第353話 負け

ガルドゥーオンから逃げて、野営で一夜を明かした。



翌朝、ヒュレオは洞窟内で皆を集めて大きな円にして、その中央で話をし始めた。



「みんな、聞いてほしい。今後のことだけど」


皆、しんと静まり返ったまま耳を傾けている。

茶々を入れるだけの気力もないといった雰囲気だ。


「オレたちは予定通り、西に向かう。あのクソみたいな魔物をぶん殴るためにね」

「……」

「無理だと思う? ……前も言ったことだけどね。もう一度言うよ。ジレルちゃん……オレたちの大将ジレル・クダルは、なんでこの面子を北に送り込んだと思う?」


ヒュレオはぐるりと皆を見渡すが、答える者はいない。


「お荷物の種族を切り捨てるためでも、裏切るかもしれない戦士家を試すためでもない」

「……」

「じゃあなんだ? 決まってる。オレたちなら、勝てると思ったからだ。今まさに、人類の最前線たるこの地を蹂躙しているいかなる脅威にも……もちろん、熟練の戦士すらビビり上がるほどデカくて、破滅の権化でもある、あの糞ガルドゥーオンにも」

「……でも、俺たちは負けた」


呟くように言ったのは、顔を包帯でぐるぐる巻きにされている、ミイラのような人物。声から判断するに、あれはアード族のリオウだ。


「そう。いきなり奇襲を受けて、無様に逃げた。多くの仲間を失ってね。もう一度今度は正面から戦ったって、勝てるとは限らない。正直に言うとね」

「……なら、なんで戦うんだ? ここはモク家の、敵地のど真ん中だ。俺たちがこれ以上、犠牲を払う必要があるのか?」

「そう思う? なら……こう言えば分かるかな? クダル家の意思を示すためだよ」

「……意味が分かんねぇよ」

「そう……」


ヒュレオは困ったように苦笑してから、何かを思いついたというように、ポンと掌に拳を当てた。


「ジレルの大将が、なぜ独立して今のクダル家を興したか、知っているヒトもいるよね? リオウは知ってる?」

「……少しは」

「そう。ジレルちゃんがまだ東の共和国の軍隊にいたころ、まだ聖軍狩りの名残が残ってた。共和国の中枢では聖軍崩れへの警戒感が強くてね。聖軍崩れで軍にいた者も弾圧されたし、辺境で独立して活動していた聖軍の何番煎じみたいな連中も、その余波で潰された。彼らの多くはただ純粋に、南の辺境で魔物狩りをしていただけだったのにね」


ヒュレオはどういう考えか、昔話を始めた。

どこまでがクダル家では常識なのか分からないが、俺には新事実なこともさらっと語っている。

東の方にあるという共和国では聖軍といざこざ?があったのか、聖軍崩れが警戒されているらしいこととか、その余波で関係ない者まで弾圧されたらしいこと。

そしてクダル家のトップであるジレル・クダルは元共和国軍人だったらしいこと。

初耳なような気がするが、前に聞いたっけか?


「ジレルちゃんは〝聖軍弾圧”に反発する非主流派だったし、共和国が周りの小国や部族を魔物に対する壁として利用していることにも猛反発してた。たまに勘違いしているヒトもいるけど、ジレルちゃんは軍を追放されたわけじゃない。先に自分で出て行ったのさ。人類の地を自らの手で魔物から守らんとする気概のない連中にあきれ果ててね」

「……ヒュレオさん、良いんですか?」


マッチが話の合間に、冷静だが良く通る声でヒュレオに何かを確認した。


「ああ、ジレルちゃんは昔の話が嫌いだからね。皆、オレから聞いたって話は内緒にしてちょ」

「それは無理でしょう、これだけの……それに」


マッチは俺の方をチラリと見た、気がする。

外部の者も聞いちゃってるし、ということだろうか。


「構わないでしょ。別に聞かれて困る話じゃないし。それで、クダル家の歴史なんて知ったこっちゃないヨーヨーちゃんでも、分かったんじゃない? オレたちがここにいる意味」


急に振られた。

授業中によそ見をしていたら先生に当てられた学生の気分だ。

頭が回らず、何かを考えようとしても空滑りする。


「あー、ええと……分からん」

「あー、うん。つまり、ジレルちゃんは敵地だからといって、魔物の好きにやらせるのが正しいとか、そういう選択はしない。オレの知っている限りはね。根っこはきっと今でも同じだ……クダル家は強さをウリにして拡大を続けてきた。だが、その強さを、自分を安全な場所に置いて、誰かに危険を押し付けるために使ったりはしない。そうでしょ?」


ヒュレオは言葉を切って、皆を見渡す。

今度はリオウもマッチも何も口を挟まない。


「我らは野蛮だとしても、傲慢ではない。そのクダル家の意思と決意を示すために、オレたちはここまで来た。だから戦うんだ、苦しくても」

「……」

「みんなにも改めて問いたい。奇襲されて不利になったら、逃げ帰るのか? モク家が気に入らないから、魔物に蹂躙させるか? 前線で戦っているのはオレたちだけじゃない。モク家もいるだろうし、多くの傭兵たちも集まっているだろう。人類の地を護るために。彼らを見捨てて逃げるのか? そうしたいか?」

「……」

「オレの思うクダル家はそうじゃない。もちろん、ジレル・クダル大将もそうじゃない。それを示しに行く。ついでにオレたちの仲間を何人も吹っ飛ばしてくれた、あの糞みたいなデカブツを殴りに行ければスカッとできる。どうだ?」

「……食糧はどうするのだ? 駄馬はほとんど逃げたし、荷物運びも行方の分からない者や、途中で重荷を捨ててきた者が多い」


質問したのは、モセ・シャクランだ。

薄汚れた毛並みになっているが、堂々と座っている。

その横には、いつも控えていたヤマネコ顔のヒトはいない。


「まずは前線の砦を目指す。そこで補給するしか方法はない」

「前線に余裕があるとは限らないぞ。むしろクダル家の部隊ともなれば、後回しにされよう」

「その危険はあるね。今、リリちゃんの部隊が逃げた駄馬を追ってくれてるけど……それでも足りなくなってくる。今日からは節制して、あと狩りに出る部隊も出す」

「この危険な状況で、狩りまでするのか? 危険そうだが」

「やるしかないね。それにリリちゃんの部隊は駄馬と行方不明者の捜索に出るから、これまでみたいに周囲の警戒はできない。代わりにオレたちが狩りをしながら、偵察もすることになる」

「無茶が過ぎる。しかし、これが魔物狩りというものだな」


モセの質問を皮切りに、あれはどうする、これはどうすると種々の議論が続く。

そして気付くと、モセ・シャクランが反対側に座っていた、包帯でぐるぐる巻きのアード族……リオウの前に移動していた。


「これまでの非礼を詫びる。お前たちの行いはともかく、あの女性は本物の戦士だった。そして……無謀と知りながらあの巨体に向かって行ったお前たちも、少なくとも勇敢な戦士ではあった」


モセは、右手を差し出した。

対して、座ったままモセを見上げていたリオウは、その手を握らない。顔に包帯をぐるぐる巻きにしているせいでその表情は窺い知れない。


「……あ……」

「お前の負けだろう、リオウ」


リオウの後ろからそう声を掛けたのは、同じアード族のマージだ。


「マージ。そう、だな。モセ、さん。俺も……すまなかった。あんたが裏切ってるかもって話を聞いて、そんで……」

「不幸な行き違いだ。今は水に流そう」

「ああ……ありがとう」


リオウはゆっくりと手を差し出し、モセの手を握った。


「また行き違いが起こらないように言っておくが、我々は裏切りなど考えたことはない。商家から興した家ゆえ、交渉ごとは多いし、家の外に販路を創ることもある。それだけだ」

「……そうか。悪かったよ」

「許す。お前たちの企てていた企みのこともな。今はただ、あの魔物を殴ることに集中しよう」

「ああ、ああ。そうだな……そうだ」



モセはくるりと踵を返して、また元の位置へと戻っていく。

すっかり主導権を奪われたリオウは、まだ手を差し出した形のまま呆然としている。

これはモセの方が何枚も上手だな。



あちこちで、まだ議論は続いている。

課題は山積みだ。

ともかく、少しだけ皆が前向きになったようでなにより。



***************************



「右手に何やらおりますぞ! ウネウネでござる!」


アカイトがシャオに乗って戻ってくる。

鬱蒼とした森の中、道とは名ばかりの獣道を進んでいる。

こういうところだと、気配探知がしにくくて困るのだが、代わりにアカイトの「樹眼」が活躍する。

何度も探知をして探ると、アカイトの報告があった方向から大きな蛇のような魔物が近付いてきていることが分かった。


「キスティ、そっちだ!」

「合点」


キスティが近かったので、ハンマーを振り回して迎撃する。

飛び出してきた魔物は、蛇というよりイモムシに近い。

しかし体長が5〜6メートルはありそうな長さで、気配は蛇っぽく感じたわけだ。


イモムシながら短い脚がいくつも生えており、ワキワキとそれを動かしながら近付いてくる。動きだけだとムカデっぽいか。

口には立派な牙が生えており、ワームっぽさもある。が、その威力を発揮する前に、キスティのハンマーで頭を潰され、ぴくぴくと身体が痙攣するのみ。


「大長虫ですな……頭はかなり硬いはずなのだが!」


アカイトが若干引きながら補足してくれる。


「よく覚えていたな」

「拙者を見直したでござるか!?」

「まあな」


アカイトは、主人格の方もちょっと頭が良くなった気がしないでもない。

賢者アカイトに口調が移ったように、アカイトも賢者アカイトの賢さに少しは影響されたのだろうか。


さて、魔物を狩りながら進んでいる俺たちパーティは、本隊の斥候兼狩り部隊として先行している。

本職の斥候であれば広域の情報を集めるため交戦せず、本隊に情報を伝えて叩いてもらうのが普通だ。だが今、そんな余力はない。

パーティが丸ごと無事な俺たちはとにかく本隊の少し前を行きながら、目についた魔物を倒すという荒っぽい仕事をしているのだ。


それで見逃した敵がいたり、逆に集まってきて本隊の方に襲い掛かってしまう魔物もいるかもしれない。

だが、それはもうしょうがない。という割り切りだ。

本隊にはヒュレオもマッチも、モセもいる。


そしてどうしてもと頼まれてアカーネを魔道具要員として残してきている。

なんとかなるだろう。



そうして進むこと半日。

何体かの魔物を狩りながら、大きな群れには遭遇することなく進めていた。

順調というより運が良いという状況だが、何とか続いている。ただ、絶えず探索をするため、気が休まらない。他の方面で斥候もどきをしている連中も同じだろう。


そんななか、アカイトが気になる報告をしてきた。


「1~2メートル程度の生き物が、この先に展開しておりまする」

「ついに群れに行き当たったか?」

「そうやもしれませぬ」


『隠密』ジョブを付け、アカイトを連れて道を外れる。

道を避けながら前の方に先行するという課題のために悪戦苦闘しながら進むと、森の中に少し開けた空間があり、そこに多数の気配があることを確認できた。


「これは……」


立ち並ぶ粗末なテント。

その合間を警戒しているような素振りの気配。

外周部では、小型の魔物と戦っているような気配も。


亜人、ではない。

多分だが、これヒトだろ。


「アカイト、1~2メートル程度の生き物って、ヒトか?」

「……さて、そこまでは拙者には判別できなかったゆえ」

「そうか」


そうか。

樹眼も、使い物次第だな。


「貴様、何者だ!?」


おっと。

『隠密』で隠れながら観察していたが、逆に野営地?の方から俺が発見されてしまった。

ここで答えないと、それこそ亜人とでも間違われてしまうと事だ。


「前線に向かう部隊の斥候だ! そちらこそ何者だ?」

「姿を見せろ! こんなところで野盗する者もなかろうが……」


最前線すぎて、野盗の線は疑われなかったようだ。

クダル家の部隊も一応、正式に許可を貰って前線に移動しているんだし、正体を現しても怒られはしないはずだ。


木の陰から出て野営地の方に少し進むと、制止が掛かった。


「そこで止まれ!」

「怪しい者ではない! 見たとおりだ!」

「見たところ怪しいぞ!」


なんでだ。


「拙者たちは援軍でござるぞ!」

「む、ラキット族か? 里の者か?」

「? 拙者は拙者でござる!」

「横にいるのは仲間か!? 信頼できるのか?」

「勿論でござる!」


何やらごにょごにょと相談した後、「よし、良いぞ、ゆっくり近付いてこい!」と許可を得た。


野営地はテントが何個か建てられただけの簡素なもので、防衛用の柵もない。

人数は10人程度だろうか、大人数ではなさそうだ。


相対しているのは緑肌族と、タヌキみたいな顔をした奴の2人。

タヌキっぽい顔は、最初に寄ったモク家の拠点にもいたな。何族なんだろう。

俺と怒鳴り合いをしていたのは緑肌族の方のようだ。


「我々はモク家から委託を受けた『日の出団』という傭兵団だ。そちらもモク家の?」

「ああ、モク家からの要請を受けて来た部隊の1つだ」

「傭兵団か?」

「いや、クダル家だ。正確には俺はクダル家に雇われただけの傭兵だが……」

「クダル家? クダル家って、あの川向こうの……?」

「ああ。知ってるのか?」


リックスヘイジではモク家が大々的に傭兵を募っていたし、その一員であればクダル家のことを知らない方がおかしい。が、一応訊いておく。


「確か、モク家と争っていたのではなかったのか? いや、それどころじゃないか」

「何だか知らんが、援軍ならありがてぇじゃねぇか! おい!」


これまで喋っていなかったタヌキ顔の方が興奮したように話す。


「なあアンタ、大型の魔物に心当たりはねぇか?」

「あー、まあ……」


これは俺が話しちゃって良いものだろうか。


「心当たりはなくもないが、何でそれを訊くんだ?」

「おい、あるのかよ! 何でって決まってるだろ、俺たちはそれを探してんだ。任務でな」

「……ガルドゥーオンなら俺たちが遭遇して、退けたぞ」

「えっ!? 何だって?」


タヌキ顔がぽかんとする。ちょっとカワイイ。


「倒したのか!?」


今まで冷静に見えた緑肌族の方も驚いている。


「いや、残念ながら逃した。ただ撃退しただけだ」

「いやいや、撃退でも……」

「マジかよ。クダル家ってやっぱ、すげぇんだな」


明らかに安堵した感情が伝わってくる。


「あー、悪いが状況はそこまで楽観的じゃない。こっちも散々に痛めつけられている。俺たちだけでは倒せる相手じゃない」

「そうか……」

「前線はどうなってるんだ? まだ壊滅はしてないんだろう?」

「ああ、ギリギリな」

「食糧は?」

「どうだろうな、俺たちは単なる傭兵団だ、数合わせの。その辺のことは知らされていない」

「そうか」

「だが……皮肉なことに、この間の作戦で傭兵もモク家の戦士も、かなり死んじまった。食べる口は減っているから、まだ余裕はあるんじゃないか?」

「この間の作戦?」

「ああ。聞いていないか? やったんだ、ガルドゥーオンを」

「何!?」


今度はこちらが驚く番だった。

あの怪獣をやったのか。

いや、そういえば1体は倒したと言われていたっけ。

情報は聞いていたはずだが、実際にあのデカブツに対峙した後だと信じがたい。


「里を1つ犠牲にしてな。それでも散々に暴れられて、もう少しで逃すところだったってハナシだ。あの人がいなけりゃな」

「あの人?」

「モク家の英雄、フリンチだ! 聞いたことはないか?」

「フリンチ? ないな」


これは間違いなく聞いたことがない、と思う。


「あの人は魔物狩りのプロさ。なんたって、生まれてからずっと山ごもりで魔物を殺してきたってよ。聖軍の落とし子ってヤツらしいぜ」


なんだって。

本物の方が居たのかよ。

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