第14話 マユミとガッショウ。

 無事にゲネプロを終えて一旦楽屋に戻り、本番を待つ。一回歌い切ったせいで、もう終わってしまった感じになって、マユミは少し魂が抜けた状態になっていた。

「モリタさん、キンチョーしてる?大丈夫?」

 モリヤマさんが心配顔で話しかけてくれた。

「大丈夫です。本番よりも真剣に歌っちゃった気がして、ちょっと疲れちゃっただけですから」

「あー、あるある。本番前に一番いい声が出るのよねー。でも一番は本番に出せるようにすることが大事なのよ。そこんとこの調整もテクニックの一つ」

 ちちち、と指を振ってなぜか得意げにモリヤマさんは言った。

「モリヤマさん、モリタさんにかまっていないで、ソプラノのメンバーの様子をみてあげてください。リーダーでしょう?」

 テライさんが話に混ざる。あらー、うちのメンバーちゃんたちは慣れたものだもの、大丈夫よーと、モリヤマさんも返す。

「モリタさんは初めてですものね、コンサート。失敗してもいいのよ。楽しければ」

「色々ありますが、普段通りに歌えばいいだけですので。気負わずいてください」

 二人に励まされて、マユミははいと笑顔で答えた。ああ、楽しいコンサートになりそうだな。そんな予感がした。

 楽屋からは客の入場は分からないが、そろそろミッタさんたちも来てる頃合いだろう。何人連れてくるのかな。教授は来ないよね……?あのミッタさんのことだから、教示にも話している可能性が高い。でも日曜日だし、教授もいちゼミ生のコンサートになんか来ないよね……?でもあのノリの教授だからなぁ……。男子も呼んだのだろうか。男子が来たらちょっと恥ずかしいな……。マユミは楽しい気分からだんだんと不安になってきた。

「モリタさん顔色が悪いけど大丈夫?緊張してきました?」

「大丈夫です、ちょっと友人が来るか来ないか心配なだけで……」

「あら、お友達を呼んでくださったの。晴れるや会に新しいメンバーがまた入るかもしれないわねー」

「モリヤマさん、そんなに調子よくいくものではないですよ」

「解ってますよテライさん、もしもの話ですよー」

 テライさんとモリヤマさんに挟まれても、マユミの不安はぬぐい切れなかった。

「あー…ホール見てきてもいいですか?」

「だめよー、本番まで立ち入り禁止!顔出し厳禁!」

「そうですか……」

「そんなに気になる?私は来るの確定だから気にしていないけど」

「モリヤマさん、彼氏さん来てるんですか」

「そーよぉ、見に来るって約束したもの!いい席で見てくれるはずよぉー」

「そうですか……」

 満面の笑みを浮かべるモリヤマさんに、マユミはがっくりと肩を落とした。

「そろそろ本番です、準備を始めてください」

 ノックをしてタナカさんが入ってきた。いよいよ本番だ。


 舞台袖から観客席が見えた。薄暗い中、観客が見えた。顔までははっきりとは分からない。アナウンスが響き、拍手が起きた。拍手の中、舞台袖から舞台へと向かう。指定された位置に立つ。すっと観客席に向けて顔を上げた。ミッタさんがいた。手を振っている。他にも見た顔がいくつか見える。教授は来ていないようだ。良かった。先生が舞台袖から出てきた。再び拍手が起こる。先生が観客席に向かって一礼する。ピアノの先生が入ってくる。ピアノの先生がピアノの前に座り、準備が整った。先生が指揮棒を振り上げる。コンサートの始まりだ。

 まずは小中学校で課題曲としてよく出される曲。マユミも知っている曲だ。ユニゾンがきれいにはまると、とても気持ちがいい。出だしから調子がいい。

 次に情熱的なイタリアの歌。テナーが主役を張る曲だ。マルウオさんも強弱をうまくつけて歌っている。タナカさんが表情豊かに歌っている。本当に楽しそうだ。

 次は作曲家の歌。歌詞は少し不思議な感じがして、全体的にミステリアスに仕上がっている。アルトがわりと聞こえる歌で、テライさんの歌声がミステリアスな雰囲気をさらに増加させている。

 続いてゴスペルを歌う。手拍子に合わせて体も揺れる。観客席からも手拍子が鳴り、ノリノリで歌うことができた。モリヤマさんがノリノリで、舞台から落っこちるんじゃないかと心配するくらい体を揺らしていた。彼氏さんにいいとこを見せられて満足そうだった。 

 最後に童謡を編曲した静かな曲を歌う。先ほどまで浮かれていた観客席の人々も、一変してしんみりとした空気になった。歌っている間に、サイトウさんの事が思い出された。少ししかお話ししなかったけど、メンバーの一員が亡くなるのはやっぱりショックだった。それだけ晴れるや会に親しんでいたし、それだけメンバーとも仲良くしていたことに、マユミは改めて気づかされた。サイトウさん、このコンサート、天国で聞いてるといいな、とマユミは思った。

 すべての歌を歌い終えると、観客席から拍手が起きた。先生とピアノの先生が一礼する。マユミ達も一礼する。まだ拍手が鳴り止まない。アンコール用の曲は用意していないので、再び一礼をした。先生が観客席に向かって小さな声でつぶやいた。そこでカーテンが降りてきた。

「皆様の本年のご苦労と、来年のご活躍と、晴れるや会会員、サイトウさんのご冥福をお祈りいたします」

 鳴り響く拍手の中、先生は一礼をして、合掌した。先生の一礼に合わせて、自然とマユミ達も一礼をし、合掌していた。カーテンはすべて降りたが、まだ拍手は鳴り響いていた。

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ガッショウ! 東 友紀 @azumayuki

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