第352話 洞窟

ガルドゥーオンと戦い、撤退を始める。



皆が気がかりだ。

ガルドゥーオンは森の方に逃げていった。

森で戦っているはずのキスティたちが巻き込まれていないと良いが。


先行する馬車に走り寄ると、馬車の後ろにいたキスティが、手にしたハンマーごと右手を振ってきた。

キスティは馬車の後ろを守って並走しているようだ。並んで小走りになる。


「主、やはり無事だったか」

「ああ、キスティもな。他のやつは!?」

「無事だ。アカーネとサーシャは馬車の中だ」

「む? 皆で馬車近くにいたのか」

「ああ。最初は森に向かったのだが、アカーネが馬車で戦っていたから、集まっていたのだ」

「アカーネが?」


一瞬なんのことかピンと来なかった。

しかし、考えてみれば。


「あの巨大マジックアローの魔道具、アカーネが?」

「いかにも。最初は別のヒトが使っていたのだが、まともに戦える状態ではなくなってな」


怪我をしたのか?


「馬車が攻撃されたか?」

「いや、恐怖で、な」


そっちか。

ガルドゥーオンは途中で馬車を狙っていたし、狙われた方としては恐怖だったろう。

それでもアカーネは平気だったのか。


さらに馬車に走り寄って、扉に手をかけようとすると、内から開いた。


「あ、ご主人さま!」


アカーネは上半身の鎧を脱ぎかけた格好で、鎧下もたくしあげていた。


「その格好は?」

「暑くってさー、中! もう魔石も熱くて熱くて」

「そうか、よくやった」


アカーネの頭を撫でようとしたが、馬車の車輪の分だけ高いアカーネの頭に手が届かない。

仕方なく腰あたりをぽんぽんと叩いてやる。


「あのマジックアローをよく撃てたな。怖かっただろう」

「まーね」


アカーネはくすぐったそうに微笑んだ。


「でも、ボクがやらなきゃ、周りのヒトたちも、ご主人さまもやられるかもしれないでしょ?」

「ああ、助かった」

「ボク、自分で考えてたより、強くなってたみたい。ご主人さまみたいに魔物に突っ込んだりはできないけど……」

「ふっ。それはやらなくて良い」

「全くです」


アカーネの後ろから低い声。

サーシャだ。その表情は無。怖いぞ。


「今度ばかりはお亡くなりになったかと」

「馬鹿を言うな。俺は簡単に死んでお前らを解放してはやらんぞ」


実際には主人が死んだ隷属者というのはあまり幸運な運命が待っているわけではないようだが、それはそれ。軽口を叩いてやる。


「そうですか、残念です」


サーシャはふっと笑みを漏らし、そしてすぐ引っ込めた。


「……いつまで走っているのですか? 乗らないのですか?」

「勝手に乗って良いものか分からなくてな。怪我人もいるだろうし」

「確かに……そうですね。アカーネ、私たちは降りて場所を空けましょう」

「はーい」


アカーネ、サーシャに続いてルキも馬車から降りてきた。

ルキは防御スキルで馬車を守っていたらしい。

その胸に、翼を生やした大猫が飛び込む。


「んミャア」

「シャオ、よく頑張ってくれました」

「ニャオオオオン」


ここぞとばかりに甘えて顔を擦り付けている。

そのせいで少し立ち止まってしまって馬車から遅れたが、シャオの功績を考えれば許してやることにする。


さて、仲間の無事に胸をなでおろしたが、いつまでもそうしているわけにもいかない。


進行方向から後ろに向かい、遅れて付いてきている負傷者を抱え上げて馬車に放り込む。

アード族も猫顔の種族も一緒くたにしたが、今更喧嘩をする元気もあるまい。



負傷者の救助をやったことで、流れで最後尾での殿(しんがり)の役割となった。

今にもガルドゥーオンが戻って追ってくるのではないかとビビっていたが、結局追ってくる気配はなかった。


一行は日が暮れてからもしばらく進み、ガルドゥーオンに襲われた場所から十分に離れたところでやっと止まり、野営の準備に移った。


場所は、岩壁にぽっかりと穴が開いて洞窟のようになっている場所だ。

開けた場所では気持ちも落ち着かないという配慮かもしれない。



馬車は木の枝でカモフラージュしたうえで、入り口を塞ぐように配置される。

中ではいくつかテントが張られるが、そのほとんどがけが人で埋まってしまった。

五体満足な者は洞窟内で起こした火の傍でその顔を突き合わせることになり、無事に乗り切ったメンツが誰かも分かってきた。


まずはリーダーのヒュレオ、そして霧族のマッチ。

ヒュレオは左手に包帯を巻き付けてどこか負傷した様子だが、右手で剣を構えて警戒に加わっている。

マッチは怪我もなさそうで、指揮棒を持って何かと指示出しをしている。


そして大角族のアブレヒトとその仲間2人。

アブレヒトはあれだけ叩かれた割には元気だ。

2人の同族の肩を借りつつではあるが、普通に歩いている。


ヒュレオ以外のアード族は半数以上を失い、残った者も負傷している。

軽傷なのはマージくらいだ。

もともと一匹狼な雰囲気だが、今は特に一人で無口に座っている。

軽く話を聞くと、リオウは辛うじて生きているらしい。顔を潰されて寝込んでいるらしいが。

他にこの場にいるのは、シャクラン家に内通して馬車に隔離されていたやつだけ。

そいつも最後に突撃して足を折られ、馬車にいたらしい。


シャクラン家は山猫顔のヒトと三毛猫顔のヒトがいない。最後にモセを守ろうとしたことで、その他の人員も軒並み怪我をしている。

アード族と比べるとまだ被害軽微だと思うが、部隊の要であった2人がいなくなったのは大きいようだ。

モセ・シャクランもその美しい毛並みが土に汚れてしまっているが、それを綺麗にする余裕もないようだ。


リリ率いる偵察部隊も数が半分くらいになっている。

乱戦の中で行方不明になった者もいるが、そもそも偵察から戻らなかった者も多いらしい。ガルドゥーオンがいた方を偵察していた者たちだ。


ガルドゥーオンが突然襲いかかってきたことからも察してはいたが、どうやらどこかのタイミングでその方向の偵察隊は全滅していたようだ。

アカイトがそちらを受け持っていたら、警告するくらいのことはできたろうか。

それとも為すすべなく死んでしまったろうか。


そういえば、アカイトだ。

あいつには聞きたいことがあるのだ。

周囲を見渡すが、アカイトらしき人影がない。


「アカイトはどこ行った?」

「拙者が何でござるか?」


上から声がする。シャオに乗って飛んでいたようだ。

下りてきたシャオの背から降りたアカイトは、しゅたりと見事な着地をする。


その返答の調子を聞いただけで、彼が賢者モードではないことを察した。


「……いや、なんでもない」

「もしや、拙者にご用かな?」


落ち着いた発声。賢者アカイトか?


「お前……そんな自由に切り替えられるんだったか?」

「いいえ、前までは難しかったのです。しかし、主人格の意識が変わったようでしてな。比較的自由に出入りできるようになり申した」

「なんだって?」

「そうは言っても、スキルを使っているのにも魔力を使う。そういつも切り替わりはできませぬ」


つまり、魔力に余裕があれば出られるようになったと。


「なら、質問も急がないとな。ガルドゥーオンが襲ってくる前、様子がおかしかったな? あれは何があったんだ?」

「ああ、そのことでござるか。それを説明するには……殿、拙者のスキルを見てくだされ」


どれどれ。



*******人物データ*******

アカイト(ラキット族)

ジョブ 森の隠者(25↑)

MP 17/31


・補正

攻撃 G-

防御 G-

俊敏 F+

持久 F+

魔法 E

魔防 E+


・スキル

危険察知Ⅰ(new)

隠者の知恵、樹眼、隠形魔力、戦士化、地形記録、体重操作


・補足情報

ヨーヨーに隷属

*******************



ステータスを見ると、「危険察知」の文字が。ドンも持っているスキルだ。


「アカイトも危険察知を?」

「半分正解、でござる。どうやら賢くなっている間のみ顕現するようでしてな。確かめていただきたい」


アカイトが一度人格を切り替えると、「危険察知」のスキルの表記が消えた。


「どういうことだ?」


アカイトは再び賢者になって説明してくれる。


「どうやら、拙者の『樹眼』はただ遠くを見通すだけではなさそうでしてな。上手く使えば、危険察知に使えそうだと考えた次第。そうして試行錯誤しているうちに、スキルが増えたのでござる」

「じゃあ、襲撃前に危機感を感じていたと?」

「薄らと。クダル家の内部抗争のせいかと考えもしたのですが」

「ドンも気付いていないことに気付いたのか」

「同じ危険察知でも、感じ方は千差万別のようですぞ。拙者はどうやら、薄らと危険な展開を感じることに長けているようで」


興味深い話だ。

ドンとセットで警戒してもらえば、かなり有用なんじゃないか?


「ただ、未だにどのような危険には反応して、またはしないのかは未知数でござる。空振りも多いようです」

「空振りもあるのか……そこは、ドンの方が優れているな」

「そうですな。ドン殿の危険察知は確実な危険を察知することに長けているのでしょう」

「そうだな」


それにしても、アカイト、というか賢者アカイトが有能なのだが。


「アカイト、お前、シャオの幻影の強化もしてたんだよな?」

「ええ。これも樹眼の応用と言えましょうな」

「そうなのか?」

「樹眼の真髄は、魔力を自在に巡らせる点にありますので」


なるほど、分からん。


「賢者アカイトがいれば、俺の魔法も強化できるのか?」

「むう、難しいでしょうな。物によっては可能性がありますが……殿の魔力遣いに拙者が合わせられぬゆえ」


イマイチ違いが分からないが、シャオには出来ると。

そうなると、シャオとアカイトをセットで運用するのには今まで以上のメリットがありそうだ。

まさかの、アカイトの飛行騎兵ルートである。

しかも幻影魔法まで使いこなす強キャラだ。


強すぎる。

非力すぎることに目を瞑ればだが。


「アカイト、お前……」


種族が違えば、本当になれたかもな、最強の戦士に。そんな言葉が浮かんで、呑み込む。

分からないが、侮辱になるかもしれないと思って。


「なんでござるか?」

「……賢者の方にも、その口調が写ってる気がするな?」


普通の口調の時もあるが、ちょいちょいござる口調が出る。

前もあったが、頻度が増えた気がする。そんなに何度も出てきているわけではないので、はっきりとは分からないが。


「それは自然なこと。もともと1つの人格ゆえ」


そういうものか。



マッチの仕切りで夜番の受け持ちも決められ、遅番となった俺は焚き火の近くで寝転ぶ。

武具を装着したままなので硬いが、それでも浅い眠りには入れるようになった。

ニート時代には考えられなかった成長だ。



一眠りして眠りが覚める。



洞窟内は焚き火以外の光はなく、岩陰から入ってくる星の光も僅かだ。

薄暗い洞窟は静まり返り、時折誰かが咳き込む音がする。


トイレに行きたい。

普段の野営だとその場や近くで済ませてしまうこともあるが……近くにヒトも多いし、洞窟の外に行ってくるか。


静かに身を起こして、馬車の脇から外に出る。

草陰で用を済まして戻ると、焚き火から離れた位置に立っている気配に気付く。


なんだろう。


ちょっと気になって近づくと、気配の方も俺の方を認識したような仕草をしたようだった。


内心少し警戒しながら近づく。


スルーする選択肢もあったが、もしこれが夜盗とかで、俺が気付いたのにスルーしたとかだと気まずい。

更に近づくと、掠れた声がして、誰なのか腑に落ちた。


「ヨーヨーちゃん、どした? おねしょか?」


もたれかかっていた岩壁から背を離して、こちらを茶化す。しかしその声は掠れて夜の闇に消え入りそうだ。


「ヒュレオ。妙なところで突っ立って、何をしてる?」

「……警戒だよ」

「元気ないな」

「はー、当たり前でしょ。今日だけで、何人の仲間を失ったと思ってるん?」

「仲間か」


ヒュレオにもそういう意識はあったか。

今にも分裂しそうな一行だったが、結局あの怪物に対立ごと全てをぶっ飛ばされた。


「ヨーヨーちゃんは……仲間を森に逃したでしょ」

「いや、森から魔物が来ているとアカイト、あのラキット族に言われて、対処のためにな」

「……ま、そういうことにしといてあげるよ。結局ヨーヨーちゃんや、あのアカーネちゃんって子には助けられたし」

「そいつはどうも」

「いや、ホント。飛行できる種族でもないのに、空中戦できる魔法剣士なんてヨーヨーちゃんくらいでしょ。で、あの子も馬車の専属技師の数倍は魔導兵器を上手く使ってくれてね」

「アカーネは魔道具の扱いでは天才だからな」

「うん、そうなんだろうね」


ヒュレオがまともだ。

いつもみたいなウザさが鳴りを潜めてしまっている。


「元気がないな、やっぱり」

「あったりまえ。俺っちが言ってたのは本気だったわけよ? このチームなら、大型でも倒せるって」

「今日の遭遇は不運だった」

「ね。流石に上からあの巨体がフルスピードで落ちてくるとかさ……しかも、隊列の中央にね。逃げられただけでも奇跡に近いっしょ」

「そうだな」

「あのシャクラン家のモセちゃんに、軽快に動けるアード族の若者たち。リリちゃんとこの手練れの斥候たち。はー、これなら勝てると、本気でさ……」

「不運だったんだ、仕方ない」

「そりゃ違うよ、ヨーヨーちゃん。皆、いいシゴトしてくれたよ? そりゃさ。で、それで勝てなかったのはなんでだ?」

「……なんでだと?」

「そりゃ俺のせいだよ。俺が予測できなかった。俺が油断してた。適切に指示できなかった。俺が……はあ」


ヒュレオは盛大にため息を吐くと、再び脱力して壁にもたれた。


「あのデカブツがこんなところでウロついてるってことは、モク家の前線は相当混乱してるね。あるいは……」


壊滅しているか。

ヒュレオがあえて言わなかった部分も、伝わった。


「西に行くのは止めるか?」

「この状態で引き返すのも危険だ。一度、予定の前線拠点までは向かおう。最悪滅びていたとしても、残党と合流できるかもしれない」

「残党と合流して、それで次は勝てるか? あいつに」

「……さあね〜」


ヒュレオは結論を避ける。

同じ個体と再戦になったとして、現有戦力で勝てる気はあまりしない。ヒュレオも同じ思いなのだろう。


「ヨーヨーちゃんは? また戦うとなったら、参加してくれるん?」

「さて。勝ち目があるなら考える」

「そう……五分五分なら?」

「五分五分か」


それなら逃げたい。が、そう答えるのも角が立つな。


「そうだな。あいつを倒したら、一番でかい魔石をくれるなら、まあ、考えてやる」

「ひひひ、言ったねぇ、金に汚い傭兵め」

「傭兵だからなあ」


少しだけヒュレオの調子も戻った気がする。

ただのカラ元気かもしれないが。

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