第2話 空を光と共に割り

「緊急会議だ」

 玉座の間からほど近い会議室で、魔晶騎長達は円卓を囲んでいた。議長の席に着いた火の魔晶騎長ボーボレロが続ける。

「魔王様は五玉獣の敗北によりショックと重度の疲労で昏睡状態、最前線部隊の壊滅もあって戦線には穴ができてしまった。五玉獣を下した勇者共がこの西の魔城に向かってくるのも当然だろう。今こそ我々五人の力を団結させ、て……」

 と、そこまで言いかけてボーボレロは気付いた。時計回りに着席している顔を見やる。

 土の魔晶騎長ガンガラロック。

 風の魔晶騎長ヒューダララード。

 氷の魔晶騎長ヒエラヒエラ。

 そして彼自身、火の魔晶騎長ボーボレロ。

 全員で、四人。

「……サンダララードは?」

 ボーボレロは雷の魔晶騎長の名を呼んだ。

 これに、サンダララードの兄であるヒューダララードが答える。

「すまない、目を離した隙に見失った。一体どこにいるのか……」

 そこでこん、こんと、扉をノックする音が上がった。扉に一番近いヒューダララードが席を立ち、扉を開ける。

 来訪者は、ヒューダララードの腰の高さに視点があった。見上げる視線と、見下ろす視線が合致する。

 それは、一言で言ってしまえば、ライオンだった。額にある黄色い玉を見て、ヒューダララードは気付く。

「雷玉獣か」

 そう呼ばれた獣は、おずおずと口を開く。

「は、はい。サンダララード様に作っていただいた雷玉獣、ライオニングです……」

 百獣の王をモチーフにしたとは思えない腰の低さと、ライオンと電光を合わせた安直なネーミングにヒューダララードが渋面を浮かべた。

「……答えろ。お前、奴の何割の力で作られた?」

 問いかけにライオニングは視線をさまよわせ、おずおずと口を開いた。

「そ、その……あの……」

 その様子を自分の席から見ていたボーボレロが、両者に声をかけた。

「まあ、入れ。長い話になるかもしれん」

 呼ばれたライオニングは腰を上げ、四つ足でしずしずと会議室に入った。ヒューダララードが扉を閉め、自分の席に着く。ライオニングはヒューダララードとヒエラヒエラの間に入ると腰を下ろし、机の天板を見つめる形でボーボレロの方を見た。

 自分の隣に来たその獣に、ヒューダララードが再び聞く。

「で、何割だ?」

 再びライオニングは視線をさまよわせ、控えめに話し始める。

「え、ええと……、サンダララード様曰く、『文句を言われないギリギリの力』だそうです」

 それを聞いたボーボレロが、ふう、と大きく安堵の息を吐いた。

「七割か。なかなか頑張ったな」

「え?」

「え?」

「え?」

「え?」

 ボーボレロを除く三人の魔晶騎長とライオニングが声を上げ、ボーボレロもまた「え?」と声を上げた。

「ちょちょちょ、ちょっと待て。お前等、一体何割で普段仕事してるんだ?」

 まず答えたのはヒエラヒエラ。

「三割くらいじゃない?」

 次にガンガラロック。

「お、俺、八割、くらい……」

 最後に、ヒューダララード。

「あいつが本当にそれくらいでやってると?」

 三者三葉の反応に、ボーボレロがうろたえた。

「ふ、普通それくらいじゃないのか?というか、ヒエラヒエラ!お前、普段からそんないい加減に仕事してたのか!?」

「何よ、悪い?根詰め過ぎたら、それこそ仕事にならないじゃない」

 ヒエラヒエラは悪びれる様子もなくそう返した。

「にしたって三割はないだろ!お前、自分の役職を分かっているのか!?」

 ボーボレロの全身が強く発光する。炎そのもので身を成しているボーボレロは、感情の高ぶりによって一層強い熱を持つのだ。

「だからこそ、よ。いつどの部下が、どんな厄介ごと抱えて相談に来るのか分からないのよ?ブッキングだって当たり前だし、悠長に考える時間もなし。そんな中で余力残しておかなかったら、仕事に潰されちゃうじゃない」

 ヒエラヒエラの言い分は正論だったが、ボーボレロにとっては詭弁にしか聞こえず、怒りを買い更に高熱を生み出す結果となった。石造りの部屋でみるみる温度が上がり、ライオニングがはっは、はっはと舌を出し暑さにあえぐ。

「落ち着けボーボレロ。今の問題は彼女ではない」

 ヒューダララードはボーボレロを制し、改めてライオニングに目を移した。

「あいつの事だ、おそらく二割もないだろう」

「おいおい、いくら弟だからって、そこまで見下げなくても……」

 そこまで言われた所で、黙る事に耐え切れずライオニングは言った。

「一割半です」

「ちっくしょう、どいつもこいつも!」

 ボーボレロはがんと机を叩いた。ライオニングとガンガラロックがびくりと震え、ヒューダララードとヒエラヒエラははあ、とため息をついた。

 ヒューダララードが、再びライオニングに声をかける。

「ところで、一体何の用でここに来たのだ?」

「あ、はい。サンダララードから手紙を預かってきました……」

 そう言うと、ライオニングは器用に前足を自分の鬣に入れて、一枚の紙を摘まみだした。ヒューダララードがそれを受け取り、他の魔晶騎長は席を立ってそれを覗き込む。

 そこにはミミズののたくったような字で、こう書かれていた。

『負けるとかいみ分からんし。ま晶き長やめる』

 全員が文面を理解するのには、一拍の間を要した。

 全てを理解したボーボレロが机を叩き、叫ぶ。

「サンダララードオォォォ!」


 戦う事なく、魔晶騎長が一人消えた。




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