第354話 門の前

モク家の前線基地を目指していると、モク家に雇われた傭兵団に遭遇した。



いくらかの情報交換をしてから、俺は一度本隊に戻った。

「日の出団」と名乗った傭兵団は、敵対の意思はなさそうに見えた。

最初に対応してくれた緑肌族とタヌキ顔の2人も、クダル家と聞いても特に思うところはなさそうだった。


そのことをヒュレオに伝えると、今日のところはそこに合流しようという話になる。

モク家の戦士より前に、中立的な傭兵団と情報交換できるなら、それはそれで有用かもしれないからだ。



本隊は馬車がかろうじて通れる道を通って、野営地に到着。

ボロボロの一団を出迎えた時、対応してくれていた「日の出団」の2人の顔が陰ったのが分かった。

その気持ちは判る気がする。


援軍、と聞いて上がったテンションが、満身創痍な部隊を見て一気に冷えたのだろう。

けが人多数で、動けている者も多くが包帯を巻いていたりする一団を見て、こいつらが来れば安心だぜ!とは微塵も思えないだろうし。


人数が増えたことで、開けた場所に全員は入りきらない。

後から来た形のクダル家は、自分たちで少し森を切り拓いて場所を確保する。


傭兵団の方が、自分たちの場所だとして排除しなかっただけでもありがたい。



そして傭兵団のトップと、ヒュレオたちが情報交換をする。

俺は狩りに回ったが、ヒュレオたちがゲットした情報は夜に聞くことが出来た。


ガルドゥーオンが倒されたというのは、どうやら確実らしい。

あくまで傭兵団を信じるなら、だが。

少なくとも「かもしれない」という噂話ではなく、正式にモク家が発表している話だとか。


倒したのは最近なのだろうが、正確な日付は分からないそうだ。

今向かっている砦の向こうには、モク家が支援して開拓した里がいくつもあった。

中には人口を増やし、町規模になっているところもあったが、既にほとんどが壊滅しているらしい。


その中でも、大きな壁や魔道具で厳重に護られた、半ば軍事拠点みたいな里が最近まで1つあった。作戦はそこで決行され、そしてガルドゥーオンを1体倒したらしい。

作戦自体は秘匿するまでもなく単純明快。

壁の中に誘い込んで、壁の上からひたすら攻撃を浴びせたらしい。

どうも「日の出団」は作戦に参加していなかったようなので伝聞でしかないが、その作戦自体は対ガルドゥーオン対策としては過去にも行われたもので、突飛なものではないそうだ。


ガルドゥーオンは暴れ散らかし、壁を半壊させて多くの人命を道連れにした。

その間、同時に出現していた他のガルドゥーオンの探索・追跡は途切れ、作戦後も再発見できなかった。

そこで内地に向かった可能性がある、として捜索の命令が出され、「日の出団」もその任を受けたということだった。


「日の出団」もただの傭兵という位置づけであり、機密まで知っているわけではない。

しかし現場では、ガルドゥーオンはおそらく3体であると言われていたらしい。


1体は最初にモク家の部隊と遭遇し、撃退された個体。

これは傷を負って山に逃げた。

そして二体目がモク家が倒した個体。

これはいくつもの里を壊滅させ、非常にアクティブかつ攻撃的だったのだが、その分行動が読みやすかった。そこで作戦のメインターゲットとされ、里と心中する形で倒された。

そして残る1体が神出鬼没の個体。

前線の色んなところで目撃されるが、行動に一貫性がなく、行動範囲も広い。

倒された個体より少し小さく、頭の形がシャープなので別個体として噂されていた、らしい。

おそらく俺たちが遭遇したのが、「神出鬼没」の個体だと推測される。


他にもいるかどうかは分からないが、少なくとも目撃されているのは3体だから、3体説が濃厚だというのだ。


山に逃げた個体もそのうち戻ってくるかもしれないが、今現在脅威になっているのは俺たちの遭遇した「神出鬼没」ということだ。



翌日、日の出団の先導で前線に向かう。

彼らの任務は「神出鬼没」のガルドゥーオンの行方の捜索だが、俺たちという生き証人を確保したことを手柄としたいようだった。

正式に手柄と認められるかはともかく、危険な任務を一時離脱する口実としてはぴったりなようだ。


日の出団は周囲の魔物事情にも詳しかったようで、群れを回避して迅速に進むことができた。

そのおかげで、途中一度の野営を挟んで、順調に到着した。

モク家の軍事拠点……砦だ。


遠くからでも見えた。

石積みのビルのような構造物に、それを囲む同じ材質の壁。

その外には水が引かれ、堀が作られている。

絵に描いたような要塞だ。


視界は開けているが、堀を渡る橋と中に入る門にたどり着くための道は蛇行している。

道を外れると沼地のようになっており、足を取られる。天然の要害、というやつか。


やっとたどり着いて堀を渡り、門に並ぶ。

俺たち以外が並んでいるわけではないが、門は鉄格子のようなもので塞がれ、許可が出るまで入れないようなのだ。

門自体は開いているが、入れないようにはなっている感じ。本格的に魔物に襲われた時は、おそらく重厚な鉄の扉ごと閉じるのだろう。



日の出団のヒトが「待っていろ」と言い残して、鉄格子の向こうと会話を始めてから小一時間。

いまだに中に入ることはできていない。


前衛にいたことで様子は見えていたが、どうやら俺たちを入れる許可が下りないようだ。

モセとマッチが話し合いに加わって何やら話しているが、今のところ事態が動く気配はない。


「ねえ、ご主人さま。この水、生き物いるのかな?」


アカーネはすっかり暇して馬車から降りると、堀の中を興味深そうに覗き込んでいる。

その隣ではルキも同じように身を乗り出している。


「落ちると危ないぞ」


一応注意しておくが、聞く耳持たずだ。


「うん、大丈夫! あ、ねえ、なんか跳ねなかった?」

「魚を放流しているのでしょうか」


ちょっとイタズラ心が疼く。


堀の水を掌握し、大きな塊にして飛び出させる。

アカーネの前を横切るようにして堀に飛び込ませる。


「うわっ!」

「きゃっ!?」


二人が尻餅をつく。


「むう」

「どうした? デカい魚でもいたか?」

「いや今の、ご主人さまでしょゼッタイ!!」


アカーネたちと遊んでいると、誰かが俺たちの方に来る気配。

振り向くと、クダル家の使い走りをしている女性が呆れた顔をしている。


「何してるんですか、あなた達は」

「何か用か?」

「呼ばれてますんで、門の方にどうぞ」

「何? そうか」


俺が呼ばれたらしい。

行ってみると、鉄格子越しに人影があり、その前に日の出団のヒト、マッチ、モセが立ってこちらを見ている。


「呼んだか?」

「モク家のヒトがあなたに話を聞きたいそうです、ヨーヨーさん」


マッチが顔の霧を揺らしながら言ってくる。

用があるのはモク家か。


鉄格子前に行って、奥にいる人物を見渡す。


犬顔、猫顔と背の小さい種族のやつがいる。

俺の視線を受けて口を開いたのは、背の小さい種族のやつ。

1メートルないくらいの身長で、とんがり帽子を被っている。小鬼族に似ているが、少し違う気もする。おそらく男に見える。


「お前は個人傭兵らしいな。本当か?」

「ああ」

「ならば、クダルの連中とは別になる」

「……なんだって?」

「素性の分からんやつを入れることはできない。傭兵組合の所属証とかはないのか?」

「リックスヘイジのか? 悪いが、そういうのは取っていない」

「では何故、ここに? しかも我々が募集したものではなく、クダルの連中と?」

「依頼を受けたからだろうが。所属は個人だが、クダル家の一員ということじゃダメなのか?」

「そうもいかん。悪いが……」


小さいヒトが取り付く島もないといった様子で手を振る。それを遮って発言したのがモセであった。


「良いのか? そ奴は聖軍の落とし子ではないかとも噂されている、魔物狩りの腕利きだぞ」

「……聖軍の?」

「真偽は分からぬが、その噂に見合う働きはしている」


モセに褒められてしまった。照れる。


「働きはともかく……まさか、フリンチ様のお知り合いか?」

「さあ、多分知らないと思うが……会ってみないと分からんな」


多分知り合いではないが、入れてくれそうな方向に話を進めてみる。


「ううむ、少しここで待て」


小さなヒトは足早にどこかに行ってしまう。

さて、フリンチとやらと会えたとして、大丈夫なのだろうか?

聖軍を騙る不埒者め!とか言われたらどうしよう。

というか、中に入って会ってみるんじゃなくて、外にいるままなのか。



少しして、小さなヒトが誰かを連れてきた。

小さなヒトほどではないが、それほど背の高くない女性と、金髪の美男子。

あれがフリチ……フリンチ様だろうか。


「こいつかい?」


口を開いたのは女性の方だった。

顔には皺もあり、初老の女性といった雰囲気。

背も高くないし、強そうには見えないが、フリンチ様の護衛なのだろうか。


「私がフリンチだよ。怪しい仮面の男、名乗りな」


フリンチ本人だった。


「これは失礼。俺はヨーヨー」


左手で万能ヘルメットを取り、右手を差し出す。

しかし、差し出してから気付いた。

鉄格子の目が細かく、握手は無理だと。


仕方なく手を出した後に握り、自分の心臓のあたりに軽く叩きつける。


「そりゃなんだい?」

「俺のいたところの挨拶で、心臓を捧げるという意味だ」

「物騒な挨拶だね。で、あんたが聖軍の落とし子だって?」

「……自分では何のことか分からないんだが、周りがそう邪推してな」

「まあ、落とし子なんて皆そんなものさ。重要なのはどんだけ腕が立つか、さ」


落とし子ってそんなものなんだ。


「フリンチ……様も、そうらしいと聞いたが?」

「フリンチと呼び捨てで構わないよ。あたしは育ての親が聖軍の関係者ってヤツでね。落とし子って言われても、別に落とされちゃいないんだけどね」


やっぱり本物の「聖軍の落とし子」か。

どう立ち回るべきなのか。


「モク家にいるのは何でだ?」

「別に。あたしは昔からここにいたし、そこに出しゃばってきたのはモク家の方だよ。あんたこそ、なんでクダル家なんかに囲われてるんだい?」

「別に囲われてはいないな。ただの取引相手だ」

「ふうん……いいよ、あんたとあんたのパーティは中に入りな」


お?

なんかアッサリ、中に入れてもらえるらしい。


「あー、ありがたいんだが、一緒に来たクダル家の連中はどうなるんだ?」

「ん? んんー」


フリンチは俺の後ろに並ぶクダル家の一行に目を向ける。

何を見ているのか、ゆっくりと瞳を動かす。


「いいよ、クダル家の皆さんも中に入っときな。変な真似はしないようにな」

「えっ?」

「えっ?」


戸惑いの声を上げたのは、マッチと、鉄格子の向こうの小さいヒト。


「お、お待ちを。クダルの連中ともなれば、何を考えているのか分かりませんぞ。せめて外の監視塔で野営を……」

「アホか。こんなボロボロの戦士に何をケチつけようってんだい。なあ、傭兵、ヨーヨーって言ったか。お前らは何と戦ってこんなボロボロになったって?」

「ガルドゥーオンだ」

「聞いたか、ガルドゥーオンだって。あたしたちが見失ったヤツの尻拭いをしてくれたらしい」

「し、しかし……」

「いいからやりな。あたしを下らない陣地取りに巻き込むんじゃないよ」


フリンチはそう言うと踵を返した。

後ろの金髪イケメンは黙ってそれに追従している。


「……開けよう。少し離れてくれるか」


小さいヒトは渋々鉄格子を上げて道を開けてくれた。


フリンチ、あれが魔物狩りの英雄か。

ジョブは何だろう、もしかするとマッチのような指揮系の猛者なのかもしれない。

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