ベストプレイス

ケンジロウ3代目

短編小説 『ベストプレイス』


「ただいま。」


日が照り付けるある夏の日

僕は愛知の実家に帰省してきた

ポケットから古びた鍵を取り出し、それを玄関のカギ穴に差し込む


ガチャッ


扉もまた古びた音を立てながら、僕を中へと招待する―――



♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


「ただいま!」


「あら、いらっしゃい。」


玄関で出迎えてくれたのは、ぼくのばあちゃん

丁度昼ご飯が出来たようだ


「おぉ遥希(はるき)、よくきたね。」


少し奥の居間のほうから、じいちゃんの声が聞こえる

さらにはよく実家に寄ってくる野良猫の鳴き声も聞こえてくる

早く中へ行きたいな

ぼくは急いで居間のほうへと向かった





ぼくはこの実家が好きだ

ここはぼくのお母さんが生まれ育った場所

小さい頃からずっと遊びに来ていて、今では第二の故郷という位置付け

家の周りは田園風景が広がっていて

あぜ道を吹き抜ける風の音が心地よく聞こえるこの場所は

普段は東京に住んでいるぼくにとってのベストプレイス


ここの実家に住んでいるのは、じいちゃんとばあちゃんの二人だけ

じいちゃんはとても優しくて

引っ込み思案な性格のぼくに対して、まるで親のように温かく接してくれた

ばあちゃんは色々な場所を知っていて

ぼくをそこへ連れていって、一緒に楽しんでくれたっけ

ぼくはそんな二人がいる『この場所』が、大好きだった




ぼくはここに来るとき、必ず一回はとある電車に乗っていた

ぼくは電車が大好きなてっちゃんだったから

その電車も、ものしりのばあちゃんが教えてくれたもの


「遥希はホント好きだねぇ、小牧線。」


「うん!だっておうちと同じ田んぼが見れるからね!」


「そう、それは良かった。」







僕が高校生になる時


ばあちゃんがどこかへ出かけることが無くなった

もうこの時は80を超えていたばあちゃん

しかし運動はしたいと言って、近くの遊歩道を散歩したりしていた

僕も何回かばあちゃんと一緒に散歩に行っていたりしていた


じいちゃんも外に出ることはほとんどなくなった

だから僕が家にいる時は、だいたいじいちゃんと話していた

かつて家に入ってきていた猫はもういなくなり

じいちゃんは家ですることがほとんどなくなっていた

だから


「これ家の猫の動画だよ。じいちゃん見てみてよ!」


せめて僕がいる時は


「ほう、かわいいのう。」


じいちゃんを楽しませよう、と







僕が高校を卒業する頃


じいちゃんは、ほとんど話さなくなった


僕との会話もほとんどなく

じいちゃんが静かに家の庭を見る姿を見ていると

少し寂しい感情が


ばあちゃんは散歩をしなくなった

体力が追い付かなくなってきたと言っていた

でも僕はそんなばあちゃんに

自分が行ってきた旅行の写真を見せて

何とか話を作って

どこにも行けないばあちゃんを喜ばせていた




僕は分かっていた

これは仕方のないことだって

人は年齢には勝てない

それは十分わかっていた




でも、僕は


大好きなものをなくしたくなかったから



僕は必死に守り続けた



僕が大好きだった、『この場所』を










♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


「ッ・・・」


僕は少しの間、夢を見ていたようだ


「どうしたのお父さん?」


後ろからはてなを浮かべた娘がこちらを見ている


「・・・いいや、何でもないよ。」


「そうなの?」


「あぁ、もう大丈夫だよ・・・」



僕は実家に、娘を連れてきた


「ここってどこなの?」


娘が場所を聞いてくる


「ここは、芽衣のひいおじいちゃんおばあちゃんの家だよ。」



かつての居間へ向かい、僕はじっと手を合わせる



「じいちゃん・ばあちゃん、帰ってきたよ。」



二人は笑顔で迎えてくれた



「僕も35になったよ。結婚もして、子供も出来た。」


「一度芽衣のやつにもここを見せてあげたくてね。僕の娘、可愛いでしょ。」


その後、しばしの沈黙



「おとうさ~ん」


玄関から芽衣の声が聞こえてきた

そろそろ時間かな


「・・・また来るよ。その時は芽衣も大きくなってるから、楽しみにしててよね。」




「・・・ありがとう」







仏壇に飾られた二人の写真は、今日もまた笑顔だった




『この場所』にいた、かつての二人のように






おわり




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ベストプレイス ケンジロウ3代目 @kenjirou3

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