8-4

 明け方の空はもう、一足先に夏の色をしています。

 海岸にはカモメたちの鳴き声が、にぎやかに飛び交っています。


 ジリ、と砂を踏んで、ちひろは相手を見据えたまま、一歩右へと動きました。


「ふっ!」


 気合一閃、相手が飛び込んできます。

 けれどちひろは、それを予想していました。


 危険なこぶしをひらりとかわすと、相手の腕を掴みます。

 そのまま、ひじを支点に腕を回転させながら、ちひろは鋭く足を払いました。


「うわっ!」

 カズマの体は宙へと投げ出され、砂の上にどすんと落ちました。


「はい、俺の勝ち。カズマ、朝飯よろしくね」

 ちひろは額の汗をぬぐいながら、にっこり笑いました。


「くそー、負けた!」

 悔しそうにそう叫ぶと、カズマは体を起こしました。


「ちひろ、前より強くなったよな」

「そうかな」

「絶対そうだよ! あー、悔しい!」

「まだまだだよ。俺たちは、桐生さんや父さんにはとても及ばない」

「確かにな」


 カズマは頷きながら、ちひろの隣に腰掛けました。


「もっと強くならなきゃ、この町を守れない。桂城も逃げたままだし、敵の組織のことも結局分かってないし」


 ちひろは思い出していました。光太郎を追って洋館に侵入したとき、モニターに映っていた謎の人物のことを。


「桂城をつかまえたら、少しは何かわかるのかな」

「父さんたちが追ってるらしいけど、まだ見つからないみたい」

「親父さんから、連絡あるのか?」

「うん、こないだ手紙が来た。桐生さんと一緒に旅してるんだって」

「ひゃあ、すげえコンビだな」

「カズマこそ、親父さんと連絡取ってるの?」

「まあ、ときどきな。そうだ、またコインもらったんだ」

「そっか」


 ちひろは、ふふっと笑いました。


 沖から吹いてくる風が、潮の香りを運んできます。

 真新しい朝日を反射して、波がきらきらと光っています。


「なあ、ちひろ」

「ん?」

「俺たちもあんな風になれるかな」

「あんな風って?」

「強くて、優しくて、カッコいい男にさ」

「なろうよ」


 力強く、ちひろが言いました。


「俺、父さんみたいなヒーローになりたい」


 カズマは少し驚いた顔をして、ちひろを見つめていました。

 けれど、やがて嬉しそうに笑うと、しっかりと頷きました。


「ああ、なろう。絶対なってやる!」


 カズマの差し出した拳に、ちひろも拳で答えます。


「よし! じゃあ、もうひと勝負!」

「……ちょっと待った」


 シッ、とちひろがカズマを制します。

 そして、じっと耳に神経を集中します。


 かすかに、でも、確かに。

 潮騒を縫って、助けを呼ぶ声が聞こえます。


「行こう、カズマ!」

 ふたりは駆け出しました。




「うははははは! さあ、どうする? こぎつね幼稚園の諸君」

 幼稚園では、悪の組織・ブラックパンジーが子供たちを取り囲んでいました。


「ちょっと、あんたたち! いいかげんにしなさいよ」

「ふん、ほうき女め。我々は悪の組織なのだ。ちょっと仲良くなったからといって、油断するからこうなるのだ!」

「別に仲良くなんてなってないわよ! いいからさっさと子供たちをはなしなさい!」

 かんな先生は怖い顔をして、ほうきを振り上げています。


「先生、助けて!」

「きゃー、怖いよ」


 ブロッチは大きく手を広げて、子供たちに迫っていきます。

「さあ子供たちよ! このブロッチ様が、お前たちをさらってしまうぞ!」


 その時でした。


「待てっ!」

「むっ、何者だ!」


 駆け付けたふたりの姿を見て、ブロッチは嬉しそうに笑いました。が、ひとつ咳払いをすると、改めていかめしい声で言いました。


「またお前たちか! 全くいまいましい。邪魔をするというのなら、今度こそコテンパンにしてやるぞ!」

「やれるもんならやってみろ!」


 ちひろとカズマは、顔を見合わせて頷きました。


「俺たちは!」

「新人ヒーロー」

「ワカバマン!」


 ふたりは、しっかりとポーズを決めました。


 これが、ふたりのヒーローサイン。

 走り出したばかりの、ふたりの誓いの証です。


 どこまでも高く晴れた空の下、子供たちの歓声が響いています。

 かんなが笑っています。

 平和を取り戻した海辺の町を、気持ちのいい潮風が吹き抜けていきます。


 みんなの笑顔を守るため、ワカバマンは今日も戦い続けるのです。

 ちひろとカズマは、右手をヒーローバングルに重ねると、声をそろえて言いました。


「変身!」



(「ヒーローサイン」終わり)

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ヒーローサイン スギヨシ ハチ @sugiyoshi_hachi

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