第355話 ほめ殺し

モク家の前線基地である砦に到着した。


モク家に属し、「聖軍の落とし子」であるらしいフリンチの計らいで中に通してもらい、砦の中に馬車を進める。

壁の中の中央には石造りの要塞のような建物が鎮座しており、それを少し間を空けて壁で囲っているような設計だ。壁と中央の建物の間にはいくつものテントが張られており、不揃いの武装を着た傭兵然とした者たちが俺たちの方を観察している。

馬車は壁近くの広間に置くように指示され、その近くの広間にテントを張って寝泊まりするように言われる。

しかし、既にそこにはテントが張られている。空間的にはまだ少し余裕がありそうなので詰めれば俺たちのテントが張れそうだが、元の空間を悠々と使っていた連中は不満気だ。

マッチたちはそれらの場所の交渉に、荷下ろし準備にと大忙しだ。


俺は荷下ろしを手伝いながら自分たちのテントをどこに置こうかと思案していると、先ほど入り口で見た顔がキョロキョロしながら近付いてくるのが見えた。

物覚えが良い方ではないのだが、すぐに分かった。何せ、ここでは珍しい人間族、それもイケメンだ。


「ヨーヨーなる者はどこだ!?」

「あっちの方ですぜ……」


怒鳴り声が聞こえてきた。俺をお探しらしい。


「サーシャ、テントの場所の交渉も含めてお願いして良いか?」

「はい」

「それで……そうだな、ルキとアカイトは付いて来てくれ」


人選はそれほど意味のあるものではない、単に西方語の得意な2人だ。

元々西方語を話せるアカイト、すっかり堪能なサーシャを除けば、結構話せるのがルキなのである。アカーネはたどたどしく、キスティは他の従者と比べると全然ダメだ。

夜な夜な勉強しているとはいえ、この短期間ですぐに上達しているキスティ以外が優秀すぎるのだが。


「よお、あんた! フリンチ様の従者だったよな? 俺を探してるのか?」

「ああ、そこに居たか。付いてこい。師匠がお呼びだ」

「師匠?」

「フリンチ様のことだ」


この金髪はフリンチの弟子だったらしい。

門前では全然話す素振りがなかったが、声は案外野太くて大きい。

でもイケメンだと、それも渋いみたいに感じてしまうな。


「それは構わないが、何の用だ? 俺たちもテントとかの準備があるんだが。あ、他の指揮官とかも呼ぶか?」

「お前だけで良い。とっととしろ」


はて。

ヒュレオやマッチ達ではなく、俺に用か。

そうなると思い当たるのは、「聖軍の落とし子」関係しかないが……。


「分かった。何人か供は連れて行っていいだろう?」

「2、3人ならな。大所帯はダメだ」

「了解」


ルキとアカイトなら大丈夫そうだ。

アカイトは小さいし、シャオを含めても2人分程度といえよう。


「……そのラキット族はネコに乗るのか?」

「ん? ああ」


シャオと一緒なので、アカイトは当たり前のようにシャオに騎乗している。

すっかり見慣れてしまった俺たちはもう何も言わない。


「ラキット族にそのような習慣があったとは」

「いや、こいつ等が特別なんだと思うぞ?」

「そうか」

「むむ、フリンチ殿の弟子殿! 拙者はラキット族のなかでもエリートゆえ、このようなことが出来るのでござる!」

「んみゃ!」


はいはい、と言うようにシャオが鳴くが、アカイトはどこ吹く風だ。

シャオはいたずら心かブルブルと身体を振るが、アカイトは胸を張ったままシャオにしがみつく。


「……そうか。世界は広いな」

「その通りでござるな! 拙者も最近まで、実に小さな世界で生きており申した」


まあ、アカイトは加入後、東に転移したりと、なかなかの冒険をしているからな。



フリンチの弟子と共に向かったのは、中央の要塞の中。

その一画に、ベッドに粗末な机、いくつかのボロ椅子があるだけの居室があった。

そこで小さな窓から外を覗いていた女性は、俺たちが中に入るとこちらに向き直った。


「よく来たね、落とし子」

「いや……」


どう返すべきか。

入り口ではそのつもりはないと言っても、落とし子なんてそんなものだと返されてしまったからな。聖軍関係ではやはりどこかの犬顔が頭を過る。正直に話すしかないか。


「ああ、すまないね。別に本当に落とし子かどうかなんて、あたしにとっちゃどっちでも良いのさ」

「……そうなのか?」

「そうとも。ま、落とし子かどうかなんて、周りの連中が勝手に言ってることだしね」

「そうか。それで、それなら何故俺だけを呼んだんだ?」


軽く探知もしているが、特に囲まれているとかはない。

それに、フリンチ自身にも敵対的な兆候はない。


「そう警戒しなさんな。まあ、落とし子だろうと、そうでなかろうと、この辺の山でウロウロして、魔物狩りなんてしてきたなら、先輩として心配してやろうってことさ」

「ほう?」

「人里から……大きな人里から離れて育つとね、どうしても常識ってもんが欠けちまう。そもそも、落とし子ってのが何なのかも最初は分からなかったんじゃないのかい?」

「……実を言うと、今も良く分かっていない」


あんまり探ると何かがバレそうだったので、あんまり積極的に探ってこなかったのだ。

襲われるまでは、聖軍とやらにそんなに興味がなかったのもあるが。


「ええっ? 本当かい。全くとんだ世間知らずだね!」


フリンチは困ったと言いながら、愉快そうに笑う。

フリンチの隣に控えた金髪の弟子はピクリとも笑ってはいない。


「良ければ教えてくれないか?」


本物の「聖軍の落とし子」らしいフリンチの解説なら、まず間違いないだろう。


「良いだろう。聖軍って言っても、今は色々あるけどね。『落とし子』っていう時の聖軍は決まって、昔ながらの連中さ。人類の最前線に立ち、無償でその境を守護してきた誇りある戦士たち」

「それは聞いたことがあるな」


ボランティアでやってたんだよな、魔物狩りを。

酔狂な奴等もいたものだ。


「ま、別にあたしはそこまで誇り高いわけでもないけどね。でも、あたしの親や、その親たちは違った。昔ながらの『聖軍』が廃れ、追いやられていなくなっていった後も、同志たちと山に残った。その忘れ形見が『落とし子』さ」

「つまり……聖軍の残党の子孫か?」

「残党とは言ったもんだね! でも正しいよ。彼らの多くは自らの子にその使命を託した。中にはその身を案じて山から下ろす親もいたけど、少なくない数が山に戻ってきたらしい」

「魔物の蔓延る山にか?」


すごいボランティア精神だ。


「落とし子たちにとっちゃ、山は故郷だ。それに折りしも、東では聖軍狩りってもんが何度も起こっていてね。町は町で危険だったのさ」

「そこが分からん。聖軍は無償で魔物を狩る、便利な存在だろう? 目ざわりに思うやつがいても、わざわざ狩り出すような対象じゃないだろう」

「そうだね、あんたは正しいよ。でも、正しさってのはひとつじゃないからね」


正しさはひとつじゃない、か。

それはそうだ。

そうなると……。


「……聖軍がいると困る連中がいたってことか?」

「うん、頭はそれなりに回るようだね。あたしも東に行ったことはあんまりなくてね、偉そうに語れるほど知っちゃいないよ。でも、聖軍狩りってのが何度もあって、山はおろか、この辺の町からも消えていった。それは確かだよ」

「今でもあるのか? その聖軍狩りは。俺が聖軍だと思われていると、狙われることもあるのか?」

「どうだろうね。あたしは東のことには疎いと言ったろ。でも今は、わざわざ東から刺客が送られてくるなんてこともない。良くも悪くも、共和国があるからね」

「共和国が?」

「共和国は共和国で、聖軍狩りをしていたけどね。わざわざ山まで消しに来るような連中は、もっと東に逃げた連中さ。大昔は革新派と名乗っていたらしいけど、今はどんなお題目を掲げてるのかねぇ」


革新派。

つまり山に残って魔物狩りをしているような「昔ながらの聖軍」は「守旧派」というわけか?

……ちょっと読めてきたな。


「つまり、ボランティアじゃやってられない連中が、ボランティアを続ける連中が邪魔になったのか」

「ほう。やっぱり、ここまで独立して生き残ってきただけあって、勘は悪くないね」

「そりゃ光栄だが、それだけヒントを貰えればな……。その革新派の連中は今、どこに?」

「さてね。共和国を追われて、更に東に行ったとしか知らないよ」


……。


「もしや、共和国で聖軍狩りがあったのって?」

「うん。そいつらが共和国で暴れたせいだろうね」


なんて傍迷惑な。


「……もう1つ訊きたいが、あんたのように山に残っているような聖軍は、革新派とは別に派閥や組織を作っていたりしないのか?」

「さてね。あたしは聖軍に入ったこともないし、そんなことは知らないよ」


なら断言はできないか。

組織を作っているのが革新派だけなら、あの襲ってきた聖軍ことティルムも、その関係者だと思ったのだが。ほうぼうに敵を作っておいて、転移者狩りなんてしている場合かよと。

いや、守旧派だったとしても同じだな。まずは革新派を倒すことに力を入れろと。


「全く、下らないな」

「同感だよ。だからあたしは、モク家とクダル家の陣地取りゲームにも興味が出ないね」

「ふむ。俺もそこにさしたる興味はないな」

「そうだ。別にこのことを訊くために呼んだんじゃないけどね、あんたそんな世間知らずで、何で新興のクダル家なんかとツルんでいるんだい? 余計なお世話かもしれないけど、もし騙されてるなら一言言ってやりたくてね」

「ああ。霧降りの里が攻められたとき、偶然居合わせてな。色々あって縁があっただけだ」

「霧降り……というと、川向こうかい? 今、クダルはそんなとこまで攻めてるのかい」


この婆さん、人里の争いには本当に興味がないんだな。

仮にもモク家の重要人物?なんだったら、知らされてそうなもんだが。


「まあ、色々行き違いがあったようでな。俺にも良く分からんが」

「ふぅん。あんたから見て、今回の一行はどうだい? 真面目に魔物狩りをする気があるのかい?」

「まあ、あるだろうな。トップのアード族、ヒュレオってやつはあんたと似ていて、ヒト同士の争いに関心がないタイプだし。他の連中もガルドゥーオンへの復讐に燃えているようだぞ」


知らないが。

少なくとも俺の目にはそう映った。


「なら問題ないね。実はあんたを呼んだのは、そっちの件もあってね」

「そっちの件?」

「あの石頭をカチ割る作戦会議さ。クダル家の連中にも話を通すつもりだが、あんたにはお願いがあってね」

「……聞こう」


フリンチはニカッと笑い、アカイトの方を向いた。



***************************



夜。

広間の長机がある一画に、様々な顔が並ぶ。


どうも、作戦会議は密室ではなく、広間で顔を並べてやるスタイルらしい。


そこにはお誕生日席に座るフリンチを筆頭に、モク家の戦士らしい面々と、各傭兵団を仕切るトップが座っているようだった。

クダル家からはヒュレオとマッチが参加し、ヒュレオのみが着席してマッチは後ろに立っている。

そして何故か、フリンチの対面となる長机の端に、俺が座らされている。

その隣にはアカイトが足を浮かせてちょこんと座っている。



「さて、諸君。今日、新たな仲間が駆けつけてくれた。クダル家のヒュレオ殿だ」

「……あー、ヒュレオと言う。この度はクダル家を代表してモク家の要請に応えて参じた。共に人類の敵を討とう!」


ヒュレオがやや棒読みで言うと、まばらな拍手。

見ると、モク家の戦士たちが嫌々拍手しているようだ。


「よろしく、ヒュレオ殿。南の情勢に疎い者もいるだろうけど、彼はクダル家の中でも『八戦士』と呼ばれる精鋭の戦士でもある。彼ほどの戦士を送ってくれたクダル家に感謝を!」

「フリンチ殿の勇名も南に聞こえてるよ……聞こえています。肩を並べて戦えて、光栄だ」

「ああ、こちらこそ。それで今夜皆を集めたのは、ヒュレオ殿の紹介のためではない。次なる一手のためだ」


フリンチがそう言うと、傭兵らしい面々がそれぞれ意味ありげに目を交わしたりして、何とも言えない雰囲気が流れる。


「何か言いたいことがあるのかい? コッツ殿」


傭兵団側の真ん中にいて、不安そうな顔をしていた緑肌族っぽい男がコッツだ。


「ああいえ、そこまでは……。ただ、前の作戦で多くの傭兵団が大きな被害を受けた。そして新しく到着したという援軍も……既に襲われてボロボロだと聞いた。今は守りを固めるのも一手じゃないか?」


コッツの指摘に、フリンチはじっと黙り込んだままだ。

コッツは怪訝な表情を浮かべてから、まずいことを言ってしまったと思ったのか、苦い顔に変わっていく。

じっくりと気まずい間が空いた後、フリンチが口を開く。


「前線には穴が空いた。分かるかい? 今までは多くの里が蓋をしてきてくれたけど、あのクソ石頭によって悉く滅ぼされた。今、この要塞は孤立している」

「……」


気付けば皆が、淡々と述べるフリンチの顔に注目していた。


「今は食糧だってある。だがそれは、前線の戦士たちが里が滅ぶ間際に命がけで運び出したなけなしの物だ。1粒たりとも無駄にはできない」

「……」

「退こうにも、奥から進んできたクダル家の部隊が別の石頭に襲われたばかりだ。この状況で撤退するのは危険だし、もとより撤退すれば後ろの里は無防備だ。申し訳ないが、ここから去るのであれば契約違反として、傭兵団も処罰せざるを得ない」

「……ならどうしろと?」

「石頭を叩く。石頭さえ動かなくなれば、他の魔物に対する防衛網は構築できる。モク家が命を懸けてそれを守ろう。諸君らの撤退できる余白をな」

「だが、『神出鬼没』は罠に掛からないんだろう!?」


傭兵団の誰かが叫ぶ。


「今までの罠には、ね。今まで散々、あいつには振り回されてきた。そして奴は、クダル家の馬車を襲った。馬車を目掛けて一直線に崖から降りてきたそうだ」

「どういうことだ?」

「魔物には個体差がある。個性と言っても良いね。ある程度知性がある魔物はなおさら、ヒトを襲う本能より、自分の欲望を優先することがある。あるいは、それらを混ぜて考える」

「言っていることは分かるが……」

「『暴虐』は里を襲うことを好んだ。そこにヒトがいるだけでなく、大量の食糧があることを知っていたからだ。そして『神出鬼没』はこれまで、馬車を襲ったが里を襲っていない。奴は何かの際に知ったんだ。里を襲うより、輸送中の食糧を襲った方が確実だと」

「……その憶測が正しかったとしよう。それでは壁の中に誘い込む罠が効かないのではないか?」

「その通り。しかし壁が重要なわけじゃないだろう。我々の意図した場所に誘い込み、飽和攻撃をすることが作戦の肝になる」

「つまり、馬車を囮にする? しかし、壁以外でどこで……」

「候補はいくつかある。しかし、それを決めるためにもまずは奴の動きを知ることだ」

「もっと多くの偵察を放つ、ということか? 我々は偵察が本業ではないのだが」


どこかの傭兵団のトップが不満を漏らす。

偵察を得意とする傭兵団もいるだろうが、当然そういう所ばかりではないだろう。


「それもなるべくお願いしたいが、不得手な団は無理をせずに力を温存してほしい」

「何? それじゃどうするんだ? クダル家の連中がやってくれんのか?」


視線がヒュレオの方に集まる。


「ラキット族に頼る」


しかし、フリンチの声でその視線が、そのままアカイトの方に移動する。

腕を組んでふんふんと話を聞いていたアカイトだが、いきなり自分が注目を集めて少しだけ跳び上がった。


「……隠れ里のラキット族か。この辺りにもいるのか?」

「ああ。既に滅んだ『立ち水の里』とは交流があった」

「川向こうの里だよな? この辺のモク家は?」

「ない。北の里を保護してはいるが、南の隠れ里とは没交渉だ」

「……フリンチ様。それは一応機密事項なのですが」


フリンチの隣に座っていたモク家の戦士らしい男から苦言を呈される。

が、特に取り合わずフリンチが続ける。


「そこにいるヨーヨーは隠れ里のラキット族と懇意だ。そして隣のラキット族はヨーヨーの仲間だ。そうだな?」

「……ああ」


事前にお願いされていた話の流れだ。重々しく頷いておく。


「彼らには南に向かってもらう。そしてラキット族の協力を得て『神出鬼没』の動きを追う」

「い、一応申しまするが、協力できるかどうかは確証ござらんぞ!」


アカイトが口を挟む。


「分かっている。まあ、皆々そう不安そうにするな、これはあたしに腹案がある」

「ラキット族ってのはそんなに優秀なのか? この斥候不足をどうにかできるくらいに?」


ラキット族に馴染みがないのだろう、傭兵側の1人がそう訊く。


「隠れ里の連中なら問題ない。魔物を追う力に限っちゃ、聖軍を凌ぐ力の持ち主さ」

「ほう」

「聖軍より上なのか」

「それで、これまでも生き残っているのか。小さいわりに優秀だな」


傭兵たちが口々にラキット族を褒める。

アカイトがくすぐったそうにしている。


「ほめ殺しを真面目に受け取るなよ。こういうのもお前を乗せる作戦かもしれないぞ」

「はっ! 拙者そのような手には乗りませぬ!」


一番遠くにいるはずのフリンチのため息が聞こえた。


「……はあ。ヨーヨー、思っていても今言うことはないじゃないのさ?」

「すまん」

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