第3話 冷たき氷の笑み浮かべ
「では改めて、緊急会議を再開する」
痛む頭を押さえ、ボーボレロは参加者を見回した。
彼から見て時計周りにガンガラロック、ヒューダララード、サンダララードの代理であるライオニング、そしてヒエラヒエラが円卓を囲んでいる。
「大魔王様は今も昏睡状態、魔晶騎長も一人欠けた。しかも戦線は後退を始めている。名のある魔族が勇者どもによって討ち取られたという報告も上がり始めた。勇者共がこの西の魔城に向かってくるのも時間の問題だろう。今こそ我々五人、もとい、四人の力を団結させ、現状の打破に努めねばならん」
全員が神妙な顔をしている事を確認し(魔晶騎長でないライオニングだけは居辛そうな顔をしていたが)、ボーボレロは再び話し始める。
「大魔王様の全力をもって生み出された五玉獣が倒された以上、我々が新たな玉獣を作った所で相手にはなりえん。我々魔晶騎長同士の力は相容れないものであるため、我々が力を合わせても五玉獣は作れない。勇者打倒のためには、戦力の増強よりも新たな策を講じるべきだろう。何か意見のある者はいるか?」
ボーボレロは他の四人を見回しながら反応を待つ。
沈黙の後、ヒューダララードが控えめに手を挙げた。
「ヒューダララード、何だ?」
「案や策を講じる前に、まず我々は今の戦力差について整理せねばならん」
ボーボレロの無言の疑問。
ヒューダララードはそれに答えた。
「知っての通り、我等魔晶騎長は、五色の竜それぞれが成長の過程で脱皮し、捨てられた抜け殻から生まれた存在だ。長い年月の後に結晶化したものに魔力が宿り、それが意思を持って我々は生まれた。魔力の塊であるが故、我々は生を得た現象そのものと言ってもいい」
それを聞かされたライオニングは、目を丸くして魔晶騎長達を見回した。
ヒューダララードの言う通り、火の魔晶騎長であるボーボレロは火で、氷の魔晶騎長であるヒエラヒエラは氷で、土の魔晶騎長ガンガラロックは土で身体を成している。風の魔晶騎長ヒューダララードは身体を成す風で巻きあがる細かい塵で光を乱反射させ、うっすらと緑色の体躯を作り上げていた。
「我々一人一人が、竜から生まれたも同然故、それぞれ一匹の竜に並ぶ強さを持つ。大魔王様に至っては、五竜の抜け殻の積み重ねから生まれたお方だ」
「うむ。だからこそ強大、だからこそ我々の長になられた」
「そのお方も同然の五玉獣が、人間に敗れたのだ」
ヒューダララードがそこで言葉を切った。
沈黙が、その場に横たわる。
ボーボレロの背が、ぼおう、と音を立て、強い光を発した。むっとくる熱が、会議室に立ち込める。
「……続けろ」
彼の固い声に、ヒューダララードが口を開く。
「五玉獣を勇者五人で倒したという事は、大雑把に考えても奴等一人一人が竜一匹の実力を持つと言っていいだろう。つまり我々と同格という事だ。頭数では我等が不利だ。今から急いで戦力を増強するよりは、勇者達が別行動する隙を狙って奇襲か暗殺を狙った方が効率的だ」
奇襲。そして暗殺。
ボーボレロにとってそれは、卑劣で唾棄すべき手段だった。
「……それは何だ、つまり我々が、正攻法では人間どもに負けると、そう言いたいのか」
ぼおぉう、とボーボレロの全身がさらに燃え上がった。一気に増した熱量が、部屋の色を紅く変える。彼の押し殺した衝動を代弁するように、ぼぼぉう、ぼぼぉうと更にその全身が激しい炎のそれへと変わっていく。ライオニングの全身の毛が熱でそよぎ、熱で失せた喉のうるおいから、彼は思わず唾を飲んだ。
熱に怯む様子のないヒューダララードが言葉を返す。
「可能性がある、というだけだ。我々が必ず負けると言いたいのではない」
「……風の魔晶騎長ヒューダララードともあろうものが、臆病風に吹かれたか?確かに五玉獣は破れたが、大魔王様ご本人が奴等に負けた訳ではない。ましてや、我等魔晶騎長が人間に負けるはずはない」
「落ち着け、ボーボレロ。戦線が後退しているとは言え、軍事力はこちらが勝っているのだ。なればこそ、我等が策や案を用意せねばならん。お前もそれは分かっているだろう」
「……名案が浮かんだぞ。ここで奴等の勢いを削ぐには、奴等にとっての新たな脅威を叩きつけるのが一番だ」
やおらボーボレロは立ち上がろうとした。向かい合って座っていたヒューダララードも立ち上がり、彼を制する。
「こらえろ。魔晶騎長が前面に出れば、我々や玉獣の素性を人間どもに知らせる事になる。魔王軍がただの魔物の集まりだと人間どもに思わせているからこそ、今日まで人間どもに後手を踏ませていられたのだ」
「魔王軍という魔族の強大な盾は今、勇者とかいう五本の矢に穿たれようとしているのだ。矛たる我等がそれを打ち払わねば、魔族に未来はない」
ボーボレロの全身から発される熱気は更に強くなっていった。
対峙するヒューダララードもまた、その感情の昂ぶりを表すように、その身を成す風の勢いを強め会議室に荒れた風を巻き起こし始めた。
熱と風とが混じり合い、かつ競うように熱と風速とを強めていく。ボーボレロの身体を形作る炎は他のものに燃え移る事はなく、だのにその熱量を増して閉ざされた会議室の気温を上げていった。さながら窯の中のごとくだ。
会議室の温度は、二人の弁舌に合わせてさらに上がる一方だ。もはや人間はおろか、魔族ですら長居できる温度ではない。
「お前こそ自分の立場が分かっているのか?大魔王様が倒れられた今、魔王軍の頭脳は我々なのだ。我々が倒れてしまえば、多様な種族で構成されている魔王軍は統率を失い、烏合の衆となり果てる。それこそ我々の敗北だ」
「戦力の逐次投入や出し惜しみは愚策だと、大魔王様も仰っていたぞ。今こそ、我等魔晶騎長全員が前線に出て力を振るうべきだろうが」
机を挟んでにらみ合う二人の間で、ガンガラロックがおろおろと両方を見回す。
そんな彼に気付き、二人が視線を向ける。どちらからともなく意見を乞うつもりで、同時にヒエラヒエラの方を見た。
「「ヒエラヒエラ、何か意見は……」」
そこで二人は目を丸くする。
彼女がいない。
彼女のいるはずの机の上には水が溜まっており、それをライオニングが身を乗り出して朦朧とした顔でぴちゃぴちゃと必死に舐めていた。
ボーボレロとヒューダララードは、すぐに気付く。
氷の魔晶騎長ヒエラヒエラ。
氷で身を成す彼女に、熱風荒れる会議室は熱すぎたのだ。
我に返ったボーボレロは思わず叫ぶ。
「ヒエラヒエラアァァァ!」
また一人、魔晶騎長が消えた。
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