(3-3)悪事蔓延る街、暗躍する花達 その2
おば様達がとあるホテルの駐車場に入っていく。
急いでタクシーを降り、おば様達の行方を追うため、集中状態に入り駐車場を駆ける。程なくして車から降りた彼女達を発見し、物陰に隠れて様子を伺うことにした。集中状態を解くとすぐに、きゃっきゃと年甲斐もなくはしゃぐ彼女達の声が響き渡る。
「ねぇ、次はどこへ行きますの?」
上ずった声で尋ねる取り巻きの一人に、一番品があり綺麗な女性が自慢気な表情を浮かべ、駐車場の一角を指した。
「ここは地下駐車場で、一応表向きにはホテルの最下層と同じレベルとなっているんですけど、実は、あの従業員専用の扉の向こうに、あるんですの。地下にさらに降りる階段が。」
「あらまぁ、裏社会の一端といったところですわね。なんだかさらにぞくぞくしてきてしまいましたわ。貴方とお友達でいたことに感謝しなくてはいけませんね!」
まだ会場の入り口についただけなのに、既におば様達のテンションは最高潮。人目を憚らずに大声で話しながら件の扉に向かっていく。彼女達の興奮具合のお陰で私が会話内容を聞き取れているのだけど、警戒心が無さすぎると勝手ながら心配してしまう。それとも、聞かれても問題ないと判断している?そうだとすれば、あのリーダー格の女性は相当上の人物ということになるが、見た感じ、それほどの存在には見えない。
そう考えている間にも、おば様達はすいすい進んでいき、扉へと到着した。そして無造作に扉を開けると、その向こうから黒スーツのSPと思われる二人組の大男が出てきた。簡易的なボディーチェックを終え、リーダー格の女性がカバンから招待状らしきものを出した。それを見たSPの一人は内容を精査し、ややあって集団を中に通す。扉が閉まり、駐車場に静寂が戻ったところで、私は上で待つ茜ちゃん達を連れてくるために隠れていた車の影から這い出した。
「そこで何してる!」
運の悪いことに、見回りらしき男に見つかってしまった。とりあえず、ごまかせるところまでごまかしてみよう。
「ああ、警備員さん!ちょうどいいところに来てくれましたね。実は大切なピアスを落としてしまったのですけど、なかなか見つからなくて。一緒に探していただけませんか?」
「・・・いいでしょう。ところで、お嬢さんは招待状を持っているのかな?」
「同伴の友達についてきただけなので招待状は持っていませんわ。」
「それで、一旦会場から出てきたと?おかしいですね。出る際も、招待状が必要なんですが。」
「ああ、その件ですね。必死にお願いしたら一度だけ見逃して頂けたのです。幸運でしたわ、あんなに優しい方に出会えて。」
「・・・そうですか。では、私も一緒に探さないと男として恥ずかしいですね。」
そういって近づいてくる警備員。私はわざとらしく車の下をのぞき込んだりしていたが、警備員は私の後ろに立ち、そのまま動くことはなかった。
「あら、どうしましたの?確かここら辺を通ったので近くにあるはずなんですが・・・。」
一応演技を続けてみたが、返事がない。・・・はぁ、ばれたかな。
そう思って顔を上げ振り返る。そこには警棒を振り上げて固まる警備員の姿があった。かなりの力を込めているのか警棒を握るては青白く染まり、冷たい目を私に向け歯を食いしばっていた。おいおい、殺すつもりじゃないだろうね君、か弱い乙女にそれはやりすぎだよ?
安全を考え集中状態に入ったが、あと少し遅れていたら私の頭は陥没していたかもしれない。とりあえず少女暴行未遂の罪で金的を蹴り上げる。集中状態に入っていても、痛みは蓄積されるので、きっと私が異能を解いた瞬間痛みに震え上がることだろう。ふん、そんなこと知ったことではない。ささっと男の上着を猿轡代わりにし、伸びた袖でエビぞりにした男の手と足を同時に縛る。あられもない状態となった男を車の影に運び、ついでとばかりに顔面を蹴っておく。もひとつおまけに蹴りをいれ、念入りに痛めつけておく。こうすれば一気に襲ってきた痛みで気絶してくれるだろう。
少し離れてから能力を解除する。くぐもった声が一瞬聞こえたかと思えば、すぐさま静寂が訪れた。うん、ご愁傷様。
ということで、ようやく仲間たちを迎えにいき、全員を引き連れて従業員専用扉の前まで来る。とりあえず、侵入は暴力的に行きますか。
ぎぎぎっと錆びついた音を奏でる扉。開き切ったそこは先ほどみた光景と同じように二人のSPが通路をふさぐように仁王立ちしていた。
「まずはボディーチェックだ。その間に招待状を持つものは準備をするように。」
入念に体をチェックしていく男たち。先ほどのおば様達とは違い、その手つきはどこか下心が見え隠れする。ここはあれか?女に対する礼節というものがなっていないな。
「茜さん、戦さん。やっておしまいなさい。」
私が声を掛けると、無言でうなずいた二人がすっと前へ出て、今まさに私のボディーチェックをしている男どもに一発決める。茜ちゃんは拳で私の上半身を触っている方を、戦ちゃんは膝蹴りでしゃがん下半身を触っている方を、それぞれ気絶させる。あまりの威力に二人が通路のほうへ数メートル吹っ飛ばされたがそこは気にしない。とりあえず見られたら困るので二人を先ほどの警備員同様縛り上げ、適当に車の後ろに放置しておく。中に入ってさえしまえば私達がやったとはばれない。なにせ、後ろ暗いことをしているのだから入口に監視カメラなどは置いていなく、通路の奥にもだれもいないからだ。
ようやく会場への通路を進むことが出来た私達は緊張した面持ちで歩いていく。敵陣の真っただ中かもしれない闘技場だ、油断はできない。いくつかの階段を経由し、ようやく突き当りに到着した。一枚の扉にたどり着いた私達は、中からは軽快な音楽が鳴り響き、扉越しにもわかるくらい熱気を感じていた。先頭の私が意を決して扉を開く。途端に音量を増す音楽と、中のねっとりした熱が押し寄せてきた。
「はぇー、まさか地下にこんな巨大な施設作っちゃうとはね。金持ちってのは本当になんでもありなのね。」
中へと全員が入り、眼前に広がるすり鉢状の会場を見て青葉ちゃんが呆れた声を上げる。
その言葉通り、闘技場は巨大だった。何段にも積みあがった客席。そしてその中心に設けられた幅、奥行きともに100メートルはありそうな舞台。今立っている最上段には様々な店が並び、酒や食べ物、はたまた本日の催し内容に対し賭けに興じるスペースまで設けられている。
至る所に人がひしめき、薄い布しか身に着けていない女性が男の膝の上に座っていたり、逆に整った顔の男性が女性につき、甲斐甲斐しく世話をしている光景も見受けられた。金持ちそうな人程そういった傾向が強く、いかにもな違法行為もそこら中に蔓延していた。
「これは、汚い大人の世界ってところかな。眠璃ちゃんを連れてきたのは失敗だったかもね。」
「ううぅ、頭痛いよぉ。すっごく汚い声が響きまくってるぅ。」
頭を抱え、頭痛を耐える眠璃。異能の特性上、こういった欲望にまみれた場所は彼女にとっては辛く耐えがたい場所だろう。とりあえず周囲を散策することにし、眠璃のことは茜ちゃんに介抱してもらうことにした。
私は青葉ちゃんと戦ちゃんを連れて手ごろな店で食事を買い、立見席らしきところから会場を見渡す。
「桜さん。その、ここの警備、数人が、花々家の、人達です。」
「そうかい、これは困ったね。まだ派手に暴れまわりたくはないから慎重に動かないとね。」
会場の警備を見て、戦ちゃんが私に伝えてくる。いるだろうとは少し考えたが、街の治安を守る名家の者たちがこんなところの警備まで担当しているとは。というか、警備じゃなくて運営だったりしないよな?
なるべく見つからないようにするため、顔を隠す仮面を買って歩くことにした。
あまり表向きに招待をばらしたくない人はこうやって仮面をかぶるんだろう。むしろ目立ってしまわないかと思わないこともなかったが、それはそれ、これはこれだ。
360度、どこを見渡しても同じようなところばかりだったので、今度は客席に降りてみる。といっても空いてる席は上の方だけで、既に舞台の周囲には入っていけるほどのスペースも席もなかった。客席中の全員が、これから始まるであろう催しを心待ちにしている。
私達は先ほど見た賭けのスペースにて、催しの内容を知ったわけだが、正直こんなものを観て何になるのだという感想しか出てこなかった。
と、その時照明が徐々に暗くなっていった。そして会場のざわめきが押し殺されていき、抑圧された欲望が静かに産声をあげていく。
「さあ、会場にお集まりの皆さん!!!準備はよろしいでしょうかぁぁあああ!!!これより始まるは、真っ赤に染まった生への執着!それが織りなす甘美な宴!!!血で血を洗うエンターテイメントの、はじまりだぁぁぁああああ!!!」
声を荒げて高らかに謳う司会の声に、ついに抑えきれなくなった歓声が巻き起こる。
彼方此方で血を求める欲望の声が発生し、会場中が狂気に満ち溢れていく。
「今回の挑戦者は、食うものもなくなり悲しき野獣へと成り下がった青年!といきたいところですがぁー、その前に、まずは前菜から参りましょう。青コーナー!潰れかけた孤児院からの身売りで参戦!異能力者により両親を失った悲しき1人の小さな戦士!
煙が上がり、赤と青の入り口から鎖に繋がれた2人の人間が舞台へとベルトコンベアーで運ばれる。
1人は十代にも満たないであろう、震える体を両腕で抱くか弱き少年。薄っすらと涙すら浮かべ、自身に浴びせられる下卑た笑みにただ怯えるしかできない、そんな小さな男の子。
反対側には、身にまとわりつく鎖を解こうとひたすらもがく、よだれを垂らした傷だらけの青年がいた。逃げ出そうとしているかのように見えるその姿、しかし、視線は明らかに対面にいる少年に向けられていた。どう考えても買い物にしか見ていないその視線。紹介文通り、人肉の虜となった1匹の野獣がそこにはいた。秋田から連れ去られたであろう青年に向けられる観客の目は慈しみすら備えた、まさにペットを見る目。
明らかに小さな男の子がこれから蹂躙される未来しか見えないのに、会場はそれを待ち望んでいるような空気。
異常が、蔓延っていた。
狂気が、人の作り出す禍々しい狂気が、この場を作っていた。
「それでは、同時に鎖を解放したいと思います!因みに今回はあまりにも戦力差がありすぎるので!満くんにはナイフを持たせています!もちろん!刃は危ないのでしっかりと潰していますよぉ〜!なんて配慮!これで安全な試合が見れますね!」
どっと巻き起こる笑い。正直私は完全に引いているのだが、どうやらここに集った者たちは可笑しくて堪らないらしい。腹を抱えて笑うその姿に、言い知れぬ怒りが私の内側で巻き起こる。
どうやら、両隣にいる戦と青葉も、私と同じ気持ちのようだ。両者とも固く閉じられた拳が青白くなるまでキツく握られている。
「さて、それでは早速行ってみましょう!試合、開始ぃぃーーー!!!!」
ガチャン。司会の合図とともに、舞台に繋げていた両者の鎖が解かれる。
真っ先に走り出す野獣と化した青年。満くんと呼ばれた小さな男の子は一心不乱に駆けてくる怪物に、ただ慄くことしか出来なかった。
咄嗟に一歩踏み出しそうになるのを堪える、
ここで暴れれば、潜入の意味がなくなってしまう。戦ちゃんと青葉ちゃんにもここは堪えてもらわなければ―――
そう思った時にはすでに遅かった。もちろん、戦ちゃんと青葉ちゃんはきちんと制止できた。出来なかったのは今ここに、私の側にいなかった存在。
―――舞台へと、二つの影が躍り出た。高く設けられたフェンスを難なく飛び越え、片方は少年の目を塞ぎ、片方は間近まで迫っていた青年を一撃の元に地に沈める。
茜ちゃんと眠璃ちゃんが、観衆の眼前にその姿を、晒してしまった。
「どうすんのよ桜!これじゃ2人が!」
「仕方ない!急ぐよ!」
切迫した状況の中、とりあえず私たちにできることは加勢。走り出したのは私たちだけではなかった。周囲の警備隊が、劣化の勢いで舞台に集まっていく。その中でも異質な存在が先んじて舞台に上がっていった。皆一様に黒い刀を持ち、家紋を体のどこかに備えた一団。
花々家、及びその分家の者達。
武人の集団がその矛を仲間に向ける。一瞬の膠着、先に動いたのはやはり花々家の者たちだった。
ほぼ全方位から向かってくる彼らに対し、茜ちゃんが構えを作る。眠璃ちゃんも周囲の石畳を浮かせて迎撃の体制を整えた。両者がぶつかるその瞬間に、ようやく私たち3人が舞台に到着する。
私は集中状態に入り、戦ちゃんは刀を構え、青葉ちゃんはその身を屈強な男に変じて、それぞれが全速力で駆け出す。
まぁ、私の世界はすでに停止したのだが。
おもむろに花々家の1人が腰に差していた脇差を抜き、茜ちゃんの元までの一直線上にいた者たちの喉を切り裂いていく。普段は殺生をなるべく控えているが今回は緊急事態。一撃必殺を必中で繰り出せる私がまず道を切り開く。全部をやるのは流石に手間だ、とりあえず逃げ道の確保を優先しなければ、そう思ったところで不意に力が抜けていく。それに伴って集中状態が砂時計のようにゆっくりとだが確実に解けていった。
「がはっ!」
茜ちゃんの足元に倒れ伏すのと、私が斬り殺した人間から血が吹き出るのが同時。
急激に意識が遠のく中で、複数の叫びが重なって聞こえる。地面を細かく揺らし、蠢く戦場。そこから私は一足先に、離脱してしまった。
◇◆◇◆
目の前に桜ちゃんが現れ、直後足元を覚束なくさせて倒れる。
それと同時、前方一直線上に血潮の花が咲き乱れた。それに構うことなく、私は桜ちゃんを抱き上げて揺り起こそうとする。
あとで聞いた話だが、この時味方が倒れるのを気にすることなくまっすぐこちらに向かってきた警備の者達を眠璃ちゃんが石礫で防いでくれていたらしい。
それすら気づく暇もなく、意識を失わせた親友に一心不乱に声をかける。
「起きて!お願い!しっかりして桜ちゃん!!!」
健闘むなしく、私の声は虚空に掻き消された。ぐったりと体から力を抜く桜ちゃんは、まるで死んでしまったかのように身動き一つしない。視界が点滅する、すでに私の視界には桜ちゃんしか映らない。意識は完全に最悪の未来へと向けられていた。
「ダメ!桜ちゃん!お願いだから起きて!ねぇ!!お願い!桜―――」
スパン!小さな手が、狼狽える私の頬を強く叩き、意識を現実へと引き戻す。
「―――茜!しっかりして!まずは逃げないとでしょ!」
その身のどこから出たのか。慌ただしく動き続ける戦場の音すらかき消し、腹の底から出された叱責が私の耳に届く。
視線を上げてみれば、そこには眠璃ちゃんが男の子を抱きながら立っていた。
体にしっかりとしがみつき、震える体を押し付け目をきつく閉じている男の子。それを片手で抱きながら、眠璃が正気を取り戻してと真剣な眼差しで訴えかける。
時間にすればほんの数秒。その間に目まぐるしく変わった私の心情は今しっかりと目的を見据えた。
「っ!ごめん、ちょっと慌てた!とにかく脱出しよう!」
「わかった!わたしが道を空ける!」
男の子を私に渡し、今もなお続けられている石礫の応酬を一旦途絶えさせ、両の掌を地面につける眠璃ちゃん。
「今だけは私の言葉だけに応えて!お願いみんな!!」
意思が可視化されたならば、きっとそこには電撃のような線が地面に無限に突き刺さるような光景が広がっただろう。
「桜ちゃんの!真似!」
気合いを込めて、その言葉を口にする眠璃ちゃん。
「『ブレイクスルー』!!!」
能力の限界を一時的に解放するその行い。体に、精神に、多大なる負荷をかけるその力は、代償に見合うだけの価値を発揮する。
隆起する大地。
石畳も、その下のコンクリートも、全てを巻き込み、膨れ上がる。地から離れたそれらは徐々に人間の四肢を形作り、やがて巨大な両腕両足が出来上がった。
そして眠璃ちゃんの足元が円形にくり抜かれ、足場ごと持ち上がる。
そのまま上昇し、四肢の中央、胴体にあたる部分に差し掛かり停止。その場にいた全員が視線を集中させる中、眠璃ちゃんがおもむろに右手を掲げる。それに連動して巨大な無機物の腕が持ち上がり、次の瞬間、闘技場の舞台、その一角が吹き飛んだ。
腕を振り下ろした状態の眠璃ちゃんが声を張り上げる。
「走って!!!」
桜ちゃんにより開かれた前方、そこをさらに広げるようにして抉られた舞台の上を、抱えた男の子ごと駆け抜ける。
度肝を抜かれていた警備達も、標的が逃げ出すことを良しとはせず、ようやく正気を取り戻し、走り去るその背を追いかけようとする。
追いかけようとして、後ろに取り残した『異常』に迫撃を許す。
ズッ、という音が背後から聞こえ、寒気に襲われた彼らは顔を後ろに向け、直後その体を肉塊へと変じさせた。眠璃が両腕を地面に突き刺し、握った土塊達を茜と満くんに当たらない角度で下に投げつけたのだ。
巨大な豪速球が散弾のようにぶちまけられる。それに伴い、赤い様がそこら中に出来た。無事だったものはとりあえず驚異の排除を優先させる。拳銃を持つもの達が一斉に発砲を始めたのだ。
迫り来る鉛玉。しかし、眠璃にあたる直前で、その全てが失速し地に落ちた。
眠璃の能力、『物質交渉』とも呼ぶべきその力は、本来無いはずの無機物達の意思そのものに干渉し、願いを叶えるという抽象的なもの。本来であれば単純な動作しか叶えられず、巨大な四肢のように何かを形作るにはそれなりの時間がかかる。だが、一旦能力のたがを外せばその限りでは無い。
眠璃の意思のみを強制的に執行させる、それが今の状態の説明として一番正しい。
思い描くだけで彼らがそれを形にする。浮かないはずの彼らが宙に浮き、固まり、四肢を成す。
来ないでと願えば、たちどころにその勢いは削がれ、地に堕ちる。
意思の強制結界が構築され、今の眠璃を害すことはできなくなる。
短期的な無敵。それが眠璃の奥義。
暴力の嵐を巻き起こし、立ち向かってくるものを等しく粉砕しながら、眠璃も離脱を図る。ズシンズシンと遅いながらも大きな一歩で茜の背を追う。
「すまんね、流石に逃すわけにはあかんのよ。」
ふと、土塊の巨人の背後に、鋭い殺気を纏った初老の男性が現れる。
地をかけ軽い足取りで跳躍し接近しただけなのだが、この乱戦でそれを成したからこそ、気配が察知できなかった。
凍りつく眠璃。膨大な殺気が、ひりつくような感覚が全身を駆け巡り、するっと抜かれた刀が宙を切り裂くのがゆっくりと視界の中で流れる。
側から見れば鋭すぎるその抜刀は、意に反して空中で止まる。強制的な停止。全てのベクトルを無視し一方的に止められた男性は、ゆっくりと落下していく。
「はっはっは、いやーこれは参った。」
本来の挙動とはまったく別の動きをさせられた男はしかし、少しも同様することなくふわりと着地し、次の瞬間には巨体の足を狙って刀を振るう。
硬質な音を響かせ、刀身の半ばまでを埋めた一撃は岩石の塊を両断することはなかった。
「ふむ、なかなかどうして微妙な感触だねぇ。」
構わず前進する眠璃。足元では何度も刀を振るう男。
さらに前方では舞台の端へたどり着いた茜たち。
警備の者たち、そして花々家の関係者たちは二つの標的のどちらを狙えばいいか迷っていた。その間にも舞台から降りて客席を駆け上がる茜たちと、周囲の敵を適当にあしらい、吹き飛ばし続ける眠璃。ようやく警備達一同は人員を半数に分け両者を追いかける選択をした。
「もうそろいいかなぁ!!!」
眠璃が操る巨大な足をかがめてなにかをしようとする。それにいち早く気づいた初老の男は一目散に後退した。すると次の瞬間。
「離、脱っ!!!」
眠璃が乗っていた円形の足場ごと勢いよく飛び出した。そして残った四肢はその場で爆散し、周囲一帯を爆心地と変え、客席と部隊の境界を深くえぐる。
来た時と同じ扉にたどり着いた茜たちに、吹き飛んだ勢いで追い付く。そして勢いを殺してふわりと着地した眠璃はそのまま手ぶらだった戦に抱き着いた。
「もうだめぇ。頭、痛いぃ。」
眉間に皺を寄せ両手で頭を抱えた眠璃は気絶するようにして戦の腕の中で意識を手放した。それと同時、倒れた眠璃の背後、勾配のある客席を一気に駆け上がってた影がぬるっと姿を現した。
再び響く硬質な音。刀同士がぶつかり、騒然とする会場内に高らかと金属を響かせた。
「久々だねぇ。」
「はい、父さん。」
襲撃者は先ほどまで舞台で眠璃に挑んでいた初老の男。異能の関係上力を増した戦と鍔迫り合いを、それも一歩も負けない張り合いを続ける彼は、なんと戦の父だった。茜は動揺する暇もなく、指示をだす。
「戦ちゃん!引き離して!」
「分かって、ます!!!」
鍔迫り合いを一瞬緩め、体勢が少し崩れかかったところに万力の力で吹き飛ばす。
「はは、我が娘ながら、恐ろしい。」
改めて感じた人外の膂力に、驚きの表情を見せる戦の父。客席に着地し、更なる迫撃を仕掛けようとした彼だったが、即座に扉の向こうへと消えた一行を見て、刀を収める判断をした。
「一応追いかけなさい。娘は生かして後は殺してもいい。まぁ、あれはこちらも本気を出さないと殺せはしないだろうが。私は帰ります。老体には少しきつい運動でしたね。」
肩をほぐし、別の出口へと向かう男。その手には黒い刀が握られていた。
◇◆◇◆
駐車場を走り抜け、外へと出る一行。二名が戦闘不能。それらを抱える二名もやはり戦闘不能。ホテルの前の広場を抜けるも、背後から追手の影が。
唯一戦闘状態に入ることができる戦は自身が幼いころ撒いてしまった種がこうして自身に襲い掛かってくることに歯噛みしていた。
「あの刀、厄介、ですね。」
追手が追い付くたびに刀を合わせる戦。打ち合う度に瓜二つの刀が共鳴するように音を鳴らす。これは流石に後で事情を話すべきだと思わずにはいられない。なにせ自身の刀と打ち合い、多少の刃こぼれはするとはいえ、きちんと耐えることが出来ているのだから。その原因についてはもはや理解しているとはいえ、敵がそういうものを持っているということは警戒に値する。
この時点で、自身の生家を敵とみなしていることに、戦は気づいていなかった。
ともかく、徐々に追手が薄くなってきたころ。
建設途中のビルに一旦身を隠した一行は走ったことで上がった息を整えつつ、逃走経路を模索していた。
「困ったわね。負傷者を二名抱えて、どこからくるかもわからない敵を完全に撒いて、バレてるであろう拠点から新しい拠点を見つけて移らないといけないなんて。」
行き詰った状況を理解し、苦し紛れに口に出してみる青葉。だがしかし、考えれば考えるほど自分たちの置かれている状況に頭が痛くなる。青葉は一瞬己の実家に身を寄せることも考えたが、即座にその案を却下し、なんとかできないかと己の古い記憶を探る。
「ちょっと、いいかな?」
そこで、不意に建設現場の入り口から声がかかる。
即座に身構える戦、茜、青葉。それもそのはず、つい先ほど闘技場で自分たちに刃を向けた初老の男、戦の父だったからだ。
「いやいや、もう私は争うつもりはないよ。流石に疲れたからね。だけど追手をあれだけあしらわれたんだ、こっちも少し本気を出さないといけないから本家の者を連れてきたんだ、そっちと戦ってもらおうかと考えているよ。あとは、そうだなー、少しばかり話をしてみたくなってね、そこの娘と。」
流暢に話を始める戦父、そしてその背後からするっと出てきて刀を抜く、面をかぶった長髪のおそらく女らしき人物。有無を言わさず戦闘を開始しようと、駆けだし、その刀を振るった。茜めがけて。
「ちょ、私!?」
当然、戦を狙うと考えていた茜。どうやら私達は邪魔ものらしいと考えた茜は、戦と父の話し合いを進めてもらうため、青葉と連携して手練れの女の相手をすることにした。ちなみに彼女、とんでもないほどの剣速で攻め立てる。しかし切らなくても勝手に自壊しては完全回復する者と、一定時間で姿を別人に変える者を相手にしてるために少しばかりペースを乱されているのであった。
それらを視界の端に収めつつ、しばし無言のまま見つめあう娘と父。
沈黙を破ったのは、父の方だった。
「戦、まったく、君が勝手に出て行ったときは驚いたよ。不自由なく過ごさせたつもりだったが、そんなに外の世界に憧れたのかい?」
「・・・ちょくちょく外に出てたから、それは関係ない、です。」
「そうだったね。ならなんでなのかな?」
「人として、見られたかったと言ったら、あなたは笑うのでしょうね。」
戦の言葉に、隠されていた感情が乗る。それは、少しばかり熱を帯びていた。
それに対して、父である男は。
「ははは、そんなことはないよ。君は、いや君たちは、人間ではないのだから人間に憧れるの仕方ないことさ。まったく、そんなことで私達の所有物が逃げ出すとは思っていなかったから驚いたな。そうかそうか、それなら次からは君を縛り付けて地下室にでも閉じ込めておこうか。そうすれば無駄な幻想を抱かなくても済むだろう?」
穏やかな表情からは想像もつかないほど、その言葉には温かさが無かった。いや、そもそも人間は愛着の無い無機物に感情を乗せることはないだろう。そういった冷たさが、この男からはにじみ出ていた。
一気に過去の情景が頭を駆け巡る。それらを振り切って、戦は刀を顕現させた。
「はぁ、そう来ると思って、もう一人連れてきたんだ。ほーら、腹違いの妹だよ。君とは違って彼女は実に従順でね。納屋で寝泊まりしても文句ひとつ言わないんだ。いやー、本家の生まれだからと言って少しばかり待遇を良くしたのが原因だったのかねぇ。君にはがっかりだよ。ほら、行っておいで
ぼさぼさに伸ばした紙を後ろで一纏めにし、ぼろぼろのずた袋のような衣服を纏った刀華と呼ばれた少女が一歩前に出る。
無骨な殺気。感情の読めない表情を浮かべながら、やはりというか、真っ黒な刀を戦へと向ける。一瞬のにらみ合い。両者同時に動き出し、刀と刀が重なり合い。
戦の刀が砕けた。
「っ――――――!」
驚愕、そして硬直。一秒にも満たない時間、そこを突くように二の太刀を振るう刀華。後ろに跳躍してそれを交わすと、折れた刀を肩に着け腕に戻すが、肘から先が欠損した状態になる戦。それに構うことなく、戦を射程圏内に再び納め、刀を振るう。戦はというと。
右足を刀に完全に変え、一本足で攻撃を躱し続けていた。
刀を合わせることなく、互いに剣劇を繰り広げる両者。空を切る音が連続して起こり、互いに浅い切り傷だけが増えていく。
拮抗。のように見える戦い。しかし徐々に徐々に戦が不利になっていく。刀華が戦の行動パターンを把握しだしたのだ。さらに言えば一本足で、刀を合わせることすらできないことも相まって、追いつめられていく戦。
「まったく、度し難い存在だ。そのような姿になってまで、自由が、尊厳が大事かね。我が娘ながら合理的な判断が出来ないことを残念に思うよ。刀華、そろそろ終いにしなさい。」
こくりと頷く少女。次の瞬間、一気に勢いを増す刀華。本気を出したとでもいうように、鋭く冴えわたる剣技。無骨故に感情が読めず、純粋な剣技だからこそ、戦の身体的不利が戦況に響く。
「くっ、これは、まずい。」
「戦ちゃん!いくよ!」
後方、離れて戦っていた茜から声がかかり、その意図を察して即座に撤退を始める戦。一目散に敷地の外へと駆けだす。
そして爆音。戦の父が音の方を見れば、負傷した花々家の女が倒れているのと、次々と柱を粉砕していく茜の姿があった。
「大胆だねぇ。刀華、彼女を連れてここを出なさい。彼女は一応必要な人間だからね。」
「はい。」
短く返答すると、さっと女を拾い上げ主である男と一緒に敷地外へと出る。外にはすでに標的である者たちの存在は無く、密かに尾行させていた暗部の者が地面に切り伏せられていた。
「これじゃ、もう追いかけられないか。仕方ない、本当に帰ろう。」
堂々と歩き始める男。その後ろを物言わぬ人形が追いかける。
歪な関係が見え隠れする後ろ姿、淀んだ空気が京都の町を駆け抜けた。
◇◆◇◆
茜たちはひたすら走った。今までは人通りが少ない所を走っていたが、ドンパチ繰り広げられないようにさせるためにはむしろ大通りを走るほうが無難だろうと考え、人通りが多く、あわよくば人ごみに紛れ込められればと淡い希望を抱いていた。
「はぁはぁ、とりあえず、手ごろなビジネスホテルにでも入る?」
「そうだね、お金はまだまだあるし、とりあえずそうしようか。」
大分走ったところで、一休みしようと青葉が提案する。それに乗った茜が周囲の奇異の視線から逃れるようにホテルを探そうと周囲を探し始めた時。
「もしかして、青葉?」
「は?人違いです・け・・・ど・・・・・・。」
言葉を詰まらせて声の主を凝視する青葉。震える口元は、何故と言っているようにも感じられる。疑問が、やがて言い知れぬ感情が湧きあがり、それを抑えつけるようにして冷静さを保とうと理性が働く。心中でせめぎ合っている感情と理性、それらを無視するようにして、問題の人物は言葉を放つ。
「なにか困ってるようだけど、一旦私のところに来なさい。私はあなたの姉なんだから助けないわけにはいかない、でしょ?」
無言のままに、言われた言葉を咀嚼し、吟味し、答えを絞り出そうと思案する。やがて青葉はすーっと息を吐き、ゆっくりと頷いた。
「ふふ、久々の再会ね、こんなところで会えるとは思ってなかったけど、楽しい日になりそうね。」
マスクを外し、にこやかに笑いかけるその顔は、天に輝く太陽よりも、夜空に煌めく月よりも、美しかった。
電光掲示板にとある化粧品の宣伝が流れる。紅羽というモデルが、煌びやかな演出とともに笑顔を振りまいていた。なるほど、実物は、それ以上の引力がある。
「私は鴻上紅葉。青葉の姉です。よろしくね。」
ただの言葉が、天使のささやきに変わる。
ここに、輝きが、舞い降りたのだった。
世紀末BABY〜異能に目覚めたけど、みんな持ってるしマイペースに行こうと決めた〜 必殺脇汗太郎 @l_wakiase
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