第6話 悪夢は再び来たるもの

「ついに大魔王の部屋に着いたぞ」

 石造りの壁に設けられた木製の扉の前で、赤い勇者が仲間達に言った。これまでの道のりの感慨にふけるように、仲間達が次々と口を開く。

「まさか玉座にいなかったとはな……」

「ね。てっきり待ち構えてると思ったのに」

「魔城の中はあらかた探しつくした。城にある良さげな装備も全部取った。後はこの部屋だけだ」

「ここにいなかったら、もうおかしいもんね」

 そう言う勇者達の前にある扉には札がぶら下げられており、それにはこう書かれていた。

『大魔王様の寝室』

「ちょっと分かりやすすぎない?」

「大魔王も寝るんだな……」

「とにかく、入るぞ」

 仲間達の感想を遮り、赤い勇者が扉を開けた。

 薄暗い、石造りの一室の中で、天蓋付きの大きなベッドがあった。その中では、皺だらけの大柄な老人が横たわっている。

「あれが、大魔王……?」

 赤い勇者がじりじりと寝室扉の框をくぐろうとにじり寄る。

 寝室から、がたん、と音がした。

「誰だ!?」

 赤い勇者の後ろで、他の四人が剣を構える。

「にゃーん」

「また猫か」

「多いな猫」

 猫で納得した勇者達は、動物がいる事から罠はないだろうと踏み、ぞくぞくと寝室に上がり込んだ。遅れて、赤い勇者も仲間達に続く。

 ベッドを囲む勇者達が、魔王の手にしているものを見て目を疑った。片手で持てる程度の小ささのそれは、どう見ても……。

「白旗、だな」

「白旗……」

「観念して眠ったって事?」

「え、じゃあこれ、もう……」

 四人が判断を仰ぐように赤い勇者を見、赤い勇者もまた、目にしたものから導き出される事実に戸惑っていた。

「……俺達の、勝ち、だろ。多分……」

 仲間達がええ、と戸惑いの声を上げた。青い勇者が再び魔王を見て、勇者に問う。

「……とどめ、刺すか?」

「いや、これはもう……。それをしたら、こっちが悪者だ」

「だよなぁ……」

 五人は長い時間その場にたたずみ、大魔王に目覚める気配がないのを確認すると、なんとも肩透かしを食らったような気分でその場を後にした。

「とにかく、外にいる軍に報告だ。戦争は、終わったんだ」

 これを物陰から聞いていた猫、もとい、ライオニングはふう、と静かに安堵した。


 こうして、人間と魔族の対立による戦争は、人間側の勝利で終わった。

 半年もせぬうちに戦況を逆転させ勝利にまで導いた勇者達は皆故郷に帰り、それぞれが幸せに暮らしたという。

 大陸は人間のものとなり、魔族達は人間達から隠れるように細々と暮らし続ける事になった。

 ほどなく、人間による、魔族への暴力が認められた。

 魔族の抵抗は、反逆として見なされ弾圧が、場合によっては殲滅が行われた。

 増え続ける人間の手によって蹂躙され、魔族は数を減らしていく。

 そんな時代が、五百年ほど続いた。


 魔王が目を覚まし身を起こすと、六つの影が並んで彼に跪いていた。

 一人は身体を火で成し、一人は氷で、一人は土で、一人は風で、そして一人は雷で出来ていた。暗い寝室の中で、火と雷は控えめな光量を保っている。

「お初にお目にかかります、大魔王様。火の魔晶騎長、ボボボレロと申します」

「私は氷の魔晶騎長、ヒエリヒエリ」

「土の、魔晶、騎長、グラグラロック」

「風の魔晶騎長、ビュウダララーダ」

「雷の魔晶騎長、バリバララーダっす」

 大魔王は五人を見回し、事態を飲み込んだように小さく頷いた。

「そうか、あれから五百年か。お前達の顔には見覚えがある」

「先代の魔晶騎長の事でしょう。お話はかねがね伺っております」

 ボボボレロの返事に、大魔王は首を捻った。

「誰から聞いたのだ?」

「先代の雷の魔晶騎長様が生み出した雷玉獣、ライオニング様です」

 そう言って、ボボボレロは自分達の後ろに控えるものを手の平で指し示した。

 額に黄色い玉のはめ込まれた、老いたライオンがいた。

 座ったままの姿勢で、ライオニングは頭を下げる。

「お初にお目にかかります、大魔王バーレドロウ様。僭越ながら、これまでの出来事を彼等に話しておきました」

 大魔王は得心がいったように小さく頷いた。

「そうか、サンダララードの……。魔晶騎長が全員我が元に来るという事はつまり、今は人間達の天下になっているという事か」

「左様です。人間による魔族への弾圧はかつてのものよりひどくなっています。すでにあちこちの魔族達が団結し、蜂起の時を待っております」

 ライオニングの返事に、大魔王はまたも小さく頷いた。

「ライオニング、といったか。時代は私を求めているようだが、未だ私は本調子ではない。お前にはしばらくの間、私に代わって魔族達を率いてもらいたい」

 ライオニングはこれに目を丸くした。

「わ、私がですか?」

「お前の前で、この魔晶騎長達はいがみ合う事もなく、団結を示しておる。お前以外の適役はおるまい」

 大魔王の言葉を受け、五人の魔晶騎長達はライオニングの方を向き、片膝を付いた。

「お願いします、ライオニング様」

 ボボボレロの懇願は、他の四人の言葉でもあった。

 ライオニングは少しの間逡巡していたが、やがて意を決したように頷いた。

「分かりました。代理の任、請け負います」

 ライオニングは居住まいを正し、背筋を伸ばす。

 魔晶騎長達が一斉に頭を下げ、ライオニングは宣言する。

「これより、我等魔族は一丸となる!侵攻作戦、開始せよ!」

 魔王代理、ライオニングの朗々とした声が魔城に響き渡った。



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魔王軍はいかにして滅びたか コモン @komodoootoka

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