チェイン・ギャング

下伊敷タマエ

第1話 地獄

アジア某国、ここでは独裁が敷かれていた。 各国のマフィアや反社会的組織とつるみ、非人道的な事業で儲けていた。 その事業の売り上げに関する会議が、今ちょうど終わったところである。


髭を蓄え、砂漠色の軍服とベレー帽で威圧感をたっぷりと放つ男こそ、独裁者その人であった。男の部屋は煌びやかな物で溢れ、何もかもが美しかった。ふと、ドアが開く。

「総統、アメリカ白人労働者党の方々がお見えです」

総統と呼ばれた男は、すぐに客間へ向かった。そこには『お得意先』である白人が

数名、待っていた。ビジネスの話をするためである。

「今回は、何人だ?」

総統の問いに、白人の一人が答える。

「二十三です。全てアメリカから連れ出してきました。黒豚、ユダ豚、全部アメリカには要らぬ害畜どもですが、まぁ奴隷くらいにはなるでしょう」

総統はフン、と鼻を鳴らすと、そのぎらついた眼でネオナチのほうを見た。

「ワシの帝国は労力に飢えている。だから君らのような人間と取引をしておるんだ。

わかるかね? たった二十三の奴隷のために、アメリカ白人労働者党に投資したわけ

ではないのだ」

総統の呆れを十分に含んだ言葉を向けられたネオナチは、ニィ、と口角を歪める。

「わかっておりますとも、総統殿。我が党は失業と就労の争奪にあえぐ白人労働者同胞

を外来生物たる黒人、ユダヤ人から守るため、今後も排外作戦を継続いたします」

「これまであなたの帝国には七十を超す奴隷を売ってきました。 そしてこれからも、であります」


そのころ、港では中型船の船団から積荷がおろされていた。 すなわち、誘拐した人間を収容所へ送るためにトラックに乗せているのである。

「コラ! とっとと乗らんか!」

「よぉしこっちは満員だ、行け」

総統と同じような砂漠色の迷彩服に身を包んだ軍人たちの怒声と連れてこられた人々の嗚咽が、もう沈みかけた太陽で鈍く光る港湾にきこえた。

ストリートギャングのメンバー、ウィリアム・ボクサーは最後に船から降ろされた。どうしてここにいるのか覚えていない。うっすら思い出せるのは仲間の酒店で浴びるほど飲んだことくらいである。いつもなら汚いスラングで罵り格闘してみせるのだが、頭は鈍痛に見舞われ、手錠をされ、相手はチンピラには使いこなせないような軍用のライフルを持つ男数十人。流石に抵抗はできない。

「止まるな、乗るんだ。撃つぞ」

止まれ、撃つぞ。というフレーズはアメリカで警官にさんざん言われてきたが、この軍人の言葉は初めてだ。どのみち従うしかなかった。


トラックの揺れがウィリアムの頭痛を倍増させる。気を紛らわそうにも、荷台は幕に覆われて外は見えない。エンジン音と風を切る音が、場を支配した。ふと、石で車体が跳ねた。

ゴツ、とも、ガン、とも取れる、あるいは取れない音がして、頭痛は瞬間の麻痺の後一層激しくなった。

「いってぇ……」

見ると右隣の黒人が頭を抑えていた。ウィリアムよりも小柄、だが同年代らしい見た目の男はウィリアムを睨む。

「なにしやがんだよ」

「ワザとじゃねえ」

睨まなければ素直に謝ったのだ、が、ウィリアムはそいつの態度が気に入らなかった。

だからそう反論してみせた。相手はますます態度を強めた。

「じゃなくても謝るべきだろ」

「騒ぐな、頭が痛いんだ」

「俺の方がイテェ思いしてんだ、とっとと謝れ」

「断る」

「謝れ」

「いやだ」

「てめぇ、このクソッタレが!」

「なんだとこのコバエ野郎!」

最初はそれこそコバエが飛ぶようなわずかな声量であったものが、ヒートアップにヒートアップを重ね、お互いの口から罵倒と唾が激しく飛び交う。謝れっつってんだろ、くたばれ能無しチンパンジー、なんだと肥溜め頭、ママさん狂いのケダモノガキンチョ、

「やかましいぞ!おい、やめんか!」

荷台に同乗していた警備兵がやっと止めに入った。丁度、収容所に到着したところであった。

「おい、いい加減にしねぇとそのコーヒー豆みてぇな脳みそ外にぶちまけるぞ!」

ライフルを向け静止を促す。ウィリアム『は』罵声をあげるのをやめた。が、小柄な方は落ち着くどころかさらに逆上していく。

「てめぇら揃いも揃って調子コキやがって!俺様は『ブラッドネイション』の幹部、エリック・キング・ジョンソン様だぞ!ここが何処の誰の土地か知らねぇけどよ、俺のダチが必ず俺を助けに来るぜ!覚悟しとけよポンコツ兵隊が!それからデッカいニーチャンよぉ、お前もアメリカ人ならブラッドネイションの事わかってんだろ、あァ?」

ブラッドネイション。カリフォルニア州でトップを争うギャングで、ウィリアムの属する『デス・モーターサイクル・ブラザーフッド』の敵対組織である。そうとわかれば、ウィリアムも黙っていられない。が。

「懲罰房にぶち込めェ!」

収容所のスピーカーが吠え、警備兵が一斉にエリックへと突っ込んでくる。……いや、ウィリアムも標的であった。抵抗する術などなく二人とも警棒や銃床で袋叩きにされ、瞬く間に気を失った。


総統との会談を終えたネオナチたちは港湾へ戻った。どの船にも乗組員だけが残り、黒人もユダヤ人も誰一人残っていなかった。

「引き上げ始め!」

リーダー格の男の号令に、船団はゆっくりと港湾を離れていく。党旗が風を受け、バサバサと鳴く。……その音に混じり。

「何か聞こえないか?」

「え?」

船員の二人は耳をすます。

「なんだ?」

「音楽?……音楽だ」

確かに聞こえる。だんだんとそれは大きくなる。いや、

「近づいてきているのか?」

そのとき、警報が鳴り響いた。

「8時の方向!上空ー!」

スピーカーが叫ぶ。そしてほんの間も無く、爆風と烈火と衝撃が船体を包んだ。そして数分後、日が沈みきった沖に、船団は藻屑と消えた。


「総統、空軍のユスフ元帥からお電話です」

「ユスフか。何事だ」

『総統、国籍不明機が領空に侵入しました。今スクランブル機が上がりましたが、アメリカ白人労働者党船団との交信が不通となっています』

「ええい、沈んだか。周辺の主要施設の警戒を厳としろ。これ以上被害を出させるな」

了解、の返答を聞くと総統はすぐに受話器を置いた。


ユスフは電話が激しく切られるのを聞くと、ゆっくりと受話器を置いた。冷や汗がにじむ額が、不安と焦りを示していた。

「国籍不明機と接触できたか?」

「要撃機MiG-29二機、コールサイン〈ビーバー〉、会敵予想時刻まで7分。目標は国籍不明機。機種は不明ですが、速度・高度から軍用ヘリと思われます」

「警告を無視したなら攻撃して構わん。それと、アメリカの船団との連絡はどうなっている」

防空司令部は慌ただしくなった。独裁国家とはいえ、戦争自体は起こっていない。反体制派との衝突はあっても、空軍の出番はなかった。要撃任務は事実上、初陣なのである。

「いまだ連絡が取れません。海軍の哨戒艇が向かっていますが、その呼びかけにも応答無し」

「くそ、総統はお怒りだぞ……」

ユスフの焦燥感は増すばかりである。それに追い打ちをかけるかのように、オペレーターが告げる。

「司令、第三レーダー基地との連絡が途絶。国籍不明機の位置を捉えることができません」

「馬鹿な」

『〈ビーバー〉より防空司令部、会敵できず。指示を求む』

「〈ビーバー〉、目視で警戒せよ。作戦は中止できない」

『〈ビーバー〉、了解』

「ええい、通信を代われ」

そういうとユスフはオペレーターの一人からインカムをとりあげた。

「こちら空軍元帥ユスフ、第三レーダー基地、何が起こっとるんだ」

『山林から正体不明の部隊が侵入、今基地の味方がバリケードを築いて応戦して……うわあっ』

ブツッ、と乱暴な音がして一切の音がしなくなった。

『〈ビーバー〉より防空司令部!レーダー照射を受けている!』

「〈ビーバー〉、第三レーダー基地周辺空域上空を通過、おそらく敵地上部隊の携行対空ミサイルです」

『〈ビーバー〉被弾!ベイルアウト!』

ビーバー二機の反応が消え、防空司令部の混乱は最高潮に達した。


一連の混乱の最中、ウィリアムとエリックは収容所の中で最も厳しい牢へぶちこまれた。手足を縛られたまま顔を水槽へ突っ込まれ、そのまま警棒で殴打される。今その拷問が終わり、二人は椅子に縛り付けられていた。二人ともいくらストリートギャングのメンバーとはいえ、拷問を耐える訓練など受けたことなどない。肉体も気力もボロボロ、ここが地獄、こここそ地獄そのものである、エドウィンもエリックも心の底からそう思った。

「……おい」

エドウィンはエリックに声をかける。エリックはエドウィンと比べて激しく反抗したせいであろう、より厳しい罰を受けていた。

「……なんだよ……デッカいニーチャン」

そのせいかダメージはエリックの方が大きい。だがエドウィンはそのような事を気遣うためにエリックに声をかけたのではない。

「出るぞここから」

「……ふっざけんな、方法が無ぇだろ……それにテメェがいなけりゃこんな目にはあってねぇんだ……出るなら勝手に出ろ、俺は仲間を待つ」

エリックは苛立ちを隠す努力などしていないであろう言葉で、しかしそれとは裏腹に弱々しい声量でエドウィンに対する敵対心を吐く。

「頼む、協力してくれ。ブラッドネイションの幹部なんだろ」

「そうだよ……だが武器もなければ車もねぇ!あるのは手錠と、脳みそプロテインまみれの石頭野郎だけじゃねえか!」

「なんだとテメェ!こっちが下手に出りゃあイイ気になりやがって!」

「うるせぇ!脱出できるってんなら今すぐここまできて俺をそのヘナチョコなパンチで殴ってみやがれ!」

ここまで大声を張り上げて二人は身体が冷めていくのを感じた。そう、ここまで騒いだのだ、また懲罰に兵が来るに違いない。二人は静かになった。後悔が牢を支配していき、徐々に心の準備をしようとした。


しばらく静寂が続いたが、誰も懲罰には来なかった。

「こねぇな、あいつら」

「そもそもここどこだ?あいつらアジア系の顔してるのばっかだったけどよ」

検討もつかない。そもそもこんなところに連れて来られる心当たりは……無くは無かったが……それでもその理由があいつらにとって『敵対ギャングだから』なのであれば、わざわざこんな手の込んだことはしないはずであることは、脳みそがプロテイン漬けと形容されるほどの知能しか持ち合わせないエドウィンにもわかった。とりあえず脱出の方法を探そう、そう思い思考回路を動かそうとした。

そのときである。

ズ──────ゥゥンンン。牢、というより収容所全体が揺れる感覚が二人を襲った。

「なんだ!?」

「なんだよ!?」

足元になにかパラパラ、と落ちたのがわかった。天井を見ると、どうやら建物にヒビが入っていっているようである。まずい。これは最高にまずい。一体何が起こっているのか、二人ともまるで検討もつかない。ジタバタと椅子でもがき脱出を試みるが、もう遅い。

「崩れるぞ!」

「畜生!」

天井が崩れ、視界が黒くゼロになる。激しい痛みが体全体を覆い、そのまま意識は遠のいていった。


収容所からは煙と炎が上がっていた。

「ヘリだ!攻撃ヘリだァ!」

「対空砲をぶち込んでやれ!急げ!」

爆発音、助けを求める声、銃声、指示を出す声が溢れかえる。空にはプロペラが戦場の狂気に汚された風を切る音が駆けている。────いや、それだけではなかった。

「なんだ?」

「おい馬鹿、何をボーッとしとるんだ!……畜生、趣味の悪い事を……!」

「音楽……!音楽だ!」

そう、アメリカ白人労働者党の船団を海に沈め、収容所を破壊し、空を我が物顔で飛行するヘリ、Mi-35は兵員室に付けられた大型スピーカーから音楽を放っていた。こんなマネをしたのは、F.F.コッポラ映画のキャラクターくらいである。

「『戦争』……『戦争』だ……」

破壊された対空砲から投げ出された兵士が、血反吐を吐きながら呟く。地獄だ。恐怖の地獄だ、と。


何時間たったのだろうか。奇跡的にエドウィンとエリックは生きていた。しかも大きな怪我はないし、問題はガレキに埋もれて身動きが取れないことである。

「おい!こっちにも生存者がいるぞ!」

目の前にライフルを持った男が一人立っていた。だがこの独裁国家のアジア人兵ではない。


そいつも黒人だった。


──続く──

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