晒して、暴いて、大胆に、そして受け止めて④



 今、カミラは史上最大のピンチを迎えていた。



(こ、このままだとっ。の、脳が溶ける…………っ!)



 視覚は背徳。

 感触は幸福。



 そう、現在カミラの膝上にはユリウス――もとい、ユリシーヌがしなだれかかっている。



「ああ、可愛いカミラ。何を考えているんだい? どうか、俺の事だけ考えておくれ」



「あぅ、あ……うう…………」



 これは恐るべき卑劣な事態であった。



 ユリウスの実家から帰宅するその最中、そして学園に戻り定期テストを受けている期間も。

 その後、テストが返されてカミラのサロンで。

 皆がほっと一息付いているこの瞬間も、である。



「いやー、幸せそうでなによりですカミラ様。御結婚の暁には、わたしにもちゃんとお婿さんを紹介してくださいねーー」



「すっごい棒読みで言わな――――ひゃん!」



 いつもの紅茶ではなく、珈琲をブラックで飲みながら投げやりな態度のアメリに、カミラは最後まで文句が言えない。


 

 何故ならば、頬にちゅっとキスをされたからだ。



「なぁカミラ。俺がこんなに近くにいるんだ、例えアメリでもその目を向けないでくれ」



「~~~~ううぅ。み、耳元で囁かないでぇ…………」



「…………そうか、恋人にはこうして迫ればいいのだな!」



「ガルド……アンタはまた変な事を学んで……。間違ってはいないけど、ちょっと特殊な例だから忘れなさい」



 そうか、特殊なのか。と呟くガルドと、生温い目で見守るセーラのコンビはどうでもいいが。

 何よりカミラにとって、今のユリウスが最大の障害だ。



(やらなきゃいけない事があるのにぃ! うあああああん!)



 だって、あれだ。

 あれである。

 誰だって、恋人が四六時中熱烈に甘い言葉で迫ってくる状況。

 それを甘受せずにはいられない筈だ。



 それに何より、ユリウスは元々ユリシーヌとして、女として完璧に生活出来るほど中性的な色気の備わった人物だ。



 そんな恋人が、自分の武器を自覚し。

 女よりも女らしく美しい女装で、中身は男丸出しの。

 (カミラにとって)淫靡で。

 (カミラにとって)倒錯した。

 性癖クリティカルヒットの迫られ方をしているのだ。



(こ、これって据え膳…………じゃないっ! そうよ、そうよ。自重するの私! あ、あとでこれを堪能する為――――。い、いえ。ちょとくらいなら…………ううんっ、駄目よ駄目っ!)



 カミラは鼻血を出すのを精一杯堪えて、密着し頬を撫でているユリシーヌを、理性を総動員して十センチ程離す事に成功する。

 ちなみに、今までのベストレコードだ。



「ゆ、ユリウス……? 貴男の気持ちは嬉しいけど、テストも返却されたし、そろそろ私、やる事が――――」



「――――ふぅん? それって、俺との時間を裂いてまでしなきゃいけない事か? 俺との時間はその用事より“軽い”と?」



「うぐっ…………、ず、ずるいわよぅ…………」



 そう言われてしまえば、カミラは黙るしかない。

 正直な所、今のままでも良いかな? と思っているし。

 やる事と言っても、ユリウスとのイチャラブ新婚生活の為の、魔族や王族へのアプローチであり、まだ時間はある。



 無論、ユリウスの行為はカミラが“よからぬ”事をしでかそうとしているのを、察知してるが故の行動だ。

 その中身までは解らずとも、カミラという存在を野放しにしたまま放置すれば、何かしらの大騒動を起こすのは想像に難くない。



「ほら、また俺以外の事を考えてる。――――お仕置きだな、これは」



「ゆゆゆゆゆゆ、ユリウスっ!?」



 こんな場所で、と言いながら拒否しないカミラをいいことに。

 やたらと情熱に塗れた熱情の、性的な眼をユリウスはカミラに浴びせた。



「み、みんなが見てるから…………」



「大丈夫さ、俺達が幸せなら皆平和だから」



 そう言いながら、ユリウスはカミラの大きく形の良い胸を。

 冬使用の少し分厚い制服を、その長い指でフェザータッチでなぞる。

 なお、アメリは砂糖の壷を視界から遠ざけ、ガルドはセーラに手で目隠しされ、セーラはガン見である。



(今思えば、変なところで解りやすいなお前は…………)


 逆を言えば、知られたくない所はとことん見せないカミラだが。

 兎に角。

 ユリウスはかつて自分が迫られた様に、カミラへ迫る。

 だってそれは、カミラがして欲しい迫り方だと気付いたからだ。



 人前でするには少々どころか、教育にとても悪い姿を前にセーラはため息を一つ。



「…………いいなぁ」



「う、うむ? あの二人が羨ましいのか? セーラよ。というか手をどけてくれ、見えないぞ」



「アンタにはまだ早いっつーの。んで、あの二人が羨ましいんじゃなくて…………はぁ」



 セーラはそこで言葉を切った。

 言える訳がない。

 ガルドにセーラは思いを寄せている、恥ずかしがらずに言えば“好き”だ。



 だが、逆も然り…………ではない。

 ガルドという存在の精神年齢が幼いことを加味しても、彼にとってセーラの存在は“姉”だ。



(もうちょっと育ちなさいよアンタ。でないと心変わりしちゃうんだからね)



 少し切なげなセーラの様子に、ガルドはふぅむ、と気付いたのか暫し熟考。

 バカップルの破廉恥なんだかヘタレなんだか判らない遣り取りをBGMに、一つの提案をする。



「なぁセーラ。後学の為に、余もそなたの膝に乗って、抱きついてもいいか? そうすれば、何か解るかもしれん」



「なぁっ!? アンタ、何言って――――」「隙あり」



 思わぬ提案に同様したセーラの隙を言葉通り突いて、ガルドは彼女の膝に乗る。

 バカップルもう一丁追加だ。



(やってらんねーー)



 サロン内の空気は、砂糖どころか蜂蜜とメープルシロップに生クリームを足したくらい甘い。

 流石のアメリも、これには答えて静かに退出の準備を始めるが、そこに女性二人の声無き切なる視線が突き刺さる。



(話題! 何か話題出してユリウスの気を反らして頂戴アメリ!)



(助けてよアメリ! ひぇっ! く、首筋撫でないで! アンタ初めての筈なのに、なんでそんなに巧いのよっ!)



 流石はガルドというべきか、ユリウスの迫り方を完全トレースしてセーラに試し。

 故にセーラもまた、カミラと同じ状況に陥る。

 即ち――――幸せな地獄だ。



(お二方を目覚めさせたのは、全て貴女達の責任ですよ、――――南無)



 アメリは速攻で二人を見捨てる決意をしたが、はて、と手が止まってしまう。



(ちぃっ! しまった! カミラ様への伝言を忘れてました!) 



 うんざりした顔で、アメリは考える。

 特段、急を要するモノではない。

 だがしかし、――――酷くなるのだ。



(あー。ああーー……。寄宿舎に帰ったら、カミラ様へのラブラブが酷くなるんですよねぇ……ええ、あれからずっとですもん、わたしだって学びますよ)



 何をどう過ごしているのかまでは把握していないが、就寝時間ギリギリに戻ってきたカミラは、幸せな顔で憔悴している。

 その割には、純血を守っているらしく、一体何をシているのだか?



 ともあれ。

 貸し一つですよ、と二人に目で言い、アメリは席に座り直して口を開く。



「えー、おほん。そういえば、カミラ様にお伝えしなければならない事があるのを忘れていました。ですので男性のお二人は、はい、席に戻ってください」



「……アメリがそう言うなら仕方がないな」



「アメリがそう言うなら、余も席に戻るとしよう」



「あれ!? 私とアメリじゃ態度が違う!?」



「なんで、アメリが言うと素直に聞くのよ!?」



 ころっと平常運転に戻った男性陣に、抗議の声二つ。

 だが残念だが、常識人として信頼度が違うのだ。



「はいはい、お二人はもう少しご自分の行動をよーく振り返ってから言ってくださいねーー」



「うむ、そうだな」「ああ、そうだな」



 アメリは、ブーイングする残念美少女二人を置いて、前置きに入る。



「さて、もうそろそろ文化祭ですけど、わたし達のクラスは何をするか、覚えてますね?」



「ああ、確か喫茶店……だったか」



「余達が自分で料理を作って配膳するのであろう? 今から楽しみなのだ」



「何? 文化祭の話? ウチのガッコは飾り付けから買い出しまで専門の業者が入るし、当日の調理補助にプロが付き添うんでしょ。何かやることあったっけ?」



 セーラの言葉にカミラは頷いた。

 文化祭とはいえ、ここは裕福な商人、貴族の通う学院。

 その辺りのフォローはばっちり、至れり尽くせりで今更なにを話と言うのだろうか。



「ご存じの通り、準備打ち合わせなどは必要ありません。せいぜい料理の練習するくらいです。といっても、当日のわたし達の配置は“配膳”――ウェイトレスとウェイターです」



「ああ、本決まりになったのか」



「そうかぁ……余は調理しないのか……」



「あ、希望すれば当日、調理班に加わってもいいみたいですよ。――――それが一つめです」



 アメリはそこで右手の人差し指を立て、続いて中指を立てる。



「それで、二つ目。これが本命の話しです」



「あら? 他に重要な話があるのね? 何かあったかしら…………」



 首を傾げるカミラに、アメリは神妙な顔をして一言。



「――――今回から“ミスコン”が開催される事となりました」



「ミス……」



「……コン?」



 ミスコン。

 ミス学院コンテスト。


 その言葉に、ぬるま湯に浸かっていたカミラの脳細胞が猛烈に回転を始める――――。



(ミスコンイベント! 忘れていたわ、ゲームでも重要なこのイベントの事をっ!)



 このミスコンは、ゲームにおいて個別ルート確定をする最重要とも言っていいイベントだ。



(確か、生徒会に加わった主人公セーラに嫉妬したヴァネッサが、セーラを蹴落とす為に仕掛けた罠。今の状況では発生する訳がないのに――――真逆)



 カミラはキッと眉を吊り上げセーラを睨む。

 セーラは一瞬きょとんとし、顔をブンブンと横に振った。



「――――吐け、吐きなさいセーラ。今度は何を企んでいるの?」 



「ちがっ! 違うわよバカミラ! アタシは何もしてないし、わざわざ何かする理由も無いってば!」



「じゃあ誰が――――」



 これも“世界樹”の修正力なのだろうか。

 原作からすっかり外れてしまった今の流れに、何が起こるのだろうか。

 カミラがそう戦々恐々と警戒度を上げた瞬間、アメリの首から下げている“銀時計”が光を放った。



「うええ!? な、なんか光ってますよカミラ様!?」



「――――ちぃっ!? 今度は何が起きるっていうのよ!?」



「それはディジーグリーの秘宝! 何故アメリが持っているのだ!?」



 アメリの首元から自動で浮かび上がり、カパっと蓋を開けた懐中時計に、ユリウスは聖剣を呼び出し油断無く構える。



「カミラッ! 切るか!? 今すぐ切った方がいいのかッ!?」



「アンタこそ、またぞろ厄介事呼び込んでんじゃない!?」



「くっ、待って。私の予想が正しいなら――――」



 カミラとアメリ以外が、ディジーグリーの騒動を思いだし警戒する中。

 二人は目を見合わせ、確信をもって事態を見守っていた。



 そして。




『――――こ■■シ■ダ■04! 繰り返すこちらシーダ704! 聞こえてる“■”! 緊■事態な■!』




 時計から宙に浮かび上がったのはカミラの、今より数年以上歳を重ねたカミラの。

 ユリウスの実家に行く前の晩に、“平行未来”から連絡してきたシーダ704の姿がそこにはあった。



「お、おいカミラっ!? これは真逆そんな――――いや、そなたの“力”を考えれば」



「今は黙ってガルドっ! 様子が変なの」



 ガルドを始め、何より物言いたげなユリウスの視線を無視し、カミラは立体映像に注視した。

 映像の中のシーダ704は、以前と変わらず妊娠後期の大きなお腹だったが、そこは問題ではない。



(映像のブレが激しい、声も途切れ途切れね。相当無理して連絡してきた。それだけの理由――――)



 飛び飛びの音声で、シーダ704は訴えている。




『いい、よく■いて私。私の■■にも現■た“■■り者”が、こっちでは■しそこ■たのだけれど、どうやら■っちに“■■■動”した■しくて――――』




「もっとはっきり言ってっ! ノイズが激しくて聞こえないわ!」




『ごめん■さ■。急いでた■■そっちか■■通■は確■してない■。兎に角■■■! “あれ”は全てを■った■で、何を■■か■らない』




「何? 何が来るの私! そっちでは何が――――」



 カミラの声は届かず、一層ノイズが激しくなる。




『くれぐれも気をつけて! ユリ■スに■を■させないでっ! それが多分、最後の――――』




 ――――プツン。

 始まった時より唐突に、シーダ704からの通信が途絶えた。

 同時に、銀の懐中時計もその輝きを失い、アメリの首元に垂れ下がる。



 理解を越えた出来事に、静まりかえった室内。

 最初に言葉を発したのはユリウスだった。




「“あれ”は…………確かにカミラ、お前だった。俺が見間違える筈が無い。だが“あの”姿は――――」




 ユリウスの険しい表情を前に、カミラは静かに深く深呼吸。

 シーダ704が何を伝えたかったか、整理する時間が欲しかったが仕方がない。

 そして一度瞼を閉じると、意を決して言葉を紡ぐ――――事は出来なかった。




「ええ、話すわ。全部、全部聞いて――――って、今度は何よっ!?」




「――――チィッ! 悠長に話をしている暇は無いって事かッ! 何か来るぞ皆! 構えろッ!」




 全員が立ち上がり、距離を取る。

 先ほど立体映像が写っていた場所に、今度は黒い、暗闇よりなお暗い暗黒の穴。

 しかし、カミラだけにはそこが“タキオン光”で目映く見えていた。



 そして。





 こーほー、こーほー。

 そんな態とらしい呼吸音と共に、仮面を付けた一人女性が降り立った。





「こーほー、こーほー。――――あいむ・ゆあ・ふゅーちゃー」





「ノオオオオオオオオオオオオオオオ! って、何しているの“私”ぃいいいいいいいいいいい!」



 思わず、予想の斜め下の状況に失意体前屈をするカミラ。

 そしてその言葉に、他の者が同様する。



「は? え? 今なんて言ったカミラッ!? アレがお前とは、何を言っているんだッ!?」



「…………これは、平行世界のカミラか? それとも未来の? カミラの力はそこまでなのか!? いや、この場合心配するのはタイムパラドックス? セーラ! セーラ!? 余、余はどうすればいいのだっ!?」



「アタシに振らないでよガルド!? ――――うーん、これホントにカミラなの? こんなネタ満載…………いや、この当人以外にはアタシにしか伝わらないネタ。やっぱりカミラなの?」



「えーっと。シーダ様……で、よろしいですか? 取り敢えずテーブルの上から降りてください」



 訂正。

 カミラの奇行で耐性の付いたアメリだけが、冷静に状況を進める。

 アメリの言葉に従い、テーブルから降りたシーダらしき不審者は、黒いガスマスクを外さないまま、辺りを見渡した。



「こーほー。アメリにセーラ、そっちの見慣れて見慣れないない男はドゥーガルド。…………ユリシーヌ? え、ユリシーヌ? 何でこの時期にユリシーヌ? いったい“私”は何をやって――――」



 カミラ以外には、正確に把握出来ない事をぶつぶつ呟く不審者に、ユリウス達も警戒を解く。



「よく解らないが、先ほどのカミラともまた違うカミラみたいだな…………」



「え゛? ユリウス、アンタ“あれ”がカミラだって認識できるの? 話の流れでなんとなくじゃなく?」



「いや、あの声と体格。先程の映像のカミラともまた違うが、確かに“アレ”はカミラだろう? 見て判らないか?」



「アレが自分で言わなけりゃ判らないわよっ! ――ったく、あのバカ女。常日頃から規格外の変態だと思ってたら、真逆、こんな無茶苦茶な奴だったなんて…………頭痛いわ。ガルドじゃないけれど、タイムパラドックスとかはどうなってるのよ…………?」



「たいむぱらどっくす? ガルドも言っていたがそれはどういう――――」



 ユリウスが首を傾げ疑問を晴らそうとしたその時、漸くカミラが復活する。



「――――それで、何しに来たの“私”。シーダ704が何か連絡してきたけど、関係あるの?」



「こーほー。嗚呼、あの“私”、ギリギリで間に合わなかったみたいね」



 向かい合うカミラと推定カミラ。

 方や白い制服で、方や喪服の様な黒一色のドレス。

 黒尽くめで不吉な印象があったが、同じく黒のガスマスクでシリアスが仕事をしない。



 何を考えているか解らない自分に、カミラは頭痛を覚えながら提案する。



「取り敢えず、その趣味の悪いガスマスクを外しなさいな? 前世紀過ぎるネタも、もういいから」



「あら、いいの? 私が“コレ”を外すと――――ユリウスが惚れてしまうわ!」



「ユリウスは! “私”と! ラブラブなの! いいから外しなさい! あーーもうっ! 面倒臭い女ねっ!」



「カミラ、カミラ。お前それ、盛大なブーメランだって解ってるか?」「ブーメランだな」「ブーメランね」「盛大なブーメランですよカミラ様」



 ユリウスを皮切りに口々にツッコまれ、Wカミラはぐうと同時に呻く。



「どうやら味方は“私”だけね…………」



「さぁ、それはどうかしら」



「え? ――――――――っ!?」



 不審者カミラの言葉を問い返そうしたカミラ、そして他の者も、その素顔を見て一様に息を飲んだ。



「シーダ様…………、その、お顔は…………」



「ふふっ、ちょっとね。でも心配いらないわアメリ“様”」



 素顔は確かにカミラと瓜二つだった。

 当然である、同一人物だ。

 だがそこには、顔の右半分が大きく火傷の痕。

 そして、左は額から顎まで続く太い切り傷の痕。

 しかし、当のカミラは“そこ”以外に衝撃を受けた。



(――――っ!? “様”!? アメリ相手に“様”付け!?)



 カミラは戦慄した。

 目の前のシーダ、いや、カミラはいったい何なのだろうかと。



(シーダ704はアメリを喪ったと言っていたわ。でも、あくまで“喪った”のよ。今みたいに他人行儀ではないわ)



 この異常事態をアメリは気付いているだろうか。

 カミラは焦り視線を向けると、アメリもまた、困惑した顔を見せている。



(多分、アメリと私の出会いは、きっとシーダ達の積み重ねの答えの一つ! となれば“アレ”はあの時のアメリを見捨てたか、出会わなかった私!)



 一つ気付けば、連鎖的に違和感に気付く。

 何故だ、何故だ、何故だ、何故――――――――。




「皆っ! そいつから距離を取りなさいっ!」




 カミラの切羽詰まった叫びに、推定シーダ以外の全員がとっさに大きく離れていく。



「うふふっ。流石というべき? いえ当然ね、だって“私”だもの」



「ええ、気付くわ“私”。だって“私”だもの。――――ねぇ教えて?」



 カミラは拳を堅く握りしめて、鋭い視線を向けた。 これだけは、はっきりさせなければならない。




「何故――――ユリウスに抱きつかなかったの?」 




 そう、ユリウスだ。

 あれがどの様な道を辿ったカミラであれ、例え“自分”のユリウスでないと理解した上でなお、まず最初にユリウスに抱きつく筈だ。

 カミラ・セレンディアとい存在は、そういうモノだ。



「――――カミラ、何を言っている? 俺に抱きつく? それが何を意味している?」



 ユリウスの問いに、カミラはカミラから視線を外さずに答えた。



「ユリウス、私という人間はね。貴男という存在に全てを捧げて生きていく事しか出来ない人間なのよ。――――だから、目の前のユリウスが“違う”ユリウスであっても、全身全霊で衝動的に触れたくなる事を押さえられない」



 故に。



「幾ら私がネタに走るといっても限度があるし、意味がある。――――ユリウスとのロマンチックな邂逅以外、取り得る選択肢など“無い”わ」



 カミラは更に、続ける。

 鬼の形相で、あってはいけない、あり得てはいけない存在を否定する様に。



「ねぇ“私”――――その服はまるで“喪服”みたいだわ」



 そうでなければいい。

 思い過ごしであればいい。



「ねぇ“私”――――答えて」




 お願いだから、どうか、否定して欲しい。




「――――何人、いいえ。何回ユリウスを“殺した”の?」




 だが、その思いは届かない。

 対するシーダの答えは簡素なものだった。





「そんなの、忘れてしまったわ」





 嗚呼、嗚呼、とカミラの心に嵐が吹き荒れた。

 許せるものか、断じて、許してなるものか。

 あの“過ち”を、カミラが今のカミラになった、あの“過ち”を。




「一度だけでも、一度だけでも――――」




 カミラは両の拳を握りしめ、血が滴った。

 噛みしめた唇は、血が流れ出た。

 認めてはいけない、目の前の存在を、可能性を。



 同時に思う。

 目の前の存在は、どれだけの悲しみを。

 絶望を抱えているのか。

 そもそも。



「何故、何故なのよ。…………どうして、生きていられるの?」



「諦めきれないからよ“私”。そして、燃やし尽くさずにはいられないから」



 淡々と答えるシーダの表情は、プラスマイナス0の極めてフラット。



「矛盾してるわ“私”」



 ゆるゆるとカミラは頭を左右に振り、殺意を高める。

 駄目だ、駄目だ、駄目なのだ。



 人類種の敵である“魔王”より、人類の生け贄たる“勇者”“聖女”より。

 世界の支配機構たる“世界樹”より。



 何よりも、自分自身が恐ろしい。



(嗚呼、嗚呼、嗚呼。殺さなくては。殺さなくては。殺さなくては――――)



 膨れ上がる恐怖はカミラの視野を狭くする。

 漆黒の殺意は魔力となって渦巻き始め、漏れ出たたった少しの“それ”だけで、硝子戸をビリビリと震わせた。

 ユリウス達が何かを言っている様だが、今のカミラには届かない。



 そんなカミラを見て、シーダもまた虚空から剣を――――刃こぼれの目立つ錆びた“聖剣”を取り出した。

 何度も同じ様に殺意をぶつけられているのだろう、その動作に躊躇いも油断も無い。



「だけど、それが“私”でしょう?」



「認めない、“私”が“私”である限り、絶対にっ! 認めないっ!」



 高まる殺意と緊張を前に、“カミラ”以外の全員が気圧され手が出せない。



「――――ええ、喜びなさい罪人/私」



 シーダは笑わない、淡々と。

 カミラは嗤う、激情のままに。



「ええ、喜びましょう私/咎人――――」



 シーダが“聖剣”の“真の力”――――魔力を無力化し、その魔力の発生源を“原子分解”する、“対新人類”戦略兵器を機動させた。

 ――――元より。言葉は不要だったのだ。



 カミラは“魔王”の“権限”を一時破棄、魔力を心体エネルギーに戻し、人為的な奇跡“侵・雷神掌”の放つ準備を終えた。

 ――――ただ、殺せばいい。




「死という裁きを――――安心して、ユリウスは貰ってあげるから」




「過ちが正せる事をっ! ――――死んで、あの世で指銜えてなさいっ!」



 そして――――暴力の嵐が吹き荒れた。



 カミラとカミラが戦いを始めた瞬間、残りの三人もまた同時に動き出す。



「ユリウス! セーラ! アメリ! 魔力の続く限り防御結界を張り続けろっ!」



「結界だけでいいのっ!? あれは確かに“聖剣”でしょ、なら――――」



 結界を張った直後に破壊され、青ざめたセーラがまた張り直しながら怒鳴る。



「見て判らないかッ! 俺でも目に追えない早さの戦いだッ! 悔しいが介入できないッ!」



「というか効果あるんですかコレ! 他の生徒に避難を呼びかけた方が――――」



 アメリの真っ当な意見は、しかして却下される。



「こんなの気休めだっ! だが黒いカミラの方が通信魔法系をどうやってか無力化してるのだ! 他に出来る事がない! そもそも余達はあやつの結界によって逃げる事すらできないんだぞっ!」



「――――全ては、アイツ次第って事かッ!」



 ユリウスは、自身の無力さに歯噛みした。

 だがカミラはユリウスの様子に気づける筈もなく、シーダとの激しい激突を繰り返す。



 旧人類の叡智の結晶。

 新人類の最先端。

 戦いは互角、少なくとも今は。



「――――奇妙な技を使うわね“私”。超能力に見えるけど、そうじゃない。かといって魔法ではない」



「教えると思って――――!」



 掠るだけで即死は免れない聖剣の斬撃。

 右上から振り下ろされ、返す刃で上に。

 シーダには、カミラはそれを見事に回避した様に見えた。

 だが――――、それは否。

 カミラは聖剣を避けたのではない。



(幾ら“侵・雷神掌”でも、聖剣“そのもの”には対抗出来ないっ! ならば振るう腕を“誘導”すれば――――っ!)



 右から左から、返す刃で追撃。

 時には鋭い突きと、力一杯の横薙。

 一撃一撃の重さに反して、くるくると優雅に“踊る”シーダ。



「ふふっ、あははははっ! どうしたの? 私を殺すのではなくて? 避けているだけでは傷一つ付けることは出来ないわよ?」



「そっくりそのまま返すは“私”! 裁きを与えるのではないの?」



 シーダがダンスならば、カミラは曲芸。

 “侵・雷神掌”によって輝く手足により、何もないところで階段を駆け上り、時に有るはずのない壁を蹴って三角跳び。

 経験でもって上回るシーダをもって、完全に補足できない動きを見せる。



(今なら解る、シーダ704達の仕込みは、ユリウスを幸せにする為だけじゃない、この“裏切り者”を倒す為――――)



 ならばそこに勝機がある筈である。

 しかし“そこ”に至るまでの時間は足りない。



(何れ、“侵・雷神掌”の仕組みに気付かれる、何よりこの部屋が“持たない”!)



 カミラ自身には傷一つ無いが、サロンは既に半壊。

 ユリウス達は必死で防御しているが、いつ余波が届くようになるのも、そう遠い事ではない。



 戦闘開始と同じ状況を作りだしながら、カミラは必死に頭脳を回転させた。



(真の力を解放した聖剣、その威力は絶大だわ。――けど、それも長くは続かない)



 そも、聖剣自体が科学の産物である。

 よって、当然のように限界はあるが、それを言うならカミラの“侵・雷神掌”の限界の方が早い。

 人為的とはいえ、奇跡を起こしているのだ。



(悔しいけど、流石“私”といった所ね。“侵・雷神掌”による人体破壊が“出来ない”なんて――――)



 同一人物を相手にしている弊害か、それともカミラの思いもしない対策手段があるのか。

 しかしそれもまた、考える時間などない。



「ほらほら、どうしたの? このままではじり貧じゃない? ふふっ、ふふふっ」



「ニコリともせずに笑わないで気持ち悪いっ!」



 当たらぬなら当てるまでと、剣を振るうシーダの姿。

 普通ならそれは絶望の象徴であったが、同じ存在であるカミラにだけは、一つの事を教えていた。



(ええ、解ってきたわ。私なら、戦いを無駄に引き延ばさない。それは即ち決定打の不足っ!)



 カミラの、カミラだけが持つ絶対的な切り札。

 ――――“時間操作”能力。



 それを使ってこない原因は、カミラのカウンターを警戒してでは無い。



(そうよね、意識だけを跳ばすループでもなく、“私”は生身のままここに来た)



 カミラは試したことが無いが恐らく、人体の“時空間移動”には莫大なタキオンを消費する。

 ――――故に今、シーダのタキオンは枯渇している筈だ。



 そしてもう一つ。

 この部屋のタキオンが枯渇状態なのは、シーダが登場するその時から起こっている。



(“時空間移動”の際には、向かう先のタキオンも膨大に消費してしまうっ! ならっ!)



 直感的に考えを纏め上げたカミラは、確信を以て“策”を始める。

 まず必要なのは“時間”だ。

 シーダの大振りの一撃をバク転で大きく回避したカミラは、“侵・雷神掌”を一際“光らせた”後、解除して両手を上げた。



「――――何のつもり?」



「このまま千日手になるのも埒があかないでしょう。少し、交渉といかないかしら?」



 口の端だけニヤリと曲げ、シーダはゆっくりと剣を切っ先を下げる。



「時間稼ぎかしら? こちらとしても都合が良いわ。――――だって、時間移動者との戦いならこちらに一日の長がある」



 カミラは銀時計経由で、アメリにだけ作戦を伝えながら返答する。



「それもそうね、私達と戦うとなると“それ”が決め手だものね」



 時空間移動に必要なタキオン粒子は、基本的に自然発生が原則だ。

 装備や戦闘技術の差はあれど、通常戦闘ではカミラ同士の決着はつかない。



(こちらもタキオンの自然回復待ち――そう考えた筈よ)



 故に、そこが活路となる。



 今ここにいるカミラのみが到達した頂点、人為的な奇跡。



(策はもう動いている。あと少しだけ、少しだけ時間があれば――――)



 内心の焦りを獰猛な笑顔で隠し、必死になって会話の種を探す。

 相手は自分、大方のことが想像通りだ。

 何か興味を引ける話題を――――。




「お互い、タキオンが回復するまでゆっくりお話――――すると思った?」




「――――っ!? ちぃっ!」




 だがその瞬間、シーダが一気に距離を詰めてカミラに切りかかる。

 制服の袖に僅かな被害をだしながら、カミラはすんでの所で回避に成功した。



「うふふっ! 嗚呼、やっぱり! その奇妙な力は種切れの様ね“私”ぃ!」



「目敏い女ね“私”っ!」



 見抜かれた、見抜かれていた。

 実の所、先の“策”に心体エネルギーの全てを使い果たし、“侵・雷神掌”はもう使えない。

 後は“魔王”の“力”を復活する他、対抗手段が無いが。



(それも時間が足りない――――!)



 カミラのエネルギーが尽きた後、自動復帰するように設定してあるが。

 仮にも世界を回すシステムの最重要事項。

 ハッキングでもして手順を省略させないと、この戦いには間に合わないだろう。



 ならば、ならば?



 カミラの灰色の頭脳が即座に答えを出す。

 同じ自分故に、確実に時間を稼げる手段が一つ。



「――――待って! 待って“私”! 降参するわ!」



「駄目よ、“私”に時間を与えたら禄な事にならないし。何よりここまま勝てるもの。――――“私”が同じ立場でも聞かないでしょう?」



 体に傷こそ無いが、カミラの制服は襤褸へと変貌し始めている。

 シーダに態と嬲る趣味は無い。

 これは全てのカミラという存在が、その身体能力を極限まで到達しているが故の、――――必然。



「いいえ、“私”だから聞くわ。――――お願いよ、最後はユリウスと共に逝かせて」



 カミラを殺そうとする“カミラ”であるが、その根本は同じ、ユリウスへの執着がある。

 シーダは眉をピクリを動かすと、剣を振るう手を止めた。

 一秒、二秒、三秒。

 その鉄面皮は既に崩れ、葛藤が顔に出ている。



 そして四秒五秒、シーダは力なく声を出した。



「――――駄目よ。気持ちは痛いほど解るけど、今ユリウスをここに呼んだら、“私”は最後の足掻きで聖剣を取り出して対抗するでしょう? それでも私は“私”を殺す自信がある」



「最後まで、足掻かせてくれないのね“私”」



 カミラは溢れ出る涙を隠すように俯いた――――演技をした。




「怒り悲しみ、憎みなさい“私”。それらは全て、私が持って行くから」




 ゆっくりと近づいたシーダは、膝を着き俯くカミラに向かって聖剣を――――。




 時は少し巻き戻る。

 それまで自分の身を守るだけで精一杯だったアメリは、カミラの“策”を託され、実行を始める。



「――――皆さん、防音の結界魔法を張りました。聞いてください!」



「何だ!? 今更そんな余計な結界張っても――――」



 ガルドの怒鳴り声に、アメリもまた怒鳴り返す。



「カミラ様からの伝言です! これより先“どんな事”があっても手出し無用の事!」



「何があってもって事!? あの迷惑女は何をやらかすつもりなのよっ!?」



 四人の視線の先には、両手を上げたカミラの姿。

 各々の思考に、すわ諦めたのか? という疑念や、援護に向かおうとする意志が。

 先のアメリの伝言によって封じられる。



「わかりませんよぅ! その時が来たら“わたし”にだけ解るって、そしたら黒いカミラ様を後ろから殴れって!」



 カミラ達は何を話しているか、防音結界の所為で解らなかった。

 それ故に不安が膨らむが、今はカミラを信じる他無い。

 四人の中でユリウスのみが、カミラへの信頼故に、アメリへ力強く言い放つ。



「勝算があるって事だなッ! ならカミラの事は任せるぞアメリッ!」



「はいっ! 任されました!」

 


 再び始まる攻防。

 だが、先程よりカミラの分が悪い。



(絶対、絶対お助けしますから、それまで無事で居てください――――)



 アメリの切なる祈りも空しく、カミラは膝を着き処刑を待つ罪人の様にうなだれた。

 そして剣が振り下ろされ――――。




「――――カミラ様ああああああああああ。……って、ええっ?」




 その瞬間、声を上げたのはアメリだけだった。

 ユリウス達の表情を慌てて見れば、驚愕でひきつった顔のまま。



(違う! これは――――“時”が止まっている!?)



 アメリには預かり知らぬ事であったが。

 これこそが、カミラの“策”であり“活路”。

 人為的な奇跡の真価なのであった。



 あの時、カミラはただ“侵・雷神掌”を光らせた訳ではない。

 タキオン枯渇の状況を利用し、シーダがタキオンへの知覚を狂わせた。

 そして――――“銀時計”への“タキオン粒子”のチャージ。



 そう。

 カミラは、自然発生しかしない“タキオン粒子”を人為的に発生させるという“奇跡”を起こしていたのだ。



 以後の“侵・雷神掌”の使用不可。

 通常なら一瞬で終わるチャージ時間の倍増。

 それらをリスクとして、カミラは賭に勝ったのだ。



(今行きますカミラ様――――!)



 カミラの為した事は解らずとも、“その時”が来たのだと理解したアメリは。

 銀時計を握りしめて、二人に駆け出す。



(これが狙い――――っ!?)



 止まった時の中でシーダが見たものは、不適に笑ったカミラ。



(ええ、“一人”で戦うなら。いずれ私は負けていたでしょう。――――でも、私にはアメリがいる)



 目の前のシーダには存在しなかった、唯一無二の“相棒”が、仲間が、確かにここに、今。




「これで――――終わりですっ!」




 アメリの拳がシーダの背に直撃した瞬間、爆発と共に時間の流れが戻る。

 雷が落ちたような爆音ともくもくとした煙で、状況が解らない。



(アメリの拳は、他時間軸に送る時間式は即興だけど完璧だった。――――だけど、爆発なんてしない筈よ)



 カミラは今更ながらに復帰した“魔王”の“力”を、腕に込め。

 その一振りで煙を晴らす。 

 おまけで、限界直前だった学園の防護結界まで壊してしまったのはご愛敬だ。



(たとえ耐えられたとしても、最悪数秒は動けない! その隙さえあれ…………あれ…………あれ?)



 視界が回復したと同時にカミラが動きだそうと、その目に飛び込んできたモノは――――。



「…………え、あれ? 何これ?」



「げほっ、げほっ、げほっ! か、カミラ様ぁ~~。爆発するならせめて一言くらい…………って何惚けているんです?」



 不満げに文句を言うアメリに、カミラはパチパチ瞬きしながら“それ”を指さす。



「ねぇ、アメリ。私達は、“私”を相手にしていた筈よね?」



「何言ってるんですかカミラ様。呆けるにはまだ早い――――あれ? これ誰ですか?」



 カミラと同じく、アメリの頭もまた疑問に満ちあふれた。

 何しろ、カミラが指さした先。

 そこには黒いカミラ――シーダではなく。



「お、おい! 終わったのかカミラ?」



「っていうか。その三つ編みのだっさい子、誰よ? もう一人のアンタは何処に行ったの?」



 残る三人も駆け寄り、仰向けに倒れる“誰か”を囲むように立つ。



(仮に、“私”が対策を練っていたとして、でもそれはタキオン不足により“完全”に機能しなかった筈。つまり、真逆――――)



 怖々と屈み、恐る恐る“誰か”に触れようとするカミラに、ユリウスが問いかける。



「…………な、なぁカミラ。正直に答えて欲しい。勘違いかもしれないが、これは――――」



「――――“私”」



 カミラは愕然と呟いた。



 背は少し縮み、髪は艶が無い。

 そばかすが散らばる頬に。

 胸もお尻も貧相で、腰にくびれが無い。



「カミラ様。この人って、あの時に見た――――」



 以前、カミラの記憶を見たアメリは、カミラと同じ結論に至る。



「ええ、アメリ。これは――――“最初”の“私”」



 ループが始まる前の、カミラ・セレンディア。

 ただ一つ違うのは、顔の火傷と傷。

 それが、彼女がシーダだという事を示していた。



「なぁ、カミラ? それはどういう――――」



「バカ女! こいつ目を覚ますわ!」



 ユリウスが問いかけた瞬間、アメリが警戒を促し。

 ――――ゆっくりと瞼が開き、体を起こす。

 そしてカミラ達が急いで飛び退く中、ぼんやりと第一声。




「…………あれ? 私なんで寝て。ってここドコ? あ、セーラ“ちゃん”! いったい何が――――ってユ、ユ、ユ、ユリシーヌ様ああああああああ!?」




(き、記憶喪失ううううううううううううううううううううううううう!?)



 想定を越えすぎた事態に、カミラの脳がパンクした。





「なんでよ?」



 カミラの口から本音がポロリ。

 いきなり現れては、殺意全開で暴れた挙げ句が“コレ”だ。

 流石に、事態に着いていけない。



(嗚呼、ユリウスやアメリもきっと、こんな気持ちを常々感じていたのね…………)



 自分という存在が、如何にトラブルメイカーなのか実感し。

 カミラは遠い目をして、記憶を喪ったシーダを見た。



 彼女は不安そうにしながら立ち上がると、一目散にセーラへ駆け寄る。

 然もあらん。

 “最初期”のカミラの知り合いと言えば、セーラ以外に居ない。

 ユリウスなんて雲の上、アメリでさえ友人の友人レベルだ。



(もはや別物ね)



 カミラは文字通り過ぎ去った“過去”と、今の自身を比較してため息を一つ。

 ――――否、それだけではない。

 その心は今、確かにざわめき始めていた。



(別…………ええ“別”、なのよ。今の私と)



 嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼。

 この先に待ち受ける運命など知らず、ただ普通の幸せに浸っていた日々。



(きっと、幸せだったのだわ)



 純粋なカミラ・セレンディアという存在の、最後の幸せ。

 もし、もしだ。

 この先、彼女の記憶が戻らなかったら。

 ――――その居場所は、何処にあるのだろう?



(ええ、私なら。記憶を直ぐにもどせるわ)



 しかしそれは、先程の戦いの続きを意味する。

 故に、絶対に、してはならない。



 では、では、では?

 どうすれば、彼女は。

 “カミラ”は幸せになれるのだろうか。



 居場所のない“カミラ”は。

 悲しみに、絶望と怒りに染まってしまった“カミラ”は、この先どうすればいいのだろうか。



(嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼――――)



 カミラの心は、闇に包まれる。



(――――要らなかったのよ。こんな“力”なんて)



 まるで幽鬼のようにふらふらと、青ざめた顔でカミラは足を踏み出す。



 違う道筋を辿ったとしても、彼女は自分だ。



 苦しみに満ちた日々を思い出す前に。

 悲しみと後悔に溢れた“過ち”を思い出す前に。

 最悪の結末に至ってしまった、その“憎悪”を思い出す前に――――。



 シーダが倒れた場所まで来たカミラは、置き去りにされた“聖剣”を手に取る。



「――――ぃっ」

『エラー。N種制限管理者ニハ、使用権限ガアリマセン。全機能、ロック』



 聖剣の自己防衛機能により、握りしめた掌がシュウシュウと灼ける。

 同時に響く、無機質な警告。

 それらに、カミラは顔をしかめた。



 聖剣は勇者の、新人類の兵器。

 魔王であるカミラには適合せず、堅いだけナマクラの剣に成り果てる。

 ――――だが、それでもいいのだ。



 平凡な少女一人、素手でも屠れる。

 聖剣を使うのは、せめてもの“手向け”なのだから。



 カミラは思い詰めた表情で、シーダの後ろに回った。

 幸いな事に彼女は気づいていない、今が絶好の機会である。



(どうか、幸せな時のまま。死んで逝きなさい――――)



 振り上げられた剣は、無慈悲に下ろされるかと思えた。

 しかし。



「止めてくださいカミラ様っ!」

「止めろッ!」



 シーダを庇うように、両腕を広げて割り込んだユリウスと。

 横からカミラの腹に勢いよく抱きついたアメリによって、凶行は阻止された。



「どきなさいアメリっ! ユリウスっ! こいつは、私はここで終わった方が――――」



「カミラッ!」



 瞬間、パァンと乾いた音が高らかに鳴った。

 半狂乱のカミラの頬に、ユリウスが掌を打ち付けたのだ。



(私は、私は何を)



 頬の痛みに、カミラは正気を取り戻す。

 振り上げた剣を下げ、のろのろと視線を戻すと、真剣な表情をするユリウス。

 そしてその後ろに、怯えた顔のシーダと、彼女を抱きしめるセーラ。

 皆一様に、心配の色と共にカミラを睨みつけていた。



「いったいどうしたんだカミラ、お前らしくもない」



「――――っ」



 ユリウスの柔らかな言葉にカミラは、今まで目を反らしていた“問題”を自覚した。



(嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼)



 カミラらしさ、とは何だろうか。

 ユリウスへの愛、アメリへの親愛、そうではない。



「私は、私はっ!」



(私は、こんなにも――――)



 赤くなった頬に、眉尻から一筋の水滴が流れた。

 心の中に、絶望にも似た黒い嵐が吹き荒れる。



 もう、何を言っていいのか分からない。

 どんな表情を作ればいいのか分からない。



「――――ごめんなさい」



 それは果たして、誰に、何のための謝罪か。

 カミラはアメリをふりほどき、ユリウスの前から逃げ出した。




 この場から逃げ出したその背中を、ユリウスは呆然と見送った、見送ってしまった。



(お前は、もしかして――――)



 あり得るのだろうか。

 計らずとも、カミラと同じ“結論”に至ったユリウスは、その“結論”に動揺する。



 今までは、ただ“愛”が重いだけだと思っていた。

 偏執的なまでに、ユリウスという存在を理解している事。

 トーナメントの時、己の命を省みず庇われた事。

 ――――幸せにする、と言った事。



 それら全てが“愛”故に、だと思っていた。



(それだけじゃない。お前は、俺に――――)



 ユリウスは確かに感じ取っていた。

 先程のカミラの行動には、後悔で満ちあふれていた。

 同じ顔をした存在を、殺害しようとした程に。



「泣いて…………」



 決して、痛みからではない。

 贖罪、そしてきっと――――“願い”。



(それすら、お前はッ!)



 ユリウスは拳をギュッと握りしめ、歯噛みした。

 


「………………はっ!? ユ、ユリウス様!」



「ああ、追いかけるッ! 後は任せたッ!」



 今のカミラは放っておけない。

 何より恋人として、放置してはならない。

 ユリウスもまた、部屋から駆けだしていった。



「何だっていうのよ、もう」



 ユリウスがサロンから出ていったのを見て、セーラは深いため息を着いた。

 それを皮切りに、張りつめていた全体の空気が緩む。



「あの、その…………セーラちゃん? 何であの綺麗な人は私を…………。それにユリシーヌ様を、ユリウス様って」



 おずおずと問いかけるシーダに、セーラは思わず天を仰ぐ。

 面倒な問題は、まだ残っていた。



「ええと、わたしはアメリです。貴女の名前は? 何処まで覚えてます?」



「アメリ・アキシアさんよね。同じクラスですもの、勿論覚えてるわ。でも、ええっと。私は確か…………、誕生パーティで魔族の襲撃があって…………って、あれ? 私、死んだ筈…………え、ええっ? 何で制服なの!? っていうかここ学院!? え、あれ、あれっ!?」



 あわあわと混乱するシーダを前に、セーラ達は“念話”で緊急会議。

 何をどうすればいいか、まったくもって検討がつかない。



「死んだとかバカな事いってんじゃないの。アンタは魔法の暴発でちょっと気絶しただけよ。ほら、落ち着きなさい」



「ああ、うん。そうなの? …………ありがとう」



 セーラはシーダを抱きしめて、その背中をぽんぽんと。

 これで数分は時間を稼げる。



(ガルド! アメリ! これどうすればいいのよっ!)



(うむ、余の見る限り。この者は“まっさら”なカミラに戻っていると思う…………恐らく、多分)



(わたしも同意見です。さっきカミラ様も言ってました“最初”のカミラ様だって)



(来たときみたいに、暴れる危険性は?)



(無い筈、と思いたい)



(本当に危険なら、有無をいわさず、誰にも止める暇なく、カミラ様なら無力化している筈ですし、危険は無い…………と思いたいですねぇ)



(そこは明言してよ二人ともっ!?)



 駄目だコイツら役に立たない、とセーラは頭をフル回転させる。



(暴れる可能性は無いって前提で、そんでもって、“コイツ”はアメリ曰く“最初”の。つまり繰り返す前の、何の知識もない普通の女の子として――――)



 セーラは半ば自棄になりながら、ここまでのカバーストーリーを組み立てる。

 全ての責任はカミラにあるのだ。

 ならば、シーダに関するあれやこれやも、全てカミラに背負って貰おうではないか。



 数十秒“理由”をこねくり回した後、セーラはシーダに“嘘”の説明を始めた。





(無様なものね、今更こんなことに気づくなんて)



 逃げ出した矢先、寄宿舎に戻る気分でもなく。

 カミラは東屋周辺を、とぼとぼと歩いていた。



「…………ここは、いつも綺麗だわ」



 先のカミラの“巻き戻し”により、四季の花々が枯れず、咲き誇る庭園。

 色濃い甘い匂いと、秋の終わりの冷たい風に、カミラは酷く郷愁を覚えた。



「帰りたい…………いいえ、どこに帰るというのかしら」



 独り、自嘲する。

 セレンディアの実家か、それとも遙か遠く記憶の彼方の町並み、前世の家だろうか。

 どちらにせよそこは、今のカミラが安寧と安堵に浸れる場所ではない。



「私は、ただ。私はただ――――。嗚呼、何がしたかったのかしら」



 目に映るは誰もいない東屋。

 そこに指で枠を作り、前世で見たゲームの“スチル”を重ね合わせた。



(笑いあう“セーラ”と“ゼロス”。見守るように傍らに佇むユリシーヌ)



 ゲームのシナリオ通りに進むこの世界ならば、ありえた筈の光景。

 最初のカミラが、目映く思っていた光景。



 別に、壊したかった訳ではない。

 “セーラ”の場所を、奪いたかった訳ではない。

 ただ、ただ、ただ――――。




「――――カミラッ!」




 自身を見失いかけたカミラを呼び戻したのは、やはりユリウスだった。



(狡いわ貴男、いつも来てほしい時に来てくれるのだもの)



 よほど急いで探し回ったのだろうか、彼は息を切ら

し汗だくで駆け寄り、カミラの手を握る。

 離すまいと、強く、強く。

 痛いほど強いが、どこか心地よい痛み。

 故にカミラは、いつもの様にユリウスが好きな笑顔を張り付けた。



「…………あら、ユリウス。どうしたのそんな急いで」



「お前……ハァッ、ハァッ。お前なぁ…………」



 先程見せた涙は何処へ行ったのか。

 不自然なほど普段通りの態度に、ユリウスの顔は自然と険しくなる。

 何も聞くな、言うなという“拒絶”。



「……ぁ」



「この、馬鹿女が――」



 ユリウスは衝動的に、カミラを抱きしめた。

 強く強く、離すまいと。



「ふふっ、今日は甘えんぼさんなのねユリウス。そんなにしなくても、私は何処へも行きませんわ」



「…………違うだろう」



 誰もいない東屋の側で、二人ぼっち。

 二人一緒ではなく、一人と一人。

 こんなにも近くにいるのに、心は繋がらない。



(ああ、そうか。多分カミラも――)



 自分と付き合う前は、きっとこんな気持ちだったのだ。

 “事情”を隠し迫るカミラと、“事情”により拒絶したユリウス。

 その時と自分達は、何一つ変わっていない。



(いいや、ある筈だッ。俺達はッ)



 恋人、婚約者。

 しかし、そんな言葉は何の意味も持たない。 

 抱く腕を、より強く。



「…………違う、だろう」



「嗚呼、嬉しいわユリウス」



「だから――――ッ」



 カミラはユリウスの激情を感じながら、涙が零れないように上を向いた。

 全てを、全てを話す時なのかもしれない。



 秘めている“真実”を打ち明けても、ユリウスは変わらず側にいてくれるだろう。

 その確信が、カミラにはあった。

 だが。



(私は何故、こんなにも怖いのだろう)



 打ち明けて、楽になりたいのに。

 受け入れて欲しいのに。

 言葉が、胸から出てこない。



「カミラ…………カミラ…………」



(言わないと、今、言わないと。私は、私――――)



 カミラが躊躇いと決意を繰り返す最中、二人ぼっちの時間は唐突に破られた。




「――――カミラ様! こんな所に居ましたのねっ!」




「ネッサ!?」

「――――っ!? ヴ、ヴァネッサ様!? ご、ご機嫌よう…………」



 二人は慌てて体を放すと、ヴァネッサに向き合った。

 ――――ユリウスは、カミラの手を放さないままだったが。



「ご機嫌ようではありません! また貴女は騒動を起こして――――、ユリウス! 貴男が側にいたのなら止めなさい、諫めなさいな!」



「――――申し訳ありませんヴァネッサ様」



「毎度毎度すまないわ、ヴァネッサ様」



 そういえば、後始末を何一つせずに出てこなかった事に。

 今更ながら気づいたカミラは、申し訳なさそうに頭を下げた。



「それで、ええと。今回の事も、此方が全部始末しますので――」



「当たり前です。ですが、何事にも限度と言うものがありましてよカミラ様。――――わたくし、“あの事”について貴女に話があって参りましたのよ」



 貴男も同席しなさい、とユリウスにも指し示し。

 ヴァネッサは東屋に備え付けの席へ、二人を座らせる。



(ユリウス、ユリウス? なんかヴァネッサ様、凄く起こってない!? “あの事”って何? 私、心当たりないんだけど?)



 カミラからの念話に、心当たりだらけなのでは、という言葉を飲み込みながらユリウスへ返答する。



(すまない、俺にも見当が――――あ)



(あ? 今、あって言った! 何したのよユリウス!)



 切ない空間とか、大事な秘密を打ち明ける空気とか、そんなのどこへやら。

 降って沸いたピンチに、二人は慌てふためく。



(いや、どちらかと言うとお前の――――)



「――――二人とも、念話は禁止です」



「はい」

「あう、申し訳ないわ」



 しゃきっと居住まいを正した二人に、――特にカミラを睨みつけ、ヴァネッサは口を開いた。



「先日、聞きましたのよわたくし。そこのユリウスから、カミラ様、貴女のした“所行”の事を」



 心当たりがありすぎる故に、しかしてユリウスに今問いただす事も出来ずに、カミラは沈黙を守る。

 


「長い時間。一緒にいながら、事情を見抜けなかった事、親友として慚愧に耐えません――――でも、そこはいいのです。わたくしの問題ですから」



 ヴァネッサは、いっそう眼光を強めてカミラをにらむ。



「王国の政治的安定の為にも、わたくしに話して貰えなかったのは、ええ、気にしてませんもの。匂わすくらいして欲しかったとか、全然気にしてませんわ」



 凄く気にしてるじゃない、とツッコミを我慢して、カミラは沈黙を守った。 

 秘密の守秘において、知る者は少ない方が良いのは心理であるが、感情として納得出来ないのは十二分に理解できる。



 そも、ユリシーヌがユリウスに戻れたのは、カミラ自身の功績、権力と武力、そして恋心が何故か国王にクリティカルヒットを及ぼした、奇跡の産物だ。

 もしかすると、ヴァネッサは一生、真実を得る機会が無かったかもしれない。

 そう考えると、カミラに詰め寄るのは――――。



(あら? でも、そこに怒っている訳ではないわよね。ではいったい?)



 今一つ、理解が及ばないカミラの様子に気づいたのか、ヴァネッサは苛立ちを隠さず口調を荒げる。



「しかし、しかしですよ! わたしは一個人として! 幼馴染みとして! 親友として! ユリウスが良しとしても糾弾せねばなりません!」



 バシンと備え付けのテーブルを叩き、ヴァネッサは立ち上がる。





「何故、脅迫したのですか!」





「それ、は――――」



 カミラは虚を突かれ、唖然とした。

 次いで、心身に染み渡ったヴァネッサの“怒り”に、浮ついた気持ちも、困惑も、その全ての熱が引いて行く。

 そう。

 ヴァネッサはカミラの理由を知らない、経た道々を知らない。

 だからこその、正しい“怒り”。



(嗚呼、嗚呼…………今日は、厄日ね……)



 或いは審判の日だろうか、とカミラは自嘲した。



 カミラという存在は、“正道”を取れなかった。

 間違えた道しか取れなかったその罪の、因果を問われる時がきたのだ。



(もし、この世に神がいるのなら、これはきっと。懺悔の時)


 

「嗚呼、そうね。――――貴女の、言う通りだわ」



 か細く、だが確かな声でカミラは答えた。

 同時に、ヴァネッサに人の上に立つ者の、人の光を見る一方。

 思わず、普通に恋をし結ばれる道筋を幻想してしまう。



(それは、何より幸せな事だったでしょうね)



 脅迫という手段をとらずに、恋が成就した別のカミラがいたかもしれない、だがカミラは今の道を選んだのだ。



「――――申し開きは、しませんのね」



 固い言葉が胸に突き刺さる。

 庇おうとする仕草を見せたユリウスに向かって、カミラは首を横に振り、心からの声をだした。

 今この場で必要なのは、物理的な力ではない。

 必要なのは、愛と誠意。



「そんなもの、存在する筈がありませんわ。――――だって、私は自分の行いを一つも間違っているとは思っていません」



「カミラッ!?」



「――――ぃ!? で、ではっ! 脅迫の事実を認めるというのですね!」



 目を丸くして驚くユリウス。

 目をつり上げ怒気を上げるヴァネッサ。

 カミラはそれらを受け止め、静かに続けた。



「多分、脅迫という手段を用いず。長い目でみた、穏便で“普通”の手段があったのでしょう」



(嗚呼、そうね。光を与え、光を求めるなら、そうであるべきだった)



 シナリオなど、とうに崩壊させているし。

 気をつけるの、はセーラと魔族のみだったのだから、それが出来た筈だ。



「ええ、でも。私は――――我慢、出来なかったのです。例えどのような手管を使っても、ユリシーヌをユリウスの全てを私だけのモノにしたかった」



 全ては自身の欲望の為だ。

 ユリウスという存在に恋い焦がれて、深い海に溺れている自分の。



「今一度宣言するわ。私は脅迫という手段を使ったこと、間違ったとも、後悔ともしていない――――」



 カミラの中に、狂おしい程の愛と憎悪が吹き荒れる。




(嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼っ! どうすれば良かったのよっ!)




 忌々しい事に。入学するまでカミラは、世界に、“世界樹”によってユリウスに接触できなかった。



 しかし邪魔だといって、それを壊してしまえば、世界は今頃戦乱のまっただ中だった“かも”しれない。

 王国の闇の一員であるユリウスが、命を落とす危険性が存在した“かも”しれない。

 ――――絶対に、許せる事ではない。



 千年以上の時をかけて、最後の一回だったのだ。

 数える事がバカらしくなるくらいの“死”の先に、漸くたどり着いた生存の道だったのだ。



 入学し、出会う迄のの十五年。

 カミラはもう存分に待った、待ったのだ。

 不確定になりつつある世界の中で、一歩たりとも足踏みなんてしていられない。





「私は、ユリウスを幸せにするならば、これ迄も、これからも。手段や方法など選ばない」





 鋭すぎる眼光と共に、重々しく出された言葉。

 その激情と美しい狂気の輝きに、ヴァネッサとユリウスは圧倒された。



(嗚呼、でも。嗚呼、幸せってなにかしら? こんなに歪な私に、ユリウスと共にある幸せを享受する資格なんてあるの?)



 カミラにはユリウスを求める事しか出来ないのに、けれど疑問は限りなく溢れ出て。

 それでも、手を伸ばさずにはいられない。



 理性と激情が混在する危ういカミラの心を、ヴァネッサはたった今感づいた。

 ユリウスより、アメリ達より一歩引いた関係であるからこそ。

 なにより同じ、恋する女として――――。




「――――平行線ですわね。故に、認められませんわ」



「認められなければ、それでどうするというの?」



「お、おい、二人ともッ。ここは穏便にだな――――」



「――――ユリウスは黙っててっ!」

「――――ユリウスは黙りなさいっ!」



 毅然としたヴァネッサの台詞に、カミラは憎悪すら混じり始めた挑戦的な笑みを浮かべた。

 言葉を遮られたユリウスは、おろおろとするばかりだ。



 ゴゴゴと聞こえてきそうなプレッシャーの中、割ってはいる勇者、もとい将来の王の声が一つ。




「話は聞かせて貰った――――俺にいい提案がある!」




「ゼロス!?」

「殿下!?」

「…………危機は去ったのか?」



 こっそりヴァネッサの後を追い、全てを聞き及んでいたゼロス王子は、全てが手遅れになる前に先手を打った。

 ヴァネッサは個人の話としたい様だったが、こと騒ぎが広まれば大人達も交えて政戦待った無しである。

 ならば――――。



「聞き耳を立てていたのはすまない、だが、両者ともに譲る気がないのなら、何らかの方法で決着を付けるしかあるまい?」



「それは…………」

「私は、別に」



 言いよどんだヴァネッサは兎も角、話に乗り気にないカミラに。

 ゼロスは冷や汗をかきながら、“とある話”を持ちかける。

 


「カミラ嬢、お前にミスコンの誘いが来ているのは聞いているな?」



「ええ、アメリから聞いているわ。それで? その舞台で決着を付けろとでも?」



 不機嫌を通り越して、地獄を這いずる様な迫力の言葉に。

 ゼロスは、ユリウスに必死のアイコンタクトを送りながら続ける。

 届け、王子の想い――――。




「この勝負。カミラ嬢が負ければ――――“ユリシーヌ”は俺の“妾”とする!」




 瞬間、全員の時が止まった。

 女性二人は驚愕に言葉を失い、ユリウスはその“意図”について検討を巡らせていたからだ。

 数秒の空白の後、最初に発言したのはユリウスだった。



「――――その提案、お受けします殿下。カミラが負けたのなら、俺、いや私は殿下の妾としてお側に侍りましょう」



「ちょっ!? ユリウスっ!?」



「殿下!? 本気ですの!? わたくしが何の為に――――!」



 ばびゅんと詰め寄るヴァネッサを、ゼロスはその手を優しく握る事で制し。

 ユリウスは即座に、カミラの説得へあたる。



「カミラ。この問題は俺達にとって、避けては通れない。だから、白黒はっきり付けるためには――――」



「その身を、殿下に捧げる事も厭わない、と!?」



 信じられないっ! と悲鳴混じりの言葉を叫ぶカミラを前に、ユリウスにはゼロスとはまた別の思惑があった。



(ゼロスの事だ。勝敗に関係なく、妾の事は有耶無耶にするつもりだろうが、これは――――いい機会だ)



 知らなければならない。

 カミラの過去だけではない、その心の“問題”を。



 確かめなければならない、先に思い浮かべたその“答え”を。



 ユリウスがじっと見つめる中、カミラの心は困惑に満ちあふれていた。



(何を、何を考えているのユリウス…………貴男が、解らない…………)



 こんな事は初めてだった。

 ゼロスの話に乗ったのは、ヴァネッサとの蟠りを解消する為だろう。

 そこまではいい。



(解らない、解らないわ。貴男が何を“感じている”のか――――)



 普段のユリウスなら、こんな馬鹿げた提案に乗らないだろう。

 妥協案を出すか、逆に新たな提案をするだろう。

 では何故、何故。



 カミラはこの場で縋りつき、詰め寄って問いつめたい衝動を必死で堪えた。

 それはカミラに残された、女としての矜持が許さなかったからだ。



(どうすればいいの? ユリウスの目は本気を語っているわ。もし負けたら)



 ゼロスと親しいが、長い付き合いでもないカミラは。

 混沌とした精神状態もあって、その提案の裏も読まずに信じてしまう。



 無論、ミスコンで優勝する自身はある。

 しかし、――――世の中に絶対は無い。

 幾度と無くその苦さを味わったカミラは、失う事への恐怖に身を震わせた。



「私は、私は…………」



「何を躊躇う事があるんだ。お前は俺を夢中にさせる程、素敵な女性だ。ネッサには悪いが、負ける筈がないよ」



「でも、私は」



 カミラは遂に、俯いた。

 これまでの自信を全てどこかに追いやって、目を伏せた。

 しかし、力なく握られたその手に。

 そっと、暖かな温もりが添えられる。



「大丈夫だ。――――俺を信じて」



「…………ユリ、ウス」



 怖々と顔を上げると、そこには優しく微笑む愛する者の姿が。




(嗚呼、嗚呼。きっと、“そう”なのね――――)




 カミラはユリウスの手を、確かに握り返した。

 相手の考えが理解できなくとも、今まで培われた“信頼”は確かにここに。



(私はきっと、向き合わなければならない)



 今まで辿った道と、二人のこれからに。



 ヴァネッサとの勝負に勝った所で、カミラの“心の問題”は解決しないだろう。

 でも今は、逃げ出す時ではない。

 目を、反らしてはいけない。



 カミラはユリウスの手を握りしめ、ヴァネッサ達に向き合った。

 静謐を携えた瞳で、力強く宣言する。




「――――ヴァネッサ様、ゼロス殿下。先程の提案、お受けいたしますわ」




「うむ、承知した」

「わたくし、負けませんわ」



 ヴァネッサは、穏やかなカミラの態度に驚きながら。

 ゼロスは内心、安堵に塗れながら頷き。

 二人仲良く、この場から去る。

 そしてカミラ達がら大分離れた後、ヴァネッサはぽつりと漏らした。



「…………ねぇゼロス。わたくし、いらぬお節介を焼いてしまったかしら?」



「そんな事は無いさ。幾ら知恵を持ち、魔法の腕に優れようとも、カミラ嬢は、二人は俺達と同じ大人と子供の狭間。――――きっと、良い方向に転がる」



「そうね、最後のカミラ様。善いお顔をしてらしたもの。きっと――――」



 どんな問題を抱えていても、あの二人ならば乗り越えられるだろう、とヴァネッサとゼロスは微笑んだ。




 ところで一方、残されたユリウスとカミラは、少しギクシャクとした時間を味わっていた。

 一難去る前に、また一難。

 さりとて、以前の様に秘密を打ち明ける空気でもなく、甘くベタつくには熱情が少し。

 ほんの少しだけ――――足りない。



 繋いだ手はそのままに。

 お互いに言葉を探しながら、視線を彷徨わせる。

 はて、どうしたものか。



(嗚呼、でも。こんな時間も――――)



 悪くはない、とカミラがそう思い始めた時、妙に聞き慣れない、さりとて馴染みのあり過ぎる声が一つ。




「お゛、お゛ね゛え゛さ゛ま゛~~~~っ!」



「ひゃういっ!?」

「だ、誰だッ!?」



「わ゛た゛し゛で゛す゛お゛ね゛え゛さ゛ま゛ぁ゛! わ゛た゛し゛、わ゛た゛し゛ぃ゛~~!」



 ガサゴソと、斜め後ろの生け垣からシーダが現れ、涙と鼻水だらけでカミラに抱きつく。



「ちょっとっ!? いきなり抱きつかないでっ!? っていうか――――」



「――――話は聞かせて貰った! パートツー!」



「いやすまない、余は止めたのだがな…………」



「申し訳ありませんカミラ様。わたしでは止められませんでした…………ええ、この行動力は変わらないんですねぇ…………」



 続いて登場したのは、何故かドヤ顔のセーラ。

 そして、どこか疲れた顔のガルドとセーラだった。

 カミラはハンカチを取り出し、シーダの顔を拭きながら彼女以外に“念話”をする。

 これはいったい、何が起こっているのだろうか。



(聞いてたって、貴方達いったい何時から――)



(いや、それよりもだ。何故彼女がカミラの事をお姉様、と?)



(嗚呼、それもあったわっ!? 昔の自分にお姉様呼ばわりなんて、気持ち悪いんですけどぉ!?)



 後輩に優しく接する姿を崩さぬまま、困惑の声を出すカミラに。

 セーラはキシシと、意地の悪い笑い声を出しながら告げた。



(あの子、全部忘れてるみたいだったから――――アンタの事、“生き別れの姉”って事にしといたわ、ザマァ)



(――――成る程、奇策だが良い手だな)



(ユリウス!?)



(ちゃんとカバーストーリーも考えてますよカミラ様!。幼い頃、誘拐されて地方の貴族に売り飛ばされたカミラ様ですが、学園を入学を期に再会。本当のご両親と再会し、以後仲睦まじい姉妹として暮らしていた、という事になってます)



(浚われたの私になってるぅ!?)



 麗しい淑女の相貌はそのままに、器用にもガビーンと途方にくれるカミラ。

 ガルドは気まずそうに、後を引き継ぐ。



(すまない、余も止めたのだが…………、ああ、今回の事は、カミラの新作魔法の実験に失敗、爆発により記憶が一時戻っている、という設定にしておいた)



(全っ然っ! 反対してないじゃない!? というか、何でもかんでも私の所為にしないでよっ!?)



(諦めろカミラ。日頃の行いの結果だこれは)



(ユリウスっ! 貴男まで笑ってるんじゃないわよぅっ!?)



 味方がいない、と思わず天を仰ぐカミラに、泣きやんだシーダが首を傾げる。



「どうかしましたか? カミィお姉様?」



「カ、カミィおね――」



(同じ名前は紛らわしいでしょ? だからアンタの事をカミィ、この子の方をミラって呼んであげてね)(こん畜生めぇ!)



「――――い、いえ、可愛いミラ。何でもないのよ、ただ空がきれいだなぁって」



 顔を引き攣らせながら必死に笑顔を取り繕うカミラに、無責任に外野はコメント。



(聞いた? コイツいけしゃあしゃあと、昔の自分に可愛いって言ったわよ?)



(いやー、流石にそれは無いですよカミラ様。ナルシスト的な所があるのは承知してましたが、真逆…………ねぇ?)



(余は…………止めたのだぞ)



(今のどこに、貴男が止める所があったのよガルドっ!? というか辛口過ぎない貴女達ぃ!)



(どうどう、カミラ、どうどう)



(馬扱いしないでよユリウスううううううううううううう!)



 混沌とする念話とは裏腹に、お姉様、やっぱり…………と涙ぐむミラに、新造お姉様もといカミラはよしよしと再びあやす。



「泣かないで、み、ミラ? 私達姉妹? でしょう? このカミお姉様になんでもお話なさい?」



「ご自分が大変なときに、私の心配なんて……カミィお姉様は、本当に私のお姉様なんですねっ!」



 無垢な目をキラキラ輝かせるミラに、カミラはうぐぅと大ダメージを受ける。

 同じ存在とはいえ、経験値が違う。

 当然、ミラはカミィの心中なの察せずに続けた。



「ごめんなさい、カミィお姉様。私、聞いてしまいました。その、ユリシーヌ様と禁断の中で、けれどゼロス殿下達の反対にあってるって、今度のミスコンでヴァネッサ様に勝たなければ、離ればなれになってしまうって…………」



 ぐすん、と鼻をすするミラに、カミラは踞りたい衝動を切に堪えながら念話を飛ばす。



(ちょっとちょっとちょっとぉっ!? コイツに私達の事どんな説明したのよ!?)



(ゴッメーン。その辺なんも説明してないわ)



(あー、だからユリウス様が男だって事、知らないんですね)



(成る程、カミラも最初から俺の全てを知っていた訳ではないのか…………)



 役に立たないっ! とカミラは叫びたいのを我慢して、プルプル震えながらミラの誤解を解き始める。



「ええと、その。ミラ? 何か誤解があるようね」



「誤解ですかお姉様?」



「ユリウス――――ユリシーヌ様の事ですけれど、実は男ですのよ」



「男!? ふふっ、冗談がお上手ですねカミィお姉様。こんな綺麗なヒトが男の方の筈ないじゃないですか。もし本当だとしたら、変態ですよ変態」



「へ、変態…………」



「ぬおぉ! しっかり、傷は深いぞユリウス――――!?」



「お気を確かにユリウス様! 端から見れば間違ってないですから、しかたありませんよぅ!」



「げっふあぁッ!」



「お、落ち込むなユリウス! 余はそなたが、男子生徒が選ぶ理想のお嫁さん一位の座を、男になった今でも保っている事をしっているが、その通りだと思っているぞ!」



「ごっふぁッ!」



「いや、アンタら止め刺してるからソレ」



 見事な失意体前屈から、ごろごろと転げ回るユリウスと、慌てるアメリとガルド。

 その光景を見て、ミラはきょとんと瞬きをする。



「――――ええと、お姉様? ま、真逆?」



「ミラは忘れてしまっているのでしょうけど、実はユリシーヌ様は幼少期に魔族によって男に変えられていたのよ。それを私が、皆の前で解呪したの」



「そ、そんな事情が…………、申し訳ありませんユリシーヌ様っ! 私、カミィお姉様の大切な恋人に、なんて事を――――」



 カミラの棒読みの説明に納得がいったのか、現状を理解したミラは、顔を青くしてペコペコ頭を下げる。

 ユリウスはウイッグを取り、胸元を開きブラを速攻で外して仕舞い、殊更に男性である事を強調してから口を開いた。



「いや、解って貰えればそれでいいんだ。俺の事はユリウスと呼んでくれ、それが本名だ。男子生徒の制服姿も、明日見せよう…………うう」



「本当にごめんなさ――――あれ? でもさっき、ゼロス殿下はユリウス様の事を妾にするって…………あれ? でもカミィお姉様は全校生徒の前で男に戻したって…………あれぇ?」



 不味い、変な方向に思考が、とカミラが口を挟むより早く、ミラは新たな誤解を。



「真逆、殿下は男の人もイケる――――」



「ストップっ! ストップよミラ! そこは深い事情があるんだからっ! 違うからねっ! ゼロス殿下はヴァネッサ様一筋だから」



 記憶を喪っている筈のミラならば、今の狼のようなゼロスではなく、子犬と称される線の細いゼロスをゼロスと認識するのが妥当だが。



 ――――何故、“今”のゼロスをゼロスだと認識出来たのか。



 カミラは浮かんだ疑問を、それどころではないと頭の隅に追いやって、ミラの不敬な考えを止める。

 いや、マジでそれどころではない。

 周囲に自分たちしかいないから良かったが、ゼロス殿下達がいたら、最低でもヴァネッサがブチキレ確定だろう。



「ね、良い子だから本当にやめて。ゼロス殿下はノーマルでヴァネッサ様一筋だから、深い理由あっての事だから、ね、ね?」



「あうう。ごめんなさいぃ…………。浅慮でした、浅はかでした…………」



「…………素直だ」



「どうしてコレが、“こう”なるのやら」



「はやぁ~~。新鮮です」



「お、落ち込むなカミラ。権力など物ともしない普段のお前が俺は好きだぞ、…………好きだぞ?」



「そこは断言してユリウスぅ…………」



 仮にも妹、ましては昔の自分の前でみっともない真似はできないと。

 カミラは気丈にも、涙目になるだけで踏みとどまった。



「本当ごめんなさい、ユリウス義お兄様、カミィお姉様。お詫びと言っては何ですが――――この勝負、私がお姉様を優勝に導いてみせますわっ! このカミラ・セレンディア、全身全霊を尽くしますっ!」



 しゅんとした態度が一転、ぐぐぐ、と拳を握り燃え上がるミラに、カミラはとうとう頭を抱え。

 残る三人は、生暖かな視線を送る。

 どうしてこうなった。



「さ、カミィお姉様っ! そうとなったら行動開始ですわっ! 先ずは対策会議と致しましょう! この愛の試練、お姉様達の愛と、私達の愛の力で、必ず乗り越えましょうっ!」



(ど、どうしてこうなったのおおおおおおおおおおおお!?)



(残当)



(昔のカミラとはいえ、カミラだったのだなぁ…………)



(わたしも協力しますよカミラ様っ!)



(根は変わらないんだな、お前)



 ちょっとは慰めなさいよっ! とカミラは叫び、ミラは叫びだした姉に首を傾げる。

 前途多難、という言葉がぴったり来ていた。





 ミラの声が、サロン内に元気よく響きわたる。



「――――では、これより対策会議を始めますっ!」



(おかしいわ、絶対間違ってるっ! っていうか、昔の私はこんなアクティヴじゃなかったわよ!?)



 次の日である。

 カミラの力でぱぱっと直ったサロンにて、もはや恒例となった会議が。

 サロンとは会議室の類義語だったかと、疑問に思うより前に、カミラとしては困惑の限りだ。



「対策会議って、何を話すんですかミラさん」



「うむ、ぶっつけ本番では駄目なのか? 余の目からみても、カミラのポテンシャルは高いし、他の生徒達からの人気も中々のものだろう?」



「この馬鹿女、面と体は悪くないし対策いらなくない?」



「…………っていうか、貴方達何故そんなに順応してるのよ」



 アメリとユリウスはまだいい。

 だが、当たり前のように同席し、紅茶をすするセーラとガルドも、何故そんなにミラの行動に適応しているのだろう。



「お前の疑問は解るが、――――諦めるんだカミラ。鏡を見ろ」



「ブーメランっ!? 何それ、ブーメラン帰ってきているの私!?」



 なまじ自分の事が故に、腑に落ちないカミラ。

 そんな恋人に、隣に座るユリウスは優しく肩を叩くのみだ。



「はいそこカミィお姉様! この窮地で戸惑うのは分かりますが、イチャイチャは後にしてくださいね!」



「~~~~っ!」



 過去の自分に注意され、声無き叫びを上げるカミラに、誰一人同情の視線は無い。

 因果応報である。



「ああ、でも確かに何かしらの対策は必要ですね。カミラ様は誰よりもご聡明でお美しいですが、嫁にしたら絶対苦労する人ナンバーワンですから」



「ケケケ、そういやそんなランキングあったわね。というかカミラを美化しすぎよアメリ。くくっ、はははっ!」



「初耳なんだけど!? というか教えなさいよアメリ!」



 ぎょっとするカミラに、アメリはため息を一つ。



「いえ、以前言おうとしたら。『ユリシーヌ様以外からの生徒人気は、記憶するにも値しないわ』と伝える事すら出来なかったじゃないですかぁ」



「…………アンタ、本当にユリウス馬鹿なのね」



「なんだか少し、照れるな」



「しみじみ言わないで、照れないで…………」



 両手で顔を覆い、がっくり項垂れるカミラを余所に。

 うーん、と考え込んだミラは重々しく口を開く。



「由々しき事態ですね…………申し訳ありませんがアメリさん、聞くところによるとカミィお姉様の“派閥”は相当大きいとか。買収なりなんなりで固定票を集めるのは可能ですか?」



「え、えーと可能ですけど、いいんですかねぇ…………?」



 提案に戸惑うアメリに、ミラはちっちっち、と人差し指を振って断言した。



「いいですかアメリさん。恋は――――戦争なんですっ!」




「で、あるならばっ! 手段もっ! 方法もっ! 選んでなどいられません!」




「戦争じゃないしっ! 頼むから選んでええええええええええええっ! 」




 不正上等、勝ったもん勝ちだと、高らかに謳うミラの姿に、ガルドなどは神妙に頷いている。



「こらっ、アンタはまたイラン事をラーニングするんじゃない。あの馬鹿女の恋路を見てるでしょう? あんなめんどくさい恋したいの?」



「あー、あー、ああ…………。すまぬ、余はまた間違ったようだ。誠に得難い友人だな、そなたは。感謝している」



「――――っ!? わ、解ればいいのよ、解れば!」



 さりげなくカミラに塩を塗り込みながら、二人に空気をだすセーラとガルドを。

 カミラはひと睨みしてから、努めて冷静に発言する。



「ミ、ミラ? アメリもよ。貴女達の気持ちは嬉しいけど、今回はそういう不正の類は駄目だわ」



「何故ですカミィお姉様。私に共に過ごした記憶はなけれども、必ずや賛同してくれると思ってましたのに…………」



 心底不思議そうに首を傾げるミラ。

 アメリやセーラも同感だったらしく、視線で回答を訴えている。



「ええ、確かに。この世は勝った者が、得た者が正義。そういう思想もあるでしょう」



「では何故?」



「これはね、ヴァネッサ様の友愛と、私の、私達の愛の戦いなの。正々堂々と勝負するのが“筋”だわ。――――それに、ヴァネッサ様も同じ意見の筈よ」



 カミラの視線を受け、ユリウスも補足した。



「ヴァネッサ様は殿下やご実家の力を借りずに、真正面から勝負するだろう。それは俺が保証する」



「…………他でもないユリウス様が言うなら、解りました。この案は取り下げます」



 記憶は無くともやはり同じカミラ。

 ミラは、素直に引き下がった。



「ではどうする? 余は万全だと思ったが、ここに来てカミラの人気が盤石ではない事が判明してしまったが…………」



「対するヴァネッサ様は、迫力のあるお方とはいえカミラ様に匹敵する美人。学力も問題ありませんし、なにより殿下との仲睦まじい姿が好評で…………カミラ様に勝ち目あるんですかね?」



「酷くないアメリ!? そこまで勝ち目ないの私!?」



 青ざめながら机につっぷしたカミラに、セーラはやる気なさげにフォローする。



「まー、その辺は大丈夫じゃない?」



「どういう事です? セーラちゃん」



「アタシ調べでは、なんだかんだでユリウスに一途な姿が好評みたいだし、精々女子票を二分するくらいでしょ」



「ふむ。二人とも相手いるから、男子票は違う所に行くと想定して…………。結構いい勝負をする、ということかセーラ?」



「ん、そ、そ。おおよそガルドの考え通りでしょ」



 二人の意見を聞いたミラは、興味深い事を聞いたと考え込む。



「ここまでの話を総合すると、やはり本番次第という事か…………」



「取りあえず、セレンディア系列の美容商会からエステティシャンの派遣を頼んでますし、本番は明日なんで、それくらいでいいのでは?」



「…………気が利くわねアメリ、うう、ユリウス以外では貴女だけが頼りだわ」



「もったいないお言葉ですカミラ様」



 打つ手無し、と閉幕の雰囲気と共に、仲の良い主従を披露していると。

 やはり、ミラが待ったをかけた。



「いいえ、まだですっ! 打てる手は打っておきましょう!」



「打てる手って、何をするつもりですミラ様?」



 ミラはにんまりと笑うと、アメリとセーラに言い放つ。



「――――お二方も、出ましょう」



「ええっ!? 出るってわたしもですか!?」



「成る程、男子票の行く先を出来るだけ固めない為に、アタシとアメリが必要って事ね。うーん…………」



 驚くアメリと、あまり乗り気ではないセーラの二人を余所に、ガルドとユリウスは冷静に分析する。



「確かに、アメリは男子人気が密かに高いとも聞く」



「悪行が広がっているとはいえ、セーラの外側に変わりはない。この場で一番、男心が解る存在だしな。現状一番良い手だ」



「…………ああ、ならばもう一つ駒は増やせるな」



「駒? この場以外で協力してくれる女子生徒に心当たりが?」



 ニヤニヤと笑うガルドに、首を傾げるユリウス。

 はて、ガルドの交友関係はそんなに広かっただろうか。



「いやいや、セーラよりも男心が理解出来て、なおかつ男子のみならず女子からも人気絶大な人物がいるではないか」



「え、そんな人がいるんですかガルドさん!」



 食いつくミラに、残る三人の女子は心当たりを思わず見つめる。

 そうだ、そういえば、誰よりも適任がこの場に一人。



「ねぇ、それって“アリ”な訳?」



「過去にネタ枠として出場されている方もいるって話でしたし、出場要項にはその辺の資格の記載はないですけど…………カミラ様」



「――――俄然、燃えてきたわ」



「…………うん? 皆、誰の事を言っているんだ?」



 未だ解らないユリウスを前に、カミラは親指をグッと立ててガルドへゴーサイン。

 これぞ、何よりの最善手である。




「出場決定だな、ユリウス。――――いや、ユリシーヌ!」




「ええ、任されましたわ――――じゃッ、ないッ! 俺にまた女として――――して…………、うん、“アリ”だな」




「よっしゃああああああああああああああああああああああああ! ユリシーヌ様復活ううううううううううううううううううううううううううううっ!」



 何をどう考えたのか、カミラは解らなかったが。

 ミスコンに出る、つまり際どい衣装の妖しいユリウスが見れる。

 そんな即物的な考えの前に、全ての思考が敗北する。

 ハレルヤ、この世の春がまた来たのだ。



「どうどう、カミラ、アンタ口調が崩れてるわよ」



「ですよねぇ……、でなければユリシーヌ様に告白なんてしませんよねカミラ様…………」



 嫌な予感をアメリが覚えた直後、カミラから指示が下る。



「準備を、準備をなさいアメリっ! ユリシーヌ相応しい衣装を選ぶわよっ!」



「お手伝いしますカミィお姉様っ!」



 カミラの行動は定まった。

 後は、アメリが苦労するだけだ。



「折角だから、模擬店を利用しましょう。――――そうね、ウチから手を回して、今からでも料理のグレードを、いえ、目玉となる物を新たに準備しておきなさい。ええ、それから模擬店の宣伝に使う衣装も――――」



「はぁ……やっぱりこうなりましたか…………」



「アンタ、苦労してんのね…………」



「すまない、カミラがいつも迷惑をかける…………、いや、今回は俺もか、本当にすまない」



「というか、間に合うのか!? 明日だぞ?」



 盛り上がる同一人物姉妹と、アメリに集まる同情の視線。

 やるべき事は山済みで、次々と膨れ上がっていく。

 だが――――。



「ふふっ、ふふふふふっ。ええ、でもこれでこそカミラ様です。ええ、こんな事もあろうかと、ご要望の全ての案を、先回りして準備だけはしていますっ! カミラ様の右腕を――――なめるなぁっ!」



「流石、私のアメリっ! では早速行動開始よ皆っ! えい、えい、おーーーー!」



「くっ、本当に苦労したんだなアメリ…………」



「なんか、以前カミラに負けた事が、当然に見えてきたわ。勝てない、アメリが着いてたら勝てないわ…………」



「歴代の記憶も、余も、アメリの様な右腕が欲しかったなぁ…………」



 すっかりカミラに順応してしまったアメリの姿に、一同は涙を禁じ得ない。

 ともあれ、カミラ一派はその結束を固くし、明日の文化祭――――ミスコンへ望むのであった。






「どうして“これ”が“こう”なるのよ、納得いかないわ…………」



「ええ、本当に。なんとうか、はい。カミラ様は本当に妄執の権化というか…………」



 次の日の朝。

 学園祭でミスコン本番を控え、クラスの女子と共にカミラ一派の女性陣は更衣室で着替え中。

 なお、ミラの事はアメリが根回し済みで、トラブルなくとけ込んでいる。



 そんな中、半裸のアメリとセーラの視線の先は、カミラ(姉)とカミラ(妹)だ。

 二人は同一人物、同じ歳であるというのに、まるで数年離れた姉妹の様に体格に差がでている。



「あら、どうしたの? そんなまじまじと私達を見て」



「や、アンタ。そりゃ見るなって方が無茶でしょ」



「ですです。カミラ様の美容にかける熱意は知っていますが、ええ、こうも…………」



 セーラとアメリは顔を見合わせ、呆れ半分、驚き半分でミラとカミィを見比べる。

 ミラの肢体は、良くも悪くも平均的だった。

 胸部は大きくもなく小さくもなく、腰回りや下半身だって平均的。

 肌だって、特筆すべき事は無い。



「ふわぁ…………、カミィお姉様、素敵です…………うぅ、本当に同じ血が流れているのでしょうか」



「ふふっ、貴女だって、磨けばこうなるわ」



 そりゃ同一人物ですから、という叫びを、アメリ達は飲み込んだ。

 この平均オブ平均という体から、こうも変わるものか。



「本当ですかっ! 私も、その大きく、それでいて大きな胸に、コルセット要らずのくびれのある細い腰に、殿方を魅了しそうな臀部や太股に、なれるのですか!?」



「――――やっ!? ちょっ! ミラ! そ、そんなにペタペタ触らないで、くすぐったいわ…………というかアメリとセーラも触らない揉まないのっ!」



 三人は羨望と興味深さで、同じく半裸のカミラを触る。



「くっ、何よこの肌。すべすべつやつやでうるうるじゃないっ! これがセレンディア式美容法の力なの!? 狡い! アンタ狡いわよ!」



「こちらとしては、そこまで美容に熱心じゃない貴女が、私に匹敵するくらいの美を保っているのが羨ましいんだけど!?」



 セーラはゲームと同じ、スレンダーな体型だ。

 普段の食事はカミラより多めに食べているのに、禄に運動もしないで、これはない。

 女性として、狡いとしか言いようがない。



「ああ、わたしは今、初めてカミラ様を恐ろしいと思っています――――! “これ”が全部ユリウス様の為になされてるとか、正気の沙汰じゃありませんよ」



 一方アメリは、女として。その情の重さに。

 或いは、途方もなく大きい執着のなせるカミラの“業”に、その身を震わせるが。

 当のカミラとしては、アメリに思う所感がある。



「というかね、アメリ。私としては貴女の方が恐ろしいんだけど…………、ねぇセーラ」



「アンタどこ見て――――ああ、うん。確かに驚きだわ。生で見るとこんなに…………」



「うぅ、アメリさんは同類だと思っていたのに…………というか、気になってたんですけど、私の“記憶”より、二倍、いえ三倍にすら思える程大きいんですが、何があったんです?」



「え、え、え?」



 三人の視線が、アメリの驚異的な“胸部”に集まった。

 そう、以前よりその胸の大きさには定評のあるアメリであったが、実の所、ゲームより大きいのだ。



「私に付き合って、マッサージや美容法を試してもらってたとはいえ、何故貴女だけが“そう”なるのかしらねぇ?」



「っていうか、やっぱアンタが原因なんじゃない! “元”も着痩せ設定あったけど、その比じゃないわよっ!?」



「よくわかりませんが、カミィお姉様の仕業ですか…………何故だか納得いくような、頭の何処かで“魔改造”だと叫んでいる様な…………?」



「わ、わたしの事は良いですから、ほら早く着替えましょう! 時間なくなっちゃいますよ!」



 焦った様に誤魔化すアメリの一声に、それもそうだとカミラ達は着替えを再開した。

 途中、アメリの胸がきつい……、という呟きを聞き逃さずに、“チャイナドレス”へと着替えたのだった。



 クラスメイトと模擬店の打ち合わせを終え、領地から呼び寄せた直属メイド集団、そして直属の商会から呼び寄せたシェフに後を任せた後。

 カミラ達は早速、宣伝の為に看板を持って校内を回り始め。

 始め――――。



「負けっ、たわっ…………」



 カミラは“それ”を見て、思わず崩れ落ちた。

 アメリも一瞬“それ”に見とれると、慌ててカミラを支える。



「か、カミラ様! 理解できますがお気を確かに! 鼻血だしながら真っ白にならないでくださいっ!」



「反則よねぇ…………良くやったわガルドっ!」



「はわわわっ! カミィお姉様! やっぱりユリシーヌ様は女なんじゃ…………」



 セーラは複雑そうな顔をしたものの、カミラの様子に爆笑して、ガルドと固い握手をする。

 ミラなどは、“それ”のあまりの美しさに、まだ性別を信じられないようだ。



「残念だが、男なのだよミラ」



 そして最後に、ユリウス。

 否、学園一の美少女――――ユリシーヌがやけっぱちになりながら胸を張った。

 深いスリットから覗く足が、なんとも艶めかしい。



「――――フッ、やはり私が一番のようですね」



「ええ、貴方が一番ですよユリシーヌ様…………、今なら解りますカミラ様、そりゃぁ、途轍もなく自分を磨かなければ、横に並べませんよねぇ…………」



「わかってくれるのねアメリぃっ!」



 女装した美少年に美貌で負け、女子全員が。

 その場に居合わせた、他の生徒達全員が理不尽さに涙した。



 兎も角。

 それから三十分は費やして復帰を果たしたカミラ達一行は、今度こそ本当に校内巡回を開始する。



「ただいま、ウチのクラスではカミラ様直伝の新作料理が食べられますよー! 是非寄っていってくださーい!」



「応援してます? はい、ありがとうございます…………何故男子生徒ばかりに、やはり噂は本当――――、はい、何でしょうか?」



「――――ええ、はい、そうです。後、アタシ達もミスコンに参加するので、来てくださいねー! 是非、是非アタシに清き一票をっ!」



「ああ、すまぬ。余は参加しないのだよ、変わりに彼女たちを応援して欲しい」



「…………何で私には誰も寄ってこないのよ?」



 校内や肯定を練り歩くカミラ達の目論見通りに、数多の生徒達に、アピールは成功していた。

 ――――ただし、何故かカミラには人が寄らず。

 主にアメリやユリシーヌに、人だかりが出来ていたが。



(くっ! チャイナドレスは失敗だったかしら?)



 カミラは自分と、アメリとユリシーヌを見比べる。

 ある意味、全てを上回っている恋人の人気は納得しよう。

 だが、アメリの人気は何故なのだ。



(――――はっ! ま、真逆!)



 胸、大きな胸がいいのか。

 カミラは確信した。

 ユリシーヌが女子にも囲まれているが、アメリには男子生徒のみ。

 しかも、皆一様に鼻の下を延ばし、視線は斜め下。

 ――――巨乳に釘付けである。



(アメリ、恐ろしい子! チャイナドレスの胸の部分がパツンパツンな上、胸の谷間が! しかも、今にもボタンが取れそう!)



 勝てない。

 カミラはアメリに対し、初めて敗北を自覚した。

 だが今は、敗北に打ち震えている場合ではない。

 もっと目立たなければ、と思考を巡らせた瞬間、周囲がざわめき始める。



「お、おい! あっちにはヴァネッサ様達がいるぞ! しかも、東洋のドレスを着て!」



「ああ、ユリシーヌ様もお綺麗でしたが、ヴァネッサ様も良いですわね…………」



「キモノというのでしたか? あの煌びやかなドレスは。何処で仕立てたのでしょう」



 配下の三人娘を引き連れ、こちらへ真っ直ぐ向かってくるヴァネッサの姿を確認し、戦闘態勢に移行。

 アメリ達もそれに気づいたのか、カミラを先頭とする形で集まる。

 そしてカミラは、愛用の扇子をバッと広げ余裕の笑みで待ちかまえた。



「――――ご機嫌よう、カミラ様」



「ふふっ、ご機嫌ようヴァネッサ様。お互い、考える事は同じな様で」



 ばちばちと火花を飛ばす、二人の麗人。

 どちらも迫力があるので、一部の気の弱い生徒などは既に逃げ出している。



「ええまったく、そちらの調子はどう?」



「手応えは感じてますわ」



 暖かみ何処へやら冷え冷えとした言葉に、お互いの仲間に緊張が走り。

 図太い野次馬生徒達は、目を輝かせる。



「あら、貴方の周りには、誰も居なかったように見えましたが?」



「ふふっ、ヴァネッサ様こそ。見えてましたわ。随分と後ろの三人に人を集めていたようで」



 そう、カミラは見逃さなかった。

 同じ迫力のある美人であり、権力も兼ね備えたヴァネッサが、配下に人気を取られているのを。



「うふふっ――――」

「ふふっ――――」



 女帝同士の空しい争いに、無駄に緊迫した空気に一同はごくりと息を飲む。

 言葉でマウントが取れないならば、次の一手は――――。



「――――アメリっ!」

「――――グヴィーネっ!」



「は、はい!」

「た、直ちにっ」



 名前を呼ばれ、カミラ側からアメリが。

 ヴァネッサの方からは、ゲームで攻略対象を寝取られた一人、筋肉馬鹿の婚約者グヴィーネが前に出る。



「何か、――――芸をやりなさい」

「貴女もですグヴィーネ、決して負けてはなりませんよ」



「無茶ぶりやめてくださいよカミラ様っ!?」

「真逆、“アレ”を披露する時が来ようとは――――」



 あれ、乗り気? というアメリの戸惑いを余所に、事態は進む。

 先手はグヴィーネ。

 ひな祭りの三人官女のい一人に扮した彼女は、手にした柄の長い銚子に魔法をかける。

 ――――それはそれとして、ヴァネッサのクラスは何の催し物をしているのだろうか。



 カミラは微妙に気になったが、それどころではないと、周囲を同じくその行動を見守った。



「ではこのチョウシというモノを――――はい、錬金の魔法で長剣に変えました」



「それで、次はどうするのです? 出来る人は同じ事を出来る筈ですが」




「はい、いい質問ありがとうございます。勿論ここまでが下準備。――――ではご覧あれ、よっと」




「――――はぁ? え、ええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!」



 アメリの叫び声が響きわたり、ヴァネッサ達以外の全員が驚いた。



「馬鹿な――――あの長さの剣を丸飲みしただと!?」



「え、ちょっと待ってっ! え、ええっ!? 彼女、剣にも体にも魔法仕込んでいないわよっ!?」



 そう、グヴィーネは剣を丸飲みするという大道芸を、いとも簡単にやってのけたのだ。

 正直、貴族令嬢の持ちうる芸ではない。



「ヴァネッサ様? これ大丈夫なの!? え、ええっ!? どうみても、一メートル以上の長さがあるのに――――えええええええっ!?」



 困惑と驚愕に慌てふためくカミラに、ヴァネッサは満足げに答える。 



「大丈夫よ。何回もわたくしは見てますし、その度に医者に診せてますけれど、異常一つないと太鼓判をおされてますわ」



「異常一つない事が、既に異常なのでは?」



 カミラの疑問はさらりと流され、えいやとグヴィーネは剣を吐き出す。

 魔法は、いっさい使ってない筈なのに。

 飲み込んだ先が、下腹まで確実に届く長さだといのに。

 何故に無事なのか。




「――――以上。人体の不思議、筋肉編でした」




「人体の不思議過ぎるし、筋肉要素はどこにあったのよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」



 ツッコミ所の多さと、その理不尽さにカミラは膝をついた。

 本日二度目の敗北である。



「おほほほほ、グヴィーネの婚約者は、王国に名高い筋肉馬鹿。ならば彼女だってこれぐらい朝飯前ですわ!」



「あちらが固い筋肉なので、――――対抗して、柔らかな筋肉を目指した結果です」



「そうか、世の中は広いのだなぁ」



「ホントにね、でも間違っても真似すんじゃないわよガルド」



「うむ、こんな事、出来るものかっ!」



 何故か胸を張るガルドに、呆れ顔のセーラ。

 この後でやるとか、地獄だと震えるアメリ。

 そして、どうするのかと視線で問いかけるユリシーヌに、カミラは決断した。

 無理、勝てない。絶対無理だ。



「――――ええ、これは私達の。いいえ、私の負けね」



「あら、案外と素直ですのね」



「そうですとも。だって、私はグヴィーネ様に負けたのであって、ヴァネッサ様に負けたのではないのですから。――――誇りなさって、グヴィーネ様。貴女は王国一の柔らかな筋肉ですわ」



 カミラはにっこり笑うと、グヴィーネに握手を求める。

 彼女もまた、固く握り返し。

 ここに、新たなる友情が誕生した――――たぶん。

 周囲の野次馬は、無理も無いとカミラに同情の視線を送りながら拍手を送る。



「――――ありがとうございます、お褒めに与り恐縮ですわ」



「ふふっ、貴女の進む筋肉道、楽しみにしているわ。ではね、敗者は去ると致しましょう」



 そして。

 カミラはアメリ達に目で促し、颯爽と歩き去ったのであった。



 ミスコン前哨戦――――敗・北!





 昼である。

 宣伝回りを何回か繰り返した後、クラスの中華喫茶でシェフ兼ウェイトレスを。

 ユリウスと共に食事を取ったカミラは、ミスコンまでの暫しの間、二人っきりの時間を過ごしていた。



「ふぅ…………、やっと一息つけるわね」



「ああ、真逆、殿下とガルドが食い倒れバトルを始めるなんてな…………」



 広いソファーにて、ユリウスの膝にカミラの頭。



「王と、筋肉系魔族が腕相撲大会で熱戦を繰り広げて友情が芽生えていたのは吃驚したわね」



 というか、最近は頻繁に人に紛れた魔族を見る。

 あらためて人を知る為、とガルドは言っていたが、それにしてはエンジョイし過ぎではなかろうか。



「結局、食い倒れバトルも腕相撲大会も、優勝したのは新しい学院長だったものな…………」



 ユリウスはカミラの頭を優しく撫で。

 カミラは、ユリウスのウィッグを己の指に巻き付け弄ぶ。



「あの学院長、屋台引いてケバフ売っていたわよね…………知ってる? 今の所、あの屋台が学内の売り上げトップだって」



「しかも女装して、俺より受けてたな…………世の中は広いなぁ…………」



 ディジーグリーが支配していた時より、スペックが高すぎる学院長の活躍に、二人はただ、ため息を付くばかりだ。



 魔族に乗っ取られていた学園長が、そのまま続投する事に、誰も意義を唱えなかったのは。

 きっと、そのバイタリティを上は皆、知っていたからに違いない。

 現にカミラの両親も手紙の中で、歳食って丸くなったんじゃなかったのか、という困惑染みた言葉を残している。



「――――話は変わるが、一つ聞いていいか?」



「ええ、どうぞ」



 ユリウスの撫でる手が止まった。

 カミラはまだ、髪の毛で遊んでいる。



「何故、お前は引き下がったんだ?」



 何時、何処で、とは聞き返さない。

 ユリウスならば、話して欲しいと、聞いてくれると予測していたからだ。

 カミラは、ぽつりぽつりと話し始めた。



「…………グヴィーネに、完敗したという気持ちは本当よ」



「でも、お前ならば。観客やヴァネッサ様達が目を丸くする様な、奇想天外な“返し”が出来たんじゃないか?」



「ええ、多分、出来たと思うわ。私なら」



 カミラは髪から指を離し、その手をユリウスの頬へ。



「…………以前だったらね、きっと、そうしたわ」



 ユリウスの顔の輪郭を確かめ、カミラは手を滑らせて再び髪へ。

 そして、頭に乗せられた彼の手を柔らかに握る。



「貴男の気を引くために、視線一つ、気持ちの欠片一つ独占するために、きっと、何かをしたでしょうね」



 カミラは、誰に問うでも無く続けた。



「私は何故、撤退の判断を選んだのかしら? 貴男への気持ちが薄れた訳でも、独占欲が消えた訳でもないわ」



 心底不思議そうにするカミラの姿に、ユリウスは変化を感じていた。

 いきなり変わったのではない、これはきっと、今までの“積み重ね”だろう。



「後の事を考えれば、あそこで立ち向かい。ヴァネッサ様達を叩き潰すべきだった。でも何故かしら? 万が一失敗した時のリスク管理? ええ、きっとそうね」



「…………そうか。お前がそう言うんなら、そうなんだろうな」



 変なこと聞いて悪かったな、ユリウスは繋いだ手の、カミラの手の甲に口づけをした。



 カミラ自身は、正確に理解していないが。

 ユリウスには、今の答えで確信に至った。



(ミラの事や、ヴァネッサの事もある。その前にもアメリやガルドの事があった)



 だが、それだけでは無い。



(大きな所で言うと、それはカミラが俺の手を取った時だ)



 秘密だらけの妄執的な愛だけではない。

 ――――信頼。

 恋人としての信頼が、ユリウスと双方向でつながった。

 それはとても良い事で、そして。



「ああ、――――嬉しいな」



「あら、いきなり何? 私が負けたのがそんなに嬉しいの?」



 ゆるゆると微笑むユリウスに、カミラはふくれっ面。



「違うよ。お前が可愛くて、愛おしいって話しさ」



「ユ、ユリウスっ!?」



 ちゅっ、ちゅっとカミラの手の甲に。

 軽く、しかして甘いキスの雨を降らすユリウスに、カミラは思わず赤面し、上擦った声を。



「え、ちょっ、う、嬉しいんだけれど、時間が――――」



「大丈夫さ、まだ十分以上ある。――――なら、まあ、頑張って満足させるさ」



「満足させるって、何よぉっ!? って、乗らないで腕掴まないでっ!?」



 慌てふためくカミラを、ユリウスは満足そうに見つめながら。

 なるべく負担にならないように馬乗りになり、カミラの両手の手首を、頭の上で片手で押さえた。



「なぁ、カミラ。気づかないのか? お前が悪いんだぞ…………」



「ひゃうぅんっ! く、首筋ぃ…………。んっ、ああんっ!?」



 熱情に満ちた囁き、そして首筋に吸つくような口付け。

 カミラは真っ赤になりながら目を伏せ、顔を背けながらか細い声で抵抗の意志を見せる。



「あ、痕が残ってしまうわ」



「いい匂いだ。どうしてお前はこんなにも、俺を惹き付けるんだ?」



「や、嗅がないで…………」



「お前は自覚するべきだよ。俺に与える影響を――――ああ、こんな煽情的な衣装を着て」



「それはユリウスだ――――んん~~っ!」



「――――ん、はぁ…………黙れよ」



 抗議の声はユリウスの唇によって、文字通り口封じ。

 あまりにも熱烈な迫られ方。

 それも、女装の麗人という背徳感も加わり、カミラはただ頭を茹でらせるのみだ。



 ユリウスはカミラの胸元を大きめに開けると、鎖骨を舌でなぞる。

 同時に、開いている左手を際どいスリットから除く太股に這わせた。



「や、駄目よ。駄目ぇ…………」



「本当に駄目なら、もっと抵抗しろよ。じゃなきゃ俺の女だって“痕”だらけのまま、ミスコンに望む事になるぞ?」



「ううぅ~~」



 眼孔を欲望に滾らせたまま、からかう様な口調に、カミラは必死で体に力を込めた。

 だが身は捩る事ができても、びくともしない。



「な、何でよぅ」




「それが、お前の意志だって事だろ。――――ずっと“こう”されたかったんだよ」




「――――っていうか、貴男。私に“絶対命令権”使ってるでしょぉ!?」



「ああ、バレたか」



「バレるわよっ!?」



 そう。

 ユリウスはカミラに“絶対命令権”を密かに使って、体の自由を奪っていたのだ。



「でも、もう遅いよ。――――何より、こういう事を望んでなかったって、俺の目を見て言えるのか?」



「そ、それは――――」



 正直、カミラとしては超絶望んでいた事だった。

 けれど、心の準備が出来ていない。

 心の準備すらないまま――――というシチュエーションすら望んでいた事実すらあるが。



 今まで一度も、ユリウスは己の欲望の為に、この力を行使した事は無かった。

 卒業か、このまま、女として一段上に上ってしまうのだろうか?



「お前が悪いんだ。ヴァネッサとの勝負だからって、文化祭の為だからって、俺はお前の――――ああ、こんな美しくて色気だらけの姿。誰にも、見せたくないのに」



「そんな事、言わないで…………」



 もはやカミラの声に力は無く、抵抗の意志など消え失せた。

 そう――――ユリウス色に自分を染め上げ、ユリウスの総てに自身を刻んできた“ツケ”が回ってきたのだ。



 ユリウスの顔が徐々に近づく。

 カミラは顔を背けたまま、そっと目を閉じた。

 顎がぐいと捕まれ、カミラの顔が真正面を向く。

 そして――――。



 ――――バチコンッ!



「~~~~っ!? いったぁああいっ!? 何をするのよユリウスっ!?」



 与えられたのは愛欲に満ちたキス――――ではなく、額へのでこぴん。

 目を見開いた先には、満足そうなユリウス。



「そろそろ時間だぞカミラ。というかお前、簡単に流され過ぎじゃないか? こっちとしてはチョロくて面白いけど」



「お、面白っ!? え、チョロ――――!?」



 面白半分か、そんなに私はチョロいのか、というか最初からからかう算段だった? という疑問と衝撃がいっきに満ちあふれ。

 カミラは鯉の様に、口をパクパクさせる。



「…………あの、その、カミィお姉様。ユリウス様、もう終わりました?」



「成る程、カミラ様をコントロールするにはユリウス様から迫ってもらえばいいのですね」



「貴女達ぃっ!? いいいいいい、いったい何時から――――っ!?」



 突如聞こえてきた声に顔を向ければ、顔を赤くしながら鼻息荒いミラと、しみじみと頷くアメリの姿。



「どこからって」



「やっと一息うんねんですわお姉様」



「最初からじゃないっ! 来てたならイチャイチャする前に声かけなさいよっ!?」



 うがー、と顔を朱に染めてワナワナ震えるカミラ。

 だが、アメリとミラは顔を見合わせて、困った顔をする。



「と言われましても」



「ユリウス義お兄様が、ちょっとイチャイチャして悪戯するからその後で、暫く見てていいから、と」



「ユ゛ーリ゛ーウ゛ース゛ーー!」



「安心しろ。別に、お前に言った言葉は“嘘”じゃないからな」



「くぅっ! うううううう~~~~っ! じ、時間なんでしょっ! もう行くわよ皆っ!」



 恥ずかしさや、嬉しさでにっちもさっちも行かなくなったカミラは、照れ顔を隠す様にずんずんと歩き出す。

 ちゃっかりユリウスの手を引いている所、怒ってはいない様だ。



 仲良きことは善きこと哉。

 アメリとミラは笑い合うと、二人に続いてサロンを出て行く。

 そして――――ミスコン本番が始まる。






 ――――ミスコン。

 学院開設以来、文化祭の目玉として毎回開催されたこの企画には。

 その伝統故、ハイレベルな出場者が揃っていた。



 今、学院校舎横のコロシアムの特設舞台には、カミラ、ヴァネッサ、ユリシーヌ、アメリ、セーラといった面子に加え。



 人気の美人教師や、雑用のメイド、OB枠から前生徒会長、二年の辺境伯令嬢、三年の男爵令嬢など。

 美貌だけなら、カミラに匹敵する人物揃いである。



「――――では、これより! ミス・学院コンテストを開始する!」



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」



 司会を勤めるのは、ゼロス王子。

 審査員は、特別ゲストの国王夫妻を筆頭に、学院長や、文部大臣、そして――――オッディ三世。



「ね、ねぇユリシーヌ様? いつかの路地裏でみた変質者がいるのだけれど、気のせいかしら?」



「ええ、私も確認しました。いったい何者なのでしょう…………」



 審査員席に座るムキムキマッチョのオカマに、カミラとユリウスは動揺。

 また、生徒達からも疑問の声がちらほら。



「まずは出場者の紹介――――の前に、この御仁を紹介させて貰おう」



 そんな空気を察したのか、ゼロスはすかさず彼の身分を明かす。



「この御仁こそ! 最近ちまたで人気沸騰中の肖像画家! オッディ三世である! 今回の優勝者には、この者による肖像画が副賞として送られる! 出場者の皆は楽しみにしておけ!」



「どーもぉ! ご紹介に預かったオッディ三世よ~~んっ! ん~~ちゅっ!」



 会場中に投げキッスを送るオカマに、カミラの予想に反して大歓迎ムード。



「スゲェぜ! 今超話題の画家じゃねーか!」



「一枚、ウン億円するんだっけ」



「ウチの父上が、頼んだのだが。向こう数年は予約待ちだそうだぞ」



「描いて貰うと、運命の人と結婚できるそうよ! 羨ましいわぁ」



「お、おいカミラ、人気だぞあの人!?」



「え、ええ……。どうやら知らなかったのは私達だけの様ね」



 あの怪しいオカマ、そんな人物だったのかと驚く二人の横で、他の出場者は副賞に色めき立っている。



「うむ、うむ。では他のメンバーは例年変わらないので割愛するとして」



 それでいいのか王子、両親である国王夫妻の紹介は割愛していいのか。

 カミラは突っ込みたくなったが、夫妻も待ちきれないようで頷いているので善しとする。



「では皆の者いくぞっ! 出場者の紹介だっ!」



 ゼロスがノリノリで拳を振り上げると、会場を大盛り上がり。

 お、おう。とカミラだけが着いていけない中、最初の紹介が始まる。



「エントリーナンバー・一番! 誰が推薦したんだ! 去年卒業した次期宰相に籠絡された苦労人! エレルドレア・マドレーヌ教諭だぁーーー!」



「ちょっとっ!? ゼ、ゼロス王子ぃ!? その事は秘密だと先生言いましたわよね!?」



「うむ、だがマドレーヌ教諭。これは未来の夫である次期宰相からの依頼でな。寄りつく蠅を避ける為にもと、原稿を渡されたのだよ」



「あんの、唐変木があああああああああああああ!」



 マドレーヌ教諭は、ずさぁと崩れ落ちながら叫ぶ。

 というか、そんな奴でいいのか次期宰相。



 ともあれ、強力なライバルの残念過ぎる紹介に、他の者はにんまり。



「エントリーナンバー・二番! 学園一の有能メイド! 前々学院長の頃から容姿は変わっていないぞ、いったいお前は何歳だ! メロディア・ニージアン!」



「――――誰ですか、そんな紹介文を書いたのは」



「うむ、学院長だ。文句はそっちに言うがいい」



「――――後で、覚えておきなさい若造」



 美貌のメイドはロリババァ。

 どう見ても十代なのに、前学院長の頃からというと軽く数十年は経っている。

 カミラと同じく一年は動揺し、二年以上の生徒やOBは苦笑い。

 きっと周知の事実なのだろう。



 それはそれとして、またも残念な紹介に出場者達に緊迫の空気が流れる。

 次の犠牲者は――――。



「エントリーナンバー・三番! 未だ根強い人気! 主に二年生以上から推薦され、前生徒会長、クルーディア・クターレスが参上だぁ! 将来有望な女騎士として、今年も六つに割れた腹筋と、審査員が悶絶したメシマズの腕は今回も披露されるのか!」



「畜生! アタシのは誰が書いたんだ王子ぃ!」



「我が国の筆頭将軍からでだな。えーと何々? 追伸、例えメシマズでも、剣の刃を握りつぶせる豪傑でも、一向に構わん。今夜、寝所にくるといい、嫁にしてやろう。だそうだ、愛されているな!」



「あんのクソナイスミドルうううううううう! その自慢の髭全部ちぎってやるからなぁ!」



 会場中に笑いが広がり、代わりに出場者側が冷え冷えとする。



「…………ねぇユリウス? この国ってこんなに面白可笑しいので大丈夫なの?」



「悪意は無いし、実力は確かなんだ、実力は…………」



「そうなのね…………」



 遠い目をする二人を余所に、紹介は続く。



「ではお次はナンバー・四番! ゆるふわおっとりが人気の秘訣! だが、婚約者を首輪で連れ回す豪の者! マジで誰が推薦してここまで残ったんだ! リーリア・リナンド!」



「うおおおおおおおお! リーリア様! 俺たちも踏んでくださあああああい!」



「あら。ミジンコまで生まれ変わったら考えて上げるわ」



 男女問わないドM達の大歓声の中、紹介は次へ。

 …………この学院、大丈夫なのだろうか。



「さぁ行くぞ次だ! エントリーナンバー・五番! ユーミル・イーエスタン! 愛人にしたい薄幸美人OB調べ一位! 政界からのプッシュが凄かったナイスミドル殺し! でも本人の好みは幼い少年だそうです残念! これからも貢いでくださいね、との事だぞ!」



「後妻に来てくださいなんでもしますからぁ!」



「合法ショタ見つけてくるから愛人になってくれぇええええええ!」



「はいはい、観客席で叫んでる官僚共と某侯爵、お前たち後で査問委員会な!」



 カミラはユーミルを恐ろしげに見て、身震いした。

 やばい、前世では成人していない年なのに、アメリ調べでは実は処女なのに、あの色気はやばい。



 もはや疲れ果てたカミラとユリシーヌだが、紹介は続く。



「エントリーナンバー・六番! 学院始まっての問題児! その双璧の一人、正当派美少女セーラ! 猫かぶりぶりっこ聖女は廃止したとはいえ、今度は素のサバサバ系でファンを増やしているぞ! 後、今度のデート何時にする? とクラスメイトのガルドから伝言だ!」



「今伝える事じゃないでしょ馬鹿ガルドっ!」



 恥ずかしさと嬉しさで、思わず顔を隠して照れるセーラ。

 その純情アピールが実にあざとい。



「続いてエントリーナンバー・七番! 学園一の苦労人! 我らが魔女の右腕! お嫁さんにしたい女生徒ナンバーワン! アメリ・アキシアだあああああ!」



「――――何故、貴女だけ恵まれた紹介なのよ」



「普段の人徳では? カミラ様」



 カミラが戦々恐々とする中、遂にその番が来る。



「エントリーナンバー・八番! 説明不要! その功績は数知れず、起こした騒動も数知れず! 最凶最悪の美女! カミラ・セレンディアだっ! 今回のミスコンでは彼女による哀れな犠牲者は出てしまうのかっ!?」



「人を凶悪な犯罪者みたいに言わないでっ!」



「どうどう、どうどう、押さえてカミラ様」



「落ち着けよカミラ。お前の魅力は、本来なら俺だけ解ってればいいんだから」



 憤慨するカミラを置いて、次の出場者へ。



「エントリーナンバー・九番! 我が最愛の乙女! ヴァネッサだぁあああああああああ! 愛しているぞヴァネッサああああああああああああああ! お前がナンバーワンだああああああああああああああああ!」



「きゃ、も、もう~~。誉めすぎですわ殿下」



「審査員! 王子の贔屓を何とかしなさいなっ!」



「うむ、落ち着くのだカミラ嬢。あの馬鹿息子には後で注意しておくし、なにより投票権は観覧者と同じだ。贔屓で偏る事はあるまいよ」



 生暖かな視線が、王子とヴァネッサに向けられて、場が和んだ所で、最後の出場者。

 ゼロスのアイコンタクトを受け、前に一歩出ると、コロシアム全域に動揺の空気。



「では最後! エントリーナンバー・十番! 何故参加したお前! 存在そのものが卑怯! 下馬評では圧倒的な優勝候補だ! 優勝したらミスコンの意義って何だ! ユリウスもとい、ユリシーヌ・エインズワースとして、堂々の復活と参戦だああああああああああああああああ!」



「うおおおおおおおお! ユリシーヌ様あああああ! 貴方になら俺は総てを捧げる覚悟だぜ!」



「ユリシーヌ様ああああああ! お慕い申し上げますうううううううう!」



 OBや父兄も含め、観覧者全員が沸き立つ。

 カミラも含め、全出場者は、厳しい戦いを覚悟した。





「第一の試練、知力を試されるクイズ合戦の前に、ルールを説明しよう!」



 特設ステージに用意された、クイズ番組のようなセット。

 そこの席に座るカミラ達出場者と、観客に向けて、ゼロスは述べ上げる。

 出場者には事前説明、観客にはパンフレットで告知してあるとはいえ、様式美なのだ、必要である。



「出場者達には、知力、体力、精神の三つの試練が出される。――――その勝敗によって、直接的に優勝に関わるモノでは無いが。所謂、アピールタイムというヤツだ。気を抜かずに頑張ってくれ」



 なおこのミスコンは、その昔廃止された王妃選出試験を、学園祭の行事として復活させた。

 ――――という原作設定がある。



(こうしてこの場にいるのも、改めて奇妙な気分ね)



 王子の説明を聞き流しながら、カミラは出場者の面々を見た。

 何時ものメンバー以外に、妙な既視感があるのは何故だろうか。

 学院生徒、関係者とはいえ、そういう類の既視感ではない。

 もっと、もっと他に――――。



「三つの試練の後、審査員達の持ち点と、観客による投票の合計で優勝が決まる。なお、審査員の一票は、観客席投票の五分の一となる」



 そんなカミラの心情は別に、ゼロスの説明は続く。

 要は、審査員だけで全体の半分の得点であり。

 公正な投票方式だという事だが。



(まぁ、私には余り関係のない所よね。直接投票に関われる訳でもなし。やるべき事に全力を尽くすだけよ)



 結局、最後に頼れるのは自分のみ、とカミラは密かに意気込んだ。




「ではいくぞぉっ! 第一の試練! 知力が試される。――――チキチキ! クイズ大会いいいいいいいいいいいっ!」




(学術難問勝負じゃないのおおおおおおおお!?)



 カミラは内心、真っ青になって叫んだ。

 そんなの聞いてない。

 ゲームでは、大人げなく数学上の未解決問題など、超ガチな問題が登場していた為。

 密かに、前文明で解決したモノに絞り、暗記してきたのだ。



「ねぇ大丈夫? カミラ様。なんか顔色が悪いけど…………」



「ええ、大丈夫よユリシーヌ様。ちょっと事前調べより、出題傾向が大はずれしただけだから」



「…………それは、ご愁傷様です」



 うぐぐぐぐ、ぐえー。と内心焦りまくるカミラを、ゼロスもまた見抜き、楽しく眺めながら試練開始。




「出場者の皆は、手元にあるボタンを押してから、回答してくれ。早い者勝ちだ。――――では、第一問!」



 デデドン、という効果音と共に問題文が読み上げられる。



『Q1 出場者達の中からの問題です。


    ゆるふわ美人リーリア・リナンド嬢の婚約者は何回変わった?


    また、最後の婚約者の性癖も答えないさい』



(知らないわよそんなのおおおおおおおおおおおおおおおお!)



 カミラががっくし項垂れる中、即座にピンポンとボタンを押すものが一人。

 アメリである。



「はい、ではアメリ嬢!」



「七回! そして、公衆昼のお散歩プレイからの、夜の主従逆転プレイです!」



「何で知ってるのよアメリいいいいいいいいいいいいいいい!?」



「うむ――――正解! 微妙に聞きたくない事実をありがとう! …………そうか、眼鏡の似合う優しい顔の先輩だと思っていたが、あの人は“鬼畜眼鏡”だったなんて」



 ゼロスの言葉に、カミラの前世知識が反応する。

 令嬢リーリエに鬼畜眼鏡。

 どこかで聞いたような――――?



「では第二問!」



『Q2 これも出場者からの問題です。


    女騎士クルーディア・クターレスが在校中に告白された女子の人数は?』



「ぐっ、悪いが覚えてられるか! 沢山いたんだぞっ!」



 クルーディアが叫ぶなか、またも早押しを制したのはアメリ。



「はいっ! 当時の在校生、一〇八人と。校外のご令嬢やご婦人方から四二人! 合わせて一五〇人です!」



「正解だ! 当時は婚活戦争として名高いエピソードだな!」



「だから何で知ってるのよ…………うん?」



 カミラはクルーディアと婚活戦争という単語に、またも引っかかりを覚えた。

 本当に、何の違和感なのだろうか。



「では第三問!」



『Q3 もはやお察しの通り、これは出場者を良くしってもらう為のサービス設問です。


    薄幸美人ユーミル・イーエスタンは本を出していますが。そのタイトルとジャンルを答えよ』



 ――――その時、カミラの脳に電撃が走った。

 誰よりも早くボタンを押し、回答権を得る。



「『散る華の名前』! ジャンルはSM純文学!」



「うむ正解だ! …………あの本の読者という事は、ユリウスよ、荒縄には気をつけるんだぞ。カミラ嬢なら再現しかねないからな」



「大きなお世話よゼロス殿下っ!」



「――――カミラ。今後は荒縄を持った貴女に近づかない事にしますわ」



「ご、誤解よユリシーヌゥ!?」



 今後ユリウスが荒縄調教されるかは、さておき。

 今ここに、カミラは新たなる事実を知った。



(乙女ゲーだけじゃなかったわこの世界! 何してるのよ“世界樹”うううううううううう!?)



 既視感がある訳である。

 『令嬢と鬼畜紳士』『騎士娘だけど、くっ殺も逆ハーもありません』エトセトラ、エトセトラ…………。



(TL小説や、ラノベも混じってるんじゃない! 作者も、絵師も、出てる媒体とか、全部違うけど、どれもファンタジー系…………)



 ゲームの前作が、時系列に組み込まれている時点で察する事が出来たかもしれない。

 確か、ライターは別人だった筈である。



(これはあれね。仮に時代毎に“メインストーリー”があるとして、今は“聖女の為に鐘は鳴る”なんでしょうね)



 後々確認した事だが、カミラの推測はほぼ正解であった。

 いずれも、強大な敵や陰謀が待ち受けていたり、情勢に大きな変化がある展開だったが、“世界樹”の制御のお陰で。

 彼女達の辿った足跡は、だいぶ穏当になっている様だった。



(ともあれ、クイズの法則が解ったのならこっちのモノだわ。大人げなく全力を出させて貰いましょう――――)



 カミラは“世界樹”にアクセスすると、検索プログラムを自身の聴覚と同期。

 以後、全十五問が終わるまで、無双し続けたのだった。



 第一の試練。

 チキチキクイズ大会――――勝利!






 次の試練の準備の為、出場者達は裏に下がる。

 その繋ぎに、ゼロスが知力試練を振り返った。



「第一の試練が終わったが、やはりと言うかカミラ嬢が頭一つ飛び出ているな。では王よ何かコメントを」



「うむ。アメリ嬢もいい線をいっておったが。流石は我が王国の魔女! その情報も随一であったな! ははっはっ! ――――やはり最初から殿堂入りで、出禁でよかったのでは?」



「王よ、率直すぎです。ですが、ここからは魔法禁止の体力勝負、如何にカミラ嬢でもそう易々といきますまい」



 そこでゼロスは、体力試練の下馬評を魔法で大きく投影する。



「事前予想ではこの通り、騎士クルーディア・クターレスが一番です」



「二番人気がメロディア・ニージアンですね。彼女は過去のこの試練で勝利した経験もありますから」



「三番にユリシーヌ、四番ヴァネッサ嬢、五番カミラ嬢。以降は似たり寄ったりの評価だのう…………」



「我が愛しきヴァネッサとカミラ嬢は、護身術くらいは嗜んでいますからね。他は厳しいでしょう――――と、用意が出来たようだな。では入場してくれ!」



 王子の声と共に、音楽隊からファンファーレが鳴り響き、カミラ達は特設ステージに上がった。



「これより、体力の試練のルール説明する!」



「悪いけど、恨みっこ無しよユリシーヌ様、アメリ」



「ふっふっふー。こっちこそですよカミラ様」



「…………意気込むのは良いですが、王子の話は聞きなさい二人共」



 やれやれと、ユリウスはカミラ達を眺めながら微笑んだ。

 だがその裏では、目まぐるしく今試練の対策を考えている。



「では、見ての通りそれぞれ麗しいドレス姿に着替えて貰ったが。ダンスの腕を披露する――――のではないっ!」



(そう、ダンスの腕――――じゃないっ!? え、ええっ!? 何でこんなにゲームと違うのよっ!? どうなってるのよおおおおおおおおおおお!?)



 強いて言うのならば、未来のカミラ達、シーダの仕込みと、今のカミラが起こした数々の原作改変の積み重ねの結果。

 乙女ゲー的イベントから、全体的にコメディ路線に舵を取っているのだが、自覚していないカミラに気づける筈もない。



「美しい女性は、戦う姿も華麗だろう! 第二に試練! ドレスでステゴロバトルロイヤル!」



「ダンスも自信がありますが、腕力で負けるわけにはいきませんわ」



「例え、ユリシーヌ様が女の方であろうとも、負けませんよぅ!」



「ちょっとカミラ!? アンタ何やらかしたの!? さっきから原作と外れまくってるんだけど!?」



「私に聞かないでっ! こっちが聞きたいわよっ!」



 同じく原作知識を持つセーラも、カミラと同じように慌てふためく。

 だが、二人以外は周知の事実だったようで、無情にもそのまま進行する。



「ルールは三つ!」



『一つ、魔法禁止


 二つ、頭部、髪への攻撃は禁止


 三つ、ドレスを故意に破く行為は禁止


 四つ、それ以外は――――何でもアリだ!』



「場外か敗北宣言、気絶、或いは判定員による宣言により個々の勝敗が決まる! 最後に立っていた者が――――勝者っ!」



「勝負内容がガチ過ぎるわよ! 怪我とかどうするのよっ!」



「良い質問だカミラ嬢。王国から選りすぐりの治癒魔法の使い手を集めて待機させてある。また、一定以上のダメージを吸収する魔法をかけてあるから、安心して戦うと良い」



「無駄に用意周到っ!」



 アカン、これガチ中のガチだ。とカミラは頭を抱えてしゃがみ込んだ。



「こうなったら腹くくるしかないわね! ハン! やったろうじゃないっ! ほら、アンタも立ちなさいな。始められないでしょう」



 この試練を乗り越えずして、何が逆ハーか! アイツの嫁か! と即座に順応したセーラは、鼻息荒く、握り拳。

 ついでにカミラを立たせ、各自のスタート位置へ向かっていく。



「ああもうっ! やってやるわよこん畜生っ!」



 自棄になったカミラが最後に位置に着くと、ゼロスは高らかに叫んだ。




「ステゴロ最強女傑決定戦! 開始いいいいいいいっ!」




 瞬間、カミラの戦闘スイッチが入る。

 視野は敵だけに、余分な情報は総てカット。

 拳を握り、半身になって腰を低くする。



「これも世の習いだ、卑怯と罵ってくれて構わないよ」



「いくらカミラ様でも、魔法が使えない今なら、勝ち目がある、そういう訳ですわ」



「なるべく痛みは無しにしてあげますわ、お嬢様」



「ええと、その、ごめんなさいっ!」



 どっしり構え、待ちの体勢のカミラに、上級生やOB達。

 ヴァネッサとユリウス以外が取り囲む。



「さぁ、やっちゃってください、皆様っ!」



「――――なるほど、良い手だわアメリ」



 彼女たちの後ろで号令をかける親愛なる配下の姿に、カミラはアメリがガチで勝利しに来た事を悟った。



「おおっと! ユリシーヌとヴァネッサを除いた全員がカミラ嬢を取り囲んだあああああああ! 我らが魔女もこれはキツいかああああああああ!?」



 ゼロスの実況と共に、五人が一度に襲いかかる。

 誰しもが、カミラの脱落を幻想した。

 だが――――。




「――――これで三人」




 瞬き一つすら満たない時間で、マドレーヌ教諭、ゆるふわ女リーリア、薄幸美人のユーミルが昏倒する。

 それだけではない、残る二人の視界からカミラの姿は消えていた。



「ちィ! 中々や――――何処だッ!?」



「魔法だけが取り柄ではないという事ですね。――――何処の流派でしょうか?」



 焦った様に周囲を見渡す二人に、カミラは“上”から余裕たっぷりに返事をする。

 


「生憎と、我流ですわ。メロディア様、クルーディア先輩――――!」



「なんという跳躍力!」



「しかし、種が解れば――――!」



 カミラの空中跳び蹴りをクルーディアはその豪腕を以て受け止め、メロディアは避けて背後に回る。

 メイド、女騎士共に、かなりの手練れだ。

 流石のカミラも二対一では分が悪い、しばしの膠着状態に入る。

 そして、遅れて状況を把握したゼロスが叫んだ。



「い、いきなり三名が脱落うううううううう! な、何が起こったんだあああああああ!」



「うむ、特別解説役のガルドだ。今の攻防を説明しようではないか」



 事前の取り決め通り、ゼロスがステージ脇の特別観客席から出て、ゼロスの横に並ぶ。



「さっそくだが頼む」



 ヴァネッサとユリシーヌとアメリが三つ巴の戦い――――というより、アメリが二人から逃げまどう中、ガルドは映像をスローモーションで出す。



 映像の中のカミラは、ただ立っていただけだ。

 だが、彼女達の拳が届く前に、メイドと女騎士が防御するように腕を構え、左右と後ろにいた少女達が制止する。

 そして、弾かれたように手練れ二人が後ろに飛び退き、他は昏倒。

 カミラは垂直ジャンプで、二人の直上へ。



「――――見ての通りだ」



「いや、わからないぞ!?」



 したり顔で呆れるガルドに、ゼロス以下観客はさっぱりだ。

 


「では、改めて説明しよう。あれはな――――殺気、だ」



「殺気? いくら貴族の令嬢といえど、自衛程度には武術の訓練を行っている筈だが?」



 殺気。

 魔法という存在に比べれば、おおよそ知名度は少ないが。

 貴族ならば、話くらいには。

 騎士階級などは、自明の理として認知されている。



「それはあくまで自衛程度、というモノだゼロス王子。カミラのアレは、それこそ熟練した武芸者のソレ。あの女騎士や怪しいメイドすら気絶させる代物だ」



「…………という事は、あれでも手加減していたと?」



「手加減、というより。カミラが本気を出したら、殺気だけで気の弱いモノは死にかねないからな。足止めの小手調べと言った所だろう」



 ガルドの解説を聞きながら、女騎士クルーディアとメイドのメロディアは戦慄する。



「貴様っ!? 手加減しただと!? 全力で戦え!」



「――見事な、心臓を貫かれるイメージの殺気。噂以上に規格外なお方ですね」



「お褒めに与り光栄ですわ、貴女達も中々やりますわね」



 涼しい顔で総ての攻撃をいなすカミラに、対峙する二人は敗北を予見した。

 


(ええ、そうでしょう。そうでしょうとも。魔法使いが接近戦を出来ないと誰が決めたの? ましてやこの私が、魔法を使えない事態を予測していないとでも?)



 繰り返される生と死の狭間に、何度戦闘行為があっただろうか。

 幼子を殺すしかなかった事もあった。

 王国軍を殲滅した事もあった。

 魔王に、なまくらとなった聖賢で戦った事も。

 ましてや、ループ中は魔王の力を手に入れる“前”の事だ。

 復活させたSF兵器など、ループの終わりに近づいた時だけ。



(そうよ。私は、人並みの魔力と培った経験だけでここまで来た)



 戦闘に対する経験と技術ならば、――――誰にも負けはしない。



「では、そろそろ幕引きと行きましょうか」



 カミラは、右の掌底で前方の女騎士を吹き飛ばし。

 左の肘打ちで、不老メイドを硬直させる。



「――――ここまでかっ! 是非我が隊の訓練を!」



「開いた時間でいいので、稽古をお願いいたします師匠――――」



「気が向いたらね」



 振り向きメロディアを片手で掴んだカミラは、本人曰く“梃子の原理”を使い、ワンバウンドしたクルーディアにぶん投げて直撃。

 二人を丸ごと場外にする。



「決まったあああああああああ! 審判審判! 本当に彼女は魔力を使って――――いないっ!? いないのに人間一人を投げて、騎士共々場外!?」



「投げる前に、一瞬踏み込んだな。それで大地の力を筋肉で変換して投擲したのか。詳しくは解らないが、東洋の合気道にそんな技が――――?」



 カミラの圧倒的な強さに、観客が大いに沸く。

 なお、それに比例して異性的好感度はだだ下がりの模様。

 残念でもないし、当然である。



「――――ユリシーヌ様、ヴァネッサ様」



「ええ、言いたいことは解るわ」



「アメリ様、その提案、お受けいたしますわ」



 一方、追いかけっこをしていた三人は、悲壮な顔を付き合わせて頷く。

 それぞれ、素手での実力は女騎士達より劣るが、顔見知りな分、一瞬の隙くらいは突けるかもしれない。



「じゃあセーラも――――ってああああああああああ!」



 続いて、セーラにも協力を仰ごうとしたアメリは、しまったと頭を抱えた。




「――――アンタが一位で、アタシが二位。それでどう? したら、ユリウスのエロ同人誌を作るわ」




「――――任せなさい親友!」



「「「セーラ(様)の裏切りものおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」



 がっちりと堅い握手をしたカミラとセーラに、アメリ達は叫んだ。

 駄目だ、勝てない。

 カミラ一人でも、無理ゲーなのに、隠れ脳筋と名高いセーラと一緒なんて。



「くッ! セーラは聖女として万が一の為に、素手での実戦訓練を豊富に積んでいます」



「完全に裏目ってるじゃないですかユリウス様あああああああああああああああああ!」



「…………そういえばあの方、あの女騎士相手に剣でも善戦出来ると、以前ゼロスが」



 もとより、“魔王”に直接対抗する為の存在であるセーラ。

 恋愛に傾いた本人の性格的に、発揮される事は希だったが。

 そもそも基本スペックだけで言うなら、ユリウスと同レベル。

 将来性においては、ユリウス以上だ。



「知ってた! 絶対カミラ様、知ってて放置してましたねっ! この状況すら策の内なんですか!?」



 尊敬と畏怖と、大いなる呆れを向ける三人。

 もっとも、総ては買い被りで、カミラとしては偶然の産物だったのだが。



「蹂躙するわよ親友!」



「牽制ならしてやるわマイベストフレンド!」



 ひゃっはーと、カミラとセーラは駆け出す。

 アメリ、ユリウス、ヴァネッサの三人も、やけっぱちになって駆け出した。



「うおおおおおおおおお! 頑張ってくれユリシーヌ様ああああああああああ!」



「ヴァネッサ様! どうか御武運を!」



「アメリさん! 結婚してくれえええええええええええええええええええええええええええええええええ!」



 観客達のアメリ達への声援に、カミラとセーラもいらぬヒール魂を発揮。



「“アレ”をやるわカミラ! アタシを使いなさい!」



「思いっきりいくわよっ! 覚悟しなさい――――」



 アメリ達と接触する寸前、カミラとセーラは両手を繋ぎ、セーラを振り回す形で大回転。



「おおっとおおおおおお! カミラ嬢とセーラ嬢! 何をするつもりだああああああああああああ!」



「ま、真逆あれは――――」



「知っているのかガルド!」



 竜巻を起こしそうなその回転に、ユリウスとヴァネッサは絶句した。

 二人は、知っているのだこの“技”を。



「ウィルソントルネード――――ッ!? あれをしようと言うのかッ!?」



「な、何なんですそれええええええ!?」



「アメリ様、貴女もご存じでしょう。生徒会のウィルソン様の事は。これは、――――彼の必殺技。もはや逃れる事はできません」



 ウィルソントルネードとは、ゲームにおいて屈指のネタ技。 

 攻略対象である彼のルートに入ると、最終決戦時に一回だけ見れる必殺技。

 己の魔力が魔王に通じないと悟った彼が、それでもとあきらめずに、主人公にしてヒロインのセーラを魔王の元に弾丸の様に投げ飛ばす。



 ――――ジャイアントスウィング(範囲攻撃からの突撃攻撃)である!




「あははははははははは! 読み通り! 聖女の頑丈さ、思い知るといいわ!」



「すまないわね、だけど勝った者が勝者なの!」



 ウィルソントルネード、もといジャイアントスウィングにより、アメリ達は成す術無く、そして何故かひと固まりになって吹き飛ばされる。

 そして――――。



「フィニイイイイイイシュ!」



「聖女ボンバーーーーーーーーー!」



「無茶苦茶ですわカミラ様あああああああああ!」



「自重しろ馬鹿女あああああああああああ!」



「二人とも狡いですよおおおおおおおおおおおおお!」



 吹き飛ばされ場外ギリギリで辛うじて踏みとどまった三人の前に、駄目押しに発射されたセーラが。

 直後、セーラも含めて場外。

 リングの上に立つのは、満足気な顔をするカミラのみだ。




「――――勝者! カミラ・セレンディア!」



 嘆きとも歓声ともつかぬ声が、観客席から大きく響いた。



「虚しい、虚しい勝利だったわ…………」



 気分はすっかり、プロレスのヒール役なカミラは。

 ニヒルな顔で、勝利に浸った。





「ではミスコンも最後の試練! 事前の予想を大きく覆し、魔法無しでもカミラ・セレンディアが大活躍だあああああああ! というか、何故活躍した! お陰でお前以外のヤツが陰が薄いぞおおおおお!」



「あやつが出場した時点で、この結果は決まっていたのだよ。残念ながらな…………」



 心の試練を前に、ゼロスと、急遽相方を勤める事になったガルドが沈痛な表情を浮かべる。



「聞いてくれガルド。俺はな、綺麗な女の子達と、ヴァネッサがきゃっきゃうふふな、嬉し恥ずかしな熱戦を予想していたんだ…………」



 会場中の男が、一同に賛同した。

 反面、女性達からの視線はやや冷ややかだ。



「案ずるな、誰しもがそう思っていたさ。かのカミラが人並みに慌てふためく可愛い姿を望むものも居ただろう…………」



「居るのか? そんなの?」



「調べでは、ユリウス以外にも数人いたらしい。顔は美しいからなカミラは」



 然もあらん。

 そう頷くガルドに、総ての人間が、ああ、と同意する。

 カミラが居たら、拳骨の一つや二つ脳天に振り下ろしていたが、ステージ変更と休憩、着替えの三つの理由により不在。



「あとで覚えておきなさいよ、殿下、ガルド…………」



「どうどう、どうどうカミラ様」



「鋼鉄製の扉だってのに、案外声が聞こえるのねぇ…………」



「耐久性と防音は違う、ということですね。ええ、私としては言い寄る男が少なそうで嬉しいですが」



 カミラ達は、ステージに続く入り口で待機していた。

 上級生OB達は苦笑し、ヴァネッサは少し緊張気味に固い声を出す。

 ある意味、彼女はこれが本番なのだ。



「馬鹿な事を言ってないで、そろそろ入場ですわよ皆様!」



「はいはい、わかってます。では――――行きましょうか」



 投げやりな声をカミラが出す前で、扉が開く。

 試練の準備が整ったのだ。



「では三度の入場だ!」



「では、ここらで第三の試練の説明をしようではないか」



 カミラ達がステージに登り、設置された大鏡の前にずらりと並ぶ中、ガルドとゼロスの説明が始まる。



「心が試される、第三の試練は――――因果の鏡だ」



「どのようなモノなのだ王子?」



 態とらしく首を傾げるガルドに、ゼロスは一度ヴァネッサに視線を送り、続きを話す。



「良い質問だガルド。多くの者が知っていようがこれも様式美、説明しようではないか」



 つまる所、これこそがミスコンの元となった“王妃への試練”――――その大本命なのだ。



「その者の因果を写しだし、その次に行われる質問により、王妃への資格を問う」



「王に相応しい女性であるか、上に立つものに相応しい心であるか、そういうモノを判断する試練なのだな」



「ああ、そうだ。今回は俺のヴァネッサ以外には、余り意味の無いモノだが。それでも国一の淑女と呼ばれるに相応しいかどうか、はっきり解るだろう」



「という事だ、皆、心してかかってくれ」



「まぁ、前回までに出場した者達には、繰り返しになるが、そこは我慢して欲しい」



 ゼロスは王と王妃に顔を向け、頷く。

 彼らもまた、ゼロスをしっかりみて、そしてヴァネッサに無言のエールを送った。




「それでは、第三の試練、開始!」



 スタートの合図に、観客も息を飲む。

 例年ならば、出場者の新たな一面が発掘される試練であるが。

 今年は、王太子妃となるヴァネッサがいるのだ。

 嫌が応にも、注目は集まる。



「では、皆一斉に鏡を見てくれ」



「安心するといい、写し出されたモノは、本人以外には確認出来ない。長く感じるかもしれないが、外から見れば一秒程の事柄だそうだ」



 カミラ達は声を揃えて、大鏡を発動させる呪文を唱えた。




『――――我の因果を教え給え』




『――――我、心を正しくあらんと欲する者なれば』




 そして、カミラの意識は鏡に吸い込まれる様に、暗転した。




「…………あら、何も起きないわね」



 視界は闇に包まれたものの、光一つ現れない状況に、カミラは首を傾げる。

 だが否、それこそが試練の始まりなのだ。



『我、鏡の意志なり。これより汝の因果を見せようぞ――――というか、汝、因果が多すぎ。自重せよ』



「軽いわね因果の鏡!」



 姿を見せぬ重厚なダンディボイスに、思わずつっこむが、大鏡は反応を返さずにカミラの因果を写し出す。

 それは――――多くの人だった。



「これが私の因果? 何だって言うの――――」



 カミラは最後まで言えなかった。

 写し出された人々の像が焦点を結ぶにつれ、その“姿”がカミラの言葉を止める。



「嗚呼、嗚呼。そう、そうね。これが私の因果。私の…………“罪”」



 そこには、カミラがいた。

 数々のカミラがいた。



 凶相を浮かべるカミラ。



 聖剣を抱え、座り込むカミラ。



 暢気に笑うカミラも。



 数えるのが馬鹿らしくなるくらい無数のカミラが居た。



 それらに共通するのはただ一点――――“血塗れ”である事。



 そして、足下にはカミラの良く知る人物達が、無惨な死体となって転がっていた。

 彼らの下には、見知らぬ無数の兵、或いは普通の人々。

 総ての人々が、怨嗟に満ちた表情でカミラを責め立てる。



「この不届き者め! 何故我らが死ななければならなかった! 我らが何をしたのだ!」



「カミラちゃん…………何故、母を殺したのですか?」



「カミラよ、何故父を殺したのだ」



「大罪人! そなたの罪は幾億生まれ変わった所で、報いを受け続けるだろう! 何故、何故、王を殺したのだ! 王子を! 国を滅ぼしたのだ!」



「カミラさん、貴女とはそんなに親しく無かったです。でも、恨みがあるなら言って欲しかった」



 何故、何故、何故。



 何故殺した。

 人々が、口々に責め立てる。



「お父様、お母様、アメリ、セーラ、ヴァネッサ、ゼロス、ウィルソン、リーベイ、エミール、エリカ、フランチェスカ、グヴィーネ、ジーク王子、ジッド王、リーザ王妃殿下、ディン・ディジーグリー、フライ・ディア、ドゥーガルド・アーオン、エドガー、アイリーン、アーネスト、リディ――――」



 カミラは覚えている者達を、一人一人呼ぶ。

 それは、何千人。

 何億人にも及んだ。



「貴方達の事は覚えています。いいえ、忘れるわけないわ。だって――――殺したもの」



 忘れてはいけない。

 これらは全て、カミラがループを重ねる中、直に殺してきた人々だ。



 カミラに恨みを持つ者がいた。

 カミラが恨んだ人がいた。

 カミラに何も関係の無い人がいた。



 皆、その時間の中で一生懸命に生きてきた者達だ。

 カミラの様に“やり直す”事などせず。

 “無かった”事にせず、正しく生きてきた者達だ。




「私は――――謝らないわ。後悔もしていないっ!」




 叫ぶように出された言葉は強く、しかして震えていた。




「私は生きたかったっ! 死にたくなかったっ! …………幸せに、なりたかったっ!」



 だから殺したのだ。

 カミラの“生”を邪魔する者達を。



 だから謝罪はしない。

 だから許しは請わない。



「感謝しましょう。――――私は、貴方達の“尊い”犠牲のお陰で、今、幸せなのよ」




「本当に、そう思ってる?」



 カミラの耳元で、新たに現れたカミラが囁いた。



「私は、幸せになってはいけないのよ」



 血塗れの手で、また新たなカミラがカミラの手を握った。



「私はただ、ユリウスの幸せを願い、行動すればいい、――――私に、幸せになる資格など有りはしない」



 新たなカミラが後ろから抱きついた。

 カミラは、カミラという鎖で身動きが取れなくなった。



(嗚呼、嗚呼、嗚呼。――――これは、私の“心”だわ)



 この後悔と絶望と、怒りと悲しみに満ちた世界が、カミラなのだ。



「私はやはり、囚われているのね」



 握りしめた拳を、また新たなカミラが強く包み込み、縋りつく。



「私は、ただ私を好きになって欲しかっただけなの」



「私は、ただ私を理解して欲しかっただけなの」



 人として当たり前の欲求。

 だが、カミラには“それ”がとても罪深い事に思えた。



「――――誰にも、私の“奥底”に触れて欲しくない。誰も、誰もっ! 私にすらっ!」



 カミラは、雁字搦めになりながら叫んだ。



「誰もが私を殺した! 誰もが私を恨んで殺した! 憎んでなくても、怒りでもないのに殺したじゃないっ!」



「ええ、誰もが私を愛さなかった。いいえ、愛してくれた両親でさえ、私を殺した」



「そうね。だから、私を愛する者はいない」



「――――だから、私は、私すら愛さない」



「五月蠅い! 喚くなあああああああ!」



 とうとうカミラは、自らの両耳を塞いだ。

 ――――カミラの因果は、それすらも許さない。




「なぁ、答えろよ。――――――――どうして、俺を“殺した”んだ?」




「ユリ、ウス…………」




 カミラの耳を塞ぐ手を掴み、離したのはユリウスだった。

 彼もまた、青白い顔で、胸から血を流している。



「あ、ああ、ああっ、あああああああああああああああああああああああああああああああっ!」



「なあ、答えてくれよ。何故俺を殺したんだ?」



「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――――」



 カミラもまた、死人の様に顔を青ざめて謝罪を繰り返した。

 どんな犠牲があっても、それは今のカミラを構成する一部。

 後悔はあれど、ただその罪を受け入れるのみ。

 だが、ユリウス。

 ユリウスだけは違う。



「好きなの、愛しているの――――」



「好きなら、愛しているなら、殺してもいいのか?」



「違う、違うっ! それは貴男がっ! 私を愛してくれなかったから! 受け入れてくれなかったからっ! 私のモノにならなかったから――――」



「自分の思いのままにならなかったから、殺してもいいと?」



 ユリウスの言葉に、カミラは力なく呻いた。

 ユリウスだけ、ユリウスだけなのだ。

 自分自身以外、唯一求めたのは。



「嗚呼、嗚呼、嗚呼…………私は、ユリウス。貴男を殺したわ」



 それが、カミラの“罪”で“因果”。



「だけど、だけどっ!」



「だけど、何だい?」



 カミラの心罪のユリウスが、微笑む。

 嘘偽りは許さないと、睨みつける。




「――――私を裁くのは、私じゃないっ!」




 そうだ。

 カミラの罪を決め、裁くのはカミラではない。

 他の誰でもない、ユリウスだけが、カミラに裁きを下していいのだ。





「消えろっ! 私の罪よっ! もう一度言うわ、私の罪を裁くのは、因果を決めるのは――――ユリウスだけよっ!」





 瞬間、カミラの視界は崩れ去り、元のステージの上。

 荒い息の中、周囲を見渡せば、心配そうな視線を送るユリウス達の姿があった。




 時は少し巻き戻る。

 カミラ達が大鏡を覗き込んだ瞬間、まず経験者達から意識を取り戻した。

 続いて、セーラ、アメリ、ユリウス、ヴァネッサが順に戻る。



「ふむ、全員終わったか?」



「本当に一瞬なのだな。だがまだだ、カミラが戻っていない」



 ガルドに指摘に、ユリウス達はカミラを見た。



「…………何を見ているのでしょう。あんなに顔を真っ青にして」



「アイツは、このミスコンを辞退するべきだったわね」



 心配するアメリと、舌打ちを隠さないセーラ。

 彼女達二人は、カミラの過去をある程度知っている。

 故に、ただ信じて待つだけだ。



「カミラ…………お前は」



「聞いていたより長いですわね。ユリウス、カミラ様は…………」



 涙を流し始めたカミラの姿に、流石のヴァネッサも不安を感じ。

 ユリウスはカミラの手を取り、優しく包み込んだ。



「念のため医療班を出動させろ! 今すぐ――――」



「いや、待つのだゼロス殿下。カミラは傲岸不遜な人物だが、その“力”を得る過去に、辛い事が無かった訳ではあるまいよ」



「…………そうか。では、待つしかないのだな」



 ガルドの口調に、自分の知らない事があるのだと悟ったゼロスは、医療班に待機の指示だけだして様子を見守る。



 やがて、数分の後。

 観客がざわめき始めた頃、ユリウスには微かな声が聞こえた。

 側にいるからこそ聞こえた、消え入りそうな声。



「ごめんなさい、ごめんなさいユリウス――――」



(――――どうして、お前はッ!?)



 二度と、カミラのこんな顔は見たくなかった。

 させないと、誓った筈だった。

 だか、ユリウスのカミラは、手の届かない所でいつも悲しむ。



「お前にどんな“因果”があるのかわからない。それは許されない“罪”なのかもしれない」



 ユリウスはカミラを抱きしめて囁いた。



「ならば、俺がお前の全てを裁き、許し、共に贖おう。だから――――」



「ユリ、ウス…………」



 その声が届いたのだろうか。

 ユリウスには解らなかったが、カミラの涙と震えは止まり、顔色が元に戻り始める。



「帰ってくるのか」



 そう直感したユリウスは、カミラから体を離した。

 次の瞬間、カミラの瞼がゆっくりと開く。



「ゼロス殿下! カミラの意識が戻りました!」



「…………あれ、私、嗚呼、そうね。戻ってきたのね」



 声色がまだ夢見ごごちなカミラに、ゼロスが駆け寄って問いかける。



「大丈夫かカミラ嬢? 体に異変はないか、気分は悪くないか?」



「――――いいえ殿下。どうやら心配をかけたようね。大丈夫ですわ。少し、ほんの少し悪夢が広がっていただけですから」



 普段通りの、挑戦的な笑みを浮かべるカミラに、ゼロスは一抹の不安を感じながらも頷く。

 こういうプライベートに踏み込む問題は、恋人であるユリウスにお任せだ。



「では、次に移る。問題は無いな」



「ええ、ご存分に」



 カミラは物言いたげなユリウス達を笑顔で黙らし、次の設問へと覚悟を決めた。





「――――待たせたな皆の者! それでは最後の“王妃への問い”に移る!」



 再び横一列に整列するカミラ達。

 目の前には王妃が立ち、微笑んでいた。



「ところでゼロス王子、内容はどんなモノだ?」



「これから、我が母上。ジナイーダ王妃が彼女達にある問いをする。今年は真面目なモノなので、皆、心して答えよ」



「ちなみに、どのようなモノを?」



 初参加の者達にも把握し易い様、見事な司会を見せるガルド。

 次回からはきっと、最初から参加だろう。



「ちなみに前回は、好きな人のタイプ、前々回は、好きな人に送りたいプレゼントについてだ」



「地味に色物だな」



「うむ、お祭り騒ぎだからな! でも今回は特別だ。――――観客の皆も、言わなくてもわかるだろう?」



 ゼロスの言葉に、観客も静かに頷いた。

 幸か不幸か、カミラにとっては他人事だが。

 これは、このミスコン事態が、ヴァネッサの王妃の資質を問いかけるモノだ。



(よくその状況で、この場で私と勝負する気になったわね…………いえ、それだけ大事だったのでしょう)



 ユリウス/ユリシーヌという“親友”の事が。

 この後、どんな結末が待とうと、カミラはユリウスの意志に従うのみだ。



 諦めではなく、絶望でもなく。

 かといって、燃えさかる炎の如く――――という訳でもない。

 カミラの心は、静かに凪いでいた。



「回答はエントリーナンバー順だ。言葉を纏める時間は三分! ――――では母上、お願いします」



 ゼロスからマイクを渡された、穏やかな四十代程の金髪美女――――ジナイーダ王妃が柔らかに微笑む。



「国一番の淑女足らんとする者達よ、そして未来の王妃よ」



 ジナイーダは出場者一人一人と視線を合わし、その問いを放った。




「罪と罰――――、それが問いである」



(ああ、そういう事ね。意地の悪い事…………)



 カミラは心の中で、皮肉気に笑った。

 歴代の王妃候補は因果の大鏡により、自身に纏わる罪を自覚させられる。

 そして、その上でどう答えるか。



(人は生きる上で、大なり小なり過ちを犯すわ。――――私は、他の人より多いけれど)



 この問いに、正解など無い。

 その答えによって、人間性、上に立つ者の資格を計る心理テストだからだ。



(考えるまでもない、言葉を探すまでもないわ。だって、私の心は既に定まっている)



 カミラだけでは無い。

 歴代の王妃も、今ここにいる全員がきっとそうだろう。

 観客も、審査員も、ゼロスもガルドも、全員がカミラ達を静かに見守る。

 やがて、三分が経過して順番に言葉を紡いだ。




「犯した罪には、罰が必要でしょう。でもそれ以上に、更生の余地を探したいと思います」




 エレルドレア・マドレーヌ教諭は、実に教師らしい発言だった。




「私の主人が、罪を罪だといったのならば、主人から罰を受けましょう。罰を与えよというなら、私が主人の代理として罰を。それが私のメイド道ならば」



 非常に若作りの老メイド、メロディア・ジーニアンは、あくまで主人に忠実ま従者である、と宣言した。




「罪人に罰が必要なら、私が施行しましょう。それが命を奪う事だったしても。その事で私が罪に問われるとしても。私はそれに殉じてみせます」




 凛々しい女騎士、クルーディア・クターレスは、身も心も騎士だった。




「愛しい方になら、罪も罰もわたしが与えましょう。もし愛しい方がわたしにお与えなさると言うなら、喜んで受けますわ」




 ゆるふわなSM系令嬢、リーリア・リナンシアは、愛が全て、という回答だった。




「わたくしには何も、それが天命に定められた運命ならば」




 薄幸美人、ユーミル・イーエスタンは、自身が決める事ではないと微笑んだ。

 一見、無責任な答えに見えるが、それもまた、確かな“答え”であった。




「アタシは傲慢と無知故に、罪を犯したわ。だから贖罪が必要なら、今すぐ行う。でも、もし、これから先、何かの罪と罰に出会ったのなら。それがアタシの信念に反するなら。アタシは立ち向かう。――――以上です」



 ゲームで主人公であった。

 今も聖女であるセーラは、己のルールにのみ従うと大胆不敵に笑った。




「王国の法が、王がそう定めたのなら、わたしは罪も罰も受け入れます。けれど――――」



「言いにくいことみたいですね、けれど、答えなさい。この答えで貴女がどの様な責も負わない事を、わたくしは宣言します」



 言いよどんだアメリに、王妃は優しく語った。

 アメリは深呼吸した後、カミラを向いて答えた。



「けれど、カミラ様。わたしは、たとえ貴女がどの様な罪を犯しても、その無罪を信じ、誰が相手でも戦いましょう」




「そして、どの様な罰を受けるとしても、貴女に付き従い、共に罰を受けたいと思います」




「――――ありがとう、アメリ」



 カミラは、しっかりと言葉を出した。

 自らの幸福に泣きだしそうになりながら、アメリを見つめた。

 ――――次は、カミラの番だ。




「犯した罪には罰を、そして贖いを。――――罪人は、被害者の意志/遺志によって裁かれるべきだと考えるわ」




 それは、ある意味。

 模範的な回答だった様に、王妃には思えた。

 だが、ユリウスとヴァネッサが少し顔色を変えたのを見て、その意図の一端を見い出す。



 カミラ・セレンディアという存在は、己の“法”のみに従い、王国の法を無視する。

 ――――そう、宣言したも同然の回答。

 それは、王族として無視できぬ発言だった。

 しかし、王妃として培ってきた“目”が、そうではない、と告げる。



「カミラ・セレンディア、貴女は――――いいえ、なんでも無いわ。ありがとう」



 王妃は追求するのを止めた。

 これまでの活動を見る限り、彼女の存在、行動原理は善である。

 王国の法も無視していないし、きっと、これからもそうだろう。



 そして何より。

 王妃には、カミラが“誰か”に裁かれたい様に思えた。

 ならば、行く先がどうなるであれ、口出ししていい事ではない。

 


「――――では、ヴァネッサ・ヴィラロンド。答えを」



 思考を打ち切ってカミラに微笑むと、王妃はヴァネッサと向き合った。

 ヴァネッサは、真っ直ぐに王妃を見つめる。




「王国の法に基づき、罪には罰が必要です。――――でも、それだけでは“足りません”」




「足りない、と?」




「はい。法では罪にならぬ罪をございましょう。もし許されるならわたくしは、今の法からこぼれ落ちた“罪と罰”に、贖いと更生の余地を与えたいと思います」




 ヴァネッサの答えに頷いた王妃は、更に切り込んだ。




「成る程。では、今の法での罪と罰の、その贖いと更生については?」




「勿論、そちらを軽視しての発言ではありません。罪を犯す者が出てこないよう、罪人が正しく裁かれ、更生できるよう。わたくしは力を尽くしましょう」




 王妃は満足そうに頷く。

 同時に、観客席や審査員達から拍手が沸き起こった。



(ええ、貴女はそれでいいわヴァネッサ。貴女と殿下の治める王国の未来に、幸が有らんことを)



 カミラもまた他の出場者達と同様に、惜しみない拍手を送る。

 そして、盛大な拍手が鳴り止んだ後、王妃は最後の一人、ユリシーヌの前に向かい――――。



「ええ、貴男は別にいいわね」



「王妃様ッ!?」



「いえ、だってユリシーヌは男ですし。可愛い婚約者もいるのだから、女装なんてしてないで王国紳士として、我らが魔女の夫として、王に王子に善く仕えなさい」



 突然の正論染みた説教に、笑いが溢れる。

 ユリウスとしては、粛々と縮こまるばかりだ。



「そうそう、来年からは出場禁止ね。だって男のツボも女のツボも、全て知り尽くした貴男が出るのは、少しばかり不公平ですから」



「う、うむ。そうだな母上! では来年からユリウスは殿堂入りで出禁という事で!」



 ユリウスをミスコンに引っ張り込んだ原因であるゼロスは、冷や汗をかきながらマイクを譲り受ける。

 王妃はそんな息子の様子をしっかりと見抜き、



「後でお話があります」



「…………わかりました」



 と言い残して、審査員席に戻っていった。

 ゼロスは学園祭後の説教を思い浮かべ、げんなりした顔もするも、そこは腐っても王子。

 すぐに切り替えて、次の進行へ移る。



「では皆の者! 出場者達の魅力を解って貰えただろうか!」



 続いてガルドが、詳しい説明をする。



「今から十分間、投票時間を設ける。入り口で配られた投票用紙に、これぞと思う人物の名前を書いて欲しい」



「その紙に書いた名前は、魔法によってその情報が此方に送られ、審査員の評と合わせ、厳正に計算されて、スクリーンに投影される」



 ガルドは投票用紙を掲げ、ゼロスは立体スクリーンを魔法で投影した。



「では、投票開始!」



「十分後をお楽しみにな!」



 ゼロス達の宣言と共に、会場がざわつき始める。

 審査員席も、談笑しながら記入を始めていた。



(たかが十分、されど十分。…………ええ、少し緊張するわ)



 全ての結果を受け止めると共に、気にくわなければ反故にする事すら決意しているカミラだが。

 気になるモノは気になる。

 不安を紛らわす為にも、アメリかユリウスと会話でも――――と考えていると、隣に居たヴァネッサが話しかけてきた。




「カミラ様、少し良いですか?」



「あら、ヴァネッサ様。どうかして?」



 神妙な面もちの彼女に、カミラは首を傾げる。

 この後に及んで、何かあっただろうか。



「先ずは今回の事について、謝罪致しますわ。――――申し訳有りません」



「何に対しての謝罪? 仮にも未来の王妃たるもの、そう易々と頭を下げるものではないわ」



 戸惑いながら揶揄すると、ヴァネッサはゆるゆると首を横に振って答えた。



「いいえ、未来の王妃としてではないわ。わたくし、ユリウスの親友として、そして貴女の友として、謝罪をしているのだから」



「話しが見えないわね。先の大鏡の事なら気にしなくてもいいわ。あれが私の“因果”だもの」



「それでも、ですわ。あの時の様子、そして質問の答え。…………貴女はきっと、自らの行動の責任を最初から取る気だった。そして、貴女を責める事が出来るのはユリウスだけ」



 それを、正しく理解していなかった。

 ヴァネッサは申し訳なさそうに、頭を下げた。



「いいえ、ヴァネッサ様。貴女の怒りは正しかった。――――私は、間違っていたのだから」



 だから、ごめんなさい。

 と、カミラも頭を下げた。

 そして二人は同時に頭を上げ、微笑みあう。



「あの勝負の賭は、無しにしましょうカミラ様。どの様な結果であれ、切っ掛けが何であれ。人として、未来の王妃としても、安易に他人の自由を奪う事はしてはならないのだから」



「――――貴女は、王妃に相応しい人物だわ」



 カミラは素直に吐露し。

 過ちを認め、正す事のできる彼女に敬服の念を覚えた。

 以前のカミラならば、その輝きに羨望を向け、隔意を向けていただろう。

 だが、――――今なら言える。



「ねぇ、ヴァネッサ様。私達、親友になれるかしら?」



 するとヴァネッサは、目を丸くしてクスクスと笑った。



「うふふっ、いやだわカミラ様。学院に入ってからずっと張り合って、時には協力して。わたくし達、もう親友ではないの?」



「ありがとう。愚問だったわね」



 カミラとヴァネッサは、堅い握手を交わす。

 今、二人の関係は以前よりも強固で穏やかなものになったのだ。



 二人の会話を聞いていたアメリとユリウスは、穏当な和解に、胸を暖かくさせながら会話に参加する。



「その、申し訳ありませんでしたヴァネッサ様、俺、いや私達の事で心配をかけて」



「もう、無理に女言葉を使わなくてもいいですわユリウス。戻って間もないけれど、男の姿を見慣れてしまったもの」



「いやぁ、一件落着ですね! 後はヴァネッサ様が優勝すれば、万々歳ですねぇ」



「あらアメリ、聞き捨てならないわね。私がヴァネッサ様に負けるとでも?」



「随分と自信がお有りのようねカミラ様。わたくしだって、負けませんわよ」



 アメリの軽口を切っ掛けに、再び火花を飛ばす二人に、ユリウスはため息をついた。



「賭は無くなったんだから、もう二人が争う理由はないだろう…………」



「何を言うのよユリウス。それとこれとは話しが別よ」



「ええ、カミラ様の言う通りですわ。何はともあれ、この先の結果は、女としての矜持の問題ですのよ。――――男に戻った瞬間、女心を忘れてしまいましたの?」



「ああ、いや、その、うーん…………」



 迫力のある女傑二人に睨まれ、タジタジとなるユリウスに、アメリが火種を追加する。



「ユリウス様も、二人に迫られたら何も言えませんね。でも安心してください。なんたってユリシーヌ様は学院一の淑女にして美少女! 下馬評でも優勝間違いなしですもん!」



「――――ユリウス?」

「――――ユリウス?」



「あ、アメリ! お前、何て事言うんだッ!?」



 焦るユリウスと、ジトリと座った視線を送る二人に、アメリはカラカラと笑いながら指摘する。



「ほら皆様、そろそろ発表の時間ですよ。真面目に待機しようじゃないですか」



「ユリウス、そしてヴァネッサ様、負けませんわよ」



「ええ、こちらこそ」



「俺を巻き込まないでくれ…………」



 四人が元通りに並び終わった直後、ゼロス達が宣言した。




「――――では! これより結果発表を始める!」




 そう、誰が学院一。王国一の淑女であるか。

 立候補したセーラ、カミラ、ヴァネッサの三人は固唾を飲んでその時を待ち。

 アメリとユリウスは気楽に傍観。

 他の出場者も、優勝にこだわる者は無く、あれやこれやと、小声で盛り上がっていた。




「今回の、ミス学院コンテスト! その栄えある優勝者は――――」




 ダラララとドラムロールと共に、スポットライトが目まぐるしく動く。




「学園祭始まって以来の高得票率! 約七〇%!」




 ライトが出場者達を端から照らし、行ったり来たり。

 会場であるコロシアム中が、静寂に包まれる。





「エントリーナンバー7番! アメリ・アキシアだああああああああああああああああ!」





「は?」「え?」「はい?」



「――――――――はえ?」



 カミラ達三人が、思わず首をぎょろんとアメリに向ける。

 当のアメリも、意味が飲み込めず目を白黒。

 一泊遅れて、歓声の嵐に包まれた。



「アメリさーーーん! おめでとう!」

「世界一の忠信、真実の淑女の姿、見事でしたよ!」

「アメリ嬢! 是非息子の嫁に!」

「アメリさん! 俺だ! 隣のクラスの! 是非結婚を前提におつき合い――――ガハッ!」「テメェ、図々しいぞ! 僕とけっこ――」「自重しろ童貞! 俺こそが――――」



 エトセトラエトセトラ。

 ひっきりなしに、アメリへの賛辞が送られる。



「ちょ、ちょっと! アメリぃ! 何でアンタがぶっちぎりで優勝してんのよ! どう考えたって、アタシが最強美少女じゃない! ゼロス王子! 審査員! 何考えてんのよ!」



「え、あれ? アメリに大差で負けた…………? そう、負けた…………。え、え?」



「くっ、少しは予想してましたが。真逆本当になるとは――――」



 くってかかるセーラ。

 今一つ飲み込めないカミラ。

 拳を握り悔しがるヴァネッサ。



「うん、おめでとうアメリ。君の様な者が配下にいて、カミラも幸せ者だな」



「ありがとうございます、ユリウス様。えへへ。まさか、カミラ様達を差し置いて選ばれてしまうとは…………」



 嬉しさと困惑と気まずさに蹂躙されているアメリは、助けを求める様に、ゼロスへ視線を向ける。

 ゼロスとガルドは、それを汲み取って説明を始めた。



「先ずは、優勝おめでとうだアメリ嬢」



「気になる者も多そうだから、上位三名を公表しよう。四位と五位は同標で、六位以降はほぼ横並びだからな」



「二位来て、二位来て、二位来て!」

「二位です、せめて二位!」



 意外というか、見たままというか。

 見栄っ張りのカミラとヴァネッサが、念仏の様に唱える。

 セーラは、一位以外意味がないと、投げやりな顔だ。



「今回の場合、流石に相手が悪かったな」



「もし“以前”のままなら、確実に優勝だった筈だろう」



 ゼロスの指示で、スポットライトがカミラ――――の横の横。

 最後尾に当たる。

 即ちその人物は――――。



「得票率第二位! ユリウスもとい、ユリシーヌ・エインズワース!」



「ちなみに、一言コメント欄というのがあってだな。いくら美しくても、男だし、憧れるけど、恋人居るし。というモノだった。数々の不利な要素を考えると、大健闘を言えよう!」



「皆よ、ユリウスに拍手を!」



「ちょっとユリウス!?」

「もう少し、手加減しなさい! 男になったのでしょう!?」



「無茶言うなよッ!? ――――皆様、ありがとうございます」



 カミラ達に言い返してから、ユリウスは見事な淑女の礼を披露。

 続いては三位だ。



「三位! 三位! 三位!」

「み、未来の王妃ですもの。ええ、手柄? は臣下に譲るべきだから、これくらいの位置で――――」



 鬼気迫る二人を前に、アメリとユリウスは気まずい顔で、一歩離れる。



「得票率第三位! 普段目立たぬ立ち位置だが、以外と熱烈なファンが多かった! メロディア・ジーニアン!」



「なお、十年連続で三位だそうだ。…………十年連続なのか…………」



「今年も投票ありがとうございます。でも私は今のまま学院に仕えるのであしからず」



 残念そうに、だが熱烈なコールを送る王国の老人達。

 ガルドを含む、初参加組の困惑を余所に。

 膝から崩れ落ちる、未来の王妃と王国の誇る魔女。



「馬鹿な…………、ユリウスの為に鍛え上げたこの美貌が、通じない…………!?」



「三位ですらない……、これがミスコンの洗礼とでも言うのでしょうかっ!?」



 ずーんと沈み込む二人を前に、司会役の二人は何事か審査員達とを話し合って、二人の前に進む。



「あー。本来ならば、こういう事は伝えないらしいのだが…………」



「二人は将来この国を背負う淑女。特にヴァネッサは俺の嫁だからな。推測でいいなら、敗北の理由を明かそう」



「是非!」

「お願いします!」



 がばっと顔を上げて、即座に立ち上がる二人に苦笑いしながらゼロスは伝えた。

 なお、このやりとりもスクリーンに写し出されている。



「二人の順位は、同率四位だ」



「…………つまり、引き分け」

「ですわね」



 カミラとヴァネッサは仲良く微妙な表情で、とりあえず握手。

 最下位と言われなかっただけマシである。



「それでな、敗北の原因なんだが…………」



 言い淀むゼロスの言葉を、ガルドが引き継ぐ。



「一言コメントと、下馬評、実行委員や審査員の考えを総合するとだな――――ユリウス、ゼロス殿下が原因だ」



「はい? ユリウスが…………?」

「殿下が原因とはいったい…………?」



 今一つ理解できない二人に、ゼロスは言葉を選んで告げる。



「二人の女性としての魅力は、決してアメリ嬢に劣るモノではなかった。だがな、ヴァネッサには俺が。そしてカミラ嬢にはユリウスという恋人が居たことにより、男性票が激減」



「そして女性からも二人の人気は高かった。けれど、そのな。どうやら、誰もが、誰かが二人の内のどちらかに投票するから、せめて自分だけでも、健気で家庭的で、親近感の沸くアメリに票を…………」



「そのだな。男性の方も似たような思考経路だったらしい。誰かが入れるだろうとな。それで票の行き場だが、殆どの出場者が同じように恋人持ちで、ならば手が届きそうで、その、なんだ? 学園一、胸部装甲の厚く、母性と良妻感溢れるアメリ嬢にと…………ああ、うん。すまない」



 理由を聞くにつれ、ああ、と納得し、次いでアメリを恨めしそうに見、最後にはアメリの豊満な胸と、男性全体を睨みつける敗北者二人。



「ふふっ、ふふふふふふふっ、真逆、真逆、そんな理由で破れるなんて、ね…………うふふふふっ…………ふぅ。――――アメリいいいいいいいいい! ユリウスうううううううううう!」



「くうううっ! ゼロス殿下! 胸ですか! そんなに胸が良いのですか! さあ、答えてくださいまし! 貴男の未来のお嫁さんの胸ですよ!」



 半泣きで抱きつき、ゼロスの胸をぽかぽかする乙女の姿を見せるヴァネッサ。



 カミラは、きしゃーと奇声を上げなから、ユリウスとアメリを追いかけ回す。



 収集が着かなくなってきたステージに、ガルドは疲れた顔で審査員達とアイコンタクト。

 そして、大声で宣言した。





「――――これにて、ミスコンを終了する! アメリ・アキシアに盛大な祝福の後! カミラが暴れ出す前に退場おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」





「ちょ! 皆さん逃げるんですか!? 待って、待って! わたしも――――」



「はははッ! 死なば諸共だアメリ! 頑張ってカミラを宥めてくれッ!」



「それは恋人であるユリウス様の役目でしょう! 優勝したのにぃ! ミスコンの馬鹿野郎おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」



 ミスコン及び学園祭は、大盛況の中、無事に終了した。(大本営発表)





「祭りの後って、いつも寂しいもんね…………いや、初めてなのかな」



 文化祭の撤収作業の音音を聞きながら、セーラは一人、東屋で黄昏ていた。

 なお、クラスの模擬店の後始末はサボりである。



 別に、ミスコンで優勝できなかった事が悔しいのではない。

 ただ、楽しい時間だったから、考えてしまったのだ。

 ――――自分は後、どれくらい生きられるのかと。



「あのヘタレババァは何も言ってこないけど、これ、ヤバいわよねぇ」



 陰る日に手を翳すと、僅かに揺らぐ肉の輪郭。

 やはり、セーラは人では無いのだ。

 それだけでは無い。



「転生したってのも、きっと嘘っぱちよね。だって――――」



 今の生の過去を思い出せない。

 前世の生を思い出せない。

 そして、この世界は記憶の“それ”より遙か未来の世界だ。

 何より、ゲーム知識としても、記憶の齟齬が存在する。



「アイツはPCゲームで、あたしはVRゲーム。なまじ話しが合うから誤解してたわ」



 それすらも、カミラはきっと知っているのだろう。

 セーラは、妙に秘密主義なヘタレ女の顔を思いだし、ため息を一つ。

 カミラはお人好し、というか根が優しい人物だ。

 ――――少なくともセーラの知る限りでは。



「まぁ、何か手を打っているんだろうけど。…………そろそろ聞いてみようかなぁ」



 セーラは考える。

 自分は何のために生み出されたのだろうか。

 そして、ゲームから外れた今、何が出来て、何がしたいのだろうか。



「唐変木が気になるのも、漫画とか描きたいのも、逆ハーしたいのも嘘じゃないけど」



 何か、目指す所とは違う気がするのだ。

 恐らく、自分が何かしなくても。

 今日の様子を見ていれば、カミラ達は自分自身の力で幸せを掴むだろう。



「アタシの幸せって何? 例えば生身を得たとして、それで何をするの? ――――ああ、そうか」



 羨ましいんだ。

 そう、セーラは呟いた。

 セーラは、カミラが羨ましい。



「アタシも、誰かの為に一途に突っ走ったら、…………幸せ?」



 誰か、幸せ。

 口に出すまでもない。

 ガルドの為に、何かをすれば。

 それで、セーラに向けて、セーラにだけ、笑顔をくれたら――――。



「な、なっ! ないないないないっ! あ、アタシは何を考えて――――!?」



 セーラの顔が、瞬間湯沸かし器の様に沸騰する。

 そんな、だって、いや、これは。

 攻略対象達に感じていた、どこか虚ろな熱情ではない。

 セーラがセーラだからこそ得た、制御できない“想い”だ。



「ぐっ、…………どんな顔で、アイツに会えって言うのよ。うん。もう少しここにいよ」



 火照った頬を、冬風で冷たくなった両手で冷ます。

 下がった体温が、ひんやりとして心地よい――――。



「ここに居たかセーラよ、探したぞ! カミラが呼んでいるから、サロンに――――うん、顔が赤いぞ、熱でもあるのか?」



 ぼんやりと宙を仰いでいたから、セーラはガルドの接近に気づけなかった。

 更に。

 ビクゥ、と硬直するセーラに、ガルドはピタっと額を合わせる。

 何だ、何が起こっているのだろうか。



「~~~~ち、ちかっ、ちかっ、ちかっ!?」

(睫、意外と長い――――じゃなくて、唇の色は薄目――――じゃなくて!? じゃっ、なくてぇっ!?)



 額を離した後、無遠慮に頬や首筋に手を当てるガルドに、セーラは混乱した。



「うむ、ちょっと熱が高めか? 脈拍は――――」



「――――さ、触るなっ!? 馬鹿男っ!」



「あだっぁ――――! 何をするセーラ! いきなりグーで殴るとは!?」



「お、乙女に触れるなら、せめて一言あるべきなのよ馬鹿ガルドっ!」



 赤い顔で、ウガーと吠えるセーラに。

 ガルドは、首を傾げつつ頷く。



「成る程? そういうモノなのか…………うむ、覚えたぞ」



「くっ~~~、こ、コイツは…………」



 セーラは、あー、だの、うー、だの一頻り唸った後、パンと自身の両頬を叩き活を入れる。



「んで、――――カミラが話あるから来いって? ったく、用があるならそっちが来なさいよ」



「まぁそういうな。あっちはあっちで取り込み中の様だったし、ご両親が来ているみたいなのでな」



 ぶつぶつと文句を言いながら、セーラは歩き出す。

 カミラのサロンに向かうのはいいとして、この唐変木はどうしてくれようか。



「――――あ。そういやアンタ、ミスコンの時、デートがどうのと言ってたわよね」



「うむ、覚えていた様だな!」



 偉そうに満足気な顔をするガルド。

 そもそも、デートの約束はおろか、“そういう”関係ですら無いのにどういう事だろうか。



「デートって何するのよ。買い物でも付き合って欲しい訳?」



 これはもしかして、もしかするのか。

 ガルドは本気で、コナかけに来ているのか。

 いやいや、そうではないだろうと、セーラは期待を出来る限り沈める。

 この唐変木は、自分の恋愛感情に疎い。



 そんなセーラの推測を肯定する様に、甘さなど一欠片もない健康的な笑顔で、ガルドは頷く。



「うむ、すまないが。デートとは二人っきりになりたい方便だ。――――大事な話があるのでな」



「だ、大事っ!? ――――ええ、うん、そうね。取りあえず言いなさいな」



 そこガルドは足を止め、きょろきょろと辺りを見渡すと。

 誰も居ないこと確認して、セーラの耳元で囁く。




「――――そなたの体を創り出す算段がついた」




「ああ、うん。知ってた。解ってた――――あれ? 何それ聞いてない!?」



「知ってたのか、知らぬのか、どっちなのだセーラ…………。まぁ兎も角だ。カミラから、一部の精密機械を譲り受けるとして、後は少しの調整で、準備が整う」



 誉めて誉めてと言わんばかりの顔をするガルドに、セーラは頭を撫でなから詳しく聞く。



「有り難いし嬉しいけど、また何でそんな急に…………」



「実はな、当初は自力で何とかする算段だったのだが、我ら全員でカミラの実家に行く事になってな」



「ついでだから、アタシの体の関係も済ませようと? というか、カミラの話はそれか」



「うむ、その通りだ!」



 ついで、ついでかぁ、とボヤきたい気持ちをぐっと堪えるセーラに。

 ガルドは、真面目な表情で続ける。




「それでだな。――――この事は、カミラ達には秘密にしないか?」




「秘密?」




 言葉の“堅さ”に、セーラも思わず声を潜める。



「秘密にする必要があんの? カミラに協力してもらうんじゃないの?」



「それは確かだがな…………思い出してくれ。余とカミラの方針の違いを」



「方針の違い? ――――…………ああ、“世界樹”がどうのこうのって奴?」



 セーラの記憶が正しければ。

 ガルドは“世界樹”を壊したい。

 カミラは“世界樹”を存続させたい。

 詳しい理由は解らないが、そういうモノだった筈だ。



「此度の帰省。カミラは魔族にも一人、代表者を寄越すように言った。つまり――――」



「――――あるわね。絶対、何か企んでる」



「うむ、何があるか判らないからな。少し強引にでも、時計の針を進めておく」



 トラブルメイカーの高笑い思い浮かべながら、二人はがっしり握手する。



「いざとなったら、ちゃぶ台をひっくり返してでも止めるわよ!」



「ああ! 共に、カミラを止めようぞっ!」



 ガルドとセーラは、ふんすっ、と鼻息荒く。

 仲良く肩を抱き合いながら、カミラのサロンへと向かった。





 時は少し巻き戻る。

 セーラが東屋に独り、ガルドが探しに行く前の事。

 カミラのサロンは、妙な空気に包まれていた。



「だから言ったのですカミィお姉様っ! どんな手を使ってでも勝ちに行くべきだと!」



「あら、いいじゃない。穏当に済んだのだから」



「あの乱闘騒ぎが穏当…………?」



「いや、確かにただの乱痴気騒ぎだったが、穏当という表現は違うと思うぞ俺の馬鹿女」



「外野は黙っててください! わたしはお姉様と話をしてるんですっ!」



 バンと強くテーブルを叩き、ミラはヒートアップした。

 ミスコンとその後の騒ぎで、王と王妃から正座お説教のコンボの後、サロンに戻って合流してからずっとこうだ。



「まったく。貴女は何を苛立っているのかしら? 可愛いミラ」



 過去の自分を可愛いと形容する事に、むず痒さを覚えつつも。

 カミラはミラの“理由”を問う。

 ミラが本当にカミラの過去ならば、今を讃えど、責める謂われは無い。

 やはり、シーダ0(仮称)としての経験に起因しているのだろうか。



「お姉様。正直、貴女には失望しました」



「失望? ふふっ、失望とは強い言葉を使うわね」



 刺々しい視線を余裕の笑みで受け流すカミラに、ミラは拳を握りしめて叫ぶ。



「茶化さないでくださいっ! 解っていますかっ!? カミラ・セレンディアという人物は、誰よりも強く、美しく、全ての頂点に立たなければならないのです」



「何の為に?」



「――――支配する為です」



 その言葉にカミラは、そしてユリウスとアメリも強く反応した。

 自分自身であるカミラは勿論の事、二人にも覚えがある。

 それは、少し前のカミラ。

 不安定だった時のカミラの思考“そのもの”だ。



(やはり“そう”、なのね。純粋に私の過去の姿ならば、その言葉は出てこない)



 それが出てくるのは即ち――――、“失敗”した経験があるからだ。

 故に、カミラはミラの言葉を掘り進める。

 彼女は本当に、記憶が戻っていないのだろうか。



「ではミラ。私は何のために、何を支配しなければならないの?」



「勿論、世界全てを。もう決して――――奪わせない為に」



「あらあら。今の私は、何も奪われてもいないわよ?」



 おかしな子、と優しい笑みを浮かべる裏で、カミラは警戒を強めていた。

 同時に、何があってもいいように、ユリウスとアメリにも警告しておく。



 そんなカミラ達の行動に気づかず、ミラは俯いて語り出す。



「…………お姉様。わたし、夢をみたんです」



「夢? どんな夢かしら」



「顔は判らないけれど、とても大切な人を、亡くす夢。掴んだモノ全てを、壊す。とても、とても悲しい夢を見たんです」



 ミラは曇った瞳でカミラを見つめると、ぽろぽろと泣き出しながら、想いを吐露する。



「思い出したくないのに、思い出してしまって。――――その度に、心が叫ぶんです! 失うなら! 奪われるなら! 全てを支配しろ! 全てを壊してしまえって…………!」



「でもそれは“夢”――――有りもしない悪夢よ」



 カミラは、ミラから目を反らした。

 どうして、今のミラを直視出来ようか。



「いいえっ、いいえっ! わたしには判りますっ! これはわたしとお姉様に降りかかる“未来”の暗示! ですのでっ! ですからっ! お姉様は、わたしは――――っ!」



 静かに慟哭するミラの声に、カミラは胸が締め付けられる思いをした。



(嗚呼、嗚呼、嗚呼っ! 夢じゃないっ! それはきっと夢じゃないのよ“私”――――!)



 夢ではない。

 それはきっと、カミラとミラ、両方の過去で。



(貴女が辿った“道”なのよ、“私”が辿った道なのよ…………)



 ああ、そうだ。

 ミラは紛れもなくカミラだ。

 もはや、過去の“私”と自分を誤魔化す事は出来ない。



(間違えてしまった私、一歩間違ったら、今の私だって)



 カミラは決心した。

 大鏡で得た決意を、深く深く、再び魂の底まで刻む。



「――――ミラ。いいえ、もう一人の私。その悪夢、解決しましょう」



「カミィ、お姉様…………?」



 カミラは泣きそうな顔で、ミラを見た。

 ミラは泣き顔で、カミラを見た。



「――――ユリウス。アメリ。お願いがあるの」



「何でも仰ってくださいカミラ様」



「ああ、何でも言ってくれ」



 カミラは二人に顔を向けぬまま、願いを言う。



「一緒に、私の実家に来て――――」



「――――話は聞かせてもらったわカミラちゃん!」

「パパもいるぞおおおおおおおおお!」 

「カミラのご両親!? いきなり入るのは――――ああっ、すまない! 余は邪魔するつもりは――――」



「パパ様ママ様!?」

「パパママっ!?」



 瞬間、バタンどたばたとサロンに入ってきたのは、カミラの両親だった。



「どうしてここに居るのよっ!?」

「そうですっ! カミィお姉様の言う通りですっ!?」



 さっきまでのシリアスは何処へやら。

 偽りの姉妹は、まったく同じタイミングで顔を向け、手をバタバタさせる。



「だって、カミラちゃんの晴れ舞台でしょう? 親として、OBとして見に来ない訳、ないじゃない」



「うむ、水くさいぞ我が愛しい娘よ。メロディア女史が教えてくれなかったら、見逃す所だったわい」



「「意外な繋がりがあった!?」」



「というか、お知り合いなんですかメロディアさんと!?」



 アメリの疑問に、父クラウスが答える。



「私達の世代の頃も、あの人はこの学院のメイド長でな…………よくお世話になったモノだ」



「あの人、本当に何歳なんだ…………ッ!?」



 思わずこぼしたユリウスに、姉妹は首をぶんぶん縦に振って同意する。



「ふふふっ、カミラちゃん。四位おめでとう。親として鼻が高いわぁ」



「アメリも優勝おめでとう。君の様な身も心も優秀な者が、カミラの側に居てくれるなんて、とても誇らしく頼もしいよ」



「あうぅ。ありがとうございます…………あっ」



 暢気に照れるアメリだが、ミラの存在に気付き、どう紹介しようか悩んだ。

 作り上げたカバーストーリーは、学生向けで、更に言えば夫妻には伝えていない。

 下手を打てば、ミラの記憶が戻り、先日のおっかないバトルが再び――――。



「ええ、いいのよアメリちゃん。言ったでしょう、聞かせてもらったって」



「ママ様達…………いったい何処から聞いて…………」



 おろおろする姉妹ににっこり笑い、クラウスが力強く胸を叩く。



「詳しい事情は後で聞かせて貰うとして、うむ。我が領地へ来るのだな! 結婚前に、婿殿に領地紹介するのだなっ!」



「勿論、ユリウスさんと、その子だけじゃないんでしょう? 他のお友達は? 是非是非お誘いなさいな」



 ぐいぐいくる両親に、姉妹はアイコンタクトで意思統一。

 こうなれば流れに身を任す他無い。



「うん、わかったわかったから。――――ガルド、セーラを呼んできてくれない? それから、フライ・ディア…………で、いいわね。家に来るように話通しといて。それから――――」



「カミラ!? あの者を呼ぶのか!?」



「正気ですかカミラ様!?」



「またお前は…………何をするつもりなんだ」



 ため息混じりのユリウスの言葉に、カミラもまたため息混じりに返した。



「全て――――全てを明かすわ。だから代表の一人として来て貰うのよ」



「…………お前の決意を尊重する」



「ありがとうユリウス」



 いい雰囲気を出すカミラとユリウスだったが、残念な事に、ここには皆が、両親がいるのだ。



「仲良きことは美しき哉。結構、結構!」



 当然、邪魔だって入る。



「そうそうカミラちゃん。――――“説明”お願いね」



 むふぅと満足した顔のクラウスと、うやむやにはしないと、ミラの存在について説明を求める母セシリー。



「取りあえず、ガルドがセーラを連れて戻ってきたら説明するわ。一応、彼らも関係者だから」



 領地に戻る前から疲れそうだと、カミラはどこか投げやりな笑みを作った。





 辺境の地、セレンディア。



 王都の遙か南方、山々に囲まれた厳しい立地で。

 街など無く寒村が幾つか、農作物などの収穫はごく僅か。

 幸いなことに領地面積は狭く、税は少ない。

 食料に関しては、山で狩猟を行う事により人々の生活は保たれていた。

 良くも悪くも、今の時代の“底辺領地”――――それが、セレンディアであった。



「…………苦労しましたねぇ、カミラ様。山々を一瞬で吹き飛ばし、魔法で一気に土壌を整え、街と農耕地を幾つも確保。四苦八苦して移民してくれる人々を呼んできたり。魔法を使わない得体の知れない数々の品で、次の年から大豊作で、また人を集めたり」



「ええ、色々あったわね…………。ゴーレム達に知能を付けすぎて、労働組合が出来て、ストライキが起こった時とか、どうしようかと」



 カミラ達一行は今。

 ユリウス、アメリ、ミラ、セーラにガルド。

 そしてセレンディア夫妻に、魔族フライ・ディア。

 おまけにゼロスとヴァネッサを連れ、機上の人となっていた。



「あっ! あれ見てくださいよカミラ様! 名物三日月山! 知ってます皆さん、あれはカミラ様がご幼少の砌に、盗賊団を山ごと吹き飛ばしてできたんですよ!」



「あれ以来、何故かセレンディアでも有数の観光名所で賑わってるのよね。不思議だわ」



 カミラとアメリは、眼下に広がる光景にて思い出話。

 それをニコニコと聞いている夫妻。

 他の者は、セーラですらも困惑と驚愕に溢れていた。

 時刻は昼過ぎ、天気も良く景色が綺麗に見渡せる。



「不思議ってカミラ様~~。あそこの山脈一帯が銀山だって判明したのはカミラ様のお陰じゃないですか」



「あら、派遣したゴーレム…………何号機の何タイプだったかしら? ともかくそれの手柄よ」



「筆頭執事ロボ、カーネルから株分けしたサージェント七号君ですよカミラ様。そしてそれを開発したのはカミラ様なんですから。やっぱりカミラ様のお陰ですって」



 にこやかに笑うアメリに、カミラもふわりと笑う。



「ふふっ、貴女が言うなら、そういう事にしておくわ」



 麗しい主従の会話。

 しかし、しかしである。



「え、これがセレンディア!? けど何となく見覚えが…………うっ、頭が…………いえそうじゃないわっ! パパっ!? ママっ!? セレンディアはどうなっているんですかっ!?」



「これが嬢ちゃんの領地かよ…………魔王様が負ける訳だ…………」



「ファンタジーに輸送ヘリって何考えてるのよアンタぁ!? 何? こないだ、見たのはこんな内装だったの!? ジャンボジェットのファーストクラスより居心地良さそうじゃない!? というか街! 街よっ! なんかそれっぽい同人ショップまであるじゃないのよ!? どうなってんのよおおおおおおおおおおおお!?」



「ジャンボなんたらは解らないが、ああ、言いたいことは理解するぞセーラ。寒村? 底辺領地? どういう事だカミラっ!? そなた、どうやって“世界樹”を誤魔化してるんだ!?」



「いやはや、報告では聞いていたが…………はっはっはっ! 流石は我らが魔女謹製の都市! 王都より格段に狭いが、王都より凄いではないか!」



「凄いの一言で片づけないでくださいましゼロス。…………カミラ様は本当に規格外のお方で」



「――――そうか、俺。将来ここの領地を治めるのか…………。治めるのか…………治めるのか?」



 三者三様の反応を聞き流しながら、ユリウスは遠い目。

 領地、領地ってなんだ?



(全身ガラス張りの長方形の建物は何だ!? 道は全て舗装されてるし、しかも只の舗装じゃない、最新技術のコンクリート製だぞッ!? 他にも魔動馬車じゃなく、荷台部分だけで走ってるし…………ああもうッ! 上げればキリがないッ! どうなってるんだセレンディア領はッ!?)



 そう、彼らの眼下に広がる街。

 それらは所謂――――前世で言うところの近代都市であった。

 しかも、ただの近代都市ではない。



 カミラの前世の記憶にある町並みと、世界崩壊前の技術と基準で作られた。

 未来においての近代都市である。



「――――我ながら、やりすぎたわよね」



 領主館の屋上に設置されたヘリポートが見え始め、着陸のアナウンスが流れ始める。

 皆と同じく着席する中、カミラは固く決心した。



(地下の巨大ロボット基地と、前人類が使っていた軍事衛星や月基地行きのワームホールは、存在すら知られないようにしないと…………!)



 そして何より。



(私の私室から行ける隠し部屋は、最優先で封印しないといけないわ! だってあそこには、あそこには――――今まで集めたり盗んだり盗撮したユリウスグッズが山ほど有るのだから!)



「あ、ユリウス様。後でカミラ様の部屋の隠し部屋に案内しますね。そこにユリウス様へのストーカー行為の証拠が沢山あるので」



「アメリいいいいいいいいいいいい!?」



 あっさり暴露するアメリに、カミラは口を塞ごうとするが、時は既に遅し。



「『動くなカミラ』――――是非とも案内してくれアメリ。そしてガルド、セーラ、すまないがカミラを」



「うむ、任された」



「別にいいけど、見ない方がいいと思うけどなぁ」



 絶対命令権まで使って、カミラを制止するユリウス。

 頷いたセーラは、気の毒そうにユリウスを見た。

 彼女の予想が正しければ、風呂の残り湯のコンプリートとか、下着すり替えとか、ともすればそれ以上の、考えるのすらおぞましい収集が行われているに違いない。



 カミラに生ぬるい視線が、ユリウスに同情の視線が注がれる中、豪華使用になった輸送ヘリ(反重力制御、元局地支援型)は、無事に着陸するのだった。




 各々が、屋敷の客室に案内され。

 カミラの熱烈ストーカーぶりに、ユリウスが頭を抱えて焼却処分。

 失意のカミラが、その反動で無駄に豪華な食事を画策など、それなりの事があったが。

 何故か夕食の時間を前に、皆が応接室に集まり。

 そうとは知らずくつろいでいたカミラが、呼ばれて最後に入室した。



「あら、どうしたの皆揃って? まだ夕食の時間には少し早いわよ」



「何故ってカミラ嬢。俺達一同、お前に呼ばれてここまで来たが、詳しい話を聞いていないのでな」



 平常運転のカミラにゼロスが言い、全員が頷いた。



「大切な秘密を打ち明ける。そう言ったが、セレンディアまで来た意味があるのか? そして、そこに居る――――“魔族”。何故、彼がここに居る」



 ユリウスの言葉に、ヴァネッサと夫妻が身構える。

 だが、問答無用でクラウスが抜剣するより早く、カミラがあっさりと説明した。



「ええ。“魔王”として、私が呼んだのだから」



「――――!? カミラ! お前が――――、い、いやっ、魔王としてだと!? 何を言っている!?」



 愛する娘の言葉に、生まれてからこの方、常識外れの道を歩む愛娘に、クラウスは辛うじて手を止めてただ困惑の声を上げる。



「おいおい嬢ちゃん――――いや、魔王様よ。オレの事、説明してなかったのかい?」



「すまないわねフライ・ディア。明日、とある所に行く予定で、そこで全てを話す予定だったから。その時でいいと思ってたのよ」



「…………偶にそなたは、うっかりミスをするよな。まぁ余が言えた義理ではないが。そういえば事情を知らない者も、この中には半分くらい居るのか」



 そういえば、何故このガルドという少年もいるのか。

 ミラというカミラの似た少女も謎だ。

 カミラと親しいアメリや、恋人のユリウス、聖女であるセーラ。

 王子やヴァネッサも、まだ理解出来るのだが。

 というか、カミラが魔王とは何なのか。



 そんな視線を数名からカミラは感じ取り、明日スムーズに話を進める為にも、と自己紹介を提案した。



「皆の気持ちは解りましたわ。では、折角ですので、ここらで自己紹介といきましょう」



「うむ、余とカミラは隠し事が多いからな。必要だろう」



 緊張した空気のまま、ガルドを皮切りに皆が口々に賛同する。

 一同を見渡してから、カミラは、先ず自分からと口を開いた。



「急なお話でしたが、皆様ありがとうございます。全ては明日、詳しく話すわ。――――私はカミラ・セレンディア。父クラウスと母セシリーの“一人娘”にして、三歳の時に“魔王ドゥーガルド・アーオン”を殺害し、その力と地位を奪った者」



「三歳!? 聞いていないぞカミラ!? それより、何時どの様にして、そうなったのだ!?」



「風変わりな子だとは思っていたけれど、ここまで極まっていたとは…………ええ、詳しい事は明日聞かせて貰うとしても、せめて、少しぐらい話してくれていても…………」



 驚くクラウスに、肩を落とすセシリー。

 流石のカミラも、両親の様子にばつの悪い顔をする。



「ああ、そういえば夫妻には知らせていなかったな。――――ユリウスとアメリは驚かないのか? 聞かされてはいないのだろう?」



「まぁわたし達は…………」



「いろいろ巻き込まれたんだ。多少は察していたさ」



 ミラは話が理解出来ず、おろおろし。

 ヴァネッサは口をあんぐり開けて、瞬きを繰り返す。



「こういう訳なのよこの女は。これくらいで驚いていたら、明日はきっと耐えられないから覚悟しておきなさい」



「まだ何かあるのですか!?」



 ヴァネッサの叫びに、両親も気付き、カミラを注視する。



「ごめんなさい、今まで黙ってて。ええ、明日はこれよりもう少しスケールの広い話になるから、本当にごめんなさい」



 小さくなって謝罪するカミラに、取りあえずはと、アメリが明るく自己紹介。



「はいっ! アメリ・アキシア! カミラ様の忠実な右腕ですっ! カミラ様には一生着いていく所存ですっ!」



「本当に、苦労をかけているのだなアメリ…………」



「ううっ、休みが欲しいならちゃんと言ってねアメリちゃん。私達にはそれくらいしかできないから…………」



「ええっと、はい、ありがとうございます」



 アメリに同情の視線が注がれる中、次の人物へ。



「ユリウス・エインズワース。カミラの恋人で将来の夫だ。…………以前はユリシーヌとして、女として育てられていたが、カミラによって解放された」



「これから先も困難だらけだろうが、何とぞ、ウチの娘を見捨てないでくれたまえ婿殿おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」



 男泣きしてユリウスに縋るクラウスに、然もあらんと、またも同情の視線が送られた。



 続いて、王子であるゼロス、同じく伯爵令嬢であるヴァネッサが自己紹介し、セレンディア伯爵夫妻。

 この四人は普通だったが、次は問題児聖女セーラ。

 事情を知る者は、知らぬ者の反応を想像しつつ見守る。



「セーラよ、家名は忘れてしまったわ。――――いえ、もとより存在してなかったのでしょうね。カミラによって、“聖女”の力を剥奪され、“魔族”と同じ様な体、という訳の解らない存在にされているのが現状よ」



「――――カミラ様!? 仮にも聖女である方に対して何て事を!?」



 思わずヴァネッサが詰め寄るが、セーラは笑ってフォローする。



「いや、いいのよヴァネッサ。どうやら、そうしなければ、アタシは今、存在してないらしいし。ほら、見てよこの手」



「セーラ様!? 何を――――ええっ!? これはいったい!?」



 セーラの手を見たヴァネッサと一同(カミラ以外)は、更に困惑を深めた。

 何故ならその手の輪郭が、明らかにボヤケていたからだ。



「ああ、大丈夫よセーラ。計算では後数年持つし、もう直ぐ貴女を人にする装置が完成するから」



「さらっと言ったわねアンタ。…………そう言うなら信じるわ。無駄な嘘を言うタイプじゃないもんね」



「…………これも詳しい話は明日か。なぁユリウス、カミラ嬢にはどれだけ驚愕の秘密を抱えてるんだ?」



「それが解ったら、苦労はしてない」



 またも繰り返されるユリウスへの同情と、セーラへの困惑と心配。

 カミラの摩訶不思議さが、ぐんぐん増しつつガルドの番だ。



「ガルド。今はただのガルドと名乗っている。――――前魔王ドゥーガルド・アーオンの肉体と、歴代魔王の記憶を受け継いで生まれた。“魔族”の造りし“魔族の勇者”で、人間だ」



「魔族に作られた勇者!? 人間!? 聞いていないぞカミラ嬢! ユリウス!」



「あらごめんなさい、でも言っても混乱するだけでしょう」



「…………ああ、ガルド様が転校して来た時期の騒動は、それ絡みだったのですね」



「ご明察ですヴァネッサ様。お二人への報告は、カミラに止められてまして…………」



 申し訳なさそうに頭を下げるユリウスに、ゼロスとヴァネッサは優しく手を取り、懇願した。



「出来るだけでいい、カミラ嬢の手綱を取ってくれ…………!」



「もう、ユリウスだけが希望です…………!」



「さっきから、遠回しに私の事を責めすぎじゃないっ!?」



「残念ですが、当然ですよカミラ様」



 カミラの抗議など、アメリ以外はスルーして次の人物。

 ――――魔族、フライ・ディアに移る。



「そこの王子サマは顔知ってたな。確か牢屋に見に来ただろアンタ。魔王配下四天王が一人、豪腕のフライ・ディアだ」



「成る程、魔族の有力人物の一人であったか。――――カミラ嬢に振り回されている犠牲者なのだな」



「犠牲者というより、哀れなピエロって所だけどな」



 得心のいったゼロスに、フライ・ディアは大げさに肩を竦めた。

 呼ばれた理由はその地位と、顔見知りが理由だろうが。

 人間と魔族とは、まだ敵対状態だ。

 その行く先はカミラとガルドの胸先三寸である故に、迂闊な発言は出来ない。



「そうそう、ゼロス。近い内に魔族との和平の使者としてこの者を送るから、王にも話を通しておいて」



「聞いてないぞ嬢ちゃん!?」



「カミラ嬢っ!? さらっと言うなさらっとぉっ!?」



 頭を抱える二人に、カミラ以外の全員から、恒例となりつつある同情の視線が送られる。

 それはそれとして、最後の一人だ。

 カミラはミラの横に立ち、その手を握り、代わりに話す。



「では最後の一人。――――この子はミラ。カミラ・セレンディア。もう一人の私自身。そして、未来の“私”であり、過去に戻ってしまった“私”」



「えっ? お姉様? またそんな、突拍子も無い事を…………あれ? 皆様、どうしてそんな顔をしてるんです?」



 不安そうにきょろきょろするミラと、少し悲しそうに微笑むカミラ。

 事情を知らぬ者は、お互いに顔を見合わせて、最初は夫妻から発言する。



「…………どうやってかは、それも明日で、真実なのだろうな。嗚呼、確かにカミラの面影がある」



「面影どころではありませんわ貴方。鼻の高さも骨格の感じも、カミラちゃんと瓜二つで、何より貴方と私の面影があるじゃないですか」



「どういう事ですお姉様!? パパとママは、何故――――」



 悲痛な声を上げるミラを、クラウスとセシリーは抱きしめた。

 理屈など解らない。

 だが、親としての本能が、ミラという少女が自分たちの娘だと訴えていた。



「ごめんなさいミラ。…………否、もう一人の“私”」



「…………何でもありなのだなカミラ嬢は、もう何があっても驚かない気がする」



「気を付けてくださいゼロス。カミラ様を甘く見てはいけません」



 困惑と畏怖に震える、ゼロスとヴァネッサ。

 フライ・ディアもまた、カミラを呆れ顔で見て、所在なさげに頭をぽりぽりと掻いた。



「皆様、疑問は数多くあるでしょう。ですが全ては明日。――――明日、“世界樹”の端末で、“繰り返し”の原因となったあの場所で、全てをお話しますわ」



 カミラはそう締めくくると、それ以降、どんな問いにも沈黙を以て答えた。





 次の日である。

 朝食もそこそこに、カミラは屋敷裏手の小さな山。

 その麓に向かっていた。



「もうすぐ着きますわ皆様。全員いらしてますわね」



「や、居ますけどカミラ様…………、こんな場所に何かありましたっけ?」



 鬱蒼とするじめじめとした森の、整備されてない獣道を行く一行。

 色濃い緑の匂いと、優しい木漏れ日は森林浴にはもってこいだろう。

 でも、今は違う。

 皆の意見を代弁するアメリに、カミラは静かに笑った。



「ガルドなら解るのではなくて? ――――この先に何があるのか」



「む、余か? 何故余が…………真逆」



 何故知っているのだ、と続けようとしたガルドは、思わず息を飲む。

 彼が受け継いだ知識の中に、その答えはあり。

 また、以前の自身も考えた事だった。



「――――そこに、あるのか? “世界樹の根”が」



 ズッズッ、と一行は土と草を踏みしめながら進む。

 冬の朝、森の空気は冷たい。



「“世界樹”の“根”? それはお伽噺で出てくる“世界樹”に何か関係しているのか?」



 ガルドの言葉に、ゼロスが反応する。

 夫妻も含め、不思議そうにする面々へカミラは歩きながら説明を行った。



「この世界を創ったと言われる“世界樹”――――けれど、話に伝わるだけで誰も見たことが無い。そこまでは良いわね」



「ああ、この国に生きるものならば、赤子でも知っていよう」




「――――それが、本当にあるとしたら?」




 ピタっと一行の足が止まる。

 そして、カミラを疑うような目がちらほらと。



「バカな。その“根”とやらがここにあるだと? 私は何も知らされていないぞ」



「言ってないものパパ様。この事は王でさえ、歴代の王ですら知らなかったでしょうね」



 さらりと出てきた事実に、クラウス以下全員が深いため息を着く。

 お伽噺が真実だった事、その一端がこの地にある事、歴史的大発見の隠蔽。

 どこからつっこめばいいか判らない。

 だが、足を止めても仕方がないので、一同は進行を再会する。



「カミラ、言いたいことは色々あるが。何故そこで行う必要があるんだ?」

 


「…………それはね、私が“世界樹”によって人生を狂わされたからよユリウス。――――半分、だけだけどね」



 ユリウス達は何も言えなかった。

 カミラの金色の瞳に、重苦しい“何か”を感じ取ったからだ。

 やがて一行は十分程進んだ後に、目的の場所にたどり着く。



「さあ、ここが“世界樹”の“根”――――いいえ、正確には“新人類統治機構ユグドラシル”その、技術研究開発・時間制御開発分室」



 カミラが指し示した所は、山の斜面。

 そこに鎮座する、大きな岩だった。

 探せばどこかに同じモノが有るような光景に、何かを感じ取ったガルド以外は、首を傾げる。



「――――っ! そういう、事かっ!」



 ガルドとセーラ以外が、今一つ飲み込めない中、カミラは“管理者権”を使って、指示を下した。



「『管理権限者■■■■■が命ずる、門よ開け』」



「カミラ? 今何て――――」



 ユリウスが問いかける前に、ズゴゴゴという地鳴りと共に、目の前の大岩が二つに別れ、中への道が開いた。

 皆が驚く中、カミラは眉一つ動かさずに施設に入っていく。



「何してるの? 早く入りなさい。後三十秒もしたら扉が閉まるわよ」



「それを早く言えッ!」



 ユリウス達は即座に動揺から戻り、慌ててカミラに続いた。



「なるほど。中の作りは魔王城から行ける“根”と同じだな。――――尤も、あちらは老朽化は酷い上に、既に機能停止して久しいが」



 中に入って数メートル部分は、洞窟の風を呈してしたが。

 直ぐに、コンクリートで舗装された無機質な風景に変化。

 かと思えば、ユリウス達には辛うじて金属だと理解できる、奇妙で不思議な通路に続き。

 ガルドといえば途中途中で目を引いた、まだ生きているコントロールパネルなどを見ながら、関心深げにひとり頷く。



「ここは、私が発見するまで手付かずだったし、不完全とはいえ“時空間停止領域”の技術が使われているわ。――――人の業とは、悍ましいモノね」



 普段なら誰からの、ユリウスへの執着程ではない、というツッコミが入る所だが。

 全員があらゆるモノに目移りして、それどころではない。



「…………そういう類のも全て、後で解るわ」



 その様子を薄く笑いながらカミラは、胸に一抹の寂寥感を覚えながら進む。

 反応が無かった事が寂しかった訳ではない。

 ――――もう二度と、来ないと思っていたからだ。



(嗚呼、嗚呼…………私が希望を手にしたのがココなら、絶望を知ったのもココ。出来ることなら――――)



 一同は進む。

 異質感と、異物感と、まるで、“禁忌”に触れるような恐怖を覚えながら、カミラに導かれて進む。


 奇妙なガラス張りの部屋、――――人体実験室。


 ゴーレムもといアンドロイドの工場。


 ユリウス達にとっては、奇妙な道具ばかりが乱雑に散らばる部屋――――工作室。


 低音が響き、やけに寒い一角。

 サーバールームの横を通り過ぎ、大きな扉の前でカミラは立ち止まった。

 


「『時空間制御機関・コントロールルーム』…………これが、アンタの絡繰り?」



「正確にはその半分の、模造品といった所ね。――――さ、中に入るわよ。この部屋こそが、目的地なのだから」



 音もなく開いた扉に驚きながら、ユリウス達はカミラに続いて入る。

 部屋の中は、これまでの何より異質だった。

 人の痕跡こそあれ、争いの気配が皆無のこの“根”に、大きな破壊の痕跡。

 蛍光灯は壊れ明かりは無く、この部屋だけは魔法の光源だった。

 壁は焼けて黒ずみ、ありとあらゆる機械、道具の類は無惨に潰され中身が散乱。

 しかして、大きな丸テーブルと、人数分の椅子。

 その上に設置された、よく見ると真新しい、用途不明の機械と管の数々。

 そして――――そこに、一人の少女が居た。



「誰だッ!? …………いや、ゴーレムなのか?」



「見たことの無いゴーレムですね。部屋も何だかボロボロですし…………。あっ、でも最近修理したみたいですよユリウス様! あそこの椅子とかテーブル、ウチの製品ですもん」



「流石私のアメリね、概ねその通りよ。――――さあ、座ってくださいな。そしたら始めるわ」



 カミラは皆が座った所で、ゴーレムの少女に、アメリから一時回収しておいた“銀の懐中時計”を渡す。




「今から映し出すのは、私の記憶。――――どうか最後まで、目を逸らさずに居てくれる事を望むわ」




 誰もが、カミラの事を見ていた。

 心配、困惑、疑念、同情、――――怒り。



 誰もが、カミラに疑問を投げかけたかった。

 でも、言えなかった。



 魔法で出されていた光が消え、室内は闇に。

 そして直ぐに、テーブルの上の機械から、それに設置された“銀の懐中時計”から新たなる光。

 ――――立体映像が、音と共に現れたのだった。





「これから見せるのは“最初”の私。――――そして、全ての始まり」



 カミラの言葉と共に、立体映像は部屋中に広がり。

 描写された空間が、人が、音が、まるで記憶の中に居るような錯覚に陥った。



「な、何だこの技術は余も知らないぞ!?」



「この場所は建て替える前の我が屋敷!? 空間転移でもしたと――――いや、これがカミラの記憶と言うものなのか…………」



 ガルドは目を丸くして驚き、父クラウスは、目の前のベビーベッドに触れようとして、その手を向こう側へ突き出させていた。



「いやいや!? ちょっと待ってよ! 何でアタシ達、立ってるの!? さっきまで座っていたじゃない!?」



 戸惑う皆に、カミラは説明した。



「ここは、私の記憶情報を投影した仮想空間よ。現実では、あの場所で座ったままだわ」



「はぁ!? VR!? こういうのって、ヘルメットみたいなヘッドセットが定番なんじゃないの!?」



「本来なら、その手の道具は必要だけどね。今回は幻覚魔法を応用する事によって可能にしたわ」



「…………ふむ。その魔法の応用とやらは、この場所じゃなくても可能だろう。ならばここに来た理由は、カミラ嬢の記憶を引き出す事が出来るのは、この場所だけ。という解釈で良いか?」



「ご明察よ、ゼロス殿下」



 魔法的VR空間について、あれこれ悩む男性陣に対して、女性陣はベビーベッドの赤子を囲み、きゃあきゃあと楽しんでいる。



「セシリー様。もしかしてこの赤ちゃんは…………」



「ええ、赤子の時のカミラちゃんよ。懐かしいわぁ」



「よく眠っていますわ…………しかし、こうして見ると普通の赤子ですわね」



(――――何も知らなければ、苦しむ事も無かったでしょうに)



 カミラは、最初の自分を他人事の様に眺めながら、VR空間の時間を加速させる。

 飛び飛びになる景色の中、両親に愛されて育つ、普通の女の子の姿があった。



「見ての通り“この”私は、何不自由なく、両親の愛を受けて、普通に育っていったわ。――――ただし、五歳の頃までは」



 場面が変わり、旧屋敷の応接間が写った。

 そこには年相応に成長したカミラが、ローブ来た男性と向かい合っている。

 横にはクラウスとセシリーが居たが、皆一様に顔を暗くしていた。



「見た事があるな…………確か宮廷魔法使いの一人だった筈だ。しかし何故我が屋敷に?」



 クラウスの疑問を晴らすように、その男が発言した。



『――――申し訳ありませんが、お嬢様は魔法を使う素養が無いようです』



『そんな! 何かの間違いでは!?』



『…………やはり、そうか。“力なき者”、本当に存在して…………嗚呼、真逆、カミラが…………』



『おとうさま? おかあさま? わたし、まほうつかえないの?』



 幼い少女がすすり泣く声が響きわたった。

 記憶の中のセシリーは、小さなカミラをひしと抱きしめて涙を流している。



「え、あれ? たかが魔法を使えないだけよね? なんでこんなに暗い雰囲気なの?」



「…………貴女は知らないのねセーラ。貴族にとって“魔法”は力の象徴。建前上は貴族として扱われても、使えない者は貴族として見なされないわ」



 重苦しい沈黙がよぎる。

 それを払拭しようと、明るい声を出したのはアメリだった。



「いやでも、間違ってますよカミラ様! だってカミラ様は魔法が使えるじゃないですか! こんな話があったとは聞いてませんし!」



「ありがとうアメリ。でも解っているでしょう――――私が“繰り返している”事を」



「真逆、お前が隠していたのは――――――!?」



 今までの不可解な言動。

 その全てが繋がったと、ユリウスが険しい顔をしてカミラに近づき、その手を掴んだ。

 事情を知らぬ他の者は、それでも深刻さを感じ取り沈黙を守る。



 カミラは自嘲するように口元を歪め、その視線を幼いカミラへ向けた。



「――――それでも、まだこの時は“幸せ”だった」



 再び時間の流れが加速する。

 そこには、本を読むカミラの姿が多くあった。

 時に、悪意ある言葉に傷つき泣く姿が。

 しかし、両親に愛され、笑顔の姿が圧倒的に多かった。



「私は普通の貴族の子と変わらず成長した」



 少女のカミラが、徐々に大きくなる。

 そして少し後、その姿は“ミラ”と変わらないモノとなった。

 違うといえば、顔の大きな傷跡が無いくらいだ。



「…………お姉様が、わたしを“もう一人の私”と呼んだ訳がわかりました。でも、この少女と“わたし”は違う。何故です――――?」



「それは、貴女が一番良く解っている筈よ。言葉にならなくても、その心は確信してる。そうでしょう“私”」



 苦しそうなミラの言葉に、カミラは素っ気なく答える。

 場面は、学院の入学式に変わっていた。



「この時の私の学生生活は、思ったより平穏だった」



 学院の春秋用制服を来たカミラは、セーラを囲むクラスメイト達とは、一歩引いた位置で笑う。

 映し出された光景は、いつも一人、輪の外に居た。



「いじめと言うような深刻な事態は起こらなかった。こちらもあちらも、必要な会話、軽い雑談はすれど、深入りはしない。私もまた、一人で本を読む事が多かったから」



 カミラは主に、図書室で本を読んで暮らしていた。

 寮には入居せず、城下町の別邸で、学院を往復する静かな生活。

 ただ、ひとつ付け加えるなら、何かと話題のクラスメイト、誰にでも明るく笑うセーラの後ろ姿を見ている事が多かった様な印象だった。



「ちょっと待ってください。これは過去の映像なのでしょう? 何故、ゼロス殿下はいないの? わたくし達や、リーベイなどはセーラを囲んでいるというのに」



 カミラの視線の先には、華やかな男性四人に囲まれるセーラ。

 それを遠目で睨む、ヴァネッサ達の姿があった。



「――――セーラなら解るでしょう。三人の他にもう一人、子犬みたいな金髪の男子生徒が」



「嘘っ! あれがゼロスなの!? アンタっ!? こんないたいけな子犬系美少年が、どうしてこんな筋肉系狼男になってるのよ!?」



「え、あれがゼロなのか!? そういえば、小さい頃の面影があるような…………」



「筋肉と背丈を無くしたら、こんな風になるだろうと、考えた事はありましたが――――本当に? わたくしにはこの光景が本物とは思えませんわ!」



 疑いの目を向けるヴァネッサに、カミラは憂いを帯びた目で言った。



「もう少ししたら、解るわ」



「…………そう、願ってますわ」



 カミラの眼に少し気圧されたヴァネッサは、口を噤む。

 そして、季節は春から夏、そして秋の始まりに移り変わり――――。



「この日は、私の“十六歳”の誕生日。毎年、屋敷でパーティを開いて祝ってくれていたわ」



 それは、貴族の一人娘の誕生パーティとしては、ささやかなモノだったが、それでも、カミラは幸せそうに見えた。



「俺がいるな。この記憶ではカミラと接点が無いように思えたが、…………父さんの繋がりだろうか」



 ユリウスの視線の先には、パーティで談笑する“ユリシーヌ”の姿があった。



「…………後で解った事だったけど、貴方はセーラの用事に陰から着いてきて、領内に来てたのよ。そして一行の代表として、挨拶に来た。――――ええ、偶然。偶然よね」



「カミラ…………?」



 少し震えたカミラの声に、ユリウスは戸惑う。

 何を聞けばいいのか、それすらが形にならないまま、その時が訪れた。



『て、敵襲ーーーーーーーーーー! 魔族が攻めてきたぞおおおおおおおおおおお!』



「あん!? オレの姿があるぞ! 知らない! オレはこの地を攻めた事は無いぞ!?」



「だからさ、これはアイツの“記憶”なんだから、アンタの行動が違っててもおかしくないのよフライ・ディア」



 驚くフライ・ディアに、セーラが諭すように肩を叩く。

 記憶の中の誕生パーティは、阿鼻叫喚といった光景だった。

 多く魔族の奇襲に、逃げる者も、立ち向かう者も容赦なく殺されていき。

 数分も経たずに、戦っているのはクラウスとセシリー。

 そして、聖剣を握るユリシーヌのみ。



『お願いだっ! ユリシーヌ嬢! ここはいいから私たちの娘を! カミラを――――』



『わかりましたッ! 御武運をッ!』



 四、五人の魔族と対等に渡り合う夫妻の叫びに、漸く一人の魔族を切り捨てたユリシーヌが走り出す。



「これはね、本当にあった事よ。 ――――時間制御の“力”って便利よね。…………知りたくない事も、知れてしまう」



 カミラの言葉と共に、場面が切り替わる。

 そこには、庭園を逃げまどう“カミラ”の姿があった。



「危ないカミラ様! 後ろ! 後ろっ!」



「白熱している所悪いけれど、結末は決まっているのよアメリ」



 冷え冷えした声でカミラが水を差した矢先、映像に写るカミラの前に、フライ・ディアが月をバックに舞い降りる。



『だ、誰かっ!? お父様! お母様! 誰かっ!』



『キンキン五月蠅ェよ虫螻。お前も死んでおけ――――』



 恐怖で立ちすくむカミラに、フライ・ディアは躊躇無く鉤爪を振り下ろし、その胸を深く、大きく切り裂いた。

 バタリと倒れたカミラに目をやる事無く、次の獲物を求め、何処かに跳躍するフライ・ディア。

 そして、ユリウス――――ユリシーヌが現れた。



『カミラ様ッ! カミラ様ッ! しっかり、しっかりしてください――――畜生! もっと、もっと俺が強ければ――――』



『ユリ、シーヌさま…………?』



 力不足を叫ぶユリシーヌに、抱き抱えられたカミラの瞼が弱々しく開く。



『お、とう……さ……ごほっ、お、かあさ…………』



『まだ生きてるッ! 喋るな今助け――――』



『ぶ、じ………………――――――――』



『――――ッ! くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!』



 カミラの目から生命の光が消え、何かを掴もうと上げた手は、何も掴めずだらりと落ちる。




「そう、私は死んだ。そして――――」




 次の瞬間、カミラの世界はモノクロになり、その全ての動きが止まる。

 続いて、カミラを中心に大きな時計が現れ、その針を逆回転させてゆく。

 巻き戻り、巻き戻り、巻き戻り。

 少女は女の子に、そして赤子に――――。



「そして、もう一度始まる」



 その言葉通り映像は、始まった当初のベビーベッドのある室内に。

 だが、一つだけ異変が訪れた。

 最初は眠ったままの赤子カミラが、パチリと目を開け。



『おぎゃあああああああああああああああああああ』

『(転生してるううううううううううううううう!?)』



 と、二つの声を発したのだった。





 赤子の声と、その心の声が聞こえてくる事態に、カミラ以外がざわめいた。



「成る程、カミラの体験したタイムリープ現象はこういうモノだったか」



「っていうかアンタ、反応が転生モノそのままじゃない。…………あ、そっか。今、前世に覚醒したのか」



「何か、いっきに今のカミラ様に近づきましたねぇ…………」



「か、カミラ!? これはいったいどういう事なのだ!?」



 腑に落ちた顔の三人と対象に、困惑極まった顔で父クラウスが大声を出した。

 残りの皆も、首を縦に振っている。



「私はね。この瞬間から十六の誕生日を――――何度も、繰り返していたのよ」



「何度もッ!? ――いや、そうなのだろう。だが、繰り返して“いた”とは? 今は違うのか?」



 焦燥を浮かべ、不安を隠さずに問いかけるユリウスに、カミラは静かな眼で答えた。



「ええ、私は繰り返しから抜け出したわ。ただ、今見ている場面から、ずっと後の事だけど」



 映像では、セシリーに抱かれあやされるカミラが、何かに気づいたように、ああっ! と心の叫び声をあげていた。



『ばぶばぶばう~~』

『(ちょっ! これって、「聖女の為に鐘は鳴る」に転生したんじゃないっ!? ひゃっほぅ! 死ぬ直前まで人生捧げてたかいあったわ!)』



「…………これは酷い。というか初期のアンタは、アタシの事、責められないんじゃない?」



「…………この頃は、私も未熟だったのよ」



 恥ずかしい過去を、文字通り恥じいる様に、カミラは映像を早回し。

 急速に成長していくカミラだったが、赤子の頃から人格が形成されている以外、前回とほぼ同じ道筋であった。



「同じなら、飛ばすべきか――――いや、それよりだ」



 堅い声で、ガルドがカミラを見つめた。

 その顔には、敵意にも似た怒りがこもっており、セーラとカミラ以外は戸惑っている。



「ええ、当然の疑問ね。聞きましょう」



「では一つ――――『聖女の為に鐘は鳴る』とは何だ?」



「ああ、確かにそんな奇妙な単語を言っていたな。何か、重要な意味があるのかカミラ嬢?」



 カミラは口を開こうとして躊躇い、映像を等倍再生にする事で、疑問に答えた。

 映像では十歳程のカミラが、自室にて何かを書き記している。



『私の名前はカミラ・セレンディア。えーと、それから書くべきは…………そうそう、ゲームの事を忘れないようにっと』



『ゲームという概念の説明は必要かな? やっぱりっていうか、こっちの世界には乙女ゲー無いし。まぁ、必要になったら、前世で今の世界の、セーラを主人公とした物語を読んだ。という事にしましょう』



『いくら今が現実とはいえ、貴方達は、前世で虚構の存在だったの、とは言えないしね――――』



「この時の私は、こういう認識だったわ。――――本当は、半分正しくて、半分間違っていたのだけれど。ええ、“虚しい悪意”だったわ」



 要領を得ない、今のカミラの説明は兎も角。

 子供カミラのモノローグに、セーラ以外が動揺する。



「つまり、カミラは、…………どこか違う世界の物語の人物に、生まれ変わった。そう思ったのか?」



「理解が早くて助かるわユリウス。最初に死ぬ前の私は違うけれど、この二周目から、私は前世を思い出した。――――そして、気づいたの」



『というかさぁ、何でカミラなんかに生まれ変わった訳よ! 脇役にも程があるじゃないっ! いや、待って、もしかしてこれは――――原作キャラと仲良くなるフラグ! 二次創作や乙女ゲーネタのラノベでよくあるパターンでは!?』



「うう…………、カミラの思考がアタシと同じで辛い…………、あー、何という黒歴史。よく見せる気になったわねアンタ」



「わかってくれるセーラ! でも思うわよね! 私だけじゃないわよねっ!」



 皆の呆れた視線の中、がっちりと固い握手を交わすカミラとセーラ。

 一方で、映像では子供カミラが更に続ける。



『何で、カミラとして一度死んだ記憶があるのか解らないけど、これってやっぱり。十六歳の誕生日が生存出来るタイムリミットって事なのかな? ――――どのルートでも魔族の最初の襲撃で死ぬ上に、ゲーム中で名前さえ出ないキャラとか…………詰んでない?』



『セーラの親友役、アメリの立ち位置奪って生存戦略するのがいいのか、それとも物理防御力凄そうな、ウィルソンを原作知識で籠絡でも…………うーん。ゼロス王子に取り入った方が早いのかしら?』



「節操ないですよカミラ様!? というか、ユリウス様は? ユリウス様の存在は知っていたんですよねカミラ様」



 今のカミラを知る者にとって、当然の疑問。

 ユリウスの名前すら上げないカミラの姿に、皆、恐ろしいモノを見たような視線をカミラに投げる。



「…………いえ、確かに、前世からの一押しだったわよ? でも考えてもみなさい、ユリウスの難易度と、この時の私の状況を」



 言い訳がましいカミラを肯定するように、子供カミラが続きを入れる。



『ユリウス…………は、この際、近寄らない方がいいかな? 確かに聖剣と未覚醒とはいえ勇者の力は強力だわ。最萌えキャラだし、後ろ髪を引かれる。けど、ユリウスの役目はセーラの警護と、邪魔者の暗殺。少しでも変な所を見せたら殺されかねないし、残念だけど、諦めますか。』



『ま、いくら現実になったとはいえ、ゲームの印象を押しつけちゃダメでしょ』



「と、こういう訳よ」



 変なところで常識的であるというか、やっぱりユリウスに拘らないカミラに違和感があるのか。

 何ともいえない空気の中、映像は続く。



 順当に成長するカミラが早回しで映し出され、再び、入学式に。



『(…………これがシナリオの強制力なの? 入学式に到るまで、ゼロスはおろか、攻略対象の一人も、悪役令嬢ヴァネッサの取り巻き三人にすら会えなかったんだけど?)』



 入学式で、在校生代表として挨拶するゼロスの姿を眺めながら、カミラはボヤいた。



「え、何? アンタ、攻略対象への接触制限でもあったの?」



「――――私はあくまでモブキャラ、脇役だった。そういう事よ」



 物語に関われない状態で、よく現在の状況まで持って行ったわね、という言葉をセーラは飲み込んだ。

 それはきっと、軽々しく言ってはならないモノだったからだ。



 映像の中のカミラは、ウィルソンをターゲットに定めて行動していた。

 時に、婚約者のグヴィーネに阻まれ。

 時に、セーラに機会を持って行かれ。

 どうにかこうにか、ウィルソンにとって、性別を越えた親友の関係になっていた。



「――――でも、ダメだったわ」



 十六歳の誕生日を前に、領地ではなく、王都の別邸でパーティを計画し。

 ウィルソンの伝手で、騎士団をそれとなく配置させる事に成功させ。

 駄目押しに、聖女として覚醒途中のセーラと、恋人一歩手前のゼロス。

 そして連鎖的に、ユリシーヌやヴァネッサ達の姿も。



『――――お父様と、お母様には悪いけれど、少なくともこれで私の生存は計れる筈。嗚呼、でも、これで本当によかったのかしら?』



 誕生日を祝われ笑顔の下で、悩むカミラ。

 宴はつつがなく進行し、そして終わる直前、再び惨劇は訪れた。

 ――――そう、魔族の襲撃である。



『我が友カミラよっ! グヴィーネを連れて逃げてくれっ! ここは我らが足止めするっ! うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』



 前回を彷彿させる。

 というより、登場人物と場所が違うだけで、まったく同じ状況に、カミラの顔は真っ青になった。



『畜生! 何で――――わかったわ! 生きて戻ってウィルソン! いくわよグヴィーネ様っ!』



 カミラは側にいたグヴィーネの手を引き、屋敷から脱出をもくろむ。

 だが、逃げまどう人波に揉まれ、グヴィーネと一端離ればなれに。

 そして、焦りにより永遠に感じた数分後、フライ・ディアに追いつめられたグヴィーネを発見した。



『(私が馬鹿だった! シナリオの強制力も考えずにこんな、こんな――――)』



 そして、グヴィーネとフライ・ディアの間に割って入り――――そして。



『か、カミラ様! カミラ様ああああああああああああああああああああ!』



『へっ、糞虫にしては麗しい友情ってヤツか? 反吐がでるな』



 振り下ろされた鉤爪によって、カミラの背中は大きく裂ける。

 誰が見ても致命傷だ、助からない。



 グヴィーネが半狂乱になる中、駆けつけたウィルソンとユリシーヌによって撃退。

 それを、カミラは朦朧とした意識の中で見ていた。



『(嗚呼、嗚呼。死ぬの私、死んだらまた、繰り返すの? 私は、私はどうなるの!?)』



 急激に迫る死に怯えるカミラ。

 だが、抱き上げらたユリシーヌの体温すら感じられない。



『だめ、聞こ、え、な……。わた――――』



 悔しそうに顔を歪めるユリウスの腕の中で、カミラは死んだ。

 そして。

 そしてまた、時は巻き戻る。



『おぎゃあああああああああああ』

『ま、また始めからなの!? もう一度、繰り返せって言うのっ!?』



「――――これが、本当の始まり」



 映像の中のカミラは、また赤子からやり直す。

 その姿に、誰もが絶句した。



「…………これが、これがまだ始まりだって言うのかカミラッ!?」



「ええ、そうね、次からもかなり重複するから、多少飛ばすけれど、まだまだ――――」



「――――違うッ! 違うッ! 違う…………」



 平然とした顔のカミラを、ユリウスは抱きしめた。

 これが、こんなモノがカミラの過去なのか。

 悲劇しかないこの過去が、まだ続くのか。



「お前は、どれだけの――――」



「…………少し、痛いわユリウス」



 強く、強くカミラを抱きしめるユリウスに、カミラはか細い声で抗議した。

 しかし、誰も止める者はおらず。

 ただ、重苦しい空気だけが流れる。



「さ、次の変化があるまでとっとと進めましょうカミラ。アンタの過去はまだまだこれからんでしょう?」



 不自然な程、軽く出されたセーラの言葉に、アメリも唇を噛んで同意した。



「…………ええ、見せてくださいカミラ様。わたしは、カミラ様の事が知りたいです」



「ありがとう、アメリ、セーラ、――――じゃあ、続けるわ」



 カミラはユリウスを弱々しく引き剥がし、その手を堅く握りしめながら、映像の時間を進めた。



「自分だけが死を繰り返す理不尽を、架空であった筈の世界に生まれ変わった事を、私は知った。そしてまだ、諦めていなかった」



 再び、カミラの成長が繰り返される。

 今までと違う点は、その鬼気迫る表情だ。



『(ようやっと、入学式ね。…………ええ、今度こそ私は生き残る)』



 今回のカミラは、合法ショタキャラのリーベイに近づこうとしていた。

 彼は、攻略対象の中で随一の頭脳キャラ。

 その知恵をもって、生き残るという算段だった。



『――――はっ!? またリーベイを見失った! い、いやまだよ。婚約者でストーカーのエリカの後について行って、先回りすれば必ず会えるはず』



 カミラはリーベイの影の薄さに悩まされながらも、徐々に距離を縮めていく。



『ゲームの描写が正しければ、リーベイは温もりと理解者に飢えている筈。そこを上手くつくのよ私…………』



 本来ならば、弱みにつけ込む卑怯な行為だと、罵られただろう。

 セーラがやってきた事と、何一つ変わらないと、軽蔑の眼差しがあったかもしれない。

 だが、誰一人として口を開かず、沈痛な面もちで記憶映像を見つめていた。



 結論から言おう――――失敗した。

 リーベイと親友になり、前世を信じてもらい。

 誕生パーティには身代わりを、カミラ自身はセーラと共に厳重な警備の中、遠方の地へ避難。

 だが世界のシナリオは、カミラの生存を許さなかった。

 決して、許しはしなかった。



『しっかりッ! しっかりしてカミラ様ッ! 生きてリーベイ様の所に戻るのでしょう! カミラ様ッ!』



 避難の最中、大雨による崖崩れに巻き込まれ。

 馬車から一人投げ出され生き埋めに。

 息絶える寸前、ユリシーヌに助け出されるも死亡。

 ――――そして、時はまた巻き戻る。



 次は陰気なヤンデレ、エミールだった。

 彼の気を引き、土下座して頼み込み、彼の実家の隠し部屋に数ヶ月も監禁してもらった。

 だが、駄目だった。



 婚約者であるフランチェスカが、嫉妬により屋敷を放火。

 全身に重度の火傷を負いながら、ユリシーヌに助け出されるも、やはり死亡。

 時はまた、巻き戻る。



『いやぁ…………いやよ、いやっ! もう、もう死にたくないっ!』



 弱々しく、悲痛な叫びだった。

 ヴァネッサが思わず目を反らし、耳を塞ぐ。

 ゼロスが彼女を抱きしめながら、悔しそうにカミラに問いかけた。



「カミラ嬢…………いったい、何度繰り返したのだ?」



「さぁ? 百を越えたあたりから、数えるのを止めてしまったから。でも安心して、ある程度はダイジェストでお送りするわ」



「そういう事ではないっ!」



 ゼロスの、全員の苛立ちの意味に気づかないフリをしながら、カミラは時を進める。



『まだ、まだよ。まだ時間はあるの。だから冷静になって死亡条件を整理しましょう』



 再び、十まで成長したカミラは、青い顔でノートを開く。



『条件その一、十六歳の誕生日に必ず死ぬ。



 条件その二、死亡原因は魔族だけじゃない。



 条件その三、遠くに逃げても、前もって姿を隠しても必ず死亡する。



 …………どうしろって、言うのよ』



 カミラは半狂乱になりながら、屋敷の図書室に入り浸っって知識を蓄えた。

 少しでも生き残る為に、体力作りを始めた。

 無駄だと知って、魔法の練習もした。



 そしてまた、入学式の日が訪れる。

 カミラの瞳にはまだ、生存への光があった。



『(――――セーラ。彼女を早く聖女に覚醒させれば、そして側にいれば、何とかなるわ。幸か不幸か、入学式の今日から、皆に介入出来る。…………今度こそ、私は生き残る)』



 この時より、カミラは“仮面”を被るようになった。

 勉強が出来、人当たりがいい、そして面倒見も良い優等生を演じる様になった。

 全ては――――アメリのポジションを奪う為だ。



『(アメリには悪いけれど、セーラの親友の座は私が貰う。でも、彼女の情報網は優秀よ、何とかして飼い慣らさなければ)』



 そうしてカミラは、セーラの親友という立ち位置に収まった。

 不満な点と言えば、アメリを排除することが出来ずに、仲良し三人組という形になってしまった事だ。

 だが、そういった“悪意”は直ぐに消えた。



『不思議ねセーラ。貴女といると、何故だか心が安らぐの』



『あ、カミラもそう思います! わたしもですよ。セーラの側にいると、安心できるというか、それでいて、力になろうって勇気が沸いてくるような感じで』



『もー、二人ともアタシの事、誉めすぎよ。調子のっちゃうじゃない』



 暖かな昼下がり、三人で仲良く昼食。

 繰り返しが始まって以来、カミラに訪れた初めて心許せる瞬間。



『ねぇセーラ。もし私が、十六歳の誕生日で死んでしまうと言ったら――――信じてくれる?』



『ええ、勿論。アタシがアンタの事を助けてあげるわ!』



『おっと、わたしも力になりますよカミラ。情報収集は任せてください』



『――――二人とも…………ありがとう』



 信頼できる友達、聖女として覚醒を早めていくセーラ。

 全ては上手くいくと思えた。

 ――――でも、時は巻き戻った。

 ユリシーヌの悲しそうな顔を前に、カミラは再び赤子へ。



『何が、何が足りなかったというのよっ!』



 カミラは繰り返した。

 同じように行動して、同じように言葉をだして。

 それだけではない。

 至難を極めたが、全ての攻略対象者の協力を取り付けて、十六歳の日に望む。

 だが。



『私は、私は諦めない――――』



 二度、三度、四度。

 カミラの行動は最適化されていく。

 息を吸うように皆と仲良くなり、攻略対象の婚約者とも親交を深め。



『駄目、駄目、駄目よ。時間が足りない、どうすればいい? ――――そうね、こうなったら“死”を前提に、セーラの覚醒だけを試してみましょう』



 そうしてカミラは繰り返す。

 限りある、限りない時間を使って、聖女の装備を探し手に入れて。

 時には魔族に接触し、セーラを襲わせて、鍛え上げ。



『セーラ、セーラ、セーラ、セーラ…………嗚呼、貴女こそ私の希望、私の全て』



 カミラはセーラに入れ込んでいった。

 親友から、疑似的な姉妹へ、偽りの家族へ。

 繰り返す度に理解を深め、とうとう恋人にまでなった。



『愛しているわセーラ』



『アタシもよ、カミラ…………』



 映像には、ベッドの上で二人。

 生まれたままの姿で抱き合う姿が。



「ちょ、ちょっとカミラ!? アンタ何してるのよ!?」



「前に言わなかった? 私に性行のイロハを教えたのは貴女だって?」



「――――マジ?」



「ええ、マジよ」



 恋人であるユリウスでさえ、何を言えばいいのか判らない空気になったが、それはそれ。

 カミラの繰り返しは続き。

 ――――最悪の真相が明かされる。



『せー…………ら、ぶ、じな――――』



 幾度の先に、カミラはまた死に瀕していた。

 今回も、フライ・ディアの襲撃。

 もはや目に写すモノなく、倒れ伏すカミラの耳にセーラとフライ・ディアの声が響く。



『しかしよう、聖女の嬢ちゃんや。コイツはオマエを、オマエはコイツを愛していたんじゃないのか? 何でまた、殺すように頼んだんだ?』



『何でって、愚問ね。愛してるからこそ、効率的にアタシの利益になってもらわなきゃ。どうせ死ぬ運命で変えられないのなら、ゼロス達を侍らす切っ掛けくらいにはなって貰わなきゃ損よ』



『はんっ! これだから人間は屑なんだ。オレはもう行くぞ、例の勇者候補が近づいてくる』



『ええ、とっとと行ってよ。これからアタシは、親友を失った悲劇のヒロインになるんだから』



『あいよ』



『(そんな、セーラ? セーラ? お願い、嘘だと言って、嘘って言ってよ…………)』 



 指一本動かせず、ただただ真実に動揺するカミラに、セーラは言い放つ。



『もう聞こえてないでしょうけどね、ホントはアンタの事、邪魔だったのよ。――――転生者は二人も要らないわ。だって、アタシがヒロインなんだから』



『(セーラが転生者――――!?)』



 カミラがその意味を深く考える間もなく、ユリシーヌが駆けつけて、そして。

 幾度と無く繰り返された、巻き戻しが始まった。



『(ユリシーヌ様、ユリシーヌ様、彼女に、セーラに、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、私は、私は――――)』



 いつも最後に来てくれるユリシーヌの姿に、少しの安堵を感じながら。

 カミラは赤子に戻った。





「………………え、マジ? マジなのこれ? え、ええ~~…………」



 無かったことになった過去で自分のしでかした事に、セーラは頭を抱えて座り込んだ。

 カミラは終わった事柄だと涼しい顔だが、他の者の目は厳しい。



「ああ、だから学園祭のトーナメントで、お前はセーラの事を予想出来たのだな。前例があったから」



「今の様に現実の自覚をしていないセーラなら、遣りかねないと思ったからよ。利用できるかもと考えていたのもあるけどね」



「というかカミラ、そなたはセーラを側に置いて平気なのか?」



 皆の疑問を代表するようにガルドが質問する。



「ええ、今のセーラは“世界樹”の思考制御を離れているもの。なんだかんだで普通の女の子なのだし、ええ、仮にも体の隅々まで知ってしまった仲だしね。気にしないわ」



「恋人として、どう受け止めていいか解らないぞカミラ…………」



「っていうか、さらりと思考制御受けてたとか、怖い事言わないでよカミラ!?」



「その辺りの話も、後で解るわ。さ、次を見ましょう」



 飄々としたカミラの態度に、一同もカミラがいいのならと、諦めて映像に視線を戻す。

 そこでは、顔から表情が抜け落ちた幼子の姿があった。



『(何故、何故なのよセーラ。セーラ、セーラぁ…………)』



 その周では、常に能面のようなカミラは、無気力な態度もあって、両親からですら厭われつつある存在となっていた。

 カミラはいつも一人で自室に籠もり、食事すら一人。

 ベッドの上から動かない、生きる屍である。



『セーラ、セーラ、セーラ………………』



 幼子から少女へ、とうとう入学式の日になってもカミラは自室から出なかった。

 ひたすらにセーラの名前を呟き、誕生日に到る。



『何故、何故――――』



 そして、時は再び巻き戻る。

 二周、三周、四周、生まれては自室に居続け、何故かユリシーヌに看取られる事を繰り返し。

 五周目で、漸く変化が訪れた。



『会わなくちゃ…………』



 まるで幽鬼の様に青白い顔で、入学式に出席したカミラはセーラを見つめる。



『(嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、…………何故、目が離せないの? 何で、一目見ただけで――――)』



 入学式が終わり、カミラはふらふらとセーラに近づく。

 そして、有無を言わさずその手を掴むと、人気のない東屋まで引っ張っていく。



『ちょっと! ねぇ! ちょっと! ねぇったら! アンタいったい何なのよ』



『…………ぁ、あ、う…………セーラ…………』



 目が離せなかった。

 煌めく赤い髪に、宝石のような緑の瞳。

 肌は白く、しかして健康的で。

 苛立ちの表情でさえも、芸術品に等しい美しさだった。



『ごめ…………ぁ、う、せ、せー…………』



 久しく誰とも話していなかったからか、カミラの声帯はまともに機能しなかった。

 伝えたい言葉。

 伝えたい思い。

 届けることが出来ず、それ故に脳裏に迸る。



『(セーラ。いつも明るく元気で優しい――――でも、私を裏切った。そして、私と同じ転生者)』



 彼女も同じく、繰り返しているのだろうか。

 いいや、そうではない。

 でなければ、カミラと同じく絶望の光が何処かにある筈だ。



『(綺麗、私を不振な目で見るその姿も、同じ女の子なのに)』



 そうだ、同じ女性なのに、だ。

 何故今まで、疑問に思わなかったのだろうか。

 いくら優しいからといって、美しいからといって。

 たとえ、どれだけ仲を深めようとも、カミラは前世を含めてレズビアンの気があった訳では無いのに。



『――――ぁ』



『まったくもう、何だって言うのよいきなり』



 カミラはセーラの柔らかい手を思わず離す。

 セーラは狂人を見る目で、カミラから距離を取った。



『(違う、違う、違う、違う。思い出したっ! セーラはゲームでは聖女として“魅了”の力を持っていたっ! そしてそれは制御できていないっ! だからユリシーヌが側についていたのに――――)』



 何故、気づかなかったのだろう。

 何故、気づいてしまったのだろう。

 カミラの心に、怒りと悲しみが広がる。



『(気づかなければ、偽りの温もりに抱かれ、精神が死ぬまで楽にいられたのに――――嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼嗚呼、嗚呼嗚呼嗚呼っ!)』



 気づいてしまったなら、それを見て見ぬフリが出来ない。

 偽りの感情を抱いた自分に。

 その弱さに。

 彼女の性質、素性を見抜けなかった事に。

 カミラは激しい怒りを覚えた。



『――――ああああああああああああああああああああっ!』



『ちょっ!? このっ! いきなり――――ぁ、かはっ!』



 カミラは衝動的に、セーラの首を絞めた。

 両手いっぱいに全力を込めて。

 セーラに殴られ、蹴られようとも、その手を離さなかった。



『おいっ! 止めるんだ君っ! その手を離すんだ! 誰かっ! 誰か手伝ってくれ――――』



 その時、セーラを救ったのは二つの要因だった。

 一つは、ユリシーヌが影から見守り、救いの手を誘導した事。

 一つは、長い無気力生活で、カミラの筋力が非常に衰えていた事。



『(殺す、殺す、殺す、殺すっ! お前なんか――――)』



 カミラは複数人に取り押さえられてなお、暴れに暴れ、最終的に投獄された。

 その時のカミラは、死ぬまで釈放されず、その憎悪に身を焦がしながら死ぬ日を迎えた。



「思えば、これが最初の一歩だったのかも知れないわ」



「何の一歩よアンタ。前々から思ってたけど、結構直情的な性格してるわよね」



「ああ、わかりますわかります。カミラ様はこの頃から、その辺は変わらないんですね」



 現実のコメントはさておき、誕生日の日に死刑を迎えるカミラ。

 その周囲には、何故か見に来たセーラ一行と、両親の姿があった。

 ギロチンを受けるため、断頭台に上る最中、カミラはただ無言で視線をさまよわせる。



『(ふふっ、この時ばかりは感謝しましょう。いくら処刑されても、また私は巻き戻る。――――状況も同じく)』



 それは、絶望に染まった言葉だった。



『ああ、でも、何故。貴方はまたそこに居るのかしら? ふふっ、あははははははっ、ああ、何故かしら、何故かしら、あははははははっ!』



 気の触れた様に笑うカミラに、セーラ達は気味の悪い者を見る目で。

 両親は、悲しそうな顔で。



『ええ、もうどうでもいいわ。いつか対策が出来たのなら、またお会いしましょうセーラ。そして、その前に――――』



 カミラはぶつぶつと呟きながら、断頭台に頭を乗せた。



『ユリシーヌ様――――いえ、ユリウス。ええ、不思議な人ね、貴方って』



 そして、それが最後の言葉だった。

 ギロチンは首に落とされ、カミラの首が落ちて転がり。

 ――――世界は巻き戻る。



「この時きっと、セーラへの復讐心は消えたのだわ」



「真逆、真逆…………いや、真逆…………」



 惨劇にケロリとしているカミラの横で、ユリウスは青い顔で震える。



「ああー…………、そうか、これが“始まり”なんですねぇ…………」



「恋の始まりにしては、物騒よね…………ご愁傷様ユリウス」



「すまない。ウチの娘が、本当にすまない…………」



「カミラちゃんを見捨てないでくださいましねっ!」



「どんまい」

「多分、これからだぞ気合いを入れろ」

「お幸せにねユリウス」



「ちょっとは否定しろよ皆ッ! そうとは決まってないだろうッ!?」



 不安そうに叫ぶユリウスに、集まる同情。

 そしてカミラも追い打ちをかける。



「…………先に謝罪しておくわ。ごめんなさいユリウス。でも、もう逃がさないから。全部見てね」



「謝るな馬鹿女ああああああああああああああッ!」



 だが非情にも、映像は続く。

 赤子に戻ったカミラは開口一番、目標を定めた。



『おぎゃー』

『(最初は、ユリウスが私の死に際に来るのは何故か、から始めましょう)』



 そう決意したカミラの繰り返しが、再び始まる。

 優等生として、淑女として名高いユリシーヌの側に居る為に、勉学に励み、出来うる限りの美貌に近づく努力に邁進する。



「なるほど、今のカミラ様に近づいて来ましたね」



「好きな人の隣に立つ努力…………カミラ様のお力はこうして磨かれてきたのですね」



「この段階では、まだ恋まで行ってなかったけどね」



 アメリとヴァネッサを筆頭に、感心のため息が女性陣から聞こえた。

 ユリウスとしては、喜んでいいのか解らない。

 映像の中では、それなりに綺麗に成長したカミラが入学式の日を迎えていた。



『(ゼロス殿下達と同い年とはいえ、セーラに合わせてユリシーヌ様は今日が入学。――――いい機会だわ。是非。新入生のよしみを理由に近づきましょう)』



 カミラはこれまで以上に、精力的に動いていた。

 アメリやセーラ、他の人物など目もくれずにひたすらユリシーヌを追い続ける。

 ――――ただし、後ろからだったが。



『…………ふむふむ。ユリシーヌ様はカイスの実が好き、と。これなら私も作れるわね。材料をどうするかは今後の課題で』



 時に、東屋の植え込みの影に隠れながら。



『…………なる程。ユリシーヌ様とヴァネッサ様、そしてゼロス殿下は、ゲームでは語られない以上に仲が良い、と。ヴァネッサ様の情報も後で集めてみましょうか』



 時に、寄宿舎の窓の外にへばりつきながら。



『なるほど、なるほどぉ! ユリシーヌ様は聖剣を使いこなせていな――――――――がはっ!?』



『こんな所まで着いてきて、勝手にしななで頂けますカミラ様!?』



 時に、十六歳の誕生日。

 恒例となった魔族の襲撃の最中で。

 勿論、時は繰り返す。



『ばぶぅ』

『(よし! 次は堂々と隣に立って観察しましょう! 折角だから、ユリシーヌ様の好みも――――そういえば、ユリシーヌ様の異性の好みって何かしら?)』



 前回よりも美しさ、知識の深さ。

 そしてストーカーに必要な体力、体術、話術、観察眼、視線誘導の技術、隠蔽工作を行うノウハウ。

 死に戻る度に、カミラの実力は増していった。



『はじめまして、ごきげんようユリシーヌ様。お隣に座っても?』



『はじめましてカミラ様。お噂はかねがね。ええ、どうぞお座りになさって』



 今のカミラの美貌に届かずも、かなりの美人に成長したカミラは、貴族の中でも評判の令嬢になっていた。



「これがカミラ様の執念…………! 愛する人に尽くすというのは、こういう事を言うのですね!」



「ヴァネッサ!? これは間違った例だからな! 見習わないでくれよ!?」



「んで、ユリウス様。ご感想は?」



「…………この馬鹿女に勝てない訳だ」



 ヴァネッサの深刻な汚染疑惑に、慌てるゼロス王子。

 呆れるアメリとユリウスを余所に、カミラの熱烈ストーカーは続く。

 二度や三度どころでは無い。

 それこそ、十周以上だ。



『ねぇユリシーヌ様! 今度、お泊まり会しませんか? ヴァネッサ様達と一緒に!』



『お、お泊まッ――――! ごほん。いえ、ごめんなさい。き、機会があればね…………?』



『ええ、約束ですよ』

『(ユリシーヌ様の困った顔! 可愛いいいいいいいいいいいいいいいいいいっ! ひゃっほおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!)』



 こうして、カミラは前向きになった。

 まるで――否、明らかに依存しながらも、繰り返しの“生”を前向きに。



『カミラ様ッ! カミラ様ッ! しっかりしてッ! 傷は浅い――――』



『――――嗚呼、ごめんなさいユリシーヌ様。ええ、そうね。私、きっと、貴男の事が…………』



 ストーカーを始め、数え切れない周回かの終わりに、カミラは自覚した。

 始めは、前世でお気に入りのキャラだから、と否定して。

 けれど、繰り返す日々の中。

 少しずつ、少しずつ胸を占めるこの気持ちは、嘘ではないと。

 もはや、何故ユリウスが死に目に側に居るのか、どうでもよくなっていた。



『ね、…………ユリシ、ーヌ…………』



『喋らないでカミラ様! もうすぐ助けが――――』



 ユリシーヌの涙を、血に塗れた手で拭うカミラ。

 その行為に、いっそう悲痛な表情をユリシーヌは浮かべた。



『次…………か……、貴男の、た、めに、いき…………ゆり、うす――――』



『カミラ様ああああああああああああああああああああああああああああああああ!』



 ユリシーヌの慟哭を“無かったこと”にして、カミラと世界は巻き戻る。

 そうして、カミラの“在り方”は。



「私の“在り方”の半分は、この時に」



「半分? まだあるのかお前は…………」



 疲れた様なユリウスの言葉に、カミラは淡く微笑んだ。

 その儚げ笑みにユリウスは、得も言われぬ不安を感じたのだった。



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