第30話 競売
「おお……すごいな、これ……」
【
「人が多い……」
好奇の目に晒される、全身金属鎧のガロエラ。そして、不審者仕様をやめた竜人族の少女、エルム・ラ・シャフォーン。フルプレートメイルを装備しているガロエラはもとより、竜人族であるエルムもまた、好奇の視線を受けていた。最初はガロエラに肩に乗っかり、周囲を楽しげに睥睨していたのだが、あまりにも多い人の視線に嫌気が差し、地面に降りてきている。
「これ、見ないとだめなのか」
「おお。俺たちが、命がけで倒した魔獣だ。せっかくだから、な?」
そう言われると邪険にはできない。誰か1人欠けていたら、あの勝利はなかっただろう。エルムは不満げに唇を尖らせるが、特にその口から文句がこぼれることはなかった。
「……しかし、すごい視線を感じるな」
「私が竜人族だからね」
竜人族。南の平原に暮らす種族であり、予知や星読みを得意とする。直感と魔術に優れ、体格に見合わぬ力、鱗に覆われた竜尾は高い防御を誇る種族。反面、寒さに弱く、持久力はあまりない。
寒さに強く、膨大な体力を誇る鬼族とは、ある意味正反対と言えよう。
「いや、俺が鎧を着ているからだろう」
「――は?」
ガロエラの言葉にエルムが噛みつく。
不器用な気遣い――ではなく、純粋に彼がそう思っていることが感じ取れたからだ。
「いやガロエラじゃないよ。私。私が竜人族だから」
「いや、エルムじゃないだろう。どちらかというと俺に向けられる視線が多い」
エルムの負けず嫌いに火がついた。全身金属鎧なんて珍しくもなんともない。不躾な視線には不快感を覚えるが、『自分が珍しい存在』であることに、誇りも感じているのだ。なにせ、彼女は竜人族。遥か古より続く、星読みの一族なのだから。
「鱗がかゆいわ」
これ見よがしに真紅の竜尾を解き放つ。腰から足に巻き付いていた真紅の竜尾は、陽光を反射して輝きを放った。その宝石に見紛うほどの明るさに、周囲を歩く人々の視線が吸い寄せられる。
「……あ、あー。俺も少し動きたくなったな」
エルムの様子を面白く思ったガロエラが、対抗するように鎧を動かす。ガチャガチャと耳障りな金属音を慣らし、鎧が蠢く。
が、思ったほど視線は向けられなかった。皆、エルムの真紅の竜尾に注目している。
(まあさすがに無理だよな)
密かに落ち込むガロエラを前に、心なしか得意げに胸を張るエルム。ちらりとその光景を見たガロエラは、内心で『今後に期待』と呟き、視線を逸らす。逸らした視線の先には、視界の暴力としか言いようがないサイズの胸が揺れていた。
「私の胸は安くないですよ?」
もはや武器はそれしかない、と言わんばかりの露出。今日は迷宮に潜る予定もないので、いつもの冒険者用の鎧ではなく、私服である。出費を渋るルナリをソラリアが連れまわし、服を買わせたらしい。妙に胸元が開いている服ばかり買って、危うく戦闘になりかけたのは余談だ。
「タダでもいらないが?」
胸元を強調して迫るルナリに冷めた視線を向け、一言で切って捨てるヴェンター。あまりにも興味がない様子に、ガロエラは思わずヴェンターの正気を疑ってしまう。この男、性欲がないのだろうか。一瞬たりとも心が動いた様子がない。ガロエラの知識ではヴェンターは妻帯者ではないし、将来を約束した相手がいるわけではない。どこの誰をとって食おうが、特に問題はないはずだが。
そして、ガロエラの目から見てもルナリは魅力的な少女である。性格はともかく。
「……傷つきました。先生は誰か心に決めた相手でもいるんですか?」
それは少し、踏み込んだ問いかけだった。パーティメンバーならばともかく、冒険者同士はあまり過去には踏み入らない。聞く必要のないトラウマを踏む可能性もあれば。それが原因で気まずくなる可能性もある。冒険者なんてやっている人間は、多かれ少なかれ、何かしら過去に問題を抱えているものなのだ。
「心に決めている。ふむ――今は、いないな」
「昔はいたんですか!?」
ぐいぐい行くな、とガロエラは他人事のように思う。後ろでソラリアが顔をしかめているのは、彼女がこのパーティの中では唯一まともな冒険者としてパーティを組んだ経験があるからだろう。だが、興味がないわけではないはずだ。気づけば、ガロエラも、エルムも、レルムも、ソラリアも口をつぐみ、ヴェンターの次の言葉を待っていた。
その様子に気づいているのかいないのか、ヴェンターはわずかに口の端を歪める。
「昔はいたな。といっても、結婚がどうこう、という意味ではない。ただ、彼女の人生に生涯付き合おう、と思った相手はいた」
やはり、とガロエラは鎧の中で1人頷く。ヴェンターという男から漂う諦めの香り。かつてなにか大きな挫折を経験して、立ち上がれなかった者の気配なのだ。その雰囲気が色濃くなっていた。それを感じ取った彼らは、何を言うでもなく口をつぐんだ。聞くべきではない、と思えたのだ。
「そんな真剣に考えるな。お前たちは、今のパーティで下に潜ることを考えればいい。この中の誰1人とて、死なせやしないさ」
「……よろしくお願いします。先生」
今度こそはっきりと苦笑するヴェンターに、ソラリアが改めて頭を下げる。【
その光景を思い出し――
(そういえば、あの白い2つの光って、なんだったのかしら……?)
炎と熱による結界魔術が発動する寸前。槍を持つヴェンターの周囲を巡った2つの白の光を思い出し、エルムは首を傾げる。魔術を使うときに、ああいったものは普通は現れない。
魔術を扱うエルムしか気づいていないが、それは――
「お、競りが始まるぞ。まあ【
ヴェンターの言葉に思考が遮られ、全員が市場中央のステージに目線を向ける。規模が大きくなるにつれて周囲には木組みの観覧席が設けられ、高い位置から中央を見下ろすことができるようになっている。周囲には競り落とし狙いの商人が詰めかけ、外周部の高い場所からは見学ができる、という仕様だ。
見学者の中には商人見習いのものも多く含まれており、この競りに参加できるようになれば一人前の証となる。見学料も本来取られるのだが、ヴェンターたちは招待客ということで免除されていた。
「しかし、遠くてよく見えないですね」
魔術によって拡声された司会者の紹介の声を聴きながら、ソラリアが呟く。とはいえ、メインとなる目的はここから競りを見学することではなく、【
「今日までにパーティの名前を決めたかったんだがな」
「あの候補からじゃ選べませんよ」
残念ながらこのパーティにはネーミングセンスがある人間が皆無だった。ヴェンターとガロエラは早々に匙を投げ、ソラリアは黙って目を逸らし、エルムからは耳を塞ぎたくなる案しか出てこず、ルナリは逃げ出した。レルムは寝ていた。
「まあ『竜帝親衛隊』はな……」
「だいたい竜帝ってなんですか、そんなの実在するんですか」
「いるわよ! 私の頭の中にはね! 悔しかったら代案出しなさいよ!」
互いにダメージを負い、黙り込むソラリアとエルム。そういうわけでパーティ名は決まらなかった。しかし有名になればなるほど、街の暇な人間がパーティ名を考え、いいものがあれば自然と定着していくものなので、ヴェンターもさほど悲観していなかった。この競りが終われば、記者からのインタビューなんかもあるはずである。冒険者たちは強い冒険者のおこぼれに預かろうとするものだし、街の人々は強い冒険者の存在に飢えている。
「さあ――いよいよ今月の競りも大詰めです! 今日は、このためだけに来た方もいらっしゃるのではないでしょうか!」
「今月は商品が少なかったな。出るぞ」
市場を埋め尽くす人々の視線が、一点に集中する。事前告知からさほど日が経っていないというのに、利に敏い商人たちは今日の目玉商品が何かを知っているようだった。広場中央に置かれた机の上に、真紅の布がかぶせられている。
「耳の早い皆さん方のことです、今回何が出品されたかはご存知でしょう。ですが、この競りを取り仕切る者として、平等に! 平等に、公平に、商品の説明をさせていただきましょう!」
司会者の声に文句を言うものはいない。これはいわゆる形式美というものであり、高額商品が並ぶときは、だいたいこういった謳い文句がつくものなのだ。
「今回出品されるのは、迷宮20層の支配階層! 炎を操り、多くの冒険者を苦しめる溶岩地帯の主! 多くの冒険者がやり過ごすことを選択する、あの【
歓声が市場を揺るがす。おそらくサクラもいるだろうが、それでも支配階層の素材が市場に出回ることは滅多にない。商人たちが目をギラつかせ、冒険者たちが拳を振り上げて熱狂する。どこかで支配階層が倒された、という噂を聞きつけたのだろう。
「【
「眩しっ」
急に光の魔術が起動し、ソラリアたちがいる場所が煌々と照らされる。ヴェンターは既に身を隠していた。
照らされ浮かび上がる6人の姿に、多くの商人と冒険者たちがどよめく。年若いこともあるが、全身金属鎧、双子の竜人族ともなれば注目を集めるだろう。パーティ名が決まっていればここで紹介してもらえるのだが――
「結成からわずか20日で15層まで至った優秀なパーティですが、まだ名前は決まっていない様子! 我こそは名付け親にならん、という人がいれば冒険者ギルドを通して依頼を出してみることだ!」
冒険者たちが興奮した様子で大声をあげる。その視線のなかには憧れに混じって、嫉妬や敵愾心といった負の感情もあったが――それすらも盛り上げる要素として、司会者は煽り立てる。
「そんな彼らが討伐した【
「30?」
「金貨が単位になってる」
エルムの疑問にヴェンターが答え、エルムが固まった。今までは銀貨何枚、金貨何枚、といったやりとりだったのが、急に金貨が前提のやりとりに変わったのだ。
「40!」
「42!」
といった声が飛び交うたびに、ルナリが体を震わせる。
「45!」
エルムが息を荒くして胸を抑えた。レルムは落ち着いているように見えるが、どこか夢見心地だ。
「52! 52! ほかにいらっしゃいませんか! 金貨52枚で落札だー!」
続いて牙や爪など、武具に加工できる素材が売られていく。そのあまりにも膨大な熱気に、眩暈を起こしたようにルナリがふらついた。手数料なども取られるので、実際にソラリアたちの手元に来る金貨は、売値の総額ではないが――それでも、かなりの現金が手元に舞い込むだろう。
「これで、もっと深くへ潜れます」
歓声の隙間を縫って届いた、ソラリアの言葉。この一件で、全員が名前を知られるだろう。
「足りないのか?」
「私だけではだめです。全員分の名前を、世界中に――」
過去のパーティのメンバーを思い出して、独り言のように呟くソラリア。彼女にとって、これは通過点でしかなく、さらにその先を求めているのだろう。その様子を見守るヴェンターは、だからこそ。
「来月の目玉商品は、希少なヴェルジュの果実が入荷予定です! 来月も、またのお越しをお待ちしております!」
「……え」
司会者の言葉に動揺した少女の姿に、気づくことができなかった。
魂喰らい 凩 影途 @kogarasieito
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