第357話 白毛
ラキット族の隠れ場所を探して、滅んだ里にたどり着いた。
ドンが反応するので気配探知を走らせると、上空から近づく気配があった。
急ぎ里の中心、広場に展開して迎え撃つ準備をする。
身長は人間より少し大きいくらいで、大きな黒い翼をはばたかせている。
近づいてくると、その頭部も薄らと見えるようになるが……顔というか、顔があるはずの場所には太くて短い触手のようなものが複数生えている。
「あれは『脳吸い』の翼が生えたやつですぞっ! 噛みつかれるとカラカラにされてしまう故、油断厳禁にござる!」
アカイトはシャオに乗って低空を飛びながら、そう警告する。
骨だけになっていなかった死体がカラカラのミイラ状態なのは、こいつのせいか?
「脳吸いなら、魔法の類は使わないはずです。あの触手と爪に注意してください」
サーシャが補足してくれる。
サーシャが詳しいということは、霧降りの里で貰った魔物図鑑にでも情報が載っていたか。
「上空から来ると、後ろを守りづらいな。サーシャ、アカーネは屋根のある場所から援護しろ。ルキは護衛。キスティは付いてこい」
「おおっ! デカブツ相手には不完全燃焼だったところだ!」
「ああ、俺とキスティで暴れ回るぞ。油断するなよ」
「合点」
サーシャ達はすぐ近くの館に入り、簡単なバリケードを作る。崩れた場所から外を狙うようだ。
上空から近づいて来る敵の数は20を超えるくらい。急いで数を減らさないと、周りの警戒も難しいな。
「アカイト、周辺に別の魔物が来てないかシャオと警戒してくれ。無理に戦うなよ」
「承った!」
「んみゃ」
アカイトは興奮して、馬にやるようにシャオの腹を蹴り、シャオは迷惑そうに鳴いた。
脳吸い達は一気に降りてくることはなく、直上まで来るとぐるぐると回転するように飛び始めた。
そして少しずつ高度を下げている。
サーシャとアカーネは館の中から上を狙っており、弓と魔投棒を構えて攻撃を開始した。
当たっているようだが、すぐには落ちず、何度も攻撃を浴びせているうちに何体かが高度を落とす。
ボタッ
俺の目の前にも一体、人間大の物が落ちる。
ハゲワシの頭が触手になっているような見た目。
説明するとしたらそう言うしかないが、頭の代わりに触手というのは違和感が並じゃない。
この辺の魔物は触手が好きなのか?
衣服だけを溶かす触手とかならまだ共存の道はあったかもしれないが、脳を吸うらしいからな。
触手の風上にも置けない奴だ。
まだウネウネと動いている触手を見て、キスティが胴体をハンマーで叩き潰した。
「よくやった。さて、そろそろ来そうだな」
いよいよ高度が下がり、キスティの投げ槍でも狙えそうな距離になったあたりで、敵は群れを散開させて辺りに広がった。
サーシャ達に向かった一体が、透明な壁に阻まれて跳ね返った後、炎上するのを傍目に。
俺とキスティの方にも4体が向かってくる。
ラーヴァボールで迎え撃つ。が、構わずに飛んでくる。効かないか!
「おらぁ!」
キスティが投げた槍に胸を貫かれて、一体が失速する。物理攻撃が有効か。
「出るぞ!」
剣を構えて、エア・プレッシャーで敵の方向の上空に自分を撃ち出し、間合いを詰める。
脳吸い達は予期していなかったのか、そのまま避けることもできずに俺と先頭の一体が衝突する……直前にエア・プレッシャー。
やや上空に自身を撃ち出し、無防備な脳吸いの背中を斬りつける。
1体、2体とすれ違いざまに斬りつけ、3体目は軌道を変えて上に行こうとしたところに、魔剣術を腹にぶち込む。
これは効いたようで、赤黒い体液が辺りに噴射される。
4体目は軌道を変える余裕があり、衝突しないコースに逃れている。更にそこから触手を真っ直ぐに伸ばしてくる。
創剣術で創った短剣でこれを弾く。
触手のくせに巻き付くんじゃなく、突きだと?
触手の風上にも……。
「うがああああ!」
キスティの雄叫びが俺の意識を引き戻す。
俺はそこから落下して離脱し、エア・プレッシャーで真上に軽く跳んで落下の衝突を和らげる。
その間にキスティが高度を下げた4体目に対してハンマーを振るい、吹き飛ばす。
並の魔物ならこれで終わりだが、こいつらはタフなようだ。
それぞれ地に落ちてからも動こうとするので、順番にトドメを刺していく。
しかし間に合わず、一体が触手で攻撃してくる。
頭を狙ったような触手を剣で弾く。同時に放たれた触手の1つが腹を打つ。軽い衝撃。
触手は先端が広がり、無数の牙が生えた口を広げて噛みつこうとしてくる。
「やれ!」
後ろからキスティが、襲ってきた脳吸いの動体にハンマーを上段からフルスイング。
噛みつこうとしていた触手は引っ張られるように俺から離れ、胴体は地面に叩きつけられ、体液をまき散らした。
「ぐがああああ!」
「後ろにハンマー振れ!」
キスティが追撃しようとしたところで、俺が指示を入れる。
後ろには、追加でこちらに向かってきた別個体。
キスティは身体を捻って後ろにハンマーを振って、触手を弾く。
俺は走り出しながら、身体強化。
足に強化を掛けつつ、ジャンプする。エア・プレッシャーによる撃ち出しほどではないが高く跳べる。そして、エア・プレッシャーよりは魔力が少なくて済む。
「おらっ!」
斬りつけながら空中ですれ違い、着地する。
態勢を崩した斬られた個体は、後ろでキスティのハンマーのサビになっている。
「これが効率良いかもな」
相手に攻撃させると、捌くのが大変そうだ。俺たちから攻めて、キスティのハンマーで潰していく。それが良い。
「ぐう、主」
「ああ」
しかし、その間にも敵は散開してこちらを囲っている。連携して全方位から攻撃されるとちょっとキツい。
サーシャたちやアカイトたちも気になるが、援護している余力がなさそうだ。
バチバチッ
「!」
どう立ち回ろうか一瞬思案した間に、俺たちを包囲していた脳吸いの一角が崩れる。
魔道具、だろうか。いくつか投げ込まれた物の間に電気が流れ、間にいた数体の脳吸い達が痺れ落ちたのだ。
崩れたのは、サーシャたちがいる方向とは真逆の、里の外側の方向にいた脳吸い。
思わずその方向に気配探知を複数走らせると、微かに何者かの気配。小さい。
「キスティ、来い。崩すぞ!」
敵が崩れたのと真逆、サーシャたちがいる方に駆け出す。
エア・プレッシャーで撃ち出し、その方向の敵を手当たり次第に斬る。
少し離れた位置の脳吸いから放たれる触手は、エア・プレッシャーで躱す。
放たれる間隔と速度のイメージは分かった。
魔力を惜しまないなら、躱せない攻撃ではない!
近くから触手を放とうとする脳吸いは矢で阻害され、衝撃波で吹き飛ばされる。途中何度か着地しながら、キスティの方に向かった奴を優先的に排除する。
一体ずつなら、キスティは余裕で叩き潰してくれる。俺は余分な奴を近づかせないようにすれば良い。
その最中にも何度か雷の魔道具?が投げ込まれ、その度に数体の敵が痺れて地に堕ちていく。
確実に敵が減っていき、キスティがサーシャ達の館にたどり着いた頃には、残り数体となっていた。
脳吸い達は諦めたのか、一斉に元来た方に引き返していく。
「ふう、シンプルに手数と耐久で押してくる魔物って、厄介だな」
「主! 何発か貰っていたが、大丈夫か?」
「ああ、問題ない」
改めて全身を見渡してみるが、特に怪我してそうな所はない。
一番危なかったのは腹に突きを喰らったところだが、これもその後の噛みつきを阻止したこともあって、多少の打撲になっても深刻な怪我ではなさそう。
「それで、俺たちを援護してくれたのはあんただろう? 草陰の小人族……ラキット族か?」
里外れの草陰に潜んでいる気配に声を掛けると、すっと気配が濃くなった。
「バレていましたか」
姿を現したのは真っ白な体毛の、大きな二足歩行ネズミのような見た目のヒト。
ラキット族、かな?
「むむ、白毛ですと? 狩人頭のラリーですかな?」
「いかにも。むむ? そちら様は?」
「アカイトでござる!」
「ほお、あの残念賢者の! やや、これは失礼」
「……どうやら人違いかもしれませぬな」
「いや、アカイト。多分合ってるぞ」
隠れ里の一員のようでひと安心だ。
隠れ場所はスルーしてしまったが、結果オーライである。
辺りの死体を片付けた後、テントに白毛のラリーを招いて話を聞く。
「そうでしたか、今はアカイトはあなた方の仲間というわけですか」
「ああ。それで、今はモク家を手伝ってラキット族を探していた」
「ふうむ? モク家ですか」
ラリーはチラリとアカイトを見た。
あんまりピンと来てなさそう。
「ここより北で、魔物と戦っている連中でござるよ! 立ち水の里もモク家に従属していたらしいですぞ」
「なるほど、立ち水のヒトたちのお仲間というわけですか」
うんうん、とラリーは頷く。
「ああ。あんた、ラリーはどうしてここに居たんだ?」
「里よりお願いされましてな、この辺りを探索しておりました」
「ラキット族もこの辺のことは気になってたか」
「ええ。これまであまり見ることがなかった魔物が、ここのところ北からどんどん流れてきておりましてな。中にはラキット族でも襲う、さっきの魔物のような存在もあります」
「何? 脳吸いは、ラキット族も普通に襲うのか?」
「はい。賢者衆でも戦闘ジョブでもない、一般のラキット族でも積極的に狙ってきます。故に今回の駆除は助かりました」
「なるほどな……俺たちを援護してくれたのもそのせいか」
「それもありますが、立ち水の里の関係者でしたら助けなければと」
「ああ、なるほど。すまんな、部外者で」
「いえいえ。結果的にあの憎き怪鳥を滅ぼせましたので」
「そうか。それで、もっと大きい……ガルドォーオンはどうだ? 動向を知ってるか?」
「ふうむ。私は見たことがありませんが、桁違いに大きな魔物が暴れていることは聞いています」
「なるほど。モク家は、その件でラキット族と協力したいと言っている。交渉はできるか?」
このラリーというラキット族は、ラキット族にしては聡明そうだ。
交渉ができるかというのは、能力的に疑問があるという意味ではなく、その権限があるかを問うたつもりだ。
その意図が伝わったのかどうか、ラリーは考え込むようにアゴに小さな手を当てて、唸った。
「ふーむ、そのようなことは賢者衆に聞かねば。しかし、立ち水の里のお仲間なら良いのか……?」
「まあ、俺はあくまで代理人だ。無理にすぐ決めなくても良いが、モク家から渡された条件案を渡しておくぜ」
「ほう。見ましょう」
ラリーは西方語で書かれたそれをざっと眺める。
「ふうむ」
「どうだ?」
こいつに権限がないとしても、里がどう判断しそうかの予想くらいは聞けるかもしれない。
仮にも狩人頭とかいう役職にはいる存在らしいし。
「さっぱり分からん! 文字というものは難しいですな」
「……字、読めないのか?」
「ええ!」
「そうか……そうか。なら、アカイトに読ませて聞くか?」
「それには及びません、どちらにせよ賢者衆が判断すること。そうですな、やはり私が独断というのは難しい。数日待ってくだされ」
「ああ。数日で良いのか?」
「ええ、楽勝です」
ラリーはニッと笑った。
異世界 きまぐれぶらり旅~奴隷ハーレムを添えて~ さとうねこ @satosatosato
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