第4話 大地に似たりし不屈の権化

「緊急会議だ」

 会議室で、火の魔晶騎長ボーボレロは集まった顔を見回して言った。

 風の魔晶騎長ヒューダララード。

 土の魔晶騎長ガンガラロック。

 そして、雷玉獣ライオニング。

 席に着いた顔ぶれを確認するボーボレロに、ヒューダララードが声をかける。

「七週間ぶりだな」

「四十九日は喪に服さんとな……」

 空席になったヒエラヒエラの椅子を見ながら、ボーボレロは呟いた。ボーボレロとヒューダララードがばつの悪い顔をして俯き、ガンガラロックとライオニングはおろおろした様子で二人を見る。

「ともかく、現状を整理するぞ」

 ボーボレロの切り替えた様子に、ヒューダララードも頷いた。

「うむ。……すでに大陸の半分ほどが、勇者どもの率いる軍勢によって奪還されてしまった。各地で軍勢を率いていた名うての魔族や我等の玉獣も、かなりやられている」

「氷玉獣は全滅、火玉獣や土玉獣、風玉獣は戦線維持のため第二次増産を求められている、か。前線に出るかどうかで揉めていた我々が今や、後方での戦力増産に専念しているとはな。お前が正しかったな、ヒューダララード……」

 ボーボレロは目を細め、自らの行いを悔やんでいた。

 魔晶騎長が前線に出ないのは、その存在を隠すためだけではない。玉獣という、任意で作り出せる戦力を生み出す能力を失う訳にはいかないからでもあるのだ。

「いや、あの時のお前の考えも分かる。弟が残っていれば私も賛同していたよ……」

 ヒューダララードも沈んだ声でこれに応じた。

 ヒューダララードと、姿を消した雷の魔晶騎長サンダララードは、風の竜と雷の竜が兄弟である事に由来して、互いを兄弟とみなしている。そのためヒューダララードにとってサンダララードの逃亡は身内の失態も同然であり、恥の念から募っていたのである。

 そして、サンダララードに生み出された雷玉獣ライオニングもまた、我が事のように申し訳なさから何も言えずにいた。そもそもが伝言のためだけに生み出された存在であるため、戦力にもなれず、成り行きで会議に参加しているのである。

 二人と一匹の沈んだ様子に、ガンガラロックがたどたどしく口を開いた。

「まだ、負けた、訳、じゃない。勝てば、いい」

 彼の声に二人と一匹は顔を上げ、彼を見る。

 少しの間の後、ボーボレロがはは、と笑った。

「そうだな、分かっているじゃないか。お前も言うようになったなぁ」

 ボーボレロが大きく膨れたガンガラロックの背中を、気安くばんばんと叩いた。ガンガラロックはされるがまま、曖昧に笑う。

 ヒューダララードがそんな二人の様子に、調子を取り戻した。

「確かにそうだ。幸い、今の勇者共が進軍している一帯は沼地、すなわち土玉獣の土俵だ。地の利は我々にある」

「全くだ。お前の働きには期待しているぞ!」

 気前よく、さらにばんばんと叩くボーボレロ。気を良くする彼だったが、それに反してガンガラロックの表情は浮かないものとなっていた。

「ご、ごめん。ちょっと、トイレ……」

 ガンガラロックは遠慮がちに席を立つと、そそくさと会議室を後にした。出る途中、がんと音を立てて入り口の縁にぶつかり、たたらを踏んで消えていく。

 その様は、おぼつかぬ足取りで逃げているようにも見えた。

「なんだ、あいつ……?」

 ボーボレロの疑問に、ヒューダララードが目を丸くする。

「お前、知らないのか?あいつはお前の事、苦手だぞ」

「え!?」

 心底驚いたボーボレロが、確かめるようにヒューダララードを見た。

「そ、そうなのか?私はあいつと気が合ってるとばかり……」

「向こうがお前に気を使ってるんだ。何せお前は乱暴で怒りっぽく、そして冷めにくい」

 信じられないといった様子で、ボーボレロはライオニングを見た。

 ライオニングは何も言えず、ついと目を逸らす。否定しない彼の様子に、ボーボレロは心底驚いたようだった。

「……知らなかった。誰とも喧嘩しない奴だとは思っていたが……」

「あいつもあいつで、大人しいからか折衝役をよく買ってたからな。魔晶騎長の集まりは、あいつで保っていたともいえる」

 ヒューダララードの傍で、ライオニングもうんうんと頷いてみせた。彼は四十九日も魔城でサンダララードの残した雑務をこなしていたため、魔晶騎長達の関わり合いを幾度も目にしていた。だからこその納得である。

「……さぞや疲れているのだろうな。通りで、体が硬いと思った」

 これに、ヒューダララードが「ん?」と目を細める。

「……硬い?」

「ん?ああ、さっき叩いていた時な。少し前に叩いた時より、奴の体が硬くなっていたのだ。動きも固いし、体調が優れないのだろう」

 その頃を思い出すようにボーボレロは落ち着いた声で呟く。それを聞くヒューダララードの顔色は、次第に険しくなっていった。

「……少し前、というのはいつだ?」

「えぇ?確か、うぅん、三か月ほど前……」

 ガッシャアァン。

 会議室の外で、大きなものが割れる音が上がった。

 色めき立ったボーボレロ達が、急いで外に出る。

 音の出どころらしき場所に駆けつけると、そこはトイレの入り口前だった。

 入り口の上縁が大きくへこんでおり、廊下には石のような破片がいくつも転がっている。

「一体何だ、これは!」

 ボーボレロが膝を付き、掌ほどの大きさのものを拾い上げる。その形状に、彼は目を見張った。

「が、ガンガラロック!?」

 それはガンガラロックの、堀の深い顔面の左半分を形作っていたのだ。

 二人と一匹は、全てを察した。

 ガンガラロックはトイレに向かう最中で入り口に頭をぶつけ、バランスを崩して倒れたのだ。色のない目は生気の失せたものであり、一帯に散らばる破片はつまり……。

「ガンガラロッ……」

「待て、まだ早い!」

 嘆きかけるボーボレロを、ヒューダララードが制した。

「忘れたか!?こいつには再生能力がある!」

 ボーボレロははっとした。

 土の魔晶騎長ガンガラロックは唯一、自らの肉体を修復する能力がある。全身が砕け散ろうとも、破片同士をつなぎ合わせ、元に戻る事ができるのだ。粘土質の土の性質を持つ、土の魔晶騎長だからこそ持ち得る能力だ。

「そうだった!悼むのは早い!」

「寝てるんじゃない!さあ、蘇れガンガラロック!」

「起きろ!起きるんだ!」

 二人の必死の呼びかけ。

 ガンガラロックは、これに応じるだろう。二人はそう思っていた。

 しかし、待てど彼は答えない。

 破片一つ、ぴくりとも動かなかった。

「……?どうしたんだ、ガンガラロック?」

 戸惑うボーボレロと、首を捻るヒューダララード。

 その後ろで、か細い声が上がった。

「……あのー」

 控えめな呼びかけは、ライオニングのものだった。二人は振り返らず、乱暴に答える。

「何だ!?」

「あの、破片なんですけど……」

 ちん、ちん。

 硬い、陶器のような音に二人は怪訝な顔をして振り返った。

 そこでは、ライオニングが前足から鋭い爪を生やし、手近にあった大きめの破片をつついていた。

 ちん、ちん。

 再び硬い音が上がる。

「こんなに硬いのに、再生できるんですか?」

 戸惑いの含まれた質問に、二人も戸惑いを浮かべた。

「いや、普段はこんなに硬くないはず……」

 ボーボレロの返答に、ヒューダララードがはっとした。気まずさを含んだ顔で、震える声で彼に問う。

「……ボーボレロ、こいつの身体が硬いと言ってたな」

「あ?ああ、まあ……」

「三か月ほど前は、硬くなかった」

「そうだ。それからこいつに触ったのは、ついさっきだけだ」

「……その間に何があったか、気付かないか?」

 ボーボレロは未だにヒューダララードの意図が分からず首を捻る。ヒューダララードは、耐え切れなくなったようにこう零した。

「ヒエラヒエラが亡くなったのは、四十九日前、つまり二か月ほど前だ」

 ボーボレロは最初、その意味する所が分からなかった。

 しかし、理解が進むにつれ、その顔色が青くなる。

 二か月前の緊急会議で、ボーボレロが怒りに任せて燃え上がった事で、ヒエラヒエラは溶けて消えた。同室に居合わせた土の魔晶騎長ガンガラロックに、何の影響もないはずがない。

 ボーボレロは全てを理解した。言い争う彼とヒューダララードの生みだした熱風にさらされ、粘土質だったガンガラロックの肉体は焼成され、陶器のように硬くなっていたのだ。

 粘土質でなくなった肉体では、再生能力が機能するはずもなく……。

「ガンガラロックウゥゥゥゥ!」


 また一人、魔晶騎長が姿を消した。


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