第351話 光
ガルドゥーオンと戦う。
もう何人やられて、誰が残っているのかも良く分からない。
とにかく断続的に攻め立ててはいるが、倒せる気配はない。
本隊、と呼んで良いのか分からないが、生き残っている馬車や荷物持ちは西に向かって離脱を始めている。それに伴ってモセ・シャクラン始め周囲の者も追随するように動く。
場合によっては、馬車を逃すために俺たちが囮になって残る展開になるのかもしれない。
そんなことを思うが、ガルドゥーオンは離れようとする馬車を振り返り、近くの岩を掴んだ。
マズい!
「常人のひらめき」を発動して上に放つと、ガルドゥーオンはまたも動作を中止して光の行方を眺めた。しかしそれは一時のことで、少しして我に帰ったガルドゥーオンは取り落とした岩を拾い、唸るように喉を鳴らす。
その間に練り上げた魔力で、ラーヴァボールを創る。サテライトマジックで浮かばせ、それらを連続で放つ。5つのラーヴァボールを連続で放った。
それらはガルドゥーオンの顔めがけて上昇し、最後の1発以外は命中する。
グアアアゴ……
ガルドゥーオンは鳴き声をあげるが、それだけ。牙を剥き出しにしながらこちらを睨みつける。
効いてないというわけでもなさそうだが、やはり体格差がありすぎるか。
「チッ」
ガルドゥーオンがこちらに狙いを定め、右腕を振りかぶる。
ガルドゥーオンから斜めに走るような進路でダッシュする。左手の森に向かう方向だ。
ガルドゥーオンが手にした岩を投擲する。俺は前に一気に加速するようにエア・プレッシャーを発動して回避。しかし避けきれず、右足に強い衝撃。
その後すぐに左に加速して軌道をズラすと、元の進行方向の方に触手が向かうのが見えた。
なんとか森に入り、木を避けながら奥に進む。
そして目についた大きな木の幹に身体を預けて、座り込む。
右足は、動く。よし。
何度か曲げ伸ばしをしてみて、俺の思った通りに動くことを確認する。
岩が掠ったようだが、折れてはいなさそうだ。
しびれるような痛みは残っているが、少しすればまた走れそうだ。
「ふう……。危機一髪だ」
さすがの巨体で、距離があっても気配察知でガルドゥーオンの大まかな動きが分かる。
加えて、改めて気配探知で詳しく気配を探る。
俺への追撃は諦めたのか、馬車の方に向き直す気配。
索敵自体はシンプルに目で見ているか。
それなら全員で森に散れば、とも思うが、それを他の奴らがしないということは、理由があるのだろう。単純に逃げにくいし、ガルドゥーオン以外の魔物に襲われるからかもしれない。
馬車にロックオンし、跳び上がって馬車方向にジャンプするガルドゥーオン。
その先に筒状の火柱が立ち上がり、崖の突起を掴むようにして方向を変えるガルドゥーオン。あのスキルは多分ヒュレオだ。
ヒュレオはまだ生きているか、少なくとも。
ガルドゥーオンは馬車から離れた位置に着地するが、そのスキを狙ってか、また馬車から緑の巨大マジックアローが投射される。
それを避け切れず、右脚に刺さったマジックアロー。緑の矢はすぐに消えて血が流れる。が、その巨体からすると小さな傷か。
それでも、通常サイズの矢と異なり、針で刺されたくらいの痛みはあるはずだ。
ギャオオオオオォォン!!
ひと鳴きしてから、今度は身を屈めて走る。
ドシン、ドシンと一歩ごとに地鳴り。
何人かの小さな気配が馬車に向かっていくガルドゥーオンに対峙する。アード族か、シャクラン家か、あるいは両方か。
巨体の足元を狙っているようだが、ガルドゥーオンに弾かれて吹き飛ばされたり、踏まれてしまったりしているようだ。
俺も復帰しなければ。
足をやや庇うように走りながら、森から出たところで進行方向の方から複数の気配。
おそらく背翼族だ。いや、丸鳥族もいるか。
空中を滑るように近づいてくる一団は、真っ直ぐガルドゥーオンに向かう。距離が詰まると散開し、先頭にいた背翼族が赤く光る。
「おお……」
背翼族から溢れる赤い光はやがて巨大な翼となり、そのままガルドゥーオンの頭へと向かう。
神秘的な光景に思わず感嘆の声が漏れる。
援軍か……いや、偵察に出ていた背翼族たちか。
俺が翼を焼いたルルの家族らしい、リリだ。
光の翼を生やして突撃したリリは、ガルドゥーオンの顔の側を通り過ぎて、光の翼で斬りつけるように身を翻す。
ガルドゥーオンは咆哮した後、虫を払うように両手を振り回し、触手も無茶苦茶に振り回す。
飛び回りながらそれを回避するリリだが、触手の動きを追い切れずに衝突する。
散開していた他の飛行偵察員が追撃にくる触手を弾きながら、リリを連れて離脱する。
リリに続くように攻撃をしかけた数人は、手や触手で叩き落とされるか、リリと同じように離脱した。
グアオオオオッ!!
ガルドゥーオンの怒号が響く。
その顔には、斜めに走る傷があり、体液が滲み出ている。
リリの付けた傷か。深い傷ではないかもしれないが、あれは痛そうだ。
「ヨーヨー殿」
小走りで敵を追う俺の後ろから、アブレヒトの声。振り返ると、棒のような長柄の物を持った大角族が走ってきている。
「生きていたか」
「あれしきでは死ぬわけにもいかない」
「その武器は、シャクラン家の?」
「ああ、拝借した。斧は壊れてしまった」
彼が持っているのは、三毛猫顔のヒトが持っていた物だ。
「あの長い剣みたいなものは出せるか?」
「残念ながら分からない」
「貸してくれるか?」
受け取って魔力を流してみる。
うーん。分からん。
「ダメだな、一朝一夕に使える物ではなさそうだ」
「そうか。この際、頑丈なら良い」
俺が棒を返すと、アブレヒトはポンポンと棒を叩いてみせた。
鈍器として使うつもりのようだ。
「作戦はあるか?」
正面から突撃しては跳ね返されているアブレヒトに訊くことでもないかもしれない。
しかし、今、奴を本気で倒そうとしているという意味では、唯一かもしれないのが彼だ。
「ない。とにかく今は注意をひく。その時間が宝だ」
「そうか、そうだな」
三毛猫顔のヒトの巨大剣も、馬車の魔道具も、リリの必殺技のようなスキルも決定打にならない。
なら、モセ・シャクランの一撃に賭けるということになるか。
「リリたちも限界だな。光を放つから、あんたもギリギリまで時間を稼いでくれ」
「応っ!」
スピードを上げる。
右足は全力で動いても問題なさそうだ。
「常人のひらめき」の光を溜め、放つ。
離脱する飛行組を追い回していたガルドゥーオンは、いきなり興味を失ったかのように、ぐるんとこちらに首を回した。
じきに興味は切れるだろう。だが、その前に攻撃すればこちらに興味が移るかもしれない。
ラーヴァボールをいくつも創り出し、撃ち出す。
加速したアブレヒトは、ただの走りとは思えないようなスピードで、雄叫びを上げて突進している。
エア・プレッシャーもなしであの速度か。
恐れ入る。
グガアアアア!!
ガルドゥーオンもラーヴァ系は熱いのか、イラついたように鳴いてから、左手を低い位置からアッパーのように繰り出し、アブレヒトに向けて土砂を浴びせる。
アブレヒトはそれを読んでいたようで、横に飛び退いて躱す。いや、躱しきれていないが、意に介さないで進む。その間にガルドゥーオンは、両手の指を交互になるように組んで、ハンマーのように振り下ろす。
アブレヒトは直撃を避けたようだが、至近で巻き上がる土砂を浴びてしまったようだ。
ふらりとしたところを触手が襲う。
それをラーヴァボールで弾きながら、エア・プレッシャーで前方向に跳び上がって敵に向かう。
腰の入っていないパンチが続くが、エア・プレッシャーで横に避ける。魔剣に魔力を流して攻撃の準備をする。
しかし、それを放つ前に、ガルドゥーオンが身体を揺するような動作。咄嗟にキャンセルして上に飛ぶ。
ガルドゥーオンは身体を一回転させながら尻尾を斜め方向に振り、俺がいた場所を空振りする。
落下しながらエア・プレッシャーで勢いを殺して着地する。
その瞬間を狙ってか、ガルドゥーオンが左手でパンチしてきている。
巨体のくせに、動作から動作に移る時間が短すぎる!
身体を強張らせて、衝撃に備える。
そんな俺との間に飛び出し、拳を受け止める人物。アブレヒトだ。
「ふんぬうううう!!」
棒を横に持って、正面から受け止めている。
人間業じゃない。人間じゃないからか。
感謝を表したいが、その暇もない。
敵が既に動き出しているのだ。
「右手に注意しろ!」
身体を起こすようなガルドゥーオンの動きは、逆の手を使うためだと推測して警告する。
しかし実際には、右手ではなく右足だった。
ガルドゥーオンが地面を抉るように蹴り上げた右足は土砂を巻き起こし、土砂はアブレヒトを飲み込んだ。
「アブレヒトっ!」
そして、踏み付け動作に移る巨大な気配。
思わず叫んだ俺は、目を疑う。
砂煙が晴れていくと見えたのは、ガルドゥーオンの前に、別の巨体が……もう一体のガルドゥーオンが立ちはだかる姿。
「新手か?」
俺たちを攻撃していた方のガルドゥーオンは、驚いたように後ろに飛び退る。
グァッ? グガアアアアッ!
恐る恐る、ジャブのような右手の拳が放たれると、新しく現れたガルドゥーオンは煙のように消えていく。
幻か!?
空中から、小さな気配。
シャオに乗ったアカイトだ。
「殿! モセ殿の元へ!」
「アカイト! あれはシャオの幻影か? あんな巨大な……」
「いかにも。拙者が少しばかり手を貸しておりまする」
まじかよ。
賢者アカイトの方だろうが、そんなことが出来たのか。
「よくやった! アブレヒト、モセの方に行こう」
「げほっ。ヨーヨー殿は行くべきだ。こちらで気を引く者も必要」
「アブレヒト……」
土砂の直撃を受けたアブレヒトは、その汚れた姿でも分かるくらい、血を流している。
「気にするな。人類の大敵たる魔物と差し違えるのは、本望」
「死ぬなよ」
「難しいこと、言う」
アブレヒトは笑う。
俺は右の方に走り出す。
ガルドゥーオンの方はと言うと、体勢を整えたらしいリリたちが再度周りを飛び回り、そちらに気を取られている。
馬車からまたマジックアローも放たれ、鬱陶しげに動いている。
これなら。
今なら邪魔されずに動ける。
次の手を考えながら走る。
空中機動しながらの戦闘は、めちゃくちゃ魔力を食う。
空中で連続エア・プレッシャーをすると、地上で単発で使うのの何倍も難しい。
狙った方に身体を飛ばすのも、既存の魔力というか残存魔素みたいなものの干渉もあるのだ。
それらを戦闘しながら繊細に制御するのは無理だ。
よって、今やっているのは「とにかく魔力を使って無理やり機動する」方法だ。
つまり無茶をやっているのだ。
そこまでやって頑張って飛び上がっても、ガルドゥーオンの腰くらいまでしか上がっていなかったりする。
相手、ガルドゥーオン自体の身体を利用して上がるのも考えたが、ゲームのようにはいかない。
そんなことを考えながら走って行き、右翼のシャクラン家の一行が再度目に入る。
数は減っている。
モセ・シャクランは相変わらず馬の上で魔道具を抱えて集中している。
しかし、その身体は白く光っているようだ。
猫毛が逆立ち、神秘的な姿。
モセは目を開き、敵を睨む。
その時、ガルドゥーオンに異変が起こった。
空中の敵を叩くのをやめて、モセを明らかに見た。
「こっちの狙いが分かるのか!?」
「どうも奴には魔力感知能力があるようです」
賢者アカイトが言う。
「つまり、魔力の高まりを感じた?」
「可能性は低くない」
マズいじゃねーか!
「常人のひらめき」を放つ。
一瞬、ガルドゥーオンはこちらを見たが、鼻を鳴らして目を逸らす。
使いすぎて効果が薄れたか!
ガルドゥーオンが跳んで空の者たちを振り切る。
そして手も使って四足歩行のようなダッシュをする。
みるみる、モセに近づく巨大な敵。
まだか、モセの準備はまだなのか?
敵を睨んだまま馬の背で待ち構えるモセ。
手下の猫顔たちが迎撃に出るが、触手で雑に払われ、避けた者は無視される。
俺はまだ少し距離がある。
せめてものラーヴァボールを乱射するが、気にせず突き進む敵。
右手を振り上げ、モセに振り下ろすガルドゥーオン。
飛び出してそれを受け止めた気配。
苛立ったように左拳、右拳とラッシュを繰り出すガルドゥーオン。あのアブレヒトでさえ、遂には受けきれなかったラッシュ。
それを、下がることなく、吹き飛ぶこともなく受け止める人物。
それはアード族のパッセだった。
6発、7発……いくらパンチを受けても、微動だにしないように見えるパッセ。
怪訝そうに一瞬動きを止めたガルドゥーオンの頬に、土砂の奔流を叩き付ける。
ガルドゥーオンが散々掘削してくれたおかげで、川の水をまとめるように、土砂をまとめることができた。パッセが魔力を練り上げる隙を作ってくれた。
さんざん自分が掘っていた土砂で殴ってやったぞ!
グガアアアアッ!!
一瞬、ガルドゥーオンの注意がモセとパッセから外れて俺に向く。
直後、モセ・シャクランのいた方向から、光が溢れる。
間に合った。
のか?
無音。
ただ光が満ち、ガルドゥーオンの顔を覆った。
それが魔法だということを、遅れて俺も理解する。
極太ビームというべきか。
ただ白く輝くエネルギーの束が、ガルドゥーオンの顔を焼く。
数秒だったのか、数分だったのか。
ガルドゥーオンの顔は、消失はしていなかった。
ただ、顔の表面は焼け爛れ、黒く焦げているようだった。
グガアアアア……
よろよろと、森の方へ走り出すガルドゥーオン。
「今のうちです、退却を急げ!」
マッチの声が聞こえてハッとする。
追撃しないのか?という疑問も頭をもたげるが、振り払う。
こっちも戦える状態じゃない。
「パッセ。おい、動けるか?」
パッセの近くに寄って揺らす。
パッセの顔は潰れて、手足はあらぬ方向に折れ曲がっている。
息はない。
というか、身体に無事な部位がない、と言うべきか。
そして、彼女の身体には硬い土がまとわりつき、まるで杭のように地面に突き立っていた。
「……これは」
「土魔法でしょうな」
アカイトが言う。
以前俺と戦ったとき、彼女は自分の土魔法のようなスキルを使いこなせていない、と言った。
それから、どれだけ経ったか。
パッセは自分なりに探し、そして身につけていたのか。
その力の使い方を。
たとえ自分が力尽きようとも、後ろに守っている誰かを守れる。そんな力の使い方を。
「その者は……」
すぐ傍から、モセの声がした。
「アード族のパッセ。優秀な戦士だった」
「……アード族の」
モセはパッセの姿に、何を思ったのか。
カシャンカシャンと音を立てて自律的に変形する魔道具を重そうに抱えている。
その表情が固いのは、疲労のためか。それとも他の衝撃のためか。
「行こう、モセ。今のうちに、本隊と合流しよう」
「……ああ」
周りから、生き残ったシャクラン家の戦士が2人ほど近寄ってきた。
その中には三毛猫顔のヒトも、山猫顔のヒトも含まれてはいなかった。
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