第5話 風のごとく現れて、炎のごとく焼き尽くす

「緊急会議だ」

 会議室で、ボーボレロのくぐもった声が上がった。

 円卓を囲むのは、風の魔晶騎長ヒューダララードと、雷玉獣ライオニング。そして、円卓の前に設けられたレンガ造りの小さな窯だ。窯につながる排煙のための管が、床の上をまっすぐ伸びて壁とつながっている。

 その窯に、ヒューダララードとライオニングは気の毒なものを見るような目を向けていた。

 窯の鉄扉にある、火の具合を見るための覗き窓の内側から、ボーボレロの目が覗いた。

「私の一時の感情から、かけがえのない仲間を二人も失ってしまった。私は自分を戒めねばならん。ならばこそ、こうして自らを封じているのだ」

 窯の中から上がるボーボレロの声は至極真面目なもので、ヒューダララードとライオニングの反論を許さなかった。

「……まあ、お前がそうしたいのなら私は止めんが」

 ヒューダララードの感想に、ライオニングも頷いた。両者の同意を得たボーボレロは、会議の口火を切った。

「ガンガラロックの件から四十九日、あれから我等魔王軍は圧倒的な劣勢に立たされている。勇者共によって大陸の九割以上は人間の手に渡り、すでに氷玉獣、土玉獣は全滅。火玉獣や風玉獣もすでに残り僅かだ。勇者共がこの魔城に来るのも、まさに時間の問題だ。新たな玉獣を作る猶予は、もうない」

「大魔王様も未だ目覚めず、魔城にいる戦えぬ魔族達にはすでに撤退命令を出した。この魔城でまともな戦力とみなせるのは私とお前、そしてこのライオニングだけだろう」

 名前を呼ばれたライオニングは座ったまま、緊張から居住まいを正して険しい顔になった。

「勇者共は五人もいながら、今日に至るまで分断されず、また、仲違いもない。今まで奴等同士の不信をあおる手段も私の方で何度か打ったが、まるで効果はなかった」

 ヒューダララードの報告に、ボーボレロは眉をひそめたが黙って聞いた。彼の美学に反する作戦だったが、今の自分達に手段を選ぶ余裕がない事も分かっていた。窯の中の温度が上がるが、会議室の温度はほぼ変わらないため、ライオニングは胸中でほっと安堵した。

「奴等五人は、五竜も同然。ならば我等がするべき事は、ただ一つ」

「分かっている。恐れ多くも、大魔王様を目覚めさせる事だ」

 ボーボレロの腹は決まっていた。

 勇者も魔晶騎長も、一人が一匹の竜に相当する力を持つ。魔城で眠る大魔王の力は五匹の竜に匹敵するため、大魔王が目覚めれば五対七で魔王軍が有利といえる。

「しかし、どうすればいいのだ?大魔王様は、いつお目覚めになられる?」

「私もそれが疑問だ。あの方は五玉獣ファイブロードを生み出す際、ほぼ全ての力を使われた。ならば、力が戻れば目覚めるとは思うのだが……」

 時期に悩む二人の魔晶騎長。

 その間で、雷玉獣ライオニングが目を丸くした。

「あれ、ご存知ないんですか?」

 これを聞きとがめたボーボレロが、窯の覗き窓からライオニングを睨んだ。

「何だ、知ったような顔をして」

「いえ、その……、サンダララード様が仰ってたんですが……」

「あいつが?何をだ?」

 ヒューダララードが眉を顰める。

「大魔王様が全力を取り戻して目覚めるには、五百年ほどかかるそうです……」

 一拍の間。

 その場の空気が、さっと冷えた。

「……な、何だと?」

「確かなのか?」

「は、はい。確かにそう言ってました」

「なぜあいつがそんな事を知っているんだ!?」

 ヒューダララードの剣幕に、ライオニングは怯えながらも答えた。

「ここを去る前、私は引き止めたんですが、それでも突き放すように言ってたんです。『俺達魔晶騎長の生まれる元になった竜の抜け殻の結晶は、それぞれが相容れない性質を持つんだぞ。五竜の抜け殻の結晶なんざできる事自体が異常で、五竜の全ての力を持つあの爺さんが生まれた事がさらに奇跡だ。力を取り戻そうにも、体内で結晶同士の魔力が相反し合うせいで時間がかかる。短く見積もっても五百年だろうな』、と」

 ボーボレロとヒューダララードは、ぽかんとした顔でライオニングを見た。

 推論に過ぎないが、説得力はあった。

 ボーボレロは窯の中からヒューダララードに尋ねる。

「……そ、そうなのか?」

「か、考えた事もなかった。……だが、納得はできる。大魔王様は寝起きが悪いし、五玉獣を作り終わったばかりの頃は機嫌が悪かった。機嫌が直るのにも、時間がかかっている」

「そういえば気絶される前も体がだるいと言っていたな……。そうか、体力が戻るのが遅いお方だったのか」

 二人が納得し、ライオニングは理解を得られた事で大きく胸を撫でおろした。

 そこで、新たな問題が発覚した。

「五百年も待てないぞ!」

「もう勇者共は数日も経たんうちに来る!」

 ボーボレロとヒューダララードが色めき立つ。ライオニングもつられて、足の置き場に困ったようにおろおろし始めた。

「そうだ、魔力供給だ!我々の力をお渡しすれば、復活も早まるはずだ!」

 ボーボレロの案に、ヒューダララードが踵を返した。大魔王の元へ向かおうとする彼を、ボーボレロも追おうとする。

 がん。

 彼は鉄の扉にぶつかって、前進を阻まれた。

「そうだ、窯だった!くそ、開か、開か、開かない!」

 当然といえば当然だが、窯の蓋は外側からしか開かない。ボーボレロは窯の中でもがくしかなく、その様子を見たライオニングは慌てて窯を開けようと駆け寄った。

「先に行くぞ!」

 ヒューダララードが会議室を出ようと部屋の扉を開ける。

 五つの顔が、彼を間近で出迎えた。

「え?」

「あ」

 思わぬ邂逅に、双方があっけに取られる。

 五人の、人間の若者達。

 それぞれが色違いの、五色の鎧を纏っている。

 ヒューダララードは彼等に見覚えがあった。ヒエラヒエラの水晶氷の中で、五玉獣ファイブロードを倒した……。

「ゆ、勇者共!?もうここに……」

 驚く彼の緑色の身体に、五本の剣筋が走った。

 いかなる力か、風で出来たヒューダララードの身体は剣によって十に裂かれ、霧散して消え失せた。

「ヒューダララードオォォォ!」

 窯の中で、ボーボレロが悲鳴に似た声を上げた。

 魔晶騎長が一人消え、勇者達が剣を下げてふう、と一斉に息を吐いた。

「いやー、びっくりした。まさか魔城に魔物が残っているなんて」

「思わず斬っちゃったけど、まあいいか。魔族だろうし」

 道徳感を感じさせないやり取りの中で、五人のうちの一人、黄色い者が窯に気付く。

「ん、何だこれ?」

 黄色の声に、他の四人もそちらを見やる。

「窯?なんでこんな半端な位置に……」

「ピザでも焼いてたのか?」

 呑気な感想の飛び出す中、がたん、と椅子の動く音が上がった。五人全員が剣を構え、同時にそこを見る。

「誰だ!?」

 物音の主は少し前に窯を開けようとしていたライオニングだった。円卓の陰で身を隠していた彼は、咄嗟にごまかしにかかる。

「にゃ、にゃーん……」

「何だ、猫か」

 五人は一斉に剣を下ろし、ふうと緊張を解いた。

「ここまで来るとは大した奴等だ!」

 窯の中から、朗々とボーボレロの声が響いた。

 五人が一斉に、声の方を見やる。当然、そこには窯がある。

 絵面の間抜けさも構わず、ボーボレロは鬨の声を上げる。

「我が名は火の魔晶騎長、ボーボレロ!貴様らごとき、瞬く間に灰塵と化す事など造作も……」

「何だこれ」

「うるせーミミックだな」

「密閉しちゃお」

「あ、え、ちょ、待っ……」

 五人の手によって窯の覗き窓が閉められ、排煙のための煙突まで切断され、その切り口に布で栓がされた。

 一切の声が聞こえなくなった窯を置き去りに、五人は会議室を後にした。

「何だったんだろな、あれ」

「さあ?どうでもよくね?」

「とにかく、大魔王だ。大魔王を倒せば、この戦争は終わるんだ」

「ああ、そうだな。急ごう」

 勇者達の声は、会議室からどんどん遠ざかっていった。

 五人の声がようやく廊下の向こうから聞こえなくなった頃、隠れていたライオニングが足音を殺してゆっくりと窯に近づく。

「ぼ、ボーボレロ様……?」

 呼びかけるが、返事はない。少し待って、彼は恐る恐る覗き窓を開けた。

 煤にまみれた白い空洞を、真っ暗闇が埋めている。明かり一つ、ない。むっとくる窯の中の熱だけが、ボーボレロがいた名残となっていた。

「……」

 ライオニングはそっと覗き窓を閉め、置かれた現状に静かにうな垂れた。

「全滅した……」


 全ての魔晶騎長が、魔城から姿を消した。

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