大丈夫だよねぇ

紀之介

ずっと手を繋げなかった。

「─ どうやって手を繋ごうか」


 衣替えの手を、私は止めた。


「もう、大丈夫だよねぇ」


 じっと手の平を見る。


 直衛とデートをする様になったのは、夏の初め頃。


 暑さと緊張と、手汗をかいているのを知られるのが恥ずかしくて、ずっと手を繋げなかった。


 本当は、物凄く繋ぎたかったのに。


 でも、付き合い始めて もう半年なので、さすがに緊張はしなくなった。


 季節は秋だから、手汗をかく程、暑くもない。


 だから 今だ。


 冬になる前に繋がないと。


 手袋をして繋いでも ちっとも嬉しくないし、寒いからとポケットに手を突っ込まれたら、そもそも繋げない。


「善は急げ だよね!」


 何とかして、次のデートで、手を繋がないと。


 そのためには、どうしたら良いか。


 部屋中に広げた服もそのままに、私は考え始めた。。。


----------


 いつもの公園のいつものコース。


 私は突然、立ち止まった。


 横を歩いていた直衛が、気が付いて足を停める。


「─ どうかした?」


「あそこの高台の展望台までの階段の数…」


「は?!」


「私は、奇数だと思うの」


「…いきなり、何?」


「と言う事で、勝負ね」


「話が…見えないんだけど」


「奇数なら私の勝ちで、直衛は罰ゲーム」


「だから、何で…」


「じゃあ早速、確かめてみよう!」


「いや…ちょっと待ってくれるかな。。。」


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「59、60ー」


 若干 息を荒くした私は、最後の踊り場に足を掛かる。


 高台までの階段には、15段ごとに4つの踊り場がある。


 最後の踊り場から15段上がると、そこは展望台。


 15×5で、段は全部で75。


 タバコ屋のおばちゃんは、そう教えてくれた。


 つまり、あと15段登れば 勝利の天秤は私に傾くのだ。


 もう少しで、「手を繋いで!」と命令出来る。


 渋々後ろから登ってくる直衛に、私は笑顔で振り向いた。


「階段の数が奇数だったら、罰ゲームだからね♡」


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「74、75…」


 足が止まった私に、後ろから直衛が追いつく。


「もう1段、あるけど」


「うー」


「75までしか、数えられないのかな?」


「うーー」


「人をペテンに仕掛けるなら、準備は周到にしないとだね」


「うーーー」


 私を追い越した直衛の足が、最後の段を踏みしめる。


「76。」


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「じゃあ、罰ゲームは…」


 展望台のベンチ。


 唇を尖らして座っている私の耳元に、直衛は囁いた。


「─ デート中 麗子には、僕と手を繋いで もらおうかな」


「え…?!」


 目の前に差し出される直衛の手。


 私は、思わず緩みそうになる顔を引き締めた。


「ま、負けたんだから…言う通りにしてあげるわよ。」

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大丈夫だよねぇ 紀之介 @otnknsk

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