魔王軍はいかにして滅びたか
コモン
第1話 げに恐ろしきは大魔王
五色の竜に守護されし大地、オーレリア。
オーレリアに住まう人々は今、未曽有の危機に直面していた。
西の辺境の魔城に住まう大魔王バーレドロウの元、魔族達が蜂起し、一大勢力となって大地の侵略を始めたのだ。
人と魔物との戦争が始まり、いくばくかの時が過ぎた。
魔城の玉座の間で、大魔王バーレドロウは玉座の上で肘置きに体重を預け、対面する五つの影に視線を落とし、色の薄い唇に薄く微笑みを浮かべていた。皺だらけの顔の中で、二つの黒い目だけは若々しい輝きを放っている。
魔王に向き合い膝を付くのは、全て人間ではない。
魔王直属の部下、魔晶騎長と呼ばれる大魔族だ。
火の魔晶騎長ボーボレロ。
氷の魔晶騎長ヒエラヒエラ。
土の魔晶騎長ガンガラロック。
風の魔晶騎長ヒューダララード。
雷の魔晶騎長サンダララード。
いずれ劣らぬ、精鋭揃いだ。
「……なぜお前達が呼ばれたか、分かるか?」
しわがれた、しかし張りのある声が五人に投げかけられた。魔王から見て一番左側にいた、全身をぼんやりと発光させている者、ボーボレロが顔を上げる。
「はっ、我が軍に何か、お気に召さぬ点があったからかと」
「お前は真面目だな、ボーボレロ。私は怒っているのではない」
ふっふっふ、と大魔王の口から息が漏れた。
「自慢したいのだよ。今や大陸のほぼ全てが、私に従う魔族達の支配下にある。これは皆、私の指示の的確であるが故だ」
そう言って、魔王は次に全身の透けた、氷の彫刻そのもののような女に目を向けた。
「ヒエラヒエラ、戦況は知っておるな」
「はっ、現在我が軍は破竹の勢いで勝ち進み、人間どもを東の果てに追いやっている状態です。人間の軍など敵ではありません。じきに、この大陸は大魔王様のものとなりましょう」
「うむ、うむ」
満足げ頷く大魔王。その様子を見て、背むしのように背中を丸めた巨体の主がたどたどしく口を開いた。
「こ、これも皆、大魔王様のお力があって、こそです」
「ガンガラロック、分かっておるではないか。ではヒューダララード、私が前線に残したものを知っておるか?」
話を振られた細身の、渦を巻くように髪を逆立たせた男がはっ、と答える。
「最前線にて強大な魔族達を率いている、さらに強大な魔王様の分身、五玉獣ファイブロードです」
「そうだ」
再び大魔王は満足げに頷いた。
竜に並ぶ実力を持つ大魔族である魔晶騎長は、自らの力で僕となる存在、玉獣を生み出す事が出来る。例えば火の魔晶騎長であるボーボレロならば火の力を持つ玉獣、つまり火玉獣を生み出せるという訳だ。身体の一部に玉を持つそれは、創造主の力の一部を引き継いでいる。玉獣それ自体は創造主には及ばないが、それでも並みの魔族ならば歯牙にもかけぬほどの実力を持つ。そして、生み出す際に込めた力が強ければ強いほど、創造主に並ぶ力を持つほどになる。
しかし、あらゆる玉獣よりも強い、五つの玉を持つ玉獣がいる。
五つの玉それぞれに五人の魔晶騎長に並ぶ力を宿したそれは、五玉獣と呼ばれる存在だ。
そんなものを生み出せるのは無論、五人の魔晶騎長を束ねる大魔王、バーレドロウのみだ。
五色の玉を目玉のように五つに並べた顔を持つ白き竜人ファイブロードは、創造主である大魔王に代わり最前線に立ち、部隊を率いているのである。
「奴は私の力の百パーセント近くを注いで作り上げた最強の玉獣だ。実力カリスマ、そして内包する魔力も、もはや私そのものと言ってもよい。おかげでこうも老いさらばえてしまい、だるさも体に残っているが……」
大魔王は自らの顔に手を伸ばし、皺の数を数えるように頬を撫でた。悲観的な所作だったが、黒い瞳は不敵に輝く。
「最前線に指揮官が出るなど、愚の骨頂。座して勝利を待ってこその魔王よ」
おおお、と魔晶騎長達から感嘆の声が上がった。
大魔王はそれに、歌でも聞くようなご満悦な顔でうんうんと耳を傾ける。
そんな最中、髪を八方に逆立てた男が、何かに気付いたように扉を振り返った。それに気付いたヒューダララードが、彼に声をかける。
「どうした、サンダララード?」
「誰か来てんぞ」
果たしてその言葉通り、玉座の間への扉が勢いよく開かれた。それは大魔王軍の伝令兵である、一人のゴブリンだった。
「報告いたします!」
玉座の間に響く嗄れ声に、大魔王はうたた寝をするように頷いた。
「うむ、話せ」
「最前線部隊、壊滅!ファイブロード敗北しました!」
大魔王の肘が滑り、玉座が揺れた。椅子の上から倒れかけた大魔王が、慌てたように肘置きを両手で掴み身体を支える。
「な、な、な、……何だと?」
「最前線部隊、壊滅!ファイブロード敗北しました!」
一言一句違わず復唱したゴブリンに、五人の魔晶騎長達がざわめく。ボーボレロが大股でゴブリンに近づき、その胸倉をつかんだ。
「確かなのか!?」
「あつ、あつ、熱いです!確かですぅ!」
全身が炎そのものであるボーボレロに肉薄され、ゴブリンの緑色の肌が強く照らされ、じりじりと焦げる。
ボーボレロはなおも信じられず、鼻先が振れるほど近くでゴブリンの顔を睨む。
熱い熱いと悲鳴を上げるゴブリンの様子に、ヒューダララードがボーボレロを制した。
「落ち着け、ボーボレロ。……詳細は?」
ヒューダララードに促され、緩んだボーボレロの手から離れたゴブリンは数歩下がった後、報告を始めた。
「東の果てにて、勇者なる人間が五人現れました。彼奴等は五竜の加護をもって魔族を越えた力を得たとか何とか……」
ゴブリンの報告を、大魔王はぽかんとした顔で聞いていた。肘置きから腹を離せず、聞かされた話が未だに信じられずにいる様子に、ヒエラヒエラがそっと近づき、自らの手の上に氷の玉を生み出した。それを大魔王の目線に並べ、手をかざす。
「曇りなき目よ、空の目よ。映せ我等の知らぬ場所、過ぎし真の出来事を……」
ヒエラヒエラの詠唱によって、水晶に見立てられた氷の玉が色を得た。蜃気楼のように曖昧な色と形が渦巻き揺蕩う内、それは明確な形状と色を成し、そして動き出す。
氷の玉に映ったのは、東の果てで起こった件の出来事だった。
身長三メートルを超す白い竜人が、五色の瞳で対峙する者達を見下ろす。大剣を持つその竜人は全身傷だらけで、片膝を地につけていた。周辺には、部下である魔族達が力なく倒れている。
白い竜人ファイブロードと対峙するのは、五人の人影。
異なる五色の鎧を纏った、若者達だった。
「貴様等、一体、何なのだ!?」
大魔王バーレドロウと同じ声の、動揺を大きく含んだ問いかけに、彼等は剣を振るい答える。
「火の竜に認められしは、レッドブレイブ!」
「氷の竜に認められしは、ブルーブレイブ!」
「土の竜に認められしは、グレイブレイブ!」
「風の竜に認められしは、グリーンブレイブ!」
「雷の竜に認められしは、イエローブレイブ!」
一人ずつ名乗りを上げ終えると、彼等は横に並び一斉に剣を構えた。
「「「「「五色の勇者、ファイブレイブズ!」」」」」
最後に、中心に立つレッドがファイブロードを剣の切っ先で指し示す。
「故郷に五色の錦を飾る!覚悟!」
それを号令に、五人の勇者がファイブロードへと殺到した。
距離を詰める五人に、ファイブロードが激昂し立ち上がる。
「ふざけているのか貴様等ぁぁ!」
大きく上段に大剣を振り上げるファイブロード。
しかしすでに、五人の若者は肉薄し、白い鱗に覆われた腹に五本の剣筋が走った。
大剣を振り上げた姿勢で止まるファイブロード。
斬りつけた五人が剣を振り下ろし、残心。
その後、ファイブロードの身体は、大きく前に傾ぎ、どうと地に伏した。
氷の玉に映された一連の出来事に、大魔王バーレドロウは静止した。
やがて、わなわなと氷の玉に映るファイブロードを指差し、かすれた声を上げた。
「こんな、こんな、三文芝居のように、わ、私の、全力の、分、身、が……」
そこから先は言葉にならず、口から吹き出した泡に阻まれた。やがて黒い目がるりんと白目を向き、首が力なく垂れた。
「バ、バーレドロウ様!?」
ボーボレロが慌てて駆けつけ顔を覗き込むが、大魔王は彼の熱にも反応せず、ただ脱力し白目を向くばかりだった。
「バーレドロウ様ああぁぁぁ!」
こうして大魔王は人知れず、静かに沈黙したのだった。
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