁさぁっ! 未来を掴みたければ、私を倒して“輝き”を見せなさいっ!」



 ――――そして、最後の戦いが始まった。





「先ずは小手調べといきましょうか。聖剣・最大解放――――」


 時間操作による瞬間移動で大きく距離を取ったシーダ0は、聖剣を対新人類用処刑モードに展開。


 同時に、魔王の権限にて膨大な魔力を使用し、空が見えなくなるほど魔光弾を打ち出す。


「何が小手調べよ初代バカオンナぁっ! 全力全開じゃんっ! アメリ! アタシの後ろに隠れときなさいっ!」


「ちぃっ! あれが魔王の力なら、聖剣で対応出来る筈だ、やれるかユリウス!」


 ユリウスは即座に返答しようとした。


 今は一刻を争う事態、――――――――だが。



「止まりなさい“私”! でなければユリウスを殺す」



「――――…………へ?」


 瞬間、空気が凍り付いた。


 こともあろうに、カミラはユリウスの首筋にいつの間にか取り出したナイフを当てている。


「…………うん? カミラ? お前、何やってるんだ?」


「その手があった! でかしたバカオンナ!」


「カミラ様!? 何してるんですかっ!? ここは盛大なバトルが始まる所じゃないんですかっ!?」


「なるほどなぁ…………こういう手もアリなのか…………」


 ガルドが余計な事をラーニングしているのはさておき、シーダ0でさえも、ちょっと思考が追いつかない。


 ドヤ顔で、最愛の恋人を人質に取る“自分”に、どう対処すればいいのだろうか。


「――――え、待って。本当に待って、それは無い。無いわよ“私”!?」


「勝てばいいのよ勝てば」


 同じ存在だというのに、この差。


 ユリウスは命の危機だというのに、興味深げに見守る。


「今は、最終決戦で、こう、ラストバトルだ! 的に盛り上がる所じゃないの!? 私を乗り越えて、過去の全てを乗り越えるとか、そんな感じじゃないのっ!?」


 これが今までで一番幸せな“自分”のやり方なのか。


 過去の“自分”は、全て乗ってきてくれたというのに。


 困惑を隠せないシーダ0に、同調するはユリウス以外の味方。


「…………普通はそうですよねぇ」


 こくこく、と頷くアメリ。


「ご愁傷様ね、初代バカオンナ。育てすぎたのよ最新型を、ご覧の通り脳味噌あっぱらぱーじゃない」


 同情の視線百パーセントのセーラ。


「余も、流石に同情するぞ…………過去の繰り返しでも、そういえば見かけたなぁ…………そうかぁ、生で感じるのはこんなにやるせないのか…………」


「これでいいのかねぇ…………」


 ガルドとフライディアは、気まずそうな顔で。


 当のカミラは、そんな空気を全く無視して号令をかける。



「――――さぁ、ボコりなさい皆。全ての因縁に決着を付けるときっ!」



「キリっとした顔で言うんじゃないわよ“私”!? というか、それでいいのユリウス・エインズワース!」



 シーダ0の悲痛な叫びに、ユリウスへ視線が集まる。


 何を言うのか、肯定か否定か、兎も角これで事態が動く。


 緊張が走る中、カミラは一言告げる。



「解っているわね、ユリウス」



「ああ、勿論だカミラ。――――観念しろシーダ0、お前がその圧倒的な力を振るうというなら」



 ごくり、と誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。




「俺は――――、カミラを殺す!」




 ナイフを突きつけるカミラと同じく、ユリウスは聖剣をカミラの首筋に当てる。


「貴男も頭沸いてるんじゃないのっ!?」


「ふふっ――――それでこそユリウス」


「何、死ぬ時は一緒だカミラ…………」


「何なのよもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」


 特に戦闘行為があった訳でもないのに、激しく疲労した様に、聖剣を地面に突き刺し杖にするシーダ0。



(――――引っかかったわね“私”ぃっ!)



 内面で、ウケケケと笑い声を上げながらカミラは次なる策を実行、タキオン粒子の移動を察知されないように慎重に操作を始める。


(信じていたわ。ユリウスならば私に着いてきてくれるって! 必要なのは“私”の意識を戦闘から反らす事、そして、私に聖剣が接触する事)


 どーすんだこの事態、という微妙過ぎる空気の中、カミラはユリウスに謝罪する。


「ごめんなさいねユリウス」


「何を指すのか解らないが、存分にやれよ。俺はお前と共に行くだけだ」


「ちょっと、何を――――」


 その会話に違和感を覚えたシーダ0が問いただすも、時は遅し。


 カミラの“策”が発動する。



「――――『其は同一である』『滅せよ』」



「ッ!? 聖剣が、消える――――ッ!?」



 たったの二語、カミラが発しただけで、ユリウスの聖剣が光に分解されて消えていく。


 同時に、シーダ0の聖剣も光の粒子となって消えゆく。


「はっ!? ――――真逆!? やってくれたわね“私”いいいいいいいいいい!?」


「何をしたんですかカミラ様!? 大事な聖剣を消しちゃなんて!?」


 目を丸くするシーダ0とアメリ達、その中でユリウスは冷静にカミラの行動を分析した。


「――――人質は時間稼ぎ。いや、成功しても失敗してもどちらでもよかった。本命はあちらのカミラの戦力を削ぐ事」


「シーダ0の聖剣は、ユリウスの聖剣と同一の物よ。けれど、シーダ0の力が、タイムパラドックスを避けた上で、違う存在にしていた」


 説明するカミラを、シーダ0は睨みつける。


「因果、消滅――――!」


「ええ、そうよ“私”。だから私は貴女の聖剣とユリウスの時間的な“因果”を結んだ。そしてその上で消滅させれば」


「成る程、俺達は聖剣を喪うが、あちらもまた同様という事か」


 シーダ0と敵対する上で注意すべき点は三つ。


 一つ、魔王の圧倒的な魔力。


 一つ、時空間操作能力。


 一つ、対新人類処刑用機能が解放された聖剣。


 魔力の問題は、個々の能力で対応が可能だ。


 時空間操作は、カミラで何とかなる。


 だが、掠めただけで死に至る聖剣だけが、どうしようもない問題であった。


 それが今――――無くなった。


「馬鹿ね“私”。問答無用で殴ってくれば良かったのよ」


「あ、カミラ。後でお仕置きだぞ、有効な手なのは解るがせめて事前に可能性くらい伝えておけ」


「大丈夫よ。王様達には、魔王討伐と引き替えに喪われたって説明しておくから」


「そういう問題じゃないですよカミラ様!」


 後は囲んで殴るだけ、と軽口を叩きながら近づくカミラ達。


 シーダ0はその光景に、絶望を覚えた。


(嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼――――――)


 何故、こうなるのだろう。


 何故、こうなってしまうのだろう。


 シーダ0の心に、黒い暗雲が立ちこめる。


 焼けて乾いた大地に、恵みの雨など降らせず、日光すら、青空すら遮り始める。


(消えて、消えてしまった。たった一つしかなかったのに。ユリウスとの思い出の品、あれが最後の一つだったのに…………)


 目の前のカミラ達の光景こそ、シーダ0が望んで止まないモノだった。


(嗚呼、嗚呼、嗚呼、何故あそこに私はいないの?)


(何故、私とユリウスはあの場所にいないの?)


 解ってた、理解はしていた筈だった。


(過去の自分をいくら救っても、私のユリウスは戻ってこない。幸せになんて、決してなれない…………)


 でも、他に方法が思い浮かばなかった。


 過去に戻って自分に憑依し、やり直すべきだったのか。


 しかしそれは、ユリウスに再び“死”を味あわせる事と同義であり。


 何より。


(それはループでの犠牲を、全て無に返す事と同じよ…………)


 選べなかった。


(気付いていたわ、そうするべきだって、でも、駄目なのよ、無理なのよ…………)


 シーダ0となり平行世界を渡っていく中、気付いてしまった。


(私はもう、――――戻れない)


 時空の因果から切り離され、シーダ0になる前の世界には戻れない。


(何処に元の世界があるのか判らない。世界を渡る力でさえ衰えて、後何回もどれるか。それに)


 戻った所でその場所には、シーダ0となる前の絶望のまま死に至る別の自分が居るだけだ。


(私という存在は、“カミラ・セレンディア”から外れてしまった)


 だからもう、憑依は出来ない。




 シーダ0は永遠に、彼女が愛したユリウスに出会う事は無い。




(嗚呼、嗚呼、嗚呼――――)


 許せるものか。


 許してなるものか。


 カミラ達がシーダ0の至近距離まで迫った時、彼女は顔を上げる。


「――――聖剣を奪った所で、倒せるとは思わない事ね」


「あら、奥の手があるのかしら? プレゼントを送りたいから、後日にして欲しいのだけれど」


 哀れみの視線を投げかける“自分”が憎い。


 隣に居る元気な姿のユリウスが憎い。


 セーラもアメリも、ガルドもフライ・ディアも全部、全部が憎い。


「目障りなのよ“私”! どいつもこいつもっ! 私の目の前で幸せになってっ!」


 シーダ0は銀の懐中時計を握りしめ、タキオンを注ぎ込む。


「――――っ!? 皆、距離を取りなさい! 仕掛けてくるわっ!」


 時間停止による瞬間移動からの各個撃破、或いは、逃亡か。


 カミラが判断する前に、シーダ0の“奥の手”が完成する。



「最後に頼れるのは、結局自分自身のみっ! ――――この恨み、晴らさでおくべきかあああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」



 瞬間、シーダ0が大量に出現した。



「はぁっ!? 増えたぁっ!? ちょっとカミラ! 向こうのアンタは何考えてんのよっ!?」


「ど、どうするんですかカミラ様!?」


「増えた分だけ、魔王の魔力は分散するわっ! 捕まらない様に倒しなさいっ!」


「無茶言うなカミラっ!? そなた剣術も格闘も魔法も、全部一級品ではないかっ!」


 あーだこーだと叫びつつ逃げまどう皆に、カミラは叫ぶ。


「固まって行動っ! セーラとアメリは囮っ! 魔法はガルドと私がっ! ユリウスとフライ・ディアは物理で殴りなさいっ! 一定のダメージを受ければ消えるわっ!」


「「「時間稼ぎなんてさせないっ! このまま仲良く死に晒せえええええええええええっ!」」」


 ――――それは、悪夢の様な状況だった。


 国一番、否、人類最強の存在が、一斉に襲いかかる。


 カミラの指示は有効だが、三十分も過ぎるとボロが出始める。


 いくら倒しても、無尽蔵に沸いて出てくるのだ。


 無限の最強と有限の有能、どちらが有利かは考える迄も無い。


「どうするんだカミラッ! このままだとジリ貧だッ! ――――このッ! このッ!」


「オラァ! ――――オレはまだまだイケるっ! が嬢ちゃん達は限界が近いぞっ!」


「カミラ! すまないが魔力が切れそうだっ!」


「も、もう限界ですよぉカミラ様あああああああああああああああああ!」


「ああ、もうっ! 何とかならないのカミラっ!」



「「「じわじわと嬲り殺しにしてあげるっ!」」」



 カミラとて、ただ目の前の敵を倒していた訳ではない。


 時には極光・雷神撃で纏めて殲滅しても、分身体は直ぐに復活し、対処法を覚えたシーダ0には通用しない。


(――――ちぃっ! キリが無いっ! この分だと、“私”が侵・雷神掌どころか、極光まで使える様になるまで、そう長くは無いわっ!)


 カミラは一瞬の躊躇いの後、切り札、先ほどから言っている“プレゼント”の準備を始める。


(時間制限があるから、無力化してからにしたかったけれど、甘い考えだったようね)


 銀時計を握りしめ、カミラは叫んだ。


「――――援軍を呼ぶわっ! 後一分持たせなさいっ!」


「「「させるものかっ!」」」


 動きを止めたカミラに、シーダ0達は殺到。


 彼女は確信している、この“手”を通せば分が悪くなると。


 同じ存在なのだ、この場で出すモノが、ただの援軍である筈が無い。


 ユリウス達もまた、カミラを信じて群がるシーダ0を必死に排除する。



「――――ねぇ、聞きなさい“私”」


 

 カミラは語りかける。奇跡の雷により、戦場の外からタキオン粒子を直接運びながら。



「私は教えてもらったわ。圧倒的な力を、特異な力を振りかざし何かを排除する事は、幸せにはつながらないって」



 銀の懐中時計に、世界中のタキオン粒子が集まる。



「誰かを支配する事も、自分ですら犠牲にする必要なんてない」



 集まったタキオン粒子は、銀時計を通じ、時間、世界を超えて七〇四の銀時計へ。



「貴女は見つけるべきだったのよ、ユリウス以外にも大切な人を、切り捨てられない人々を」



 繋がる、シーダ0に救われたカミラ達に。



「憎悪に染まるなんて、みっともないわ。忘れたの? 私は誰かから奪ってきた分、幸せに生きなければならない事を」



 それは一度きりの奇跡、繋がった先のカミラ達は、それぞれのユリウスの手を手に取る。



「貴女には感謝しているわ。けれど言わせて貰う、――――根本から間違っているのよ。後生大事に遺品なんて抱えて、後悔だけで何回も何回も繰り返して」



 プレゼントの完成が近づく。カミラ達の周囲に、シーダ0達を囲むように、時空の歪みが出現する。



「理解している筈よ、私を殺して成り代わっても。ユリウスは貴女の愛したユリウスでは無いし、私のユリウスもまた、貴女を愛する事は無いって」



「「「全てを得た“私”が言うなあああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」」」



 カミラが語りかける度に、シーダ0の怨嗟の声と攻撃は激しさを増し。


 けれどユリウス達は、髪の毛の先一つ掴ませない程、完璧に防いでみせた。


「ありがとうユリウス、そして皆」


 目を閉じて深呼吸を一つ、続いてゆっくりと瞼を開け、黄金の瞳でカミラは世界を見る。




「そろそろ前を向きましょう“私”。――――『開け、プレゼントボックス』」




 その言葉が響いた瞬間、時空の歪みは人の形を取る。


「「「な、何が――――」」」


 一人では無い、二人。


「カーテンコールの時間よ“私”」


 七〇四組の二人が、その輪郭を明らかにしていく。


「これは…………カミラ様!?」


「俺も居る? ――――そういう事かッ!」


「数には数を、理屈は判るけどさ」


「まったく、カミラらしいな、余には無理だな」


「でしょうな、嬢ちゃんにしか出来ねぇよ」


 カミラはニヤリと笑って、号令をかけた。



「蹂躙するわよ“私達”――――っ!」



「「「行くわよユリウスっ!」」」



 形勢は逆転した。


 無尽蔵とはいえ、魔王の魔力が分散したシーダ0。


 対し、聖剣を持ち合わせたユリウス達と、疲労ひとつ無いカミラ達。



「――――ちぃっ! 力こそ全てなのよっ! 貴女達だって思い知ったでしょうっ!? 絶対的な安寧と愛の為には必要なのよっ!」



 カミラ達の一撃でシーダ0は動きを止められ、ユリウスの聖剣が振るわれる度、消え去り復活する事は無い。



「大切な人が居ても、ユリウスの安全には繋がらなかった! だからそんなの要らないわっ!」



 シーダ0は叫ぶ、抵抗する。



「私は間違っていないっ! 間違ってなど――――っっ!」



 髪を振り回し、血の涙を流し、鬼の形相で“自分”に掴みかかる。



「私には誰も居なかった! ユリウス以外には誰もっ! 誰も手を差し伸べてくれなかったっ!」



 一人、また一人とシーダ0の分身体は消えゆく。




「――――ユリウスが居ないのに、どうして幸せになれるのよっ!」




 そして、シーダ0は一人となった。




「…………これで、貴女一人よ」


「――――ぁ…………」


 囲まれたシーダ0はよろよろと歩くと、ペタンと座り込む。



「…………して」



「………………殺して」



「………………もう、私を殺してよ」



 シーダ0は涙する。


 はらはらと大粒の涙をこぼしながら、悲痛な声で。



「嗚呼、嗚呼、ああ…………。何時もこうね、私の行く先はループの頃から同じ」



 それを、カミラ達は黙って聞いていた。


 聞き逃すまいと、静かに耳を傾けた。



「私は幸せになんて、なれないのよ…………ユリウスに愛されなどしないのよ…………」



 ここに居る一人の少女は、誰よりも頑張って、でも、誰よりも報われなかった自分自身。




「ねぇ、もう、殺して? 殺してよ…………。疲れたのよ…………」



 それは哀れだった。


 それは悲しかった。


 死んだ者は蘇らない、費やした時は戻らない。


 彼女を直接救う事は、ここに居る全ての人間が出来ない。


 しかし――――。



「それでも、それでも。言わせて貰うわ“私”」



 のろのろとシーダ0は顔を上げる。


 その表情は、何千年も生きた老婆の様で。


 その表情は、生命の無い人形の様で。


 何も言わず、カミラの言葉を待つ。



「――――まだ、終わってないわ」



「…………終わって、ない?」



 カミラは優しく微笑んだ。



「貴女は沢山の“私”を救ったわ。…………この私も」



 全てのカミラとユリウスが頷く。



「ありがとう、始まりのカミラ・セレンディア」



 全てのカミラとユリウスが、銀の懐中時計を共に握る。



「貴女のお陰で、私達は幸せになった。――――だから、もうひと頑張りしましょう?」



 タキオン粒子が輝く、召喚されたカミラ達の体を構成していたそれが、分解され、誰の目から見ても輝き始める。



「もう、貴女は“私達”を助けなくてもいい。…………今度は、“私達”が助ける番」



 カミラもまた、ユリウスと共に懐中時計を握る。


 タキオン粒子が、輝く。



「なに、を…………」



 戸惑うシーダ0に、カミラは微笑む。



「これが“私達”から貴女へのプレゼント」



 他のカミラが言葉を引き継ぐ。



「最後のチャンスよ、絶対にモノにしなさい」



「ユリウスと共にここに来たのは、貴女に見せつける訳じゃないんだから」



「安心して“私”。貴女を、貴女のユリウスの所へ導いてあげる」



「“私達”はさ、ユリウスの隣でないと幸せにはなれないものね」



 言っている意味が解らないと、シーダ0はゆるゆると臆病そうに首を振った。


 カミラはユリウスと共に、開いている手でシーダ0を立ち上がらせる。



「貴女が幸せになる方法について、“私達”は一つの結論に至ったわ」



「…………そんな、方法があるの?」



 弱々しくシーダ0が口を開く。



「ええ、今から貴女を送る所は。貴女の死んだユリウスが、その魂と記憶を持つ所」



 カミラ達の輪郭が、淡くなっていく。



「嘘っ! 出来っこないわっ!」



 膨大な量のタキオン粒子が渦巻き、時空に穴を開ける。



「ふふっ、一人では出来ないでしょうね。だからこうして全ての“私”と“ユリウス”がここに居るのよ」



 カミラ達とユリウス達が消えゆく。



 シーダ0の体が、ふわりと宙に浮く。



「その縁を元に、探し出すと!?」



「ええ、だから貴女も信じて、そして探しなさい。貴女が愛し、貴女を愛するユリウスを。――――貴女の、幸せの続きを!」



 召喚された全てのカミラとユリウスが、笑って光りとなった。



 彼女達はその想いと共に、シーダ0の中に入り。



 とうとう、時空転移が始まる。




「――――幸せになりなさい」



「――――言われるまでも無いわ」



 浮かび上がったシーダ0は、カミラとユリウスの手を離れ、時空の穴に吸い込まれ。




 ――――そして、シーダ0はこの世界から消えた。



 残るは少し荒れてしまった北の大地と、カミラとユリウス達。


 しばらくは、誰も口を開かなかった。


 全てが終わった余韻と、そして、シーダ0のこれからを祈っていたのだ。


 やがて、ぽつりとユリウスは問いかけた。



「幸せになれるかな?」



「心配する事は無いわ、だって同じ私だもの」



 カミラはユリウスに、笑みを浮かべる。



 それは晴れやかな空のように、澄んだ笑み。



「もう、シーダ0は間違う事は無いわ。それに、絶対に探し出す。なら、幸せになれない筈がないでしょう。――――それより」



「なん――――んんッ!?」


 

 カミラはユリウスの顔をぐいっと引き寄せると、その唇にキスをした。



「――――ふう、御馳走様。…………さ、帰りましょう!」



「帰ったらすぐに結婚式だからなカミラ」



「え、何それ聞いてないわよ!?」



「当然だ、今決めた」



 顔を真っ赤にして、あわあわもじもじするカミラ。


 同じく顔を赤くして、しかしカミラの手をしっかりと繋ぐユリウス。


 その光景にアメリ達は苦笑し、それから楽しそうに笑い合った後、二人を祝福の胴上げをするために取り囲んだ。





 ――――こうして、世界は自分自身の手で歩みを始めた。

 それを成し遂げたのは、カミラ・セレンディアという一人の少女の“愛”だった事は、言うまでもない。



 世界は、愛で出来ている。



 ~第一級資料、アキシア家令嬢アメリの手記から抜粋~





 今日でカミラ・セレンディアは十八歳になった。


「今宵は、満月が綺麗に見えるわ」


 セレンディア領一の高層ビル、もとい領主の館の屋上庭園でカミラは月にグラスを掲げた。


 なお、中身は諸事情により葡萄ジュースである。



 ――――カミラは、転生者“ではない”。



 前文明に生きた、誰かの記憶を持った。


 何百というループを経験した。


 ただの、ただの人間である。


(時が経つのは早いものね…………)


 結婚式や、第一子の出産、赤子を抱えての学生生活――――は、今も継続中だけれど。


 語り尽くせぬ程の幸せな日々と、騒々しい、楽しい日々であったのだ。


 カミラは幸せな溜息を一つ落とすと、優しく腹部を撫で。


 それから、銀の懐中時計を大事そうに両手で持つ。



「…………そろそろ、丁度良い頃合いだわ。ふふっ、何て言おうかしら?」



 楽しそうに笑うカミラの後ろから、一人の少女――――アメリが呼びかける。


「また、何か思いついたのですかカミラ様? お腹の子に障りがでてはいけませんから、事の次第によっては若旦那様に言いつけますよ」


「あらアメリ、シンシアも連れてきてくれたの?」


「はい、カミラ様のお姿が見えないとぐずっていましたので。此方に来る途中ですぐに寝ちゃいましたけど


 カミラはアメリから、齢一歳の子供。


 ユリウスとの第一子、シンシアを受け取る。


 髪はカミラと同じ水色で、顔はユリウス似の、カミラ的にはこの世の至宝とも断言できる愛娘。


「ふふっ、毎日見てるのに可愛いわ。親馬鹿になってしまいそう」


「いやぁ、あんどろいど?とかいう機械兵士を何十体と護衛に付けている時点で、十分親バカなのでは?」


「何言っているのアメリ、あと一個師団は欲しいわよ。ねーシンシアちゃん」


(そんな事言っていると、大きくなった時に過保護だって嫌われますよ)


 アメリは言葉には出さなかった。


 それは後にでも考えればいい事であり、何より。


 幼い我が子を抱き抱え、慈しむ母親の姿からしてみれば、無粋というものだ。


「よしよし…………ああ、そういえばユリウスはどうしたの? もうパーティは終わったのでしょう?」


「今は、酔っぱらった旦那様に絡まれていますよ」


「もう、パパ様ったらしょうがないのだから」


 カミラはクスクスと笑いながら、月と眺める。


「思えば、色々な事があったわね」


「どの事でしょうか? 月からの使者、空の新大陸、海底からの侵略者…………」


 指折り数えるアメリに、カミラは呆れ顔を向ける。


「どれも戦争にならずに終わったじゃない。もっと違う事があったでしょう」


「ああ、カミラ様が赤子抱えて学生生活を続行した事で発生した、空前の学生婚&学生出産ブームですね」


「その時は、授業にならなくて大変だったわねぇ…………」


「終わったみたいに言ってますけど、ブームは続いている上に、カミラ様は第二子を妊娠中ですし、何より関係各所に働きかけて、育児と学業を両立する体制を整えたのはわたしとセーラなんですけど?」


 シンシアが寝ているので、大きな声ではないが。


 しかしてはっきりと言うアメリに、カミラは視線を泳がせる。


「そーれーにー。わたしまだ、婚約者を紹介してもらってないのですけど。その辺りはどうなっているんです?」


 不満気なアメリに、カミラは笑う。


「ふふっ、貴女も往生際が悪いわねぇ…………。月の王国のイケメン第三王子から婿入りの打診が来ているでしょうに」


「はぁ…………? あのドグサレ陰険眼鏡ですか? そんなの、とっとと断っちゃってくださいよ」


 言葉では脈ナシに思えるが、その実、満更でもなさそうに頬を赤く染めるあたり、心配する事はなさそうだろう。


(しかし、劣化品とはいえ他にもユグドラシルがあって、それぞれが国を作っていたなんて…………)


 カミラ達のユグドラシルとは違って、洗脳装置などの物騒な機能はオミットされていたとはいえ。


 そのどれもが『聖女の為に鐘は鳴る』の会社が作った別ゲームの世界観のシステムが流用されているあたり。


(これ絶対、開発者の中に乙女ゲー好きが居たわよねぇ…………)


「きっと来年辺りには、金星や火星から、新たな国の使者が来ても不思議ではないわね」


「…………その、もっと仕事が増えそうな事を言わないでくださいよカミラ様ぁ」


 情けない声をだしたアメリに、カミラは冗談よ、と笑う。


「そうそう、話は戻るのだけれど。後で用意して欲しい物があるのよ」


「さっき言っていた、“丁度良い頃合い”ってやつですね。今度は何をするんです?」


 やや座った目を向けるアメリに、カミラは魔法で銀の懐中時計。


 即ち、タイムマシンを宙に浮かして見せる。


「私もね、前例に習おうと思うのよ」


「と、言いますと?」


「過去の“私”に、――――恐らく、シーダ0が行った世界の“私”に、エールを送ろうとね」


 その言葉に、アメリは得心が行った。


 しかし同時に、疑問も浮上する。


「何故今なのですか? あれから一年以上経っていますが…………?」


「ふふっ、時を超えた通信よ。こちらの経過時間は関係ないわ。それに…………」


「それに?」


 カミラは複雑な思いでその時計を見た。


 かつて、繰り返しを強要した元凶。


 今に続く、幸せをもたらした福音。


 シーダ0を平行時間軸に送った事、そしてその前の全てのシーダとユリウスの召喚は、カミラのタイムマシンに過大な負荷をかけ、その機能を停止させるという結果に終わった。


 事が発覚したのは後日で、その時はその時で苦労したのだが兎も角。


 この十八の誕生日に、漸く自動修復が終了し、使用可能となったのだ。


「簡単に言うと、一時的に壊れていたのが直ったから、使ってみようかなって」


「それはまた、エラく単純な理由ですねぇ…………。で、何時するんです? わたしも昔のカミラ様と会話したいです」


 はい、はいっ! と好奇心に溢れた様子のアメリに、カミラもテンションが上がる。


「じゃあ、今から少し、試してみましょうか。本番にはユリウスも呼ぶとして、練習という事で」


「やりましょう、ええ、やりましょうカミラ様!」


 銀時計にタキオン粒子を注入しながら、カミラとアメリはワクワク顔でその時を待つ。



 ――――どうか、幸せになります様に。



 ――――善き結末が、訪れます様に。



 カミラは祈る、願う。



 今度は貴女達の番だと。



 そして、銀の懐中時計は光り輝き、昔のカミラの像を結ぶ。


 間が良かったのか、どうやら隣にはアメリの姿も。


 カミラは、シンシア顔が見えるように抱え方を変えると、戸惑う昔のカミラ達に向かって第一声を発した。



「ハローハロー、――――――――」



(完)


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乙女ゲーに転生したら死亡フラグのある時報モブだったけど、魔王を簒奪しました 〜私は世界最強の力で――、今度は恋愛します!〜 和鳳ハジメ @wappo-

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