第356話 水人
モク家の要請で、ラキット族に協力を乞うことになった。
モク家からは、今回の要請に乗る代わりにいくつかの報酬を提示された。
1つは、今後モク家領地での通行の自由と財産保有、そして商売の権利を保証すること。
2つ目に、もしクダル家と何か揉めた時に、モク家が後ろ盾となってくれること。
3つ目に、俺やその仲間が路頭に迷った際に、モク家が一時的に保護してくれることだ。
2つ目や3つ目はモク家側に引き込もうとする意図を感じないわけでもなかったが、あって困るものでもない。
そして今回の作戦自体は俺も賛成なので、快く引き受けたわけだ。
俺たちはなるべくガルドゥーオンや他の魔物を避けながら、ラキット族の隠し拠点に向かう。
前にラキット族の隠れ里の近くへ訪れた際に、各地に隠れ里のラキット族たちが使う場所があるというのは聞いている。そしてそのいくつかは、この近くにあるというのだ。
アカイト、というか賢者アカイトがその場所を記憶していた。
それらを訪ねて連絡を取り、協力を取り付ける。
はっきりとは言わなかったが、フリンチは現在の「神出鬼没」の場所をある程度予測しているようだった。
もしラキット族たちの協力が叶えば、その動きを詳細に把握できると考えているようだ。
同時に、俺たちの出発に前後していくつかの部隊がガルドゥーオン以外に脅威になっている魔物の討伐に動くようだ。
これは魔物を狩るという本来の目的以外に、俺たちの目くらましという側面もあるようだった。
『神出鬼没』のガルドゥーオンは少数の探索隊を狩ることは稀だが、クダル家が奇襲を受けた時のように、何か目的があれば襲ってこないとも限らない。
そこで、ある程度の規模の討伐隊を出して、もし襲うならそっちを襲いたくなるように仕向けるようだ。もちろん、囮となる傭兵団にはそのことは言わずに、だが。
俺たちにはそれとなく話してくれたが、それは「それだけ重要な仕事を任せる」のだというアピールのためだろう。
失敗は許されない、ということか。
途中までは最初に出会った傭兵団、日の出団の一行が同行してくれる。川を渡った後はパーティのみの行動になる予定だ。
「よろしく頼むぜ!」
日の出団のタヌキ顔が握手を求めてくるので応じる。
「ご機嫌だな。また任務に駆り出されるってのに、不満じゃないのか?」
「いやいや、何を言ってんだ。川渡しまで案内して、渡しの防護をやるだけだぜ? ガルドゥーオン狩りに出される何倍も安全ってもんだぜ」
「そうか」
あまり悲壮感はないが、昨日の話し合いのことは聞いていないのだろうか。
「作戦状況のことは聞いてるのか?」
「ああ、壁の外で『神出鬼没』のガルドゥーオンにちょっかい出すんだろ? やべーよなあ」
話は聞いているが、あんまり悲観はしていない感じか。前回の作戦も日の出団は不参加だったようだし、自分たちがやるという意識はないのかもしれない。
川の渡しには、半日もかからずに到達した。
低い壁と川で護られている小さな集落のような場所だ。
俺たちが到着すると、壁の中から異星人のような見た目のヒトたちが現れ、日の出団と確認を始めた。
手足には膜があり、肌の色は緑と青の間のような色。耳の位置には穴が空いており、顎には切れ目のようなものがある。
「ヨーヨー、紹介するぜ。恵水族のシシアンさんだ」
「傭兵のヨーヨーだ。よろしく」
「よろしく、シシアンだ。ここの責任者をやっている。川を渡りたいのだったな?」
「ああ。あんたらは、水の種族なのか?」
「水人種族は初めてみるのか?」
「いや、見たことはあるが、恵水族というのは初めてでな」
「そうか、見ての通りだ。俺たちが船を牽引し、護衛もする。小さい船だが、大船に乗ったつもりでおれ」
「そりゃありがたい」
この辺りでは川の種族が普通にいるらしい。
キュレスの方では川の種族は前に排除されたと聞いたが、この辺はそういうこともなかったらしい。
「これを渡しとくぜ」
日の出団から、筒のようなものを5個ほど渡される。
「信号灯だ。川の近くでそれを使ったら、ここの恵水族や俺たちが拾いに行く。あくまで確認できたらの話だがな。渡しまで来て使ってくれたら確実だ」
「分かった」
日の出団とはそこでお別れし、翌日恵水族の船に乗り込む。キュレスで見た軍船や、実際に乗ったエモンド商会の武装商船と比べるとかなり質素だ。
ただのロングボートにロープを言いつける柱がいくらか立っているだけ。
そしてロープはそれぞれ恵水族のヒトが身体に巻き付け、物理的に船を牽引してくれる。
一応パドルもあるのだが、非常時以外は使わないように言われた。牽引するのに邪魔になるからと。
そして進路方向に出る川の魔物を護衛の恵水族が狩ってくれる。これは楽だ。
数時間のうちに、向かいの渡しに到着する。
向かいには集落はなく、桟橋といくつかの簡素な建物があるのみ。壁らしき壁もない。
護衛も特にはいないようだ。
恵水族によると、ちょっと前までは近くの里の要員が警備していたりしたそうだが、今では無人らしい。
「アカイト、ここから最寄りの隠れ場所は分かるか?」
「ふむ。拙者は来たことがないが、おそらく大丈夫じゃ!」
「頼むぞ」
恵水族に礼を行って、南西に向かう。
まだヒトが行き来していた頃のものか、道はある。とりあえずは「立ち水の里」と呼ばれていた滅んだ里の方に向かう予定だ。
その近くに隠れ里があるはずなのだ。
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俺たちが進むは、小川に沿って森の中を進むようなルートだ。
どこからか鳥たちの囀る音が響く。しかし爆音で鳴くために、可愛らしいというより迫力がある。
それに川を渡る前、砦がある北の方の森よりも樹の密度が濃いのか、昼間でも薄暗くて気味が悪い。
そのまま道を進むだけなら楽なのだが、それでは滅んだという立ち水の里に着いてしまう。隠れ場所に行くには、アカイトの記憶を頼りに途中で道を外れなければならない。
それも、ここにあると言われたことがあるという賢者アカイトの記憶をもとにしたもので、実際に行った記憶というわけではない。
幸い、ここまで魔物には出くわしていない。
モク家が魔物を北に誘引してくれているからなのか、そうだとすれば今のうちに何とかラキット族とコンタクトを取らなければならない。
とはいえ、もし隠れ場所が見つかってもそこにラキット族がいるとは限らない。
最悪、時間はかかるが隠れ里まで行くしかないかもしれない。
ちなみに、1人くらい案内を付けようか、というフリンチの提案は断った。
どちらにせよ砦には立ち水の里の関係者はいなかったらしいが、川近くなら多少は道を知っているという者はいた。
だが、ラキット族の隠れ里をそいつに知らせていいか分からないし、いざというとき転移で逃げにくくなる。それで断ったのだ。粘られるかと思ったが、こちらが断ったら特にそれ以上勧めてくることもなかった。
「殿、こちらでござる……たぶん」
「多分?」
道なりに進んでしばらく、アカイトは右に別れる獣道を指して言った。
「むう、記憶と合致すると思うのだが。少し待ってくだされ!」
アカイトは身体をびくっと震わせてから座り込み、そしてまた身を起こす。
「……全く、拙者が雑ですみませぬ」
賢者アカイトを起こしたらしい。
自分の雑さを自分が謝るという珍しい光景だ。
「賢者アカイトか。ここの細道で合ってるか?」
賢者時間は貴重なのだ。
色々ツッコミは置いておいて、知りたいことを尋ねる。
「どうでしょうな……立ち水の北東、街道から枝分かれする獣道の奥。大木の根に入り口があると聞いておりますが」
「まあ、情報としては合ってるか。他のラキット族もその情報でたどり着くなら、ここで正解か?」
「行ってみないことにはですな。大したお役にも立てず、すみませぬ」
賢者アカイトはスキルを切って、またノーマルアカイトに戻る。
とりあえず行ってみるか。
獣道に足を進めて、さらに視界は悪くなる。
道自体もよくよく見なければ草で覆われていて見失ってしまいそうだ。足元も湿っていて滑る。
しばらく草と格闘しながら進むも、大木という大木は見つからない。
最悪、アカイトの樹眼スキルで元の道を探すくらいはできるはずだが、戻るべきか?
そう頭の中で考え始めた頃、前に開けた空間があるとアカイトが言った。
隠れ場所の入り口かもしれない。
動くものは何もいなかったということで、全員で揃って開けた空間に進む。
「これは……」
簡素な壁らしきものが、引き倒されている。
いくつも木造のロッジのような建物があり、いずれも一部の屋根が崩れている。
まともな形状を保った建物はない。
「ふうむ。ここは、立ち水の里ですな! 聞いたことのある通りでござる」
「……やっぱり?」
隠れ場所をスルーして滅んだ里に出てしまったようだ。
「今日はここで野営するか。使えるものも色々ありそうだしな」
家としては使えない程度に崩れている建物も、野営地として利用するには上等な類だ。
街の中央にある大きな館の中に、テントを張って寝床とする。
半分は崩れ落ちているので、ただそこで寝ると言うわけにもいかないのだ。
家探しをすると、粗末な芋や食糧庫に残った干し肉のようなものは発見できた。
また崩れた館の奥には、半分くらいミイラ化したような死体も転がっていた。
庭にはいくつもの白骨が並べて地面の穴に入れられてもいる。埋める途中だったのだろうが、土を掛ける前に魔物が攻めてきたのか。あるいは掘り返された結果なのか。
なかなかのホラーだ。
モク家の説明によると、立ち水の里は近年魔物の襲撃に悩まされていて、そこに加えてガルドゥーオンやその他の魔物に壁を破壊されてしまったらしい。
それでもしばらくは穴の空いた壁で抵抗をしていたようだが、ある日滅んだのだという。
何故見切りを付けて逃げなかったのか、何があって滅んだのかまでは教えてくれなかった。
屋敷の庭に中途半端に埋められた白骨には、明らかに小さな部位もある。
小人族のものかもしれないが、おそらくそれだけではないだろう。つまり……。
「キュキュ」
ドンが鳴き、外の動きをうかがう。
気配探知を、上方向に向けて放ってみる。
いくつかの気配が急速に近づいている。
ドンが反応したところから見ると、招かれざる客だろう。やれやれ。
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