変身術師ヘルガ
入河梨茶
魔術王討伐
西の大陸にその年、三人の強大な魔術師が出現し、大陸の覇権をめぐり互いに戦い始めました。
王位を継承して北の強国を統べることになった新王、氷のアンセルム。
中原の大国をクーデターで転覆し、新興国を建てた炎のメネラオス。
南洋諸島から大陸統一を宣言し、周辺国を次々併呑していった、雷のワースィク。
まるで示し合わせたようにほとんど同時に登場した三人ですが、驚くべきことにこれがまったくの偶然。同属嫌悪と言いましょうか、三人は地盤を固めるとさっそく三つ巴の抗争を始めたのです。
俗に「剣と魔法」などと呼ばれますが、この世界では高度に発達した攻撃魔術と防御魔術が肉弾戦に優越して久しく、特に魔術王と呼ばれたこの三人は、普通の魔術師とは桁違いに強烈な魔力を持っておりました。それも一桁二桁どころか五桁か六桁くらい。魔術の素養に秀でた者の生まれる確率が百人に一人くらいでありますので、一国の人口せいぜい数十万のこの世界において、その力量差がどれほど絶望的かは明白でしょう。
当然その魔術はいずれも威力絶大。二者あるいは三者が激突するその戦場は炎と吹雪と雷が荒れ狂い、常人の近寄れる空間ではありません。野生の獣も無論逃げ出し、草木は根こそぎにされ、山や川などの地形も変わる有り様です。
徐々に農業や商工業が発達して豊かになり始めた大陸ですが、こんな乱暴な真似をされてはたまったものではありません。半年にも及ぶ戦いの影響でひどい不作が予想され、いつ飢饉に転じて大量の餓死者が発生してもおかしくない状況となりました。
大陸はくっきり三分されたわけではなく、魔術王の支配を受けていない国はあちこちに点在していました。と言っても魔術王たちが手出しをためらうほど堅固な国など一つもなくて、取るに足らない相手だから見逃されていただけなのですが。これら諸国はもちろん現状に頭を痛めていたものの、対抗はおろか和平の提案すらとても無理な相談です。うかつに声をかけて注意を引いただけで滅ぼされかねません。
大陸西部、三勢力が境を接する場所にほど近いカリストゥス王国もそんな国の一つでしたが、争いによる被害はあまりに甚大で、さすがに対策を検討することとなりました。
その会議に、どこからともなく一人の女魔術師が現れたのです。
「……失礼だが、そなた正気か?」
静まり返った王宮内の大広間。沈黙を破った宰相がそう言ったのも無理はありません。
ヘルガと名乗った女魔術師は言ったのです。私が魔術王を三人とも無力化してご覧にいれます、と。
「そなたの力量、どうやらそれなりに優れてはいるようだが……」
城内に入れる前に一通り検査はしましたが、彼女の魔力の量は魔術師の平均から見れば上の下もしくは中の上程度のものでした。
言い淀む宰相に、ヘルガは言葉を続けました。
「ええ。私の魔力はあくまで『それなり』です。ここに居並ぶお歴々の中では最弱かもしれません」
会議には王軍の魔術師精鋭部隊も参加していました。その数総勢二十四人。その面々を見渡しました。
「しかしながら、か弱い女子供でも針を使い隙を狙えば、巨漢の眼球をえぐるくらいはできるものでございます」
魔術師の年齢は見た目通りとは限りませんが、ヘルガの姿は見たところ二十代半ば。波打つ赤い髪を背中まで伸ばし、美人というよりは愛嬌のある面差し。そんな彼女がにっこり微笑めば、たいていの者は気持ちを和らげることでしょう。
ですがその場は例外でした。王軍の魔術師たちは、精鋭のはずの自分たちが無能であると指摘されたように感じてしまったのです。
「ヘルガ殿がいかように魔術王に立ち向かうのか、一手ご指南願いたい」
指揮官が言うと同時、二十四人は円を描いてヘルガを取り囲みました。全員の攻撃呪文が一斉に放たれれば、ヘルガは骨も残らず消えうせること間違いなしです。
王は止めようとしましたが、ヘルガは微笑みを崩さず言いました。
「一度にこれほど多数を相手取るとなると、少々手違いも生じますかもしれません。命には別条ないよう努めますが、後遺症が残っても悪しからず」
「やれっ!」
指揮官の合図一声、二十四人の男女は各々得意の攻撃呪文を唱え始めます。威力こそ魔術王たちには遠く及びませんが、熟練の域に達したそれぞれの詠唱速度と、要人が居並ぶこの状況下でも的確に標的だけを狙う技術は、魔術王たちにも決してひけを取るものではありません。五秒後にはこの大言壮語の女魔術師を無力化しているはず。
しかし。
ヘルガは誰より先にすべてを終えておりました。
「おお……このような戦い方があったとは」
「奇異なる手法ではありますが、この結果を見るに、賭ける値打ちはありましょう」
すべてを見届けた王と宰相は、ヘルガに望みを託すことにしました。
「では、三人を無力化するまでは、カリストゥス王国を拠点として全面的な支援をしてくださいますよう。そして無力化の暁には、褒美もたんまりいただければと。何、三人がいなくなればカリストゥスもずいぶん大きくなることでしょう」
身も蓋もない物言いにも、王は気前良く肯きます。
「うむ。魔術師ヘルガ、そなたの働きに期待しておるぞ」
するとヘルガは困ったような笑みを浮かべました。
「私は浅学非才にして、今ご覧になった通り攻撃魔術も使わぬ身。魔術師よりもふさわしい呼び名を考えましたので、そちらを用いていただければと存じます」
「ほう、その呼び名とは?」
「私のことは――」
*
深夜、白皙の青年が一人、テーブルに大陸全図を広げて独り言をこぼしておりました。
「忌々しい」
この男こそは氷のアンセルム。生まれた頃から大量の魔力に恵まれ、修練によって魔術の技にも秀でた天才魔術師です。
彼は幼い頃から己の魔術に絶対の自信を持ち、周辺の弱小国と温和な友好関係を保っていた母王を歯がゆく思い、それゆえにかなり昔から心に決めておりました。自分が王位を継いだ暁には、すぐさま大陸全土を征服して、海を越えて他の大陸にも攻めのぼり、世界をこの手に掴んでみせると。
魔術師の寿命と肉体年齢は魔力の量に左右されます。母王は高い魔力で若さを保ちましたが、それでも四百歳で大往生を遂げ、百六十歳にして美青年アンセルムが後を継ぐこととなりました。
それなのに母王の逝去による即位後、予定では一週間で終えるはずだった大陸征服は半年を過ぎた今でも進んでおりません。
すべては他の二人、成り上がりのメネラオスと、宗教かぶれのワースィクのせいだと、アンセルムは切歯扼腕しています。
一週間前にはこの互いに敵対するはずの二人に共同戦線を張られ、手傷を負って居城へ引き返す屈辱を味わいもしました。今後の計画も一から練り直さねばなりません。
「忌々しい」
もう一度呟くと、白皙の魔術王は指を鳴らします。それに応じて彼の魔力で動く魔法人形が、強い酒を一瓶運んできました。
ここはアンセルムが母から受け継いだ居城。しかしかつては栄華を誇り人の行き来が絶えなかったこの城の中に、今いる人間はたった一人です。
彼の武力に偏った政策を諌めた大臣も、戦乱による都市や農地の荒廃を訴えた領主たちも、先王と自分を比較して口さがないおしゃべりに余念のなかったメイドたちも、戦が膠着するにつれて追従の歯切れが悪くなった道化も、すべてアンセルムが追い出してやったのです。人が減るにつれて残った者の仕事は増え、それが新たな不満を呼び、最後の方はアンセルムが追い出すよりも早く人が次々と城を去って行きました。
けれど雑務は彼の膨大な魔力で動く大量の魔法人形に任せれば済むことで、目下の政務は敵対する魔術王二人を倒すことのみ。一人であることにアンセルムは別段痛痒を感じませんでした。
人形の運んできた瓶から手元のグラスに酒を注ぐと、アンセルムは一息に飲み干しました。その目に宿るのは宿敵に対する苛立ち。と同時に、互角の敵手との闘争を楽しむ喜悦の色も含まれています。
「さて、あやつらもそろそろ潰し合いを始めているはず。そこにどう割り込んで、いかに滅ぼすか……」
思案に耽ろうとした彼の意識を、警報が乱しました。城の周囲に張り巡らされた魔術による警戒網が、不審な侵入者の接近を検出したのです。
「我が名はヘルガ。魔術王アンセルムにおかれましては、このたびの戦乱を引き起こした三人のうちの一人としての責任を取り、王位を返上した上で、周辺国家および自国他国を問わず貴殿によって損害を被った人民への、私財による賠償に応じていただきたい」
広壮な城門の前に一人立つ女魔術師は、姿を現したアンセルムにそのようなことを言いました。
「正気か、女?」
「あなたと同じくらいには」
「死ね」
にっこり微笑んだ女に向け、アンセルムは五秒の呪文詠唱をすると手を一振り。たちまち極寒の冷気が女を包み込み、物言わぬ氷の像が完成しました。
「……どういうことだ?」
堂々と現れ無謀な口上を述べながらあまりにあっけない女の最期に、アンセルムは首をかしげます。もちろん何かの仕掛けが考えられますが、凍りついた女の身体からは生命反応も感じられません。
しかしすぐに、気が触れた愚か者の所業と判断し、魔術王は城内へ戻りました。
誰もいない城内ではありますが、魔法人形は何体も歩き回っています。自室に引き上げたアンセルムの元に、そのうちの一体が酒瓶を持って近づいてきました。
と。
その魔法人形が、不意に奇妙な呪文を唱えたのです。
「なっ……!」
一瞬にして、アンセルムの姿が変わり果てました。
青年の姿をした、石の像に。
その像の前で、魔法人形もまた姿を変えていきました。
それは先ほど氷漬けになったはずのヘルガでした。
《女! 貴様、どうやって》
声は出せなくとも、高い魔力があれば周囲に意識を伝えることは可能です。
動きが封じられるという屈辱に激昂して喚くように意識の「声」を放つアンセルムに対し、ヘルガは穏やかに答えました。
「魔術の初歩も初歩、変化の魔術ですよ。先ほどはお持ちの人形を一体頂戴して、私の姿にして通話の術をかけておいたわけです。私自身はその人形になり代わって城に入らせていただきました。いや、こういう時は魔力が高くなくて良かったと思いますね。隠すまでもなくあなたには警戒されませんでしたし」
ヘルガは愛嬌のある笑みを浮かべます。しかし、魔術王を相手にそんな笑みが浮かぶこと自体が尋常ではありません。
「魔術王に説法なんておかしな話ですが、変化の魔術は魔術防御を突き抜けます。万物はすべてこれ、一長一短。人が虎になれば強い力と素早い動きが身に備わり、人が蠅になれば空を飛ぶ能力と敵の攻撃を避ける小さい体を得ます。術者の害にしかならない物理的・魔術的な要因なら可能な限り阻める魔術防御障壁でも、害にも益にもなる魔術は防げません。しかも攻撃魔術よりはるかに短い詠唱で効果を発揮しますから、魔術の撃ち合いになれば負けません」
《それぐらいのことは知っている!》
アンセルムの「声」は怒りを強めました。
《だがただの変化の魔術ならば、そもそもかけられた側の魔力が強ければ拒絶することができる! それに元に戻るもたやすいはず……!》
魔術の素養に乏しい子供でも使える変化の魔術は、子供でもすぐ解くことができます。さらに子供でも少し成長して才能に目覚めれば、かからずにいることは難しくありません。それなのに、魔術王たるアンセルムが魔力を駆使してもなかなか元に戻れません。
「いや、そりゃ変化の魔術をそのまま使うなんてバカな真似はできませんって。そこは私なりの工夫がされているわけで」
ヘルガは再び笑みを浮かべると語り始めました。
「言ってみれば変化の魔術ってのは、毛布を頭の上からかぶせるだけの術です。それをよけたり振り払ったりなんて簡単な話。でも着ぐるみを着せて背中でボタンを三つも四つも留めてやれば、抜け出すのは容易じゃないでしょうね。そしてこうすれば、なおさら」
言いながら、ヘルガは何度となく手を振りかざし、呪文を唱えます。するとそのたび、アンセルムの姿は石像から氷像、人形、石柱などと何度も変わっていきました。それとともに元に戻ろうとするアンセルムの試みは加速度的に難しくなっていきます。
《これはつまり……その着ぐるみとやらをいくつも重ねていっているわけか?》
「ご名答でございます。恐らく、コツをわきまえていないあなた様におかれては、現時点でもこれから十年はかけないと元に戻れないと思われます。コツさえ飲み込めば戻るのも簡単なんですが、もちろん私がそれを教える義理はございませんよね」
岩塊に変えたアンセルムを見下ろして、ヘルガはにこやかに言いました。
「私が編み出したこの術、従来の変化の魔術とはもはや別物と言っていいと思うんですよね。なので自分で名前をつけました」
そこでヘルガはもったいぶるように言葉を切ると、満面の笑みを浮かべて続けました。
「変身術とね」
その笑みを消さないまま、ヘルガはアンセルムを見下ろします。
「それを使う私はさしずめ変身術師というところですので、よろしかったらそうお呼びくださいな」
《ふざけた、ことを……!》
話を聞きながらも、アンセルムは必死に知恵を巡らします。そして元に戻るのは困難だと悟ると、新たな手を打ち始めました。
「本来なら先ほどの登場も口上も必要なく、こうして不意を突けば一撃だったんですけどね。でもまあ、最初は一応言葉で説得しないと、とは思ったわけです。完全な問答無用ではあなたがた思い上がったおバカさんたちと変わりないですからね」
すでに事は終わったと考えてか、自称変身術師のヘルガは自慢話を延々と垂れ流していきます。その侮蔑に怒りながら、アンセルムは黙って魔力を練り上げていきます。
人でない姿に変わり果てた今の状態でも魔術を使いこなせるように。
「守りは生まれつきの魔力に左右される魔術防御障壁に頼りきって、時間はかかっても高威力の攻撃呪文詠唱にすべてを賭ける……派手ですけど、素質がなければ何にもできないつまらない戦いでしたよね。その行き着く先が今回のバカ騒ぎという点まで含めてつまらない」
ヘルガは相変わらず、アンセルムにとっては腹立たしくもつまらないことをしゃべり続けています。
「調べてみましたが、アンセルム様と私はほぼ同い年なんですね。もっとも、あなたの魔力ならこの先千年くらいは生きそうですが、私は残りせいぜい百年というところ。でも、今回の勝負は私の完勝として歴史に残るでしょうね。面白いことです」
そしてアンセルムがもう少しで攻撃魔術を繰り出せそうだと感じた時。
「さて、他のお二方はこのくらいの時間でしたね」
突如無駄話を打ち切ったヘルガは、そんなことを言ったのです。
《他の、二人……?》
「炎と雷の魔術王ですよ。あの方々は姿を変えられた後も戦う姿勢を崩さず、人形や石の柱に変えられても魔術を使おうとしてました。東方では年月を経た山だの川だの道具だのが魔力を蓄積して仙人とか神とかに変じるという話がありますが、それと似たようなものですね。自力でやろうとしたのがすごい荒業ですが。最初のワースィクさんが勝ち誇って魔術を放つ前に偉そうなことを言ってくれなかったら、私もそれまででした」
アンセルムにとっては自分の狙いが見抜かれたことも驚きでしたが、他にも聞き捨てならないことを言っています。
《まさか、おまえ、メネラオスとワースィクを、もう……》
「ええ、無力化してからこちらに来ましたよ。手傷を負っていたあなたが、後回しにしても一番問題なさそうでしたので」
屈辱的なことを言いながら、ヘルガは手をかざしました。
「さすがにあなた方の攻撃魔術を食らったらひとたまりもありませんので、もう一段階弄らせてもらいます。今までお見せした変身術が肉体的なものなのに対して、これは精神に影響する術」
そして二言三言、呪文を唱えました。
その瞬間、アンセルムは自分の中の何かが決定的に変わってしまったことを感じ取りました。
《い、今の、は……?》
訊ねながらも、すでにわかります。
自分の中から、攻撃的な意識が恐ろしいほどきれいに消え去っていることを。
「攻撃性・凶暴性・破壊性みたいな部分を、根こそぎ削り取りました。もう他人を傷つけようという気分にはなれないのではありませんか?」
何でもないことのように言うヘルガに、アンセルムは答えることができません。
彼の精神は、まさに彼女の言う通りになっていました。彼の性格の根幹をなしていたはずの、行く手を阻む敵を打ち倒さずにはおかない積極性が完全に失われていたのです。
たった一つの魔術で自分の存在が根底から覆されたことに、アンセルムは怯え、震えました。
「もちろんこれも魔術である以上、解かれれば元に戻ります。しかしあなた自身に術を解こうという意欲もなくなっているのでは?」
《う、うう……》
それは事実でした。今やアンセルムの内心はヘルガと戦うことに激しい恐れしか感じられず、立ち向かう気力などどうしても湧いてこないのです。
「ということで、岩にしておく必要もなくなりました」
ヘルガが新たな呪文を唱えると、アンセルムは人間の姿を取り戻します。
しかしそれは、先刻までの美青年の姿ではありませんでした。
成人女性としては平均的なヘルガよりもはるかに背の低い、五歳程度の小さな女の子。
「え、な、なんで……」
ふわふわとしたドレスに身を包む自分に呆然とするアンセルムの前にしゃがんだヘルガは喜色満面です。
「ああ、実に可愛らしい幼女。我ながら会心の出来栄えです」
舌なめずりをせんばかりのヘルガに恐怖して、アンセルムは後ずさると防御魔術を使おうとします。それは小動物が必死に身を固めるような反応でした。
「よ、寄るでない! 余は偉大なる魔術の遣い手アンセルムだぞ!」
「あらら、ちっちゃい女の子が尊大な物言いというのもなかなか萌えますね。でも不都合の方が多そうですので……」
次なる呪文。
「き、来ちゃだめぇ……あ、あれ? わ、わたし、どうなっちゃったの?」
最前とは打って変わって、今まで通りの口調で物を言えなくなったアンセルム。うろたえる幼女に、変身術師は丁寧に解説してあげます。
「また精神を弄って、今の身体にふさわしい言葉遣いに変えてあげただけですよ。今後はずっとそのしゃべり方になりますから、早いうちに慣れた方がいいですね」
「ず……ずっと?」
「ええ。もうあなたは悪名高い魔術王アンセルムではなくなりました。これからは、小さい女の子として世界の片隅でひっそりと生きていくのです」
「そ、そんなのやだぁ……」
突然新たな人生を押しつけられて、幼女は目に涙を浮かべました。
「ならアンセルムとして生きたいと? 国際法廷に突き出されて、たぶんギロチンになりますが、そっちの方がいいですか?」
「ぎ、ギロチンはもっといやぁ!」
ついに恥も外聞もなく泣き出してしまった幼女を変身術師は優しくあやしました。
「嫌ですよね。だからアンセルムは死んだことにして、私について来るのです。大丈夫。メロディもサミーラもいい子ですから、きっと仲良くやっていけますよ」
「メロディ? サミーラ?」
「あなたと同じ立場になった女の子たちの、新しい名前ですよ」
* * *
ヘルガが三人の魔術王を討ち果たしたとの知らせは大陸を駆け巡りました。
そしてヘルガは以後、カリストゥス王国を本拠として魔術の研究に努め、幸せに……と、すんなりはいきませんでした。
「予想はついたことですが」
褒美を頂戴しようと宿泊していた宿から城へ向かう途中、不意を突いて攻撃魔術で襲ってきた相手を変身術で無力化し、ヘルガは独り言ちます。
石像に変えた刺客の姿を確認すれば、猫耳の女性。かつてヘルガを襲おうとして猫に変えられ、戻ったものの後遺症が残っていた、二十四人の魔術師精鋭部隊の一人でした。
精神変化で魔術を使う能力と自制心を封じてから人間に戻して訊問すると、元に戻してもらいたさにぺらぺらしゃべります。
「王は王国の魔術師たちに変身術を独占させようとなさっているニャ。そのためには、よそ者で魔術王たちにも平然と立ち向かう度胸のあるヘルガなんて、危なっかしくて飼い慣らせないから始末すると判断なさったニャ」
「私ってば律義者とご近所では評判だったんですけどねえ。ま、不義理には不義理で返すのが律義者の務めですね」
「しゃ、しゃべったニャ。早く元に戻すニャ」
「『戻すと検討する』とは言いましたが、約束はしませんでしたよ」
言うとヘルガは、猫耳女性を子猫に変えて懐に抱え込みます。
改めて出発すると、さらに何度か襲撃されました。しかし強力な攻撃魔術を食らえば負けると誰よりも理解しているのはヘルガ自身です。その予兆の察知には細心の注意を払っており、一度たりとて魔術を受けはしませんでした。
反撃に相手の姿を子犬やひよこに変えていって拾い上げ、ついに王城へ到着します。
城内からは人が消えており、時折魔術師が現れます。変身術をぶつけてきますがしょせん付け焼き刃、本家本元に挑むには経験も工夫もまるで足りていません。
「こうするのですよ」
戯れのように術を使い、無力な幼女たちに変えていきました。
玉座に王はいませんでした。ヘルガが止められないと聞きつけて逃げたのでしょう。
「では」
懐からひよこを取り出します。元は魔術師の少女でした。
そのひよこを、カリストゥス王の姿に変えます。そして精神的には欲深さを根こそぎ取り除き、代わりに盛りすぎなくらい慈悲と献身と倹約の心を増しました。
「今日からはあなたが王ということで」
「そんなことがあってたまるか!」
ヘルガが言ったとたん、隠し扉が開いて王と宰相ら側近が飛び出してきました。
「えいっ」
腕を一振り。王たちは煙に包まれると、全員が愛らしい少女の姿になりました。そこへ追加で腕を振り、これまでの記憶はあれど口には出せないようにします。
「がんばれば政治の世界へ戻れるかもしれませんね。まずは身元不明の女の子ですし、お城で下働きとして雇ってもらうところからスタートという辺りでしょうが」
新たな王から褒美と賠償金をそれなりにせしめると、ヘルガは帰路につきます。
「さて、そろそろ宿を引き払って根城を構えましょうかね。メロディとサミーラとアンは環境が変わって落ち着かないかもしれませんが、お友達を見繕いましたし楽しくやっていけるといいんですけれど」
懐で縮こまっている子猫や子犬を見下ろし、ヘルガは悠然と笑いました。
変身術師ヘルガ 入河梨茶 @ts-tf-exchange
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